もりのいえ 山暮らし日記

・・・・・岐阜の山里での田舎暮らし。自然の中で、自然に学び、そして真剣に生きたいと願うmasanの日々の想い。

何のために生きているか?って?

昨日の夕方、久しぶりに吉村医院に電話しました。
年末に吉村先生から「会いたいね。」と電話をいただき、
早く行けたらと思ってはいたのですが、
なかなか時間を取れないでいました。

ところで、カミさんは先月、美濃加茂で「おっぱいマッサージ」なるものを受け、
その後順調におっぱいぴゅーぴゅーだったのですが、
やはり日が経つと出が不規則になるようで、また行こうかと話しておりました。

ところがよく調べると、岡崎にもおっぱいマッサージをしてくれるところがあります。
だったら来週にでも岡崎に行こう!そして吉村先生と会おう!という具合に話が進み、
先生の都合を聞くために電話したのでした。

昼過ぎに電話した時は、ちょうど診察が終わって先生はお休み中とのことでした。
でも受付の方が私達のことを覚えていてくれて、「夕方また電話してください。
きっと先生は喜びますよ。お話したがっていましたから。」と言ってくれます。
受付の方にまで私達の仲が知れてしまっているのか。
何だか嬉しいような、照れ臭いような。

そして夕方、そろそろ電話をしようとしたその時に、先生から電話あり。
以心伝心とはこのことか。
先生、少々お疲れの様子でした。「最近、難しいお産が多くてね。」とため息。
私達が伺いたいと願った日は、
「その日は医院にいるよ。いつもは3時頃まで診察がかかるけど、ちょっと早めるかな。」
なんて、診察に来る人には申し訳ないコメントです。

聞けば、最近はますます一人ひとりにお話する時間を多くかけているそうです。
「お産は一時の出来事じゃないですからね。人生そのものなんです。
だからその人生の送り方について、ついつい話をしてしまうのですよ。」
「でも先生からマンツーマンでそういう話を聞ける人は幸せですね。」「そうかね。」

また、話の流れでこんなことも。
「世の中の医者に対して、『あんたは何のために生きているのか?』と聞いて、
答えられる医者はどれくらいいるでしょうかね。」
私は何とも返せないでいましたが、先生は続けて、
「例えば、道端で同じ質問をしても、きっと答えられない人が多いでしょうな。
情けないことです。昔の人はそんなことは当然のように分かっておった。」
そんな話を聞きながら、「はて、私だったらどう答えるだろうか?」と思案してしまいました。

電話を切ってから改めて考えるに、私だったら次のように答えるかなと。
「まずは妻や子供のために。次は自分の夢の実現のために。ひいては社会にご恩返しをするために。」
別の見方では、「肉体という衣をいただいているこの生を精一杯生きるために。」

同じ質問をカミさんにしてみました。すると、
「masanとU太をしあわせにするために。それがイコール自分がしあわせになる。」
と返ってきました。
私と同じようで違います。しあわせに「するため」なんだそうです。
ほう、なるほどと感心しました。
加えて、「『しあわせ』はひらがなよ。」と念を押します。
こういうところもカミさんらしいです。

さてさて、来週うまく吉村先生と会えますように。
失礼ながら、その時だけはお産がないことを祈ってしまう狭量な私です。

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