出会いが広がる |
|
2006-02-13 Mon 14:11
さてまずは最初のきっかけをいただいたSさん宅へ。
村人もめったに登らないという山道を車で行きます。 うちの周辺とは違って、まだ雪道です。しかも半端に溶けているので危ない危ない。 慎重に進みます。 ようやく到着してお宅訪問すると、とっても素敵な建物です。 玄関の右手がアトリエ、左手が住居です。 数年前に建ったらしいけど、まだ木の香りがする。 住居スペースは天井が高く、広々としたスペースで、 暮らしの機能がコンパクトにまとまっています。 聞けば昨日会ったN工務店の仕事とか。なかなかやるじゃないかと感心。 Sさんのご主人とご対面しました。もしかしてこれから仕事の縁があるかも。 そして、その場にHさんも呼んでいただきました。 実はお隣にお住まいなのですが、家の前が凍っているので、 冬の間はあまり行き来をしないとか。 Hさんはしっとりとした優しい趣きの方でした。 私達夫婦のことは既に他の人から聞いていたとのことで、 こういうところはさすが田舎です。 いろいろお互いのことを紹介し、質問して楽しく過ごしました。 Hさん、音楽中心にいろいろ活動されているようでして、例えばこんなのも。 私達がこれからやろうとしている暮らしについては、 「是非応援します!」と言ってくれました。 また、吉村先生の講演会や、パーマカルチャーの地域展開など、 これからやりたい地域での活動についてお話したところ、 「この話だったらAさんがいい、その話はBさんにしたらきっと乗ってくれるわよ。」 と教えてくれました。 帰り際、かしものうたのCDを5枚購入しました。 こういうものって、一度作った後、 次のをとなると結構エネルギーがかかるものですから、在庫があるうちにゲットです。 一枚500円というのも手頃です。 私は頼まれた訳じゃないけれど、そして当然私にアフィリエイトもつきませんが、 このCD、是非お勧めします。在庫僅か!問い合わせてみてはいかが? ・・・(かしも通信社) そして私達はSさん、Hさんと出会いがつながり、 ますます広がる予感を感じて帰宅しました。 |
つながる出会い |
|
2006-02-13 Mon 14:02
今朝は地元の通称アトリエ村に行ってきました。
アトリエ村とは、加子母が村だった頃にできた場所でして、 住居兼アトリエの建物が4棟あります。 そこにアーティストを招き、暮らしながら活動してもらおうという試み、 前の村長さんの発想らしいですが、素晴らしいことです。 アトリエ村の住民(?)さん達のことは移住する前からちらっと伺っていました。 きっと何か共通点があるだろう、会ってみたいなとは感じていましたが、 移住してしばらくの間、実はつい最近まで、自分達の暮らしづくりに追われ、 なかなか動き出せませんでした。 きっかけは子どもです。 今年度子どもを産んだおかあさんの集まりがあって、そこにカミさんが行ったところ、 アトリエ村に住むSさんと出会ったのです。 その場で自己紹介をするうちに、カミさんに興味を持ったのか、 Sさんがうちに遊びに来てくれました。 Sさんは陶芸家。ご主人はデザイナーということですが、プロデューサーに近いかな? 次はSさん宅をお邪魔しようと話していたら、また次のきっかけが。 アトリエ村住民でピアニストのHさんが中心となって、 地元の子ども達と一緒に加子母の歌を作っておられました。 タイトルは「かしものこころ」「ささゆりが好きだよ」 「帰ろう、加子母 ふるさとへ」などなど。 この曲はナント毎朝・昼・夕に、加子母全域に流れているのです。 私達はこれらの歌が大好きです。 私なんて時折涙がこぼれます。何となく懐かしいんですよね。 加子母の住民になったばかりなのに。 だからこれらが入ったCD『MY SONG KASHIMO かしものうた』が発売されたと聞いた時、すぐに購入しました。 やがて分かってきたのは、こういう活動をしている人たちが集まり、 「かしも通信社」なるものを立ち上げ、 毎月「かしも通信」を発行していることです。 かしも通信は、毎月の常会で配布されていたので知っていましたが、 有志で発行していることは知りませんでした。 彼らの活動は昨年の朝日新聞・天声人語にも紹介されました。 そしてある時、かしも通信社のブログをチェックしていたカミさんが、 「CDプレゼントキャンペーン」なるものをやっているのを発見しました。 抽選で5名に当たるとのこと。 既に持っていたけど、思わず申し込み。そして当たってしまいました。 このいただいたCDは先日吉村先生にプレゼントしました。 そしてこんなことが続き、次第に「この歌を作曲したHさんに会いたいなぁ」 との思いが募り、今日訪問したという訳です。 なんていきさつを書いているうちに、随分と行数を食ってしまったではないか! |
この地のために |
|
2006-02-13 Mon 06:29
昨日は普段からお世話になっているN工務店・N社長の自宅を訪問しました。
私達が初めて加子母(かしも)の地にやってきた時、 最初に出会ったのがカズニさんというとても面倒見の良い方と、N社長でした。 その場で私達の夢を語り、その夢を実現できる場所を探していると伝えた時、 「じゃあ、あんたの学んできたという山菜料理をわしらに食わせてくれ。」と言われ、 その場で20種ほど採ってきて調理し、食べてもらいました。 いわばテストだったのですが、その場で皆さん 「こんなものが食えるのか!だったらこの村で山ほど採れるぞ。」と驚かれました。 そして「是非この村に来てくれ。加子母とあんた達の仲人にならせてくれ。 あんた達が住むのにいい家を探すから。」と言ってくれたN社長の熱意にほだされ、 やがてすぐに願い通りの家を見つけてくれました。 だから今私達はこの地にいるのは、カズニさんやN社長とのご縁のおかげなのです。 その社長と今日はいろんなことを話し合いました。 その中でも盛り上がったのは、これからの加子母についてです。 私がパーマカルチャーについて説明し、 最近手に入れた、知人が訳した「子ども達が作った食べ物の森」という本を見せ、 「こういうのを加子母でやりませんか?例えば薬草で。」と誘うと、 「いいな。わしはもともと子ども達と果実園をやりたかったんだけど、 これから考えよう。」ということに。 また、社長が「わしはこの地域のために何ができるかとずっと考えて 『地域産業』をやってきたつもりだ。会社を伸ばせば良いというものではない。 人はいかにして一生をまとめるかどうかだと思う。」とおっしゃるのを聞き、 まるで吉村先生と同じじゃないかと感じたので、先生のことを紹介しました。 すると、「よし、吉村先生を呼んで講演会をやろう。会場は心配するな。 宿は、うちが先日移築した古民家があるから、そこに泊まってもらおう!」と即答。 これで一人、協力者ができました。あとはやはり女性のパートナーを見つけたいです。 他にも、以前社長が続けていた「加子母を語る会」を復活させようとか、 加子母の幼稚園と小中学校を合わせて 12年間の一環教育システムを作る教育特区を申請している話とか、 この地に移住してきた多彩な人々と交流を深めようとか、 話題は尽きず、3時間半も話し込んでしまいました。 最後に社長から、「あんたもいずれは人を使うようになるだろうし、 是非そうなってもらいたい。その際には是非若い女性を使ってほしい。 男性は力仕事ができるが、あんたには女性を知的仕事で育ててほしい。」 と言われました。 ほう、そんなことは考えたこともなかったです。 つまり社長はこの地で人材を育てたいんですね。 「加子母の一番の財産は人だ。」と口癖のように言っている意味が一つ分かりました。 そう、財産は育てるものなんだ。お金よりももっと価値があるものを。 ここ最近、吉村先生との問答もあり、 「私は何のために生きているか?」と自問し続けていますが、 だんだんと、「家族や、この地(加子母)の人と自然のために」 という答えに集約されつつありました。 まさにそのタイミングに合わせて、実現に向けてのレールが現れたかのようにも感じ、 「いよいよコトが動き出したか?」とワクワクしてきました。 |
|
| もりのいえ 山暮らし日記 |
|
