朝のお祈りは、ありがたいことに、ほぼ毎日続けられています。
最近は4時頃に目を覚まし、だいたい5時半から30分間。
神棚にご挨拶してから、トーラス体操と、瞑想をするというパターンができてきました。

最初のうちは、これまでに理恵や私たちのことを支援してくださっている方々のことを祈っておりました。

次第に祈る対象が広がるようになり、やがてそういう区分けは関係なく、その時々に浮かぶ方々のことを祈るようになりました。

そして最近は、自分のことに意識が向いていることが多いです。

気がつけば、いろいろと「やること」が増えていました。

理恵の見舞い
子どもたちとのコミュニケーション(暮らし、遊び、行事)
私と家族みんなの健康管理
日々の家の維持(片付け、掃除、・・・)
暮らしのあれこれ(ファイヤー!、黒にんにく、ネットショップ、リフォーム、イベント、農、ご縁台帳、・・・)
日々の出来事や思いを伝えること(ブログ、Facebook)
新たにやりたいあれこれの思案と準備・・・

やることが増えていくのは、私の性分なのか、引き寄せているのか。
我が半生を振り返ってみても、常に何かをしてきて、いつも時間管理に身を費やしているところがあります。

そんな中、特に祈りの最中に、「もっと自然体になれるよね」という思いが深まるようになりました。

あれこれこなしたい
認めてもらいたい
見栄や体裁、自己顕示などは、まだまだ私の中に住んでおります。

それもこれも、良しも悪しきもなく、ただそのまま見つめ、受けとめていきたいものです。

自分を大きく見せることも、大きくなろうとすることもない。
ただ、今の私は、今の私のまま、今を生きておればよし。

同じような思いを、これまでも何度も持ちながらも、気がつけば置き去りにすることを繰り返してきました。

また繰り返すかもしれないけれど、それもまた私。
光を放とうともせず、ただ光のままであればよし。

理恵は少しずつ、確実に、回復の道を歩んでいます。
(昨日は右足のギブスも外したとか)

子どもたちは心優しく、気持ちを表に出してくれます。
(特にKAN太がよく喋るようになったと、保育園の先生が驚いています)

食事はもとより、日々の家事を、スタッフのまちこちゃんがしてくれていることで、家が保たれています。

今でも顔を合わせる人びとが、私たちのことを気遣ってくださいます。

ありがたい。本当にありがたいです。

そんな中、私はもっと自然体で、自分に素直に生きていこうと、静かに心を定めています。
昨日、理恵を見舞った後、一人で、
映画『風立ちぬ』を観てきました。

もう、感動なんてものじゃなかったです。
ほとんどず〜っと、涙していました。

冒頭のシーンから驚きの連続でした。
何よりも絵が美しい。
動画がとても綺麗に流れています。

「アニメって、ここまでできるんだ!」
最初の数分から、目が潤んできました。

そして、目を離させないストーリー展開。
正直言って、
ストーリーでこれほど引き込まれるとは
想像していませんでした。

また、宮崎駿監督の
全ての作品に共通して感じるテーマですが、
「生きろ!」という強いメッセージ。
これは期待通りでした。

これはもう、アニメを超えた「文学」ですね。
それも名作!

観終えた後、
「よくぞ、このような作品を残してくれました!」
と、監督に感謝の気持ちが湧いてきました。

☆☆☆
いろいろ詳しく書きたいことはありますが、
敢えて一つ選んで記します。

かつて、どのような厳しい条件の中であっても、
時代を代表する素晴らしい作品を残せるだけの、
意志と、技術と、それを支える暮らしが、
私たち日本人に備わっていたということ。

以前、広島・呉市の「大和ミュージアム」に
関わるお仕事をさせて頂いた時、
同じ様な感慨を持ちました。

戦争の是非についての話題はさておき、
戦艦大和は、当時の日本の技術の集結でした。

そして、その技術を
一つの作品としてまとめあげた
技術者達の熱い思いや、
彼らを支えた家族、
呉の人びとと街の営みの奥深さを知り、
大きな感動を受けました。

その時と同じ感動を、
この作品の中にも感じました。
「あの、生きにくい時代に、よくぞ!」
という思いです。

また、この『風立ちぬ』という
作品そのものに、その気概を感じました。

私たち日本人は、と言うよりも、
私たちは、と言い直したいですね。

そう、私たちは、
生きる意志と、技術と、
それを支える暮らしを持ち備えているんだ!

そのことを強く感じた作品でした。

☆☆☆
この作品を観終えた時、
我が身を振り返りました。

例えば、この10年間、
私は燃焼できたであろうか?

できたところもあり、
いやはやお恥ずかしいというところは
多々あり、・・・

いずれにせよ、
我が身をふりかえる、
とても良い機会をいただきました。

また、この先10年を見据える
心構えをするのに、
良いお手本を見せていただきました。

☆☆☆
そしてもう一つ。
この映画を、是非、U太と共に観たい!
と感じました。

だって彼は、こんな作品を
さらりと残すような人ですからね。
(この絵は、今は理恵の病室に貼ってあります)

IMG_0974.jpg

IMG_0975.jpg

「設計士の卵(?)」としての
彼がどのような反応を示すのか、
見てみたいという関心もあります。

ですから、上映期間中に、
何とか彼を誘い出して、また観に行こう!と、
心している私です。

『風立ちぬ』
超おすすめです。
毎日、多くの方々から応援をいただいていることに
心より感謝します。

お一人ずつにお礼申し上げたいのですが、
なかなかしきれないことをお許しください。

そしてこの場を借りまして、
皆様にお礼申し上げます。

さて、
以前から考えていたことで、
最近の体験から実感していることがあります。

それは、起きたことに、
「何故?」と問うことについてです。

起きてしまった“過ち”について、
「何故そのようなことが起きたのか?」と
“原因”を探り続け、
“真の原因”をなくすことで、
同じ“過ち”が二度と起きないようにする。

ビジネスの世界でも、
日常の暮らしでも、よく言われる
有効な方法ではないでしょうか。

そして実際に、そうすることで、
改善されてきたことは沢山あります。

また私自身、そういうことを
指導する立場にいたこともありました。

でもそれだけが、
真の道を歩む方法なのでしょうか?

「何故に?」と問うことを
無意味だとは言いません。
それも一つの道だとは思います。
でも、それだけなのでしょうか?

例えば、子ども同士のやりとりで、
ある子が他の子を殴って
泣かせたとします。

そんな時、殴った子に対して、
「何故、この子を殴ったの?」と、
訊ねたとします。

その際、その子に何を期待するでしょう?
“真の原因”や“正しい答”が返ってくるのを
待つのでしょうか?

そして、“私”にとって
“納得”がいくものが返ってこなかったら、
どうするのでしょうか?

イライラする?
とがめる?
指導(しつけ)する?

私も、上のような態度をとることはあります。
でも、おおむね、次のように心掛けています。

まず、泣いている子を抱きしめ、
次に、殴った子を、ただ抱きしめる。

それも一つの道だと思うのです。
そして、かくありたいと
私は願っています。

それは、私自身が、かつて
数々の“過ち”を犯してきたから
とも言えます。

私自身への許しの気持ちも込めて、
起きたことを
受けとめていきます。
インドとラダック

北インド・ラダックに旅しようと
考え始めたのが、昨年秋。

年明けに決心して、発信したら、
大勢の仲間が同行することになりました。

総勢10名。
途中からもう1名加わります。

私は言い出しっぺではありますが、
ツアコンではないので、
今回はあくまでも個人旅行です。

それでも何かとコーディネートすることがあり、
例えば、宿屋を一軒借り切るとか、
まぁ、いろいろ作業はありました。

そして旅はまだ先のことと考えていたら、
何と!あと2泊したら出発ではないか!

時の流れは早いものです。

今回、その早さを特に感じるのは、
直前まで何かとイベントが組んであって、
その対応に大わらわというのもあります。

その一つ。
【もりのいえ】で出逢い、
今週末に結婚することになった、
ウーファーのじゃとはなちゃん。

彼らの結婚式には行けませんが、
引き出物を【もりのいえ】が
提供させていただくことになりました。

一度に30セット近くのお菓子を
ご用命いただくのは初めてです。

昨日、その発送をさせていただきました。
いろんな作業を皆で手分けしたけれど、
私が最後にしたのは、包装!

あの「デパート包み」なるものを、
これだけの数、するのは初めてでした。

最初はおっかなびっくり。
動きが鈍いと、包みのキレも悪いです。
最初の包装の方、ごめんなさい!

それでも次第にコツをつかんできて、
最後の方はさっさと手が動いていました。
型が決まるとキレがいいのは、
整体も同じですね。

そして、慣れた頃に作業が終わるというのも、
世の常です。

ともかく夕方に発送を終えて、
みんな、ご苦労様でした〜!
本当にみんな、頑張ったね!

そして土日は整体師養成コースです。
コース終了翌日には
ラダックに向けて出発ですので、
今のうちに旅の支度を始めねば。

ということで、ようやく先ほど、
一旦荷物を集めてみました。

今回、できるだけ荷物を減らすつもりですが、
いやぁ、それでも結構多いわ!

できれば行きのバッグは
スカスカにしておきたいのだけれどね。
どうせ帰りはパンパンになるのだから。
もう一度、荷物を見直そうっと。

そして明日明後日は、家の片付けと、
諸々の細かい作業が目白押しです。

「つながる命 福島」の事務局作業も、
しばらくは他のスタッフにお任せとなります。

出発ギリギリまで、
本当に目が回るほどの忙しさですが、
「飛行機に乗りさえすれば・・・」と、
頑張れる今日この頃です。

そしてラダックに3週間も滞在して、
一体何をするのかというと、
これが、ノープランなのです。
つまり、予定無し。

6/18-19には大きなお祭りがあるので、
それは見学するとして、
後は流れに身を任せるという旅です。

特に到着して3日間は、
ただ宿でじっとしているつもりです。
これは、標高3,000mにいきなり行くので、
きっと高山病にかかるであろうという読みです。

高山病はあなどれないそうです。
経験したことがないので、
なんとも言えませんが、
時には死に至る時もあるとか。

一体どうなることか、
まるで読めない旅ですが、
そんな旅を3週間もできるなんて、
ありがたいことです。

きっと何かが起こることでしょう。
楽しんでいくことにします。

ラダックについては、
こちらのサイトが分かりやすいです。
→ http://ymtk.jp/ladakh/
これまでご存知なかった方も、
一度覗いてみてくださいな。


今朝、乙女渓谷に行ってきました。

その道すがら、
歩みを進めるほどに、
いろんなもの(こだわり)が
離れていくのを感じました。

そのうちの一つ。
何事にも分かったふりをしてきた私を
最近になって手放してきてはいるのですが、
そのことを書こうと決めました。

☆☆☆
私は幼い頃から
頭の奥で、自分とは異なるタイプの声が
するのを感じてきました。

そういうのを
ハイヤーセルフと呼ぶらしいと知ってから、
そうだと信じて会話してきました。

その後も、ふと言葉が浮かんだり、
映像が見えるように感じる時があって、
そういうのは「降りてくるもの」
なのだととらえていました。

でも実際には、
自分で思いついたことなのか、
ハイヤーセルフの声なのか、
はたまた、守護霊や天の声なのか、
実はその違いは分かっていませんでした。

要は、普段の私の思考パターンと異なるものは、
「外からやってきたメッセージ」と
決め込んでいたのです。

☆☆☆
やがて整体をするようになり、
目の前の人の身体に触れたり、
その場にいることで、
いつもと違う、「外からのメッセージ」を
より多く感じるようになりました。

しかも浮かんだ言葉や映像を、
そのご本人に伝えると、
「それこそ私が求めていた答です!」と
感動される場面が続きました。

そして実際に、その後の人生が
どんどん拓ける人もいたりして、
「へぇ〜。あの時の言葉や映像って、
やっぱり天からのメッセージだったんだ」
と確信するようになりました。

☆☆☆
よく「見える人」っているでしょ?
他人の前世や、カルマや、未来や、オーラなど。
そういうのって、最初は
こういう感覚で見えるのかなと思いました。

で、そういう感覚を磨けば、
もっとクリアに、簡単に、より深く、
見えるようになるのだろうと想像しました。

私はそのことにワクワクしました。

相手の心の内や状態が、
パッと見るだけで分かるようになれば、
より正しい検査をすることができて、
より効率的な施術をすることができますからね。

そしてそういうことが出来る私という
優越感もありました。

☆☆☆
その後、いろんな指摘や出来事があり、
「そんなレベルにとどまっていて、いいの?」
と考えるようになりました。

たぶん、「見える人」「聞こえる人」を磨き続けることで、
その領域でそれなりに生きていけることでしょう。

でも、きっと、今度はその領域から出ようとした時に、
なかなか出にくくなるでしょうね。

「私の人生、そんなんでいいのかな?」
という疑問が湧きました。

私にとって、
「見える」とか「聞こえる」とかいうのは、
実はそんな気がしていただけでした。

それを周りに伝えることで、
たまたまうまくヒットしていたものだから、
自分にはそのような力があると、
うぬぼれていました。

そのことに気づいて、
見ようとか、聞こうとすることは、
既にやめて久しいのですが、
そういうことを周りに伝えていませんでした。

私はあやふやな状態で
「そんな気がする」ことを
さも分かったように語っていましたが、
もうそのようなふりはしません。

そして今でも
まだふりをしているところもありますが、
これからはどんどん手放していきます。

そのことを伝えることを決めさせてくれた
今日の乙女渓谷でした。
今はとてもすがすがしい気分です。