2012.04.28 ブッダ逝く。
ブッダが逝きました。
数週間前からどんどん弱っていって、
4月22日の朝、冷たくなっていました。

ブッダへの思いは募ります。
片腕に乗るくらいだった可愛いブッダ。
初対面ブッダ

【もりのいえ】を訪れる誰もが
ブッダを見るだけで笑みを浮かべました。

食べて、寝て、食べて、寝て。
ただそれだけで、出逢う人々が幸せになりました。
私の理想です。

でも、ここしばらくの間は、
私はブッダのことに気が向いていませんでした。

当初は家の前につないでいて、いつも目の前で愛嬌を振りまいていました。
油断すると、畑の菜を食べてくれたりもしました。
つないでいたブッダ


そして次には、同じく家の前の鶏小屋に移りました。
それでもすぐ目の届くところにいたので、愛でることができました。

しかし次第に糞の匂いとハエに悩まされるようになり、
家から少し離れた場所に移ってもらいました。

新しい家は屋根がしっかりとついて、広く、
ブッダにとれば快適だったかと思います。

でも、目の前から彼の姿が見えなくなってから、
私は自分の目の前の仕事に意識が向く様になり、
次第に彼のことを気にかけなくなりました。

彼の世話をスタッフさんにお任せするようになったこともあります。
特に常勤スタッフのなっちゃんは、ブッダを気にかけてくれました。
ありがとう。

21日夜、私一人でブッダの傍に寄りました。
彼は既に息も絶え絶えで、横たわってぜいぜい言っておりました。

「ご免ね。本当にご免ね。」
私はそれしか言えませんでした。

そして彼の延命を望むのではなく、
自然の流れに任せることにしました。

22日早朝、様子を見に行くと、既に彼は冷たくなっていました。
この日は岐阜駅でのイベント出店のため、
スタッフさんたちは準備に大忙しでした。

そこでその時には彼女達にはブッダのことは知らせずに、
イベントが終了して帰宅してから伝えました。

23日早朝、なっちゃんと私の二人で穴を掘り、
ブッダを埋葬しました。
ブッダは思いのほか軽くなっていました。

最後に家族と残りのスタッフに声を掛け、
冥福を祈りつつ、土をかけました。

ブッダ、ありがとう。
彼を譲ってくれた、広島のこうたろう君、ありがとう。
彼を引き取りに行く時に同行してくれ、
命名してくれたくらたさん、ありがとう。
あの旅は本当に楽しかった。
命名者くらたさん

そして、彼がやってきてから愛でてくれた皆さん。ありがとう。
くらたさんが戒名をつけてくれました。

「永森大家美豚陀味由巨釜師」

命名から戒名まで面倒をみてくださいました。
ありがとうございます。

後悔と、懺悔と、愛と、感謝の気持ちを込めて。
ブッダ、安らかに眠れ。
ブッダ正面顔
この時期にやっておきたいことの一つに、
「ブッダのハーネスを外す」ということがありました。

昨年初めに生まれ、春に【もりのいえ】にやってきたブッダ。
あの頃は私の片手に乗るほど小さくて、かわいい子でした。
それが今や、ハーネスがきつきつで苦しそうです。

周りは「もう食べ頃だね。」と言いますが、
私は名づけてしまったものを食べるには勇気がいります。

ともかくも、彼がいてくれるおかげで、多くの人々が癒されたことは事実。
食べて寝て、また食べて寝て。
ただそれだけで人の心を緩めるのだから、十分存在感を示してくれています。
いわば、「看板ブタ」です。

一方、私は日頃からブッダのことをずっと不憫に感じていました。
かつてあるウーファーから、「Ma-sanさんたちが自然体で暮らすのはいいが、
どうしてブッダがこんなに短い紐でつながれているのか?」と疑問を呈され、
「全くおっしゃる通り!」と感じたこともあります。

でも、まさか彼を畑に放す訳にはいきません。何でも食っちゃうからね。
そして、これ以上紐を伸ばすのも困難です。
さてどうするか?

ところで、烏骨鶏の鶏小屋の周りの柵とネットは相当痛んできていました。
「小屋の外に落ちたかぼちゃの種が芽を出し、
鶏の糞ですくすく成長し、夏は日陰を作って鶏達を涼ませ、
秋にはかぼちゃが幾つも成る」という、素晴らしい仕組みでしたが、
昨年冬の大雪で、ネットがたわみ、杭も傾いでいたのです。

そこで一計。
この機会に鶏小屋を移し、そこにブッダに移ってもらうことにしました。
これが移住前の様子です。
既に鶏小屋の柵は取り除かれており、
しばしの間、鶏達は中の小屋で暮らしてもらうことにしています。
0引っ越し前の様子

そしてこれが新しい鶏小屋の場所です。
もともと堆肥を貯めておいた場所らしく、広さは十分です。
でも、このものすごい量のモノ達を片付けなければならない。
1ここが鶏小屋に

つまり、段取りはこうなります。
①新しい鶏小屋に詰まっているモノを移す場所を作る。
②新しい鶏小屋に詰まっているモノを片付け、残すものを①の場所に移す。
③新しい鶏小屋を作る。
④鶏達を移す。
⑤旧鶏小屋の前に、ブッダ用のフェンスを作る。
⑥ブッダを移す。

この①の作業からして大変でした。
散々迷った挙げ句、結局「知足ハウス」に一時置きすることになりました。
そう決まってから、埃だらけになりながらも知足ハウスを掃除してくれた、
ウーファーのじゃ、ありがとうね。
そして、その後一緒になって片付けをしてくれた、台湾から来たあすかと、
ドイツ人ウーファー・キラもありがとう!

こうして、①が無事終了し、②もみんなの力で片付きました。
ウーファー様々です。
昨日は泊まり客だった、ひろきくんも手伝い、新鶏小屋づくりが進んでいます。
2片付いた小屋

私の今の考えでは、現在いる烏骨鶏たちはいずれスープになっていただき、
新しい鶏小屋では、卵と肉を沢山いただける種を、
20羽程度育てられないかとイメージしています。

それも、「オス1羽・メス10羽程度」のグループを、1年ずらして二組作り、
ヒナから育てられたらいいなと考えています。
ですからこの新鶏小屋を最初から二部屋に分ける想定で作っています。

さて、上の段取りからいくと、③④が過ぎてから⑤がベストですが、
「どうせ鶏は十分な小屋の中にいるから、ブッダを先に移してもいいよね。」
ということで、⑤の作業も同時並行で取りかかりました。

楽し気に作業する、あすかとキラ。
正直言って、私はもっと簡易式をイメージしていたのですが、
彼らは俄然頑張って、かなり気合いの入ったフェンスを作ってくれました。
3フェンスを作るキラとあすか

ポイントはドアと鍵の部分です。ここは私とのじゃで考えました。
ブッダは相当力強くなってきたので、頑丈に作り込む必要があります。
ドアは、かつてのゴンの柵についていたドアを使うことにしました。
そして自慢は鍵の部分です。
手元にある材を使ってくくりつけ、
4ドアの鍵表1

踏切のようにバーが降りてきて、
5ドアの鍵表2

閉まります。
6ドアの鍵表3

裏側から見てみましょう。
こうなって、
7ドアの鍵裏1

閉まる。
8ドアの鍵裏2

こんな作業を、「どうする?」「こうする?」
なんてワイワイ言いながら創り上げていきます。
一人でさっと考えて作るのもいいけれど、
皆で考えを出し合って作る過程が、実は宝物なのです。
キラも「すっごく楽しい!」と大喜びです。

やがてフェンスが完成しました。
いざ、お引っ越しです。
でも事情を知らないブッダはいやいやするばかり。
少々強引に移ってもらいました。
9ブッダ引っ越し開始

そしてついにハーネスを外す瞬間がやってきました。
パンパンにまで伸ばしたハーネスをはずすと、
10ブッダハーネス外し開始

ついに解放されたブッダ!
感無量です。
11ブッダハーネス外れた

これでようやくブタらしくなりました。
でもハーネスの跡が残っています。結構きつく縛っていたなぁ。
「まるでブラジャーの跡みたいだね。」と言っても、受けませんでした。
12ブッダのハーネス跡

こうして完成したフェンス。素晴らしい出来です。
13ブッダ新居完成

裏側はわざと隙間を作って風通しを良くしました。
14ブッダ新居裏側

こんな作業を、みんなでワイワイしながら、
日々本当に楽しく幸せに充実した時を過ごしています。
今はウーファーの入れ替わりの時期で、昨夜は5人揃っていました。
そこで、みんなでカラオケボックスに行きました。
ノリノリののじゃ。
カラオケのじゃ

みんな、すぐに仲良しになりました。良い時をありがとう!
15仲良しウーファーたち

今朝、あすかとキラは去っていきました。
昨夜、一人起きていた私に近づき、
「私は人生が変わりました!」と語ってくれたあすか。
バスの乗り口で、鼻をグスグスさせながらハグした時を忘れないよ。
去っていった、あすかとキラ

家の近くの国道からヒッチハイクして次のホストまで向かうことにしたキラ。
貴女の優しい心ももちろん忘れない。
ヒッチ始めのキラ

みんな、みんな、いい笑顔です。
そして今日もいい日です。



12月28日(火)の夕方から、【もりのいえ】の忘年会開催!
12月29日(水)は、朝からお正月の準備をします。
裏山の竹を伐って門松を作り、
加子母百年米の藁で注連縄を作り、
餅つきをする予定です。(うちは玄米餅だよ!)
マイ門松・マイ注連縄・マイ餅を作ろう!


農的暮らし、宿屋(一泊二食6,000円)、
焼き菓子販売、自然良品店、通販、イベント開催&出店
もりのいえ
メールアドレス: mori★mori-no-ie.com (★を@に換えて入力してください。)
岐阜県中津川市加子母2220番地 〒508-0421
電話&FAX: 0573-79-3268
代表者: 森本正則 (携帯:090-6203-9043)
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もりのいえのお届け便
【もりのいえ】への行き方はこちらをご覧下さい。
ブッダが我が家にやってきて、はや五ヶ月が経ちました。
今でもブッダは人気者でして、お客さんに愛嬌を振りまいております。
「どうしてブタを飼っているのですか?」「何かメリットはあるのですか?」
と訊ねられたことがあります。
そんな時は「ブッダはそこにいるだけで意味があるのです。」
と禅問答で返していますが、本音です。

彼がいるだけで、そして「ブヒッ」と喋るだけで、場が和みます。
子供達は大喜びで触ったり草をあげたりしますので、場が持ちます。
残飯を何でも食ってくれるので、処理に困りません。
餌は近所の牛飼い・たかし君が、牛の食べ残しを持ってきてくれるので無料です。
これほど無害で有益なペットが他にありましょうか?(あるかもしれないけれど)

ともかく、かれは「そこに在る」だけで良い存在なのでした。
ただし、彼の居住空間は必ずしも良いとは言えませんでした。

彼がやってきて間もない頃はまだ外気が寒く、
家の裏の冷気が入らない場所にベビーベッドを置いてしのいだものです。
1ベビーベッド

天気が良い日は、家の前の畑につながれ、
北の方はよくブラッシングをしてくれたものでした。
(北の方さん、体調は戻りましたか?)
2畑前

やがて間もなくかみさんの指示により、ブッダは鶏小屋に移され、
烏骨鶏たちと一緒に暮らすようになりました。
3鶏小屋時代

しかし、いろいろと思わぬ事態が発生!
まず、烏骨鶏たちがパニックを起こしました。
おかげで一切卵を産まなくなりました。

そして彼が地面をやたら掘り返すのと、梅雨の長雨が続いたことで、
鶏小屋の地面がドロドロになりました。
おかげで私たちもこの小屋に入るのに長靴に履き替える始末。
一番困ったのは住んでいる当人たちでしょう。
ブッダも常に泥に足がつかるという、「ブッダ不遇の時代」でありました。
(なんて他人事のように書いていますが、私が仕向けた結果です。)
4泥まみれ

もちろん可哀想だと分かっていましたよ。
でも、どうしたら良いのか解決策が見つかりませんでした。
で、ともかく外に出そうと、雨水タンクの脇に犬小屋を置き、
そこに一旦退避させました。
5雨水タンクの脇

最悪の環境から脱したブッダ。
スイカの皮もいただき、次第に上機嫌になってきました。
6スイカ食う

そしてついに彼にとっての転機が訪れました!
ウーファーのともちゃんと私が奮起して雨水タンク周りを片付け、
ブッダ用の犬小屋を設置したのです。
ジャーン!どうだ、この立地は!
7ブッダ御殿誕生

一番のウリは「高床式の家」です。
こうすることで、地面の湿気から開放されます。
また、入り口を母屋の縁側から見えるようにしたことで、ブッダの様子が一目瞭然です。
そして何よりも、この階段ですね。すごいでしょ?
ブタもおだてりゃ階段を登るのです。
8収まるブッダ

かくして、最高の居住空間を得たであろうブッダ。どう?居心地は?
餌を食うのに心酔しておりまして、それはそれでご満悦の様子です。
9ブッダご挨拶

ということで、ブッダにとってきっと過去最高の居心地となる家が誕生しました。
名付けて「ブッダ御殿」と呼ぼう!
いや、神殿にして賽銭箱を付けようかな?

追記。
昨日から宿泊されているAさんIさんたちが、
今朝、「烏骨鶏の卵が生まれていますよ!」と教えてくれました。
おお、久しぶり!ブッダが鶏小屋に入って以来、
パニックを起こしてピタッと卵を産まなくなっていたのですが、
ようやく烏骨鶏達も落ち着きを取り戻してきたのでしょう。
めでたし、めでたし!
10烏骨鶏卵


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是非、こちらをご覧ください!お待ちしています!
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トップページに「でん!」と寝転んでいるので、
ついミニブタ・ブッダネタを忘れておりました。
ブッダ君、すこぶる元気であります。
最近は元気過ぎてちょっと・・・であります。

まずは彼がやって来た時の姿を思い起こしてみましょう。
1月21日生まれのブッダに始めて出会い、
引き渡されたのは3月の中旬でした。
おお、何とプリティな姿だ!この頃、約3kgです。
10315.jpg

その後、我が家にやって来て早々に大脱走をしたのは、
今では加子母村中の語り草ですが、(嘘です)
「かいせん騒ぎ」や「栄養失調?疑惑」などを見事乗り越え、
すくすくと育っていきました。

これは4月28日、
私たちがあまり面倒をみないことにしびれを切らした倉田さんが、
ブッダのブラッシングをしている図です。
何と!お座りをしています!私がしむけてもしないのに・・・
20428.jpg

ブッダは日中は家の前の畑そばでたたずみ、
夜は厨房裏に設えたベビーベッド改良型の柵内で過ごしていましたが、
次第にかみさんからクレームがつきはじめました。
「朝夕にブッダを移動させるのがきつい!」と言うのです。

普段は私がブッダの面倒をみていますが、かみさんが見る時もあります。
でも次第に重くなってきたブッダを抱きながら移動させるのは厳しくなってきました。
二人の子育てをしながら家事をし、店番をして、焼き菓子を焼く身になって考えると
確かに分からなくもないです。
それに畑に種や苗を植え始めたので、そこにブッダが入るとやっかいです。

そこで、鶏小屋にブッダを同居させることにしました。
これは当初からかみさんが主張していた案なのですが、
ブッダが幼い頃は寒い初春は辛かろうと、上記の柵で過ごさせていたのです。

そして5月20、ついにブッダは鶏小屋に引っ越しました。
予想通り、ブッダは気にしていない様子ですが、烏骨鶏たちはもう大騒ぎ!
ブッダが近づくごとに鳴き、逃げ回ります。
30520.jpg

ブッダが平然と寝ていても、ガンをつけまくる雄の「光源氏」。
40520.jpg

「もうこれで移動の手間がなくなったわ。」とぬか喜んだかみさんですが、
新たな事態に進展しました。
ブッダがやって来る前は、
残飯を鶏小屋に入れても烏骨鶏たちは完全には食べず、よく残していました。
それをブッダが猛然と食べるようになったのです。

しかも毎日の餌を小屋に投げ入れると、
真っ先にブッダが飛んできて食いつきます。
烏骨鶏たちはその姿を遠目に見守るばかり。
おかげでその後一切卵を産まなくなりました。

やがて想像した通り、あっと言う間にブッダは肥えてきました。
これが5月29日の図です。もうすっかり「下半身ブタ」です。
50529.jpg

「このままではブッダばかりが肥えて、烏骨鶏が干上がってしまうわ。ブッダめ~!」
とかみさんは怒り始めましたが、
もともとここに入れろと言ったのは誰だったのか?

そこで私が折衷案を出しました。
日中はやはりブッダには外に出てもらうことにしました。
もう抱くことは諦め、綱を引いて、目の前に餌をちらつかせて移動させます。
綱は短めにして畑には届かないようにしました。
そして夕方には同じく綱を引いて、鶏小屋に戻すのです。
烏骨鶏たちには、ブッダがいない隙に餌を与えます。

これで何とか今のところの平穏な時がやってきました。
そして餌は牛飼いのタカシ君が、牛用の餌の残りを分けてくれるようになったので、
その飼料に草や米ぬかやおからを混ぜれば十分です。

しかし、「時すでに遅し!」かもしれません。
ブッダはもうこんなに肥えてしまったのです。
もう軽く10kgはいっていると思います。
60531.jpg

「いったいどこまで肥えるの~~~」
かみさんの遠吠えが聞こえてきたような。
空耳か?
お待ちかね(?)のブッダネタです。
実はブッダくん、こちらに来てから二度の危機に会っておりました。
最初の危機は「かいせん」。
これはブタにつくダニのせいで、
からだが象の皮膚のようにカサカサになるのです。

ブッダをいただいた時は比較的柔らかい皮膚をしていたのに、
うちに着いてから様子が変だとすぐに気がつきました。
痒がって身体を壁にこすりつける仕草も見せます。
「もしかして移動中の水分補給が足りなかったか?」と思い、
いただいた坂本さんに問い合わせたところ、
「そんなものですよ。」とのことでしたので、そのままにしていました。

ところが数日して坂本さんから連絡があり、
「どうも母ブタから子供達にかいせんが移ったようです。
他の子ブタにはかなり重傷の子もいました。
早めに獣医に診てもらってください。」とのことでしたので、
早速獣医を捜しました。

ところで加子母は飛騨牛の産地です。
うちの周りにも牛舎が幾つかあります。
そのうちの一つで働く若き女性牛飼いのなっちゃんに相談したところ、
みんなが診てもらっている地元の獣医さん・じゅんくんを紹介してくれました。

話がずれますが、田舎で人を紹介してもらう時、
本人のことよりも、その人の親族がらみで教えてもらうことが多いです。
じゅんくんも、「ほら、○○ちゃんのお父さんよ。」とか、
「○○さんの息子さんですよ。」と数人から教えられました。
こうやって頭の中に人脈図ができていきますが、
私はとてもまだつながっておりません。

さて、電話をして数分でやってきた獣医・じゅんくん。
まるで救急隊員のような対応の早さです。
さすが地元の獣医!

ブッダの症状を診て、
「確かにかいせんですね。注射を打ちましょう。」
さすが獣医! 当たり前か!?
でも、彼は牛が専門なので、ミニブタは勝手が違うようです。
こういう注射は体重比で打つ分量を変えるのですが、
牛の体重と比べたらかなり軽いので、一体どれくらい打てば良いのか?

ともかく打ってもらい、しばらく経過を見ておりましたが、
一旦良くなりかけたものの、再び症状が出てきました。
そこで再び来ていただき、少し多めに注射してもらったところ、
今度はうまく効いてきたみたい。良かった、良かった。

かくして再び柔らかいピンクの肌が現れてきました。
良かったね、ブッダ。

そして二つ目の危機ですが、これは「危機疑惑」とでも申しましょうか。
上の「かいせん騒動」のやり取りの中で、坂本さんから、
「実はブッダの兄弟の一匹が、栄養失調で死んでしまったのです。
生後半年の食べさせ方で大きくなり過ぎるので、
『あまり食べさせないように。』と指導していたら、やせ過ぎたようです。
ですから、食べたいだけ食べさせてあげてください。」
と連絡がありました。

うちのブッダは食が細いという感じではなかったのですが、
せっかくうちに来て栄養失調で死んでしまっては、あまりに残念です。
そこで、与える分量を増やし、というか、好きに食わせることにしました。
すると食うわ、食うわ。
おかげで下半身がぽちゃっとしてきました。
お前は下半身ブタか?まるでアルマジロみたい。
2太った

そしてブッダは食っているか寝ているかのどちらかです。
水を飲んでいる時にお腹をさすってあげると、
そのまま寝てしまいました。
1水を飲みながら寝る

昼間は大抵寝ています。
ここでも水を飲みながら寝たか?
3いつも寝る

これが最新の寝姿です。
やっぱり水場に足を突っ込んで寝ている。
4最新寝る

最近のブッダ、家族にかなり慣れてきて、
足音がするだけで気付き、
「ブヒブヒ」言いながら寄ってきます。

可笑しいのが、寝床から畑に出る時です。
ハーネスと綱をつけて歩くのですが、
おしりとしっぽをふりふり散歩する姿は、超プリティです。

そんなこんなで、すっかり私たちの暮らしに馴染んだブッダですが、
三つ目の危機が!
それは肥満です。

ちなみに3月27日の体重が3.5kgでしたが、
4月18日には4.9kgになっていました。
つまり約3週間で1.5kgほど増えたことになります。
さすがブタ!ミニでもブタはブタです。

「この先いったいどこまで肥えるのやら。」
かみさんは少々不安気ですが、
ま、一匹くらいなんとかなるさ。
気長に付き合っていきましょう。