2005.11.29 記憶力
私には記憶力というものがありません。
いや別に、記憶が無いと言っているわけではありませんよ。
せっかく覚えたことをすぐに忘れてしまうのです。
その能力たるもの、大したものです。

学生の頃、友人に、一度文章を読んだだけで覚えてしまうヤツがいて、
心底羨ましかったです。
私なんて、コツコツと繰り返して同じ呪文を重ねながらやっとの思いで覚えるのに、
そいつといったら、試験直前にやってきて、「どこを覚えたらええんや?」と聞いて、
しばらくテキストを眺めていて、「よし、覚えた!」と言ってまた遊びにいくんです。
その時の私は、まるでウサギに抜かれた亀の心境です。

それでも、苦労して覚えた知識が身につけばいいんだけど、
悲しいかな、試験が終わった瞬間に全て忘れてます。
例えて言うとですね、浴槽に洗面器で一杯ずつ水を貯めて、
やっと満タンになったところで、
いきなり栓が抜けて枯れてしまったような気分ですかね。

何でそんな話題を出すかというと、
今、ISO14000シリーズの規格文というのを覚えようとしているのです。
このような文を丸暗記しようとするのは、
中学に入ったばかりの時に日本国憲法前文を丸暗記させられた時と、
夏休みの宿題で百人一首を丸暗記させられた時以来ですかね。
今やどちらも見事に忘れていますが。
要は今回の規格文を覚えるのに苦労しているということを言いたいだけなんですけど・・・。

とにかく、私の忘れる能力は大したものです。
自分で言うのもなんですが、今まで波乱万丈の人生を歩んできました。
これまでに得た知識や経験を全て覚えていたら、
相当大した人物になっていただろうと思うのに、見事にほとんど忘れています。
わずかに残った知識をしまっている引き出しだけはたくさん貯まってきましたが、
その引き出しをいざ開けようとすると、中身は空っぽなんてことはザラです。
私の胃腸もそうなんですが、何て消化しない頭なんだろうとつくづく呆れてしまいます。

きっとこれは性分なんだろうな。
あまり過去のことに構うなという天の声でもあるんだろう。
少なくともこの性分のおかげで得たテクは、
何でもメモを取る癖がついたことです。
メモでも取っておかないと、あとでまるで覚えていないから。
自分の記憶力を信用していない証でもあるのですが、これも怪我の功名というべきか。
ごちゃごちゃ言ってますが、要は早くISO規格文を覚えればいいんですよね。
はい。



2005.11.28 淀屋橋
今日、職場上司のA氏と共に、
地下鉄御堂筋線をなんばから梅田まで移動していた時のことです。
扉の近くでポソポソと仕事の打合せをしておりましたら、
前の席に座っているおばあさんがニコニコとこちらを見ております。
軽く会釈を返して、その後は無視しておりました。

するとしばらくしておばあさん、いきなりA氏に尋ねました。
「今、淀屋橋を過ぎましたよね?」
きっと降りそびれたのだろうと思い、
「ええ、今、淀屋橋駅でしたよ。」と私が応えたのですが、
おばあさんの意図はそうではなかったようです。

「私ね、この50年間で3回、淀屋橋に飛び込んだんですよ。」と語り始めたのです。
最初は何を言っているのか分からなかったのですが、
どうも長い人生の中で辛い事が多かったらしく、身の上話をし始めました。
「私はもう80になりますけどね、3回飛び込んでね。
だから淀屋橋を通るといつもそれを思い出すんですよ。」
と涙を浮かべ始めました。
どう返していいか分からず、ただ「はぁ、そうですか。」と応えるA氏と私。

梅田で降りる時には涙もおさまり、逆ににっこりと笑って、
「お仕事、頑張って下さいね。」と励ましてくれました。
降りてからしばらく黙っているA氏と私。
おもむろにA氏が「あのばあさん、確かに『3回飛び込んだ』って言ったよね?」
「ええ、ホームに飛び込んだんでしょうかね?で、3回助かったと。」
「う~ん」と言ったきり、また黙るA氏。

私は私で、「50年前に地下鉄があったのか?
ホームじゃなくて、淀屋橋から川に飛び込んだのかな?」
と、他のことを考えてみたりしてました。
でも、さっき調べたら、地下鉄は昭和8年に開通していたから、
ホーム飛び込み説もありえないこともない。
それにあのおばあさんの涙は本物らしかったし、
どちらにしても辛くて飛び込んだことは間違いないようです。

でもあのおばあさん、何で私達に声を掛けたんだろう?
話を聞いてくれるなら、相手は誰でも良かったのかな?
時間が経つにつれて、あの一瞬の出来事がまるで夢の世界だったかのように、
感じられてきました。
今から思えば、あの会話の間、私たちのいるスペースだけフルカラーで、
周りは全部モノクロに写っていました。
おばあさん、暖色系の明るい服装で、輝いておりました。
淀屋橋から梅田までたった一駅の間に、いろんなドラマを観た気がしました。
あるいはあのおばあさん、妖精だったのかな?


2005.11.27 歯医者考
今、歯医者に通っています。引越しをはさんで足掛け一年半かな。
いきなりですが、歯医者ってつくづく儲かる商売だなと思います。
医者ってみんなそうかもしれないけど。
特に歯科って治療が目の前(下?)で行われているから、
そしてその直後に精算するから、
「これでこいついくら売り上げたな。」というのがすぐに分かりますよね。

昨日も、今まで治療していたところと違う歯がうずきだしたものだから、
先生大喜びで、「治療中の歯は落ち着いていますので、
今日はうずく方をやりましょう。」とか言って、
ちょいちょいといじって薬塗ってものの5分で終わって、帰りに薬もらって1750円。
私は保険3割負担だから、これって5分で6000円の売り上げ?時給72000円かい?
今かかっている先生はとても丁寧で親切で、
腕もそこそこ良くて気に入っているからいいけど、そうでなかったら納得いかないかも。

私ね、歯医者ではいろいろドラマあります。
最近では、去年丹波篠山にいた頃の話ですが、坊主頭でジャージ上下で初診に行ったら、
そこの先生、私を見るなり「この歯はうちでは治療できないので、お引取りください。」
と治療拒否されてしまいました。
こんなの初めてです。治療の前にレントゲン撮影もしていましたが、
「お代は一切いただきません。お引取りください。」の一点張り!
客を見た目で判断するなよと思いましたが、
そんな歯医者に続けて通う気もしなかったので、速攻帰りました。

で、その直後にスーツに着替えて別の歯医者に行ったところ、
そこが服装を見て判断したのかどうかは知りませんが、
今度はとても丁寧に応対してくれました。
他にもいろいろ逸話はあるけど、それは後日談として。
私の高校同期で、今は歯医者になっているやつがいます。
昔一緒に遊んでいたやつが歯医者になっていることを思うに、
大体高校三年のまだ世間も知らない時に進路を決めたことで、
私は坊主頭で田舎暮らし、あいつは歯医者ってくらい道が分かれるわけです。
もちろん私は自分の人生を後悔していませんし、
歯医者になりたかったなんても思いません。
ただ、知り合いに歯医者がいるだけで、今、目の前の歯医者を見ても、
「こいつもあいつと同じなんだな。」と妙に身近というか、
軽く考えてしまうところがあります。
ご免ね、今診てもらっているT先生。

ところで、その同期の歯医者、一度一緒にワインバーで飲んだことがあります。
その頃私はワインに夢中だったので、手頃な値段でおいしいワインを注文して、
満足していたのですが、そいつが一言、
「ワインはドンペリしか知らん。それもいつも接待やから払ったことがない。」だと。
お前ねぇ、もう少しものの有難みを知れよ!と真剣に感じました。
大体ドンペリはシャンパンであって、厳密にはワインとは違うぞ!
それにボトルを振ってから注ぐなよ!
接待で頭下げながらそいつにドンペリ注いでいる
医療機器メーカーの営業マンの姿が目に浮かびました。
そんなこともあって、こと歯医者に関してはつい色眼鏡で見てしまう私です。
真面目に仕事している歯医者さん、ご免ね。
今朝はチェーンソーのメンテから始めました。
最近、新しい刃に替えたのに、もう刃こぼれして切れなくなっていたのです。
タケオさんから教えてもらったコツをイメージしながら、丁寧に研ぎます。
ゴミもたっぷりついていたので、分解して一つ一つ落としていきます。
1時間半かけてメンテし、組み立て直して、さて試し切りしてみます。
「ブゥォン」とひと切りで丸太が落ち、スターウォーズの剣なみの切れ味。
良かった良かった。これで精神的にもゆとりができました。
これからはマメにメンテしよう。

お次はタイヤ交換に行き、その帰りにホームセンターに寄りました。
実はこれが今日のメインイベント。
これまで道具部屋を作って、今まで持っていた道具類を整理していたのですが、
その肝心の道具がどれも日曜大工並みのものばかりでして、
本格的な大工作業をするには不十分だったのです。

やっぱり道具あっての作業です。
今までは何とか家庭用でごまかしたり、
必要な時はいちいちタケオさんから借りていましたが、
これからは最低限必要なまともな道具を少しずつ揃えていこう!
ということで、今日はその買出しに行ったというわけです。

こういうのはワクワクしますね。道具を揃える喜びです。
今日は時間も十分に取って、各コーナーをゆっくりと見て回りました。
そして買ったのは、インパクトドライバー(電動ドライバー)、
ボルトクリッパ(ワイヤー等を切るでかいやつ)、
パイプレンチ(水道管のメンテ等に使うでかいやつ)、
はんだごて、大工用のこぎり等。
草刈機用の刃も少しいいのを買いました。
コンプレッサーも欲しかったけど、今日は車に乗らないから次の機会に。

いやぁ、これだけでも買うと気分爽快!前から欲しかったものばかりでしたから。
決してこれは無駄遣いじゃありません。この先ずっと使うものですからね。
言わば財産ですからね。(とそれとなくカミさんにもアピール)

帰宅して早速ボルトクリッパを使って台所用品を改善しました。
よしよし、やっぱり道具あっての作業だ。
今日の作業の最後は、山に残してある丸太運びです。
昨日はイッちゃんが手伝ってくれましたが、今日は一人で。
少し長い丸太をチェーンソーで切りますが、まぁ見事に切れること!
やっぱり道具だな。(しつこい)
一人で積み込みと下ろす作業は結構大変でしたが、何とか終わり、
やれやれ、今日も一日が終わりました。
と思いきや、今夜は村の常会の日でした。
ということで、これから出かけます。では。
今日はカミさんの友人であるイッちゃんファミリーが遊びに来てくれました。
イッちゃんとケイちゃん夫婦は、共にその昔、
カミさんが働いていた山小屋で同僚だったという、山小屋友達です。
お子さんのコユリちゃん(1歳)も一緒に、カミさんにとっても2年ぶりの再会でした。

二人とも世界中をいろいろ周ってきて、今は御嶽山の山小屋のご主人という、
とても活動的でユニークな経歴の持ち主ですが、
会ってみるととても素朴で優しい笑顔の二人でした。コユリちゃんもかわいい。

しばしの談笑と昼食の後、イッちゃんにはひと仕事お願いしました。
昨日、タケオさんと切った木がまだ車の中にあったので、
それを運び出す作業と、山にまだ残している分があったので、
それを運ぶ作業を手伝ってもらったのです。
初対面でいきなり肉体労働させて申し訳なかったですが、
気持ちよくやってくれ、とても助かりました。

また、来年の私達の年賀状に使う写真も撮ってくれました。
さすが山の写真など綺麗に撮るだけあって、良いものができました。
これでようやく年賀状づくりも一歩前進です。
彼らは冬は小坂町に住んでいるということで、
割と近くなので良いお付き合いをしたいです。これからもヨロシク!

ところで話しは一変しますが、子供をあやす時に皆はどんな歌を歌うんだろう。
私は以前書いたようにマンガの主題歌なども歌いますが、
普通に童謡や子守唄もうたいます。
でも、私が歌って、カミさんが絶対に歌わない曲もあります。
そのひとつが「かごめかごめ」です。

かごめかごめ 
かごのなかのとりは
いついつでやる
夜明けの晩に
つるとかめがすべった
後ろの正面だあれ

この歌詞の一つ一つが不気味だと言って、カミさんは歌いません。
確かに変な歌詞です。
いつかTVで、「徳川埋蔵金のありかを示した歌だ」という特番がありましたが、
あれはその後どうなったのでしょうか?
ということで、ちょっと調べてみたら、ものすごく奥が深くて参ってしまいました。

一番多かったのは「流産説」。
他に、「口寄せ(宗教儀式)説」「遊郭説」「斬首説」。
変わったところで、「ソロモン財宝説」などなど。
時代の変化で歌詞が変わったとか、この歌を卒論のテーマにしている人とか、
まぁなんといろんな人が関わっていること!
その一つ一つをここで紹介する暇はないので割愛しますが、
全体的にあまり目出度い意味の歌でないらしいことは分かります。
カミさんの直感は正しかったか。

それにしても、童謡って変な歌詞というか、怖い歌詞が多いですよね。
その辺のくだりは、先日紹介した「日本流」という本でも解説してました。
これもここで紹介するには長くなりすぎるので割愛しますが、
何で子供に聞かせるのにもうちょっと気のきいた歌を作曲してくれなかったのかと、
少々恨めしくもなります。

そんなこともあってか、最近カミさんはできあいの歌よりも、
自作の歌をよく歌ってます。
お風呂に入れる時の歌とか、マッサージをしながら歌う歌とか、
傍で聞いていると、最初はこちらが気恥ずかしくなりますが、
最近はだんだん慣れてきて、この方が悪気がなくて愛情がこもっていて
これで良いのかもと思えるようになってきました。
そんなわけで、最近は私が風呂に入れる時も、
「悠太はおさかなさ~ん、ゆらゆ~ら♪」などと、カミさんの真似をしておる次第です。
まぁお幸せに過ごしております。特に今日はそんな日でした。
(つづき)

吉村先生の電話の直後、今度はお隣のタケオさんからの電話です。
「今日は家におるんかい?」
「はい、おりますけど?」
「じゃぁ、すぐに山に登ってこないか?」
それを聞いて思わず、「え、シシ(猪)ですか?」と返答してしまいました。
この初秋にも二人でシシを追って山中を歩き回ったことがあったので、
今回も掛かったのか?とつい考えてしまったのです。

「うんにゃ、木だ。薪用の木が出るから、いるなら取りにおいで。」ということ。
少々拍子抜けしながらも、すぐにチェーンソーとナタを持って馳せ参じます。
すると前回並みの傾斜地でタケオさん、樹を切り倒しておりました。
私はてっきり倒れた樹の枝を落としていただくのかと思っていたら、
「その脇の樹も倒せ。」との指示です。

参ったなぁ、つい数日前はチェーンソーの調子は良かったのですが、
不精をしてメンテしていなかったのです。
今週末にやろうとしていたんだけど、
やっぱり道具はその日のうちにメンテするもんですね。
それでも何とか一本目はスムーズに切れ、綺麗に倒れてくれました。
その後もタケオさんから次々に指示が出ます。
直径40~50cmほどのモミの樹を1mごとに丸太切りしたり、
枝を落とした木を崖から道路に投げ込んだりしていると、もう汗だくです。
ようやく作業が終わり、正直言ってヘロヘロでした。今日は肉体作業はもう上がりです。
でもおかげでまた薪材が増え、来年の初夏くらいまではもつかも。

さて家に帰り、一息ついて、ついつぶやいている自分がおりました。
「吉村先生、私もよくわかりません。
今朝一番には切断されたミミズを見て申し訳ないとか憐れだとか言いながら、
その舌の乾かぬうちに『シシが掛かったか!』と気持ちが昂ぶり、
植林だとは言いながらも、樹を切り倒している私です。
結局、私は自然というものを自分にとって都合良く利用しているだけです。
こんなことで、『自然の中で、自然に学び、自然体で生きる』なんて言えるんでしょうか?」
この課題の答えは簡単に出そうにありません。

午後は前からやろうとしていた「柿酢搾り」です。
前回仕込んだ柿酢、随分と良い香りがするようになったので、
もうビンに移そうかということになりました。
確か5~6個の柿だったかと思いますが、そこから250ccの酢ができました。
10/8に仕込んだ時
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今日、搾る前
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しっかり酸っぱくて、全く嫌味が無く、後味が良いです。完璧!
そこで早速第二弾、先日いただいた完熟渋柿を使うことにしました。
今回は大き目の海苔ビンに、約30個分です。
写真の様にヘタを取って切って、ビンに詰めただけ。
そして布をかぶせて虫が入らないようにして冷暗所におきます。
これからは酢づくりも病み付きになりそうです。

早速第二弾の仕込み
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そんなこんなで本当にいろいろあり、考えてしまう日でした。
今朝は馬糞がえしをしていました。
我が家のすぐそばに「木曽馬牧場」というのがあります。
そこには年老いた木曽馬が一頭だけ放し飼いにされ、余生を送っています。
その馬の糞を軽トラ一杯分ほどこの春にいただき、畑の一角に積み上げておりました。
カミさん曰く、年に何度かひっくり返すことで空気が入って良い堆肥になるのだとか。
ちょうど場所を移動させたいところでもあったので、3mほど横にずらすことにしました。

スコップで一杯ずつ移していきますが、かなり単調で地味な作業です。
と、よく見るとミミズ君たちがわらわらと出てきました。
せっかく寝ていたのを起こされて大わらわしていますが、
中には私のスコップで身体を引きちぎられてしまったものもおります。
「ご免ね、ご免ね。君らは身体の半分以上が残っていたら元に戻るらしいから、
頑張って身体を再生するんだよ。」と唱えているうちに、
子供の頃聞いた、とても怖い話を思い出してしまいました。

それは実話です。
私が幼い頃、あるおじさんが我が家にやってきました。
おじさん、顔面蒼白です。「今日、ものすごいものを見てしもうた!」
聞けば、次のような話でした。
おじさんが車で運転していてある交差点に来た時のこと。
その直前に交通事故があったらしく、ふと目に入ったのが、
道路から上半身が生えた人でした。
その人、トラックの運転手だったらしく、
脇で止まっていたトラックには大きな金属のパイプが荷台に載っていたそうです。
でもそのパイプ、実は荷台からずれていました。
運転手が急ブレーキをかけた時に、「運動量保存の法則」っていうんですか、
荷台のパイプが止まらずに運転席を直撃し、
そのまま運転席を切り取ってしまったのでした。
つまり、運転手の下半身を残したまま、上半身だけを吹き飛ばしたということです。

そのおじさんが見た時には、上半身の運転手さんがまだ生きていて、
「助けてくれ~!」と叫んでいたそうです。
おじさんの話しぶりからしてとてもつくり話とは思えず、
強烈な印象が私の幼い記憶の底にあったのですが、
目の前でもがいているミミズ君たちを見て、つい記憶がよみがえり、
イメージが重なってしまいました。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」
その運転手さんの分も合わせて唱えながら作業します。

すると、カミさんが「電話だよ~。」と知らせてくれました。
場面が切り替わってほっとして電話に出ると、何と吉村医院の吉村先生です。
「お久しぶりです。どうしました?」
「いやぁ、禅師様はご機嫌いかがですかな?」と吉村先生。
先生は私のことを禅師様とちゃかしておっしゃるのです。
ちなみに私はどの宗教にも帰依しておりませんが。
「はい、今は畑で馬糞がえしをしておりました。」
それまでの気分を隠して明るく応えると、
「そうかそうか、そりゃお仕事中失礼しました。
 実はね、最近いろいろ仏法書を読んでいてもますます分からんようになってね、
そんなことを考えているうちに、急に貴方の声を聞きたくなったんですよ。」
ありがたいことです。今すぐにでも飛んで行きたい気持ちになりました。
先生の方も会いたいらしく、
「いつかこの近くに来られることがあったら、是非立ち寄ってください。」
と言ってくださり、電話を切られました。
(つづく)
着物の雑誌を買ってきました。題して『男のきもの着こなし入門』。
その名の通り、全体的な知識と着付けについて初心者に分かりやすく紹介しています。
着た後で迷う「たたみ方」が載っているのも気に入りました。
やっぱり着物っていいなぁ。もう少し暮らしが落ち着いたら着てみよう。

でもね、読んでて笑ったのは「コーディネートを楽しむ」コーナー。
何とか今風に着てもらおうということなんでしょうが、かなり無理があります。
写真を載せられないのが残念だけど、タイトルと雰囲気を一部紹介しますと、

「大胆なタンクトップでアーティスティックに」
男性モデルが浴衣の片肌出して、真っ赤なタンクトップのぞかせてます。

「パーティーではタキシード代わりにも」
服飾評論家・石津祥介さんがタキシードのジャケットの代わりに着物を羽織って、
ワイングラス片手に決めてます。

「ダウンジャケット代わりに半纏を」
若者がGパン、タートルネックにハンテンを合わせてますが、
こんなの地方の学生は普通に着ているようにも思います。

「同系色のシャツを合わせてお洒落に」
浴衣の下にワイシャツ着てます。

着物を普及させたい気持ちは分かるけど、私は正統派でいいと思うんだけどなぁ。
その点、女性誌の方にはしっかりした雑誌があります。
最近特に感心しているのは『和楽(わらく)』。
着物専門誌じゃないけど、毎号着物も紹介してます。12月号は着物特集。
定期購読中心らしいですが、大きな書店ではバックナンバーがあります。
どれもビニールかかっているから、買わないと中を見られませんが。
この雑誌、編集方針、記事の切り口、写真の品質、どれをとっても正統派で上等です。
このレベルで1300円は安いと思います。
今回、仕事で和風系の写真をいろいろ探しましたが、
結局辿り着いたのがこの雑誌と、外国人向けのJAPAN紹介ハードカバーでした。
職場の同僚とも「これ、いいよね!」としばし感心しておりました。

話しがずれましたが、おとこの着物雑誌です。
ずっと読み進んでおりましたら、やっぱり出てきました!褌(ふんどし)!
締め方も紹介していて、六尺褌の締め方はかっこいいですな。
いつか是非締めてみたいです。
褌専門店や専門書『男の粋!褌ものがたり』というのもあるらしい。
奥が深そうです。
でもまぁ、ごちゃごちゃ言わずにまずは手持ちの着物を羽織ってみましょうか。
2005.11.22 年賀状
気がつけば年賀状の季節がきておりました。
最近はパソコンで宛名を印刷するのは世間では普通になりましたね。
しかも楷書で印刷してるのもあり、
本当に筆で書いてあるのかと間違うくらいの高精度です。
でも、これは私の勝手な解釈なんですが、
私は手紙やはがき類の宛名は手書きにしています。
そして一言でもコメントを書き添えることにしています。
一時期、メールで送ったこともあったけど、メールアドレスしか分からない人以外は、
今年は全て手書きにしようかと考えています。

最近いただく年賀状で、表も裏も全て印刷でというのも増えてきて、
送っていただいてこういうこと言うのもなんですが、
正直言ってあまり気持ちが昂ぶらないです。
「あぁ今年もこの人から来たか。」くらいです。
でも何か一言手書きで添えてくれると、それだけで心がほっと安らぎます。
「今頃どうしてるかな?」「元気だろうか?」という風に、
その人のことに想いが募ります。

だから、相手がどう思ってくれているのかは分からないけれど、
年賀状を書く時は、せめて一瞬でも(ホントその瞬間だけなんだけど)
その人のことを想う時間を持ちたいと願い、
マジックであろうが、悪筆だろうが、宛名とコメントを手書きします。
でも言うは易し、行うは難しです。送る先が400件ほどあるのです。
今までいろんな仕事を転々としてきたおかげもあり、
仕事の先々で少しずつ知人が増え、気がつけば多くの人に送ることになりました。
ただし、やはり付き合いの程度はまちまちなので、
どの程度のお付き合いの方まで送るかというのは毎回思案するところです。
私は「迷ったら送る」ことにしています。送って失礼はないから。

その点、カミさんは私と違い、本当に送りたい人だけに絞り、
一枚一枚丁寧に、小さい文字でビッシリと埋めて送ります。
もちろんとても時間がかかる。でももらった人は本当に嬉しいだろうな。
かくいう私も、カミさんと付き合う前、陶芸工房のただの主と客だった頃、
色鉛筆で書いた自画像と、近況報告と、その時期少し悩んでいたのか
揺れる気持ちを切々と書き添えた年賀状をカミさんからもらった時、
とても感心したのを覚えています。
その年賀状は今でも大切に保管しており、たまに取り出して読んでいると、
カミさんは「いつまで読んでるの!」と照れます。

とてもここまではできないけれど、せめて一瞬だけでもね、想いをはせたい。
少々意固地になっているところもありますが・・・。
それともう一つ意地になっているのは、元旦に着くようにすること。
昔お世話になった人の指導を今も続けているのですが、これも結構ハードルが高い。
そんなわけで、これから年末にかけて年賀状づくりに大わらわです。
今年は知らせたいこと満載だからなぁ。どうまとめようか?
できるだけ心に余裕を持って、想いを込めて送りたいものです。
昨日もちらっと書きましたが、最近少しずつ仕事量が増える傾向にあります。
最近までは大阪での仕事が中心でした。
あと、香川と島根の仕事がたまに入る程度でした。
それが、これからは岡山や神戸、そして京都の仕事も入りそうです。
それでも毎週フルに動くとしたら何とかやりこなせそうな仕事量ですが、
私は「仕事は週の半分」と決めているので、時間配分が大変です。
でないと、肝心の田舎暮らしのペースが乱されますから。
そこで時間管理をどうするか、しばらくの間はやりくりに苦心することになりそうです。

ところで、来週、岡山に行くことになりました。
この機会に、ブログを読んでくれている人達とも会えたらなんて考えましたが、
どうも今回はスケジュールがきつくて無理そうです。
また別の機会にお会いしたいものです。こういうの、オフ会って言うんですか?

また、今日は大阪の会社の社長さんから「ホームページを作りたい」との依頼があり、
お話を伺いに行きました。
仕事としてホームページを作ったことはありませんが、
「やったことがないので無理です」と言うのも癪で、つい受けてしまいました。
こうやって仕事の領域が広がるのはありがたいことですが、
きちんとカタチに残さなきゃいかないので、責任も大きいです。

それにしても、つくづく自分の暮らしが面白いなと思うのは、
週の半分は知的な仕事に身を置かせてもらい、
残りの時間は田舎で思いっきり肉体仕事をしています。
ホント人生を二倍楽しませてもらっているなと感じます。
ありがたいことです。
ということで、今日はお酒が入っていることもあり、
とりとめもないお話で失礼しました。
おやすみなさい。
ここ数年、冬になってから仕事が忙しくなる傾向があります。
昨冬なんて大晦日から元旦二日まで、島根に出張してました。
今年の一月二月は週に6~7日働いてました。肺炎になりかけたけど。
この冬も最近になってゾロリと仕事が増えてきて、「カルクヤバイ」状況です。
しかも、家では最低限の暮らしの準備はできたものの、
改めてThings to Doを書き出すと、すぐにすべきものが40項目もあります。
でも最近は日が暮れるのが早く、
悠太の風呂に入れる関係で夕方早く作業を切り上げたりして、
一日を振り返ると大して何もこなせず、実はアセアセの気分でした。
要は11月にして早くも師走モードだったんですね。

今日も午後から仕事に入る関係で、家仕事は午前中しかないから、
朝は5時に起きて、日が昇りかけたころから家の周りの草刈りしたり、
日陰を作って気になっていた樹を切ったりしておりましたら、
お隣のタケオさんが出てきて、「朝早くから何やってんだ?」と怪訝な顔。

どうも「やるべきこと」に追われているなという気がしてきて、
今日の午後、改めてThings to Doを振り返りました。
そしてその中で、「やっぱりどうしても年内にやっておくべきこと」
「年が明けても冬の間にしておけば良いこと」
「春になってからでも遅くはないこと」に振り分けて、
ともかく年内のことを10項目程度に抑えて気持ちを落ち着かせ、
その上で、今後重点的に意識すべきことを二つに絞りました。

それは「年賀状」と「ISO」です。
年賀状については別の機会で書きます。今日のネタはISO。
こいつは仕事で関係する人はよくご存知ですが、知らない人はまるで知らない世界です。
一般に、9000シリーズ(品質マネジメントに関するもの)と、
14000シリーズ(環境マネジメントに関するもの)が有名です。
私は14000シリーズは昨秋、9000シリーズは今秋に審査員補の資格を取りました。
(この資格を取るのは語るも涙、聞くも涙でしたが、今ははしょります。)
企業や行政が経営していく上で、これらISO基準にのっとっていかねばならなくなってます。
その基準に合っているかどうかを審査するのが審査員です。
私はまだ見習いの身分ですが、一応「審査員」の一員ということになってます。

でもね、試験に受かって登録はされたものの、まだ実績はありません。
目標!来春から実質的な活動を開始しようと目論んでおりますが、
資格を取ってからしばらくブランクが空いており、記憶に自信がありません。
こんなこと、審査員たるものが書いてていいのか?って気がしますけど、
やっぱり普段から使い慣れていないとなかなか身につかないものです。

今日、久しぶりに規格書なるものに目を通しました。
(本当はもっと早めに読もうとしていたんだけど、他の本に逃げておりました。)
案の定、言葉が頭に入ってこない。もちろん言葉の意味は分かるんですけどね。
何と言うか、言葉がスッと入ってこないんです。
大体、専門用語って理解し難いですよね。例えばこういうの分かります?
環境側面:
環境と相互に作用する可能性のある、組織の活動又は製品又はサービスの要素

あと、この言葉の違い、分かります?
修正:  検出された不適合を除去するための処置
是正措置:検出された不適合の原因を除去するための処置

こんな言葉をまずは覚えなければなりません。そして使いこなせなければなりません。
そんなことを考え始めると、だんだん焦り始めました。

いやいや、でも待てよ。私の人生の幸せってこんなことに左右されるものなのか?
もちろん資格で食っていくことは大切ですが、
たかがこれくらいのことで気持ちが揺らぐとは何事じゃ!
先日読んだ「東京タワー~」で、家族の愛があれば一番と再認識したのは誰じゃ!
と自分を叱咤激励しながら、何とか気持ちを維持しております。
まだ今年は6週間あります。これからいろいろこなすぞと、
改めて改めて気を引き締める夜であります。



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いきなり湯沸かし器というのも何ですが、
ついに我が家に湯がやってきました。
風呂はありましたが、それは薪で沸かすやつです。
台所はまだ冷水のままだったのです。
氷点下の朝でも冷水で食事の支度や片づけをしていたカミさん、よくぞ今まで頑張った!
ボタンを押すと湯が出る感激!文明開化がやってきた気分ですな。

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お次はこいつ。丸太をチェーンソーで切る時に便利なヤツです。
でも、チェーンソーを使い出して10年にもなるというのに、
今までこういうのを使っていませんでした。
大抵、その場にある丸太に載せて切ってたんですね。
でも今日は一発奮起。初めてお手製を作りました。
で、チェーンソーの刃も新調してこいつを使ってみると、楽に切れるわ!

実は昨日、ほだ木と一緒に薪用にモミの樹もいただいていたのですが、
こいつはもともと柔らかいこともあってスイスイ切れる。
昨日のタケオさんの姿の再現です。
何でこんな楽な装置、今まで使ってなかったんだろう?
随分時間をロスした気もしますが、昨日のタケオさんの台詞を思い出します。

私が丸太切りにもたもたしているのに、タケオさんがスイスイこなしているのを見て、
「流石ですねぇ。」と素直な感想を述べると、タケオさん一言、
「そりゃぁ年季が違うわな。今までチェーンソー20台使ったぞ。」
重いです、その言葉。私はまだ2台目です。その差歴然。
これから経験を積んでいくんですね。

さて、そんな訳で今日の薪作りは快調のうちに終わりました。
ようやく「薪」らしい風情。
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まだこいつらは生木ですが、一番日当たりの良い所に置いているので、
来春には使えるでしょう。
これでようやくひと冬過ごせそうな気がしてきました。
まだ完全ではないですが、冬支度ほぼ完成です。

揃ってきた薪たち
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きのこ栽培を始めようとすると、まずは「ほだ木」の確保です。
きのこが出てくる土台の木ですね。
きのこの種類によって合う樹木は違いますが、
一般によく作られるシイタケにはナラ、コナラあたりがベストの相性でしょうか。
ただこれらの木は、私達の住む地域では数がありません。
周りがほとんど針葉樹ですから。

それに、八ヶ岳に暮らしていた頃は周りは国定公園でしたので、
いわば「山はみんなのもの」でした。
だからと言って自由に取ってきていいという訳ではないですが、割と自由でした。
それがこの辺りではどこを向いても「人の山」です。つまり勝手はできない。
そこで、お隣のタケオさんに相談に行きました。
すると、「じゃぁ、俺が管理している山のを持っていけ。」と優しいお言葉。
今日、早速タケオさんに連れられて、ほだ木集めの開始です。

お互いの車で山道を進みます。結構傾斜のあるところまでいったところで停車。
さてナラを目指して山を進みますが、やっぱりまだ針葉樹が多い。
それでも何本かありました。いや倒れていました。
数日前に私がお願いした直後に、タケオさん、前もって倒しておいてくれていたのです。
ありがたや。
早速手分けしてお互いのチェーンソーで1mずつに切っていきますが、
さて難儀な点が二つ。
一つ目は、以前のブログにも書いた通り、私は刃を研ぐのがヘタなので、
なかなか切れないのです。
でもね、これでも今朝頑張ってそこそこ切れるようにはなったんですよ。
それでもタケオさんの動きを見ていると全然違う。
まるでケーキカットしているみたいに「スーッ」と丸太を切っていきます。

二つ目の難儀は足場が悪いことです。40度くらいある傾斜でこの作業をしているのです。
しかも足元は他の倒木やら、葉のついた枝がわらわらあって、よく滑ります。
いつも平地で切っている私にとって、まず足の置き場を見つけるのに苦労しました。
きっと、ゴルフの練習場ばかりに通っている人がコースに出たらこんな感じなんでしょうね。
とにかく一つ切るのにもたもたしているもんだから、
とてもタケオさんのペースについていけない。
そうこうするうちにタケオさん、もう一本太いのを倒したりして、
「バキバキバッキーン」と樹が倒れていくのを眺める姿はさすが山師です。

さて、十分にほだ木は確保できましたが、実はこれからが大変でした。
この急傾斜の山中から運び出さなくちゃいけない。
何度も何度もほだ木を放り出しながら移動させていくうちに、小川にさしかかりました。
するとタケオさん、その辺りにある倒木を使って橋を作り始めます。
私も何かしなくちゃと、直径10数cm、長さ4mほどの松の木を肩に担いでいきますが、
いざそいつを前に振り降ろした時に、木の端が私の股座に入り込み、
しかも私の前の辺りに他の倒木があったものだから、
もう片方の端が地面に着いた時、ちょうどてこの原理で、
私の股座にいた方が持ち上がり、見事に急所にぶち当たるという、
まるでマンガのような不細工な展開に苦笑いというか、しばししゃがみこみ。

そんなこんなして橋も出来上がり、無事車に積み込んで持ち帰りました。
二人で山分けして、私の分は30本。丁度シイタケ菌一瓶くらいの分量ですね。
まずは日当たりの良い場所に置き、このまま冬を越します。
そして早春に菌を打ち込みます。
いよいよ作業が始まりました。楽しみです。

自作の橋を渡るタケオさん。山師です。
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昨日からはまっている本があります。
松岡正剛著『日本流』。
きっかけは仕事でした。
ある新ブランドを立ち上げるのに、
松岡正剛の考え方を機軸にして企画しようということになり、
恥ずかしながら私はこの人のことを全然知らなかったので、
まずは著作を読んでみようと手にしたのです。
そしていきなりのめりこんでしまいました。

いやぁ、すごいのなんのって。
日本が好きで、そして日本を憂えんでいる著者の想いがバシバシ伝わってきます。
著作権の関係があるだろうから、あまり詳しくは書けませんが、
例えばこのような記述があります。

まず、GLAYの『毒ロック』という歌の歌詞を紹介しています。

だいぶ絡廻った身体中のSympathy
ダイブ5秒前
理性強制終了 ラバーソウル原動
Help me god Go to Hell
Help me god Go to Hell

続いて、解説です。
「驚いてはいけない。呆れてもいけない。
この歌詞を数百万人の日本人が夢中になって聞いているのです。
“Hell”が大文字で“god”が小文字になっているなどということは、
かれらはいっこうに気にしていない。
「だいぶ」と「ダイブ」の韻をふませたい、ただそれだけである。
けれども、このような言葉の用法を目くじらたてて叱ることはない。
私はそういう用法の中にひそむ日本を見ておくべきだと思っています。
これは「日本流」なのです。
(中略)
歌詞はヘタクソで、西条八十や野口雨情にはむろん、
阿久悠にもなかにし礼にも阿木燿子にもとうてい及びはしないものの、
そのかわり室町の『閑吟集』や西鶴の連句や宝暦天明の狂歌や川柳には通じている。
そこには二重の意味、多重の意味をこめたいという意図もある。
これはもともと日本人が連歌や俳諧をやりながら「見立て」という趣向を駆使したのですが、
そういうことにもつながって見えるのです。」
とまぁこんな具合です。

この本の書評を覗いてみると、
「この本を読んでいるとたくさんのキーワードが出てくる。
見立て、目利き、超部分などなど。
どれをとっても語るのにたくさんのページが必要となる。
さらに、寄物陳思、不立文字、スモールサイズ感覚、祖霊信仰などが続く。
これだけ並べれば、興味のある人はこの本を手に取るだろう。
そう『日本流』は、日本文化の入門書でもあるわけだ。」
まさにそんな感じです。

上に挙げた事例はほんの、本当にほんの一部。
こういった紹介や解釈がこれでもかとばかりに機関銃のように攻めてきます。
その度に私は「そうだよな!ポンッ!」と手を叩きたくなり、
または「いやぁ、知らなかった!」と感心し、時には大笑いし、
ホント琴線に触れるって感じですね。

それにしてもすごい人っているもんだなぁ。
本屋では現代思想家というところに著作が並んでいましたが、
とにかく知識の引き出しの多さと、それらを自分の中できっちり咀嚼して、
その上で系統立てて持論を述べているところには恐れ入りました。
それに比べると私のブログなんて、と~ってもシンプルなものです。
もちろん松岡正剛のようになろうと背伸びするつもりもなく、
自分の身の丈にあった今の表現でいいとは思っていますが、
オギャーと生まれた人が大人になった時に、
知識量や理解力や表現力にこれほどのギャップができるのかと、
つくづく感心してしまいます。

ところで、私の今の仕事ですが、
「新ブランドの展開を考える上で、『設え』『もてなし』といった視点で捉え、
それらを表現するために、
余計な装飾を全てそぎ落としたシンプルな日本的なものをイメージできる
文言や写真や絵図やイラストを集める」というものでして、
結構難儀していますが楽しい作業です。
こういう苦労はするだけ自分の身になるものでしょうから、
ありがたいことだとも感じています。
さて今日も山ほどの資料を整理しますか。
2005.11.16 値切る美学
関西人の、特に大阪人の特質で「値切る」というのがありますが、
これは幼い頃からしつけられているように思います。
大阪で育った私にとれば、値札にある金額はまやかしで、
それをいくらで買うかが勝負みたいなところがあります。
ところが上京した頃、秋葉原で値切り交渉に入った時、
「うちはこれでギリギリだから、値切らないよ。」と
店員が店の奥に引っ込んだ時、
文化の違いを感じてしばらく立ち直れなかったことがありました。

でも二年前に丹波篠山に一旦移った時は、
久しぶりに関西の商慣習に触れてとても嬉しかったです。
やっぱり商売は値切り交渉を経て、
ようやく店と客のコミュニケーションが取れるというものですよね。

その最たる経験を久しぶりに体感したのが、この春の引越し作業でした。
その時は3社に声を掛け、見積額を出してもらいました。
まずA社。散々値切った挙句、「ちょっと考えますわ。」と保留し、
すかさずB社へ。続いてC社でも値切って、最安値を引き出してから、
再びA社へ電話。殺し文句で「私はお宅が一番と思うのだけど、
他所がもっと安く言ってきてね。」と誘い出し、より安く交渉。
当初30万円近く言っていたところを、
17万円以下にまで値切って決めました。

このやり取りを見ていたカミさんは、「私には無理。」とサジを投げていましたが、
概ね東日本の人は値切り下手ですね。
関西系の店からすると、「えっ、値切らないの?ラッキー!」てなもんでしょう。

今回、うちの新車の冬用タイヤを買うにしても、関西仕込みが生きました。
今回はホイルも一緒に注文します。
先週から7社にアプローチ。交渉中にいろいろ見えてくる点があります。
・やっぱりブリジストンがいいかな。それも4WDだと商品が決まってくる。
・それも、できればアルミホイルがいいかな?
そんな中で、ある店がトーヨータイヤだけど、最安値をつけました。
早速電話して最終交渉開始です。
「いろいろ当たって、お宅が一番いいかなって思っているのですが、
 ブリジストンの新作で幾らになります?」
店主、迷った挙句に「一本5%アップになります。」
「そうすると、総額60,900円になりますよね。端数取って6万円にしません?」
しばらくの間、店主は絶句していましたが、「いいです。」との返答。
交渉成立!
全く同じ条件で、タイヤマンで79,000円、タイヤ館やイエローハットで74,000円でした。
それを6万円でゲット!上出来です。

でも、実はそれでも満足していません。
先日の新聞広告。
あるディーラーが中古ホイル+中古スタッドレスタイヤの4本セットで、
何と10,240円で売り出していたのです。
その広告を見て早速店に行ったのですが、残念ながらうちの車のサイズに合わず、断念。
それに比べると、新製品とは言え余計にお金が掛かったような気分で、
今後も研究が必要です。
贅沢な悩みかな?

値切るという交渉作業はとっても大事な商習慣だと思います。
例えば、ヨドバシカメラが大阪・梅田にオープンした当初は、
「うちはポイントがつくので、値切りはしません!」と強気だったのですが、
最近は結構融通ききます。
もしかして皆さん、ヨドバシで値札通りに買っていません?
その先最低5%くらいは値切れますよ。ホント。
そして見ていると、値切られた店員が実は嬉しそうにしているんですね。
このやりとりは商習慣の真髄だと思います。
商売とは、顧客とのコミュニケーションで成り立つものですからね。
その点、「値切る」という行為はとても意義あることなのです。
これは美学であり、文化ですよ!
大げさかな?
2005.11.15 うるしかな?
一昨日、柿もぎをしていた時、首すじにチクッとするものを感じました。
私が採っていた柿の樹の下は荒れた茶畑でして、
もう何が生えているんだか分からないグチャグチャ状態でした。
ただ、今までもっとひどい藪の中に入ってもかぶれたことが無かったので、
そんなことを心配することなく、ガンガンに入り込んでいたのです。
でも今から思えば、鮮やかに紅葉していた低木がそこかしこにあったから、
うるしに触れたのかもしれない。

しかもその瞬間、自分がそうなったことの自覚がないものだから、
軍手で首筋をコリコリ掻いて、それでも痛痒いのが直らないから、
「何か変だな」くらいにしか捉えていませんでした。
作業が終わり、その後もいろいろやることに追われていたので痒みも忘れ、
夕方になってカミさんが、「どうしたの、首すじ?」と訊かれて、
鏡を見てびっくり!結構かぶれてます。10×10cmくらいかな。

それでも一昨日の晩は気分的にご機嫌だったためか、
それほど気にはしてなかったのですが、
昨日の朝からかなり痒くなってきました。
カミさんからもらったクリームを塗っても変わらないし、
こりゃ困ったわいとようやく真剣に薬を探し始めましたが、
もともとそういう目にあったことが無いから、常備薬もなし。
ムヒはあったけど、ちょっと違う気もする。

と、目についたのが「馬油」の瓶。
「九州名産 純粋馬油」と書かれたラベルがいやに古めかしい。
いったいいつ買ったんだろう?かすかな記憶を辿れば、少なくとも15年前か?
ま、どうでもいいや、気休めになればと塗ってみたところ、
意外や意外、効果テキメンとまではいかないけれど、
何となく痒みがおさまりました。
あぁ良かった、これで安心と、寝る前にも塗って布団に入ったのですが、
どうも無意識下の私は理性がないらしく、気がつけばボリボリ掻いていて、
それで痒みがよけいにひどくなり、夜中に目が覚めてしまいました。

しかたない、こんな時は「教えて!goo」だと、さっきから調べてますが、
分かったのは、「水をたくさん飲め」と、「薬は3日経たないと効かない」こと。
早速水分補給。
他のHPを調べると、「かぶれた直後ならサラダ油でうるしを拭き取れ」とあったので、
あながち馬油も間違いではなかったかと、今はひたすら塗り込んでます。
本当にうるしかどうかも分からないのでいい加減な対処してますが、
できれば薬を多用しないで直したいものです。
誰か良い治療法をご存じでしたら教えてください。

ところで、馬油ですが、あんまり書きたくないのですが、
カメムシの臭いがします。
う~ん、やっぱり書くんじゃなかったかな。ますますそんな気がしてきた。
でも本当。あちこちにカメムシがいるような気分になります。
馬油がカメムシ臭いのか? カメムシが馬油の香りがするのか?
どちらかというと後者の方が気分が落ち着くので、
今日のところは強引にそう捉え、再度寝ることにします。
無意識下の私よ、掻くんじゃないよ。
昨日新しいブログを書いた後に、すぐコメントが届きました。
「ちょっと休憩しません?」という内容。
昨日はいろいろ動き回ったから、確かにちょっとは休憩した方がいいかと思いつつ、
でもなんでそんなコメントをわざわざ寄せるんだろう、一体誰だ?と覗いてみたら、
「制服○○××、・・・」あほらし。即、削除しました。
アップされたブログにいちいち繋がるようになってるんですかね。

さて気分を変えてといきたいところですが、今日の内容はちょっとサエマセン。
田舎暮らしが長いと、さぞかしチェーンソーや斧の使い方はお上手なんでしょう?
と聞かれることがありますが、私はヘタですね。10年やってるけど。
薪割りしていてもね、狙いを定めたところに斧が落ちることはめったにないです。
たま~にだけど、斧を振り上げて下ろした時に、空振りして地面に刺さるなんてこともある。
こんな時は思わず周りを見渡してしまう自分が情けないです。

手斧でもそう。薪を支える左手には軍手は欠かせません。
今まで何度左手に手斧をぶつけたかなぁ?軍手が無かったら何本か指が落ちてたかも。
だから最近は小さな薪は何かに寄りかかるように立て、右手だけで振り落としてます。

チェーンソーもひどいもんです。
買ってきたばかりの頃は、それはそれは良く切れ、
まるでスターワォーズの剣みたいに「ブゥォン」と丸太を切り落としていたのに、
月日が経つと切れなくなり、最後はチェーンソーをノコギリみたいにゴシゴシやってます。
もちろんメンテしてるんですよ。いや、しているつもりです。
つい先日もオイルとゴミまみれだったのを丁寧に掃除し、刃も研ぎました。
でも切れ味が今いち。

なので、今日、近くのJA機材センターに持ち込みました。
ここの人、カッコイイんです。
とても落ち着いていて、即座に対応して修理すべきところはしてくれ、
丁寧に教えてくれます。
憧れですね。こういう職人肌の人って。
今日もその人に会えるとワクワクして持ち込みました。

「こんちは~。チェーンソーの具合が悪くって。」
「どうしました?」
「整備したつもりなんだけど、切れ味が悪いんですよ。切る時に白い煙が出るし。」
「どれどれ。あ、こりゃ駄目だ。刃が全然研げてないですね。」
「えっ? 研いだはず・・・なんだけど。」だんだん声が小さくなる私。
「刃が当たるところから煙が出ていたでしょう?それは研げてない証拠です。」
あとは自分でやりなさいと、返されてしまいました。シュン。

ホントヘタなんですよね。
一応研ぐ角度とか聞いてきたけど、きっと姿勢とか研ぎ方とかなってないんだろうな。
でもこの週末には、お隣のタケオさんと山に入って、
キノコ栽培用のほだ木を切ることになってます。
それまでに何とかしなきゃ、笑われるな、こりゃ。
こんなことでは山の衆にはなれませんな。
2005.11.13 達成感100%!
今日はいろいろこなしました。
朝は5時半に起床。気温はマイナス1℃。薄氷張ってます。
薄明かりの中、犬二匹を散歩させて、食事前に落葉集めに。
昨日取った場所で、軽トラもう一杯分ゲット。
畑の角に下ろして、まずは落葉集めの最低必要量終了!

朝食後は柿もぎです。干柿用の渋柿がいよいよ良い時期になったのです。
うちの周りには十数本の柿の樹がありますが、
地主さんとのお話しで、うちが採れる樹は一本だけ。それでも結構成ってます。
はしごに乗り、鋏でポツポツ採っていたら、地主の弟・エイジさんがやってきて、
「そんなことやってたら丸一日経ってしまうぞ!」と器具を貸してくれました。

その器具の便利なこと!筒の長い銃のようなスタイルですが、
その先が鋏になっていて、しかも刃の片側は幅1cmほどのゴムが付いている。
そいつを柿の実が付いた枝に向けてポキリと折っても、
枝そのものはゴム部がしっかりとつかんでいるので、柿が落ちない。
こいつはアイデアものだね。ちょっと腕が疲れるけど。
ともかくこの器具のお陰で、150個ほど採れました。
持ち帰ると、カミさんの顔が引きつってます。
その後、カミさんは一日かけて柿の皮を剥いて、タコ糸掛けて干してました。
しかもこの作業の間、ずっと悠太を抱いて!ご苦労さん。よく頑張った。

さて私はカミさんに柿を委ねた後、次の作業にいこうかとしたその時に、
地主のテルオさん登場。ついにきたか、この時が。
私達は昨年6月に、1500坪の土地は借地で、建物は購入しました。
その際に即契約ができれば良かったのですが、いろいろお互いの事情があり、
また、特に私が農地を借りるのに、最低1000坪が必要で、
しかも地元の農業委員会の許可が必要ということになり、手続きが遅れていたのです。
テルオさんにもご苦労いただいて、何度もやりとりして、
ようやく今日、晴れて最終の契約を取り交わすことになった次第。

これから田舎暮らしをお考えの方には是非この点をお伝えしたいところですが、
契約は必ず必要です。ところがこの当たり前のことを嫌がる地主さんが多いのです。
曰く、「俺のことが信用できないのか?」
でもね、本人同士が納得していても、客観的に認知されないと、
後で借りている方あるいは買った方が馬鹿を見ます。
だから嫌がられても契約すること。
幸いにテルオさんは元農協職員で、その辺のことはご存知だったのが良かったです。
それでも本契約までに時間がかかった!とても良い関係でいてもです。
今日、ようやく全てが終了し、本当にやれやれです。

さて契約も終了し、午後は薪づくりです。
今年はよくある丸太を割ったような薪づくりをする暇が無く、
また敷地内にわけの分からない板や、木の切れ端が転がっているので、
片付けついでにそいつを適当な大きさに切って薪にしています。
先日、年内一杯分は作ったのですが、
やはり薪が十分にないと気持ちが落ち着かないのが田舎暮らしです。
そこで、今日はこの冬に使用する分を一気に作ることにしました。

ズンズン木を切りながら、「これで1月分までいったかな?」「2月分できたかな?」
とかイメージしながら作業します。何とか3月分までの薪は準備できました。
でもまだギリギリなので、改めて薪づくりします。そうすると余裕をもって冬を越せます。

その後も家の周りの片づけをテキパキと。
こんだけ動けたのは久しぶりですね。とっても気分いいです。
夕方、薪で炊いた風呂に入り、昨日からカミさんが仕込んでたおでんで酒を一杯。
美味い!
今日は達成感100%の日でした。しかも悠太の誕生2ヶ月!目出度い、目出度い!

今日の収穫
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2005.11.12 落葉集め
畑仕事に「腐葉土」は欠かせません。
落葉が微生物によって分解されると腐葉土になり、
保水性・排水性・通気性に富み、土と混ぜると植物の発育を促します。
もちろんミミズ君たちの住処にもなり、ますます土壌が改良されます。
まさにいいことずくめなのですが、
それなりの量の腐葉土を作ろうとするには、かなりの量の落葉が必要です。
だから落葉を集めるのが面倒で、大抵の人はお店で買ってますよね。
でも私達のようにお金の無い人は頑張って落葉を集めるしかありません。

ところでこの落葉、針葉樹だとなかなか分解しないため、広葉樹のものを探すことになりますが、
私達の住む加子母はヒノキの植林がしっかりと管理されているところなので、
見渡してもなかなか広葉樹が身近にありません。
昨日、下見で周辺をドライブしたのですが、
広葉樹のあるところはかなり山里深く入ったところで、斜面で集めるのは困難です。
また、道に溜まったのを集めようにも、岩の砕けた道に溜まった葉はとても集めにくい。
結局、アスファルト道路脇の吹き溜まりに溜まった広葉樹落葉を探すことになりますが、
これがちぃ~とも見つからない。

「もうこちょこちょと集めるしかないか」と諦めたかけた時、
国道のある場所で広葉樹落葉の吹き溜まりを発見!
片側が崖になっていて、その上に広葉樹がギッシリ植わっているので、
落葉が溜まっていたのです。よしよし。
でもそのすぐ傍では既に清掃されたのか、逆に一枚も残ってません。
「これは早く集めなければ、ここも回収されてしまう。」と危機感にあおられ、
今日、いそいそと集めにいきました。

国道脇に車を止め、雪かき用のスコップでどんどん積み込みます。
途中通り過ぎる車達は、一体何をしていると思うだろうなと考えましたが、
もしかして道路の清掃をしていると勘違いしてたかも知れませんね。
そう考えると、何だか善行をしているような気分になってきました。
一日一善、落葉拾いの坊主というのもほほえましいものですな。
割と簡単に軽トラ一杯分集まって、我が畑の一角に積み上げました。
明日ももう一杯集められると、何とか望む最低量は確保できそう。
これで来春、温床(早めの苗を育てる装置)を作ることができるかな?
今年中にやるべき事は満載ですが、少しずつ少しずつこなしていきます。

今日、日頃お世話になっているN工務店のK建築士さんが来てくれました。
Kさん、私達にお金が無いことをよくご存知でして、
なかなか会社の儲けにならないのに親切に相談に乗ってくれます。
いつも朗らかだし、「人間が出来ているね」といつもカミさんと感心しています。
今日も厨房改造計画のご相談をしました。

最初に大まかな改造構想をざっくりと伝え、
次に保健所から教えてもらった、飲食店を開業する上での基準を見せて、
その後に実際に厨房の内外を見ながらご相談です。
私達の構想は、
まず厨房奥の小部屋との壁をぶち抜いて1.5倍の広さにし、
天井と床材をはがした上で、改めてコンクリで床をかさ上げするというもの。
水場も増やして排水工事をし、最後に保健所クリアのために内装仕上げをします。
厨房器具も新調し、おまけに風呂場の水周りも新調します。

さてひとまわりした後に早速質問です。
「どうですかね?どれくらいの期間で、いくらかかるでしょうか?」
Kさん、う~んと頭を悩ませてます。随分時間が経ってからしぼり出すように、
「期間は最低一ヶ月、そして500~600万円以上はかかるでしょうね。」
私達に対して申し訳ないという気持ち一杯の顔をしておっしゃいます。
今までのお付き合いで、決して「ぼる」ような方ではないことは知っていますし、
私も普通に頼めばそれくらいはいくだろうなと想像していました。
でもその金額じゃ到底無理です。生きていけません。
期間も想定以上でしたね。まぁ期間の方はまだ良いとして、さてお金のやりくり相談です。

「ではできるだけ私が作業をするとして、どこまで落とせますかね?」
きっとそうくると思っていたんでしょうね、Kさんまたもやう~んと頭をひねり、
「そうですね。うちの商売抜きにして」と前置きして、いろいろアドバイスしてくれました。
まず、最初は厨房の増床を考えず、今の厨房だけで取り掛かること。
次に、床壁天井の解体と片付けは自分でやる。
排水工事は部屋の真ん中にU字溝をつないで入れる。
U字溝は庭にころがっているヤツが使用可能とのこと。
その後の、砕石を入れたり、コンクリを流す作業は素人ではキツイから、N工務店がやってくれる。
水道管設置や排水工事はプロに任せた方が良いので、業者を紹介する。
保健所をクリアできるようにするにも左官屋さんに任せた方がいいから紹介する。
「これで合算して100万円というところでしょうか。
でも厨房器具とか建具は全てご自身で準備していただくとしてですが。」

ありがとうございます。関西人としてはもう一声値切りたいところですが、
まだ具体的になっていないのと、左官作業関係は身内にも相談したいと思い、
今日のところはここまでアドバイスいただいたところで感謝です。
Kさんにお引取りいただいた後、家族会議。
「時期はどうする?」とカミさん。
「とにかく4月一杯を目処としよう。」
「お金は?」
「工事費は100万円として、あとは買うものだな。これからあらゆる手を尽くそう。」
ということで、情報を探し回ることにしました。

そこでこのブログを読んでいる皆様にお願いです。
以下の情報が手に入ったら、教えていただけるでしょうか?
・最近、近所の飲食店が閉店して、厨房機器があぶれている。
・厨房機器を安く扱うリサイクルショップがある。
・実は今、厨房機器が余っている。・・・
その他、厨房関係のあらゆる情報お待ちしています。
晴れて商いが成立した際には、将来お店を開いた時に、
「特別サポーター」としてサービスさせていただきます。
冗談じゃないですよ。本気ですから。
情報、お待ちしております。
なにとぞよろしく、お願いたてまつります。


2005.11.10 読後感
読みました。『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
もともと私は文章を読むのがとても遅く、本自体あまり読まないのですが、
時々マイブームのように読みあさる時があります。
今回もそれにはまったようでして、一気に読みました。

さすがに話題作だけあって、感じ入るところが多かったです。
最後の方は確かに鼻グスグスしてました。
でも、いろんな書評で絶賛されているほどには感動しなかったかなぁ。
何でだろうって考えてみました。

それはリリーさんと私の境遇に似ているところがあるからかもしれない。
私はリリーさんより2歳年上で、ほぼ同世代。そして私も一人っ子です。
本の中でリリーさんが高1の頃が書かれていると、
私はつい自分が高3だった頃のことを思い浮かべ、読み進んでいました。
本のストーリーを追いながら、自分の半生も同時に追体験していたように思います。
すると、良い思い出もあるけど、同時に嫌だったり辛かった事などもよみがえってきて、
何だか胃の出口がキュゥッと締まるような、
舌の裏あたりがじゅわっと酸っぱくなるような気分になり、
本の内容よりもそちらの方に気が向いてしまうような感覚になりました。

リリーさんほど波乱万丈でハチャメチャではないけれど、
私も話題には事欠かない人生を歩んできました。
実際、数年前にある方から「あなたの行き様を本にしませんか?」と誘われ、
原稿の一歩手前の、A4版数十ページの企画書なるものを書いたことがあります。
知人がその企画書を幾つかの出版社に持ち込んでくれましたが、却下されました。
編集者からご丁寧な手紙をいただき、
「あなたの本の企画は面白いけれど、あなたが著名人じゃないから駄目です。」とのこと。
「ようし、では著名人になってやろうじゃないか!」なんて反骨心もないから、
その企画書をベースにネタを切り貼りしてできたのが、私の以前のHPです。

でも今改めて自分の人生についての本なんて書けるかなぁ。
いろんな人にお世話になったけど、同じくらい大勢の人に不義理してきて、
そのほとんどの人がご健在である今、とてもリリーさんのようには書けないですね。
もちろんそういった文章力もないのですが。
ただ、読後、「人生いろいろあったけど、私の両親はまだ健在で、
愛する家族がおり、みんなも私を愛してくれているようで、
こういうのが一番の幸せなんだな。」と改めて感じました。
だから私にとって「この本に感動した」というよりも、
「良い機会をくれたこの本に感謝したい」という気持ちが本音かな。
ありがとうございました。

今日の午前中は都心の本屋さんで調べ物をしていて、
昼時になったので、以前から気になっていた店に入りました。
しゃぶしゃぶランチを食べさせてくれる店です。
この店、カウンターしかありません。
それぞれの席の前に鍋がグツグツ煮えていて、
そいつに肉と野菜を掘り込みながら飯を食います。

以前から職場の同僚に噂は聞いていました。
「大体しゃぶしゃぶを一人で食うって感覚が大阪的ですよね。」って言われて、
「そうだね。」と応えながら、実は意味をよく理解できないでいたんだけど、
とにかく一度行ってみようと思って、飛び込みました。
サラリーマンでほぼ満席だったけど、丁度一つ空いた席に案内されてさて一息。

こういう、何だか常連が一杯いそうな店に初めて入る時って、ちょっと緊張しません?
「私、何にも知りません。」って、堂々としてりゃいいんだけど、
何となく「実はしょっちゅうきてるんだけどね。」なんて態度を演技したりして。
私はずっと昔にシェーキーズに初めて入った時、おもむろに席について、
注文を取りに来るまでずっと待っていて、ほんとに随分時間が経ってから、
自分で欲しいものを取りに行くことに気づいて、一人で恥ずかしかったことがあります。

だから今日も偉そうに「盛り合わせ、ダブルで」なんて言ってから、
そのままオーダーが通ってほっとしておりました。
横には綺麗なOLさん。こんなとこにも来るんだ、しゃぶしゃぶランチ食いに。
しばらくするとやってきました、豚と牛肉の盛り合わせ。
すると後は何とかなるもの。美味しくいただきました。
これで900円はコストパフォーマンスが高いです。○

でも、この店、全席カウンターだけあって、ほとんどが一人客です。
自然とみんな黙って食ってます。もちろん私も。
で、ふと思ったんだけど、これってほとんどニワトリじゃん。
カウンターで雁首揃えて、首を上げ下げして飯食って。
しょせん都会の昼食ってこんなもんだわな、とある意味で得心。

さて、こんなことに文字を費やすつもりはなかったのですが、
実は今日、調べ物をしていた内容が結構難儀でした。
仕事の関係で、ある「言葉」を捜していました。
「古(いにしえ)のこと(歴史や文化など)を理解し、尊重しながらも、
それにこだわることなく、さらに新しい発想で表現し行動する姿勢やさま」を
的確に端的に表現する言葉を捜していたのです。

「温故知新」じゃないんですね。
これって、古きを見つめ、その中にさらに新しい理解を求めるってことでしょ?
だから微妙に違う。
こういう時って何から調べたらいいんだろう?本当に悩みました。
本屋をぐるぐる周って、辿り着いたのは、四字熟語辞典。
それも探し方が分からないから、
1ページ目から順番にページをめくって調べるという、何と効率の悪いこと!
「変幻自在」でもないし、「自由闊達」でもないし、結局まだ見つかってません。
誰か探し方を教えてくれ~!こういう時こそ、「教えてgoo」なのかな?

ところでその辞典で新発見!
「元気ハツラツ」って四字熟語だったんですね。
「元気溌溂」だって。
・・・それだけのことですが。
今朝、国道脇の国交省の掲示板によると、0℃でした。
でもあんまり実感無いですね。身体が慣れてきたのかな?
一ヶ月ほど前に2℃だった時は確かに寒かったですが。

人によって体感温度は違うでしょうが、
私にとって「寒いなぁ」と感じるのはマイナス7℃です。
八ヶ岳で暮らしていた頃、マイナス7℃までだったら、
風が無ければそれほど寒くなかったです。
でもそれ以下になると、風が無くても寒かった。
マイナス10℃以下なんて、それこそ鼻毛も凍るかっていう感じですね。
だから、今の気温はまだまだ大丈夫。

それでも肌着の上に腹巻して、ハーフコートにマフラーに毛糸の帽子で出かけましたが、
いざ大阪に着くと、ドッピーカン!
どんどん脱いでいって、日中はワイシャツ一枚で過ごしているってどういうこと?
大して緯度は変わらないのにこの違いに戸惑います。

今日、職場に着くと、机の上に本が一冊。
やばい。
もしかして・・・やっぱり。
同僚が読んだ後に貸してくれた本でした。
私がお願いして予約したんだけど、これってやばい。
『東京タワー オカンとボクと、時々オトン』 リリー・フランキー著。
今、超話題ですよね。新刊にして名作だとか。
他にも読むべき本とか資料とか山ほどあるのに、
間違いなくこっちを優先しそう。
早速帰宅の電車で読み始めましたが、確かに引き込みがうまい。
まだ泣かないけど、電車の中でわんわん泣いた人もいるらしいから注意が必要かも。
うーん、迷うなぁ、とか言って全然迷ってません。
早く読んでしまおう。ただし、睡眠不足にならないように。
読後感はまたあとで。では。
気がつけば今年も二ヶ月を切ってました。
そこで、今日は久しぶりに二人でThings to Doを整理しました。
冬に入って雪が降るといきなり動きが鈍くなってしまうでしょうから、
今のうちにしておくべきことを確認しておこうというわけです。

夏にやった「床抜け部屋の修理」といったほどの大きな作業はないのですが、
いろいろ挙げていくと、あるわあるわ。
例えば、
・畑の片隅に貯めてある馬糞ををひっくり返して、場所をずらす(一日作業)
・干柿用の渋柿を採る(一日)、干柿づくり(数日)
・堆肥やマルチ用の枯葉集め(1~2日、この辺りは広葉樹が少ないので面倒)
・家の前の畑づくり(2~3日、今年は半分以下しか作れなかったので、残りを完成させる)
・厨房改造をデザインして、工務店他手配の準備(2日以上)
・大型ゴミ出し(1日?、2t車2台分)
・トタン屋根部分の塗料塗り(1日)
・雨どいの修理(2日)
・池の周りの木々の整理(1日)
・敷地全体の排水関係の掃除(1日)
・敷地と周りの草刈り(3~4日)
・障子と戸板の修繕残り(2日)
・梁や天井などの掃除(2日)
・家の周りの片付け残りと掃除(3日)
・カマドづくりの勉強、薪ストーブの調査(随時)
・湧水タンクの清掃(2日、3箇所ある)
・薪づくり(3日、実は結構ヤバイ)
などなど。

他にも細かい作業がわんとあります。
そしてもう一つ、これは結構時間がかかるのでは?というのが出てきました。
それは「キノコ栽培」です。
いずれはやろうとしていたことの一つだったのですが、
よく考えるとキノコ栽培は時間がかかるのでした。
今のうちにほだ木を切って、冬の間に乾燥させて、初春に菌を植えて、保管して・・・
キノコの種類にもよりますが、うまくいって、今から準備して来秋出てくれば御の字か?
ひょっとすると再来年になるかもしれない。
要は始めるならば早いほうが良いのです。
しかも私達、キノコ栽培はあんまり詳しくないです。
何種類育てるかにもよって作業日数が変わるし。
だからこういったことの勉強も必要です。

他にも、「いずれやること」として挙げているものの準備も始めねば。
・使用済みの天ぷら油を使って走るディーゼル車の勉強
・雨水をできるだけ利用するシステムの勉強
・水耕田と黒米を育てるための水田づくりと、土地の水の流れの調査
・鶏小屋作りの準備(卵と鶏肉の両方狙ってます)
・コンポストトイレ(人糞を肥しにするシステム)づくり
・2階屋根裏の片付けと、一部吹き抜け部屋にする準備
・家の内外壁をしっくいに替える作業
・アースオーブン(この地の土を使って築く窯)づくり
・露天風呂づくり
・陶芸と漆芸の工房づくり

まぁなんといろいろあることでしょう!
しかもよくよく数えると、年末までにあと8週しかありません。
当然ながら普段は仕事をしています(カミさんは育児が中心)ので、
合間を見て上に挙げた内容をこなすことになるのですが、正直言って全部は無理ですね。
少しずつこなしていって、気がついたらいろいろ済んでいたということになるのでしょう。
それにしてもこの2年ほど、一日たりともボケ~と過ごす日はありませんでした。
それでも身体は続くもので、ありがたいことですが、
何にしても、これからも一つ一つこなしていくとしますか。
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一つ目の写真、何だか分かりますか?
ヤーコンです。
「あるある大辞典」で紹介され、最近は知る人ぞ知る植物だとか。
何でも、南米アンデスが原産のキク科植物で、フラクオリゴ糖を含むことから、
①便秘を直し、ダイエットに良い
②虫歯になりにくくなる
③整腸作用が良くなる
④血液や血行を正常に保つ
のだそうです。

このヤーコン、うちの周りで育てる人が増えてきたらしく、
一昨日、お隣のタケオさんからいただきました。
タケオさんが言うには、昨年「こいつを作れば売れるぞー」と誘われ、
今年初めて育ててみたら、とっても簡単に育ち、
しめしめと道の駅に持っていったのですが、
他にも同じことを考える人がいたらしく先約がおり、尋ねてみたところ、
「全然売れんわ!」との返答で、がっかりして持ち帰ったとのことです。

「それはきっと、みんな食べ方を知らんのですよ。」と答えたものの、
実は私も食べたことがありません。
そこでカミさん頑張って、ここのところずっとヤーコン料理です。
酢の物、炒め物、五目飯、味噌汁、・・・気がつけばそこにヤーコンが。
酢の物は結構いけました。サクサクした歯ごたえが心地よいです。
他のはね、歯ごたえのあるナス炒めのような、歯ごたえのある大根煮のような、
正直言ってあまり存在感がないです。
しかしカミさん負けじと、今日はケーキにも入れました。
ヤーコンの甘煮と紫芋の抹茶ケーキです。
お味はというと、結構いけました。
でもどちらかと言うと、ヤーコンが無くても美味しかった。

ま、いいや。うまくできたから人に差し上げようと、
この村に来る時からとてもお世話になっているカズニさん宅へ持参。
ご夫婦共に食べていただき、よろこんでもらえました。
私達は来年厨房を改造したら、再来年の春を目標に店を開く予定ですが、
合わせて土地の旬の食材を使ったパンやケーキも焼いて販売できればと考えています。
その話しを伝えたところ、とても喜んで下さり、
「楽しみにしていますよ。」と激励してくれました。

そして帰り際にいただいたのが、上の二つ目の写真のもの。
「中国南瓜」らしいです。それにしてもでかい。
まるで「?」のようになってますが、下の「・」のやつが普通のカボチャです。
これも最近になって入ってきた種だそうで、
通常のカボチャ料理で使え、ズッキーニと同じようにも調理できるらしいです。
世の中、いろんなものがありますね。
これからいろいろ調理法を試してみたいものです。
そしてこんなものたちもメニューの一つに加わると愉快ですね。
一つあれば数十食分作れそうだし。
食べ方の発信のお手伝いが出来るようになれば幸いです。
今日の話題はとても表現が難しいのですが、あえて挑戦します。
特に草刈り機を使ったことのない人はご免なさい。
一生懸命想像して、感情移入してください。

最初に草刈り機について説明しておきます。
草刈り機の刃には、金属の刃と、ナイロンのひもの2タイプがあります。
金属刃の方はその名の通り刃がついておりまして、高速回転でガンガン切っていきます。
通常右から左に向かって切っていきますので、
切った後の草が左側にどんどん溜まっていくのが特徴です。
そして金属刃ですから、石や金属や硬い木にあたると刃がこぼれます。
まともに石に当てると、一発で刃先が飛びます。それが続くと切れなくなります。

一方ひもタイプは、草刈り機の先にぐるぐる巻いたナイロンひもを取り付け、
そいつが2本約20cmほど出ており、ぐんぐん回ってムチのように草に当たって刈るのです。
こいつの良い点は、石などにあたっても平気なことです。
勿論それによってひもの先は削られますが、遠心力で次のひもが自動的に出てきます。
また、ひもタイプだと刈った後の草がバラバラに砕け散り、地面に均等に巻かれるので、
そいつがそのままマルチになって、次の草が生えるのを押さえてくれます。
欠点は、遠心力の影響で刈ったものの一部が私の身体を直撃することです。
草だったらいいんですが、たまに小石なんかが飛んできて、
これがまた急所を狙ったりする時はマジで飛び上がります。
また、飛んできた草などで、身体がドロドロになります。

どちらを使うかは要所要所ですが、今日は石垣に生えた草を刈る場面が多く、
ヒモタイプにしました。最初は順調です。
その後、畑の草刈りをする段になりましたが、そのままひもタイプで続行。
と、ある場所が近づき、「どうしようか?」と躊躇しました。

何日前だったか味噌蔵を片付けた際、出土した漬物達を処分するのに、
畑の中にぶちまけたままにしておりました。
ぶちまけたというか、ただそこにまとめて置いてあるというか。
そのエリアに入り込んでしまったのでした。
えい、ままよと突入します。最初は梅干軍(群?)。
すると、ナイロンひも達が勇猛果敢に梅干たちにムチ打ち、
どんどん梅干達が飛び散っていきます。
おおっ、結構いけるじゃないかと次の標的、奈良漬軍の塚に向かいます。

するとひも達はどんどんムチ打ちますが、
さすがは奈良漬、ものが大きいだけあってなかなか飛ばない。
それでもだんだんと砕かれていき、粉々になって飛んでいきます。
その姿、哀れとも言えなくもないですが、勇気を振り絞ってさらにムチ打ちます。
すると奈良漬軍も負けじと反撃。バシバシと私に酒粕を飛ばしてくるではないですか。
そうくると予想していた私は網のマスクで顔を覆っておりますが、
それでも目前の網にバシバシとかかってくる酒粕攻撃にはたじたじです。

やっとの思いで奈良漬軍を玉砕した後は、沢庵軍です。こいつもでかいから大変。
でも酒粕が飛んでこない分、ましです。
ようやく全軍を蹴散らし、畑に巻き散らしたのですが、
戦い終わって我が身を見ると、全身酒粕だらけ!
臭いの何のって。まるで奈良漬の血潮を浴びたような気分ですね。
奈良漬達も何の因果か、きっと丹精込めて漬けられたであろうに、
結果的に人の口に納まらずに、
畑で草刈り機と戦うはめになるなんて想像もしていなかったでしょうね。
それを思うと哀れみを感じます。
くわばらくわばら。成仏しろよ。
2005.11.04 自ビール!
タンクからビンに移されるビールたち
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昨日は他にもイベントがありましたが、
流石に一日に4つブログを書くのははばかれましたので、今日に回しました。
それはビール作りです。

こいつは楽しい作業です。
何が?って言われると難しいけど、
要は毎晩良い気分にさせてくれるものがこんなに簡単にできるのかってことですかね。
本当に簡単なんです。以下、手順です。

①「ビールの素」を買ってくる。
 これは東急ハンズやインターネットで売ってます。すぐに見つかります。
②水とタンクを確保する。
 うちでは水は水道水ですが、かなり標高の高いところの湧き水を使っているので、
とても美味しい。カルキの臭いもしません。
 タンクは23リットルものです。
③コップ一杯のお湯を沸かし、温度が下がったところで、
「ビールの素」に付いていたビール酵母と砂糖を入れて予備発酵させる。
 通常、すぐに泡がブクブク出てきます。
④大き目の鍋に1.5リットルくらい湯を沸かし、「ビールの素」を入れてしばらく煮る。
⑤タンクに10数リットル(この分量は好み)の水を入れ、煮た「ビールの素」を入れる。
⑥予備発酵したものを入れる。

これで一次発酵は完了です。
あとはタンクを20数度で保温すること。こいつが一番やっかいです。
うちでこの時期に仕込むときには、ペット用の保温マットの上にタンクを置いて、
その上に毛布をかぶせます。

さて一週間から10日後、いよいよビンに充填します。
うちはオランダの「グロールシュ」というビールのビンを使ってます。
こいつは蓋に針金がからんであって、指で押して針金をはずして蓋を開けます。
一旦開けた蓋をはめて針金で押さえると、また閉まります。
つまり、何度も蓋が閉まるというすぐれものです。

このビンを消毒し(この消毒作業が結構面倒)、砂糖をスプーン一杯入れて、
タンクの液を充填します。
今まではタンクのコックをひねって入れてましたが、これだと泡が立って時間がかかります。
今回はサイフォン方式で充填する器具を手に入れ、初めて試してみましたが、
とっても楽でした。おかげで順調に終了。
一本約470mlのビンで、40本仕込みました。
あとは冷暗所に3週間置いておくだけ。これで自ビール完成です。

自ビールを作るようになって一年以上になりますが、概ねうまくいきます。
大体うちのサイズで一本80円弱の経費ですかね。
これを始めると、外でビール飲むのが馬鹿みたいな気がしてきます。
ほとんど酒税と店の儲けのために飲むようなものですからね。
特にうちのビールは私の好みで黒ビールにしていますので、
なお独特な雰囲気を醸し出しています。
今、我が家にはビール80本キープしてます。これで年を越せそう。
味わいたい方はお気軽にどうぞ。
まだいるトイレカエル。冬眠する気はないのか?
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さて、これだけの前提を経て、では厨房をどう作ろうかということになります。
大きく分けて、調理スペース、水周り、火周りがポイントかと思います。
調理スペースは十分なので問題なし。
水周りも要は必要な物と場所を決めて設置するだけです。
問題は火周りです。これに関して、今までの考えが激変しました。

まず、当たり前のことですが、「厨房で何を作るか」ということです。
先程も書きましたように、これからはカミさんが厨房の主人です。
その主人の要望は、
「ガスコンロの口数は十分に欲しい」「パンやケーキをコンスタントに焼きたい」
「将来は料理教室も開けるようになれば」というものでした。
そこで出た結論です。
まず、ガスコンロを新調し、口数を多くする。(今のはとてもひどい状態なのです)
そして、ガスオーブンを置く。
キッチンストーブだと、自分達が楽しむ程度ならばいいですが、
コンスタントにパンやケーキを焼く(カミさんは道の駅なんかにも置きたいらしい)には、
火加減の調節がかなり難しそうです。夏場はきつそうだし。
ここで、キッチンストーブの線が消えました。

では薪ストーブは必要ないのか?
これは「放火魔」の私としては譲れないところ。カミさんも要らないとは言いません。
そこで、「薪ストーブは調理主体ではなく、暖主体で、『調理もできる』のを演出として位置づける」ことにして、
家の真ん中に大きめの薪ストーブを置くことにしました。
うちで家の真ん中というと、「床抜け部屋」です。
母屋のど真ん中に置くことにしました。
とすると、もろ母屋の屋根を煙突がぶち抜くことになります。
「だったらいっそのこと瓦替えの時にやるか?」ということになりました。
母屋の瓦、実はとても不安定な状態なのです。
地元の建築士さんに見てもらったところ、「急ぐことはないが、いずれ替えないとやばい。」とのこと。
だから近い将来にこれらを替える時に合わせて、
薪ストーブを置いて煙突で屋根をぶち抜くことにしたわけです。
ということで、これから改めて薪ストーブ探しです。

また、キッチンストーブを置く場所として考えていたところには
「かまど」を置くことにしました。
ここでは米を炊いたり、鍋料理をします。
このかまど、自作することにしました。
さぁこれも大変です。かまどをどう作るか、もう頭の中はグルングルンですよ。
ワクワクモードに入ってます。

しかも、屋外には「アースオーブン」と呼ぶ窯も作ることにしました。
ここではかつてやっていたように、皆でパンやピザを焼けるようにします。
このアースオーブンを作る作業そのものをワークショップ式にできればと考えています。
時期は来夏かなぁ。
その際にはこのブログはもちろん、広く声を掛けるつもりです。
その時は皆さんヨロシク!

そんなこんなで、これまで考えていたことが一歩前進し、
また大きく変わったところも出てきました。
言えることはより現実的になってきたこと。
そして、それを二人で話し合いながら見出してきたことです。
これからもこの調子で進めていきます。
さて企画会議が始まりました。

店の調理に関してカミさんが中心になって考える。
この点についてはカミさんも「その方が私も嬉しい」との返答があり、
その線で話を進めました。
つまり、献立、調理をカミさんがやることになりました。
ただ私が全く厨房に入らないというわけではなく、
私の気の向くままに出入りし、ちゃちゃを入れることで了解を得ました。
だから突然山菜やキノコを天ぷらしたり、鹿肉を調理することもあるでしょう。
またいわゆる「まかない」では好きにやらせていただきます。
そしてもっぱら私は店の魅力をより高めるための環境づくりに精を出すことにしました。
例えば、店の外装・内装づくり、広報・宣伝、物語づくりなどのプランニング全般、
そして山の食材採りです。

次に、「店の売り」を何にするかと話し合いました。
これについて考える前に、「そもそも何故店を出すか」という点で確認しました。
私達は今回の店でいきなり自分達の暮らしが成り立つとは考えていません。
それよりも大切にしたいのは、私達のライフスタイルです。
私達が良かれと思う暮らし方、それを実践することが第一です。
その基本は、「自然の中で、自然に学び、自然体で暮らすこと」。
そのスタイルのうち、「食」に関することの表現方法として店を開くのです。
だから「食」以外では、
例えば「住まい」では、家の改修や土地のデザイン、
パーマカルチャーで学んだことの実践があります。
「畑づくり」も同じく、自然農から学んだことなどを実践していきます。
「子育て」もそう。吉村先生他大勢の方々から学び、
今自分達が実践していることから発信できることもあるかと思います。
「衣」でも将来やりたいですね。
そうそう、工房も是非復活させたいところ。
その際には陶芸だけでなく、カミさんがやっていた漆芸もやりたいですね。

つまり、今回店を開くのは、核に私達のライフスタイルがあって、
それを実践していくうちの一つであり、
とても大事だと捉えている「食」のテーマの表現なのです。
私達のライフスタイルを今のところ「もりのいえ」という言葉に凝縮しています。
ブログではあまり本名は出さないらしいのでやめておきますが、
この言葉にはいろんな意味(ことだま)を込めています。
だから、「食」をテーマにした店は、
いわば「もりのいえ流自然食」をキャッチフレーズにしたものになるのでは
ということになりました。

では「もりのいえ流自然食」って何?ということになります。
それは、「この土地の、その時々の旬の食材を活かして、私達が『美味しい』『楽しい』と感じる食」ということにしました。
いわゆる「地産地消」「スローフード」の考えと近いかも知れません。でもそういった概念にはこだわらないことにしました。
逆にこだわることとして(これもこだわらない範疇に入るかもしれないけど)、
いくら地元の食材だからといって、むやみに高い食材を求めないことにしました。
例えば高級飛騨牛とか、高級川魚とかです。
また、「自然食」というと、
ベジタリアン料理と受け止められてしまうところもあるかもしれませんが、
それにもこだわらないことにしました。
だって、私達はベジタリアンじゃないですからね。
ただ、この土地で良い食材を求めたら自然と野菜中心になるであろうという姿勢です。
ただしお客さんで求める方がいらっしゃったら、
ベジタリアンもマクロビオティックも可能です。二人とも学んでいますので。
要は選べるようにしようということです。

こういった視点に立って、これから一年以上かけて、献立(商品)、
仕入れ(山入り、畑づくり)、広告宣伝などを準備することにしました。
特に献立については、来年一年間は絶好の機会です。
例えば来年4/1に我が家で食べる献立は、
翌年同じ日の店の献立を考える時の大きなヒントになるでしょう。
つまり一年前から予行演習をすることができるのです。
だから、これからは一食ごとにしっかりと記録し、
「お客に出す」という視点で日々評価することで
ノウハウを蓄えようということになりました。
(つづく)
今日は書くことがたくさんあるので、幾つかに分けます。

来年に厨房を大改造して、再来年の開店に向けて準備することは既に書きました。
そして、いざ店を出すにあたって、メニュー構成にはじまり、
詰めるべき点がたくさん目の前に出てきて、いろいろ思案していることも書きました。
そこで、こういったことを整理して、
夫婦で一旦まとめてみようではないかということになりました。
「店づくり企画会議」の開催です。

この模様をお伝えする前に、これまでの私の心境を整理します。

私が店を持とうと思ったのは、1996年に八ヶ岳に移住した時にさかのぼります。
最初に考えたのはカレー屋でした。
このくだりを書き出すと長くなるので次の機会に回しますが、
結局、数年後に陶芸工房を開くことになりました。
その際、「年中無休、24時間開放、完全無料」を売り文句にしました。
また、工房をただ陶芸の場ではなく、そこにやって来る人それぞれにとっての「居場所」になってくれたら、との想いを込めて始めました。

例えば、陶芸の合間に、周りに生えているハーブを一緒に摘んでお茶にして飲んだり、
焼き上がったグラスにその場でビールを注いで乾杯したり、
ピザ窯を一緒に組んで、即席のピザを焼いてワインで乾杯したり、
年に一回、野焼きの日を設けて、朝から晩まで飲み明かしたり、(飲んでばっかりか?)
とにかくそこに集う人ができるだけ自然に出会い、気楽に過ごせるように努めました。

私が願ったこと、「居場所」づくりがどれだけ伝わったかわかりませんが、
例えば、学校に行かない人たちがそこで自分達の時間を過ごしてくれたり、
障害のある人たちや彼らをサポートする人たちが、気軽に利用してくれるようになりました。
ある時には、「今日は陶芸はいいですから、masanの料理を食べさせてください。」
とやってくる人もいました。
その時私は調理師の資格を取り、山の恵みを採りながら調理する楽しみを知ったばかりでしたので、喜んでお迎えしました。
そんな中で、人生相談というのは大げさかもしれませんが、
いろんな悩み事を聞いたり、はたまた経営されている企業の今後について相談を受けたり、
実に様々なご縁がありました。
これらの素晴らしいご縁のお陰で、お金には代えられない経験を得ることができました。

2003年、私はサラリーマン生活に終止符を打ち、
八ヶ岳「仙人小屋」の仙人に弟子入りしました。
毎朝山に入り、山菜・キノコを採り、それを調理してお客さんに提供します。
おかげで随分と経験・知識を蓄えることができ、
同時に、将来自分もこのような店を持つことができればと願うようになりました。
その修行の間に、今のカミさんと出会い、付き合いだして一ヶ月で婚約しました。

結婚しようというわけですから、当然これからどうやって暮らしていくかという話題が出てきます。
そこでお互いの想いを語り合い、意気投合し、またある時は譲り合い、二人の将来ビジョンができてきました。
将来ビジョンの内容は、作成中の二人のHPにありますので、そちらをご覧ください。

さて、そこで店づくりに関してのお話になりますが、
過去の経緯から、私は当然自分が店の厨房に立ち、献立を決め、
調理するという姿をイメージしていました。
つい最近までそのイメージを引きずっていましたね。
でも、現実に今の暮らしではほとんど全ての調理をカミさんがしており、
私はもっぱら古民家の片付けや改修が役割です。
しかも週の半分は稼ぐために外に出ています。
このパターンはそう簡単に変わるものではなく、
ますます「やるべき事」は増える一方でしょう。
そうすると、いざ店が開店したとしても、
一体私はどれだけ厨房に立つことができるであろうか?
しかも、カミさんと私では、味付けがかなり異なります。ダシのとり方からして違います。
二人が同時に調理するとなると、お互いにとってストレスが増え、良さが活かされずに中途半端な料理になってしまう恐れがあります。
こういった点をここ数日、ずっと考えておりました。
そして出た結論。それは「私が厨房を出よう」ということでした。
(つづく)