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烏骨鶏が卵を抱いておりました。
うちには烏骨鶏2羽、名古屋コーチン1羽、普通の赤鶏1羽がおります。
夏の間はほとんど産まず、「もう打ち止めか!」とガッカリしておりましたが、
鶏小屋の外に柵を作って日中は出してやるようになると、やおら産み出しました。
やっぱりストレスが溜まっていたんですかね。

特に最近は草刈りをした後の草を入れてあげると、とても喜びます。
これまでは4羽で一日1個のペースでしたが、
2~3個産む日もあり、調子はとてもよろしい。

でも実はちょっとした悩みがありました。
「どいつがどの卵を産んだのか分からん!」というものです。
(本当にちいちゃな悩みですね。)
でも昨日、烏骨鶏が抱いていた卵は明らかにそいつのものだと確信できます。
理由はほれこの通り。
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左が普通のSサイズくらいかな。だから右のはとても小さい。
烏骨鶏の卵は小さいと聞いていましたが、ちょっと小さ過ぎないか?というくらい小さい。
でもこれは間違いなく烏骨鶏のものでしょう。

皿に割ってみると、なるほどプリンとしています。
そして烏骨鶏の卵と言えば、「箸でつかめる卵」!
では早速試してみましょう。ということで、やってみました、箸つかみ。
成功です。
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食べてみると、うん甘い!
これが一個100円するのかと思うと不思議ですが、ともかくありがたみのありそうな卵です。
そして私のブログをお読みでしたら想像がつくでしょうが、
私は「どうやって烏骨鶏を増やそうか?」と、もうワクワクになっております。
来春くらいからヒナを飼おうかな?
私は今でこそ家ではカミさんの手料理で
玄米菜食中心の健康的な食事をいただいていますが、
もともとは大衆食堂のコテコテB級めしが大好きです。
特に丼もの、麺類は大の大の好き。

カツ丼、天丼、親子丼、鰻丼(これは贅沢?)、天津丼、チャーハン、マーボー丼、
カレー、ハヤシ、牛丼、豚丼、照焼丼、鉄火丼、うにいくら丼(これも贅沢?)、
鹿丼、猪丼(これらは仙人小屋の名物)、
豚骨ラーメン、かき揚げそば、さぬきうどん、きしめん、・・・
ああ、もうたまりませんな。

東京で暮らしていた頃は、下町のB級グルメ系の店を訪ねて歩いたものです。
一番印象に残っているのは、
柴又帝釈天の商店街で食った油コテコテの天丼と、食後の草団子です。
そしてこれは決してB級ではないけれど、
永田町の天ぷら屋で名物特大かき揚げ丼を食っていたら、
福田元総理が「よっ!」とか言いながら入ってきたのには驚きました。

話がそれましたが、私は大衆食堂の風情が好きです。
ファミリーレストランって、外観が「どうぞお入りください!」と
客に媚びていません?
その点、大衆食堂は、「親父が背中を向けて調理している」風情が醸し出されています。

初めてそういう店に入る時は、こちらもなんだかドキドキします。
入ってしまうと実は大したことないんだけれど、
それでもたまに「当たり」の店に出会ったりすると、
「俺はこんな店を知ってるんだぞ」みたいな、ちょっと自慢気になったりします。

実は中津川にもそんな気になる店がありました。
加子母から国道256号線を中津川市街に向けて走り、付知町を抜けた辺りに立つ食堂。
『芝カ瀬食堂』と看板が出ています。
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ここの噂はお隣のタケオさんから聞いておりました。
そして注文するメニューも決めておりました。
『どてめし』です。

『どてめし』、いい響きですねぇ。いかにもB級の香りがします。
名前を見てだいたいの想像はつきますが、
一応「一見さん」なので何も知らないふりしてお店のおばさんに尋ねました。
「『どてめし』って何なんですか?」
「それはね、牛の筋を煮込んだやつを丼飯にかけたやつだよ。」
「じゃぁ、それください。」

他のメニューは意外に値が張り、トンカツやから揚げ定食が900円ほどするなかで、
『どてめし』は何と500円!
もうワクワクですね。

やがてやってきた『どてめし』。期待を裏切らない風情をしておりました。
見るからにコテコテです。
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何だか酒が欲しくなりますね。
正直言って、ご飯が倍欲しいくらい味が濃ゆかったです。
でもこれぞB級!わたしゃ惚れました。
そして昨日からおでんも始めたらしく、一本70円ですと。
これから先は「どてめしにおでん数本」パターンですね。
道を行く楽しみが増えました。
9/3のブログでグーグルについて書きましたが、
そこで紹介した本を親父に見せたところ、とても関心を持ってくれました。
もともと親父は会社経営者でしたがその会社はたたみ、
その後労務管理のコンサルタントなんぞしておりました。
今は悠々自適の暮らしです。

それまでの経験もあり、マーケティングにとても関心を持っています。
そんな親父ですが、
「最近マーケティングの実態が変わってきている」という感覚は持っていたようで、
この時に読んだこの本はかなりヒットしたようです。

そしてついに本の要点をまとめたレポートを自力で書いてしまいました。
何度か読み直して、要点を引き出し、自分でパソコンに打ち込んだらしい。
私に差し出した資料は全16ページ!72歳でよくぞここまで書き込んだものです。
このことだけでも、我が親ながら大したものだと思います。

ところがその内容はさておき、ちょっと大変な事実が明らかになりました。

両親の家にパソコンがやってきて約1年。
最初のうちは私が使い方を教えていましたが、
パソコンに教育ソフトが入っていたので、その後は自習にお任せしておりました。

時々「ここはどうするんや?」と訊ねてきますが、
それほど大した問題ではなかったので、
「もう結構なレベルにきているな。」と楽観しておりました。
ところが、一昨日分かったのは、
「ファイルの保存の仕方を知らなかった!」という事実です。
これは本人以上に私がショックでしたね。
ご本人はコトの大きさをあまり分かっていないようでしたが。

つまりこうです。
親父は「グーグル本」を自分なりに整理しようとして、
パソコンで打ち込み始めました。
やがて文言はA4版1ページ一杯になりました。
早速出力してみると、なるほど1ページ分印刷されてきます。

続けて文章を打ち、同じく印刷しようとした親父。
すると、1~2ページが印刷されてきます。
これは印刷モードで「すべてを印刷する」になっていたからだと思いますが、
そこまではチェックしていないものだから、親父考えました。
「1ページ目が不要なんだ」と。

そこで1ページ目分を削除して、2ページ目分だけにしてから出力します。
そうすると確かに2ページ目分だけ出力できますが、
当たり前ですが書き続けて3ページ目に達した時に、さっきと同じ現象に出会います。
そこで今度は2ページ目分を削除して3ページ目分だけを出力したそうです。
つまりいつも1ページ分しか画面上には存在しないわけです。
ということは、それまでに作った資料は全く保存されていないことになります。

これは誰に教えてもらったわけでもなく、自分で「発見」してしまったテクですね。
こういうのを自分で工夫できるのは、親父のすごいところでもあるのですが・・・

そういう作業を繰り返してできた資料16ページを見せてもらいました。
とても良くできています。
でも、悲しいかなこれらのデータは全くデジタル化されておりませんでした。
つまり、今手元にあるアナログレポートだけが唯一の資料なのです。

この事実を知った時、
「アナログからデジタルへ」情報を変換することの意味を改めて自問しました。
親父は「これでいい。」と言います。手元にレポートが残ったから。
私「せっかくここまでまとめた情報をデジタル化しなくてどうするの?」
親父「こんな内容を残してどうする?」
私「こんな内容こそ残さなきゃ!」

情報の貴重さはさておき、ここは私に委ねていただいて、
コピー機でスキャンしてOCRソフトでデジタル化をさせてもらいました。
でもこの機能、97%しか復元力がありません。
97%というと確度高そうですが、
「2~3行に三箇所誤字がある」というと結構なものでしょ?
とにかくその誤字だらけの文章を出力して、
親父に改めて赤入れしてもらうことにしました。
これでこの先、一旦作った文章を使いまわししたり編集することができます。

親父は自伝も書き始めておりました。聞けば170ページ近くになっているとか。
それらも当然ながら保存せずに1ページずつ出力しては消していたので、
全くデジタル化されておりません。
次はこの自伝のデジタル化か?
でもまだ今のうちに気づいて良かった。

そして、「デジタル化する」ということの持つ意味を改めて考えさせられた時でした。
そもそも「デジタル」が暮らしに入ってきたのって、いつからだっけ?
新内閣が発表され、組閣メンバーを何となく眺めていました。
少子化担当大臣を紹介していたところで、
ずっと昔に読んだ星新一さんのショート・ショートを思い出しました。
30年以上前に読んだ本なので、とてもいいかげんな記憶ですが、
確かこんな内容だったと思います。
・・・・・・・・・
時は近未来。
ある家庭の一人っ子・タカシ君(ネーミングに他意はありません)、
自宅で勉強をしていたら、いつもの時間になりました。
両親がタカシ君を居間に呼び、テレビを観るように勧めます。

さてテレビではある番組が始まりました。
それは男女がお互いを誘惑し、服を脱ぎ、次第にまぐわっていく映像です。
それを観て興奮してきた両親は、タカシ君に尋ねます。
「どうだい?興奮してきたかい?」

タカシ君、「うん。とても興奮してきたよ。」と答えます。
それを聞いた両親はとても安心します。
でも実はタカシ君、両親を安心させようと気遣ってそのように答えたのでして、
内心はそういうことには何の関心も持っていないのです。

そしてこのテレビ番組、
子作りどころか、Hそのものに関心を持たなくなった世相に危機感を持った政府が
提供していたのでした。
・・・・・・・・・・
この本を読んだ時、「そんな時代がくるわけない。」と思ったものですが、
何だか笑えなくなってきましたね。
今はまだ「子供を持とうとしないが、Hは好き」な時代なのかもしれませんけどね。

誰も子供を産まなくなったら、そこで人類の歴史が止まります。
戦後は5近くあった出生率が、今や1.25と言いますので、冗談でなくなってきたかも。
かくいう私もつい最近まで子供を持とうなんて思ってもいなかったわけで、
人のことを言えないのですが、今は声を大にして言えます。

「みんな、Hして、ちゃんと子供を産もう! 育てよう! 大きな満足が得られるよ!」
税収不足だとか年金対策だとか言う前に、この喜びについて、
今度の少子化大臣にはちゃんと言ってもらいたいですな。
薪ストーブについては過去にいろいろ書いてきました。
以下、タイトルとは異なりますが、薪ストーブ選びの経緯です。

10/30 厨房にキッチンストーブを置きたい!
11/03 厨房よりも居間に置こうか。(何故か写真がすり替わっている)
02/16 やっぱりキッチンストーブがいい!
02/17 どうしよう?キッチンストーブ選抜
02/22 キッチンストーブ鍛冶屋さん見つかる?
02/27 オリジナルストーブ決定!

とまぁ冬の間わいわい言ってようやく決まったわけですが、
その後は図面をやりとりして製作依頼をお願いしておりました。
そして今年も冬が近づき、いよいよ「薪ストーブ早く欲しい熱」が出てまいりました。
昨日、鍛冶屋さんに電話したら、
10月中には納品してくれるということですが、間に合うかな?というところ。

それはそれとして、私の方も受け入れ準備が必要なのでした。
その一つが「床下の補強」です。
元々床が抜けていた部屋を補強したのが昨秋。
おかげで我が家で一番強い部屋になりましたが、
薪ストーブやピアノを置くほどは想定していなかったので、
いざ置くとなると補強が必要なのです。

ところが難儀なことに、既にガシガシに床材を貼り付けてあるので、
今更剥がすわけにはいかない。
だから隣の部屋の床下から移動することになります。
そこで選ばれたのが隣の和室の居間です。
ここは畳の下が薄い板張り一枚なので、出入りが簡単なはず。

でも「床下に入る」なんてこれまでの人生を振り返ってみてもやったことがないので、
どの程度の労働なのか想像がつきません。
えいままよと、とにかく畳を上げ、板の間を剥がしにかかりました。
これが結構重労働。釘の頭が全て朽ちているので、釘抜きで抜けない!
やっとの思いで二枚分はがし、ようやく侵入です。
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このあたりの動きは是非映像で収めたかったですねぇ。
気分は映画『ショーシャンクの空に』ですが、
何故か頭の中のBGMは『史上最大の作戦』。
高さ40cmほどの隙間を這って進んでいきます。

この作業、やってみて初めて分かったけれど、背筋をとても使います。
何度もブロックを運んで、それらを狭い隙間の中で積み上げる度に、
普段使うことのない背筋が悲鳴を上げます。

「もしここで地震がきて、床が崩れたら?」と一瞬考えました。
これまでは「もしそういう場面に出くわしても、
身体に乗っかったものをどけりゃ脱出できるよ。」
という気持ちが頭の片隅にありましたが、
今回、そういう安易な気持ちは吹っ飛びましたね。
ここで床が落ちてきたら、どうしようもないです。

無事そういう事態にはならずに、ブロック14個を積み上げ、作業完了!
たまたまやってきた建具屋さんが、
「ここまでやれば十分だね。」と太鼓判を押してくれました。
あとは床上の、ストーブを受ける足場作りと、天井の遮熱処置だけです。
これらは何とかなるでしょう。
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それにしてもホント少しずつ夢が実現していますかね。
まさに半歩ずつですが、何とかここまでやってきました。
午後には久しぶりに草刈りも始め、ようやくようやくです。
「祭りのあと」が一つ片付きました。
2006.09.25 休養日
一昨日の祭りの後の宴会の、そのまた後に二次会に行きました。
若い頃はそういう飲み方もしたけれど、歳をとるにつれて深酒がこたえるようになり、
次第に一次会のみで失礼することが多くなっているのですが、
今回だけは自分を許しました。

この地区唯一のスナックで、貸切状態で実に楽しく過ごしました。
途中、何の話だったか忘れましたが、突然笑いが「はまって」しまい、
腹がよじれるほど笑い続けておりました。こういうのもとても久しぶりです。
よほど気持ちが開放されていたんでしょうね。

そして夜中に帰宅。
実はその夜は、まっちゃんはじめ、カミさんのブログ友達が3組お泊りでした。
そおっと家に入り、待っていたカミさんと少し会話しただけでそのまま爆睡した私。

明けて昨日の朝ですが、目が覚めるとものすごいガラガラ声。
いったいどれだけ大声張り上げていたんだろう?記憶にございません。
しかも腹筋が痛い。よっぽど笑い転げていたんだね。
そして今度はカミさんがまっちゃんの自宅に泊まりにいくということで、
朝から全員で出掛けていかれました。すれ違いの私たちです。

私はこの日は「休養日」にしました。
のんびり過ごして、ゆっくりブログ書いて、おもむろに家の片付けと掃除です。

その後、9/21に書いた自分のブログを眺めながら、
「祭りの後」の身の振り方について考えました。
まずは「床下の補強」かな。これは今日やることにしました。
そして「草刈り」か。家の周りは相当ひどいことになっているからなぁ。

ちょっと気になるのが、家の前の畑に植えた苗木たちが元気ないことです。
つい数日前までは元気な葉をつけていたユリの樹も、いきなり弱っています。
ここ数日の晴れ間続きで、土の水分が抜けてしまったのかな?

いずれにせよ、家の外のことにはほとんど関心を払っていなかったので、
これからはちょっと注意が必要です。
「ハレ」の日が終わって、ようやく「ケ」(日常)の始まりです。
数日前の「雨」の予報が嘘のような秋晴れを迎えました。
これもひとえに関係者の普段の行いが良かったおかげでしょう。
私は前夜酒を断ち、早寝して朝はすっきりと目覚め、快便快調です。

集まった皆さんもとてもすがすがしい笑顔。
まずは我が「上(かみ)」の山車の前で記念撮影。
まるでサッカーの試合前のような気分です。
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こちらは「下(しも)」の方。前夜に私が感嘆した「角領」地区の皆さんです。
この地区はとても郷土愛が強く芸達者な人々が多く、
何をするにしても徹底的にそして統制のとれた行動をとられます。
だから記念撮影一つとっても我が「二渡(ふたわたり)」と雰囲気が違います。
整然としている。
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祭りと言えば酒がつきものです。朝のお神酒に始まり、ずっと酒が振舞われます。
でも私は日中から酒を飲むと動きが一気に鈍くなるので、
今回は飲み方に気を使いました。
午前中二度あったお囃子の合間も、
皆がガンガン飲んでいるのを横目にビールをちびちびしておりました。
周りは「どうした?飲みが足りんぞ!」とからかいますが、
午後の本番を終えるまではじっと我慢です。

その本番までにも様々な行事が行われていました。
これは巫女の舞ですね。
「娘に巫女をさせたい!」と願う親は結構多いとか。分かります。
私も娘ができたら思うだろうな。
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そして中学生以下の「男女対抗剣道大会」が開かれました。
加子母はとっても剣道が盛んで、子供の全国大会の常連とか。
でも昨日の大会はまさにお祭りモードでして、
面・小手・胴に風船をつけ、それを割れば勝ちというもの。
多少のパフォーマンスも許されており、二刀流の子供もいました。
最後の大将同士の決戦では、
体中に風船をつけて(多分20個以上はついていた)闘っておりました。
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さていよいよ本番。
山車に乗り込んだ我々のお囃子とからくり人形の舞いを終えると、
そのまま綱で山車を曳いていきます。
その距離わずか100mほどのゆるやかな坂なんですが、それがなかなか前に進まない。

曳き手は厄年の男(25歳、42歳、60歳)です。
彼らは我々以上に酒をガンガンに飲まされ、
二本の綱で山車を引き上げようとしますが、
お互いに邪魔をしあって前に進ませないのです。
(下の写真は別のHP(2003年版)から引用しました。
私はそれどころじゃなかったので。)
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綱を曳き手に絡めたり、逆方向に持っていったりします。
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足元をすくわれると、こうなります。
よく救急車が出るとか。昨年大腿骨を折った人はまだ直っていないらしい。
この祭りが「けんか祭り」と呼ばれるのはここからきています。
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綱を曳く間中、山車に乗った私達
(『役者』と呼ばれます。人生で初めて役者と呼ばれ、これまた愉快。)
はずっと演奏を続けています。
1時間を超えると酸欠になってきますが、
途中お茶を二度含んだ以外は全く休まずに吹き続けました。
この時すでに私は「ハイ」になっていたんでしょうね。
山車の中心に座り、明らかに酔っておりました。

やがて山車は拝殿の前まで曳き上げられ、大きな拍手を受けて到着しました。
山車の中では役者達が雄叫びを上げ、皆が満面の笑顔で握手を交わしました。
私は素晴らしい達成感に浸っておりました。
今の自分のレベルとしてはほぼ完璧だったかな。
まるで映画『天使にラブ・ソングを2』の中に入ったような気分。
まさに「ハレ」の場でした。

山車から降りるとカミさんがU太を抱いて立っておりました。
「本当に満たされた顔をしてるね。」とカミさんもニコニコ顔。
今回は一人、子供が参加していましたが、
いつかU太がこういうことに関心を示してくれるといいな。

「さぁ飲むぞ!」といただいた枡酒をぐいぐいあおる私。6~7杯はいったかな。
この後に下の山車が登ってきてから最後のお囃子がありましたが、
それはもう勢いでやり過ごしました。
そして祭りが終わり、山車の前でライバルのショウゴ君と記念撮影。
彼がいたことでやる気が持続できました。ありがとう。
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その後、地元の会館に戻って宴会です。
無事に全てが滞りなく終わり、感極まって嗚咽をあげた区長さん。
(上の写真で左側で裃をつけている人です。)
乾杯の音頭で、「後継者も出てきたことだし、そろそろ私は引退しますよ。」
と爆弾宣言した、笛の長老・ヒデさん。
一人ひとりにいろんな思いがよぎったのでしょうね。
そして他の皆さんも本当に満足顔です。

私もこれまでの練習の日々を思い起こしていました。
夜中に車の中で、昼休みに会社の屋上で、タクシーで移動中にも、
暇をみては練習をした日々。
新幹線の中でシャドー・トレーニングをした日もありました。
最初はまるで音が出なかったのが、よくぞここまできたものだな。

そして何よりも、
地域の皆さんが気持ちよく私を受け入れてくださったのが本当に嬉しかったです。
特に二渡地区は人が少ないこともあるのでしょうが、
私の様に「やります」と手を上げた人間をすぐに仲間に入れてくれました。
角領ほど統制がとられていないし、
囃子もうまさよりも「ノリ」でワッショイする感じなんだけれど、
私にはそういうのが合っていました。

さて次はどうするか?
「獅子舞の後継者がいない。」と聞かされ、
「ならば私がやります。」と一旦手を上げましたが、
実は獅子舞の後継者がいることが分かりました。
だったら私は当初の話通り、獅子舞に合わせる「獅子笛」をやろうかな。
ちょっと難しそうだけれど、これまでのことを思えば何とかなるでしょう。

他にもいろいろ書きたいネタはありますが、ここらで一区切りとします。
明日からは「まつりのあと」の日々です。

そうそう、先ほど、ご近所のおじいさんがA4版の写真を一枚届けてくれました。
「ボケ防止にな。ははは。」と笑いながら見せてくれた写真には、
我が山車で「巫女が水(紙切れ)を撒いている」クライマックスシーンと私の祭り姿、
そしてこの5月に神社に初詣した時のものがパソコンで編集されていました。
しかも一句!「天高く郷に聞こえる笛の色」。
このおじいさんとはまだゆっくりお話したことがなかったのだけれど、
こうやって見てくれている人もいるんですね。
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「加子母に来て本当に良かったな。」
しみじみとその喜びをかみしめています。
昨夜は祭りの前夜際にあたる「試楽祭」と呼ばれる行事がありました。
この行事は、十区ある加子母の地区が順番に執り行います。
今年は角領地区の番です。
「角領」は今日の本番も我が「二渡(ふたわたり)」とともに担当になっており、
結構重労働ですが、この地区の人たちはとても団結力とノリが良いので
こなすこともできるのでしょう。

さて試楽祭ですが、通常は夕方から神輿をかついで笛太鼓で練り始め、
18:30頃に宮入りを始めるのですが、
そこは角領、気合の入り方が違います。昼過ぎから夕方までずっと練っていたらしい。

そして神社にてようやく宮入り開始。
節回しがうちと微妙に違いました。
加子母の十区とも全て違うとのことです。
この時の様子はビデオを撮っていたので画像が少ないのが残念ですが、
私は自分が笛を始めたばかりのものだから、
つい笛の音色に関心が向き、とても面白かったです。

宮入り後、神事があり、獅子舞の奉納です。
これまた私達の区とは大違い。
節回しがとても手が込んでいて、長くて、上手です。
いや驚きました。笛の衆なんてたった5名ほどなのに、一人ひとりがとても上手です。
順番にソロでピロピロやっている。
今の私なんぞとても足元に及びません。やるなぁ。
一番上手な人はドラマーだとか。もうプロですね、プロ!
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獅子舞はとても綺麗でひょうきんでした。
途中から衣装を身体に縛りつけて踊るのは同じスタイルです。
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そして圧巻は最後の余興「神霊矢口の渡」でした。
獅子が人間と芝居をするのです。「矢口の渡」を。
さすが地歌舞伎が根付いているだけあります。
芸達者が多いんですね。
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見物客も大勢で、おひねりを投げたり、掛け声をしたりと大盛り上がり。
いやぁ、感動しました。
帰り道、夜道で出会った見知らぬ若者が興奮して声を掛けてきました。
「加子母の人ってすごいですね!」
ホントすごいです。
こんなに小さな村なのに、ものすごい文化が根付いています。

さて私もまさに今から本番です。
行ってきます!
一昨日、日中カミさんが車を使っていたので、
私は歩いて集落をうろうろしておりました。
すると同じ班のイチエさんが、
軽トラに積んだタンクから自宅の風呂場に温泉を移しているところに出会いました。

そうであった!加子母は温泉が出るのであった。
二年ほど前に出た温泉をスタンド形式で販売しているのでした。
残念ながら湯量が少ないので、浸かれる湯船があるわけではないのですが、
温泉は温泉です。
泉質は結構良いらしいとの噂も聞きました。

だから温泉を楽しみたければ、
タンクを買ってきて自宅の風呂に入れればいいだけなのですが、
それを面倒くさがっているうちに、すっかり忘れておったのです。

では思い出したうちにということで、昨日タンクを買いに走りました。
行った先は加子母からは随分離れたホームセンターでしたが、
「温泉を入れるタンクが欲しい。」と店員に言うと、
「加子母の方ですか?」と訊ねられました。
聞けば、この春先、加子母の人がやたらタンクを買いにきて、ヒット商品だったとか。
他の人々が買ったというものと同じものを購入しました。

そう言えば、うちの車に300リットルのタンクなんて乗らないと決めつけていたので、
我が家の温泉は諦めておったのでした。
でも余裕で収まるタンク。あっけないものです。
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早速温泉スタンドに行ってみます。
30℃弱の源泉だと300リットルで100円。50℃近くまで暖めたものだと倍。
迷わず源泉を選びました。温泉を薪で焚くのがいいじゃないですか!
100円ワンコインできっちりタンク一杯になりました。あっけないものです。
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帰宅後、早速浴槽へ。
店員の推薦で買った一番安いポンプを使用。
10mホースの扱いに少々手間どいましたが、割と簡単に作業完了です。
何でこんな簡単なことを今までやらなかったんだろうね。

そして早速薪で焚きます。
水道水よりも短い時間で温まりました。
まだ日は昇っているけれど、早々に親子三人で入浴しました。
無色無臭の温泉なのであまり存在感はないですが、肌に触れる感触はまさに温泉。
(それに残り湯を洗濯に使うには無色無臭の方がいいかも。)
何だかいつもよりも身体の芯まであったまった感じがして満足満足。

いつか夢に見た「我が家で温泉」がこれであっけなく実現しました。
今日はカミさんのブログ友達が数名泊まりにくるそうですが、
タンクに半分残っている分を入れておきますね。お楽しみに。
そして私は「祭りが終わったら、ぬるめの温泉でゆっくり酒でも飲もうか。」と
企んでおるのです。
2006.09.22 祭り間近
ここ数日は暗黙の了解で、私は祭りのことだけを考えていてよいことになっています。
(私が勝手に言っているだけですが。)
そんなわけで、昨日は「山車を組み立てる」と聞いていたので、見学にいきました。

「どうせ組みあがるのは午後になってからでしょ。」と
たかをくくって神社に行きました。
流石に祭り前は静かなものです。
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でもふと見ると、何と既に山車の骨組みが組まれているではないか!
ちょっと読みが甘かったですね。でもこの姿を見られただけでも良しとしよう。
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私たち「笛の衆」が座るのは下段のこの場所です。
ここに10名近くが入るのか。結構キツキツかも。
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山車の車も木でできていて、風情があります。
準備と掃除をされていた係の方によると、この山車は明治初期に作られたものとか。
それが現役というのは自慢ですね。
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山車は普段は解体されてこの蔵に収まっているようです。
ここから出して組み上げるところを見たかったものです。
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ちなみに、先日の総練習会の日に、別のグループは綱を編んでおりました。
その時にできたのがこれ。
大蛇みたいです。
カミさんがメイキングビデオを撮ってくれていたのですが、面白かったですよ。
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こうやって着々と準備が整っていきます。
台風で心配された天気も、何とかずれそうな気配。これは大助かりです。
雨でも祭りはやるそうですが、大雨にだけはなってほしくないからね。
でもこればかりは何ともしようがありません。
今までの皆んなの行いの良さに期待しましょう。
2006.09.21 祭り衣装
いよいよ祭りの衣装が配布されました。そこで、
「当日になってうまく着れないといけないから、試着しよう!」
とか言ってますが、要は、はしゃいでいるだけです。

股引をはき、腹掛けを身につけます。
祭りの人というよりも、魚市場のオヤジみたい。
折り目の線が初々しいです。
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そして半纏を羽織ります。
これでようやく祭りっぽくなってきましたな。
あとは鉢巻をして完成ですが、作法が分からないので当日に教えてもらいます。
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ちなみに頭が光っておりますが、これは坊主頭だからであってハゲではありません。
一応言っときます。

さてこのように、見るからに「祭りにうつつを抜かしておる」私ですが、
「祭りのあと」のことにも気は向いております。
というのも、ここ数週間の祭りモードのおかげで、
他のことがおろそかになってきたからです。
最近は何か話題が出ても、「祭りが終わってからね。」と片付けられる始末です。
もちろん片付けているのは私ですが・・・。

その最たるものが「キノコ」「薪づくり」「草刈り」の三大柱ですが、
実は他にもあります。
まずは「保健所への営業許可申請」
年初の予定では6月頃に許可を取って、
早々に菓子製造を始められたらと言っておったのですが、
厨房リフォームが遅れたこともあり、まだ申請していません。
申請用の図面も描かねば。

次が「床下補強」
予定では10月末にオーダー薪ストーブがやってくることになっています。
昨秋修繕した「床抜け部屋」に置くことにしていますが、
もともと薪ストーブを置くほどのことは考えていなかったので、やはり補強が必要です。
床下にもぐってブロックを敷こうかと考えています。

また、「移住以来、下呂から北に行ったことがない!」ということから、
冬が来る前に高山に旅することにしました。
笛のライバル・ショーゴ君一家とともに
「高遠の知人宅に行こう!新蕎麦食おう!」とも約束しています。
高遠まで行くのなら、八ヶ岳まで足を伸ばす?だったら安曇野も?
笛の天才・カツシさんとはワインの会を約束しています。
そうそう、奈良の二上山にも登ろうとしていたのであった。
(わけはおいおい書きます。)

他にも何か忘れていたぞ。そうだ!仕事だ!
ISOの審査員資格を得たものの、
他の忙しさにかまけて勉強を継続しておりませんでした。
来期からは一定以上の実績がないと資格が抹消されてしまうので、
真剣に取り組まねば。

なんてことをつらつら書き出しておりますが、
実は一番懸念しているが、「燃え尽き症候群」です。
祭りが終わったら、しばらくの間は呆けるのではないか?
それもまた良しか。なんてのんきに構えております。
先日発表した『ナチュラルライフ・マーケティング』ですが、
くだんのAさんに資料を送ってみたところ、早速電話がありました。
「いやぁmasan、素晴らしいですねぇ!」
「はぁ。」
いつもAさんは最初はこうやっておだてるので、
「そうは桑名の焼きハマグリ」状態の私。

「ところで、この『ナチュラルライフ・マーケティング』を、
せっかくですのでどこかで発表されたらいかがです?」
ほれ来たぞ来たぞ。
私はとぼけた返事をします。
「どこかってどこですか?」

「例えば『ソトコト』とかいかがです?」
「はぁ?」
最近のソトコトはイコール「ロハス」のイメージがあるので、
どうしたもんだろうと一瞬ためらいましたが、
Aさんすかさず押しの一手。
「ぜひ『ソトコト』でmasanの考えを発表してくださいよ。」

この言い方からして想像できるのは、
「どうぞご自由に売り込んで下さい。私は知りませんから。」
というニュアンスです。
そこで一応確認のために念を押しました。

「つまり、私が『ソトコト』に原稿を持ち込むということですか?」
Aさん快活に「はい!その通りです。是非原稿を売り込んで下さい!」
やっぱりそういうことか。要は本人の努力次第ってことですね。

加えてAさんの一撃。
「何か具体的な事例と写真があるといいですねぇ。」
そんなものないですよぉ。
思いつき(いや失敬)なんだから。

ともかく今回は私の努力次第ということで、
期限を切られなかったのは良しとしましょう。
なんてのんびりしていて良いのか?
まぁぼちぼち考えていくとしますか。
この手のタイトルはどちらかと言うとカミさん向けのネタかもしれませんが、
早い者勝ちで紹介します。

カミさんは越してから「近所に美味しいパン屋がない!」とぼやいておりました。
たまに「あそこはいいよ。」と教えられても、正直いまいちだったりして。

「いっそのこと、うちで焼くか。」と言っておりましたが、
(カミさんは実はパンを焼くのも上手なのです。
コンスタントに納めるのは苦手かもしれないけれど。)
ようやくお気に入りのパン屋が見つかりました。
しかも3軒も立て続けて。要は知らなかっただけなんでしょうね。

まずは、「パン工房くうねる」 
カミさんがたまたま立ち寄った、道の駅「五木のやかた・かわうえ」で
教えてもらったパン屋さん。
まだ多くを食べていないけれど、私たちの好みに合いそう。

ところでいきなり道がそれますが、この道の駅で売っていた杏仁豆腐は、もう最高!
今までの人生で食った中で一番と断言できます。カミさんも太鼓判!

さてお次は、「小麦工房 ルヴァン・ドォル」
ログハウスでアットホームな雰囲気のお店です。
どれを食べても安心できる、間違いのないお店ですね。

さて最後が「パンブティック ピエニュ」
ここはまだHPがないのかな?とにかく驚きました。
店構えといい、接客態度といい、品揃え・味といい、
「何で中津川なんかにあるの?岐阜や名古屋に出せばいいのに。」と
いうほどの高レベルです。

聞けば、高山の「トラン・ブルー」で修行して、最近オープンしたとか。
わたしゃ知りませんでしたが、カミさん曰く、「すっごく有名なパン屋」らしい。
さっそくHPを拝見しましたが、マジ美味そう。
「祭りが済んだら高山に旅しようね。」と言っておりますが、
このパン屋は必須になりそうです。

そんなわけでそれぞれ車で数十分の距離だけど、お気に入りパン屋が見つかり一安心。
ところで、「くうねる」さんは地域で同じ思いを持つショップさん達と
「チーム・オーガニック」なる運動を始めたらしい。
こういう動きは是非応援したいです。
こうやって地域の魅力が高まっていけばいいな。
そしてうちもその一つに数えられるようになればいいな。

ところで、パン屋ではないのですが、是非ご紹介したい店ネタが一つ。
加子母にあるスーパー「アトラ」では、店舗の一部改装に合わせて、
夏からずっと「CDセール」をしています。
その内容がすごいです。
「店にあるシングル・アルバムとも3枚で1000円!」なのです。

つまり、どれを選んでも3枚1000円!何これ?冗談でしょ?
でも残念ながらこのスーパーにはしょっちゅう行くのに、
その「事実」を私たちが知ったのがつい最近のこと。
昨日初めてCDコーナーに行きましたが、ちょっと気づくのが遅かったかも。

それでも何とかお気に入りのアルバムを3枚ゲット。
これら定価を合計すると8008円でした。
つまり、定価の12.5%で購入したことになります。
叩き売りとはこういうことか。

そしてそして私たちも考えました。
「この地域で自然食の食材を販売している店がない。だったら私たちが売ろうか?」
はい、来春飲食店をオープンする時に、合わせて物販も始める予定です。

イメージしているのは、カミさんが働いていた、安曇野「シャロム・ヒュッテ」
そして私がよく通った、八ヶ岳「蔵屋グリーンズ」
どういう品揃えにしていくか、ひと冬かけて考えていきます。
お楽しみに!
「祭りで笛を吹いたらどうだ?」と誘われのたが一年前
マイ笛を与えられ、本格的に練習を開始したのが二ヶ月前
最初は全く音が出ず、合同練習は眺めるだけの悔しく情けない日々。

それがある日、「もしかしてこれ?」というコツをつかみ、
ようやく音が出るようになりました。
でもその後一気に上昇気流に乗るかと思いきや、
どうやっても周りの皆さんとの音が合わない。明らかに半音ずれている。

試行錯誤の挙句、辿り着いた結論が、「もしかして笛が違うのかも?」
その予感が当たり、他の人の笛を借りてからようやく本調子になったというのが
これまでのあらすじです。
その後の私ですが、今は「笛が楽しくて仕方がない」という心境です。

もともと自分でイメージしていた「一年目でこの程度のレベル」には達したと思います。
周りの方も「よくぞ一年目でここまできたな。」と褒めてくれます。
最初は本気で謙遜していましたが、今は素直に嬉しいです。

それよりもね、今は吹いている時の「恍惚感」がたまらないのです。
うまく吹けている時はまるで自分が「音さ」になったかのように、
他の人の音と共鳴していくのを感じて、
とても気持ちが「ノリ」、ハイだけど穏やかな気分に浸ります。

ランニングハイってこんな感じなのかな?
こんな気分になったのはとても久しぶりです。
だからその気分を味わいたくって、隙をみては練習しているのです。

でもこんなに大層なことを言っても、実は客観的に見るとまだまだのレベルです。
私はまだ安定感がなく、時々音が出なかったり、すっとぼけた音が出たりします。
特に祭り本番ではかなり長い間吹くので、持続力が課題です。

昨日、祭りの「総練習会」がありました。
23日の本番に向けての実質最後の合同練習です。
関係者が全員揃って、午前中一杯、ずっと練習しました。

そしてその場でいきなり「『吹き切り』をやってみろ。」と長老に言われました。
笛の衆は十数名いますが、大体うまい人が前の列に並びます。
その中でも一番左に座るのが一番上手な人です。
この人はオーケストラの第一バイオリンのような役を担います。
笛だけでなく、太鼓やからくり人形も含めた全ての動きをリードするのです。
この席には大抵カツシさんが座ります。この写真では前列中央です。

<笛の衆>
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そしてその隣に座るのが「吹き切り」です。つまり二番手というわけ。
この役は、数曲ある囃子の全ての終了を知らせる笛を吹く役です。
その時はたった一人で吹きます。とても短いフレーズだけど目立ちます。
その役を私にしろと言うのです。
正直言ってまだそんなレベルではありませんが、
「ま、練習なんだから、今のうちに恥をかいておけ。」くらいの気持ちで
座らせていただきました。

でもいざ始めるとこれまでの席とは勝手が違います。「間」の取り方がうまくいかない。
しかも昨日は地区の皆さんが大勢見学にきていたし、カミさんとU太も来ていました。
やっぱり力んだかな?こんなことごときで緊張するとは思いませんでした。
結果的に全く吹けませんでした。一人での練習なら吹けたのに。
やれ情けなや。周りの皆さんも締りが悪くてぎこちなかった様子。

<左の御簾の後ろにからくり人形が控えている>
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練習会の後の慰労会では皆さんにビールを注ぎながら平謝り。
皆さん慰めてくれましたが、見学していたある気丈夫そうな奥さんからは
「次からはきちんと切ってくださいよね。」と釘をさされました。
全くご指摘の通りです。

<綱を編んだ人たちと一緒に慰労会>
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またある人からは
「初めての年で『吹き切りをやれ』と指名がかかること自体がすごいよ。」と
励まされました。
それは確かにそうかも。
他にも上手な方がいるのに、声を掛けてもらっただけでも良しとするか。

でも本番は今まで通りに長老のお二人が交互にすることになるだろうな。
今回はとても良い経験をさせていただきました。
そして、ラストの一週間、気を抜かずに練習する気がムクムクと湧いてきました。
ヨッシャー!ますますやるぞと。そしてより完成度を高めるのだ!
<本番でのからくり人形(昨年の様子)>
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(祭りの様子はこちらでも分かります。(真ん中の段の下の方「イベントパノラマ集)
動画でも紹介していますが、ちょっと雰囲気は伝わりにくいかも。)
昨夜、我が地区の笛の天才・カツシさん宅に誘われました。
その話をする前に、ちょっと回り道を。

「中津川フォークジャンボリー」というのをご存知でしょうか?
古くからの音楽ファンから
「中津川と言えばフォークジャンボリーでしょ!」と言われたこともあります。
1969年から3回、今の中津川市坂下町で開かれたフォークの一大イベント
だったようですね。

その頃はフォーク全盛の時代。それに合わせてギターの製作会社も生まれました。
そう、まさに中津川フォークジャンボリーのお膝元、坂下町に
日本を代表するギター製作会社があるのです。
その名は「高峰楽器」。長渕剛、南こうせつらは今でも使っています。
イーグルス『ホテルカルフォルニア』のあのイントロはここのギターだそうです。

前置きが長くなりましたが、カツシさんはその会社に勤め、
ギター製作の最後の過程である音の調整をしているそうです。
言わば「音のプロ」ですね。
そんな彼の自宅で、アナログLPを聴きながら音楽談義をしてきました。

マイルス・デイビス、ドゥービー・ブラザーズ、スティービー・ワンダー、
松任谷由美、そして私がかつて大好きだったアランパーソンズ・プロジェクトなどなどを
かけてもらいました。
彼は私の一歳下なので同世代。聴いていた音楽もかなりだぶっています。

それにしても、
ステレオを前に座り込んでじっくり聴きながら会話するなんてホント久しぶりです。
思わず高校時代を思い出しました。あの頃はこんなことばかりしていたなぁ。

そしてやっぱりアナログっていいな。
つい感化されるタイプなので、
私もだんだんレコードプレイヤーが欲しくなってきました。
するとカツシさんが一言。「masanの家って、ステレオが残っていなかったですか?」
えっ?どういうこと?

聞けば、カツシさんは我が家の前の地主の子供と同級生だった関係で、
この家にはよく遊びに来ていたとか。
そしてこの家に置いてあったステレオでよくレコードを聴かせてもらったらしい。
「あのステレオ、いい音出していたよなぁ。」と懐かしむカツシさん。

その話を聞きながら、私は次第に凍りついておりました。
「確かに引っ越した時には古い木製のステレオがあった。・・・
でも『うちにはレコード盤が無いから。』と処分しちまった。・・・」
うーん、ショック!
大切な文化財の価値を知らない無知な人間になった様な気分がして、
少し落ち込んでしまいました。

帰宅後、カミさんにその話題をしたら、
「あぁ確かにあったわね。」とやはり残念そう。
「masanはアナログステレオが欲しいの?」と訊ねられましたが、
確かに欲しくなってきたけれど、うちにあったのを処分しておいて、
別のが欲しいなんて言える立場ではないので、「別に。」と軽く応えました。
でもやっぱりショックです。
2006.09.16 一歳行事
「子供が満一歳を迎えたお祝いに一升の餅を背負わせると、一生食べ物に苦労しない」
という行事があるんですってね。
他にも、「誕生前に歩くと、成長してから親元を遠く離れて暮らすようになる」
という迷信から、重い餅を子に背負わせてわざと転ばすという時代もあったようで、
成長してからもいつまでもそばにいて欲しいという親心が偲ばれる行事でもあるとか。

私は今まで知りませんでしたが、
カミさんは随分前から「U太に一升餅を担がせるんだ!」と唱え続けており、
着々と準備を進めておりました。
そして昨日、事を起こしたのでありました。

まず、餅をつきます。
本当は杵と臼でやりたかったのだけれど、私がやり慣れないのと、
時間がないということで、お隣のタケオさん宅から餅つき機をお借りしました。
昨日のブログで「自動チャーハン製造機」のことを笑っておきながら、
「では餅つき機はいいのか?」と自問してしまいますが、これは確かに便利です。
そしてつきあがった餅です。流石にでかい。こんなのをU太に担がせるのか?
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担ぐ時の衣装は特に指定がないようですが、せっかくだから「ふんどし姿」にしようと、
人からもらった「エビスビール柄」の日本手拭いで代用。
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早速一升餅を担がせようとしますが、重いからか、なかなか立とうとしない。
そりゃそうだよね。
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やがて餅がずれてきて、まるでカッパです。
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ま、こんなものでいいか。
U太も一仕事終えてかぶりつき。
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その後、これはこの地域だけの行事だそうですが、
「箕」に「豆」を入れ、その中にU太を入れました。
何の意味があるのかよく分かりませんが、形だけ言われた通りにしました。
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これで無事行事は終了。
どうもお疲れ様でした。
昨日、「食」のコンベンションに行ってきました。
普通、「食」テーマのコンベンションとなると、
「やれ食え」「これ食え」と試食ブースのオンパレードで、
まるで「無礼講の百貨店試食コーナー」的なんですが、
今回のはどちらかと言うと業者向けだったらしく、割と地味でした。

それでもそれなりに試食コーナーはあるもので、おかげで昼食無しで過ごせました。
食べたものをざっと挙げると、
讃岐うどん×3、コンニャクうどん、パン×4、白玉×2、コーヒー、紅茶、富士山の水、せんべい、生ゆば、烏骨鶏スープ、味噌、稲荷寿司、巻き寿司、タイヌードル、朝鮮人参スープ、ソフトクリーム、ピザ、クッキー、米粉パン、山伏茸入り黒糖、豆乳ホイップ、ホットチョコドリンク、生蛸、・・・
他は覚えていません。

これだけのものを少しずつでもお腹に入れると確かに満腹になりますが、何か満たされない気分がするのはいつものことです。
いつぞやの「健康食品フェア」に行った時は、サプリメントを散々腹に入れて、
妙にハイな気分になったものです。

私、今までに何度かこういうコンベンションの出展者の立場で参加したことがあり、
そのうちの数回は、自ら「企画、準備から運営」までやったことがありますが、
その度にいつも思うのは、「これだけの費用と人の手配と労力を掛けて、
果たして割があっているのだろうか?」という疑問です。
少なくとも私が今まで関わった企画は全て「割の合わない」イベントでした。
はっきり言って。

だから今回もそういう出展者を多少哀れむ気持ちを持って見回っていましたが、
どうなんでしょうね、各社どれだけ成果があったでしょうか?
ぐるっと回った印象では、「10年前とそれほど変わらんな」という感じでした。
「ほらこんなに便利」「ここがちょっと変わっています」のオンパレードでした。

そんな中から記憶に残った一例をご紹介。
これは「自動ピザ生地伸ばし機」です。
ちょうど生地を伸ばす時の撮影を逃してしまいましたが、
三角錐状の装置が回りながら生地を伸ばしておりました。
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お次は「竹焼塩」です。竹筒の中に塩を入れて、高温で焼いたとか。
「それがどうした?」という気がせんでもないですが、一度うちでもやってみよう。
(それはそうと、一度やってみたいのが、
「海水を焚いて焼き塩を作る」という作業です。
丸一日かかるそうですが、いつかやるぞ!)
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一番感心した(呆れた)のがこれ。「自動チャーハン製造機」です。
蛇状の太い針金がぐるんぐるん回って、米と具を均一に回して炒めるとか。
これが「便利」なのか?
それでも、厨房でレトルトの袋を茹でたのを出すレストランよりはましなのかもね。
何だか悲しくなってきました。
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一緒に回った職場の同僚とひとしきり感想を述べ合います。
「昔、炊飯器が登場した時は『主婦の苦労を救う』と歓迎されたけど、
ここまできちゃっていいのかね?」
「今日はチャーハンだけでしたが、
いずれは『自動マーボー豆腐製造機』『自動エビチリ製造機』が出るだろうね。」
「やがてあらゆる調理をロボット一台でこなすようになる。」
「すると人間は何をするの?」
「与えられたものを食うだけでしょう。」
「それって、養鶏場じゃないか。」
「まさに。あとは出た腹をスポーツクラブでへこますだけ。」
「それもロボットがやってくれたりして。」
「ありうるね。でもそれってまるで『マトリックス』の世界だね。」
「人間は、ただ生きているだけってか?」

現実にそこまでいくかは分かりませんが、私にはなじめません。
一箇所だけ、「手焼きせんべいの実演」をしている会社がありました。
こういうのを見ると心が和みます。
やっぱり私はこういうのが好きだなぁ。
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今度の秋祭りでは、山車を綱で曳いていきます。
この綱は毎年、祭りの前に皆で作ります。
その最初の作業として、各家にワラが配られ、
下ごしらえをしておく様にとの指示がありました。
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でも私はそんなことをしたことがないので、
困った時はいつもお隣のタケオさんちに行きます。
するとタケオさん、いとも簡単にやって見せてくれました。
その方法を頭で覚えて、帰宅後に早速試してみます。
まず、最初に配られたワラはこんな感じ。脱穀したあとそのまんまです。
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それを槌で叩いていきます。
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槌はこんなやつ。便利にできています。
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全てをまんべんなく叩き終えると、ワラの束をしっかりと握って、
くだけた外側を叩き落とします。
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タケオさんがやると、この段階でほとんど綺麗に落ちるんだけど、
素人はそうはいかない。
その後に丁寧に指でつまんで落としていきます。
そうやって、意外に時間をかけながらもようやく下ごしらえ完了!
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アップで見ると結構綺麗!
うちの黒米も収穫後にやろう。
しめ縄もできるかも。結構わくわくです。
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落としたワラくずは、鶏たちのベッドに。
完璧!全てを使い切りました。
稲って本当にすごいね。
ますます稲に思い入れが募ってきました。
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この17日に地元の人々が集まって、このワラを編んで綱にしていくのだとか。
私は笛の練習時間と重なるのでそちらはできませんが、
村人みんなで祭りを作っていくと実感します。
じわじわと祭りモードが高まってきました。
2006.09.13 U太へ
<誕生直後>
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長かったようで、あっという間の1年だったなぁ。
でも話は2年前にさかのぼるんだよ。

<産まれた夜>
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2年前の今頃から「そろそろ欲しいね。」と話し合って、
いろいろ努力しているうちに、
「もしかして?」という時がやってきました。
でもね、その時はまだ半信半疑だったんだ。

<三日目>
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2005年の元旦、父さんの仕事の関係で私たちは出雲大社にいた。
その時に母さんは高熱を出してね、それはもう苦しそうだったけれど、
「もしかしてお腹に赤ちゃんがいるかもしれないから。」と、
頑として薬を飲まなかったんだ。

<一ヶ月>
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だから父さんはネギを焼いたり、リンゴをすりおろしたり、
母さんをマッサージしたり(楽健法が効いたみたい)して看病したよ。
おかげで熱も下がり、以前よりも元気になった母さんを見て、
「これで身体の毒が抜けて、本当に子供を迎える準備ができたのかな。」
なんて思ったものだ。
今から思えば、その時、父さん母さんが試されていたのかもしれないね。
お前を迎えられるかどうかについて。

<吉村先生と>
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母さんのお腹の中にいる間、お前はよくキックやシャックリをしていたよ。
そんなお前に母さんはよく話しかけていたね。
吉村先生から「運動が足りん!」と叱られて、その後はとてもよく歩いていた。
そして臨月に入る頃には先生からも
「子宮がとてもやわらかくなっている。よく頑張ったな。」と誉められてね。

それできっと油断したんだろうな。
ケーキとか自然食バイキングとかに走ったものだから、
最後の最後に痛恨の妊娠線が出てしまったよ。
(ばらしちゃった。ご免ね母さん。)

<ハイハイ始まる>
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本当は母さんは自宅か近所の助産院で産みたかったんだ。
でもある時の検査で自分がB型肝炎のキャリアだってことが判り、
そういう産み方が無理だと知った時、母さんはそれはもう大泣きしていたよ。
でも吉村医院だったら受け入れてくれるかもと、
ワラをも掴む思いで行ってみたことで、より素晴らしいお産をすることができたし、
結果的に吉村先生とのご縁もできたんだ。
タイミングとはそういうものだね。

<端午の節句>
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9/11に「破水したかも?」と書き残してからの出来事は、
ブログで紹介している
から省きます。
その後は、「あぁ、ようやく首がすわったな。」
「おっ、目で追ったぞ。」「初寝返りだ!」・・・
一つひとつの出来事にほっとし、喜び、父さんにとって本当に幸せな日々だったよ。
最近はお前が満面の笑顔で私をめがけてジタバタと近寄って来る時は
もうたまらないよ。

<つかまり立ち始まる>
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父さんはもういい歳だから、子供には恵まれないものだと諦めていました。
だからこんな素晴らしい人生が待っていたなんて夢にも思わなかった。
これまで「糸の切れた凧」のような人生だったけれど、
(それはそれで楽しかったけれど)
今は線路を走る機関車のような気分です。
これも全て、お前と、そして母さんのおかげだよ。

<扇風機におおはしゃぎ>
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母さんはすごいんだよ。
お前が何をやらかしても、イライラせずにお前に接しているのだから。
今でも夜中に何度も起きてはお前の相手をしているだろう?
母さんには感謝しておくれ。もう分かっているよね。

<おんぶにご機嫌>
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ある日、何かに引っかかって、私の目の前でお前が倒れ、
そのまま動かなくなった時があったよね。
あの時は軽い脳震盪でも起こしたのかもしれないけれど、
その数秒間、父さんは本当に心臓が止まる思いだったよ。

「おい!」って声を掛けて、お前がぴくっと動いた時、
父さんは「生きてさえくれればいい。健康であればいいんだ。」と心から思ったよ。
今の私にとって、お前と母さんのいない人生なんて考えられないよ。

<すぐに駆け寄ってくる>
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赤ん坊は親を選んでやってくるというのを聞いたことがある。
わかるなぁ。
きっとお前は、地球をじっと眺めていて、「よし、この親の元で生まれよう!」と、
まるで「グーグル・アース」のようにぐんぐんズームインしてやって来たんだよね。

<ごはんを食べる>
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ありがとう。父さんと母さんを選んでくれて。
そして一歳の誕生日おめでとう。

<“兄貴”空ちゃんと>
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昨日書いたように、秋の山に入るのには気合が必要になってきました。
そこで今日は私の山入り支度をご紹介。
まずはこれ。「熊鈴」です。
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この辺りの土産物屋ではいろんな熊除け用の鈴を売っていますが、
わりとちゃっちいのが多いです。ただの「大き目の鈴」という感じ。
でもこれは本式です。音色もとてもよろしい。
yoyoさんも最近買い換えたそうですが、どんなのかな?
あまりいい音過ぎると、かえって熊が寄ってくるかも?

お次はナイフです。山で過ごすにはナイフは必需品です。
私は大中小の3本持っていますが、
これが一番大きいやつで、「山賊ナイフ」と呼んでいます。
刃渡り20cm程度。出刃包丁並のごつさがとりえです。
これがあれば、いざという時に刺し違えることができるかなと。
でもこいつを街中で持ち歩くと逮捕されるので注意が必要。
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そして猟師の誤射を防ぐには目立つ服をということで、真っ赤なウィンドブレーカー。
こいつは、1979年に近鉄バファローズが西本監督の元でパリーグ初優勝した時に、
大阪・あべの近鉄百貨店のバーゲンで買ったものです。
だから27年目ということ?もしかして私の持ち物で一番古いかも。
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この杖には「返し」がついているので、
枝を引き寄せたり、何かに引っ掛けて崖を登ったり、
逆に持って笹をかき分けたりと、とても便利です。
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山菜やキノコを入れるのはこの腰籠が一番。
昔からある道具はやっぱり便利です。
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ということで、ちょっと都会ではない格好でうろうろしています。
「秋だ!キノコだ!」と宣言した割には行けておりません。
何よりも見つけておりません。(この辺りは出るのが遅いという説もあり。)
そしてキノコが見つかる前に、深刻な障害が現れました。

障害その1:怖い人
加子母はまだましだそうですが、一歩村から外に出て山で見つかると、
とても怖い人たちに怒られるそうです。
噂では一部は「ヤ」の人らしい。
松林で採れるキノコが入札制になっていて、シーズン中は地主でさえ入れないとかで、
そんな処に迷い込んだら、「半殺しの目にあう」のだとか。
数名の方から真剣にアドバイスを受けました。

障害その2:熊
今年は既に加子母で数回姿を現しています。
それも結構里に下りてきているらしい。
遭遇したらどうするか?

障害その3:猟師
熊や猿が出たことで、猟友会に召集がかかっています。
おかげで毎日「パンッパンッ」と山から音が響きます。
山に入るのに、赤いベストか何か着なければ。

障害その4:植生
現実に、ヒノキとスギばっかり!
たまに松林を見つけても、「障害その1」がいるんじゃないかと落ち着きません。
見込みのある場所をまだ見つけられていないのが現状。

障害その5:時間
これはいつものことだけど、まとまった時間をなかなか採れない。
ま、これは私の心がけ次第なんですが。
特に今は暇があれば笛の練習をしているので・・・。

これらのことから、特に1・2・3の理由から、
私が山に入るとカミさんがとても心配がります。
また、名前の分からないキノコを教えてもらおうと近所に行くと、
「お前、そんなもの食うな。可愛い幼子を路頭に迷わす気か?」と脅されます。
そんなこともあって、未知のキノコを試そうという気にもなかなかなれない。
ちょっと気持ちが守りに入っていますね。
これが実は「障害その6」か?

そこで、カミさんとも話し合い、以下の中間判断をしました。
まず、キノコ狩りについては慌てないことにしました。
まずは地元の山持ちの方と知り合いになり、信頼関係を築いてから採らせていただく。
そのためには、私が山持ちになることも検討します。
そうなることで、自分の山に入れることはもちろん、
「山持ち仲間」に入れてもらえれば何かと融通がきくのではという考えです。

また、これからは栽培に力を入れることにしました。
できるだけ可能な種を、これから育てていきます。
でも現実に揃いだすのは数年後からだろうな。

こんな調子ですので、当初から
「春は山菜、夏は夏野菜、秋はキノコを中心とした料理」と言っていましたが、
これからは表現を変えます。
「この地域で採れる旬の食材を活かした自然食」という風に。
ま、これが私たちにとっての自然なペースなのかもしれません。

それでも、やっぱり山には入りたいので、可能な限り時間を取るつもりです。
そして慌てず、少しずつ山を知っていきます。コツコツやっていくしかないようです。
ぼちぼちでんなぁ。
昨日は面白い出会いがありました。
まず、9/7にコメントをいただいた、けいこさん御一家が訪ねてこられました。
愛知県にお住まいのご家族、田舎への移住先を探しているうちに、
昔行ったことのある加子母をふと思い出し、
グーグルで「加子母 移住」と検索して、私のブログに辿り着いたらしいです。

そして、けいこさんも吉村医院で今年1月に出産し、
ご夫婦とも自然志向ということで、私たちのライフスタイルとの共通性も感じ、
「加子母が移住先にふさわしいかどうか」見定めるためにやってこられたとか。

まず、私たちが普段感じていることをひとしきりお話しました。
そして、私たちが珍しく外で昼食をとっている間に、
加子母自慢の小学校や明治座、産直市などを巡っていただいて、
午後にまたお越しいただきました。

お二人とも加子母のことを気に入っていただいた様子で嬉しいです。
帰宅後、近所に住むご両親と相談して決めるとのことで、
いざ決断されたら、私たちも彼らの住まい探しに協力するつもりです。
ダンナさんの転職先探しも必要になるだろうし。
新しいご縁が生まれるかもという楽しみが増えました。

さて上にも書いた「私たちにとっての珍しい外食」ですが、久々に豪遊しました。
下呂温泉のホテルでバイキングに行ったのです。
ことは2ヶ月ほど遡り、カミさんがある新聞チラシを見つけました。
健康バイキング(マクロビオティク・メニュー有り)』・・・下呂温泉「小川屋」

この手のネーミングに弱いカミさんは、
私の機嫌を見ながら「バイキングいきたいなぁ~」とねだっておったのです。
でもなかなかそういうタイミングが取れないまま夏が過ぎ、秋に入ってしまい、
このままではいつになるか分からないので、
「よし、今度の週末に行くぞ!」と約束していたのです。

さてホテルに着くと、結構立派な設えです。バイキング会場も広い。
U太連れの私たちには座敷をまわしてくれました。これがまた立派。
まず座敷に玄関がある。
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そして部屋も十分に広い。
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この部屋が貸切りというだけで大助かりです。
U太がご機嫌でいてくれたのも良かった。
暇をみては壁に向かって得意の「頭ごっつん」。
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食事も結構いけました。
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正直言って、マクロビオティックをわざわざ名乗るほどではなかったですが、
肉類は鶏肉主体で、味付けも優しく、満足して帰りました。
ここは今後、来客があった時にも使えそう。
従業員も「近所のおばさん」的な対応で、とても親しみを持てました。

愉快だったのが、壁に「生産者の方々」が写真入りで紹介されていて、
その中に、私の笛のライバル・ショウゴ君が紹介されていたのです。
しかも、「ショウゴ君とファンファーミング」と、職場名から本名が飛び出している。
(HPでは順序が逆ですが、店内版では名前が先に出ていた)

何だこれ?「内山田洋とクールファイブ」みたいじゃないか?
しかもショウゴ君は一社員なのに、まるで代表者のような扱われ方。
ライバルとこんな場所で出会い、一人爆笑する私でした。
そうだ、早く笛の練習しなきゃ。
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これ、何か分かります?
ウドの花です。
きっちりウドの香りがします。可愛いですね。

さて、9/5のブログで、私の笛が半音ずれている話を書きましたが、
そのことが明らかになったことで随分と気が楽になりました。
自宅でも半音ずれたまま、結構良い音がでるようになりました。
でも、どうやっても半音ずれている状態は変わりません。

昨夜の練習会の始まる前、いつもより早目に出た私は一人練習をしておりました。
そこに登場したシゲカズさん。総合事務所に勤める温厚な方ですが、
「何なら私の笛を使いますか?」と出してきてくれました。
そこで登場したシゲカズ笛!上がそうです。下が私の笛。
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歌口の場所を揃えて並べましたが、穴の大きさや位置が全然違うでしょ?
これで同じ音を出せと言う方がおかしいよね?
シゲカズさんは今回は笛の役ではないとのことでしたので、お借りすることにしました。
すると調子いいわ!

今までとても気になっていたずれはもちろん、
出にくかった音も出るようになって、
「一体今まで何を悩んでいたの?あなた?」という感じです。
大体私の人生ってこんなものです。物事を学ぶのに紆余曲折がある。
でも、だからこそ「できない人の痛みが分かる」と自負しています。

若い頃のウインドサーフィンもそうでした。
セールが立つまでにどれだけかかったことか。
だから、初心者を指導するのはうまかったですよ。
そしてみんな、私を追い越していきましたが・・・。
スキーもおんなじパターン・・・。

そんな青春の苦い思い出は置いといて、
とにかく祭りまであと2週間という時に、ようやく大きな展望が見えてきました。
ヨッシャー!やるで~!
これから徹底的に練習して、そこそこのレベルになってみせます。
ラストスパートでやる気マンマンモードの私です。
私は名古屋方面に電車で出掛ける時はJR中央線・恵那駅を利用してきました。
自宅から中津川駅に行くのも恵那駅に行くのも大して時間は変わらないし、
恵那の方が名古屋に近いので少しでも安くあがるという理由からでした。
恵那駅の近くに駐車場を借り、それはそれで便利にしていたのですが、
一年間過ごしてみて、少し不便な点も分かってきました。

まず何よりも、冬の間、駅のホームで待つ時間が辛いことです。
スーツにコートというのはそんなに暖かい格好ではありませんから、結構きつい。
その点、中津川駅は楽です。
名古屋に向かう快速は中津川駅が始発なのです。
だから出発前まで車内で座って待っておられます。

また、最近作った会社の関係で、
税理士さんや司法書士さんとの付き合いが深まりそうですが、
皆さん中津川駅周辺にいらっしゃる。付き合いたくない税務署も。
そこで借りる駐車場を中津川駅周辺に変更して、
中津川駅からの通勤スタイルに変えることにしました。

インターネットで空き情報を調べて電話し、良さそうなところに昨日伺ったところ、
その駐車場はまさに司法書士さんのオフィスの隣で、しかも同じ大家さんでした。
これもご縁ですね。大家さんも信頼してくれ、即決しました。
ついでに司法書士さんも訪ねて、お茶しながらしばらくキノコ談義。

さて思いのほか順調に事が済んだので、
車を置いて中津川駅周辺をぶらぶらしてみました。
実は今まで駅周辺って歩いたことがなかったんですよ。
それが意外に良いところですね。
まだ中山道の宿場町の風情が残っています。結構気に入ったかも。

そして何と言っても今、中津川は華やいでいるのです。
それは「栗きんとん」の季節だからです。
「中津川と言えば栗きんとんですね。」と他の地域の方から言われるほどの地です。
あちらこちらで「栗きんとん」ののぼりが見えます。
確か「栗きんとん発祥の地」の碑があったよな。

ところでこのHP、なかなかいけますよ。
各店、微妙に出来が違います。
多くの文豪に愛された「すや」が一番有名ですが、ちょっと高いかな?
ここのは「そばせん」が実は美味い。店構えはとてもよろしい。

私たちはまだ十分に食い比べてはいませんが、「川上屋」は割りと好きです。
それと上のHPは中津川駅周辺の店しか紹介していませんが、
はずれにもたくさん店があるようです。
同じ中津川市で、駅から遠く離れたわが加子母にも「仁太郎」という店がありまして、
最近、高橋英樹が紹介したとかで、やたら評判がよろしいようです。
お隣の付知町でも、「南陽軒」は楽天で上位なんですと。

つい栗きんとんの話題で行を食ってしまいましたが、
ターミナルを変えたことで、(そんな大げさではないけれど)
これから暇をみて散策する気が出てきました。
ぼちぼち中津川紹介もしていきますね。
自らの尻を叩いて、今日発表すると宣言したわけですが、
こんなに安直で良いのでしょうか?
とりあえず、「はじめに:ナチュラルライフ・マーケティングが生まれた背景」と、
「第一章:ナチュラルライフ・マーケティングとは」にあたる部分を
書き下ろします。
文章にすると読み飽きますので、箇条書きです。

・・・・・・・・・・
・ここ2~3年の間に、マーケティングが劇的な変革期を迎えています。
・その背景の一つにインターネットの発達があります。
・これまでは、「マス媒体によるマス広告」がマーケティングの王道でした。
・「インパクトのある広告」を、「数多く」「一般大衆に」発信することが良しとされ、
 企業にとって「広告せねば売れない」という脅迫観念が染み付いていました。
・これは、広告代理店の策略にまんまとはまったおかげです。
・ところが、「いくら宣伝広告に金をかけても、実は成果が低いのでは?」
という指摘(効率の悪さ)は囁かれていました。

・その指摘を証明するかのような動きが出てきました。
・「検索エンジン」の登場により、消費者一人ひとりが求めるニーズが明らかになり、
 そのニーズにピンポイントで対応する広告を打つことが可能になったのです。
・それにより、従来は見向きもされなかった「小さい市場」が
俄然注目される様になりました。
・つまり、マスから個へのマーケティング戦略の方向転換です。
・これらは「Webマーケティング」と呼ばれ、
従来のマーケティングに替わりかねない勢いです。

・もう一つの背景は、「企業の透明性」を求める風潮です。
・重なる不祥事のおかげで、「もう私たちは騙されないぞ!」と
感じる消費者が急増しています。
・また、従来ならば泣き寝入りしていたネタがどんどん暴露されるようになりました。
・その結果、今繁栄している企業も、
明日はどうなるか分からないという時代になりました。

・このようなことから、「企業の透明性」が求められるようになっています。
・ここで大切なのは、企業の身の丈に合った、
信頼できる情報を正直に伝えることです。
・CSR(企業の社会活動責任)が謳われるようになりましたが、
 コンプライアンス(法令遵守)と合わせて、
この「正しい情報開示」が大きなテーマになってきました。

・さてこれらの背景を踏まえて、これからの企業に求められる姿は、
それぞれの企業にとって「自然体で臨む」ことではないでしょうか?
・この点については企業よりも、個人の方が進んでいるように思います。

・「私はこういう生き方をしたかった。」
「私は何をしたかったんだっけ?」
「この機会に人生をやり直そう!」・・・
・「自分探しの旅」を続けるうちに自身をまっすぐに見つめ直し、
自分の気持ちに素直に生きよう、つまり自然体で臨もうとする人は増えてきています。
・「自然」と呼ぶからと言って、自然の中に身を置かねばならないわけではありません。
・田舎であっても、都会にいても、「自分の気持ちに素直に生きる」ということが、
『ナチュラルライフ』ではないのでしょうか?

・そして同じような視点が企業にとっても言えると思うのです。
・「私たちの会社は何をしたかったのだろうか?」
・「何をすることが私たちの会社の存在価値につながるのだろう?」
・言わば、企業にとっての「自分探し」ですね。

・このような視点で我が社を見つめ直し、等身大の姿を受け止め、
最新の媒体を介して正直に情報発信し、
消費者との双方向コミュニケーションを深めることで信頼性を獲得していくこと。
・もちろん、環境問題や社会活動に積極的に取り組むことも大切ですが、
 企業活動そのものが自然体であること。それをきちんと伝えること。
・それが、『ナチュラルライフ・マーケティング』なのです。
・・・・・・・・・

ふう。どんなもんでしょうか?
Aさん、これで許してくれるかな?
「では、ナチュラルライフ・マーケティングに則った具体的な手法について、
A4版2ページにまとめてください。2ヵ月以内に。」
なんて言わないでね。
7/27のブログでも紹介した、例のタレント登録ですが、
結構苦労して申請書類を作成し、仲介者のAさんに送りました。

その後Aさんから電話がありました。
Aさん「この度は書類送付、ありがとうございました!」
私「はぁ。」
Aさん「ところで、ご記入欄の中で、可能な講演の題目として
『ナチュラルライフをテーマとしたマーケティング』というのがありましたが、
それにとても関心を持ちました。」

(そんなの書いたっけ?口からでまかせで、欄を埋めたかも)
私「はぁ。」
Aさん「そのテーマについて、もう少し具体的な内容を知りたいのですが?」
私「そ、それはですね、いうなれば私の暮らしそのものという意味でして・・・」
Aさん「(私のセリフを遮って)過去にそのテーマで講演された
レジメなどありますでしょうか?」
私「い、いえ。別にそういうものはないのですが・・・」

いつものことですが、
Aさんはとてもにこやかやな笑顔で優しい口調ですが、言うことはきついです。
矢継ぎ早に要求してきます。
そのおかげで物事が進むのですが・・・。

Aさん「では、masanの考える『ナチュラルライフ・マーケティング』とは何ぞや?
というものをA4版1ページで結構ですので、一週間以内に出してもらえますでしょうか?」
私「え”っ?それは無理です。最近(笛とか薪割りとか草刈りとかで)忙しくて。」

Aさん「ではいついただけるでしょうか?」
毎度のことながら、Aさん押しが強いです。
まるで編集者に追い立てられている小説家の気分です。気分だけ。
私「そ、そうですねぇ。一ヶ月くらいいただければ。」
Aさん「では、一ヶ月後にいただけるということで、よろしくお願いします!」
ガチャ!

このやりとりがあったのが、3週間前です。
ということはあと1週間ほどしかないということ?
まずいな。まるでほおっておりました。そのことに今日気づきました。
どうしよう?
気分は売れっ子(?)のエッセイストです。気分だけ。

いずれにせよ、何かしら書かねばなるまい。
そこで、「実際にそのテーマで講演をするとしたらどうするか?」と
イメージしてみることにしました。
そんなわけでぼちぼち考え出した私。
明日、このブログで概要を発表します!

なんて書いて良いのだろうか?
はっきり言って、現在の時点で頭は真っ白です。
そういえば昔『ストップ!!ひばりくん!』とかいう漫画を描いていた江口寿史は、
原稿が間に合わなくて苦労していたよな。
なんて仲間探しを始めていてはいけません。

・・・ど、どうしよう?
23日の祭り本番に向けて、実は私、ここ2週間ほど悩んでおりました。
8/19に「笛のコツをつかんだ!」と叫んだ後、思ったよりも上達しないのであります。
俗に言う「スランプ」っていうやつですね、
なんて書いたら他の上手な方々に笑われますが・・・。

自分一人だと一通りそこそこいけるはずなのに、
皆さんと一緒に練習すると何か合わない。
その合わないのはまさに「音」でした。
私の吹く音が半音ずれて低いのです。

「おっかしいなぁ?」といつも首をかしげながら吹いておりますと、
大先輩は「吹き方が弱いんじゃないか?」とアドバイスをくれます。
そこて思いっきり力を込めて唇をひん曲げて吹くと、確かに目指す音に近づきますが、
それって何か変です。周りは誰もそんな風に吹いていない。
大体そんな吹き方じゃ息が持ちません。
次第に、良く音の出る吹き方を忘れ、音そのものも出ない時がありました。

こりゃまずいぞ、といろいろ考えた挙句、ある答えに辿り着きました。
「この笛が変なんじゃないか?」
そして、一昨日の練習会の合間に、うちで一番上手な、
「笛の天才」と呼ばれるカツシさんに私の笛を吹いてもらいました。
ちなみにカツシさんは私と同世代で音楽や酒の趣味が合い、
これからもいろいろお付き合いが深まりそう。

カツシさん、私の笛を持つなり、「太っといなぁ!」
えっ?太さが違うの?
そして実際に吹いてもらうと、カツシさんが吹いても半音低いです。
「何か変ですね。」とカツシさんの笛と比べると、穴の位置も違う。
そこで、その場にいた笛吹きの皆さんと比べてみたら、やっぱり違っていました。
しかも息を吹き込む歌口の中奥の懐が深く、
「これじゃぁ吹きにくいだろうな。」と納得顔。
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何よりも私が一番得心しました。
「やっぱり笛が違うから音が違ったんだ!」
聞けば、今年は私の分を含めて4本を新しく仕入れたとか。
どうもその4本ともこれまでのと異なる様子。
そう言えば私のライバル・ショウゴ君も常々「何か変ですよね。」と言ってました。

早速、その夜は練習をさぼっていたショウゴ君に電話。
「へぇ、そうなんですか。だったらずれていることを気にしなくていいんですね。」
おおらかで楽観的な感想は彼らしいです。
私も「ここ数週間の苦労はなんだったんだ?」なんてとらえずに、
彼に習うことにしました。
ライバルだけど。

その夜の練習会は気持ちも軽やかに参加できました。
もちろん私の音は半音ずれたままです。
でもそれは「しょうがない」のだから、ずれたまま吹き通しました。
要は気持ちの問題ですね。
(ずれた音を聞かされる周りの皆さん、どうもすいません。)
土日、カミさんのブログ友達のまっちゃんが遊びに来てくれました。
一歳半の息子・空ちゃんと一緒です。
私は別件で忙しくしていたので、あまりゆっくりと話す時間がなかったのですが、
拝見した印象は「カミさんと同種の人」という感じです。
(「同じ匂いがする」と書くと「お前は嗅いだのか?」と突っ込まれそうなので、
表現を変えました。)

不思議ですね、顔つきも話し方も違うのに、「醸し出す世界観」が似ているなんて。
カミさんも同じように感じているらしく、長い付き合いをしたいと申しております。
まっちゃん、宜しくお願いします。

さて今回はアルバム風に進めます。
U太と空ちゃんが、年齢が近いこともあってか、意気投合したらしいのです。
まずはご挨拶。U太得意の「頭ごっつん」です。
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昼間には水遊びをしました。
たらいもあるけれど、こちらの方が収まりが良かったみたい。
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こうやって見ると、まるで双子みたい。
泣き声もそっくりなんですよ。
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でも私はこの写真が気に入りましたね。
二人ともなんか存在を主張してます。「幼児の主張!」みたいな活力を感じます。
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さて昨日は地元明治座で、
地域の皆さんによる地歌舞伎があったのでお連れしました。
歌舞伎が上演される前の空ちゃん。ゴキゲンです。
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一方、U太はおねむモード。
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さて歌舞伎が始まりました。地域の役者さんの熱演開始です。
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桟敷は客でギッシリ!でも結構他所からの人が多いみたい。
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空ちゃんはとても関心を持った様子で、かぶりつきです。
ここは二階。手すりの位置が低いので、まっちゃんヒヤヒヤしながらも、
息子が歌舞伎に関心を持ってくれて感激風。
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一方、U太も目覚めました。結構熱心に見入っています。
歌舞伎観劇デビューの二人です。
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こうして時は経ち、二人は去っていきました。
でも半年年上の「兄貴」ができたみたいで、
U太はとても刺激を受けて一気に成長したみたい。
子供ってすごいね。
また、明治座で他の方から「双子ちゃん?」と尋ねられました。
それくらい二人の風情が似ています。

母親同士も、子供同士も雰囲気が似ていて意気投合した様子で、
私もとても嬉しいです。
インターネットを通しての出会いというのも良いものですね。
コミュニケーションの幅が広がった思いを感じた日でした。
私は仕事柄、調べものをするのに検索エンジンをよく使います。
検索エンジンがなかったら、今の仕事は成り立たないでしょうね。
そしてその中でもグーグルは最も使う頻度が高いです。
使わない日はないです。
そんな私ですが、実はグーグルのことをよく理解していませんでした。

私は以前からそうですが、「取り扱い説明書」なるものをほとんど見ません。
パソコンでも「ヘルプ」はまず見ないですね。かえって訳が分からなくなるから。
いつもテキトーにいじっているうちに、
何となくコツが分かればそれで良しという感じです。

だからグーグルについても、ただ開いてキーワードを並べて検索するだけでした。
でもそれって、グーグルの持つ機能のうちの、ほんの一部だったんですね。

例えば検索結果の中で探し物が見つからない時、
「キャッシュ」を押せば楽なことは知っていましたが、
キャッシュとは何かは知りませんでした。
また恥ずかしながら、グーグルがどこで儲けているのかさえ知りませんでした。
ましてやグーグルの狙いについては、まるで無知でありました。

そんなことを思い知った本を読みました。
『グーグル Google、 既存のビジネスを破壊する』文春新書版 佐々木俊尚著
帯には「Google 破壊者か 全能の神か」とあり、読者を誘惑します。
そして私はまんまと罠にはまって、一気に読んでしまいました。
(真剣にアフィリエイトを考えようかな?)
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いやぁ、それにしても知らなかったですよ。グーグルの歴史と未来。
1998年に米の二人の大学院生が設立したベンチャー企業が、
2004年夏の新規株主公開時には500億円の資産を持つようになり、
2006年には株式時価総額が15兆6千億円で、マイクロソフトに次ぎ米ハイテク業界の二位に。
今や手持ち資金は9千億円とか。
その蓄えた資金とデータベースとテクノロジーで何をしようとしているのか?

ちなみに各章のキャッチコピーを並べます。
「すべてを破壊していく」
「すべてを凌駕していく」
「すべてを再生していく」
「すべてを発信していく」
「すべてを選別していく」
「すべてを支配していく」

この最後の章のコピーを見ただけではピンときませんが、
最初から読み進めると納得できます。
いかにグーグルが巨大な権力と影響力を持ち、なお一層持とうとしているか。
そして今や、グーグルにたてつく者は「グーグル八分」なる待遇を受け、
言わば社会からはじき出されてしまうような現象が起きていること。

また、今年1月、中国政府と取引し、
中国政府にとって都合の悪いキーワードで検索できない版が出回っているそうです。
例えば、「天安門事件」や「法輪功」では都合の悪いページは表示されないらしい。
すごいね、言論の自由まで管理できるってこと?

でも実のところ、グーグルの持つ機能についてはまだ知らないことが多いので、
詳細はこれからいろいろ試しながら私も学んでいきます。
みんなはもう知っているのかな?
いよいよ祭りまであと三週間となりました。
にも関わらず、私は相変わらずのレベルで停滞しております。
周りの皆さんは「初めてにしては良く音が出てるよ。」と励ましてくれますが、
私は全く満足していません。

特に今週は仕事が立て込んでいて、全く練習できませんでした。
そして昨日夕方に久しぶりに笛を持って、ショック!音が出ない!
なんということだ。サイコロ振って振り出しに戻った気分です。

ところで昨日は特別な日でした。
まず、地区の神社で祈願祭がありました。
関西の出張からあたふたとかけつけた私、何が行われるのか全く知りませんでした。

とにかくその場にいますと、おもむろに般若心経が始まりました。
これはそれほど難儀なことではありません。
私の班では毎月の常会が始まる前にやっていますし、
それ以外にも毎月18日には念仏練習会をしていますので、慣れたものです。
まだ覚えてはいないけど。
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でもいつもは般若心経の次には必ず念仏を唱えるのに、今回は般若心経だけで終わり。
これはつまらなかったですね。私はその後の念仏の節回しが大好きなのに。
少々欲求不満でその場をあとにしました。

次に場所を変えて、いつも祭りの練習をしている会館に再集合。
昨夜は「合同練習」とかで、
地区の人々や、隣の地区の代表の方が集まる前で練習を披露しました。
まいったなぁ。ただでさえヘタッピなのに、この日は一段と音が出ない。
とても情けない思いで練習披露を終えました。

その後は宴会に。
いつもの乾き物とは違うおかずをいただきながらお酒をいただきます。
私の隣に座ったセイスケさん、
今年の5/4に神社で行われた獅子舞の獅子を演じていた方でした。

飲みながらの席でどういう話の展開になったのかは定かではないのですが、
聞くところによると、私が「獅子舞」だと思っていたものは二つの種類に分かれ、
「宮入り」の獅子と、「獅子舞」は違うのだそうです。
(もう少し勉強が必要みたいですけれど)
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その「獅子舞」の後継者がいない、とセイスケさんがおっしゃったのを聞き、
つい、「じゃぁ、私がやります!」と手を挙げた私。馬鹿ですねぇ。
こういうのをお調子者と呼ぶんでしょうか?
とにかく5年越しくらいのペースでじっくりと教えていただくことになりました。
どうなりますやら。

やがて宴会にありがちな風景で、人が移動し始め、
私は近所のタカシさんがいる席に合流。彼はムードメーカーです。
このブログを読んでいる彼が「まだ俺が出てこない!」と訴えるので、パチリと撮影。
いつか鮎釣り(網)に誘ってくださるとかで楽しみです。
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そうこうするうちに宴は終わりを向かえ、やれ終わりかと思いきや、
何故か突然、私に「締め」をやれとのご指名。
こりゃまいった。ほんとに突然ですよ。
かの三木さんが首相指名を受けた時、
思わず「晴天のヘキレキ」と言ったのを思い出しました。

その場で思いついたセリフを並べましたが、果たしてそれで良かったのか。
一つ言い忘れたのは、
いろいろ準備や段取りの裏方をして下さった女性陣への感謝の言葉です。
この場を借りてお礼申し上げます。
そしていずれはうちのカミさんも参加することになるんでしょうね。

突然のご指名でしたが、無事一本締めも終わり、お片付け。
こういう過程を経て、地域の人々がお互いを知り、
絆を強めていくんだなとしみじみ感じました。
地元の皆さんにとれば当たり前のことかもしれないけれど、
都会で育った人間にはいちいち心に染みます。
少しずつ、本当に少しずつ、地域に関わっていく自分を感じます。

(畑に同化するU太)
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