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数日前の「雨」の予報が嘘のような秋晴れを迎えました。
これもひとえに関係者の普段の行いが良かったおかげでしょう。
私は前夜酒を断ち、早寝して朝はすっきりと目覚め、快便快調です。

集まった皆さんもとてもすがすがしい笑顔。
まずは我が「上(かみ)」の山車の前で記念撮影。
まるでサッカーの試合前のような気分です。
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こちらは「下(しも)」の方。前夜に私が感嘆した「角領」地区の皆さんです。
この地区はとても郷土愛が強く芸達者な人々が多く、
何をするにしても徹底的にそして統制のとれた行動をとられます。
だから記念撮影一つとっても我が「二渡(ふたわたり)」と雰囲気が違います。
整然としている。
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祭りと言えば酒がつきものです。朝のお神酒に始まり、ずっと酒が振舞われます。
でも私は日中から酒を飲むと動きが一気に鈍くなるので、
今回は飲み方に気を使いました。
午前中二度あったお囃子の合間も、
皆がガンガン飲んでいるのを横目にビールをちびちびしておりました。
周りは「どうした?飲みが足りんぞ!」とからかいますが、
午後の本番を終えるまではじっと我慢です。

その本番までにも様々な行事が行われていました。
これは巫女の舞ですね。
「娘に巫女をさせたい!」と願う親は結構多いとか。分かります。
私も娘ができたら思うだろうな。
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そして中学生以下の「男女対抗剣道大会」が開かれました。
加子母はとっても剣道が盛んで、子供の全国大会の常連とか。
でも昨日の大会はまさにお祭りモードでして、
面・小手・胴に風船をつけ、それを割れば勝ちというもの。
多少のパフォーマンスも許されており、二刀流の子供もいました。
最後の大将同士の決戦では、
体中に風船をつけて(多分20個以上はついていた)闘っておりました。
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さていよいよ本番。
山車に乗り込んだ我々のお囃子とからくり人形の舞いを終えると、
そのまま綱で山車を曳いていきます。
その距離わずか100mほどのゆるやかな坂なんですが、それがなかなか前に進まない。

曳き手は厄年の男(25歳、42歳、60歳)です。
彼らは我々以上に酒をガンガンに飲まされ、
二本の綱で山車を引き上げようとしますが、
お互いに邪魔をしあって前に進ませないのです。
(下の写真は別のHP(2003年版)から引用しました。
私はそれどころじゃなかったので。)
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綱を曳き手に絡めたり、逆方向に持っていったりします。
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足元をすくわれると、こうなります。
よく救急車が出るとか。昨年大腿骨を折った人はまだ直っていないらしい。
この祭りが「けんか祭り」と呼ばれるのはここからきています。
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綱を曳く間中、山車に乗った私達
(『役者』と呼ばれます。人生で初めて役者と呼ばれ、これまた愉快。)
はずっと演奏を続けています。
1時間を超えると酸欠になってきますが、
途中お茶を二度含んだ以外は全く休まずに吹き続けました。
この時すでに私は「ハイ」になっていたんでしょうね。
山車の中心に座り、明らかに酔っておりました。

やがて山車は拝殿の前まで曳き上げられ、大きな拍手を受けて到着しました。
山車の中では役者達が雄叫びを上げ、皆が満面の笑顔で握手を交わしました。
私は素晴らしい達成感に浸っておりました。
今の自分のレベルとしてはほぼ完璧だったかな。
まるで映画『天使にラブ・ソングを2』の中に入ったような気分。
まさに「ハレ」の場でした。

山車から降りるとカミさんがU太を抱いて立っておりました。
「本当に満たされた顔をしてるね。」とカミさんもニコニコ顔。
今回は一人、子供が参加していましたが、
いつかU太がこういうことに関心を示してくれるといいな。

「さぁ飲むぞ!」といただいた枡酒をぐいぐいあおる私。6~7杯はいったかな。
この後に下の山車が登ってきてから最後のお囃子がありましたが、
それはもう勢いでやり過ごしました。
そして祭りが終わり、山車の前でライバルのショウゴ君と記念撮影。
彼がいたことでやる気が持続できました。ありがとう。
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その後、地元の会館に戻って宴会です。
無事に全てが滞りなく終わり、感極まって嗚咽をあげた区長さん。
(上の写真で左側で裃をつけている人です。)
乾杯の音頭で、「後継者も出てきたことだし、そろそろ私は引退しますよ。」
と爆弾宣言した、笛の長老・ヒデさん。
一人ひとりにいろんな思いがよぎったのでしょうね。
そして他の皆さんも本当に満足顔です。

私もこれまでの練習の日々を思い起こしていました。
夜中に車の中で、昼休みに会社の屋上で、タクシーで移動中にも、
暇をみては練習をした日々。
新幹線の中でシャドー・トレーニングをした日もありました。
最初はまるで音が出なかったのが、よくぞここまできたものだな。

そして何よりも、
地域の皆さんが気持ちよく私を受け入れてくださったのが本当に嬉しかったです。
特に二渡地区は人が少ないこともあるのでしょうが、
私の様に「やります」と手を上げた人間をすぐに仲間に入れてくれました。
角領ほど統制がとられていないし、
囃子もうまさよりも「ノリ」でワッショイする感じなんだけれど、
私にはそういうのが合っていました。

さて次はどうするか?
「獅子舞の後継者がいない。」と聞かされ、
「ならば私がやります。」と一旦手を上げましたが、
実は獅子舞の後継者がいることが分かりました。
だったら私は当初の話通り、獅子舞に合わせる「獅子笛」をやろうかな。
ちょっと難しそうだけれど、これまでのことを思えば何とかなるでしょう。

他にもいろいろ書きたいネタはありますが、ここらで一区切りとします。
明日からは「まつりのあと」の日々です。

そうそう、先ほど、ご近所のおじいさんがA4版の写真を一枚届けてくれました。
「ボケ防止にな。ははは。」と笑いながら見せてくれた写真には、
我が山車で「巫女が水(紙切れ)を撒いている」クライマックスシーンと私の祭り姿、
そしてこの5月に神社に初詣した時のものがパソコンで編集されていました。
しかも一句!「天高く郷に聞こえる笛の色」。
このおじいさんとはまだゆっくりお話したことがなかったのだけれど、
こうやって見てくれている人もいるんですね。
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「加子母に来て本当に良かったな。」
しみじみとその喜びをかみしめています。
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