この度のラダックの旅で、
私の精神面を鍛えるのに
様々な条件が揃いました。

・シャーマン(ラモ)に出逢えたこと(2回)
・占星術師(オンポ)に出逢えたこと
・ツェワンさんの解説で
 ゴンパ(寺院)を幾つもまわりながら、
 チベット仏教を学べたこと
・ミラズハウスの客室や仏間で、
 ふんだんにストレッチ・瞑想・
 【トーラス体操】・【光珠】ができたこと
・ラダックの素晴らしい景色の中で、
 他に何も考えずに過ごせたこと
・雪解け水で、滝行・湖行ができたこと
・パソコン・ネット環境に、
 三週間まったく触れなかったこと
・素晴らしい仲間と刺激し合えたこと

他にも様々な条件が揃いました。
この一つ一つについてドラマがありました。

特にシャーマンとの問答では、
もの凄い体験と学びをいただいたのですが、
書き出すと相当長くなるので、
どこかでお話する機会があれば
お伝えさせていただきます。

さて、これらの条件が揃い、
得難い体験を経るうちに、
私の心持ちがどんどん変化していきました。

その過程は省略させていただいて、
結果をまず記しますと、
私は“一人出家”することにしました。

特定の宗教の得度を受けた
ということはありません。
ただ、一人で決めたのです。

そして、私が今、
自分に課している「行」は、
次のようなものです。

「日々の暮らしの中で、
常に慈愛に満ちた心であり続け、
常に慈愛に満ちた言葉しか口にせず、
常に慈愛に満ちた行いしかしない」

この決意をしたのは、
旅をして2週間ほど経った頃です。

そして、決意してからのちの旅は、
まさに“常に”私自身が、
そのような状態であるかどうかを
確かめる日々でした。

そのような視点で我を見るに、
心と言葉と行いが、
いかに一致していないことか!
日々の瞬間ごとに
ギャップを痛感しております。

心にもないことを口にして
その場を和ませようとしたり、
心の持ちようそのものが卑屈であったり・・・

日中の意識がある間中、
「あぁ、まただ」と、
決意と現実のギャップに
驚かされるばかりです。

それでも救いなのは、
落ち込むことはなく、
「あぁ、また気づかせていただいた」
と感謝し続けられていることです。

このことをシャーマンに
二回目に逢った時にお伝えしましたら、
「それも一つの段階です。
そのことに気づいただけでも良かったですね。
でも、その段階でとどまっていては、いけませんよ」
と、励まされました。

☆☆☆
ところで、
持参した「アナスタシア」を再読していて、
水について書かれている文書を読んでいた際に、
突如、あることに大いに腑に落ちました。
そのお話をできるだけ簡潔に書いてみます。

例えば、私がよく通う乙女渓谷で、
目の前の清流に手を差し入れて、
両手に水をすくったとします。

すると、それまでは一緒に流れていた水が、
その瞬間に、私の手の中に残った水と、
指の間をすり抜けた水とに分かれます。

手にすくった水を、
私が飲み干したとします。

すると、その水は、私の身体の中に入り、
その後、体液や身体の一部に
なるかもしれませんし、
汗や尿として出て行くかもしれません。

一方、私の指をすり抜けていった水は、
その後、別の人の口におさまるか、
あるいは、工業用水として取り込まれるか、
ほとんどはそのまま海に
流れていくことでしょう。

このように、一瞬の出来事で、
運命を分けた水たち。

さて、私の身体におさまった水たちは、
かつてどこをどのような
存在でいたことでしょうか?

どのような水たちも、
いつかは蒸発し、雲を形成し、
やがて雨や雪などとなって
地上に降り立ってくると学びました。
いわゆる“循環”です。

すると、先ほど飲み干した水も、
数年前、あるいは数十年前に、
やはり私の身体に
おさまっていたのかもしれません。

でもその確率は
相当低いと想像できます。

そのように考えると、
水とは、遠い昔から、世界中で、
実に様々な経験をしてきているわけです。

例えば、都会の水は汚れているとか、
田舎の水は綺麗だと言っても、
それは、今の一瞬の状況であるだけです。

実は水は、もの凄い経験と記憶を
持ち合わせている訳です。
そしてつながっている・・・

その様々な経験を積んで、
様々な記憶をおさめた水が、
今、私の手の中にある・・・

そのように考えるだけで、
水がとても愛おしくなりました。

そして、実は水は
あらゆるものの中に含まれています。
他の動物や植物、
石や目の前の物たちにも。

つまり、
ラダックで本を読んでいる私の脇の
樹木の葉に流れる水も、
私の身体の中を流れる水も、
言わば兄弟のようなものです。

そのような視点で、
目の前の木々の葉を眺めた時、
従来とは異なる感覚を感じました。

実は私は、今回の旅で、
「植物と会話をしたい」と願っていました。

この時、
会話をするまでには至りませんでしたが、
彼らとの共通項を見つけて、
今まで以上に親しみを
感じるようになったのです。

そして私は、その植物だけでなく、
私の身の周りの全ての存在が、
つながっていることを感じました。

全てが愛おしく感じました。

今回、水を通して、
私自身の存在と、
周りとのつながりを
密接に感じた瞬間でした。

☆☆☆
この体験を経てから、
私の【トーラス体操】と【光珠】の
スタイルと意味合いも変わりました。

もう、私のためだとか、
誰のためというのではなく、
ただ、宇宙とつながっていることを
実感するのみという感覚なのです。
それは至福の時でもあります。

また、【光珠】をするのに、
時と場所を選ぶことがなくなりました。

これは冒頭に述べました
決意とも関連するのですが、
私が常に“心と言葉と行ない”が一致していて、
それが全て慈愛に満ちているとするならば、
既にそれが【光珠】の状態である訳です。

ですから、わざわざ
「今から【光珠】を始めます」と、
時を刻む必要がないのです。

つまり、【トーラス体操】や【光珠】は、
「ただ私がつながっているだけ」
「ただその状態であるだけ」
のものになりました。

言い換えると、
「ただ、私は光っているのみ」
とも言えます。

大切なのは、私自身の有り様でしょう。
奢れることも、へりくだることもなく、
ただ宇宙に身を任せるのみという感覚です。

また、私の身の傍に置く
道具たちが変わりました。

私はシンギングボウルを
手放す決心をしました。

そもそもは、この旅で
新しいシンギングボウルを
手に入れるつもりでいました。

ところがいくらお店を回っても、
ピンとくるものと出逢いません。

そのうちに、
上にお話した水との関わりから、
「私の手元に置くべき物は他にある」
と感じるようになりました。

そこで、シンギングボウルを
求めることをやめることにしました。

新たに手に入れるどころか、
日本に置いてきたシンギングボウルも、
手放すことにしたのです。

加えて、オンポ(占星術師)から、
私の守護神が、金剛菩薩であると
アドバイスを受けていました。

帰国してから調べると、
金剛菩薩にはいろいろいらっしゃるようですが、
ともあれ、一つの方向性が見えました。

その結果、今回、私が手に入れたものは、
次の通りです。

金剛杵(こんごうしょ、ドルジェ)×大小
金剛鈴(こんごうれい、ガンター)
チベタンベル(ティンシャ)
数珠
ラダック・私の買い物

どれもが、入手するまでにドラマがあったのですが、
ともかくご縁があって
我が前に来ていただいたとしか
言いようがありません。

こうして、新たな道具たちの力も借りて、
【トーラス体操】をするようになりました。

ただし、当然のことですが、
モノに依存し、
おぼれておる場合ではありません。
彼らはあくまでも私を助け支えてくれる、
一つの扉、一つの力です。

☆☆☆
となると、この先、
【光珠】をお申し込みされた方には、
どうなるのかというと、
「その光を束ねて、お届けする」
ということになるのでしょうね。

光をお届けすることで、
その方にどのような変化が起きるのか?
それを保証するものではありません。

ただ、お申し込みいただければ、
光をお届けします。
お代は求めません。

私はただ、お申し込みいただくだけの
“求め”にふさわしい存在である様に、
日々、毎瞬、己に課した行を続けるのみです。

それが、「常に、慈愛に満ちた
心と言葉と行いであり続ける」
という、“一人出家”した私の行なのです。

これが、今回の旅で、
私が得た、最大のお土産です。

ここまで、
できるだけ心と言葉を一致させて
書かせていただいたつもりですが、
あなたにうまく伝わることを祈ります。

長文にお付き合いいただき、
ありがとうございました。
さて、私は何をしているのでしょう?
これは、この地で購入した唐辛子を
粉にしているのです。
4-0唐辛子粉末化

この唐辛子、相当辛いです。
中津川市福岡の名産、
あじめこちょうといい勝負です。

ということで、
今年の大辛ソース「ファイヤー!」は、
インドの隠し味バージョンです!

6/23の朝日です。
ミラズハウスの屋上にて、
エネルギー溢れる陽を浴びました。
4-1日の出6:23

6/24の夕陽。
こんな景色にいつも触れられるなんて、
何という幸せ!
4-2夕陽6:24

数日前に朝勤行した
デスキット・ゴンパと同じく、
毎朝、勤行をしているという
ティクセ・ゴンパの朝勤行に、
今度は大勢で向かいました。
この日も見事な朝日でした。
4-3ティクセゴンパに朝日

この陽を浴びて【トーラス体操】
をしていたら、
傍の外国人が真似をしていたそうな。

子どもの僧が吹くラッパを合図に、
朝勤行が始まりました。
4-4ティクセゴンパ朝勤行でラッパ

☆☆☆
さて、感動の連続、ラダックの旅。
最終週に旅したのは、
パンゴン湖でした。

この湖はほとんどが中国領です。
ヌブラの時と同じく、
標高5,000m強の峠を越えていきます。

ヌブラと異なるのは、
峠を越えても、
さほど標高が下がらないことです。

何と!標高4,200mに横たわる湖!
しかも水の色が美しい!

でもその色は、
晴れていてこそ現れるとのことで、
ツェワンさんは数日前から
ヤキモキしていました。

そうしたら、案の定、曇り空。
「本当はもっと綺麗なんですけれどね〜」
解説が少々哀傷漂っています。

私はそんなことに構わず、
湖畔に着いた時から
はしゃいでおりました。

高度が高いのも忘れて
砂浜を走り、ジャブジャブと入りました。
結局、褌一丁で、
首まで入らせていただきました。

それでも、冷えは高山病の元ですので、
その後は暖かい衣類にくるまって、
車内でじっとしておりました。

やがて小雨まで降り出し、
ツェワンさんは残念そうです。

すると、「虹が出ている!」
の歓声!
すぐに車を止め、
外に出てビックリ!

何と、180度、端から端まで、
くっきりと虹が出ているのでした。
こんなに見事な虹を見るのは、
生まれて初めてです。

ツェワンさん自身も
見たことのないような景色にバンザイ!
私のカメラではおさまらなかったので、
虹の一部のみとなります。
4-5パンゴン湖・初日に虹

虹をアップしてみましょう。
湖面に映る色も素敵です。
4-6パンゴン湖・虹アップ

こうして、
結局は大興奮で終えた初日でした。

翌朝は最初は雲っていましたが、
次第に光が射してきました。
4-7パンゴン湖・2日目の朝日

湖面も綺麗に色づいてきました。
4-8パンゴン湖・色を出す

迷わず湖行をする私。
4-9パンゴン湖にて湖行

U太は石を割るのに熱中しておりました。
4-11パンゴン湖・石を割るU太

割ってみると、
本当に綺麗な断面が現れます。
4-10パンゴン湖・割れた石

中には水晶っぽいのも見つかり、
皆で下を見ながら歩き始めました。

☆☆☆
さて、素晴らしい体験の旅のご紹介を
ここで一旦区切らせていただきます。

ここまでご紹介したのは、
トピックスのみです。
実際にはもっと沢山のドラマがありました。
それはまたおいおい
ご紹介する時があればいいですね。

最後に、次回、
この旅で私が至った心境と決意について、
まとめさせていただきます。

実はこれこそが、
今回の旅の最大の成果でありました。
(つづく)
「せっかく三週間も滞在するのだから、
是非、泊まりで遠方に旅しましょう!」

ツェワンさんの勧めに従い、
私たちは小旅行に出ることにしました。
目指すのは、ヌブラと呼ばれる地方です。

ヌブラは、ラダックの北部、
標高5,620mの、
道路としては世界最高地点を越えた場所にある、
渓谷地帯です。

かつては東西交易の
中継地点としても栄えたそうですが、
現在はパキスタンや中国との
未確定の国境に近いこともあり、
そのような地域では、
最近まで外国人が入れなかったそうです。

今回、その山道で峠を越え、
西進して、外国人が入れるギリギリの村、
トゥルトゥクまで行こうというものでした。

まずは山越えです。
これが凄かった。
画像で見る以上にかなりの傾斜を、
蟻の道のように敷かれた進みます。
3-0ヌプラ・山道

谷側の席に座ると、
まるで絶壁を見下ろすような
気分を味わえます。

山側の人は安心かと言うと、
さにあらず。
急傾斜に、何故か丸い大きな岩が
かろうじて止まっているのが、
進行方向に見えるのです。

例えるならば、
傾斜をゴロゴロと転がる大岩の
映像シーンを観ていて、
ポーズ(一時停止)ボタンを
押したような状態が、
延々と続くのです。

「どうしてあの岩が落ちてこないの?」
悲鳴が何度もあがります。
(実際に、帰り道には
落ちている岩もありました)

気分転換に、
絶壁をバックに記念撮影。
3-1ヌプラ・山道を行く

やがて標高5,000m級に到着。
周りは雪景色!
ガチガチに凍った雪の層が、
山を覆っています。

道路の世界最高地点は、
まるでスキー場のゲレンデのように
賑わっていたので、画像もパス。

峠を越えればmあとは下るだけです。
何名かは高山病と
車酔いの傾向が出ていたので、
急ぎ下ります。

そして、あるカフェに到着。
カフェの裏に流れる小川を見て、
私は歓声を上げました。

雪解け水が流れる両側には
背の低い草が茂り、
黄色い小さな花が咲き誇っていました。

思わず靴下を脱ぎ、
ジャブジャブと川に入って、
川の真ん中の石の上で
【トーラス体操】
をしました。
3-3ヌプラ・雪山バックに【トーラス体操】

まだ標高の高い地でしたが、
実に空気が清々しく、
薄い空気が体中に沁み渡りました。

無事、山を越え、
途中、崖に現れた滝をみて、
思わず滝行をした、
けんちゃんと私。
インド人のギャラリーが
ワイワイと写真を撮っていたとか。

辿り着いた街・デスキットは、
思いのほか、素敵な土地でした。

ホテルにチェックインして、
すぐさまデスキット・ゴンパへ!
素晴らしい光景が出迎えてくれました。
3-5ヌプラ・夕陽を浴びるデスキットゴンパ

デスキット・ゴンパから
見える景色も絶景!
最近できたという弥勒菩薩像が
輝いていました。

この像の開眼法要は、
ダライラマ14世によって
執り行なわれたとか。
3-6ヌプラ・デスキットゴンパから

デスキット集落の様子も素敵です。
3-7ヌプラ・夕陽を浴びる集落

デスキット・ゴンパにて
笛を吹くななさん。
見事な光が届きました。
3-8ヌプラ・デスキットゴンパにてななさん

帰り際、弥勒菩薩にかかる夕陽を
逆行から眺め、
ため息をつきつつ、
ホテルに戻りました。

☆☆☆
ラダックに数あるゴンパのうち、
ミラズハウスにほど近い
ティクセ・ゴンパと
このデスキット・ゴンパのみが
毎日、朝勤行をされているとか。

ならば行くしかないでしょう!
と、「明朝、参加します!」
と声を上げたのですが、
誰も乗ってきません。

そこで、私一人で行く事にしました。
早朝から喜びいさんで、
ゴンパの階段を登ります。
登り切ったところで、感動!

弥勒菩薩に見事な朝日が
届いておりました。
3-10ヌプラ・朝日を浴びる弥勒菩薩

アップしてみましょう。
3-11ヌプラ・朝日を浴びる弥勒菩薩アップ

見とれていると、お坊さんたちが
朝勤行の準備を始めました。

そのお一人が、息を切らせながら、
水を運んでおられたので、
その水タンクを運ぶお手伝いをしました。

すると、一気にお坊さんたちの
私を見る目が優しくなり、
「もうお堂に入っていいよ」
と手招きされました。

朝日がさんさんと届く、
とても居心地の良い場所に案内され、
待つことしばし。
次々と僧たちが入って来られました。
3-11ヌプラ・デスキットゴンパの朝勤行

ほどなく始まった、朝勤行。
僧たちが唱えるマントラを聞きつつ、
私は心地良い気分で瞑想していました。

やがてお経が終わり、
僧たちは朝ご飯を食べ始めました。
遠目に見るに、
「バター茶」と、「ツァンパ」と呼ぶ、
郷土料理です。

このツァンパ、はっきり言って、
好き嫌いがあると思います。
私は嫌いではないけれど、
そんなに沢山はきついなぁという印象です。

僧たちは自分の分を食べ終わると、
早速次のお経を唱え始めました。

その時になって、
私にはバター茶が出されているだけだと
いうことに、彼らが気づきました。

ここからの展開が、
とても面白かったです。

「彼は何も食べていないのか?」
「彼にもツァンパを提供しろ」
お経を唱えながら、
手招きで若い僧に指示します。

やがてやってきた僧に、
「私は器を持っていないから結構です」
と身振りで伝えると、
その様子をみていた別の僧が、
「ならば器を持ってこい!」
と指示します。

やがて、器とツァンパの材料がやってきました。
材料とは、大麦を炒って粉にしたものです。

これにバター茶を入れて、
通常は指先で混ぜて、
団子状になったものを
少しずつ口に入れて食するのです。

私の前に、粉が山盛りに盛られました。
「アチャー。こんなに食べられるかな?」
と思案していると、
その様子を僧達がずっと眺めています。

その様子から、
「彼はツァンパの食べ方を
知っておるのだろうか?」
という気配を感じました。

そこで、
「指で混ぜればいいんでしょ?」と
仕草をすると、
「彼にスプーンを出してやれ!」
と、お経を唱えるのも忘れて
指示します。

他の僧たちも、気が気でない様子。

やがて渡されたスプーンで、
私が混ぜ始めると、
ほっと一息入れて、
前を向くのでありました。
3-12ヌプラ・デスキットゴンパで出されたツァンパとバター茶

ところが今度は、
「彼は最後まで食べられるのであろうか?」
と、心配になった様子で、
そわそわと私を振り返ります。
その間、全くお経を唱えておりません。

この様子、
ビデオで撮らせていただきました。
ご希望の方には
【もりのいえ】にてお見せしますので、
お申し出下さい。

☆☆☆
こんなアットホームな朝勤行を
ご一緒させていただき、
私は大満足でホテルに戻りました。

そして、いよいよ皆で
トゥルトゥクに向けて出発です。

途中、軍の検問を通り、
橋も戦時中に使うかのような橋ですので、
緊張が走ります。
3-13ヌプラ・トゥルトゥクへの道

道中は、ただただ荒野です。
岩は陽に焼け、
「この先に本当に人里があるのか?」
と疑うほどです。

それでも希望を持ったのは、
「この地域の女性は、
美人が多いんですよ〜」との
ツェワンさんの言葉です。

通り過ぎた村でたたずむ
少女たちの姿を見ても、
期待が増します。
ちなみにこの辺りは、
全てイスラム教徒です。
3-14ヌプラ・トゥルトゥクへの道・少女たち

やがて、荒野の果て、
パキスタン国境に近い村、
トゥルトゥクに到着しました。

私は目を疑いました。
清らかな水が流れ、
川の両側はオアシスのようです。
3-15ヌプラ・トゥルトゥクの村

村中に水が巡り、
とても涼やかな風がそよぎます。
まるでホテルの庭園のよう!
3-17ヌプラ・トゥルトゥク水の庭

家々を結ぶ小道には石畳が積まれ、
まるで、「もののけ姫」の冒頭に
登場する里のようです。
3-16ヌプラ・トゥルトゥクの小道

まるで桃源郷!
「うそでしょ?」
「何であんな荒野の果てに、
こんな村が現れるわけ?」
驚愕の声が上がります。

そして案内されたゲストハウスが
超快適!
部屋を覗いて、
「ここに泊まりた〜い!」
「何で、日帰りなの?」
「最低3泊したい!」と、
不満の声が上がります。

それほどに素晴らしい土地でした。

そして驚きはこれだけでは
ありませんでした。

突如現れた少女たち。
かわいい!
3-18ヌプラ・トゥルトゥクの少女たち

実はこの後、本人達の希望もあり、
一人ずつの撮影をさせてもらったのですが、
この画像が一人歩きすることを抑えるため、
公開を控えさせていただきます。

そして、感動がもう一つ。
滝に連れてくださいました。
思わず滝行を始めた
私とけんちゃんです。
3-19ヌプラ・トゥルトゥクで滝行

この滝を登る時、
黄金色がかった虹が何本も見えました。
もう感動しまくり!
滝の水も優しかった!

こうして惜しみつつ
ホテルに日帰り帰宅した私たちは、
戻る直前にある場所に向かいました。
そこにはラクダが
20頭ほど控えておりました。
3-20ヌプラ・ラクダ1

これこそ、ツェワンさんが
U太に見せたかった光景なのでした。
かつてシルクロードとリンクしていたという
この地域らしい演出で、
今ではラクダツアーを
営んでいるのです。

U太はもう大興奮!
今回の旅で一番楽しい時だったと、
今でも語っております。
3-21ヌプラ・ラクダに大喜びのU太

こうして、
思いのほか素晴らしい体験と、
名残惜しさをふんだんに残して、
ヌブラを後にしたのでありました。
(つづく)
今回の旅で、誰にとっても
きっと大きな体験となったことの一つに、
シャーマンとの出逢いがありました。

私は、6/15, 24の2回
シャーマンとお話できました。

そのことが、この旅での決意に
大きく導いてくれたのですが、
これは別の機会に書くことにします。

ただ、6/15の時に、
「あなたはより大きな力を持つ存在、
例えばダライラマ、
チベット仏教の高僧(リンポチェ)、
日本の仏教の高僧などとの
つながりを持つ方が良い」
とのアドバイスを受けていたことを
記しておきます。

☆☆☆
さて、3週間の旅を、
ほとんどノープランで
やってきた私たちでしたが、
ラダックのツェワンさんは、
手ぐすねひいて待ってくれていました。

その一つ、
「是非ともここはご案内したい!」
と力説された、
「下(しも)ラダック地方」
への旅に出ることにしました。

目指すのは、アルチゴンパと
ラマユルゴンパの
二つの寺院です。

アルチゴンパには、
ラダックのみならず、
チベット仏教全体をみても、
最高傑作の壁画があるそうです。

当初の予定では、
まずアルチゴンパを訪問し、
その後、西進して、
ラマユルゴンパの麓で
宿泊するつもりでした。

ところが、
出発間際になって連絡が入り、
ラマユルゴンパを
優先することになりました。

というのも、
ラマユルゴンパの座主である
リンポチェが、まさにその日、
ラマユルゴンパに向かわれ、
説法をされるというのです。

そこで、説法を聞かずとも、
リンポチェの近くで過ごせるのならば、
まずはそちらに向かおうと
いうことになりました。

私にとっては、
前日にシャーマンから
「リンポチェとの関係を持て」
とのアドバイスを受けていたこともあり、
早速その機会が訪れたような気分でした。

ラマユルに向かう道は
ほどなく険しい山道になっていきます。
次第に時々渋滞で止まるようになりました。

不思議に思っていると、
何と!私たちの前を、
リンポチェのご一行が進んでおり、
途中の村々に立ち寄って
歓迎を受けているのだそうな。

よくよく周りの車を眺めるに、
民族衣装に身を包んだ人や、
着飾っている人が多いです。

途中、車が止まっている時に、
ツェワンさんが交渉して、
帽子をかぶらせていただきました。
2-2ラマユル・帽子をかぶる

また、リンポチェが去る際に、
村人が総出で見送るのですが、
その直後に私たちも過ぎるので、
同じように手を振ってくれます。
2-1ラマユル・道端の少女たち

おかげで様々な民族衣装を見られて
役得な感じでした。

途中、ある村で説法をされる
リンポチェご一行を追い越し、
ラマユルに到着した私たちは、
ラマユルゴンパに登ることにしました。

すると、ゴンパから次々と
民族衣装の人びとが出てきます。
2-3ラマユル・民族衣装の女性

2-4ラマユル・男達と

2-5ラマユル・男達と2

僧侶も着飾っています。
2-6ラマユル・僧侶たち

中に入ると、大勢の人びと!
グループごとに順々に
踊りを披露していたのです。
2-0ラマユル・中庭に集う

「民族衣装の人びとに
一気に出逢えてラッキー!」

喜んでいたら、ツェワンさんが
とんでもない提案をしてきました。

「彼らと一緒に踊りませんか?」
「エッ?」

戸惑う私を尻目に、
そのグループと
交渉を始めるツェワンさん。

ちょっと待ってよ!
そんなことをしている人は誰もいないよ。
しかも私は外国人だし、
超目立ちます。

そんな私の気持ちは知らずか、
舞用の帯を渡され、
輪の中に押し出されました。
2-7ラマユル・一緒に踊る

いやぁ、恥ずかしかった。
元来、私は人前に出るのは
苦手なのですよ。
いやほんと。

夕刻、ドゥカン(お堂)にて
しばし瞑想をさせて
いただいた時のことです。

瞑想後、ある僧が近づいてきました。
「あなたの名は?」
「まぁさんです」
「どこからきました?」
「日本です」
「私の名は、○○です」
・・・

そのやりとりが
二年前に見た夢と
同じ様なシーンだったので
驚きました。
その夢での相手は
ダライラマでしたが。

そんなこんなで、
思わぬ体験をして、
ラマユルでの夜を過ごしました。

翌朝、早くに目覚めて、
ゴンパを目指します。
ほとんど人のいないドゥカンの中で、
瞑想をさせていただきました。

その後、目指したのは、
かつて(500年ほど前?)に
住民か暮らしていたという、
ゴンパのすぐ下の廃墟です。

ここは、今ではほとんど誰も
通らない地なのでしょうが、
前日にツェワンさんが
案内してくれていたので、
その廃墟の上で、
【トーラス体操】
をさせていただきました。
2-8ラマユル・廃墟で【トーラス体操】

この頃から、
【トーラス体操】と
【光珠】に変化が起き始めていました。
そのことは別の機会に記します。

実はこの廃墟の中に、
「センゲガン」と呼ぶ、
小さなお堂があります。

普段は鍵がかかっているのですが、
前日にはツェワンさんが
中に入れてくれました。

その奥に「ゴンカン」
と呼ぶスペースがあって、
「チティパティ」と呼ぶ
骸骨の壁画が強烈でした。

これはいわゆる護法神らしいのですが、
そのインパクトに、
思わず大声を上げてしまいました。

同行した数名は、
「きつい・・・」と言って
早退したほどでした。

その部屋にもう一度入って、
そこで瞑想したかったのですが、
その朝は入れませんでした。
次の機会には是非ゆっくりと
過ごしたいものです。

☆☆☆
ラマユルを離れ、
チベット仏教最高の
芸術作品と言われるらしい、
アルチゴンパを訪れました。

ここは小さな集落に囲まれていますが、
とっても小ぎれいで、
一目で気に入りました。

アルチゴンパにはいろいろあり、
その中でも
「アルチ・チョスコル・スムツェク」
と呼ぶ三層堂と、
ナンパ・ナンツァ(大日如来)を
本尊とする、
ドゥカンが印象的でした。

何よりも、
ツェワンさんの語りが熱い!

ラマユルゴンパでもそうでしたが、
彼の引き出しの多さと中身の濃さは
実に素晴らしいです。

「ラダックに来て、
初めて仏教のことを知りました」
と参加者の一人がおっしゃっていましたが、
私もその一人です。

こうして、充実した
下ラダックの旅を終えて
ミラズハウスに戻ったのでした。

☆☆☆
今回はほぼノープランの旅でしたが、
唯一、スケジュールを
決めていたことがあります。

それは、ヘミスゴンパにて開かれる
「へミス・ツェチュ」と呼ぶお祭りを
見学することでした。

今年は、6/18-19に開かれたので、
その両日を予定していたところ、
18日の朝は何と大雨!

ラダックらしからぬ天候で、
かなり冷えたり、
足元がぐちゃぐちゃになるであろう
ということで、
19日のみの参加としました。

いつもながら
ツェワンさんが配慮してくださり、
演奏をする僧侶のすぐ脇の席を
取ってくださいました。
おかげでこの迫力!
(ツェワンさんの顎が少し映っています)
2-10ヘミス・ツェチュ

中庭では仮面をかぶった僧侶達の
舞が続いていましたが、
正直言いまして、
舞の意味が分からないと
ピンときませんでした。
ごめんなさい。

そこで、祭りは途中で抜け出して、
ゴンパの外れの山上におられる、
お釈迦様の像を拝みに行く事にしました。
2-11ヘミスゴンパのお釈迦様1

この場所、半端なく急傾斜なのです。
なのに、何故かさほど息が切れない私。
そんなに強い体ではないのにね。

このことには、
ラダックに到着した頃から
気づいていました。

「何だろう?この身近な感覚は?」

「過去、ここに私は暮らしていた〜!」
というような
はっきりしたものではないのです。

ただ、「近い」という感覚です。

そして、もう一つ、
近いものが現れました。

山を登って辿り着いた先には、
お釈迦様の像が待っておられたのですが、
何と! KAN太ソックリでした!
2-12ヘミスゴンパのお釈迦様2

こうして、ラダックの旅は
半分ほどになってきたのでした。
(つづく)


2年前、ダライラマ法王と
お話をする夢を見ました。

それまで、ダライラマも、
チベットのことも
ほとんど知らなかった私でした。

それが、その夢を見て以来、
「いつかチベットに行きたい」
と願うようになりました。

ところが、いざチベットの
ガイドブックを読んでも、
ピンときませんでした。

「私の行くべきところは
中国のチベット自治区では
ないのでは?」

ではどこに?
どうやって?
頼る人もなく?

そんな最中、
今回の旅を共にすることになった
しほちゃんから、
「紹介したい人がいるのよ」
と教えていただいたのが、
ラダック在住のご夫妻でした。

ひろこさんと
ツェワン・チンレイさん。
「ミラズハウス」と呼ぶ、
素敵なゲストハウスを
経営されています。

このご夫妻と、娘さんのミラちゃんが、
今年1月に【もりのいえ】を
訪問してくれたことで、
一気に話が進みました。

そして、「一緒に行く〜!」
と名乗り上げてくれた方々と共に、
個人旅行の集まりという形で、
ラダックの旅が始まりました。

本当に素晴らしい旅でした。
素晴らしい景色と人びと
素晴らしい体験

そしてこの旅が、
素晴らしい気づきと
決意に導いてくれました。
心から感謝します。

まずはどのような旅を過ごしたのか、
画像を中心にご紹介します。

本当のことを書くと、
これらの画像だけでは、
感動的な景色を再現できていません。

それでも少しでも
イメージしていただければと願います。

そして、これからご紹介する内容以外にも、
感動の出来事が沢山ありました。

詳しくは、
実際にお目にかかる機会がある時に
お伝えできればと願います。

それでは、
まずはラダックに到着して
数日間のメモリーです。

☆☆☆
これが主な滞在地となった、
ミラズハウスです。
申し分ない施設とご家族でした。
1-1ミラズハウス外観

ユニークなのが中庭(?)でした。
家の内部が吹き抜けになっていて、
屋根はかかっているのですが、
ほぼ「屋外」なのです。
1-2ユニークな中庭階段

この階段を登って、
皆、何度も屋上に出ました。
その訳は、360度の素晴らしい景色です!
1-3屋上からの景色

見渡す限りこのような景色が
広がっているのです。
そして夕刻には素晴らしい夕焼け!
1-4ミラズハウスからの夕焼け

朝は朝で、
雪山にかかる朝日が見事でした。
1-5山々に朝日が入る瞬間

ミラズハウスあたりの標高が、
3,300mくらいだとききました。
その地を、
5,000m越えの山々が囲みます。

到着した日は高山病対策で
ゆっくりと過ごしました。
そして翌朝。
お母さんのアマレーが
パンを焼いてくれました。
1-6パンを焼くアマレー

牛糞を燃料にして焼くアマレー。
自然に密着した姿に感動です。
【もりのいえ】でも
このスタイル、いただきます。
1-7焼けたパン

私は今回の旅で
是非とも購入したいものがありました。
それは、「ゴンチェ」と呼ぶ
この地独特の衣装です。

早速、ツェワンさんの衣装を
着させていただきました。
けんちゃんも一緒に。
1-8ゴンチェを着る、けんちゃんと私

これは冬用のものです。
この日私は夏用のゴンチェを
購入しました。
そして今回の滞在中のほとんどを
この衣装で過ごしました。

2日目の午後、
中心地のレーという街に向かいました。

沢山の車の排気ガスと、
すさまじいクラクションに
少々頭がクラクラしましたが、
賑やかな店を眺めるに、
買い物欲がムクムクとわく私でした。

この店は、
ツェワンさんたちの友人が
経営されている
アンティークショップの店内です。
ものすごい品揃えでした。
1-9アンティークショップ

3日目の午後、
ミラズハウスに近い
寺院「スタクナ・ゴンパ」に
向かいました。

「まずはご近所の寺院に
ご挨拶してから」
と気軽に徒歩で向かったのですが、
これが素晴らしい
ハイキングとなりました。

途中、インダス川を渡ります。
1-10インダス側を渡る

やがて見えてきたのが、
素晴らしいゴンパ(寺院)の姿でした。
1-11スタクナゴンパを望む

またこのゴンパに向かう崖を
登り切ってからの
振り返ってみる景色が最高!
1-12スタクナゴンパからの景色

軽い気持ちで出かけた私を
いきなり参らせてくださいました。

翌日以降も、訪れるゴンパごとに
異なる佇まいに感動です。
これはチェムレゴンパ
1-13チェムレゴンパ

洞窟を掘って作られたという、
タクトクゴンパ。
ここで瞑想した時の感動は、
今でも残っています。
1-14タクトクゴンパ

一つ一つのゴンパ訪問で、
書きたいことは山ほどあれど、
省略させていただきます。

今回、長男のU太(7歳)と
共に旅しました。
学校の枠にはまらない
自由な感性を伸ばしてもらいたいという
願いも込めていました。

ゴンパ訪問では
つまらなさそうにしていたU太でしたが、
さすが自分で遊びを見つけます。

ミラズハウスの近所に、
砂を集めている場所を見つけて、
高低差5mほどもある傾斜を
滑って遊んでおりました。
1-15クレーター砂場

ミラちゃんと共に、
「クレーター」と呼んで
大はしゃぎするU太を見て、
ほっと一息です。
(つづく)