5/27に新天地である岐阜県加子母にて引越し荷物を受けました。
ここは春までは加子母村だったのですが、合併して中津川市になりました。
でも普段の暮らしは旧加子母村が基本ですし、
私達もこの地域名が大好きなので、ただ「かしも」と呼んでいます。

引越しの日、私の両親が大阪から手伝い&様子見にやってきましたが、
来て早々、もともと家の中にある荷物の多さ、雑然さにしばし呆然としておりました。
「一体何から手をつけたらいいんやろ・・・。」とつぶやいたお袋。
それから気を取り直し、とにかく前の住人の荷物を外に出すことに専念してもらいました。
この時に出たゴミは半端じゃなかったです。ざっと挙げますと、
タンス・本棚類が20個、布団が20組、座布団が50~60枚、食器類は1000・・・
といった具合です。

こんな状態でした
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さて、引越し後にやるべきことのリストアップは一段と増えました。
前の住人の荷物の片付け、自分の荷ほどき、家の改修、近所づきあい、
妊娠生活、仕事、山入り、畑仕事・草刈り等々。
これらの作業はいまだに続いておりますが、きっと終わることはないでしょう。

6/29、車が壊れました。
それまでも篠山から加子母までの長旅を何往復もしてくれた我が愛車:
サンバー・クラシック。
緑色のボディなので「みどり」と呼び、北海道にも一緒に行くなどいつも一緒でしたが、
17万キロ走っていよいよへばってきました。
実はそれまでも時々止まることがあって、周りからはかなり不安視されていたのですが、
だましだまし乗っていました。
ところがその日、大阪の高速道路走行中についにギブアップ。
JAFを呼び、結局近くのディーラーで応急処置してもらい、
やっとのことで加子母に戻りました。

流石に田舎で車がないのは不便です。それからいろいろ探して、
インターネット販売で、静岡のディーラーが安売りしている新古車を見つけ、購入。
パジェロミニなので、「パロー」と呼んでいます。
今ではすっかり頼りがいのある足になっています。
みどりはその後も軽トラとして地元で活躍しています。

8~9月、建物にとって一番のイベントは、床抜け部屋の改修でした。
床が抜け、根太も基礎もガタガタだった部屋を、
お隣のタケオさんの助けを借りて板張りに改修しました。
たった一部屋の改修だけど、家づくりの基本を学んだとっても意義ある経験でした。
続けて、隣の居間の畳張替え、建具の改修など、いろんなことにも手を出し、
なんとか住めるようになったのは大収穫でした。

9/13、息子が産まれました。
そのくだりは過去のブログで十分ご報告しましたので省略しますが、
とにかくその場に立ち会うことができたことで、実に多くのことを学びました。
世の父親達は是非その場に立ち会うべきです。その後の子を見る目が変わると思います。

そして子を授かった吉村医院が本当に良かった。
いろんないきさつを経て辿り着いた場ですが、これも何かの縁だと思います。
吉村先生との出会いも素晴らしいご縁でした。
随分年上で、社会的にも上の方に対して言うのも失礼ですが、
親友に出会ったような気持ちがしています。
これからも何かと教えを授かりたい気持ちで一杯です。

U太が生まれたその瞬間から育児が始まりました。
私はたまに相手するだけだけれど、
四六時中相手しているカミさんにはホント頭が下がります。
最近はU太も自我が生まれてきた様子で、カミさんをしっかり認識しています。
それは全くその通りだなと納得です。私のことはぼちぼち覚えていってもらおう。

年末になり、また仕事が忙しくなってきました。
加えて大雪です。家でいろいろやろうとしていたことがほとんど全てストップ。
それでも毎日大忙しなんですから、かえって大雪で助かったのかも。
予想していたよりも厳しい冬ですが、
考えようによっては、季節感があって良いとも言えます。
むしろ日々の変化を楽しんでいきたいものです。

こうやって一年を振り返り、一言で言うと、「生きてきたなぁ!」という実感です。
今までもそれなりに充実した暮らしをしてきたつもりですが、今年は濃かったです。
やっぱり、新しい暮らしが始まったこと、そして子供が生まれたこと。
この二つは大きいですね。

これから先、全く不安が無いと言うと嘘になりますが、
今感じている充実感と幸福感を忘れずにおれば、きっとなんとかなる、
と達観している自分がいます。
来年以降、一体どうなりますか、本当に楽しみです。
今年一年間、楽しかった!来年もきっとね!
ではみなさん、良いお年を!
今年も間もなく終わり。そこで毎年一人でやっている振り返りをブログでしてみます。
今年は岐阜・加子母に越してきた5月末をきっかけに暮らしが一変したので、
その時期を境に、上半期・下半期に分けてみます。

今年の元旦は出雲で迎えました。仕事で。でもカミさんも連れていきました。
自宅のある丹波篠山から、軽のワゴンに犬2匹を載せて大晦日に出発。
無事現地に着いたものの、夜は吹雪。
具合が悪くなったカミさんを宿に置き、職場の同僚と二人で出雲大社に年越しの初詣。
その同僚も婚約中で、フィアンセを東京に置いてきた身でした。
周りはカップルばかりの中で、野郎二人が初詣に並ぶ姿は気味悪がられたことでしょう。

その出雲でカミさんは高熱を出しました。風邪か?インフルエンザか?
もともと薬を飲まない人ですが、
もしかして妊娠直後の熱かもしれないという気持ちもあり、
一切薬を受けつけないカミさん。
ならば自然療法で直すしかありません。
リンゴのすりおろし、ネギ焼き、野菜スープなどを食べさせ、
里で探してきたヨモギを煎じて飲ませたりして、10日ほど経ってようやく回復しました。
一旦回復すると、逆にとても元気になったカミさん。熱で身体の毒気が取れたのかな?

しばらくして朗報が。やっぱりカミさんは妊娠していました。
「あの時に薬を飲まなくて良かったね。」と安心しましたが、この機会に
「自然療法ばかりではなくて、西洋医学や進んだ技術の良いところも併用すべきだ。」
と考える私との話し合いをしました。
これは今も続いています。

さて年末から忙しくなり始めていた仕事は年明けからますます加速がつき、
ほとんど休みのない状態が続きました。
カミさんが回復するころから私が風邪をひきだしたのですが、
医者に行く暇がなく、市販の薬を片っ端から飲んで紛らせておりました。
私は風邪をひくとまずのどにきます。のどの奥の方が痒くなり、痰がたまり、
それを取り除こうとして咳をしているうちにますます炎症がひどくなるというパターンです。
しまいには吐くような咳を繰り返すようになり、やむなく病院に行ったところ、
「来るのがもう少し遅かったら、即入院ですよ。
一部肺炎になりかけています。」との診断でした。
まさかそこまでとは思わなかったので驚きましたが、
病院の薬と養生で何とかましになり、2月中旬には仕事もひと段落をみました。

2月中旬から3月中旬までは論文作成に追われました。
昨年、大学の恩師である教授が「博士号を狙ってみないか?」と声を掛けてくれ、
こんなチャンスはそうはないので、
「ハイ、挑戦します!」と応えたものの、やはり準備不足は否めません。
付け刃で論文をまとめましたが、教授の判断で時期尚早とのことに。
これは今後の課題となりました。

3月中旬から4月上旬までは、ISO9000シリーズと呼ばれる、
品質マネジメントシステムの審査員資格取得を目指しました。
この期間に、のべ3回、12日間の講習があり、途中2回の試験を経て
合格すれば申請資格を得るのですが、これがなかなか厳しいものでした。
まず、私がいわゆる「品質」に関わる直接的な業務についたことがありません。
だから、品質管理の現場で行われているようなことについて、まるで実感がないのです。
それでも周りの受講生の励ましもあり、無事試験に合格しました。
その後、申請手続きに時間がかかりましたが、秋には資格も取得。
昨秋取得したISO14000シリーズ(環境マネジメントシステム)審査員資格も合わせて、
将来設計の第一歩を踏み出すことができました。

4月も中旬になると、引っ越しに向けての準備を急ピッチで進めました。
と同時に、篠山でやり残すことがないよう、順番にいろいろこなしていきました。
その一つが山菜採りです。2年前に八ヶ岳の仙人から学んだものの、
時間が経てばどんどん忘れていきます。
しかも、八ヶ岳では仙人から場所を教えてもらって採りましたが、
新天地では自分で探すことから始めなければなりません。
篠山ではそのトレーニングの日を何日かつくりました。
そんなある日、大好きなモミジガサの群生を発見!これは嬉しかったですね。
加子母でもこんな場面に遭遇できればと願っています。

他にも、行きたかった割烹やケーキ屋さん、自然流に暮らす人々との出会いなど、
この時期は忙しいにも関わらず、結構出掛けておりました。
そして5/26に引越し。わずか1年半しかいなかったけど、
お世話になった篠山を後にして新天地に向かいました。
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昨日はお待ちかねのどぶろく試飲をしました。
仕込んで3日経った鍋の蓋を開けると、いきなりプーンと香りが漂います。
テキストでは、それをさらしなどで濾して瓶に詰めるとなっていますが、
濾した後のカスを捨てるのももったいないので、そのまま瓶に詰めることにしました。

結局、450ml入りが4本できました。つまり一升分です。
今回は米麹を安く仕入れましたが、スーパーで普通に買ったとして計算しても、
出費は350~400円です。
つまり約2合半のうちのボトルで100円ほどということになります。むちゃ安!

早速今夜の夕食のおでんと共にいただきます。「うーん、美味い!」
まさに「早い」「美味い」「安い」の三拍子です。
これで自ビールと自酒が完成しました。
いやぁ、幸せですね。
これらを造る作業や、先日作った柿酢、
そしてカミさんが熱中しているパンやケーキ作りも全て発酵のなせる技です。
発酵ってすごいな。
ますますこの世界にはまりそうです。
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2005.12.29 楽しいご縁
昨日は近くの白川町に住むKさん宅に伺いました。
話は少しずれますが、岐阜には「わらべ村」という自然食品を扱う有名なお店があり、
そこが毎春イベント&バーゲンをやっていて、
その時には全国でも有数の自然食ショップが出店を出します。
今年、このイベントに二人で行った時、
カミさんは農作業で使うような三角すいの編み笠をかぶっておりました。
あまりにも目立つから止めておいたら、という私の忠告には耳を貸さず、
「これがいいから」とイベント会場に向かうカミさん。

と、ある店で店員の方から、「まるでアイちゃんのようね。」と声を掛けられました。
聞けば、白川町に住むアイちゃんは普段から同じ笠をかぶり、
籠を背負って長靴で、どこでも東京でも行くのだとか。
「そう言えば」とカミさん、自然農のメーリングリストでお名前を見たことがあるらしい。
私達も近所に越してきたわけだし、お会いすれば何か得るものがあるかも、
というきっかけでHPを探し、カミさんがコンタクトをとっておりました。
そんな経緯を経て、昨日晴れて初対面となった次第です。

さて雪道を進み、予定より随分遅れて到着すると、お二人が暖かく迎えてくれました。
まずは餅つきです。古代米入りやもちキビ入りのものをついていきます。
そしてご主人のマーちゃん(アイちゃんとそう呼び合っておられました)
お手製のコタツでしばし談笑。
マーちゃんはよくアイデアが浮かび、とてもよく動く人です。
しばしの間、コタツに火鉢を合体させるノウハウを伺ったり、
野小豆(のあずき)と呼ぶ、多分小豆の原種を煮たものをいただいたり、
一つ一つの話題が新鮮で楽しかったです。

そして特に感心したのがアイちゃんのキャラです。
うまく文章では表現できないのですが、とってもピュアな方だと感じました。
例えば、「野小豆を撒く時は踊りながら撒くんですよ。」とまさに踊りださんとする姿。
着物にハンテンを羽織って毛糸の帽子に長靴で天真爛漫な笑顔を見ると、
こちらまで気持ちが穏やかになります。

また、しばし席を外していたかと思うと、しずしずと何かを紙に載せてやってきて、
「タケムシいります?」
タケムシとは、竹につく虫だそうで、長さ約3cm、直径5mmほどの虫です。
「これを炒って食べると、カールみたいな味がするんですよ。」とのこと。
アイちゃんの勧め(押し?)にほだされて、
「じゃぁ、いただきます。」と3匹持ち帰りました。
後でストーブの上で焼いて食べたら、確かに美味しかったです。

別れ際、家の前の雪の上でアイちゃん、踊ってくれました。
「歓迎の踊り」なんだそうです。
そのとっても楽しそうな姿を見て思わずこちらもにこにこ。
私達はすっかりファンになってしまいました。
帰り道、「本当にすごい人がいるもんだね。」とひとしきり感心する私達でした。
近くにこんなご縁をいただき、それにも感謝です。
いただいた野小豆、大事に育てますね。

これがタケムシ
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2005.12.28 お食い初め
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昨日はお食い初め(おくいぞめ)の儀式をしました。
お食い初めは、
子供が一生、食べ物に困らないように願い赤ちゃんに食べ物を食べさせる儀式で、
赤ちゃんが生まれてから百日目に行なうのが一般的だそうです。
地方によって百十日目、百二十日目などに祝うところもあります。
うちはだいたい百十日目だったかな?
ただし口にするといっても、食べるマネをするだけです。

儀式に準備するものは、
1.鯛などの尾頭付きの焼き魚
2.すまし汁
3.煮物
4.赤飯、白飯
さらに、丈夫な歯が生えるように、小石を近所の神社から三つ拾ってきました。

さて、夕食前に儀式の始まりです。
最近、U太は急に自我が目覚めてきた様子です。
例えば、母親と母親以外の人間の区別がついてきたようで、
私が突然交替すると、途端に泣き出します。
今日の儀式も、男の子にはその家の年長男が食べさせることになっているので、
私が抱き上げたのですが、いきなり泣き始めました。

私は子供が泣こうがわめこうが全く意に介しないタチなので、
構わずそのまま儀式を始めます。カミさんはソワソワ。
さて一緒にお箸を持って「いただきます」をしてから、
食べ物を順番に口の近くまで運びます。小石も口に持っていきます。
U太は訳が分からず大泣きのままなのですが、
後で写真を見ると、まるで大口開けてくらいついているようで、なかなかよろし。
無事行事も終了し、鯛の尾頭は親達が美味しくいただきました。
これでこの先、U太が食い物に困りませんように。

ところで、管理者向けのコメントで、「masanへの年賀状はどこに送ればよいのか?」
といただきましたが、新旧どちらでも大丈夫です。
でもどちらかというと新の方(岐阜県加子母)に送っていただいた方が早く届きます。
宜しくお願いします。
では。
話は一昨日にさかのぼりますが、どぶろくを仕込みました。
先日教えていただいた、サトエ先生の指導を実施してみます。
もっとも仕込むとは言うものの、とっても簡単な作業です。

1.白米を3合、洗って水に浸しておく。(私は一晩置きました。)
2.通常よりやや少な目の水で炊き、10分間蒸す。(鍋で炊きました。)
3.炊いた米を大き目の鍋に移し、冷えた水を1リットル加える。
4.米麹を200g加えてまぜる。
5.ドライイーストを大さじ一杯加えてまぜる。
6.20℃で保温する。

たったこれだけで、3日経つとどぶろくになるというから不思議です。
美味しく造るためのコツもあります。
加える水はミネラル分が多い方が良いそうです。
うちの場合、山の上の水を汲んできて、晴れた日に一日干すと良いらしいですが、
今回は山に入れなかったので、水道水(これも実は山の水です)を鉄瓶に入れ、
火鉢で一旦沸かしてから冷ましたものを使いました。
鉄分一杯のはずです。

次に保温ですが、うちはビールを作る時もそうですが、
ペット用の保温シートの上に大鍋を置き、毛布をかぶせました。
これでこの極寒の地でも大丈夫。

さて出来の方ですが、実は一晩経った昨日に覗いてみたところ、
既に発酵が進んでいました。プツプツ音がしています。
スプーン一杯すくって口にいれると、
「うんまい!」
もう即、飲めるんじゃないかっていうくらいでした。
「どぶろくは完成するまでに半分無くなる」というのは本当ですね。
続けて飲みたいところをぐっと我慢して、
いよいよ試飲は明日の予定です。
う~ん、楽しみ!

保温バッチリ
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昨日は朝から晩まで年賀状書きにいそしんでおりました。そしてようやく完了!
今年は結構喪中の人が多かったです。
それと、普段からメールでやり取りしている人の住所は知らないものですね。
そんなこんなで当初思っていたよりもやや少な目の賀状ですみました。

ところで、最後は海外向けの賀状書きで締めました。
昨年、ハネムーンを兼ねてオセアニアに3ヶ月の旅に出たのですが、
その時に知り合った人たちに送ります。
この旅は、「パーマカルチャー」と呼ぶ、
持続可能な農的暮らしを実践する人々と出会うことが目的でした。
パーマカルチャーについてはもっと詳しく説明すべきだと思いますが、
ここでははしょります。

この旅の最後に、パーマカルチャーの2週間集中講座に参加したのですが、
その時の参加者18名の出身国が実に多様でした。
アメリカ、カナダ、イギリス、オーストリア、イスラエル、
南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、そして私達の日本。
世界中の人々がパーマカルチャーに関心を持っていることを実感しました。

そして何よりもこの講座での体験はとても大きなものでした。
全て英語での授業はかなりきつかったのですが、今から思えば良い思い出です。
その中でも最高の思い出は、講座の最後にある成果発表会でした。
私達はその場で二人の将来ビジョンを語り、
「このビジョンは決して夢物語ではなく、ここ2年のうちに実行する!」と宣言したのです。
(このあたりのくだりは、【LINKS→もりのいえHP→あしあと→オセアニア日記7、8】
をご覧いただければ詳しく紹介しています。)
そしてこの時に私達のライフスタイルを表す言葉として「もりのいえ」を発表しました。
これが二人のブログタイトルになっています。

その時の宣言通り、2年以内に「いよいよ始めたぞー!」
と仲間に知らせることができることに感無量です。
講座の後、学んだ知識をそれぞれの思う土地で実践しているであろう仲間達。
私達もこの2年間いろんなことがあったけれど、
「世界中に仲間がいる」というのが励みにもなりました。
「君達が夢を実現したら、きっと日本にいくぞ!」と言ってくれた仲間への初の発信です。
うまく届けばいいな。そしていつかまた再会できればな。
そんな想いを込めて賀状を送り出しました。
2005.12.25 イブの夜に
昨日も大忙しでした。まずは朝から雪かきです。
一昨日の夜に常会があり、やはり雪の話題になりました。
その時に出たのが「56(ゴロク)の大雪」です。
昭和56年にこの地方であった大雪以来とのことで、大いに盛り上がります。

さてひとしきり話題が回ったところで、私が質問しました。
「ところで、雪おろしはしなくてもいいのでしょうか?」
みんな黙ってしまい、この質問に答えてくれる人はいませんでした。
経験が無いので判断できないのです。
ただ、「この地方の瓦だと変に乗ると割れるかもしれんぞ。」
と注意してくれました。

ならばあとは自分で判断するだけです。
自宅の屋根に積もる雪を見て、屋根が崩れるかどうか、そしてどうすべきか、
その家の者でしか責任を持てません。
私は昨日の朝、自宅の屋根を見て「これ以上積もったらヤバイかも」と思いました。

これまではとりあえず自分が歩くスペースを確保するための雪かきをしていました。
最初に積もった時、丁度出張していたので雪かきできず、
そのまま尾を引いていたこともあります。
でもこれからは少しシフト替えをせねばなりません。

まずは、「いざ屋根の雪が落ちてきた時」用の対策です。
そういう目で見ると、屋根の下に既に雪が溜まり過ぎています。
こいつをどかせなければ。
ということで、今までよりも広い範囲で雪かきしました。
午前一杯かかって最低限の雪かきは完了。さすがに疲れました。
明日からは、屋根の雪おろしも始めよう。

こいつが落ちたらどうなる?
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午後も買出しやこまごまとした作業に追われ、あっと言う間に夕方に。
本当はどぶろく造りもしたかったのだけれど、
カミさんがイブ用の料理に追われていたので翌日に延ばし、
U太を風呂に入れて夕食待機。
昨夜は一段と気合の入った食事でした。
事前にあまり声を掛けるとカミさん、プレッシャーがかかるので黙っていましたが、
実はとても期待していました。
その期待にたがわずがんばってくれました。
私も数少ない良いワインを出して乾杯!
素敵なイブの夜でした。

カミさん気合の夕食 ツリーのオーナメントも手作りクッキー
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先日、今年生まれた赤ちゃんの名前で多かったものが紹介されていました。
もう既に見た方もおられると思いますが、ホントすごい呼び名がありますね。
これが多い名前なのかと思うと全く驚きです。
では、以下の名前を読めるかどうか、テストしてみましょう。

【男の子】ランキングからの抜粋
第1位 大翔 ひろと、だいと、(   )
第7位 輝  ひかる、(   )、ひかり
第9位 太陽 たいよう、たいが、(   )

【女の子】ランキングからの抜粋
第1位 陽菜 ひな、はるな、(   )
第3位 三咲 みさき、(   )
第8位 美月 みづき、みつき、(   )

答えは一番下の行に書いておきます。
いやぁ参りました。今こうやって書いていて、改めて見てもやっぱり読めません。
ちなみに、男の子第1位はもう一つあって、
翔 しょう、かける
だそうです。「かける」とも読めるのか。
学校の先生は大変だな。私には無理です。

それに比べたら、うちのU太なんて楽勝ですね。
と思っていたら、昨日伺ったサトエさんから
「へぇ、これでU太と読むの?」と感心されました。
そんなに読みづらいかな?
U太は確か昨年の5位だったかと思うけど、今年は10位以下らしい。それでいいよ。
それでも病院やスーパーに行くと、
「こら、U太!」と母親に呼ばれる声がよく聞こえるので、
やっぱり多い方でしょう。それもいいです。
私達が納得して選んだ名前ですから。
上に挙げた名前も、きっと親達がいろいろ想いを込めた名なんでしょうね。
自分の子供の名前は一番良く響くものです。

【答】順に
男の子:つばさ、きら、あさひ 
女の子:ひなた、みく、はるる
今朝、カミさんから勧められ、あるブログを読みました。
皆さんにも是非読んでいただきたいです。
ところが誠に申し訳ないのですが、
私の知識の到らなさで、リンクの張り方が分からないので、
以下のアドレスをコピー&ペーストしてください。

http://blog.moura.jp/ihoko/2005/11/post_50f9.html

読んだ後、とても嬉しくなりました。
というのは、私にも経験があるからです。
何の経験かって?
それはまず、このブログをお読みください。
そして私も後日改めて書きます。
ともかく、ある意味でクリスマスイブにふさわしい、
とっても心温まるお話でした。
目が覚めると、一晩で20cmほど積もっていました。全体では50~60cmの積雪です。
お隣のタケオさんが言うには、これまでにのべ130cm積もったらしい。
12/4の初雪の時は、「どうせすぐに溶けるから。」とほったらかしにしておりました。
ご近所もみんなそんな感覚でいた様子です。
だから雪かきなどせずに、そのまま踏み歩いておりました。
でもさすがにこれほどまでになるとまずいと思ってか、村を挙げて雪かきモードです。

私も朝飯前から始めました。
玄関に通ずる石段、犬小屋・鶏小屋・コンポストへのルート、2台ある車の周辺など
かいておりますと、身体がどんどん熱くなり、次々に服を脱いでいきます。
最後には長袖シャツ一枚になっていました。汗ダラダラ、腹ペコペコです。
久しぶりの汗かき労働のあとの朝食は美味い!

朝食後は鶏小屋を補強しました。
ぴーちゃんらは昨日まるで食事をしなかったので心配していたのですが、
今朝はガツガツと食っていたのでひと安心。

さて今日は結構忙しいです。
その後はお世話になったご近所に挨拶回りです。
カミさんがクリスマスに合わせて、気合の入ったケーキやクッキーを焼きました。
それを持って順番に配っていきます。気分はサンタかな?
地主さんの家では孫達と昨日クリスマスパーティーをしたとかで、
今日は雪合戦をしていました。幸せを絵に描いたような光景です。
地主の弟さんは、雪を貯める場所が無くなったので、別の場所に移動していました。
N工務店の社長は来客中で忙しく、代わりに奥さんと雑談。
帰りに自家製の干柿と漬物を頂きました。
タケオさんは雪かきが済んで一休み中。みんないろいろな姿です。

最後に伺ったのは、とっても面倒見が良くて、いつも頼りにしているカズニさん宅です。
ご主人は不在でしたが、奥さんのサトエさんから甘酒いただきながら雑談。
ひょんなことから、私がどぶろく造りに挑戦しようとしている話になりました。
するとサトエさんの目がキラリと光り、「あんた、どぶろく造りをどれだけ知ってるのかい?」
「サトエさんも造るんですか?」
「あたしゃこの道、数十年だよ!」
それからサトエ先生の講義が始まりました。
もともと先生だったから、教えるのが上手だし、好きみたいです。

その講義で驚いたのは、何と
「造り作業時間30分、仕込み3日で飲める」どぶろく造りの裏技です。
どぶろく造りは年明けから始めて、飲めるのは春先と考えていたので、もうビックリ!
だったら年内に飲めるじゃない。やったね!
その裏技を紹介した本もお借りし、上機嫌で帰宅しました。
よーし、明日早速やってみよう。
先生から、「最初は少ない量で試行錯誤して、
自分好みの酒ができるようになったら大量に仕込めばいいよ。」
と指導を受けたので、まずは一升分からです。
先生は先生で、私が自ビールを作っているのを知り、興味深々の様子。
今度持参しよう。
もうワクワクです。

カミさんの力作
右から時計回りに、
「アーモンドビスコッティ」「バナナとココナッツのキャロブブラウニー」
「オートミール・レーズンクッキー」「りんごのクランブルケーキ」
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天気予報では今日からまた大雪らしいですが、
こちらはまだ粉雪が舞う程度で、それほど降ってはいません。
でも吹き溜まりでは既に結構積もっていることが分かりました。

昨夜のことです。「もしかして煙突詰まってないかな?」とカミさんがつぶやきました。
言うには、煙突のつなぎ目から煙が出るようになったとのこと。
何?それが本当ならおおごとだ。この真冬に煙突が吹っ飛んだら、目も当てられません。
そこで早速煙突掃除をすることにしました。
ところが屋根に登ろうとすると、下から見るよりも結構積もっています。
特に煙突に近いところは丁度吹き溜まりのようになっていて、
腰辺りまで積もっているので、そのままでは近寄れません。
そこで雪かき用のスコップを持って、まずは雪おろしから始めました。

雪おろしは初めての体験でした。
八ヶ岳の家は傾斜45度の屋根でしたからすることなかったし、
もちろんそれまでも経験ありません。
加子母でも「寒いけれど雪は積もらない」と聞いていたので、
まさかすることになろうとは思いもしませんでした。
でも今回はただ煙突に辿り着くまでの道を作っただけなので、
雪おろしそのものは意外に簡単で楽でした。
もしこれからもっと積もったら、本格的に雪おろししなきゃならないんですかねぇ。
母屋の屋根だけで70~80畳くらいありそうだから、かなり大変かも。

さて、次は煙突掃除です。ブラシに長さ1mほどの棒を付けて降ろしていきます。
全部が入りきると、次の棒をつないでまた降ろしていきます。
3本目の途中で風呂釜に届きました。無事どこも詰まっていなくて、ひと安心。
ちょっと気になるのが、うちの煙突、石綿製なのですが、一箇所ヒビが入っています。
それに今話題の石綿がそもそも問題ありますよね。
一難去ってまた一難。今度は煙突総入れ替えか?
これはもうちょっと様子を見て決めることにします。
古い家に住んでるとホントいろいろあります。
東海地方が大雪だということで、
方々から「お前のところは大丈夫か?」との問い合わせをいただいております。
白川村が一晩で2mほども積もったからね。
ご心配ありがとうございます。
おかげさまで無事に過ごしております。ご安心ください。

でも今や積雪は40~50cmになり、
地元の誰もが「1~2ヶ月早い!」と驚くような冬であることは確かです。
朝はマイナス11℃でした。
八ヶ岳にいたころも寒い冬を過ごしたことがありましたが、
12月でこのような気候は私も初めての体験です。
年が明けたらどうなりますやら。

マイナス10℃以下になるとさすがに空気が痛いです。
動いていないと手足の先から固まってきますね。
先日、師匠である八ヶ岳の仙人から電話がありました。
仙人は標高1400mあたりで店を開いています。
聞けばその辺りでは日中でもマイナス10℃だとか。
さすがの仙人も「寒くて指先が動かん。」とぼやいてました。

そんなこんなで、誰に会っても「寒い寒い」を連発する日々ですが、
ありがたいことに心の中はいつもあったかいです。
今年はいろんなことがあったけど、どれも嬉しいこと楽しいことばかりでしたから。

先日、家族で病院に検査に行った時のことです。
ロビーでU太をあやしながら待っておりましたら、
病院のある職員さんがずっとこちらを見ておられ、しばらくして近寄ってきました。
てっきりU太を見に来たのかなと思ったのですが、その女性が言うには、
「あなた達、ほんっとうに幸せそうですね。
まるであなた達の周りだけ違う世界かのような雰囲気が漂っていますよ。」
とのこと。続けてU太を見て、
「この子はほんっとうに幸せな子ね。こんなに幸せな両親に囲まれて。
全く羨ましいわ。」とニコニコされてました。

いやぁ~、それほどでも~。でもそうかな~。
大いに照れましたが、そういう風に声を掛けてもらってとてもとても嬉しかったです。
ますますこころがあったかくなりました。
このあたたかさで、冬を乗り越えようっと。
前回仕込んだビールについての報告をしておりませんでした。
毎回そうですが、仕込んだやつの最初の一本を開ける時は緊張します。
大抵は一回で約40本仕込みますので、
最初の一本の出来次第で残り39本の出来が分かります。

蓋を開けた瞬間、糖分が多すぎて「ボンッ」とはじけ、泡が吹き出すか?
気抜けしてスカスカのビール水に終わるか?
さて今回は?とワクワクするところですが、
実はもうとっくに飲んでおります。
今回は大成功!今までで一番出来がいいです。
これでしばらくの間、自ビールは安泰です。

さてお次は日本酒です。
日本酒と言うのは大げさですが、どぶろくを造ろうとしています。
先日、お隣の奥さんに頼んでおいた米麹が出来たということで、いただいてきました。
今回は約2升分の米麹です。
これで一体どれくらいのどぶろくができるかな?目標4升ですが。

造り方は奥さんから教えてもらいました。
まずは米麹を一晩広げて置き、翌朝には袋に戻してしばらく置いておきました。
次は大寒の時期に、炊いた米と、水を合わせてよく混ぜます。
最初のうちは朝晩2回混ぜ、その後も一日に最低1回は混ぜ続けると、
春には泡がプツプツと立ち始め、
それが一週間するとおさまったところでビンに移して出来上がりとか。
息の長い作業です。

今回は初めてなので失敗は覚悟の上。でもやっぱりうまく出来て欲しい。
これでもしどぶろくが出来れば、自ビールに続き、自酒の完成です。
うちの家計も大助かり。
そして実はその次も目論んでいます。自ワインです。
カミさんは気付いているか知りませんが、最近少しずつ葡萄の苗を買い集めています。
そいつを春になったら植え、出来た葡萄でワインを仕込む手はずになっています。
さてどうなりますか。

また、初夏には笹酒造りも狙っています。
今年はちょっとした手違いで失敗しましたが、
コツは分かったので、来年こそ成功させるぞと。
そんなこんなで自作アルコール、次は何にしようかとワクワクであります。

大成功!
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2005.12.19 念仏忘年会
昨夜は念仏の会がありました。
私の住む地区では念仏が盛んです。特に私の班が一番熱心です。
毎月の常会前にも唱えますが、それ以外に毎月18日は念仏の練習会をしています。
仏壇の前で三回拝み、般若心経に続いて、独特の節回しで念仏を唄います。
元はどの地区も同じ節回しでしたが、長い年月を経るにつれ、
班毎に微妙に変わってきたそうです。
私は特にどの宗教にも属していませんが、
地元の慣習に触れるという意味で参加しています。

さて昨夜は今年最後の会ということで、念仏の後は忘年会をすることになっていました。
会場のお堂に行くと、いきなり演歌のCDが流れ、気合十分です。
念仏は早々に済ませ、宴が始まりました。
近所の仕出し屋から惣菜セットを取り寄せ、乾杯しますが、
実はアルコールを飲む人が少ないのがうちの班の特徴です。

昔はよく飲んだらしいのですが、要は皆さん歳を取ってきたんですね。
結局私にどんどん注がれ、いい調子でいただきました。
おかずもあんまり食べないから、私一人で食ってました。
それでも宴そのものは盛り上がり、楽しく過ごしておりましたが、
ふと、「この念仏会はいつまで続くのかなぁ。」と考えてしまいました。

今回の参加者7名の中で、私だけが抜けて若いです。
他の若者は全くこの会には参加しないのです。
「年寄りと一緒に念仏なんて。」ということでしょうか。
もともとここで生まれ育ったらそうなるのかもしれませんが、
私のような外から来た者の方が関心を持って参加しているのも残念といえば残念。

今や念仏会を開いているところがここしかなく、
会を開くことのできない他の班の人がわざわざ参加しているのを見ると、
これはある意味で伝承文化ではないかとも思えます。
かといって、将来、誰も会に来なくなった時に、
「みんな念仏会においでよ。」と誘うほどに私も入れ込んでいるわけでもないので、
いつかは自然消滅するのかなぁ。

そんなことを考えているうちに宴も終わりに近づき、次回の打ち合わせが始まりました。
次回は何と朝から各家を周り念仏を唱える「念仏講」と言われる行事です。
行く先々でお小遣いをいただき、それでまた昼から飲むんですと。
それはそれで楽しみです。
これからも出来る限り私は参加し続けるつもりです。
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今となれば記憶があやふやなんですが、以前イッちゃん夫婦が遊びに来てくれた時に、
「鶏いりませんか?あげたいと言っている人がいるんですけど。」と訊かれ、
「食べてもいいんだったらもらうよ。」
「じゃあもらってきます。」という会話だったかと思います。

後で聞けば、その飼い主というのが長野県開田村のペンションオーナーと分かり、
わざわざそのために開田村までイッちゃんに取りに行ってもらうのもかわいそうだから、
私がいただきにいくことにしたわけです。それはいいんですが、
この時期にしては意外な大雪がやってきたので、事が大げさになってきました。

出掛ける前からカミさんやお隣のタケオさん夫婦、そして私の両親までもが心配して、
「開田村はここより雪がものすごいから、
もし厳しい様だったら途中で引き返してきてもいいんだよ。」と声を掛けます。
まるで戦地に送り出すような雰囲気だね。
でも確かに天気予報ではこの冬一番の寒気到来とかで、気を引き締めます。

今朝はマイナス8℃。この冬一番の冷え込みです。でも幸いに雪は少ない。
カミさんの作った弁当持って7時に出掛け、そろりと進みます。
雪道を走るときの私のモットーは、「笑うやつは笑え!」です。
とにかくゆっくり走ります。後続車が近づいたら、即、追い越させます。
その時にいつもつぶやくのが上のセリフです。今日も連発してました。

さてそんなにゆっくり走っても、意外に早く木曽福島まで進みました。
予想ではそこから開田高原に入ってからが難行苦行のはずでした。
でも意外や意外、大したことありませんでした。
思えば長野は雪に備えてもともと道幅が広いところが多いし、
雪かきもマメにやってくれるので、冬の運転はとっても快適なのでした。
ということで、途中ゆっくりとおでん食って休憩時間を取りながらも、
10時半には現地に着いてしまいました。全く拍子抜け。

しばらくペンションオーナー家族とお話し、早速に鶏を運び出します。
烏骨鶏2羽、名古屋コーチン1羽、赤鳥2羽の計5羽です。
皆さんこれからの人生の変化について全く知らされずに段ボールの中に。
全くあっけなく引渡しが終わり、帰路に。
一方、私は結構焦ってました。オーナーの鶏小屋を見て、
やっぱりうちのはこれではマズイと実感。
はっきりいってうちのは隙間だらけです。特に床がスキだらけ。
これはちょっと補強せねば、一晩にしてイタチかキツネにやられそう。

やや急ぎ気味で帰宅し、ブロックと丸太で補強です。
これで万全とは言えないけれど、ともかく一晩もってくれ。
明日から少しずつ補強するから。

ところで鶏の名前はもう決めてありました。
一羽だと「ぴーちゃん」。複数だと「ぴーちゃんら」。
どんな一羽でも「ぴーちゃん」です。
二羽以上ならどんな組み合わせでも「ぴーちゃんら」。
何故かと言うと、いざ食う時に愛情こもっていると絞められないからです。
そうは言っても名前で呼びたい。だからこのような呼び名になります。
そんなわけで「ぴーちゃんら」、無事新居にお移りになりました。
頼むから無事一晩持ってくれ。そう祈りながら夜を過ごす私です
雪に埋もれる我が家
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屋根に積もった雪はまだ解けず、30~40cmほど残っています。
トンネルを一つ超えて街に向かうと随分雪が少なくなるので、
やっぱりここ(加子母)は美濃ではなく、飛騨の気候だなぁと感じます。
お隣のタケオさんが言うには、この時期、普通はこんなに積もらないんだけど、
今は高山よりも積もっているらしい。
うちの写真も何となく高山っぽくないです?茅葺きじゃないけど。

今日、近所のスーパーで買い物をしたら、抽選券を一枚引くように言われ、
何気なく引いたら2等でした。
「では、プレゼント引渡しの場所に案内します。」と仰々しく言われたので、
さぞかしすごいものかと思ったら、パステルカラーの小さなツリーでした。
少々拍子抜けしましたが、それでも当たることは縁起がよろしくて気分いいです。

今年は当たり年でした。
旧正月に出雲大社に行ったらくじを配っていて、抽選で「米俵賞」とかいうのが当たり、
5kgの米俵と、何故かトースター、赤飯、地元のお菓子10種くらいを頂きました。
段ボール2箱をかついでタクシーに乗り込んだところ、運転手さんから、
「初めてでいきなり当たったんですか!
私なんて数十年引いてるけど当たったためしがない。」と羨ましがられました。

その他、仕事でもそこそこ調子良かったし、
無事新天地に越すことができたし、
何よりもU太が生まれたのが大当たりでした。
そんな年の締めに、地元スーパーで2等というのは上出来というものでしょう。
ここで勢いにのって年末ジャンボでもといきたいところですが、
こちらはそう甘くはないでしょうね。
せいぜい夢を一杯見て、師走を楽しく過ごすことにします。
昨日は東京ビッグサイトで「エコプロダクツ2005」
というコンベンションを覗いてきました。
これは多分環境関係では日本最大のイベントだと思います。
今年は約500社が参加したとかで、すごい人手でした。

まず驚いたのは子供が多いこと。小中高生がわらわらいます。
きっと社会学習で来ているのでしょうね。ざっと三割くらいいたかな。
各ブースもそれを見越してか、
やたらクイズやアンケートや教室で景品をあげるところが多く、
どこもにぎやかでした。
環境をテーマにしたイベントでこれだけ盛り上がる姿を見て感心しました。

私の今回の目的は二つありました。
一つは環境をテーマにしたイベントで、どれだけ盛り上がるかを実感すること。
これは先に述べたように、とても満足いくものでした。

二つ目は、各企業の「環境レポート」「CSRレポート」なるものを集めること。
環境レポートはその名の通り、
企業がどれだけ環境に対して配慮した活動をしているかを伝えるものです。

CSRとは、とっても平たく言うと「社会活動」です。
企業にとって商品の購入先だけに目を向いておればよいわけはなく、
地域住民、株主、学生、社員、取引先、
そして直接商品を買わない一般市民も大事な関わりを持ちます。
こういう「ステークホルダー」と呼ばれる全ての層に対して、
どれだけ企業活動の情報発信をしているか、
環境レポートも合わせてまとめたものがCSRレポートです。
日本ではここ数年、次々と企業不祥事が明るみになったことがきっかけで、
企業の姿を見せることが求められ、大手を中心に作るようになりました。
普通、このレポートはそれぞれの企業に問い合わせて送っていただくのですが、
今回のようなイベントだと一気に集められるのではないかと期待していたのです。

さて早速ブースに行って、「CSRレポートを下さい。」と尋ねます。
すると面白いですね。企業によっては即出してくれるところもあるし、
あるブースでは、コンパニオンにそこまで教育していなかったのでしょうね、
「C・S・Rですか?」と確認して社員に尋ねるコンパニオンも多く見かけました。
環境レポートだけというところもまだ多かったですが、
結局ぐるっと周って、30社以上のレポートをゲット。
ものすごい分量になったので、宅配で送ろうとしたら、26kgにもなっていました。
半日でこれだけの情報が手に入るとは上出来です。

各ブース、それぞれ趣向を凝らしていましたが、特に感心したのはゼロックスです。
わざとくねくねした通路を作り、
そこを通る客を社員が一人ずつ捕まえて会社の環境・社会活動を説明します。
それを見て、
まるで小腸に入った栄養分が柔突起で吸収されていくような光景が目に浮かびました。
また、「各社の環境レポートをチェックしよう!」という消費者団体のブースがあり、
壁には個人のコメントを書いた付箋が張られていて、例えば
「トヨタが環境優良企業だというのはおかしい。
これまで大量に排気ガスを撒き散らしてきた責任をどうするんだ!」
というコメントに思わずうなずきました。

また、松下のブースの一角には、
例の欠陥ヒーターについての回収告知をするコーナーがあり、
そこの担当の女性に、「大変ですねぇ。」と客がねぎらう会話が印象的でした。
他にも、引率の先生がまとまって休むスペースがあって、
そこでつい先生にインタビューしてみたら、何事かと先生引きつっていたり、
結構楽しい時を過ごしました。
いずれにせよ、環境や社会活動に関して関心が高まるのは良いことです。
エコプロダクツ2005、入場無料で17日までです。東京周辺の方には是非お勧めです。
2005.12.15 鎌倉ロケハン
昨日は鎌倉をうろちょろしておりました。
「鎌倉らしさ」を伝える映像づくりを目指して、そのネタを探しておったわけですが、
うちのスタッフはいつもながらこだわりが多く、
例えば大仏のような、ひと目みて鎌倉と分かるようなネタは嫌がります。
「おっ!この絵いいね、何!鎌倉?鎌倉にこんないいところがあるの?」
と思わせるような絵が欲しいのだそうです。

さて口で言うは易し、実際に探すのは難儀です。
事前にお互いに仕入れた情報を持ち寄り、前の晩に作戦会議。
いろいろ議論した挙句、やっぱり鎌倉って「寺、花、散歩」が売りなので、
とりあえずそういう現地を押さえながら考えようということになりました。

さて翌朝、タクシーをチャーターしてぐるぐる周ります。
鎌倉五山と、切り通しと呼ばれるいわゆる天然の関所巡りをします。
私が個人的に気に入ったのは、朝比奈の切通しと、浄智寺でした。
朝比奈の切通しは、丁度枯れ葉が舞い落ちていて、
何とも言えぬはかなさが演出されてましたね。
これまでも何度か鎌倉に来ていますが、小町通りとか見てもガサガサしているだけで、
ちっとも魅力を感じませんでしたが、この切通しを見て初めて良さを感じました。

浄智寺はね、一言で言って「おちゃめ」です。
何がおちゃめかって言うと、サイン(案内板)がね、何ともなごませてくれるんです。
今日は携帯で撮った画像を載せる術がないので、次の機会に紹介しますが、
思わずニヤッとするようなサインが随所にあります。
小さな寺ですが、とても気に入りました。

で、鎌倉ですが、要は関東の人々にとって、
数少ない「歴史」を身近に感じる場所なんでしょうね。
私のような関西人には奈良や京都が身近にあるから、
どうしても鎌倉は遠い存在なんだけど、
東京・横浜の人達にすれば気軽に歴史に触れられる場なんでしょう。

因みに、全く個人的なことで恐縮ですが、
ブログだから許されると勝手に解釈してますが、私は梶原景時の子孫です。
源頼朝が鎌倉で最初に立ち上がった時、大敗して洞窟に隠れていたのですが、
そこを捜索していた景時が多分頼朝に気づいていたんだろうけど見過ごして、
そのおかげで頼朝が助かり、その後景時を部下にしたというその人です。
でもその後、彼は結構評判悪く、義経が頼朝に会おうとしてもつながなかったとか、
その後の鎌倉幕府でも好き放題したとかで、歌舞伎でも悪役です。

子孫としては複雑な心境ですが、
それでも「梶原」という地名を通った時はそれなりに感慨深いものを感じました。
その後、一族は鎌倉を追われ、近江方面に移動したらしいですが、
なんだかんだ言って、今私がこうやって生きているんだから、不思議ですね。
そんなご縁を感じながら、ロケハンも無事終了し、また東京に戻りました。
2005.12.14 便利な図書館
仕事で上京しています。
一番の目的は鎌倉のロケハンですが、その前に東京で情報収集しました。
今回利用したのが「旅の図書館」です。
私は始めて使ったのですが、とても便利でした。皆さん、知ってました?

事の始まりは、ANAに電話した時のことです。
鎌倉の地域情報やいい写真を求めて、
書籍やインターネットではあらかた情報をチェックしていたのですが、
他に何かないかと目をつけたのが、機内誌でした。
ANAの「翼の王国」、JALの「ウィンズ」といったものですね。
そこで、「翼の王国」編集部に問い合わせたところ、
何年の何月号と指定してもらえれば出せるとのこと。

でもこちとらは、鎌倉に関して何号で取り扱っているのかが分からない。
編集部でもそこまでは付き合ってくれないですが、
「だったら『旅の図書館』に行けばいいかも。」と教えてくれました。
聞けば、そこは日本交通公社が経営する施設で、
旅に関する雑誌なら、バックナンバーを含めてかなり揃っているとか。
ただし、そういう施設は全国でも東京に一箇所あるだけらしい。
では丁度今回鎌倉に行くついでに寄ってくるかと、
東京駅八重洲北口隣、鉄鋼第二ビルB1Fにある施設に行ってみました。

そこは、それほど広くはないけれど、
確かに旅に関する情報は、今までどの本屋・図書館で見たよりも揃っていました。
結構人も来ていて、知ってる人は知ってるんだね。
目的の機内誌もありました。
一冊ずつ、過去5年分のバックナンバーをチェックして情報を入手。
難儀なのが、どの号も今回の目的以外の面白い記事が載っているので、
つい他の記事に目が行ってしまいがちなところです。
いやいや浮気をしてはいかんと、何度も誘惑に負けそうになりました。

貸し出しができないのと、コピー代が高いのネックです。
白黒で一枚30円、カラーだと100円。
今回は何とか内容を絞りましたが、それでも1500円ほどかかりました。
でも民間(公社)がやっているんだからしょうがないよね。
スタッフもとても親切で、仕事の合間をみて、他の資料を出してきてくれたし。
感謝です。
最後にとても良い情報も手に入り、大満足であとにしました。
これからもいざという時には利用しよう。
皆さんも是非ご利用を!
一昨日だったか、
私がこのブログで利用しているFC2の一日のアクティブユーザーが
楽天を越えたという記事を見て、
今までこの手のニュースはまるで気にしていなかったんだけど、
ちょっとコメントを覗いてみたら、すごい反響。

「私も楽天から移って良かった」というのもあり、みな大喜びの様子でした。
私のサーバーは第19なんだけど、これが今年の8月開設でした。
それが今では第41サーバー開設!。
テンプレートが豊富だったり、カスタマイズ度が良いことが人気の理由らしく、
カミさんもいずれは移りたいと言ってます。

それにしてもいったいどこまでいくんでしょうね。
最近、いくつかのサーバーで「動かない」「データが消えた」とかいう記事もあり、
自己防衛もしなきゃ。

これまた今まで全く気にしていなかったのですが、
たまたま「ブログファン」とかいう、ブログランキングに辿り着いたので、
しばらく眺めていたら、ここにも新しい世界がありました。
タレントでも結構マメに更新している人っているんですね。
有名な眞鍋かをりはもちろん、風見しんご、ラッキィ池田、山口良一とか。
他に知らないアイドルでしたが、一日に3~4回更新している娘もおりました。

先日本屋に立ち寄った時も、ブログに関する本が一杯出ていました。
曰く、「ブログは新しいビジネスチャンス」という論調のものです。
確かに自分が今書いていて、新しいメディアを見つけた気分にはなっていますが、
実のところこれがどういう拡がりを持つのかは見えていないところがあります。

パソコンやインターネットが出始めた頃にも割と早い時期に手をつけたのですが、
やっぱり先見性がないというか、ただ使っていただけです。
今、ITで成功している人たちはこういう機会を確実にものにしているんでしょうね。
私なんてパソコンの記憶媒体がカセットテープだった頃から使っているのにな。
まぁ、時代の波に乗ることを楽しむだけで、波を創る側のタイプではないのでしょう。
これからも自分の身の丈でぼちぼち書いていきます。
仕事柄、顧客にプレゼンテーション(提案)することがよくあります。
自分達であれこれ思案することもありますが、他のを参考にすることも多いです。
先日、仕事仲間から「最近のマンション販売のプレゼンはすごいよ。」と評判を聞き、
早速様子を見に行きました。

まずHPで物件を確認し資料請求してから、
マンションギャラリーでの説明を予約します。
その際、知人のアドバイスで、
「一人で行くより家族で行く方が対応がいいよ。」と聞いていたので、
今回は両親を誘いました。
見た目はまるで、
「親の資金援助をあてにして、マンション購入を検討している息子」風です。

さてマンションギャラリーに着くと、そこはプレハブとは思えないしつらえです。
まず、シアタールームに案内されました。
3Dサングラスをかけ、7分間の立体バリバリプレゼン映像を視聴します。
立地の優位性、超高層ビルからの眺めを始め、
オーナーなら誰でも行き来できる40F屋上スカイガーデンと
貸切パーティーが開けるスカイサルーン、
1Fも広々としたロビー等が紹介されます。まるでリゾートホテルか。
これらが全て3Dで再現されています。

さて映像が終わるとスクリーンが上がり、その奥に1/75模型がドーンと登場!
しばらく眺めていると照明が落ち、
各部屋に明かりが点いて一段と華やかさが演出されます。

お次はモデルルームの案内。
まずは今話題の耐震設計からじっくりと説明を受けます。
このマンションはクラス最高とか。
床の構造、排水システムに続き、玄関から一つ一つ説明を受けていくうちに、
「このマンションはすごいんじゃないか」という気になってきました。

一通り説明を受け、商談室に案内された頃には私も両親もすっかり興奮状態です。
担当営業の方には申し訳ないけれど、私達はお金もないし、全くの冷やかしです。
なのに、三人とも「もし手持ちの金があったら是非欲しい!」顔になっていました。

その後もいろいろ説明を聞き、私が一番驚いたのは、この物件、
もし自分が住まずに他人に貸しても、月22万円位で貸せるとの話。
何それ。そしたらそれだけで結構な収入じゃないか。
現実に、300室ほどあるうちのほとんどが既に売約済みで、
その多くが資産運用目的ですと。
こんな話を聞いていると、いよいよ第二バブル到来かと思ってしまいます。
とにかく立地良し、物件良し、コストパフォーマンス良しの
超お買い得物件であることは分かりました。
私達の物欲し気な顔を見て、営業はますます説明が長くなりますが、
幸いなことに私達はどの袖を引っ張っても金が出てこないので、
迷わずに退出することができました。お土産にプレゼンDVDもゲット。

それでも帰りの電車の中で三人とも大興奮。
「こりゃすごいわ。」「本当に欲しくなってきた。」
「今の家を売ってなんとかならんかな。」「何言うてんねん。足りんわ。」
「よし宝くじ買おう!」
私達は金が無いのが幸いしましたが、
もし本当に頭金でも手元にあったら、即予約したかも。
結局まんまとプレゼンの餌食になったのでした。
マンション・プレゼンテーション、恐るべし。
良い社会勉強になりました。
帰宅して親父が一言、「いやぁ、今日はいいアバンチュールやった。」
あのね、これはそういう時に使う言葉じゃないと思うんだけど・・・。
2005.12.10 鶏小屋づくり
週明けから降り出した雪は一旦40cmほど積もり、その後徐々に解けているのですが、
毎日少しずつ小雪が降るので、今は20~30cmほどです。
地元の人が言うには、「山が三回白くなったら、里に降る」らしいのですが、
今年はいきなり山も里も降って積もってます。意外と根雪になるかもしれません。

年末に鶏がやってくることになったので、小屋を作ることにしました。
地主さんがかつては犬小屋として使っていたであろう2畳ほどの牢屋が、
今はすっかり物置になっています。
そいつを鶏小屋に転用すると決め、まずは中のゴミを出す作業から始めます。

作業そのものは重労働ではないけれど、やはり足先が冷えます。
ここは歌でも歌おう!何か鶏の歌はないのか?
と、つい口をついて出てきたのが、
 ♪にわとりが翔んだ にわとりが翔んだ
  あなたは 一人で 生きられるのね
「かもめが翔んだ日」をもじった歌でした。
自分で驚きましたね。滅多に替え歌なんて歌わないのに。
それもなんで渡辺真知子なの?
まぁいいや。その後は延々こいつを歌って作業していました。
傍で見ていたら不気味だったでしょうね。

さて無事ゴミを取り出し、次は壁作りです。
キツネやイタチなどの獣に襲われないために小屋を守ります。
以前、鶏を飼った時、「獣は地下を掘ってでもやってくるから、
まずは地下数十cmまで掘ってブロックを埋めるように。
そして、どんな隙間も空けないように。ヘビが入るから。」と指導を受けたものですが、
今回はとても時間がないので、そこまで厳密にはできません。
とりあえず壁らしきものを作ります。

下半分は合板をめぐらせ、上半分は金網を張ります。
そんな一見簡単そうに見える作業でも、いざ始めると、
元々小屋の水平が取れていなかったり、
金網を止めるための梁をつけるのに苦労したりして、結局今日中には完成しませんでした。
夏だったら夕方一杯まで作業するんですが、冬場は時間が短いです。
U太(これから子供の名はこれでいきます)を風呂に入れなきゃならんし。
でも、大体メドもついたのでこれで良しとしよう。
来週末くらいにでも鶏をもらいにいくか。

まだ途中ですが・・・
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昨日、一証券会社の入力ミスで、
上場したばかりの会社の株が本来「61万円で1株」という売り注文を
「1円で61万株」と誤って入力され、市場が大混乱しました。
一説には300億円以上の損失が出たとか。
東証一部全体で見ても300円下がったとかで、これは相当な問題です。

たぶんたった一人のちょっとしたキー操作ミスで起こったことでしょうが、
これって他人事じゃないです。
例えばパソコンを使っていて、Enterキーをつい続けて打ってしまって、
パソコンが思わぬ判断をしてしまうことがあります。
私はまだ今のところそれほど大きな影響を及ぼすミスをしたことはないけれど、
今回ミスをした人、今頃どんな心境でいるやら。自殺するなよ。
あんたは姉歯のような確信犯じゃないんだから。

世の中進歩して、
ほんの10年前と比べてもパソコンで随分いろんなことが出来るようになりました。
私も仕事をする際、多くの恩恵を得ていますが、時々怖くなる時もあります。

昨日、ブログを更新した直後にコメントが送られてきました。
「ずいぶん寒いですねぇ」とかいうタイトルです。
あまりに反応が早いので覗いてみると、やっぱりアダルト系でした。
即削除。
また、たまたまあるブログを覗いてみたら、
そこはまだ一つしか文章を載せていないのに、
コメントが3つほど来ていて、その全てがブログネット勧誘でした。
中には「あなたのブログはとても良くできていますね。
ぜひ私たちに仲間入りしてください。」と誘っているのもあります。
そこのオーナーは「これからブログを書いていきます」
という文章一つしか載せていないんですよ。
あまりのいいかげんさに呆れてしまいます。

内容を読まないで送られてくるコメント。(たぶん自動なのかな)
ちょっとした操作ミスで何百億ものお金が動く市場。
こういう事例を目の当たりにすると、
世の中ますますリアリティが無くなってきたなぁと感じます。

また、私にはいまだに実感できないことの一つに、
例えば「上田ハーロー」とかいう会社で、
ドーナツ型のテーブルに向かって座っている数名の人たちが
何で円の価値を決めたり出来るんだろうということです。
もちろん売買の理屈は分かります。
でも政府系でも国際機関でもない小さな民間組織がそんなことをできることに、
やっぱりリアリティを感じません。

基本的に、アナログな人間なんでしょうね。
だからと言って世の中に背を向けるつもりもないのですが、
せめて日々の暮らしにリアリティを感じたいという気持ちがあるから、
田舎暮らしを求めるのかなと思います。
昨日は京都におりました。
でもまるで観光とは縁のないルートで仕事です。
昼食時にはたまたま京都駅ビルにいたので、さて何を食おうかと思案していたら、
目についたのが「京都拉麺小路」のポスター。
よし行くかと決めたのはいいのですが、なかなかそこに辿り着けない。

京都駅ビルの建築については設計コンペ時から賛否両論でしたが、
今改めて使う段になって思うのは、「とってもとっても分かりにくいです!」
目的地に行くのにね、何か素直に行けないんです。
これは私だけかと思っていたら、周りの人たちも結構迷っています。
見た目が地元らしきおばあちゃん達も、
「ここはよくわからん。」とぼやいていました。

拉麺小路はどうもどこかの10階にあるようなんだけど、どこの10階か分からない。
結局、伊勢丹の隅にある、まるで従業員用かと間違えそうな
小さくて殺風景なエレベーターで行けることが分かったけれど、
ご老人とベビーカーが一杯待っていたので遠慮して、
私は伊勢丹のエスカレーターで10階まで歩いて登りましたよ。
途中、「ここまでしてラーメン食いたかったっけ?」と自問しながら、
10階に着いた頃には汗をかいてました。

でもそこはお歳暮の催事場。客でごったがえしてました。
そこからまた迷ってようやく辿り着いた拉麺小路、昼時なのにガラガラでした。
絶対にね、案内不足だって!
きっと大勢の見込み客が辿り着いてないって!
まぁいいや。いろんなところのラーメンがあったけど、
私は迷わず『桂花』に。好きですねぇ、とんこつ。
京都であってもとんこつです。
ともかく腹はおさまり、無事京都をあとにしました。
それにしても京都駅ビル、もう少しサイン系を見直した方がいいんじゃない?
八ヶ岳にいた頃のファルコン
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以下の文章は、他の人のブログを拝見しているうちに、
いろいろ考えが広がってきたのをまとめたものです。
他人のブログにこんな長いコメントを載せるのは失礼ですし、
元ネタの内容と趣旨が違ってきたので、こちらで載せることにしました。

田舎暮らしをこれからしたいと考えている人にとって、
是非ともひと思案していただきたいことがあります。それは、
①田舎暮らしだからできること
②田舎暮らしでもできないこと
③田舎暮らしだからできないこと
この違いに早く気づくことだと思います。
というのは、これに気づかずに苦労している人を多く見かけるからです。
その最たる例がペット、特に犬についてです。

「田舎暮らしを始めたら、大型犬を飼って放し飼いしたい!」
今から10年ほど前、私が田舎暮らしを始めた頃はこういう人が大勢いました。
都会で犬を飼うには制限が多く、ましてや大型犬なんて夢のまた夢。
でも田舎に行けばそれが可能。しかも夢の放し飼いが出来る。
ハイジや名犬ジョリーの世界を実体験したいという、上記①の願望でしょうか。
実のところ、私もその一人でした。

私の場合、ひょんなことから本当に大型犬を飼う機会に恵まれました。
それもジョリーと同じ、グレートピレニーズです。名前はファルコンと名づけました。
早速どんどん夢が広がります。「こいつと草原を走り回って戯れたら幸せだろうな。」
でもその夢を調教師が早々に打ち破りました。
「masan、都会の人間の幻想を田舎に持ち込んじゃいけないよ。」
曰く、この世には犬好きと同じだけ、犬嫌いの人もいるということ。
犬嫌いの人にとって、犬が繋がれていないのは恐怖以外のなにものでもないこと。
それは都会でも田舎でも同じであること。つまり、上記②の現実です。

いろいろ制限やストレスのある都会暮らしをしていると、
「田舎に行けばこういう制限から一気に解消される!」
と夢見てしまうことって結構多いんですよね。確かにそういう面もあります。
例えば、今はうちの犬たちがいくら鳴いても近所迷惑にならないので、
その点は助かっています。これは①。
でも、だからと言って放せるかというと、これは難しい。
特にうちの甲斐犬・ゴンはもともと狩猟犬だから、
本当は放して猪や猿よけに活躍してほしい。
ご近所からもそのように期待されています。
でも現実に放せば、当然他人の畑に入るだろうし、糞もするだろう。
また、本人はじゃれているつもりだろうけど、結果的に人を怪我させたり、
犬嫌いの人を恐怖に陥れることになるでしょう。だから②。

こうやって文章を読むと「その通り」と思う人が多いと思いますが、
現実には、いざ田舎暮らしをはじめた途端に気持ちがゆるむというか、
急にわがままやルーズになる人を結構見かけます。
つまり、②を①と勘違いする人です。それも本人が気づかないうちに。
「田舎だったら、散歩の時くらい綱を離してもいいかな」なんてね。
そしてまた、田舎の人は外から来た人のそういう言動をしっかりと見ています。
だから、冒頭に述べた3つの違いについては本人がかなり意識をする必要があります。
ペットについては特に気をつけるべきですが、それ以外の場面も多くあります。

例えばつい最近のことですが、私が自分の庭に生えていた雑草を一本抜いて、
何気なく別の土地に投げ捨てました。
すると、たまたまその光景を遠くで見かけた地主さんが飛んできて、
「たとえ草一本でも、ゴミを他人の敷地に入れてはいけない。」と注意されました。
ごもっともで、お恥ずかしいことです。
今偉そうに書いている私も、こんなもんです。

また、八ヶ岳で田舎暮らしを始めた頃の柳生博さんが、
自分の土地に穴を掘ってゴミを焼いていたら、お隣の地主から注意されたとか。
「地下には枯れた樹の根っこが張っていることもある。
 安易に火を起こすと、その枯れた根をはって飛び火する」ということでした。
それを聞いて反省した柳生さん、石炉を組んでから焼くことにして、
今や石炉づくりの大家ですが。
これは③に近い②かもしれない。都会では起こりえないことですからね。

「そんなの言われなきゃ分からないよ。」という声もあるでしょう。
その通り。また、地域によってもその物差しは違うでしょう。
でも少なくとも、そういった物差しがあるということを自覚すべきだと思います。
ちなみに、柳生さんが教えられたのは「火の道」に関する話です。
他に「風の道」「水の道」などがあります。
田舎の人は自然とそういう感覚を身に付けていますが、
都会の人にとれば「何だそれ?」という感じでしょうね。

少し話がずれましたが、韻を踏んで続けますと、
つまりは「人の道」は都会でも田舎でも同じということだろうと思います。
(何よりも自戒を込めて書いていますが・・・。)
むしろ田舎の方がチェックが厳しいかな。
他にもっと泥沼の話も聞いていますが、また長くなるので今日はこの辺で。

生まれたばかりの頃のゴン
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今日、カウントが5000を越えました。
これまでよくぞ多くの人が読んでくださったと感謝です。
書き始めてから3ヶ月少々、書いた数は130ほどですか。
こんなに早く5000に到達するとは思ってもいませんでした。

以前、八ヶ岳時代にHPを立ち上げた頃、
まだ世の中にブログが無かった時代に日記を書いておりましたが、
その時は敢えてカウンターは付けませんでした。
読む人の数に一喜一憂したくなかったのです。
また、コメントの受け付けやチャットも付けませんでした。
自分の土俵にあんまり他人に入ってもらいたくない気持ちがありました。
それに、まだこの世界に対するルールができていなかった時代でもありましたので。

つまり全くもって自己満足の世界です。ただ日々日記をつけているだけ。
それでも結構読んでいる人がいたんですね。
いざ閉める時になって、多くのメールをいただきました。
中には、「このHPは私の心のオアシスでした」なんてメールをいただき、
ヘェ~と驚いたものです。結局その後再開して、今でも覗けるようにしていますが。

今回のブログは最初からカウンターやコメントを付けていますが、
これが大いに励みになっていますね。
やっぱり読んでいる人の断片が見える方がこちらのモチベーションが上がります。
他のところを見ると、たまに巨大な絵文字や猥褻な言葉で荒らす人がいるようですが、
幸いにまだこちらには来ていないようなので助かります。
できるだけ文字の力で、その時々の自分の姿を
自然な形でこれからも表現し続けたいと考えています。
これからも応援よろしくお願いします。
コメントもね。
2005.12.05 白い朝
畑も森も雪景色
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目覚めると、そこそこ雪が積もっていました。
平均5cmほど。吹き溜まりで10cm程度ですかね。
気温はマイナス4℃だけど、風がないからそれほど寒くはないです。
朝のゴミ出しに行ったら、ご近所の方も来ていました。
聞けば、例年は11月下旬に初雪なので、今年は遅い方らしい。

我が家の食事についてはカミさんのブログでよく紹介していますので、
私はあまり書かないことにしていますが、
今日の朝食を見て、つい書きたくなりました。

・玄米ご飯
・豆腐と大根の味噌汁
・切り干し大根とひじきのお浸し
・大根葉とじゃことゴマの炒め物
・レンコンソテー
・丸大根のゆず醤油漬け

畑の大根がいい感じになってきたので、大根メニューが重なっていますが、
まさに冬らしいメニューだなと感心し、朝から頑張るカミさんに感謝です。
こういう食事をしている間は、健康を維持できそうです。
幸いにもこの冬はまだ風邪をひいていません。
これからどういう冬の暮らしになるのか、楽しみです。
2005.12.04 冬本番
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Vestaさんの要望もありましたので、ガラス越しの解体新書、載せときます。

今日は初雪。日中でも氷点下でした。いよいよ冬本番ですね。
私達はこの土地の真冬を知らないので、どんだけ寒くなるか楽しみです。
私は八ヶ岳、カミさんは信州安曇野その他、いろんな寒冷地を体験していますので、
外気が寒いのは平気です。
でも私は家の中は暖かい方がいいので、暖房はしっかりとります。
今日も窓の外にうっすらと積もる雪を見ながら、
家の中でぬくぬくとしていることに喜びを感じました。

今日のメインは年賀状書きです。
まずはリストを作成します。毎年新しい知人や縁が薄くなる人がいますが、
今年は知り合った人の方が多いらしく、全体的に増えて400通を超えそう。
そして印刷です。
先日、カミさんの友人・イッちゃんが年賀状用の写真を撮ってくれましたが、
どれも良い出来栄えで、絞り切ることができません。
そこで、来年のデザインは4種類にしました。
送る人を見て、その場の判断でどれにするか決めます。皆さんお楽しみに。

そして宛名書きとコメント書きを始めました。
以前も書きましたが、宛名とほんの一言のコメントは手書きするようにしています。
その一瞬だけでもその人のことを考えながら、実は割とさっさと書いていきます。
夕方までに50通完成。このあともう少し書けるかな。

午後、イッちゃんから電話がありました。
前回来てくれた時に話題になっていたことなんですが、
ある人が飼っている鶏を手離したいと考えていて、引き取り手を捜しているとか。
「食べていいんだったらもらうよ。」と返答していたら、
先方もOKで、できるだけ早く取りにきて欲しいとのこと。

そう言われても、まだこちらは受け入れ態勢ができていません。
畳2畳ほどの旧犬小屋を改造して鶏小屋にするつもりではいましたが、
その小屋は今、物置になっています。
中身を全部取り出して、網を張ったりすると、丸一日以上かかるだろうな。
とにかく来週中にその作業をすることにして、
再来週にいただくことにしました。
そのいただく場所とは長野県開田村とのことで、一日仕事になりそうです。

聞けば鶏は全部で5羽。5羽のためにわざわざ一日使ってという見方もありますが、
これは田舎暮らしに限られたことでなく、
「話の流れに乗る」というのは、とても大切なことだと私は考えています。
一見、割が合わないように見えることでも、実はその先に大きな縁があるかもしれない。
この土地との出会いや、吉村先生とのご縁も同じでした。
だから決して無駄ではない。表現しにくいけど、直感です。
それを知ってか、カミさんも一緒に行きたいと言いますが、
そうすると当然悠太も連れて行くことになり、鶏が乗らなくなるので今回は我慢。

ところで、今回いただく鶏、名古屋コーチンや烏骨鶏もいるらしい。
しかもまだ卵を産むやつもいるとか。
果たしてどいつが卵を産むのか、有精卵なのか、見極めが必要ですが、
もし、これで烏骨鶏が増えたら大笑いですな。
果たしてそうなりますか。これもお楽しみです。
2005.12.03 津山考
今回は、大阪から一旦広島に行き、その後、岡山は津山に移動しました。
岡山駅から津山駅までの長かったこと!各停で100分かかりました。
しかも下校時の中高生に囲まれてうるさいのなんの。
宿についてその話をすると、「よく電車で来ましたね。」と笑われました。
大阪からだと、中国自動車道を使って高速バスで来る方が早いし安いらしい。
今回は広島経由だったからそれはないとしても、次からはそのパターンにしよう。

その夜は名物キジ鍋をいただき、観光パンフなんぞ読んでおりましたら、
結構面白いネタがあるではないですか。
私は最近、「出雲の阿国」の本を読んでおりました。
歌舞伎の始祖・阿国については残されている事実が少ないので、
この本に書かれていることもフィクションが多いと思いますが、
それでも事実と思われる話もあります。
それによると・・・

阿国が京で出会い、愛し合った人に名古屋山三(名護屋山三郎)という人がおりました。
この人、笛の名手ですが、元は武士。阿国と懇ろになったものの、
「いつかは一国一城の主になりたい」という思いは消えず、
津山藩の主となった森忠政(織田信長に愛された森蘭丸の弟)に
実の妹が嫁いでいる縁を頼って、阿国を捨て、津山に行ったのです。

森忠政はその頃、津山城をどこに建てるか熟慮しており、
山三は京にいた時の風潮から、「もはや戦うためではなく治世のための城が必要」
と平地での築城を提案し、忠政もその案に一旦乗ります。
その場所は今の津山城跡よりも西の場所(院庄あたり?)。
ところがそれを聞いて反対したのが、忠政の伯父にあたる井戸宇右衛門という人物。
ずっと主に従っていた人間にとり、
京から突然やってきた者に平城を提案されたのが面白くなかったのでしょう。
従来通り、戦うための山城を提案します。
かくして両者は争い、ついに山三は斬られ、宇右衛門も死にます。
結果として津山城はかつて山名氏が築いた山城跡に再度築かれることになったとか。

つまり、ひょっとして津山市は今とは違う場所に発展していたかもしれないわけですね。
「時代はその時動いた」津山編というわけでしょうか。
最近読んだ本にちなむ土地に来られたことで、何やら縁を感じました。

また、津山は洋学(蘭学)者を多く出した土地としても有名らしく、
飛び込んだ洋学資料館の館長とお目にかかり、実にいろんな話を伺いました。
そこには何とあの解体新書の原版も展示してあって、
何冊かあるうちの一つらしいけど、こんな有名なものが、
とっても素敵な、でも小さくて場末の資料館のガラスケースに収まっているのが
何とも不思議な気がしました。
津山、なかなかあなどりがたい街ですね。

「あぐり」のロケ地にもなった津山高校
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