村上さんが逮捕されました。
彼がやったことの功罪について敢えてコメントする気はないです。
ただ、電車の切符売り場に置いてあったスポーツ紙によると、
今回彼は「人生で初めて闘うのをやめた」とか。
すごいね、ずっと闘っていたんだ。

私なんぞ、闘ったり、すかしたり、逃げたり、休んだりと、
いろいろやってきましたから、何を今更というところもありますが、
ふと「私の転機は今までどれだけあったろうか?」なんて考えてみました。

そこで今回は、名づけて「我が半生(前半) あの時のあの判断が人生を変えた。
もし違っておればきっと今頃は・・・」編です。
ただし、「あの頃にもっと勉強しておれば」なんて、実現性の低い仮定はしません。
あくまでも、「その時々の私の判断や対応が違っておれば」という視点で進めます。

18歳:大学と学部選びの時
今から思えば、当時の成績の安全パイを選んだように思います。
もう一段上の大学だとボーダーラインギリギリでした。
要はもう一歩踏み込む勇気がなかったのです。
その当時の私はそんなことだらけでした。

また、理系を選んだけれど、実は物理が大嫌い。
なのに物理そのものの土木を選んだ私って何?
これで人生変わりましたね。

21歳:卒業後の進路選びの時
私にはとても入りたい組織(教育機関)がありました。
大学4年の夏、そこに入るための申請をし、様々なテストをハッタリで通過して、
いよいよ最終関門のトップ面接の時にミスをしました。

それまでと同じくハッタリをかますつもりでいたのですが、突然止めたのです。
要はそのトップにはハッタリがきかなかったとも言えます。
おかげでその方にはその後の人生を示唆してもらいましたが、
もしハッタリのまま受かっていたら、
これまたかなり違った人生になっていただろうなぁ。

20代:何事においても、
とにかく我が強かったです。
今でも我は強い方だと思いますが、当時は今の百倍くらい強かった。
「お前な、俺が俺がの『我』で生きず、おかげおかげの『げ』で生きるんだぞ。」と
上司が諭す言葉も聞き流しておりました。

また、酒の席で先輩から「お前、俺の酒が飲めんのか?」とからまれると、
「はい。あんたの酒なんぞ飲めません!」とタンカを切って帰宅していました。
その当時、もう少し素直に立ち回っておれば社交性も身についたろうに、
と振り返る様な場面が目白押しです。

ここまで思い出してみて考えるに、若い頃の私は不安で一杯だったのでしょうね。
それを隠すために表向きは背伸びをして我の強さでごまかしていたけれど、
そして、それはそれで人生を楽しんでいたんだけれど、
実は中身が無いことを自分自身がよ~く知っていて、自信がなかったのだと思います。

今日はここまでです。