FC2ブログ
3月に入り、ようやく山に入りました。朝食前から入ります。
特別に何と言う目的も無いんですけどね、とにかく山を歩きたかったんです。
そしてやっぱり私は「何か採れないか」というハンターの目をしておりました。

でも当たり前ですが、春は標高の低い方からやってきます。
だからまだ山には何も無い。
年末の大雪のせいか、ヒノキの若木が大きくたわんでおりました。
F1000070.jpg

こんなにたわむんだね。
次は山を下りて川に出ました。でもこの辺りの川縁はやっぱりまだ何もない。
本気で山菜を狙うならもっと下の地域でしょうね。
八ヶ岳で修行していた頃も、この時期はかなり里に下りていました。
明日からはちょっと場を変えよう。

いずれにせよ、やっとそういうモードになってきました。
自然の中に身を置く喜びを感じます。
そして歩きながらいろいろ考える時間もできました。
「そういや、この地域に、薬草に詳しい人がいたよな。今日、訪ねてみようか。」
そう考え出すと、もうワクワクです。

朝食後、厨房リフォームについて業者さんが改めて来てくださり、再度ご相談。
結構大掛かりなリフォームになりそうです。
その後確定申告に行って、思ったよりもお金が戻ることが分かり、ニコニコ。
そして午後はひと仕事ありました。前からやりたかったイベントです。
それは、「ウドの株分け」。

借りている土地に地主が育てているウドの株がありました。
でもこいつら、昨年は採られた跡もなく、ただただ育っておりました。
今年になって相談したところ、「株を取って分けてもいいよ。」
と了解を得たので、時期を狙っていたのです。

こういう株はいつまでもそのままにしておくと窮屈になって育ちが悪くなります。
だから早々に分けるに限ります。それも春が来る前がいいのです。だから今が最高の時期。
それにしてもここ数年株分けしていなかったのか、かなり大きくて固い!

やっとの思いで取り出してみると、既に親指ほどの若芽が出ています。いい頃です。
今回、何と20株に分けて植えることができました。
私はウドの若い葉の天ぷらが大好きです。
葉の中では一番好きと言ってもいいかな。うーん、楽しみです。
ちなみに若芽ではコシアブラが大好きです。
F1000069.jpg

ご機嫌で帰宅し、今度は外出。朝に思いついた「薬草に詳しい人」を訪ねます。
見当をつけて家を見つけ伺うと、当然ですが最初はうさん臭げな顔をされました。
でも事情やいきさつを説明すると、
「masanのことは聞いていましたよ。まぁ上がりなさい。」とあっさりと上機嫌に。

田舎はこれがすごいです。最近は特に感じますが、
周りの方が既に私のことを知っています。
居間に案内され、改めて自己紹介し、
「是非薬草のことについて学ばせてください!」とお願いしましたら、
とても喜んでくれました。

その方、ワタルさんと言いますが、この界隈では一番の薬草知りの方だそうです。
でも本格的になったのはわずか5年前だとか。
知人が病気になるを見て、薬草でなんとかならないかと考え、
岐阜の大学で学ぶうちに自分の畑で育てるようになり、
今では120種ほどは分かるようになったとか。

「この地域はもともと薬草が400種ほどもあったとかでとても豊富だったんだけどね、
ヒノキの植林をするようになってから数は減ってきたようだ。
でもまだ奥地には種があるようだから、
5月頃になったら一緒に山に捜しに入ろうか?」と誘ってくれました。
ものすごく嬉しいです。
私が満面の笑顔でいるのを見てワタルさんも喜んでくれ、
「次の世代の人が関心を持ってくれるのは嬉しいね。」と言ってくれました。

微妙な違いですが、私がこの先、店の食材にと考えているのは山野草です。
でもこの機会に薬草も学んでおくことで、その知識と経験は必ず生かされるはず。
それを喜んで教えてくれる人が目の前にいるのだから、
この機会を逃す訳にはいきません。
お互いに出会いを喜び、これからのお付き合いを楽しみにして別れました。

ここ最近いろんな出来事が続いていますが、昨日は目に見えて成果のあった日でした。
それを祝して、お風呂で酒盛りをしました。
気分良いですなぁ!
一昨日の話になりますが、大塚国際美術館なるところに行ってきました。
知る人ぞ知る、という美術館らしいですが、私は全然知りませんでした。
今回仕事で香川・徳島に行く用事があったので、最近知り合ったOさんが
この美術館を作る仕事に関わっていた事を思い出し、電話してみました。
するとOさん、「じゃあ私も行って、ご案内しますよ。」
そんなわざわざ申し訳ないです。

でも結局上司も一緒にいくことになり、三人が鳴門大橋のたもとにある現地に集合。
大人一人の入場料が3150円かかるところをタダにしてもらって入場。恐縮です。
入り口からとてもとても長いエスカレーターで昇って着いたところが地下3階。
どうなっとんじゃ!
そこから先は学芸員のガイドつきで案内していただきました。

大塚グループ創設75周年事業で、総事業費400億円をかけて作られたこの美術館。
いやぁ、すごいわ。
世界25カ国、190以上の美術館の選りすぐりの絵画を全て「陶板」で
原寸再現した1000点以上の作品群に圧倒されました。
最初はね、「何だかんだ言っても所詮陶板でしょ。焼き物でしょ。
本物の絵画とは違うわな。」とタカをくくっておりましたが、
本物とまるで変わらないでやんの。参りました。
しかも本物の絵画はいつかは劣化するけれど、これらの陶板は1000年くらいもつらしく、
「いずれは本家を超えてやる」という野心も見え隠れします。

また、これらの作品のとても面白いところは、「触ってもいい」ところです。
陶板だから。
で、お言葉に甘えて触らせていただきました。モナリザの唇。
馬鹿みたいな図ですが、結構ドキドキして愉快でした。
でも、額は触ると痛むから触らないでくれと頼まれました。
特にモナリザの額は高かったらしい。
CIMG0496-2.jpg

一つ一つの作品をじっくりと見る時間がないので、さらっと流して3時間!
リピーターが多いのも分かります。
海外に行く前に、一度ここで洋画の基礎勉強をしてから出るのもいいかなと、
真剣に考えました。

その後、Oさんの計らいで大塚グループ本家をご訪問。
陸上部の部長さんを紹介していただきました。
さすが運動系、元気ハツラツとした方です。
帰りに、新製品でまだ鳴門エリアでしか販売されていない
「飲む点滴」をお土産にいただきました。
これを飲むと酒に酔わないし、酔った後に飲むと酔いが覚めるらしいです。

他にも、大塚国際美術館の前にある建物は、琵琶湖ホテルをそのまま真似て作ったとか、
美術館のミュージアムショップで当初大塚グループの全商品を売ろうとして、
アース製薬の殺虫剤を並べたら大ひんしゅくだったとか、
(ボンカレーは今でも売っている)
いろいろ豪快なお話を伺いました。
いやはや大塚グループ、あなどれませんな。
翌朝は町長、助役にご紹介いただきました。
加子母の現状をお伝えすると、
町長は「ヒノキの町でも苦労しているのですか!」と驚かれた様子。
そして、『地域材を使わない→森が管理されなくなる→土地が荒れる→
災害が起きやすくなり、鹿や猪などの居場所がなくなる→
彼らが里に下りてきて田畑を荒らす→農家がますます苦しむ・・・』
という悪循環が続くことに心を痛めておられました。

また、「この国土の何千年という歴史の中で、
『自分達の木を使わない』という初めての事態が起きているのに、
国はまるで危機感が無い!」と怒ってもおられました。

その後、いろいろお話を伺っているうちに、意外に思った点がありました。
それはこの先この町をどうすればよいか、相当悩んでおられるということです。
簡単に言えば、「皆、町の現状を見て課題を認識してはいるが、
それを整理してまとめ、次なる方向性を示すことに苦慮している」
というところでしょうか。

こんなことは、「地域活性化の成功例」と持ち上げられているこの町では
とっくに議論し尽くされているのかと思っていました。
要はどの地方も同じ課題を抱えているということですかね。
いやこれは地方に関わらず、また民間企業でも同じことなんでしょう。

町長は、私を連れてきてくださったKさんに
今後の町の経営について相談されていました。
こういう、外からの声を謙虚に聞く姿勢があるところは立派だと思います。
CIMG0466-2.jpg

さて庁舎を後にして、最後に町の「売り」である「妻物」を
実際に作っている現場に案内していただきました。
現場と言っても、普通の家です。
そこで一人のおばあちゃんが採ったばかり桜のつぼみをパックに詰めていました。

「その1」にも書きましたが、このシステムのすごいところは、
地元のお年寄りが労働源である点です。
そして彼らがファックスやパソコンでセンターからの通知を受け、生産している点です。

このおばあちゃんは80歳を過ぎていましたが、
パソコンで商品の出荷状況を確認していました。
それにしてもパソコンが立ち上がるまで、
正座してじっと待っておられる姿はかわいかったです。
CIMG0472-2.jpg

このシステム、今は一般電話回線を利用していますが、
近々光ファイバーが通るそうです。
マイクロソフトが「モデルケースとして是非協力させてくれ」と言ってきたとか。
一つ抜け出た地域には周りも注目し、さらにその地域が発展するのかもしれません。

そう言えば、横石さんや町長が、
「これから数年で、元気な地域とそうでない地域の格差が広がるでしょうね。」
とおっしゃっていました。
結局は地域間の競争になってしまうのかなぁ、と一瞬虚しく感じましたが、
私は私で自分の地域のために何ができるか、
いよいよ真剣に考える時がきたように思います。
そんなことを考えながら、上勝町を後にしました。

上勝の皆さん、ありがとうございました。今後もご指導お願いします。
お会いした横石さんは、「笑いじわの多い人だなぁ。」という第一印象でした。
20代のころからずっとこの地のために奮闘してきた横石さん。
私より3歳上とのことですが、とてもそうは見えない大人の方でした。
紹介してくださったKさん曰く、
「一言二言の判りやすい言葉で状況を整理して周りを納得させ、
即実行し、後ろに引かない人」だそうです。
学ぶ点は多いです。

夕食を共にしながら、いろんな話をうかがいました。
最近、視察の申し込みが多すぎて戸惑うほどだそうです。
それでも「人が来てくれる。見てくれる」というのは
地元のご老人にとれば生活の張りになるらしく、
近頃は皆さんの顔に照りが出てきたとか。
「やっぱり、皆さん、社会との接点を持っていたいんでしょうね。」
ふむふむ。

横石さん、今まで紆余曲折があったようですが、
「とにかくこの地を大事にしたい。」、そして
「結局はおばあちゃんを裏切ることはできない。」
という熱い想いが支えになっているそうです。
「そしてね、最終的には農村における『家族』というものが一番大切なんじゃないかと、
最近になってつくづく実感しているんですよ。」

私に対しては、
「今の仕事内容にしては、当たりが柔らかい人ですね。」と言ってくれました。
また、「地域の方があなたの声を聞いてくれるようになるまでには10年くらいかかる
と覚悟しておいた方がいいですよ。」とのアドバイスもいただきました。
実際にいろいろ経験してきた方の言葉は重いです。

有意義な夕食の後、地元第三セクターが経営する交流センター「月の宿」で一泊。
宿に関してはさほど期待はしていなかったのですが、
セミダブルベッドが余裕の綺麗なツインルームでビックリ!
デンマークのグリーンキーホテルとかいう認定項目を参考にしているということです。

例えば、電力・水道の無駄を省き、ゴミは34分類し、生ゴミは堆肥や家畜の餌に。
全館禁煙で、壁には地元産の杉や珪藻土を使用し、
食事には有機野菜を多く使用するなどなど、徹底されています。
洗面所には手作りのオリーブオイル石鹸が置いてあり、
「お願いですから持って帰ってください。」とメッセージが書いてありました。
町の心意気を見た気がしました。

浴場は、20畳はあろうかという岩風呂浴槽の温泉で、
夜中に入った時には私一人しかおりませんでした。
地元の方や京阪神のレジャー客、視察団などで年間20万人がやってくるらしいですが、
その夜は何だか大名気分でゆったりと過ごさせていただきました。

豪華な朝食
F1000071.jpg

昨日から今日まで、四国に行っておりました。
岐阜の山村から名古屋・岡山経由で高松へ、
そこで一仕事して徳島は上勝町まで移動して一泊。
上勝町と聞いてピンッとくるあなたは地域活性化についてよくご存知ですね。
「かみかつまち」と読むこの町は、徳島県の中央にある、2000名強の小さな町で、
よくある高齢者率の高い田舎町です。いや、よくある以上のど田舎です。

この町が何で注目を浴びているかというと、こういう物語があります。
昭和56年、この町を大寒波が襲いました。
杉中心の林業とみかんで成り立っていた町は壊滅状態に。
このままでは町の存続が危ぶまれた時期、一つの転機が訪れました。

ある人物、横石さんと言いますが、
当時20代のこの方が大阪の料亭である光景を見かけました。
料理が運ばれた時、隣に座ったOLが、料理ではなく、飾り物をとても褒めたのです。
これを見て、彼は
「これだ!こういう飾り物、つまり妻物ならば、上勝にもある!」と直感したのです。

国に帰った横石さん、早速妻物を流通するシステムを作り上げました。
これが他所の真似できないすごいところなのですが、ポイントは3つあると思います。
・地元のお年寄りに材料を集めてもらった。
・各家庭にファックス(のちにパソコン)を置き、ネットワーク化(イントラネット化)した。
・集出荷支援システムを構築した。

このシステムは大成功を収め、町は復活しました。
やがて全国から視察が殺到し、小泉首相も見にきました。
今年の元旦にはNHKで45分の特番があり、その反響たるやすごかったらしいです。
最近行われた全国の自治体への調査で、
「手本にしたい自治体ブランド」の工芸品部門で11位!
これは石川の加賀友禅、滋賀の信楽、長浜のガラスを抑えてのことです。

2003年には全国初「ゼロウェイスト宣言」を発表。
つまり、上勝町から一切のゴミを出さないと宣言しました。グリーンピースも絶賛!
ということで、今や全国から注目を浴びている山間の町なのです。

この町の大変革を起したきっかけとなった横石さん、
今や妻物のシステム管理を行う会社の副社長ですが、
この方にずっとアドバイスをしてきた知人のKさんの紹介で、
今回の訪問が実現しました。
(つづく)