もりのいえ 山暮らし日記

・・・・・岐阜の山里での田舎暮らし。自然の中で、自然に学び、そして真剣に生きたいと願うmasanの日々の想い。

はしたない行為って?

ご飯を食べる時に、おひつや鍋にこびりついた飯粒をどうしますか?
私は以前からわりとマメにしゃもじでへつっていた方ですが、
最近はそれに加えて、最後はスプーンですくったり箸でつまんで食べています。
こういうのは世間の常識では「はしたない」行為なのかもしれませんが、
二年前から私の認識が変わりました。

ニュージーランドのレインボウ・バレー・ファーム
(もしくはこちらに)に滞在していた頃の話です。
オーナーのジョーは、かつて100カ国以上を放浪するうちに世界中で飢餓に苦しむ人々と接し、
食べ物に恵まれることのありがたさを痛感したとかで、残飯を決して残さない人でした。
だから食事の最後はスプーンで鍋底をすくって食べていました。
私にはその姿が美しく映りました。だからうちではその行為を真似しているのです。

でも最近になってふと思うのは、
「この姿をU太に見せて良いものなのだろうか?」ということです。
食べ物のありがたさを伝えることはとても大切だと思うのですが、
この行為をあたりまえのこととして身につけて社会に出た時にギャップが大きいかな?
たぶん子供同士の社会に触れた時からそういう戸惑いが出てくるかも。

そういう視点で見ると、うちの暮らしは世間と違うところが結構あります。
白米は出ないし、味噌汁のだし用昆布や鰹節はそのまま具として入っているし、
テレビは観ないし、薪風呂だし、お父さんは坊主頭だし(関係ないか)・・・。
一つひとつについて私達夫婦は納得づくというか、むしろ美徳だと感じているのですが、
U太にそういったことがうまく伝わるかな?

そんなことを考えているうちに、カミさんが敬愛する版画家・江崎満さん
のご自宅を訪問した時の会話を思い出しました。
「美術や芸術をやるのではない。自分というものを思う存分やりたい。」
とおっしゃる江崎さんは、作風そのままのとても豪快かつ素直な方で、
子育てものびのびとされていました。
「うちの子らは二階の窓から小便をしよる。ある時は玄関の前に野グソをしておった。」
とカラカラと笑っておられました。

そうだよな。いちいち気にしていたらきりがない。
むしろ私達が納得して自信を持って生きている姿を見せることが大切で、
きっと子供はその背中を見ていてくれるだろう。
それにしても、しつけってどうしようかな?まずは自分を見つめる必要があるな。
そんなことを考えながら、今日もまたご飯をへつっております。

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