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5/27に新天地である岐阜県加子母にて引越し荷物を受けました。
ここは春までは加子母村だったのですが、合併して中津川市になりました。
でも普段の暮らしは旧加子母村が基本ですし、
私達もこの地域名が大好きなので、ただ「かしも」と呼んでいます。

引越しの日、私の両親が大阪から手伝い&様子見にやってきましたが、
来て早々、もともと家の中にある荷物の多さ、雑然さにしばし呆然としておりました。
「一体何から手をつけたらいいんやろ・・・。」とつぶやいたお袋。
それから気を取り直し、とにかく前の住人の荷物を外に出すことに専念してもらいました。
この時に出たゴミは半端じゃなかったです。ざっと挙げますと、
タンス・本棚類が20個、布団が20組、座布団が50~60枚、食器類は1000・・・
といった具合です。

こんな状態でした
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さて、引越し後にやるべきことのリストアップは一段と増えました。
前の住人の荷物の片付け、自分の荷ほどき、家の改修、近所づきあい、
妊娠生活、仕事、山入り、畑仕事・草刈り等々。
これらの作業はいまだに続いておりますが、きっと終わることはないでしょう。

6/29、車が壊れました。
それまでも篠山から加子母までの長旅を何往復もしてくれた我が愛車:
サンバー・クラシック。
緑色のボディなので「みどり」と呼び、北海道にも一緒に行くなどいつも一緒でしたが、
17万キロ走っていよいよへばってきました。
実はそれまでも時々止まることがあって、周りからはかなり不安視されていたのですが、
だましだまし乗っていました。
ところがその日、大阪の高速道路走行中についにギブアップ。
JAFを呼び、結局近くのディーラーで応急処置してもらい、
やっとのことで加子母に戻りました。

流石に田舎で車がないのは不便です。それからいろいろ探して、
インターネット販売で、静岡のディーラーが安売りしている新古車を見つけ、購入。
パジェロミニなので、「パロー」と呼んでいます。
今ではすっかり頼りがいのある足になっています。
みどりはその後も軽トラとして地元で活躍しています。

8~9月、建物にとって一番のイベントは、床抜け部屋の改修でした。
床が抜け、根太も基礎もガタガタだった部屋を、
お隣のタケオさんの助けを借りて板張りに改修しました。
たった一部屋の改修だけど、家づくりの基本を学んだとっても意義ある経験でした。
続けて、隣の居間の畳張替え、建具の改修など、いろんなことにも手を出し、
なんとか住めるようになったのは大収穫でした。

9/13、息子が産まれました。
そのくだりは過去のブログで十分ご報告しましたので省略しますが、
とにかくその場に立ち会うことができたことで、実に多くのことを学びました。
世の父親達は是非その場に立ち会うべきです。その後の子を見る目が変わると思います。

そして子を授かった吉村医院が本当に良かった。
いろんないきさつを経て辿り着いた場ですが、これも何かの縁だと思います。
吉村先生との出会いも素晴らしいご縁でした。
随分年上で、社会的にも上の方に対して言うのも失礼ですが、
親友に出会ったような気持ちがしています。
これからも何かと教えを授かりたい気持ちで一杯です。

U太が生まれたその瞬間から育児が始まりました。
私はたまに相手するだけだけれど、
四六時中相手しているカミさんにはホント頭が下がります。
最近はU太も自我が生まれてきた様子で、カミさんをしっかり認識しています。
それは全くその通りだなと納得です。私のことはぼちぼち覚えていってもらおう。

年末になり、また仕事が忙しくなってきました。
加えて大雪です。家でいろいろやろうとしていたことがほとんど全てストップ。
それでも毎日大忙しなんですから、かえって大雪で助かったのかも。
予想していたよりも厳しい冬ですが、
考えようによっては、季節感があって良いとも言えます。
むしろ日々の変化を楽しんでいきたいものです。

こうやって一年を振り返り、一言で言うと、「生きてきたなぁ!」という実感です。
今までもそれなりに充実した暮らしをしてきたつもりですが、今年は濃かったです。
やっぱり、新しい暮らしが始まったこと、そして子供が生まれたこと。
この二つは大きいですね。

これから先、全く不安が無いと言うと嘘になりますが、
今感じている充実感と幸福感を忘れずにおれば、きっとなんとかなる、
と達観している自分がいます。
来年以降、一体どうなりますか、本当に楽しみです。
今年一年間、楽しかった!来年もきっとね!
ではみなさん、良いお年を!
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