やっぱり烏骨鶏だ! |
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2006-09-30 Sat 06:05
![]() 烏骨鶏が卵を抱いておりました。 うちには烏骨鶏2羽、名古屋コーチン1羽、普通の赤鶏1羽がおります。 夏の間はほとんど産まず、「もう打ち止めか!」とガッカリしておりましたが、 鶏小屋の外に柵を作って日中は出してやるようになると、やおら産み出しました。 やっぱりストレスが溜まっていたんですかね。 特に最近は草刈りをした後の草を入れてあげると、とても喜びます。 これまでは4羽で一日1個のペースでしたが、 2〜3個産む日もあり、調子はとてもよろしい。 でも実はちょっとした悩みがありました。 「どいつがどの卵を産んだのか分からん!」というものです。 (本当にちいちゃな悩みですね。) でも昨日、烏骨鶏が抱いていた卵は明らかにそいつのものだと確信できます。 理由はほれこの通り。 ![]() 左が普通のSサイズくらいかな。だから右のはとても小さい。 烏骨鶏の卵は小さいと聞いていましたが、ちょっと小さ過ぎないか?というくらい小さい。 でもこれは間違いなく烏骨鶏のものでしょう。 皿に割ってみると、なるほどプリンとしています。 そして烏骨鶏の卵と言えば、「箸でつかめる卵」! では早速試してみましょう。ということで、やってみました、箸つかみ。 成功です。 ![]() 食べてみると、うん甘い! これが一個100円するのかと思うと不思議ですが、ともかくありがたみのありそうな卵です。 そして私のブログをお読みでしたら想像がつくでしょうが、 私は「どうやって烏骨鶏を増やそうか?」と、もうワクワクになっております。 来春くらいからヒナを飼おうかな? |
B級グルメ大好き! |
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2006-09-29 Fri 07:58
私は今でこそ家ではカミさんの手料理で
玄米菜食中心の健康的な食事をいただいていますが、 もともとは大衆食堂のコテコテB級めしが大好きです。 特に丼もの、麺類は大の大の好き。 カツ丼、天丼、親子丼、鰻丼(これは贅沢?)、天津丼、チャーハン、マーボー丼、 カレー、ハヤシ、牛丼、豚丼、照焼丼、鉄火丼、うにいくら丼(これも贅沢?)、 鹿丼、猪丼(これらは仙人小屋の名物)、 豚骨ラーメン、かき揚げそば、さぬきうどん、きしめん、・・・ ああ、もうたまりませんな。 東京で暮らしていた頃は、下町のB級グルメ系の店を訪ねて歩いたものです。 一番印象に残っているのは、 柴又帝釈天の商店街で食った油コテコテの天丼と、食後の草団子です。 そしてこれは決してB級ではないけれど、 永田町の天ぷら屋で名物特大かき揚げ丼を食っていたら、 福田元総理が「よっ!」とか言いながら入ってきたのには驚きました。 話がそれましたが、私は大衆食堂の風情が好きです。 ファミリーレストランって、外観が「どうぞお入りください!」と 客に媚びていません? その点、大衆食堂は、「親父が背中を向けて調理している」風情が醸し出されています。 初めてそういう店に入る時は、こちらもなんだかドキドキします。 入ってしまうと実は大したことないんだけれど、 それでもたまに「当たり」の店に出会ったりすると、 「俺はこんな店を知ってるんだぞ」みたいな、ちょっと自慢気になったりします。 実は中津川にもそんな気になる店がありました。 加子母から国道256号線を中津川市街に向けて走り、付知町を抜けた辺りに立つ食堂。 『芝カ瀬食堂』と看板が出ています。 ![]() ここの噂はお隣のタケオさんから聞いておりました。 そして注文するメニューも決めておりました。 『どてめし』です。 『どてめし』、いい響きですねぇ。いかにもB級の香りがします。 名前を見てだいたいの想像はつきますが、 一応「一見さん」なので何も知らないふりしてお店のおばさんに尋ねました。 「『どてめし』って何なんですか?」 「それはね、牛の筋を煮込んだやつを丼飯にかけたやつだよ。」 「じゃぁ、それください。」 他のメニューは意外に値が張り、トンカツやから揚げ定食が900円ほどするなかで、 『どてめし』は何と500円! もうワクワクですね。 やがてやってきた『どてめし』。期待を裏切らない風情をしておりました。 見るからにコテコテです。 ![]() 何だか酒が欲しくなりますね。 正直言って、ご飯が倍欲しいくらい味が濃ゆかったです。 でもこれぞB級!わたしゃ惚れました。 そして昨日からおでんも始めたらしく、一本70円ですと。 これから先は「どてめしにおでん数本」パターンですね。 道を行く楽しみが増えました。 |
デジタル化する |
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2006-09-28 Thu 06:53
9/3のブログでグーグルについて書きましたが、
そこで紹介した本を親父に見せたところ、とても関心を持ってくれました。 もともと親父は会社経営者でしたがその会社はたたみ、 その後労務管理のコンサルタントなんぞしておりました。 今は悠々自適の暮らしです。 それまでの経験もあり、マーケティングにとても関心を持っています。 そんな親父ですが、 「最近マーケティングの実態が変わってきている」という感覚は持っていたようで、 この時に読んだこの本はかなりヒットしたようです。 そしてついに本の要点をまとめたレポートを自力で書いてしまいました。 何度か読み直して、要点を引き出し、自分でパソコンに打ち込んだらしい。 私に差し出した資料は全16ページ!72歳でよくぞここまで書き込んだものです。 このことだけでも、我が親ながら大したものだと思います。 ところがその内容はさておき、ちょっと大変な事実が明らかになりました。 両親の家にパソコンがやってきて約1年。 最初のうちは私が使い方を教えていましたが、 パソコンに教育ソフトが入っていたので、その後は自習にお任せしておりました。 時々「ここはどうするんや?」と訊ねてきますが、 それほど大した問題ではなかったので、 「もう結構なレベルにきているな。」と楽観しておりました。 ところが、一昨日分かったのは、 「ファイルの保存の仕方を知らなかった!」という事実です。 これは本人以上に私がショックでしたね。 ご本人はコトの大きさをあまり分かっていないようでしたが。 つまりこうです。 親父は「グーグル本」を自分なりに整理しようとして、 パソコンで打ち込み始めました。 やがて文言はA4版1ページ一杯になりました。 早速出力してみると、なるほど1ページ分印刷されてきます。 続けて文章を打ち、同じく印刷しようとした親父。 すると、1〜2ページが印刷されてきます。 これは印刷モードで「すべてを印刷する」になっていたからだと思いますが、 そこまではチェックしていないものだから、親父考えました。 「1ページ目が不要なんだ」と。 そこで1ページ目分を削除して、2ページ目分だけにしてから出力します。 そうすると確かに2ページ目分だけ出力できますが、 当たり前ですが書き続けて3ページ目に達した時に、さっきと同じ現象に出会います。 そこで今度は2ページ目分を削除して3ページ目分だけを出力したそうです。 つまりいつも1ページ分しか画面上には存在しないわけです。 ということは、それまでに作った資料は全く保存されていないことになります。 これは誰に教えてもらったわけでもなく、自分で「発見」してしまったテクですね。 こういうのを自分で工夫できるのは、親父のすごいところでもあるのですが・・・ そういう作業を繰り返してできた資料16ページを見せてもらいました。 とても良くできています。 でも、悲しいかなこれらのデータは全くデジタル化されておりませんでした。 つまり、今手元にあるアナログレポートだけが唯一の資料なのです。 この事実を知った時、 「アナログからデジタルへ」情報を変換することの意味を改めて自問しました。 親父は「これでいい。」と言います。手元にレポートが残ったから。 私「せっかくここまでまとめた情報をデジタル化しなくてどうするの?」 親父「こんな内容を残してどうする?」 私「こんな内容こそ残さなきゃ!」 情報の貴重さはさておき、ここは私に委ねていただいて、 コピー機でスキャンしてOCRソフトでデジタル化をさせてもらいました。 でもこの機能、97%しか復元力がありません。 97%というと確度高そうですが、 「2〜3行に三箇所誤字がある」というと結構なものでしょ? とにかくその誤字だらけの文章を出力して、 親父に改めて赤入れしてもらうことにしました。 これでこの先、一旦作った文章を使いまわししたり編集することができます。 親父は自伝も書き始めておりました。聞けば170ページ近くになっているとか。 それらも当然ながら保存せずに1ページずつ出力しては消していたので、 全くデジタル化されておりません。 次はこの自伝のデジタル化か? でもまだ今のうちに気づいて良かった。 そして、「デジタル化する」ということの持つ意味を改めて考えさせられた時でした。 そもそも「デジタル」が暮らしに入ってきたのって、いつからだっけ? |
少子化で笑えない話 |
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2006-09-27 Wed 07:55
新内閣が発表され、組閣メンバーを何となく眺めていました。
少子化担当大臣を紹介していたところで、 ずっと昔に読んだ星新一さんのショート・ショートを思い出しました。 30年以上前に読んだ本なので、とてもいいかげんな記憶ですが、 確かこんな内容だったと思います。 ・・・・・・・・・ 時は近未来。 ある家庭の一人っ子・タカシ君(ネーミングに他意はありません)、 自宅で勉強をしていたら、いつもの時間になりました。 両親がタカシ君を居間に呼び、テレビを観るように勧めます。 さてテレビではある番組が始まりました。 それは男女がお互いを誘惑し、服を脱ぎ、次第にまぐわっていく映像です。 それを観て興奮してきた両親は、タカシ君に尋ねます。 「どうだい?興奮してきたかい?」 タカシ君、「うん。とても興奮してきたよ。」と答えます。 それを聞いた両親はとても安心します。 でも実はタカシ君、両親を安心させようと気遣ってそのように答えたのでして、 内心はそういうことには何の関心も持っていないのです。 そしてこのテレビ番組、 子作りどころか、Hそのものに関心を持たなくなった世相に危機感を持った政府が 提供していたのでした。 ・・・・・・・・・・ この本を読んだ時、「そんな時代がくるわけない。」と思ったものですが、 何だか笑えなくなってきましたね。 今はまだ「子供を持とうとしないが、Hは好き」な時代なのかもしれませんけどね。 誰も子供を産まなくなったら、そこで人類の歴史が止まります。 戦後は5近くあった出生率が、今や1.25と言いますので、冗談でなくなってきたかも。 かくいう私もつい最近まで子供を持とうなんて思ってもいなかったわけで、 人のことを言えないのですが、今は声を大にして言えます。 「みんな、Hして、ちゃんと子供を産もう! 育てよう! 大きな満足が得られるよ!」 税収不足だとか年金対策だとか言う前に、この喜びについて、 今度の少子化大臣にはちゃんと言ってもらいたいですな。 |
祭りのあと作業その1完了! |
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2006-09-26 Tue 05:04
薪ストーブについては過去にいろいろ書いてきました。
以下、タイトルとは異なりますが、薪ストーブ選びの経緯です。 10/30 厨房にキッチンストーブを置きたい! 11/03 厨房よりも居間に置こうか。(何故か写真がすり替わっている) 02/16 やっぱりキッチンストーブがいい! 02/17 どうしよう?キッチンストーブ選抜 02/22 キッチンストーブ鍛冶屋さん見つかる? 02/27 オリジナルストーブ決定! とまぁ冬の間わいわい言ってようやく決まったわけですが、 その後は図面をやりとりして製作依頼をお願いしておりました。 そして今年も冬が近づき、いよいよ「薪ストーブ早く欲しい熱」が出てまいりました。 昨日、鍛冶屋さんに電話したら、 10月中には納品してくれるということですが、間に合うかな?というところ。 それはそれとして、私の方も受け入れ準備が必要なのでした。 その一つが「床下の補強」です。 元々床が抜けていた部屋を補強したのが昨秋。 おかげで我が家で一番強い部屋になりましたが、 薪ストーブやピアノを置くほどは想定していなかったので、 いざ置くとなると補強が必要なのです。 ところが難儀なことに、既にガシガシに床材を貼り付けてあるので、 今更剥がすわけにはいかない。 だから隣の部屋の床下から移動することになります。 そこで選ばれたのが隣の和室の居間です。 ここは畳の下が薄い板張り一枚なので、出入りが簡単なはず。 でも「床下に入る」なんてこれまでの人生を振り返ってみてもやったことがないので、 どの程度の労働なのか想像がつきません。 えいままよと、とにかく畳を上げ、板の間を剥がしにかかりました。 これが結構重労働。釘の頭が全て朽ちているので、釘抜きで抜けない! やっとの思いで二枚分はがし、ようやく侵入です。 ![]() このあたりの動きは是非映像で収めたかったですねぇ。 気分は映画『ショーシャンクの空に』ですが、 何故か頭の中のBGMは『史上最大の作戦』。 高さ40cmほどの隙間を這って進んでいきます。 この作業、やってみて初めて分かったけれど、背筋をとても使います。 何度もブロックを運んで、それらを狭い隙間の中で積み上げる度に、 普段使うことのない背筋が悲鳴を上げます。 「もしここで地震がきて、床が崩れたら?」と一瞬考えました。 これまでは「もしそういう場面に出くわしても、 身体に乗っかったものをどけりゃ脱出できるよ。」 という気持ちが頭の片隅にありましたが、 今回、そういう安易な気持ちは吹っ飛びましたね。 ここで床が落ちてきたら、どうしようもないです。 無事そういう事態にはならずに、ブロック14個を積み上げ、作業完了! たまたまやってきた建具屋さんが、 「ここまでやれば十分だね。」と太鼓判を押してくれました。 あとは床上の、ストーブを受ける足場作りと、天井の遮熱処置だけです。 これらは何とかなるでしょう。 ![]() それにしてもホント少しずつ夢が実現していますかね。 まさに半歩ずつですが、何とかここまでやってきました。 午後には久しぶりに草刈りも始め、ようやくようやくです。 「祭りのあと」が一つ片付きました。 |
休養日 |
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2006-09-25 Mon 16:32
一昨日の祭りの後の宴会の、そのまた後に二次会に行きました。
若い頃はそういう飲み方もしたけれど、歳をとるにつれて深酒がこたえるようになり、 次第に一次会のみで失礼することが多くなっているのですが、 今回だけは自分を許しました。 この地区唯一のスナックで、貸切状態で実に楽しく過ごしました。 途中、何の話だったか忘れましたが、突然笑いが「はまって」しまい、 腹がよじれるほど笑い続けておりました。こういうのもとても久しぶりです。 よほど気持ちが開放されていたんでしょうね。 そして夜中に帰宅。 実はその夜は、まっちゃんはじめ、カミさんのブログ友達が3組お泊りでした。 そおっと家に入り、待っていたカミさんと少し会話しただけでそのまま爆睡した私。 明けて昨日の朝ですが、目が覚めるとものすごいガラガラ声。 いったいどれだけ大声張り上げていたんだろう?記憶にございません。 しかも腹筋が痛い。よっぽど笑い転げていたんだね。 そして今度はカミさんがまっちゃんの自宅に泊まりにいくということで、 朝から全員で出掛けていかれました。すれ違いの私たちです。 私はこの日は「休養日」にしました。 のんびり過ごして、ゆっくりブログ書いて、おもむろに家の片付けと掃除です。 その後、9/21に書いた自分のブログを眺めながら、 「祭りの後」の身の振り方について考えました。 まずは「床下の補強」かな。これは今日やることにしました。 そして「草刈り」か。家の周りは相当ひどいことになっているからなぁ。 ちょっと気になるのが、家の前の畑に植えた苗木たちが元気ないことです。 つい数日前までは元気な葉をつけていたユリの樹も、いきなり弱っています。 ここ数日の晴れ間続きで、土の水分が抜けてしまったのかな? いずれにせよ、家の外のことにはほとんど関心を払っていなかったので、 これからはちょっと注意が必要です。 「ハレ」の日が終わって、ようやく「ケ」(日常)の始まりです。 |
水無神社秋季大祭2006! |
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2006-09-24 Sun 16:22
数日前の「雨」の予報が嘘のような秋晴れを迎えました。
これもひとえに関係者の普段の行いが良かったおかげでしょう。 私は前夜酒を断ち、早寝して朝はすっきりと目覚め、快便快調です。 集まった皆さんもとてもすがすがしい笑顔。 まずは我が「上(かみ)」の山車の前で記念撮影。 まるでサッカーの試合前のような気分です。 ![]() こちらは「下(しも)」の方。前夜に私が感嘆した「角領」地区の皆さんです。 この地区はとても郷土愛が強く芸達者な人々が多く、 何をするにしても徹底的にそして統制のとれた行動をとられます。 だから記念撮影一つとっても我が「二渡(ふたわたり)」と雰囲気が違います。 整然としている。 ![]() 祭りと言えば酒がつきものです。朝のお神酒に始まり、ずっと酒が振舞われます。 でも私は日中から酒を飲むと動きが一気に鈍くなるので、 今回は飲み方に気を使いました。 午前中二度あったお囃子の合間も、 皆がガンガン飲んでいるのを横目にビールをちびちびしておりました。 周りは「どうした?飲みが足りんぞ!」とからかいますが、 午後の本番を終えるまではじっと我慢です。 その本番までにも様々な行事が行われていました。 これは巫女の舞ですね。 「娘に巫女をさせたい!」と願う親は結構多いとか。分かります。 私も娘ができたら思うだろうな。 ![]() そして中学生以下の「男女対抗剣道大会」が開かれました。 加子母はとっても剣道が盛んで、子供の全国大会の常連とか。 でも昨日の大会はまさにお祭りモードでして、 面・小手・胴に風船をつけ、それを割れば勝ちというもの。 多少のパフォーマンスも許されており、二刀流の子供もいました。 最後の大将同士の決戦では、 体中に風船をつけて(多分20個以上はついていた)闘っておりました。 ![]() さていよいよ本番。 山車に乗り込んだ我々のお囃子とからくり人形の舞いを終えると、 そのまま綱で山車を曳いていきます。 その距離わずか100mほどのゆるやかな坂なんですが、それがなかなか前に進まない。 曳き手は厄年の男(25歳、42歳、60歳)です。 彼らは我々以上に酒をガンガンに飲まされ、 二本の綱で山車を引き上げようとしますが、 お互いに邪魔をしあって前に進ませないのです。 (下の写真は別のHP(2003年版)から引用しました。 私はそれどころじゃなかったので。) ![]() 綱を曳き手に絡めたり、逆方向に持っていったりします。 ![]() 足元をすくわれると、こうなります。 よく救急車が出るとか。昨年大腿骨を折った人はまだ直っていないらしい。 この祭りが「けんか祭り」と呼ばれるのはここからきています。 ![]() 綱を曳く間中、山車に乗った私達 (『役者』と呼ばれます。人生で初めて役者と呼ばれ、これまた愉快。) はずっと演奏を続けています。 1時間を超えると酸欠になってきますが、 途中お茶を二度含んだ以外は全く休まずに吹き続けました。 この時すでに私は「ハイ」になっていたんでしょうね。 山車の中心に座り、明らかに酔っておりました。 やがて山車は拝殿の前まで曳き上げられ、大きな拍手を受けて到着しました。 山車の中では役者達が雄叫びを上げ、皆が満面の笑顔で握手を交わしました。 私は素晴らしい達成感に浸っておりました。 今の自分のレベルとしてはほぼ完璧だったかな。 まるで映画『天使にラブ・ソングを2』の中に入ったような気分。 まさに「ハレ」の場でした。 山車から降りるとカミさんがU太を抱いて立っておりました。 「本当に満たされた顔をしてるね。」とカミさんもニコニコ顔。 今回は一人、子供が参加していましたが、 いつかU太がこういうことに関心を示してくれるといいな。 「さぁ飲むぞ!」といただいた枡酒をぐいぐいあおる私。6〜7杯はいったかな。 この後に下の山車が登ってきてから最後のお囃子がありましたが、 それはもう勢いでやり過ごしました。 そして祭りが終わり、山車の前でライバルのショウゴ君と記念撮影。 彼がいたことでやる気が持続できました。ありがとう。 ![]() その後、地元の会館に戻って宴会です。 無事に全てが滞りなく終わり、感極まって嗚咽をあげた区長さん。 (上の写真で左側で裃をつけている人です。) 乾杯の音頭で、「後継者も出てきたことだし、そろそろ私は引退しますよ。」 と爆弾宣言した、笛の長老・ヒデさん。 一人ひとりにいろんな思いがよぎったのでしょうね。 そして他の皆さんも本当に満足顔です。 私もこれまでの練習の日々を思い起こしていました。 夜中に車の中で、昼休みに会社の屋上で、タクシーで移動中にも、 暇をみては練習をした日々。 新幹線の中でシャドー・トレーニングをした日もありました。 最初はまるで音が出なかったのが、よくぞここまできたものだな。 そして何よりも、 地域の皆さんが気持ちよく私を受け入れてくださったのが本当に嬉しかったです。 特に二渡地区は人が少ないこともあるのでしょうが、 私の様に「やります」と手を上げた人間をすぐに仲間に入れてくれました。 角領ほど統制がとられていないし、 囃子もうまさよりも「ノリ」でワッショイする感じなんだけれど、 私にはそういうのが合っていました。 さて次はどうするか? 「獅子舞の後継者がいない。」と聞かされ、 「ならば私がやります。」と一旦手を上げましたが、 実は獅子舞の後継者がいることが分かりました。 だったら私は当初の話通り、獅子舞に合わせる「獅子笛」をやろうかな。 ちょっと難しそうだけれど、これまでのことを思えば何とかなるでしょう。 他にもいろいろ書きたいネタはありますが、ここらで一区切りとします。 明日からは「まつりのあと」の日々です。 そうそう、先ほど、ご近所のおじいさんがA4版の写真を一枚届けてくれました。 「ボケ防止にな。ははは。」と笑いながら見せてくれた写真には、 我が山車で「巫女が水(紙切れ)を撒いている」クライマックスシーンと私の祭り姿、 そしてこの5月に神社に初詣した時のものがパソコンで編集されていました。 しかも一句!「天高く郷に聞こえる笛の色」。 このおじいさんとはまだゆっくりお話したことがなかったのだけれど、 こうやって見てくれている人もいるんですね。 ![]() 「加子母に来て本当に良かったな。」 しみじみとその喜びをかみしめています。 |
加子母の人ってすごい!試楽祭 |
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2006-09-23 Sat 07:36
昨夜は祭りの前夜際にあたる「試楽祭」と呼ばれる行事がありました。
この行事は、十区ある加子母の地区が順番に執り行います。 今年は角領地区の番です。 「角領」は今日の本番も我が「二渡(ふたわたり)」とともに担当になっており、 結構重労働ですが、この地区の人たちはとても団結力とノリが良いので こなすこともできるのでしょう。 さて試楽祭ですが、通常は夕方から神輿をかついで笛太鼓で練り始め、 18:30頃に宮入りを始めるのですが、 そこは角領、気合の入り方が違います。昼過ぎから夕方までずっと練っていたらしい。 そして神社にてようやく宮入り開始。 節回しがうちと微妙に違いました。 加子母の十区とも全て違うとのことです。 この時の様子はビデオを撮っていたので画像が少ないのが残念ですが、 私は自分が笛を始めたばかりのものだから、 つい笛の音色に関心が向き、とても面白かったです。 宮入り後、神事があり、獅子舞の奉納です。 これまた私達の区とは大違い。 節回しがとても手が込んでいて、長くて、上手です。 いや驚きました。笛の衆なんてたった5名ほどなのに、一人ひとりがとても上手です。 順番にソロでピロピロやっている。 今の私なんぞとても足元に及びません。やるなぁ。 一番上手な人はドラマーだとか。もうプロですね、プロ! ![]() 獅子舞はとても綺麗でひょうきんでした。 途中から衣装を身体に縛りつけて踊るのは同じスタイルです。 ![]() そして圧巻は最後の余興「神霊矢口の渡」でした。 獅子が人間と芝居をするのです。「矢口の渡」を。 さすが地歌舞伎が根付いているだけあります。 芸達者が多いんですね。 ![]() 見物客も大勢で、おひねりを投げたり、掛け声をしたりと大盛り上がり。 いやぁ、感動しました。 帰り道、夜道で出会った見知らぬ若者が興奮して声を掛けてきました。 「加子母の人ってすごいですね!」 ホントすごいです。 こんなに小さな村なのに、ものすごい文化が根付いています。 さて私もまさに今から本番です。 行ってきます! |
我が家に温泉だぁ! |
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2006-09-23 Sat 05:54
一昨日、日中カミさんが車を使っていたので、
私は歩いて集落をうろうろしておりました。 すると同じ班のイチエさんが、 軽トラに積んだタンクから自宅の風呂場に温泉を移しているところに出会いました。 そうであった!加子母は温泉が出るのであった。 二年ほど前に出た温泉をスタンド形式で販売しているのでした。 残念ながら湯量が少ないので、浸かれる湯船があるわけではないのですが、 温泉は温泉です。 泉質は結構良いらしいとの噂も聞きました。 だから温泉を楽しみたければ、 タンクを買ってきて自宅の風呂に入れればいいだけなのですが、 それを面倒くさがっているうちに、すっかり忘れておったのです。 では思い出したうちにということで、昨日タンクを買いに走りました。 行った先は加子母からは随分離れたホームセンターでしたが、 「温泉を入れるタンクが欲しい。」と店員に言うと、 「加子母の方ですか?」と訊ねられました。 聞けば、この春先、加子母の人がやたらタンクを買いにきて、ヒット商品だったとか。 他の人々が買ったというものと同じものを購入しました。 そう言えば、うちの車に300リットルのタンクなんて乗らないと決めつけていたので、 我が家の温泉は諦めておったのでした。 でも余裕で収まるタンク。あっけないものです。 ![]() 早速温泉スタンドに行ってみます。 30℃弱の源泉だと300リットルで100円。50℃近くまで暖めたものだと倍。 迷わず源泉を選びました。温泉を薪で焚くのがいいじゃないですか! 100円ワンコインできっちりタンク一杯になりました。あっけないものです。 ![]() 帰宅後、早速浴槽へ。 店員の推薦で買った一番安いポンプを使用。 10mホースの扱いに少々手間どいましたが、割と簡単に作業完了です。 何でこんな簡単なことを今までやらなかったんだろうね。 そして早速薪で焚きます。 水道水よりも短い時間で温まりました。 まだ日は昇っているけれど、早々に親子三人で入浴しました。 無色無臭の温泉なのであまり存在感はないですが、肌に触れる感触はまさに温泉。 (それに残り湯を洗濯に使うには無色無臭の方がいいかも。) 何だかいつもよりも身体の芯まであったまった感じがして満足満足。 いつか夢に見た「我が家で温泉」がこれであっけなく実現しました。 今日はカミさんのブログ友達が数名泊まりにくるそうですが、 タンクに半分残っている分を入れておきますね。お楽しみに。 そして私は「祭りが終わったら、ぬるめの温泉でゆっくり酒でも飲もうか。」と 企んでおるのです。 |
祭り間近 |
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2006-09-22 Fri 01:35
ここ数日は暗黙の了解で、私は祭りのことだけを考えていてよいことになっています。
(私が勝手に言っているだけですが。) そんなわけで、昨日は「山車を組み立てる」と聞いていたので、見学にいきました。 「どうせ組みあがるのは午後になってからでしょ。」と たかをくくって神社に行きました。 流石に祭り前は静かなものです。 ![]() でもふと見ると、何と既に山車の骨組みが組まれているではないか! ちょっと読みが甘かったですね。でもこの姿を見られただけでも良しとしよう。 ![]() 私たち「笛の衆」が座るのは下段のこの場所です。 ここに10名近くが入るのか。結構キツキツかも。 ![]() 山車の車も木でできていて、風情があります。 準備と掃除をされていた係の方によると、この山車は明治初期に作られたものとか。 それが現役というのは自慢ですね。 ![]() 山車は普段は解体されてこの蔵に収まっているようです。 ここから出して組み上げるところを見たかったものです。 ![]() ちなみに、先日の総練習会の日に、別のグループは綱を編んでおりました。 その時にできたのがこれ。 大蛇みたいです。 カミさんがメイキングビデオを撮ってくれていたのですが、面白かったですよ。 ![]() こうやって着々と準備が整っていきます。 台風で心配された天気も、何とかずれそうな気配。これは大助かりです。 雨でも祭りはやるそうですが、大雨にだけはなってほしくないからね。 でもこればかりは何ともしようがありません。 今までの皆んなの行いの良さに期待しましょう。 |
祭り衣装 |
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2006-09-21 Thu 10:03
いよいよ祭りの衣装が配布されました。そこで、
「当日になってうまく着れないといけないから、試着しよう!」 とか言ってますが、要は、はしゃいでいるだけです。 股引をはき、腹掛けを身につけます。 祭りの人というよりも、魚市場のオヤジみたい。 折り目の線が初々しいです。 ![]() そして半纏を羽織ります。 これでようやく祭りっぽくなってきましたな。 あとは鉢巻をして完成ですが、作法が分からないので当日に教えてもらいます。 ![]() ちなみに頭が光っておりますが、これは坊主頭だからであってハゲではありません。 一応言っときます。 さてこのように、見るからに「祭りにうつつを抜かしておる」私ですが、 「祭りのあと」のことにも気は向いております。 というのも、ここ数週間の祭りモードのおかげで、 他のことがおろそかになってきたからです。 最近は何か話題が出ても、「祭りが終わってからね。」と片付けられる始末です。 もちろん片付けているのは私ですが・・・。 その最たるものが「キノコ」「薪づくり」「草刈り」の三大柱ですが、 実は他にもあります。 まずは「保健所への営業許可申請」 年初の予定では6月頃に許可を取って、 早々に菓子製造を始められたらと言っておったのですが、 厨房リフォームが遅れたこともあり、まだ申請していません。 申請用の図面も描かねば。 次が「床下補強」 予定では10月末にオーダー薪ストーブがやってくることになっています。 昨秋修繕した「床抜け部屋」に置くことにしていますが、 もともと薪ストーブを置くほどのことは考えていなかったので、やはり補強が必要です。 床下にもぐってブロックを敷こうかと考えています。 また、「移住以来、下呂から北に行ったことがない!」ということから、 冬が来る前に高山に旅することにしました。 笛のライバル・ショーゴ君一家とともに 「高遠の知人宅に行こう!新蕎麦食おう!」とも約束しています。 高遠まで行くのなら、八ヶ岳まで足を伸ばす?だったら安曇野も? 笛の天才・カツシさんとはワインの会を約束しています。 そうそう、奈良の二上山にも登ろうとしていたのであった。 (わけはおいおい書きます。) 他にも何か忘れていたぞ。そうだ!仕事だ! ISOの審査員資格を得たものの、 他の忙しさにかまけて勉強を継続しておりませんでした。 来期からは一定以上の実績がないと資格が抹消されてしまうので、 真剣に取り組まねば。 なんてことをつらつら書き出しておりますが、 実は一番懸念しているが、「燃え尽き症候群」です。 祭りが終わったら、しばらくの間は呆けるのではないか? それもまた良しか。なんてのんきに構えております。 |
えっ?『ソトコト』ですか? |
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2006-09-20 Wed 05:38
先日発表した『ナチュラルライフ・マーケティング』ですが、
くだんのAさんに資料を送ってみたところ、早速電話がありました。 「いやぁmasan、素晴らしいですねぇ!」 「はぁ。」 いつもAさんは最初はこうやっておだてるので、 「そうは桑名の焼きハマグリ」状態の私。 「ところで、この『ナチュラルライフ・マーケティング』を、 せっかくですのでどこかで発表されたらいかがです?」 ほれ来たぞ来たぞ。 私はとぼけた返事をします。 「どこかってどこですか?」 「例えば『ソトコト』とかいかがです?」 「はぁ?」 最近のソトコトはイコール「ロハス」のイメージがあるので、 どうしたもんだろうと一瞬ためらいましたが、 Aさんすかさず押しの一手。 「ぜひ『ソトコト』でmasanの考えを発表してくださいよ。」 この言い方からして想像できるのは、 「どうぞご自由に売り込んで下さい。私は知りませんから。」 というニュアンスです。 そこで一応確認のために念を押しました。 「つまり、私が『ソトコト』に原稿を持ち込むということですか?」 Aさん快活に「はい!その通りです。是非原稿を売り込んで下さい!」 やっぱりそういうことか。要は本人の努力次第ってことですね。 加えてAさんの一撃。 「何か具体的な事例と写真があるといいですねぇ。」 そんなものないですよぉ。 思いつき(いや失敬)なんだから。 ともかく今回は私の努力次第ということで、 期限を切られなかったのは良しとしましょう。 なんてのんびりしていて良いのか? まぁぼちぼち考えていくとしますか。 |
見つけた!中津川の美味しいパン屋 |
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2006-09-19 Tue 04:47
この手のタイトルはどちらかと言うとカミさん向けのネタかもしれませんが、
早い者勝ちで紹介します。 カミさんは越してから「近所に美味しいパン屋がない!」とぼやいておりました。 たまに「あそこはいいよ。」と教えられても、正直いまいちだったりして。 「いっそのこと、うちで焼くか。」と言っておりましたが、 (カミさんは実はパンを焼くのも上手なのです。 コンスタントに納めるのは苦手かもしれないけれど。) ようやくお気に入りのパン屋が見つかりました。 しかも3軒も立て続けて。要は知らなかっただけなんでしょうね。 まずは、「パン工房くうねる」 カミさんがたまたま立ち寄った、道の駅「五木のやかた・かわうえ」で 教えてもらったパン屋さん。 まだ多くを食べていないけれど、私たちの好みに合いそう。 ところでいきなり道がそれますが、この道の駅で売っていた杏仁豆腐は、もう最高! 今までの人生で食った中で一番と断言できます。カミさんも太鼓判! さてお次は、「小麦工房 ルヴァン・ドォル」 ログハウスでアットホームな雰囲気のお店です。 どれを食べても安心できる、間違いのないお店ですね。 さて最後が「パンブティック ピエニュ」 ここはまだHPがないのかな?とにかく驚きました。 店構えといい、接客態度といい、品揃え・味といい、 「何で中津川なんかにあるの?岐阜や名古屋に出せばいいのに。」と いうほどの高レベルです。 聞けば、高山の「トラン・ブルー」で修行して、最近オープンしたとか。 わたしゃ知りませんでしたが、カミさん曰く、「すっごく有名なパン屋」らしい。 さっそくHPを拝見しましたが、マジ美味そう。 「祭りが済んだら高山に旅しようね。」と言っておりますが、 このパン屋は必須になりそうです。 そんなわけでそれぞれ車で数十分の距離だけど、お気に入りパン屋が見つかり一安心。 ところで、「くうねる」さんは地域で同じ思いを持つショップさん達と 「チーム・オーガニック」なる運動を始めたらしい。 こういう動きは是非応援したいです。 こうやって地域の魅力が高まっていけばいいな。 そしてうちもその一つに数えられるようになればいいな。 ところで、パン屋ではないのですが、是非ご紹介したい店ネタが一つ。 加子母にあるスーパー「アトラ」では、店舗の一部改装に合わせて、 夏からずっと「CDセール」をしています。 その内容がすごいです。 「店にあるシングル・アルバムとも3枚で1000円!」なのです。 つまり、どれを選んでも3枚1000円!何これ?冗談でしょ? でも残念ながらこのスーパーにはしょっちゅう行くのに、 その「事実」を私たちが知ったのがつい最近のこと。 昨日初めてCDコーナーに行きましたが、ちょっと気づくのが遅かったかも。 それでも何とかお気に入りのアルバムを3枚ゲット。 これら定価を合計すると8008円でした。 つまり、定価の12.5%で購入したことになります。 叩き売りとはこういうことか。 そしてそして私たちも考えました。 「この地域で自然食の食材を販売している店がない。だったら私たちが売ろうか?」 はい、来春飲食店をオープンする時に、合わせて物販も始める予定です。 イメージしているのは、カミさんが働いていた、安曇野「シャロム・ヒュッテ」 そして私がよく通った、八ヶ岳「蔵屋グリーンズ」 どういう品揃えにしていくか、ひと冬かけて考えていきます。 お楽しみに! |
ほろ苦・総練習会 |
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2006-09-18 Mon 04:14
「祭りで笛を吹いたらどうだ?」と誘われのたが一年前。
マイ笛を与えられ、本格的に練習を開始したのが二ヶ月前。 最初は全く音が出ず、合同練習は眺めるだけの悔しく情けない日々。 それがある日、「もしかしてこれ?」というコツをつかみ、 ようやく音が出るようになりました。 でもその後一気に上昇気流に乗るかと思いきや、 どうやっても周りの皆さんとの音が合わない。明らかに半音ずれている。 試行錯誤の挙句、辿り着いた結論が、「もしかして笛が違うのかも?」 その予感が当たり、他の人の笛を借りてからようやく本調子になったというのが これまでのあらすじです。 その後の私ですが、今は「笛が楽しくて仕方がない」という心境です。 もともと自分でイメージしていた「一年目でこの程度のレベル」には達したと思います。 周りの方も「よくぞ一年目でここまできたな。」と褒めてくれます。 最初は本気で謙遜していましたが、今は素直に嬉しいです。 それよりもね、今は吹いている時の「恍惚感」がたまらないのです。 うまく吹けている時はまるで自分が「音さ」になったかのように、 他の人の音と共鳴していくのを感じて、 とても気持ちが「ノリ」、ハイだけど穏やかな気分に浸ります。 ランニングハイってこんな感じなのかな? こんな気分になったのはとても久しぶりです。 だからその気分を味わいたくって、隙をみては練習しているのです。 でもこんなに大層なことを言っても、実は客観的に見るとまだまだのレベルです。 私はまだ安定感がなく、時々音が出なかったり、すっとぼけた音が出たりします。 特に祭り本番ではかなり長い間吹くので、持続力が課題です。 昨日、祭りの「総練習会」がありました。 23日の本番に向けての実質最後の合同練習です。 関係者が全員揃って、午前中一杯、ずっと練習しました。 そしてその場でいきなり「『吹き切り』をやってみろ。」と長老に言われました。 笛の衆は十数名いますが、大体うまい人が前の列に並びます。 その中でも一番左に座るのが一番上手な人です。 この人はオーケストラの第一バイオリンのような役を担います。 笛だけでなく、太鼓やからくり人形も含めた全ての動きをリードするのです。 この席には大抵カツシさんが座ります。この写真では前列中央です。 <笛の衆> ![]() そしてその隣に座るのが「吹き切り」です。つまり二番手というわけ。 この役は、数曲ある囃子の全ての終了を知らせる笛を吹く役です。 その時はたった一人で吹きます。とても短いフレーズだけど目立ちます。 その役を私にしろと言うのです。 正直言ってまだそんなレベルではありませんが、 「ま、練習なんだから、今のうちに恥をかいておけ。」くらいの気持ちで 座らせていただきました。 でもいざ始めるとこれまでの席とは勝手が違います。「間」の取り方がうまくいかない。 しかも昨日は地区の皆さんが大勢見学にきていたし、カミさんとU太も来ていました。 やっぱり力んだかな?こんなことごときで緊張するとは思いませんでした。 結果的に全く吹けませんでした。一人での練習なら吹けたのに。 やれ情けなや。周りの皆さんも締りが悪くてぎこちなかった様子。 <左の御簾の後ろにからくり人形が控えている> ![]() 練習会の後の慰労会では皆さんにビールを注ぎながら平謝り。 皆さん慰めてくれましたが、見学していたある気丈夫そうな奥さんからは 「次からはきちんと切ってくださいよね。」と釘をさされました。 全くご指摘の通りです。 <綱を編んだ人たちと一緒に慰労会> ![]() またある人からは 「初めての年で『吹き切りをやれ』と指名がかかること自体がすごいよ。」と 励まされました。 それは確かにそうかも。 他にも上手な方がいるのに、声を掛けてもらっただけでも良しとするか。 でも本番は今まで通りに長老のお二人が交互にすることになるだろうな。 今回はとても良い経験をさせていただきました。 そして、ラストの一週間、気を抜かずに練習する気がムクムクと湧いてきました。 ヨッシャー!ますますやるぞと。そしてより完成度を高めるのだ! <本番でのからくり人形(昨年の様子)> ![]() (祭りの様子はこちらでも分かります。(真ん中の段の下の方「イベントパノラマ集) 動画でも紹介していますが、ちょっと雰囲気は伝わりにくいかも。) |
ちょっとショック |
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2006-09-17 Sun 07:34
昨夜、我が地区の笛の天才・カツシさん宅に誘われました。
その話をする前に、ちょっと回り道を。 「中津川フォークジャンボリー」というのをご存知でしょうか? 古くからの音楽ファンから 「中津川と言えばフォークジャンボリーでしょ!」と言われたこともあります。 1969年から3回、今の中津川市坂下町で開かれたフォークの一大イベント だったようですね。 その頃はフォーク全盛の時代。それに合わせてギターの製作会社も生まれました。 そう、まさに中津川フォークジャンボリーのお膝元、坂下町に 日本を代表するギター製作会社があるのです。 その名は「高峰楽器」。長渕剛、南こうせつらは今でも使っています。 イーグルス『ホテルカルフォルニア』のあのイントロはここのギターだそうです。 前置きが長くなりましたが、カツシさんはその会社に勤め、 ギター製作の最後の過程である音の調整をしているそうです。 言わば「音のプロ」ですね。 そんな彼の自宅で、アナログLPを聴きながら音楽談義をしてきました。 マイルス・デイビス、ドゥービー・ブラザーズ、スティービー・ワンダー、 松任谷由美、そして私がかつて大好きだったアランパーソンズ・プロジェクトなどなどを かけてもらいました。 彼は私の一歳下なので同世代。聴いていた音楽もかなりだぶっています。 それにしても、 ステレオを前に座り込んでじっくり聴きながら会話するなんてホント久しぶりです。 思わず高校時代を思い出しました。あの頃はこんなことばかりしていたなぁ。 そしてやっぱりアナログっていいな。 つい感化されるタイプなので、 私もだんだんレコードプレイヤーが欲しくなってきました。 するとカツシさんが一言。「masanの家って、ステレオが残っていなかったですか?」 えっ?どういうこと? 聞けば、カツシさんは我が家の前の地主の子供と同級生だった関係で、 この家にはよく遊びに来ていたとか。 そしてこの家に置いてあったステレオでよくレコードを聴かせてもらったらしい。 「あのステレオ、いい音出していたよなぁ。」と懐かしむカツシさん。 その話を聞きながら、私は次第に凍りついておりました。 「確かに引っ越した時には古い木製のステレオがあった。・・・ でも『うちにはレコード盤が無いから。』と処分しちまった。・・・」 うーん、ショック! 大切な文化財の価値を知らない無知な人間になった様な気分がして、 少し落ち込んでしまいました。 帰宅後、カミさんにその話題をしたら、 「あぁ確かにあったわね。」とやはり残念そう。 「masanはアナログステレオが欲しいの?」と訊ねられましたが、 確かに欲しくなってきたけれど、うちにあったのを処分しておいて、 別のが欲しいなんて言える立場ではないので、「別に。」と軽く応えました。 でもやっぱりショックです。 |

































