東京思い出話 |
|
2005-10-06 Thu 19:28
仕事の関係で東京に一泊してきました。
かつては十数年暮らした街ですが、最近は随分縁遠くなりました。 1996年、東京を捨て八ヶ岳に移住した頃には、 都会に対する拒絶反応もあり、毛嫌いしていたところもありましたが、 最近はそういう気分も薄れ、「都会は都会で良いところもある」と 受け止められるようになってきています。 今回の上京は、生まれ育った大阪からのルートということもあり、 就職で上京した頃をふと思い出してしまいました。 私が最初に就職したのは経営コンサルティング会社でした。 その会社では新人は全員営業に配属されます。 そこで最初に指示された業務は飛び込み営業でした。 一人一人にエリアが割り当てられ、片っ端から会社に飛び込みます。 売る商品は、「経営コンサルティング」です。 つまり、アポイントなしで目に付いた会社に飛び込み、 「経営コンサルティング買いませんか?」と売り込むわけです。 私がはじめに割り当てられたのは、新宿新都心のビル群でした。 住友三角ビルとかに行き、まずは最上階まで昇り、 ドアがあったら入っていきました。 フロアーを一回りしたら階段を降り、次のフロアーを回ります。 それを繰り返しながら一番下まで辿り着くと、隣のビルへ移動。 どれだけ困難な仕事かは想像していただけるかと思います。 何がきついかというと、当然ながらほとんど相手にされないことです。 この世界、千三つと言って、千軒回って決まる仕事は三軒程度です。 実際私の経験で、十軒回って話ができるのが三軒、 そのうち、具体的な仕事の話につながるのが一割、 またそのうち、実際に仕事が決まるのが一割でした。 やっぱりトータルで3/1000です。 つまり、1000軒飛び込んで、997軒に断られる計算になります。 それだけ断られ続けると、誰もが陥る症候群があります。 それは「ネガティブ・ファンタジー」と呼ばれるもの。 例えば小さな会社の前に立つと「こんな小さな会社じゃお金も無いし、 きっと仕事なんて取れない」と感じてしまい、 今度は大きな会社の前に立つと、 「こんな大きな会社はきっと他社が出入りしているから、 きっとうちなんて相手にしてくれない。」と、 事を始める前から自分に言い訳をして、 結局どの会社にも飛び込めなくなるのです。 この症候群にはまってしまうと、 仕事をせずに喫茶店に出入りするようになります。 すると当然仕事は決まらない。会社での居心地が悪くなる。 実際に私の同期が一年で半分以下に減りました。 幸いに私は早い時期に仕事をいただく会社が現れたので ネガティブ・ファンタジーに陥ることはありませんでしたが、 この当時の経験はその後の人生でとっても役に立ちました。 基礎体力がついたというんですかね。 誰と会っても物怖じしなくなりました。 会社もきっとそういうことを身につけてほしくて教育したのでしょう。 ところがその会社、わずかな基本給と歩合制の組み合わせでしたので、 当然ながら新人は薄給です。 私の初任給は7万円なかったと思います。 当時の平均初任給の半分程度だったでしょうね。 あれから20年以上が過ぎました。 いろいろあったなぁとつらつら思い出しながら、 近づく東京の風景を眺めておりました。 |
|
| もりのいえ 山暮らし日記 |
|
