私たちの暮らしにパソコンはなくてはならないものになっていますが、
年配の方にとれば、「もうわしらは要らない。」と始めから諦めてしまうのも、
もっともなことだと思います。
大体、「初心者でも買ったその日からインターネット!」なんて大嘘だからね。

うちの両親も一度はトライして行政主催の教室に行ったものの、
設定が面倒なのと、目が疲れることから、諦めていた口でした。
それが、最近私が仕事の関係でよく実家に泊まることになったことから、
「お前が全て設定してくれるのなら、
わしらもインターネットやってみようか。」という流れになりました。
親父70才、お袋65才の挑戦です。

パソコンは私が買ってきました。今回、光通信を申し込んだ関係で、
工事が二ヶ月先になることから、
今のうちにパソコンに入っている練習ソフトで慣れてもらうことにしました。

すると、何か分からないことがあったらすぐに電話をよこすようになりました。
つい最近も、「おい、矢印が止まってしもたんやけど、壊れたんかな?」
「ちょっと機嫌を悪くしただけやから、心配ないよ。
スタートボタンをしばらく押してみて。」
「せやから矢印がスタートのところまで行かんのや。」「なぬ?」
しばらくしてようやく事情が飲み込めました。
「あのな、左下のスタートやなくて、電源ボタンを押し続けてくれるか?」
「ほう、画面が消えたな。
せやけど、中に入っとるお前のデータは無くなってへんか?」
なるほど、初心者はこういう心配するんだな。としばし感心。
私も職場でよく周りの若者に教えてもらいますが、
こんな感じで受け止められているんでしょうか。

昨夜も親父が困った顔して、
「わしの画面だけ矢印が黒くなってしもうた。おまけにいろんな印が大きいんや。
これは全部ゴミ箱に入れたらええんやろか?」
結構いろいろいじくっているようです。無事元に戻ると、今度は、
「実はある資料を清書してほしいんやけど、
わしがやるとどんだけ時間がかかるかわからんから、やってくれるか?」
親父は今までいろんな経験積んだあと、今は隠居生活ですが、
地元のマーケティング研究会の代表世話人とかやってます。
今度新しい研究会の立ち上げと会員募集をするための原稿を出してきました。

既に酔っぱらっていたのですが、その場で打ち込み始めると、
「おい、母さん来てみろ。わしらと全然速さが違うぞ!」
「おお、○ができた! ほう、色がついた!」と外野が相当うるさいです。
最後に適当に写真を貼り付けて完成。親父もご満悦。
お返しに何かせねばと思ったのか、知らぬ間に私のズボンにアイロンかけてます。
「そんなことせんでもいいから。」「いやいや何かしとく。」
ワイワイガヤガヤ、夜は更けました。

パソコンだけでなく、最近の両親はソワソワ・ワクワクしてます。
この歳にしてようやく初孫が生まれそうですからね。
そんな親の姿を見てると、やっぱり子供を持つもんだなとしみじみ感じます。

さて、私は明日は第二の故郷・八ヶ岳に行きます。
目的は心と体と頭のリフレッシュ。
カミさんの出産間際ですが、ギリギリのタイミングで行ってきます。
2005.08.29 班の常会
昨日は村の行事が三つありました。
一つは防災訓練、二つめは山の草刈り、そして三つ目は班の常会です。
この地区は6つの班に分かれ、各地区の班長による区長会を経て、
それぞれ毎月末にどこかの家に集まって会合を開きます。
開催は夜8時からですが、うちの班の面白いところは、
毎回始める前に「念仏」を唱えるのです。
仏壇の前に各家の代表者が集まり、正座してまずは般若心経から。
その後、この地域独特の節回しで唱います。これが難しくて面白い。
私は近所で買ってきた「念仏作法」なる小冊子を手元に置き、皆に合わせます。
作法には節の上下が筆で書いてあるけど、これはとてもこの画面では表現不可能。
この班は他の班よりもこの念仏に熱心でして、
この常会以外にも、毎月18日は念仏の練習会を開いています。
だから空で最後まで唱えられる人が多く、
葬式の時は坊主いらずで安くあがるとか。
曹洞宗の流れとかで、私は特に何の宗教も選んでいないけど、
村に伝わる風習を残すという意味で、何とかマスターしたいと考えています。
そんな若い衆(これでも村では若い方)が現れたということで、
村の人達も優しく迎え入れてくれてるんじゃないかと思います。

さて念仏が終わり、会が始まります。これがまたいやに念入りです。
毎回20近くの議題について、報告やら話し合いやら、脱線したりします。
例えば、来年6月から義務化される火災報知器について、
「これから悪質な業者が売り込みにきますので、気をつけてください。
特に、この間オレオレ詐欺にあいかけた○○おばさん、気をつけてね。」
なんて話を班長が振ると、もうそこからオレオレ詐欺話でひと盛り上がり。
「置き薬にも気をつけろ!一箱2万円の薬が入った箱を置いてかれるぞ!」
「あたしゃどうすりゃいいんだよ。」「警察を呼べ。」とかで、ワイワイ。

面白いのは、この村には「明治座」という立派な歌舞伎座があって、
毎秋公演をするのですが、(今年は武蔵野美術大学が裏方サポートする)
その地域ボランティアで大道具小道具の人が高齢化してきたので、
後継者を募集しているとのこと。
私は少々関心があるのですが、時間を取れるかどうか。
すると周りが、「そのうちどんどん引き込まれて、
しまいにゃ舞台に立つようになるぞ。」とからかいます。

会の終わりには森の管理について熱い議論が。
この村はヒノキの森がきちんと管理されていることで有名で、
マスコミにもよく紹介されています。
そんな村でもやはり管理不足・後継者不足が問題になっており、
「このままじゃいかんぞ。」と皆心配しているのですが、
現実にはなかなか解決策が見つかっていません。
私はこれにも関心があるのだけど、
大体自分の暮らしだけでも一杯一杯なのに、
まだあれこれ名乗り出すのは無理だよなと、自戒しています。
少しずつ少しずつ、関わっていきたいものです。
午後は、第二回子供の姓名検討委員会です。
約一ヶ月前に開かれた第一回委員会では、
二人にとって良いイメージの「字」約40字をリストアップしました。
その字ににつなげて連想する男女それぞれの名前を書き込む一覧表を作成し、
それぞれが用紙を常備して、思いつくままに書き込んできました。
それを今日持ち寄って、話し合い、
二人共通の候補名をリスト化するというのが今日の目的です。

ところで私は、姓名判断に関する面白いHPを見つけていました。
姓名判断についてはカミさんはあまり関心がないのですが、
将来子供が自分の名前を調べて見たときに肩身の狭い思いをしてはいけないと、
私が主張しました。
これも話し合った結果、
「姓名判断で最高の名前を優先的に選ぶのではなく、悪くないものを選ぶ」
ということで決着しました。
つまり、優良可の可以上だったら良いという判断です。

で、キーになる字を男名で5つ、女名で7つ+ひらがな名2つにまで絞りました。
これからまた検討し、リスト化して出産後に備えます。
「字」って不思議ですね。
例えば今回新しくノミネートされた「滉」という字ですが、
「水と、日と、光」という風に読み解くと、また印象が変わってきます。

また、それにしても姓名判断HPって面白いですな。
名前を打ち込むと、無料で点数化してくれるところもあります。
ちなみに私の名前は画数では100点満点中49.6点、バランスで33点ですと。
カミさんは結婚前は同43,4点、90,75点。結婚後は62点、82,5点。
旧字体と新字体でも違うし、流派によっても違うらしい。
私はもうちょっと良い名前だったはずですが、
今回調べたところと相性が合わないのでしょう。
だから今回も、どこかの判定で少しでも良けりゃOKって感じです。
何よりも二人で話し合うことが大事で、そのためのツールですから。
2005.08.28 楽しい村行事
昨日、家の真ん中にある部屋の床が敷けたことで奥の部屋も使えるようになり、
今朝から早速タンスの掃除を始めました。元の地主が置いていったものです。
中が少々カビ臭かったので、引き出しを出して拭いていると、サイレンの音。
いよいよ地震防災訓練の始まりです。

この訓練、とても楽しみにしていました。というのも、
事前に「バケツリレーをするので、各家一個ずつバケツを持ってきて下さい。」
という告知があったためで、どんなことをするんだろうとワクワクだったのです。
さて、防火用溜め池の近くに皆さん集まってきました。
この地域の班長さんが点呼をとり、早速待望のバケツリレーが始まります。
「向かい合わせに交互に並んでバケツを渡すといいんだよ。」
なるほどこれは楽だ。水の入ったバケツがどんどん運ばれます。
で、空になったバケツはというと、
「これも交互に戻していくんだよ。」とのこと。
でもね、片側から水入りバケツがきて(私の場合、左から水入りバケツ)、
同時にどんどん反対側(右側から)も空バケツがやってくると、
目と両手が交差して大わらわです。
あちこちでバケツの動きが止まり、大笑いが起こります。
「何てわしらは要領が悪いんじゃ!」「こんなんじゃ火事は消えんぞ!」
「バケツ持って走った方が早いわ!」ワイワイ言っているうちに、
班長が「火が消えた!」と叫び、初期訓練は終了。

その後、各班が集まる全体訓練に行く男達と、
近所の草刈りに行く女達に分かれて行動。
全体訓練会場では、我が班は不真面目で全然消防団員の話なんか聞いてません。
「おい、お前ところの床抜け部屋はどうなった?」
この話は既に近所の話題になっている様子。
ひとしきり話し込んだ後、「そろそろ行くか?」
そう、男達には次の行事があるのです。それは山の草刈り。

一人ずつ草刈り機を持ち寄り、軽トラックに積み込んで出発です。
今回は最近私がよく歩く林道沿いを刈ります。
三つの班の合同ということで、道々出会う人は知らぬ顔が多いんだけど、
みんなニコニコして愛想良く挨拶してくれます。「あんたは最近来た人か?」
「はい、テルオさんの後にきました。」「あぁ、山梨ナンバーの車だな。」
そう、私は以前八ヶ岳に暮らしていたのです。それにしても皆しっかり見てます。
そうこうするうちに、あっという間に作業が終わりました。

作業終了地点で休憩していると、その脇にせせらぎあり。
ウチの裏に流れてくる農業用水の上流です。これが飲むとうまい!
こんどの自作ビールはここの水を使おう!
帰りはタケオさんに連れられてもう少し上まで道を教えてもらって帰宅。
途中、畑で働く人が呼び止め、「ゴーヤいるか?」
ニコニコしながら8本くれました。
本当にこの村の人たちはいつもニコニコしてます。すごいなぁ。
全然疲れなんか感じないで、機嫌良く帰宅しました。

ところで、ある家の前に来たとき、タケオさんが、
「この家の屋号は『田中』だ。」と教えてくれました。
「屋号と言うより、名字みたいですね。」
「この上の家が『田の頭』、下が『田の尻』だ。」
ふーん、本当に田の中間だから田中なんだと、妙に得心した次第です。
ゴーヤ

今朝は5時半起き、カミさんと山入りしました。
歩き出してしばらくしたら、カミさんが、「私、ガスコンロ消したっけ?」
おいおいそれは物騒だ。カミさんはそのまま行かせて、私は一旦帰宅。
早歩きで追いつくと、カミさんこちらに向かって坂道を降りてきます。
「どうしたの?」「坂道をもう一度登ってみようと思って。」
37週に入ったというカミさん、最近ますます気合い入ってます。
前回の吉村医院の診断で、
「まだまだ運動が足らん。」と言われたのが癪だった様子。
その後、暇さえあれば運動してますが、
パソコンに向かう時に椅子の上でスクワットしている姿は滑稽です。
山から戻る時も、最後の坂をもう一度登り直しておりました。

さて、朝食中にお隣のタケオさんが早速登場。「床抜け部屋、やろうか!」
こちらも気合い入ってます。
大引きや根太の間に断熱材をはめ込むまでは私が済ましていましたが、
今日は床材張りをします。
この作業、結構神経を使います。
部屋のサイズに合わせてピッタリに合わせていかないと見た目が悪くなるし、
一度ノコギリを入れると修正がききません。
慎重に慎重に、それでも順調に進みます。
何と!夕方までに床張り完了してしまいました!ヤッターッ!
タケオさんもご満悦。「こりゃとても素人仕事には見えんわな。」

まだワックスがけとかの作業が残っていますが、
ともかくこれで大きな一歩を踏み出せました。
というのは、この部屋が家の真ん中にあるので、
改修が済むまで奥の部屋が使えなかったのです。
これでようやく家の引っ越し荷物が整理できます。
そして何より、子供が将来どんなに暴れても大丈夫な部屋が一つできました。
ホントにやれやれの一日でした。
ところで、床のワックスでいいのを誰かご存じないですか?
できるだけ自然素材で、防水性・防かび性、防虫性に優れていて、
あんまり色の濃くないのを探しています。
今のところ、柿渋か蜜ロウ、もしくはそれにベンガラを混ぜて使おうかと
考えておりますが、詳しい方がいらっしゃったら教えてください。
よろしくお願いします。

さて、明日は村の行事三連発という、これまた盛りだくさんの日です。
お楽しみです。
床抜け部屋、床材張り終わる!

2005.08.26 水晶の原石
田舎の家を片付けていると、時々おもしろいものに出会います。
その一つは石です。
私たちは石関係にとんと知識がないのでよくわからんのですが、
どうも水晶の原石らしきものが戸棚や押し入れからワラワラ出てきます。
この近くに蛭川(ひるかわ)という石の産地があるので、
ここらも掘ればいろいろ出てくるのかなとも思うんですが、
関心がないので庭先に捨ててあります。
大阪の親父にこの話をしたら、
「それはもったいない。大事にとっておけ!」と色めきだつのですが、
やっぱり面倒だからほおってあります。
これから家の片付けに来てくれた人に一個ずつ差し上げようかとも考えています。
興味のある方は気軽にどうぞ。
仕事の関係で四国方面に行ってきました。
台風が来ればフェリーに乗れるだろうかなんて心配してましたが、
全く影響なく、雨が少ない四国の人々はむしろガッカリだった様子。

私は週の半分は文化事業関係のコンサルティング会社の
下請けのような仕事をしています。
守秘義務があるので詳しく書けないのが残念ですが、
例えば様々な地域や業種テーマ別に歴史・文化の資料や情報を
整理するといったことが最近の仕事です。

ですから出張に行くと、仕事柄よく地域の博物館・美術館巡りをします。
今回も、今春オープンした坂出の東山魁夷せとうち美術館や、
香川県歴史博物館、そしてe-とぴあという施設を見て回りました。
高松では十年来のお付き合いで今回お世話になった方とゆっくり話し込みました。
3軒はしごなんて、最近の私にはなかったパターンです。

ある地域の調査をする時は、まず役場に向かいます。
これは意外に知らない人が多いのかもしれませんが、
どの役場でも「要覧」というものを作っています。
「市政要覧」「町政要覧」などと呼びますが、
これは観光パンフよりもその地域のことがよく分かり、とっても便利です。
地元住民でなくても言えばくれるので、試してみる価値はありますよ。

私はもう一歩踏み込んで、産業観光課といった部署にも伺います。
そこで、今だったら
「市町村合併の効果を調査したいので、お話を聞かせてください。」
とか言って、いろんな情報をもらいます。
例えば、その地域の月別観光客数や、主な観光施設の利用状況といった具合。
最近は役場の人たちも概ね丁寧に応対してくださるので助かります。
今回も飛び込みで行ったのに、1時間ほど話してくれました。

さてひと仕事終わり、途中から合流してお世話になった岡山の方が、
帰りに岡山で食事でもどうですか?と誘ってくださいました。
こちらのメンバーと合わせて4名でご一緒したのですが、
この誘ってくださったKさん、とても歴史や文化に造詣の深い方で、
いろんな話に飛びながらもその知識量には驚かされます。
Kさんも、「私の話にこんなにも対応してくれる人たちはそうはいない。」
と大喜びです。
 
例えば、
Kさん「出雲には千家、北島家というのがありましてね。」
私たち「はい、よく知っています。」
Kさん「何で知ってるんです?」
私「他に小野家というのもありますよね。
  小野家の一族の方が千家に嫁いでいるので、今は親戚関係ですけど。」
Kさん「何ですかそれは? 私が教えられることがあるなんて!」

まぁたまたま出雲地方の調査研究を最近までしていただけなんですけど。
それでも業務の一部として「古事記」を読んだりするなど、
他の人なら趣味の範囲でされる内容が、
ここでは仕事として得た知識が自分の身になり、
結果としていろんな「引き出し」ができるのが面白いところです。
今の仕事だけでなく、これまでも実にいろんな業種の職業についてきました。
その一つ一つで得たものが今の私の引き出しになっています。
引き出しが増えると心が豊かになったような気がします。
ありがたいことです。

さて今日の午後は「庭師」の引き出しです。
庭の木々を整理し、春のうちから買っておいた
桂、グラデーションに紅葉するモミジ、そしてビワの苗を植えます。
さてさて始めますか。
2005.08.22 当面の課題
今日、吉村医院に行ってきましたが、その内容はカミさんが書くでしょうから、
私は別の話題で。

古民家に越してからというもの、ドタバタしながらも順調に暮らせていますが、
幾つか想定外の問題も起きています。
それは、「雨(湿気)」と「カビ」です。
こちら加子母は夏でも快適に過ごせるはずだったのですが、
今年の夏はいやに湿気が多いです。
梅雨の間はまだしも、明けても雨が続き、家の中が何やらジメジメしてます。
大体、夕立がとても多い。三日に二日はあります。しかもスコール級。
これは今年の日本がそうなのか、今年のこの地方がそうなのか、
はたまたこの地方がもともとそうなのか、
移住して最初の夏を過ごす私たちには知るよしもないのですが、
何だかスッキリしません。

しかも家中の雨どいに寿命がきているみたいで、
一度夕立があると、あちこちで水が溢れます。
幸いに家の中に入ってくるほどではないのですが、
たまたま外のトイレの前が滝になるので、
夕立中はトイレにたどり着けません。
雨どい全面取り替えが早急の課題になってきました。

そして湿気と言えばカビ。
家中のあちこちで発生し始めています。
都会の家ならエアコンをつければ除湿できるかもしれませんが、
うちはエアコンはおろか、扇風機もありません。
「そんなもん要らないもんね~。」なんて夫婦で言ってたら、
ある時、ご近所との会話の中で、
「扇風機や換気扇を回すことで湿気を飛ばしてカビ対策にもなる。」
との話題になりました。

そこではたと思い当たることが一つ。
うちには換気扇も無いのでした。
正確には、移り住んだ時にはあったのですが、
動かなかったのではずしてそのままにしておいたのです。
しかも取り外した後の壁の穴が、幅30cm高さ12cmほどしかなかったので、
それに合うサイズの換気扇がなく、やむなくほおっておいたのでした。
「もしかしてウチに換気扇がないから湿度高くてカビが出る?」
次第に不安になり、今日ようやくヤマダデンキで4000円で買ってきたのでした。

そこで壁の穴とサイズが合わないのをどうしたか?
大きな木枠を組んでその中に換気扇を埋め込み、全体を壁から吊り下げて、
木枠の一方を壁穴にあてがうことで対処しました。
こんな作業も、最近の大工仕事のおかげでさっさとできるのは愉快です。
夕方6時に帰宅してからそんな作業を始めた私を見て、
カミさんは「いったいいつ終わるのか?」と不安に感じつつ、
「私も何かしなければ」と思ったのか、作業が終わる7時頃には、
力(リキ)の入った揚げ春巻きが出来上がっておりました。

さて、木枠を壁に付け、換気扇をはめて(これがまたジャストフィット!)、
スイッチのひもを引っ張る瞬間。無事ファンが回ってバンザイ!
まるで我が家に文明開化がやってきたようでした。
旨い揚げ春巻きとビールで乾杯しました。

さてさてこうやって本当に一つずつ、課題をクリアしながら、
暮らしを創り上げておる毎日なのです。
2005.08.21 二人で山入り
私たちが通っている産婦人科は吉村医院といい、
自然分娩の第一人者と言われ、よくマスコミにも登場するところです。
場所が愛知県岡崎市にあるので、私たちの自宅からは車で2時間ほどかかりますが、
是非ここで産みたい、産ませたいという気持ちが強く、そこに決めました。

その吉村先生、とにかく妊婦に「運動しろ!」と強く勧めます。
よく運動すると、子宮口が柔らかくなり、
赤ん坊がスルッと出てくるのだそうです。
でも最近の妊婦さん達はあまり運動しないので、
口を酸っぱくして「運動しろ!」と言い続けているとか。

さてうちのカミさんも毎度先生に叱られております。
本人は運動しているつもりなんだけど、
吉村医院に来る他の妊婦さんはもっとすごいらしく、
毎日スクワット200~300回しているとか。中には1000回する人もいるらしい。
よくそんな時間があるなと感心しますが、
ともかくうちのカミさんは前回(三週間前)の診断でも、
「子宮口が固い!本当に運動しているのか?」と言われておりました。
挙げ句の果てに、「旦那が優しいから無理をさせないんじゃないか?」とか、
「私はあんた達に大いに期待しているんだから、
そんなあんた達が難産だったら私も困るんだよ。頼むよ。」
と懇願されてしまいました。

そこでカミさん一発奮起。翌日から猛スパートです。
毎朝朝食の支度前に畑に出るのはいつもしていたのですが、
その時もスクワットしながら作業するようになりました。しかもカカトつけて!
買い物や出かける時も歩いていきます。
あんまり遠いところに行くときは、途中から電話してきて、私が迎えに行きます。
とにかく普段から動く動く。

そして今朝は何と私と一緒に山入りしました。
流石にあまり遠いコースは無理なので、裏山一周の小一時間コースです。
それでも私は内心「きつそうならすぐにUターンしよう。」と考えていました。
出掛けに小雨も降ってきたし。
でも本人は全く気にする様子もありません。
時々お腹が張る時はペースを落としますが、全体的にはかなりのペース。
あっという間に一周してしまいました。これには私も驚き。
我が妻ながらよく頑張るなと見直しました。
さて明日は久しぶりの吉村先生の診断です。
どう言われるか楽しみですな。
2005.08.20 思えば一年前
今朝の山入りは車で少し遠出をしたところ、
ふいに懐かしい場所に出くわしました。
話は一年と少しさかのぼります。
私たちは3ヶ月のハネムーンを終え、
(詳細は「もりのいえHP→あしあと→オセアニア日記」をご覧下さい)
これからの二人の望むライフスタイルをまとめ、
(またまた詳細は「もりのいえHP→夢→ビジョンをどうぞ」)
夢を実現できる場所を探し求めていました。

もともと私一人の時から、自分なりの思う暮らしを実現できそうな場所として
丹波篠山を選び、いわゆる古民家を一年半前からずっと探していたのですが、
なかなか見つかりませんでした。
地元で私の生き方をおもしろいと思ってくれた人々も、
それは一生懸命探してくれたのですが、縁がなく、
結婚後もやむなく住宅街の普通の家で仮住まいをしながら、
引き続き本拠地を探していました。そこで、ある時から
「丹波に場所を限っていてもらちがあかない。候補地をもっと広げよう。」
と方針を変え、北陸から中国四国地方までの間で探すことにしました。

そして昨年の5月、二人にとって第二の故郷ともいえる八ヶ岳&穂高に向かう途中、
「そう言えば、岐阜の加子母村というところに以前暮らしていた友人が、
とてもいいところだったって言ってた」と妻がふいに思い出しました。
その友人トモコさん、「何とか親善大使」という役目でその村に2年ほど滞在し、
村の活性化のお手伝いをしていたとか。
早速車中からトモコさんと連絡を取り、
「加子母に行ったらカズニさんという人を頼ったらいいよ。連絡しておくから。」
という手はずになり、信州からの帰りに立ち寄ることにしました。

さて約束の村役場に着くと、カズニさん登場。
挨拶もそこそこに早速車でついてこいと言います。
最初に着いたところが小学校!なんでだろうと思ったけれど、
ドーナツ型に組まれた木造新築校舎に感心。
その後、何カ所かどんどん連れていってくれます。
歌舞伎場「明治座」、製材所、花市場・・・
何だか分かんないけど、ともかく村を案内してくれているみたい。
そして最後に地元の名士・N工務店のN社長のご自宅に連れられました。
ひとしきり自己紹介と私たちの夢を話しているうちに、カズニさんが、
「今日は私の別荘に泊まりなさい。そして、あんたたちは山菜料理が得意ならば、
今晩わしらに食わせておくれ。」とおっしゃいました。
私はそれを聞いて、「いわばテストみたいだな。」と感じました。

ならばやって見せましょうと、二人で食材を集めてまわります。
この時期、山菜は終わっていたので、ほとんどが山野草といったものですが、
それでも20種類くらい採取できました。
カズニさんの別荘(ログハウス!)にお邪魔して、あり合わせの調理具で調理。
天ぷらやお浸しなど、数品が何とかできました。
さて夕食の時間、カズニさん夫婦、N社長夫婦始め、7~8名集まりました。
皆さんの第一声が「こんなものが食えるのか?」といったものでした。
今まで雑草だと無視していたものがテーブルに並び、
「食べられる」ことに驚かれた様子。
味はお世辞もあるでしょうが、「うまい」と言ってくれました。
そして、「これならば食材は村中にあるから心配ない。」
「こんな料理を出す店ができたら有名になるぞ。」、そして、
「あんたたちみたいな人たちにこの村に是非来てほしい。」
ということになりました。

そしてその場で「どこか二人が住める家はないか。」と議論が始まり、
「そうだ、いい場所がある。明日連れていってやる。」と話が進みました。
N社長「そのかわり、明日の午前中はちょっと付き合ってくれ。」とのこと。
カナダから芸術家グループが加子母村を訪れており、
明日は彼らと地元住民で登山ハイキングをして、
ゴール地点で山菜天ぷらを食べる交流会があるので、
一緒に参加しろというのです。
喜んで参加し、カナダの参加者とも楽しく過ごし、
「午後にはどんな家に案内されるんだろう。」とワクワクしながら上った林道。
今朝、その林道に出くわしたというわけです。

さてハイキングの後に案内された家、それが今の私たちの家です。
一目で気に入り、N社長ほか皆さんが地主を説得してくださり、
格安の条件で購入できるようになりました。(土地は借地)
篠山で二年かけても見つからなかった家が、たった一晩で見つかったわけです。
そして思えば一年前、夢はしっかりと持っていましたが、
「現実にどういう暮らしになるんだろうね。」と話し合っていた私たちですが、
今は既にその暮らしが始まり、
多くの皆さんに支えられてここまで来たものだなぁ、
としみじみした朝でした。

「家を自分で建てると、他のことは何でもできるような気になる。」
以前このような記事を雑誌で読んだ時、
「自分で家を建てたい!」という欲求がムクムクと湧きました。
でも残念ながら私には家造りの知識も経験も金もありません。
それでも、もし機会があれば、誰か頭領の元で教えてもらいながら経験を積み、
いずれは一人でできるようになりたいものだと願っていました。

さてそこで今回の床抜け部屋。
わずか10畳のスペースですが、部屋の周囲がたわんでいます。
また、屋根裏に上がって上を覗くと、
何と屋根瓦の隙間から空が見えるところが何カ所かあります。
これは一度プロに見てもらう方がいいなと思い、
今回の移住の際にお世話になった地元N工務店の社長さんに相談しました。
するとすぐに自社の建築士・Kさんを派遣してくれました。
Kさん、とても人当たりの良い方で、家を隅々まで診てくださり、
「床抜け部屋と屋根を変えるだけで、他は大丈夫。
屋根はまだ慌てることもない。」とアドバイスしてくれました。
また、床抜け部屋をその工務店で一括して受けるとなると約50万円かかるとか。
今、そういう出費は痛いので、ともかく床材のみお願いしました。
4cmの厚みの杉板10畳分で、約10万円です。診断料は無料でした。

さて、建築士の診断も済み、ほっと一息ついたところで、今度は作業です。
そこでつよーい助っ人登場!お隣のタケオさんです。
タケオさんは長く森の管理や製材関係の仕事をしている方で、
手先も器用なので木材の端材を使って巣箱など作り、道の駅で販売したり、
自宅の小屋や食器棚などさっと作ってしまうような人です。
タケオさん、うちに来て床抜け部屋を見るなり、おっしゃいました。
「こりゃひどい。素人じゃとても直せんぞ。プロにまかすと金がかかる。
ここは一つ俺がやってやろう。いや、志願してでもやらせてくれ!」
こちらも願ってもないことと即依頼し、
タケオ頭領&masanのコンビで作業が始まりました。

それにしても頭領の動きの速いこと!大きな石はバンバン運ぶし、
いろんな大工道具を持ってきて、木材を加工していくし、いやぁ流石です。
私も夢に見た「頭領に教えてもらいながらノウハウを身につける」
パターンが実現し、大喜びです。費用もかなり安くついたし。
最初はクギ一つ満足に打てない私でしたが、
最後の方には何となく大工気分・・・。
こういった「仕事をしただけの成果が目に見える」仕事は楽しいですな。
作業の途中に床材を持ち込んでくれたN工務店の社員さんが、
「だれかプロの大工にしてもらったんですか?」と驚く姿を見て、
私もタケオ頭領も鼻高々。

また、今回、床材以外の梁などの材料は、
地主さんが提供してくれたのも助かりました。
他に「床下に炭を敷くといいぞ」と大量にくださった、別のお隣のイサムさん。
イサムさんはもともと製材会社を経営されていて、今は引退されましたが、
地元で採れるヒノキの端材を使って炭焼きをするのに燃えていて、
来月の炭焼きを手伝うようにも言われています。
このように、周りの多くの人々に支えられ、
床抜け部屋は、「柔道もできるぞ!」というほど頑丈に変貌しようとしています。
完成まであと僅か!
着々改修進む、床抜け部屋

2005.08.18 掘り出し物
私たちは古民家を居抜きで買い取りました。
つまり、それまで使っておられた生活道具一式が残ったままで手に入れたのです。
ですから、引っ越した時には、自分たちの荷物を片付ける前に、
前の持ち主の物を片付けることから始めました。
さぁこれが大変な作業でした。
引っ越したばかりの頃にやってきた私たち両方の両親は、
その荷物の多さに、「一体何から手をつけたらいいのか?」と、
しばし呆然としておりました。

ともかく私たちにとって要らないものはどんどん処分することにしました。
ざっと挙げますと、
タンス・本棚類が20個、布団が20組、座布団が50~60枚、食器類は1000・・・
といった具合です。
なぜか使い古しのライター20個とか、腕時計10個とか、
物を大事にする(捨てられない?)家族だったのでしょうね。
ほとんどは処分したのですが、それでも掘り出し物が幾つか現れました。
例えば農機具だと、唐箕(とうみ)、石臼、蓑、背負梯子など。
暮らしの道具だと、あんか、置炬燵(布団の中に入れるやつ)、
鉄の固まりのようなアイロン(木箱に入っていました)など。
一本の木の枝から作った、直径1mほどの網もありました。
将来店を始めるにしても、粋な飾り物になりそうです。
そういうのを見つける度に、「お宝発見!」と喜んでいます。

そしてそんな中に古いカメラがありました。
「オリンパスPEN」
確か昭和30年代に一世を風靡した小型カメラで、いわゆるハーフ型のものです。
つまり、通常のフイルム一枚スペースを縦に二分割して使うので、
例えば36枚撮りフィルムなら72枚取れるわけです。
蓋に少し隙間があったのでカメラ屋で修理方法を教えてもらい、
自分でシコシコ修理して、いざ試験撮影です。
自宅の周りやカミさんの妊婦腹をモノクロフィルムで撮影し、
昔ながらのカメラ店に持ち込みました。
出来上がりは上々! お店のおばちゃんも喜んでました。
「今のカメラは随分進化したけど、
こういうカメラで撮ったものは格別の雰囲気がある。」
と長々と解説を受けました。
さてこれでデジカメと、モノクロ用レトロカメラと、
昨日買ったビデオカメラが揃い、出産後の撮影体制は万全です。

そして引っ越して3ヶ月になるのに、まだ荷物は片づいていません。
特に蔵は手つかずなので、いったい何が入っているのやら。
また母屋の二階は40畳以上の屋根裏なんだけど、
蚕を飼っていたころの道具がいろいろ置いてあります。
これらを見つけ、掃除し修理し、再び人目に出していきます。
重労働だけど、結構楽しみな作業です。
私は普段あんまりカメラ類は使わないんですが、
やっぱり親バカというんですか、
初の子供があとひと月ほどで生まれてくるとなると、
「何か記録を残しておいてやらないと、あとで子供がかわいそうだ。」
とかなんとか言って、
結局自分が撮っておきたいだけなんだけど、
急に撮影欲が出てきました。

あんまりこの話は人にはしてこなかったんだけど、
一時、ほんのいっとき、プロのカメラマンになる夢を持っていたことがあります。
たまたまあるリゾート地でバカチョンカメラで撮った写真の出来が良くて、
地元のカメラ店が主催するコンテストに出したら入賞してしまい、
「もしかして俺ってカメラマンの才能ある?」なんて過信をし、
よせばいいのに一眼レフ一式購入して、
プロのカメラマンのところに売り込みに行って、
今から思えばその人もよく相手してくれたなと思うんだけど、
とにかく片時の弟子にしてくれた。

そして早速北海道に撮影旅行に行くからついてこいとか言われて、
3月初旬、阿寒湖~羅臼~網走の旅に同行しました。
そこでオオハクチョウやタンチョウヅル、流氷とかの写真撮ったけど、
ほとんど白がとんでやんの。
結局、プロとの歴然とした差を実感して帰りました。
でもめげずに、「今度はヌード写真会があるぞ。」という誘いに乗り、
勇んで参加して、他のカメラマン達を無視して、
モデルに「はい、こっちに目線送って!ニッコリ笑って!」なんて言いながら、
バシバシ撮ったのはいいんだけど、
撮影後、皆でお茶飲んでいた時に、モデルさんに、
「こっち(大阪)においでよ」なんてモーションかけたら、
「そんなぁ、奥さんに悪いでしょ。」なんて軽くいなされてがっくりの私でした。
まだ二十歳前のほろ苦い思い出です。

なんて書いているうちに、本題に入りそびれました。
そう、デジタルビデオカメラを買ったのです。
最近いろんな記憶媒体が出てるので、
何を選んでいいのか本当に分からんです。
でもともかく、ハードディスク系のものにしました。
これだと要はデジタルカメラと同じ要領で使えるわけでしょ?
パソコンに取り込んで編集して、DVD化すれば情報は劣化しないし。
WinでもMacでもokということでこれにしました。
でも勇んで帰宅すると、「何て大きな買い物したの!」
と妻に驚かれてしまいました。
「いやだからこれは子供のためを思ってね・・・」
なんてしどろもどろになってる私でありました。
我が家は、いわゆる古民家です。
いったいいつ建てられたのか、元の地主も知らないとかで、
少なくとも100年前、もしかして江戸時代築かもという噂です。
とは言っても茅葺きの家というわけでなく、本当にただの「古い民家」なんです。
玄関に入ると土間があり、それを8畳・10畳の和室が何部屋か囲み、
都会育ちの者にとれば十分な広さです。
母屋以外にも離れ・蔵・物置小屋・元牛小屋・元豚小屋・元水車小屋があり、
裏の山から湧き水を引いた石組みの池もあります。
さてこの家を購入し、この5月に移住したのはいいのですが、
何カ所か「このままではマズイぞ」というところがあります。
その一つ、母屋の一番真ん中の和室の床が抜けていました。
歩くとたわみますし、床が下がっているので周りのふすまや障子が倒れてきます。
おそるおそる畳を上げてみると、何と大きな窯が出てきました。
聞けば、この家ではもともと蚕を飼っていたので、
冬の暖房のために屋内に窯土を組み、薪をくべていたとのこと。
「これは民俗資料になるんじゃないか」と躊躇もしましたが、
このままでは住めないので、やむを得ず解体して改修することにしました。
なんて一言で言いますが、
窯を組んである山ほどの石や土を取り出すだけでも重労働、
ましてやそれから周りの部屋とのバランスをとりながら水平を取り直し、
基礎を組んで梁(大引き・根太というそうですが)を掛け、
最後に板を張る(今回は板張りにすることにしました)なんて作業、
今まで全くしたことがありません。
大体、この部屋の改修だけで本当に大丈夫なのか?
他も併せて見ておかなくてもいいのか?
疑問は次々湧いてきます。
そんな時、大きな助っ人が現れました。
この続きはまた改めて。
(一回の日記をそんなに長く書くもんではないと妻に諫められておりまして・・・)
私は以前「仙人修行」なるものをしていました。
これは決して「霞を食い、滝に打たれて念を唱える」といったものではありません。
八ヶ岳に自称他称「仙人」と呼ばれる人がいて、
その人は「仙人小屋」なる食堂を経営しているのですが、
とにかく山の知識が半端じゃない。
春は山菜、夏は川魚、秋はキノコ、冬は獣。
山に関するあらゆる知識と経験を駆使して採取し、
それを自ら調理して客に食わせてくれるのです。
私が以前八ヶ岳に暮らしていた頃、知人から仙人を紹介され、
その場で弟子入りしました。
そして会社を辞め、毎朝仙人と共に山に入り、
季節季節の収穫物を得る修行をしてきました。
(詳しくは私の過去のHPをご覧ください)
2003年晩秋に修行は終了。あとは自分で精進の道です。
とは言ってもいろいろ他にやることがあり、
なかなか山に入る機会をつくることができませんでした。
5日前、「これではいかん」と一発奮起し、
翌朝から自宅裏の山に入ることにしました。
とは言うものの、この季節は山に入っても何も採るものはありません。
(昨日はお隣のタケオさんと猪追いをしましたが)
もっぱら土地勘を養うためのトレーニングです。
毎朝1時間半ほど、北から南から林道をトコトコ歩き、
または一度歩いた道は車で進んでその先を歩き、
体で山の地形・地勢を覚えていきます。
その途中、滝や池や三叉路や、いろんな目印をチェックして記録していきます。
そして今朝、ようやく今まで歩いていた道がつながりました。
これはなかなか説明しにくいけど、そうだな、
知恵の輪が解けたような気分かな。
こうやって少しずつ山の知識を自分のものにしていき、
いずれ自分だけのマップが頭にできた時、
ようやく私もこの地域の仙人になっていくのでしょうね。
しかもそのマップはただの二次元ものではなく、
時間軸を持つ特別なマップになっているはず。
その理屈はおいおいお伝えします。
2005.08.14 ブログ始め
ブログを始めるにあたって最初に考えたこと。
それは、「私の名前をどうするか?」
今回、数日前に妻がブログを始めたことで、私も触発されて始めました。
妻は今のところ「もりん30」と名乗っています。
言うには、「ブログで本名で名乗っている人はいない」とのこと。
さて私は考えました。
過去に私は「もりさんのHP」なるものを開いていました。
その中で私や妻の名前が出てきます。
今回、私のブログと、妻のブログ、
そして私の過去と現在の二人のHPもリンクするとなると、
いろんな名前が出てきて整合性がとれなくなってしまう・・・。
あれこれ考えて妻とも相談しましたが、
結論としては「ま、いっか」ということになりました。
ということで、私はこれから「masan」です。
「まさん」でも「まあさん」でもどっちでもいいです。
そして過去の名前や、
現在制作中(本当に工事中の多い)HPでの名前とも異なりますが、
どうぞご容赦ください。

それと、最近は個人情報云々とかで何かとうるさくなっていますが、
私の過去のHPでは実名や本人と分かるような内容も紹介されています。
本当はこんなのも一人一人確認しなければならないかもしれませんが、
どうぞ「過去のこと」としてご容赦下さい。

ということで、ようやく中身に入る気分が高まってきました。
ではでは。
今までやろうやろうとしていたブログ、ようやく始めました。
そして以前のHPの日記を読んでくれていた皆さん、お久しぶりです。
「当面忙しくて更新できそうにないから」という理由で休止してからほぼ2年。
本当にいろんなことがありました。
●八ヶ岳から丹波篠山に移住
●昨年元旦に入籍
●オセアニアへの3ヶ月の新婚旅行(パーマカルチャーの実習とコース受講)
●新天地との出会い、古民家購入
●ISO9000&14000シリーズ審査員試験合格
●妻の妊娠発覚
●新天地・岐阜県加子母村への移住
そして今、週に半分はコンサルティング会社の下請けみたいな仕事をし、
残りの日は古民家の改修や片付け、ご近所とのお付き合いを楽しんでおります。
数日前からは、しばらく休止していた山入り(山に入って食うものを探す作業)を再開しました。
とっても慌ただしい毎日ですが、とっても豊かな暮らしをしています。
私たちが望むライフスタイルの通りになるには10年くらいかかるだろうけど、
そのプロセスを楽しみながら夢を実現していくつもりです。
例えばね、
今朝、山から戻って、昨日採って冷やしておいた家の完熟トマトにかぶりつき、
目の前のバジルの葉をむしってほおばる時、
「あぁ、この暮らしを始めて良かったなぁ!」と素直に感じるんです。
そんな気持ちをこれから書き連ねていきます。
どうぞよろしく!