2006.10.31 牧草地強行軍
昨日からの続きです。
さて昼食にもありつき、そろそろ引き上げる準備をしようかとしたその時に、
「オリエさんが来たよ~。」とフェリックス。
そうだった、オリエさんがまだ到着していないのでありました。

オリエさんは吉村医院の吉村先生のお嬢さん。
ここしばらくの間は吉村先生の講演会のマネジャー役などもしていましたが、
実は音楽家だそうです。声楽家?舞踏家?
実のところ、私は詳しくは知りません。すいません。

今回、魚釣大会でフェリックスたちを紹介したら、即加子母に移動して牧草地に向かい、
再びカズミさんに登場願って、土地の境界線を教えてもらうことになっていました。
「その時にオリエさんも呼ぼう!」と、ゆっさんが連絡してくれておりました。

そう言えば「11時頃に魚釣会場に来るらしい。」と聞いていたのでした。
でも時は既に13時前。カズミさんが我が家に来られるのが14時。
しかもお二人の友人(ソウジさん、アツコさん)もご同伴。さてどうするか?
あまり急かしたくないけれど、特急で予定をこなさせていただきました。

まずカズミさんには14時半に我が家に来ていただく様、予定を変更していただきました。
そして有森公園を離れ、加子母に移動。
フェリックスたちにも加子母の案内をしたことがないので、この際少しでもとご案内しました。
まずは明治座に。吉村先生の講演会をここでやりたいと考えているので、
オリエさんと、マネジャー業務を引き継いだアツコさん
(吉村医院の受付にいらっしゃる方です)には是非見ておいて欲しかったのです。
その日は夕方からクラシックコンサートが予定されていて、ちょうどリハーサル中。
演奏家の皆さん、お邪魔してすいません。

お次は加子母小学校へ。日曜日だったので中には入れませんが、
雰囲気は感じ取っていただいたようです。
中に入ればもっと感動するんだけどね。

そして我が家に到着するとカズミさんが既にお越しでした。
ショウゴ君の奥さん・ヒロコさんと、U太の同級生・チヒロちゃんもお出迎え。
ヒロコさんは同じ二渡地区に同じような時期に移住してきて、
子供も同級ということで、最近特に親しくお付き合いしています。
カミさんも何かと頼りにしている様子。
地元だし、彼女は英語も話せるので、フェリックスたちを紹介しておこうと、
この場に誘っていたのです。

さて15名に膨れ上がったメンツで再びわらわらと我が家を出発して、
ようやく例の牧草地に。
これまでは「例の」と呼んでいましたが、
これからはその周辺地域名から「イトクジ牧草地」と呼ぶことにします。

この地に着くまでも「加子母ってすごい!」と感動してくれていたオリエさんたちですが、
イトクジを見てなおさら驚いた様子です。
早速カズミさんのご案内で境界線を歩きだす私たち。
オリエさんは謡いながら山を進んでおりました。
いいですねぇ。
そして今回新たに見つけた牧草地では、ついに謡って踊りだしました。
このように身体と歌が自然に出る人ってうらやましいです。
私はマイクなしでは厳しいです。あるいは念仏用の鐘とか。
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みんなこの土地を気に入ってくれた様子。
ところで、細い小川を渡るに渡れず、ジェシーが自ら橋になってくれたのですが、
彼の上でバランスを失い、結局見事に小川に落ちたアツコさん。大変だったね。
風邪をひいてませんか?
(この直後に落ちた)
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その後我が家に移り、ようやく一息ついた私たち。
今回はあまりに駆け足で見てもらったので、
次回はゆっくりといろんな話をしてみたいです。
特に「イトクジ牧草地プロジェクト」に関しては前回も書きましたが、
どんな素敵なプランができようとも、
私は地域の理解なしにはありえないと考えています。
そのためには時間が経っても仕方ありません。

無理に「プロジェクト化」を急ぐよりも、
今回の様に少しずつ仲間を増やし、つなげ、会話していきながら、
そして何よりも自分達が遊びを実践していきながら、
次第にプランが出来上がっていくのが良いと思います。
まさにこの過程が大事なのです。
そこのところをこれからゆっくりと話し合っていきたいですね。
2006.10.30 魚釣大会
昨日は山ほどネタが出たので、分けて書きます。

昨日、N工務店グループの社員、家族や取引業者が集まるイベント
「魚釣大会」にお邪魔しました。
場所は中津川市川上(かわうえ)の有森公園。
500名ほどが集まったとのことで、とても盛大でした。
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こんなに人数がいて本当に釣れるのかと不思議でしたが、
直前に大量に放流して、お腹を空かさせてあった様子。
釣りが始まった直後は入れ食いだったそうです。
成果を前にソウマ君とカヤノちゃん。
体育祭の二人三脚でバトンを渡したノボルさんのお子さんです。
たくさん釣れて良かったね。
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さて私たちは釣りもせず、友人の到着を待っておりました。
フェリックス&ジェシー一家です。
例の牧草地活用プロジェクトを進める上で、
地元の人々との接点を多く持つべきと考えた私は、
このイベントに彼らを誘ったのです。
でもなかなかやって来ない。朝8時頃名古屋を出たらしいのに、おかしいな?

昼食会場は20近くに分かれて置かれたバーベキューセットを囲んでの焼肉でした。
できればフェリックス達に早目に会場に着いてもらって、社長や社員に彼らを紹介し、
一緒に昼食を作りながらゆっくりと話をして
親近感を持ってもらおうと考えていたのですが、ちょっと目論みはずれ。
ようやく12時過ぎにやってきました。

聞けば、私が教えた道とは全く違うコースを選び、4時間かかったとか。
まぁごちゃごちゃ言っても仕方ない。
ともかく昼食を食べてもらいましたが、その日はその後の予定が詰まっていたので、
かなりハイペースで過ごしてもらいました。
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ところで、余興で「腕相撲大会」があり、事前エントリーを受け付けていたので、
私が勝手にジェシーを申し込んでおりました。
でも私があまりに前宣伝し過ぎたためか、事務局が恐れてしまい、
利き腕ではない側の左腕でするように言ってきました。
ちょうど一人、左利きの対戦相手がいたこともあったようです。

幸いにもジェシーは要望を聞き入れてくれ、左でやってくれましたが、
意外にもあっけなく負け。
私としては彼にそこそこまで勝ち上がってもらい、
皆さんとの接点が増えればとも期待していたのですが、
これも目論みハズレ。やっぱり右腕でやってもらうべきだったかな?
それと、本当は彼の了解を得てからエントリーすべきだったでしょうね。
アメリカン・インディアンの誇りを傷つけなかったかな?ご免ね、ジェシー。
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そんなこんなで昼食を食べ終えたかという頃から、
いよいよ本当に忙しい一日が始まりました。
(つづく)
2006.10.29 新曲集め
続けてカラオケの話題です。
すいません、その時々の気の向くままに書き散らしております。
私は若い頃、演歌系でした。歌いはじめは小林旭。
やがておかま系に移り、「よせばいいのに」などが十八番でした。
それもパンチパーマでつなぎを着て歌うので、奇妙がられておりました。

歳を取るに従って相応の歌を歌うようになり、
30歳前後の頃は自宅に戻るとMTVをつけっぱなしで和洋取り混ぜて聴いておりました。
その頃はレパートリーもかなりありましたね。

でもそんな暮らしが一変したのが、東京を捨てて八ヶ岳に移住してからです。
まずテレビが無い暮らしになりました。
結局後で買ったけれど、しばらくの間ブランクが空いたのは影響がありますね。
その頃からです。知らない歌手や歌が増えてきたのは。

CDだけは増え続けておりました。最大1400枚ほどにまでなりました。
でも一度空いた「ネタの隙間」は埋められません。
次第に「歌の情報」が隙間だらけになりました。

若い頃には想像もしておりませんでしたが、今や名前を見ても、
それがアーティスト名なのか曲名なのかさえ分からない。
大体、今年売れている曲って何があるの?

そんな超・歌情報貧乏な私でも、最近気になる名前を見つけました。
コブクロです。
今度気が向いたら聴いてみるかな?ってな具合で手帳に書きとどめていたら、
先日カミさんがそれを見つけて、「コブクロがどうかしたの?」

「み~た~な~っ!」と脅しをかけましたが、後の祭り。
「masanはコブクロの歌を歌いたいんだ。」と理解されたようであります。

そして出張中に携帯に入ってきたメール。
「コブクロ買ってもいいよ。それで幸せになるのなら。」
ではとお言葉に甘えて買わせていただきました。
さてこの先レパートリーが増えますやら。

ところで、一昨日の不思議な体験から、再び演歌の世界にもムラムラしてきた私。
以前持っていた演歌系のCDは全てお義母さんに差し上げたのですが、
もし聴いていないのならば返してもらって、もう一度練習してみるかな?

それに氷川きよしも押さえておこうか?
なんて、日中仕事や暮らしで大忙しのくせして、こんなことはつい、
ぐるんぐるんと考えてしまうのであります。
一泊で名古屋に仕事に出ておりました。
夜は二人の先輩コンサルタントから
「最近見つけた面白い店があるから。」と誘われ、ついていきました。
街の灯りから少し離れたところにひっそりと佇むその店のドアを開けると、
・・・そこは不思議な世界でした。

一見はいかにもローカル御用達の風情。決してお高い店ではありません。
カウンターとテーブル席を入れても15席ほどのその店は
既にほぼ満席になっておりました。
中に入っていく私たちを一瞥する先客たちは、ほとんどがご老人でした。

ちょっと肩身の狭い思いをしながら席に着き、
落ち着いてから先客さんたちを眺めると、皆さんお洒落しています。
特に女性陣の気合いが入っていましたね。
ラメやビードロ系のドレスを着ていたり、宝石を身につけていたり。
男性もシルクハットを被っていたりして、
ジャケット姿からも思わず「寅さん!」と声を掛けたくなりました。

先輩コンサルが今回3回目の来店と知り、少しは認めていただいた様子で、
ようやく場が和んだところでカラオケタイムが始まりました。
トップバッターは『高校三年生』です。
何だか私は頭がくらくらしてきました。

その後も私の知らない歌が延々続きました。
まず驚いたのは、みんなお上手!お世辞じゃないです。マジ歌いこんでる。
その証拠に、歌っている間は完全にその世界に入っています。
陶酔していると言ってもいいでしょうね。

私は何を聞いても知らない歌ばかりですが、例えば『お別れ公衆電話』
お洒落した二人のおばあちゃん(失礼!淑女)が、
まるで昔の松田聖子のようにうきうきしながら歌っておられました。
隣の先輩も、
「この歌が流行った頃は、この人たちもピチピチしていたんだろうな。」
と感慨深げ。
私は「いやいや、今でもピチピチしてるよな。」と感心しておりました。

彼女達の同世代の何割かは既に介護関係の施設に入っているかもしれない。
片や施設で職員に促されて童謡を歌う人々。
そして片や、場末のスナックでドレスを着て、はしゃぐ人々。
どちらが心から楽しんでいるかは見て分かります。
これからの高齢社会を考えるに、とても良いシーンを拝見しました。

ところでこんな世界で私は何をしていたかといいますと、
先週の日曜に痛めた喉がまだ治らず、ガラガラ声がひどい状態でした。
それでも何も歌わないのも癪なので、本をひっくり返して探しておりましたら、
ありました。こんな喉でも歌える歌が。
『酒と泪と男と女』を普通に歌っただけで、そこそこ受けました。ほっと一息。

もっとすごいのが先輩。周りの世界に構わず、ひたすら松山千春を歌い続け、
最後には得意のカントリーソングで締めておりました。
「だって、同じ演歌じゃ勝負にならないでしょ?」とのこと。
そういう見方もあるかと、それはそれで納得。
ということで何故か突然、カラオケモードに入っているここ数日です。
私たちはリサイクルショップが大好きです。
これはひとえに私たちの貧乏ゆえなのですが、
そうでなくてもこういうところで掘り出しモノを見つけるのは楽しいものです。
最近では「金魚運動器」をゲットしました。
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前から欲しかったんですよ、これ。
私は学生時代にクロネコヤマトの配送センターでバイトした時に腰を痛めてから、
ずっと腰痛持ちです。
普段は気にならないけれど、疲れが溜まると腰にきます。

以前はカミさんがよく押してくれたけれど、
最近はU太の機嫌次第でなかなかそういう時間をうまく取れない。
だからここは機器に頼ろうという訳で、探しておりました。

するとあったあった。
値札を見ると1500円です。なかなか安いじゃないか。
早速店員を呼んで交渉です。

私「これ、いくらにしてくれる?」
店員「いくらって・・・1500円ですけど。」
「だからそれをいくらにしてくれるの?そうだな、1000円にしようか?」
「ちょっと待ってください。では1200円で。」
「駄目駄目。1000円。」
「勘弁してくださいよ。1200円」
「じゃあ仕方ない。1100円にするか。」
「ムリですって。1200円!」
私の財布の小銭入れを見ると、丁度100円玉一枚しか入ってなかったので、
それを見せて、「ほら、財布に100円しかない。だから1100円。」
「ホント勘弁してください。1200円で頼みます。」

その日は両親も連れてきており、
(何で両親が来た時にわざわざリサイクルショップに連れていくのだ?
という指摘もありますが)
あまり時間もかけられないので、仕方なく1200円で妥協。
それでも安く買えたものです。

さて帰宅後、早速試します。
気持ちいいですねぇ。お腹がふるふるする感触がよろしいです。
身体がほぐれて腰も軽くなります。

U太も大喜び。
私がこれを使っているとすぐに近寄ってきて、上に乗ろうとします。
世間一般ではすっかりブームが去り、取り残されたヤツですが、
我が家では今一番の流行りモノです。
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ちなみに、この一連の話題を横目で見ていた両親。
「わしらも買うか?」と示し合わせて、
翌日自分達で同じ店に行き、同じ機器を見つけて、
「昨日、息子がこれを1200円で買ったぞ。」と店員を脅し、
ゲットして大阪に持って帰りました。
これで行く先々で「金魚運動器」が出迎えてくれることになりましたとさ。
ここ数日、話をしたり、電話した相手から
「どうしたの?具合でも悪いの?」と訊かれまくっておりますが、
私はいたって元気です。
ただ喉がつぶれているだけです。

その理由は23日のブログにちょこっと書きましたが、補足説明します。
体育祭の後の二次会で調子に乗った私は、最後に
10年来封印していたある歌を唄ったのです。
その曲名は『誰だ』。電気グルーブの曲です。

この名を聞いて「なるほど」と納得していただける方には説明不要ですが、
要は絶叫系の歌です。
出だしはかわいく始まりますが、突如絶叫に変わります。
『リンダリンダリンダ』どころじゃないです。

私は10年前にこの歌を銀座のクラブで絶叫して
とてもヒンシュクを買って以来、これまで封印しておりました。
でも何故か唄いたくなったんですね。
これも体育祭の終盤盛り上がりと、周りのノリの良さのおかげでしょう。

でもその代償は大きかった。
まず、翌日は声が出ませんでした。
そのまた翌日になって、「音」が出るようになり、
昨日になって初めて、ようやく「枯れた声」が出るようになりました。

そんな浅はかな私ですが、実は内心期待していることがあります。
「これでまた高音が出るようになるかな?」なんてね。

思い起こせば高校時代。
それまでか細い声でしゃべっていた私ですが、
何の因果か体育祭の応援団メンバーに選ばれ、
「フレー!フレー!」と声を張り上げているうちに喉をつぶし、
そのおかげで腹式呼吸でしゃべられるようになり、声も出るようになったのです。

その後、カラオケでもそこそこ高音が出るようになり、
とても都合が良かったのですが、
しばらく唄わないでいると次第に声が出なくなります。
だからたまには限界の高音を出して喉をつぶして、音域を広げる必要があったのです。

「何で今頃また音域を広げる必要があるのか?」って?
それはですね、最近始めたISOコンサルティング業務にも関係してくるのです。
コンサルタントなるもの、いつも声を出す必要があります。
だから、普段から音域を広げるトレーニングをしているのです。

これ、冗談じゃないんですよ。(言い訳かもしれないけれど。)
現実に私の先輩方もやっておられます。
そして実は今夜もそういった「練習会」が予定されているのです。
だから声を張り上げる必要があるのですよ。

しかも、いつも同じ曲では同僚が飽きてしまいますので、
新曲を仕入れる必要もある。
ということで、最近の流行曲を聴く必要も出てきました。
あぁ、忙しい。
月火と雨が降りました。絶好の日和です。
何の日和かと言うと、「障子張り」です。

我が家は山ほどの障子やふすまがあります。そのほとんどがボロボロ。
しかも床が下がっていたりするので、ピッタリ合う組み合わせがあまりありません。
建具の直しは素人がやるよりもプロに任せた方が良いという考えですが、
金銭的な問題からとても全ては出来ず、
冬に向けて最低限必要な場所だけをお願いすることにしました。

その一番手が洋間です。元床抜け部屋で、今や一番見栄えの良い部屋です。
ここには近々薪ストーブが来るので、熱が逃げないように囲む必要があります。
ちなみにこの夏の風景はこんな感じ。全て開けっぴろげです。
風が通って気持ちよかったです。でも冬もこの状態ではとても過ごせない。
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まずは建具屋さんに来ていただき、どの場所にどの障子が合うか見てもらいました。
次に順番に直していただきました。
ボロボロの二枚を使って一枚分を作ってもらったところもあります。
そして残ったのは私たちの仕事、障子張りのみというわけだったのです。

まずは糊を塗り
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障子紙を乗せていきます。
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無事4枚終了!
気持ち良い眺めですなぁ。
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少し引いて見るとこんな感じ。夏の様子とは雰囲気が違うよね。
これで部屋の四方が囲まれました。
あとは薪ストーブが来るのを待つばかり。
冬支度は着々です。
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仕事柄、時代の先端情報は分かっておく必要があるのですが、
最近は追いつかない場面も多々あります。
正確に言うと、一時「隠遁生活」をしておりましたので実態は浦島太郎状態でして、
何とか世情についていこうとしているのですが、やっとこさといったところです。

最近の話題で挙げますと、
検索エンジンなるものは検索ロボットが徘徊して
キーワードを拾い集めるものという認識ですが、
そのロボットが自分のHPやブログに近づいてくると、こちらで分かるのだそうですね。
そしてロボットが拾いやすいキーワードをばら撒くと効果的なのだとか。

しかもキーワードは「目に見える」文字だけでなく、
背景と同じ色の文字を掲載することでもよりヒットするらしい。
つまり、このページは背景が白色なので、
白い文字でいろんなキーワードを撒き散らせば良いわけです。

そんな話題に驚いていたら、今度はロボットの方がより進化して、
上に挙げたような「隠し技」を見破り、そういうサイトはブラックリストに移されて、
検索から排除されるようになっているのだとか。
ここまでくると、もう何がなんだか分からない世界ですね。

最近はこんなサイトを見つけました。
これは私が作ったページではありませんよ。
検索ロボットが勝手に私のブログのキーワードを整理してくれているのです。

それによると、「U太」や「ビジョン」と並んで、
「カズミ」さんが私のブログのキーワードらしい。
カズミさん、すいません。有名人にしてしまいました。

また、先日たまたまテレビでグーグルを特集していて、感心したことがあります。
その一つは、グーグルの社員は社員食堂がタダらしい。しかも美味いらしい。
これはものすごくモチベーションが上がりますね。

そして今や年間一万人以上の就職希望者(日本のみ)だそうですが、
採用は現場でするらしい。
つまり一緒にチームを組むメンバーが「共に仕事をできるかどうか」が判断基準とか。

これらの話題は良しとして、日本法人の社長が
「グーグルが究極に目指すもの」として挙げた話題には首をかしげました。
パソコンの前に座っただけで、
「今のあなたはこういう情報が欲しいでしょ?」と
人の心理を先読みして答えを示してくれるサービスを提供したいらしい。

そこまでしてもらって何が楽しいんでしょ?と思わなくもないです。
9/15のブログにも書きましたが、最近の変化には全く驚くばかりで、
ますます『マトリックス』の世界ですね。
昨日は体育祭でした。
昨年も参加しましたが、その時に比べると知り合いが増えたので
参加するのは楽しみでした。

それでも二週間前に体育委員のユミコさんがやって来て、
カミさんと一緒に出場する『世界は二人のために』という
二人三脚リレーに使うゴムを渡され、
「これで練習しておいてくださいね。」と言われた時は、
「やっぱりみんな真剣なのかな?」と少し不安になりました。

でも帰り間際のユミコさんの言葉に救われました。
「当日、絶対に一番でバトンを渡さないでね。
次の人にプレッシャーがかかるから。」

そうであった。うちの区・二渡(ふたわたり)はそういう地区でした。
加子母には全部で10区あり、体育祭では区対抗で競うのですが、
我が二渡は人数が少ないこともあり、最近は最下位争いをしています。
だからあまり「勝ち」にこだわらない気質が育っているのです。
この点は本当に助かります。失敗しても誰もとがめないから。
そしてそんな気質だから、
祭りにも私のような新参者を気軽に迎え入れてくれたのです。

さて当日、いろんな種目が続きますが、はやり二渡は弱いです。
大抵は5区毎に争いますが、まず一番になることがない。良くて3位かな。
それでも「良かった。」「よくやった。」とニコニコ応援している姿が私は好きです。

他所の区の中には相当練習しているところもあるとか。
そんな区だったら3位になろうものならまさに居場所がないかも。おおこわ。
「二渡で良かったねぇ。」「ほんと。」と、
ショウゴ君達ともうなずきあっておりました。

昨年私が参加した『ドーナツ島』はこんな様子
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さて『世界は~』の種目が近づいてきました。
入場門の前で整列して待っていると、
うちの区の列で私たちの前にいた小学生がやおら振り向いてサッと手を差し出し、
「勝ち取りましょう!」と声を掛けてきました。

「えっ?」あまりのことに身体が固まった私。
その気迫に押されて「はい、頑張ります。」と答えたものの、
「一番でバトンを渡されたらどうしよう」との不安がよぎり、
ついお名前をうかがうのを忘れてしまいました。

でもいざ始まるとそんな心配はいらず、5組中4位で渡され、
無事抜かれることもなく次のペアに渡して、
結局私たちは3位。上出来です。
その後私は『綱引き』、カミさんは『大玉リレー』に出て無事にこなしましました。
中学生のソーランもあり、
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お昼はカミさん手製のわっぱ弁当です。
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さてさて途中経過を見ると、何と!二渡はビリから三番目ではないか!大健闘です。
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そんなのほほんとしたムードが一変したのが、最後の2種目でした。
『むかで競争』で大きなドラマが待っておりました。
我が二渡は区長さんを先頭にした三名。
スタートからテンポ良く進み、何と一位ペースです。
これまで身内の一位シーンを見ることがなかった応援席は
俄然盛り上がって応援し始めました。

ところが、コースの真ん中あたりで見事に転倒。
「あ~ぁ。」と大きなため息と笑いと
「やっぱりうちらしいわ。」との声が聞こえる中、
メンバーはすぐに体制を持ち直し、猛然とダッシュしだしました。
そして次々に抜いていく姿を見て、応援席は再び大歓声。
なんとギリギリのタイミングでトップに立ちゴール!

「こんなことが二渡にあっていいのか?」
応援席もまるで優勝したかのような大騒ぎです。バンザイしてます。
あのシーンはビデオに納めたかったなぁ。
まさに二渡区史に残る名シーンではなかったでしょうか。
続く年代別リレーでも一時はトップに立つ大健闘。
結局は2位だったけれど、最後になって大いに盛り上がった我が区でありました。

全ての種目を終えて、二渡は順位変わらず8位でした。
でもみんなニコニコです。最後に盛り上がって終わるのっていいね。
その後の懇親会でも盛り上がり、
二次会でも地区唯一のスナックを占領して大いに盛り上がりました。
おかげで今朝は喉がガラガラです。
昨日は日帰りで東京・町田に行き、イベントに参加してきました。
最近ご縁ができました「企業ミュージアムの協会」主催の見学会です。
主な内容は、白洲次郎・正子さんが住まわれたお宅「武相荘」を見学し、
白洲正子さんに可愛がられたライター・武田万樹さんの講和を聴き、
今春オープンした、ロダンとユトリロを多く展示する「西山美術館」を見学する、
といったものでした。

白洲次郎・正子さんは、最近また人気が高まっていますね。
本屋ではコーナーができています。
私にとっても以前から気になる存在で、雑誌「太陽」の特集なんぞ、
普段読まないものにも目を通していましたが、
6年前に信楽のミホ・ミュージアムで「白洲正子の世界」を見てますますはまり、
一時憧れていました。
妙な表現かもしれませんが、お二人に気に入られた人々を羨ましく思ったものです。

そんなお二人が過ごした家について写真では知っていましたが、
今回そちらを見学するということで、こういう話はタイミングが大事ですので、
即飛びつきました。
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さて訪問すると、茅葺きの素敵なお宅です。
もとは養蚕をしていた古民家だったとかで、我が家と同じではないか。
広さは意外に狭いです。うちの半分くらいかな。
でも機能的で、林に囲まれ、とても素敵なお宅でした。
新聞受けもこんな感じで親しみが湧きます。
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中ではゆかりの品々や書かれた文章が展示されていました。
私が目を留めたのは、正子さんが書かれた「無駄のある家」と題した文章です。
その中で、「30年かけて直し、今もまだ続いている」とありました。
そうか、白洲さんでもそんなペースだったんだ。
私たちもマイペースで作り上げていこう。

また、お嬢様の牧山桂子さんが、両親をこのように評しておられました。
「二人の趣味(hobby)は異なっているように見えるが、
趣味(taste)は多分共通していた」

これを読んで、「うちもそのようなものだな」と感じました。
白洲さん夫婦と私たちを重ね合わせるなんて恐れ多いですが、
別に狙っていたわけでもなく、
家づくりや夫婦のあり方について何かしら共通点を見つけたようで、
嬉しくなりました。

武田さんのお話も良かったです。
正子さんとお付き合いしていらしたことにちょびっと嫉妬したかな?
本当はもう少しゆっくりと時間をとってお話を伺いたかったし、
直接お話もしてみたかったけれど、会の予定の関係で今回は断念。
ご縁があればまたそんな機会もあるでしょう。

西山美術館は感心したというか、何と表現したらよいのでしょう。
ダスキンの代理店を皮切りに一代で財をなした事業家の西山さんが、
オークションなどで集めたロダンやユトリロの数は、
民間所蔵者としては世界トップクラスとか。

それらを一同に介して作られた美術館なのですが、
驚いたのは館長の、つまりオーナーの西山氏自身がマイクを持って
ガイドをしてくれたことです。
その説明のされ方の力のこもること!
きっと事業経営もこのノリで進めてこられたのでしょうね。
それにしても休日にオーナー自身が説明される姿勢には、素直に感服いたしました。

また参加された方々とも名刺交換させていただきました。
これを機に何か素敵なご縁が広がればいいですね。
こういうイベントはそのことが楽しみの一つでもあります。
機会をいただきました「企業ミュージアムの協会」の亀田様、
ありがとうございました。

このように有意義な時を過ごして帰ってきたわけですが、
朝5時半に家を出て、また夜9時には加子母に戻るという行程で、
流石に移動で疲れましたね。
何故泊まってこなかったかと言うと、実は今日、加子母の体育祭があるからです。
昨年は私一人の出場でしたが、今年は夫婦での参加が求められております。
ということで、これから行って参ります!
「今日もサルが出たな。」
「えっ?」
一昨日の「念仏練習会」での会話です。
やばいな。

今年は野生動物の出没が多いです。
ここ加子母では、猪、熊、そしてサルが続々出現。
熊は出る度にアナウンスしてくれますが、サルはいちいちしてくれません。
うちの畑の柿は、先日取ったもの以外は全滅しました。
そしてその次に狙われていたのがうちの「黒米」です。

黒米の栽培は、他の米に比べて時期が遅くずれます。
うちの周りを見渡しても、穂を見せているのは我が田だけ。
つまり、サルの格好の標的というわけです。

昨日の朝、田んぼを見ると、予想通りやられていました。
穂をしごいてしまうのです。大したものです。
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それでも全体から見たら2割程度の損害ですかね。
他の稲はなんとか生き延びてくれました。
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両親が来ているので本当は一緒にのんびりしたいところですが、
稲刈りを一日伸ばしただけでサルにやられるのも癪なので、刈ることにしました。
鎌でずんずん刈っていきます。
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刈ったあとは物干し竿に干していきます。
考えてみれば今回の稲作は随分楽して済ませました。
畝づくりや田植えはそれなりに苦労したけれど、その後はほったらかし。
自慢じゃないけれど、一度も草刈りをしませんでした。
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「米はね、お百姓さんが八十八も手間をかけるから『米』って書くんだよ。」
と言い含められるお話ですが、うちは十くらいしかかけてないかな。
だからうちの米は『十』か?なんて読もう?なんて考えてしまいました。
それでも、この春からの稲作を通じて感じたことは一つ。
これまで偉そうに『米』について語ったこともありましたが、
私は「稲のことを知らずに米を語っていたな。」ということ。
これはある意味で大発見でした。

昼前に例の牧草地に両親を案内。
「ここは可能性があるな」と感じ入ってくれました。
やっぱりここはいいなぁ。

その後、贔屓にしている下呂の「志村」で昼食。
文句なしに両親は満足してくれました。
「これが3000円のコースか!」と何度も唸る親父。
お袋は「今度友人を誘って下呂ツアーを組もう!」と言い出すほどです。
ここの料理を私のつたない写真で紹介するのはもったいないので、
詳しくはこちらをどうぞ。

帰宅して一息ついた後は、隣町・付知町の温泉へ。
そして自宅での夕食。
ホント久しぶりにバカンスでしたね。
十分楽しみました。
今日からまたひと頑張りします。
昨日、私の両親が大阪からやってきました。
昨年の5月、私たちが移住してきた翌日に手伝いできてくれて以来です。
あの時は、荒れた家と、山ほどの荷物を前に、
「いったい何から手をつけたらいいんやろ・・・」
と呆然としていた両親でしたが、
その頃から比べると随分片付いてきたので、その点は安心した様子。

でも実は朝から掃除で大わらわしておりました。
普段からカミさんが家の片付けに頑張ってくれていますが、
何せ広い家だし、U太怪獣がおりますので、とても追いつきません。
ので、今回のような時に一気に片付けと掃除をしていきます。
考えてみれば、客が来ることで家が綺麗にメンテされるのかも。

午後に到着した両親と久しぶりに再会したU太、
最初はいやに慎重でしたが、次第に調子を上げていきます。
おじいちゃん・おばあちゃんも、孫との距離間が縮まり、顔がほころびます。

日が沈む前に加子母の自慢を案内しましょうと、
加子母小学校と明治座に連れていきました。
両方とも幸いにも中を見学することができてラッキー!
特に小学校の中と、どの子供達もすぐに挨拶をしてくるのに感心しておりました。

夜はN社長から家族揃って夕食をご馳走になり、満足気に帰宅。
U太にとって初めての夜の外食で、
機嫌がもつかどうかカミさんが心配しておりましたが、とても良い子でおりました。
でもだんだんと調子に乗ってきておりますので、
いよいよU太怪獣登場!ということになるでしょう。

今日は午前中は稲刈り。昼食は下呂の「志むら」でいただいて、
夕方には温泉に案内するつもり。
この二日間は私にとっても久しぶりの休日モードです。
物事がスムーズに流れる時ってありますよね。
今回もそんな流れに乗っています。
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経緯を振り返りますと、
・N社の持つ山をカズミさんに案内していただき、ある牧草地に一目ぼれしました。
(10/10ブログ)
・数日後、N社長から牧草地と旧馬小屋の使用について了解をいただきました。
・午後にはフェリックスとジェシーを案内。一気に盛り上がりました。
20061010054215.jpg

そして翌14日には、フェリックスから英語で長文のプランがメールされてきました。
ビッグな事業プランです。もうフェリックスは頭ぐるんぐるんの様子です。
さすがに「いきなりこのレベルはどうでしょう?」と感じつつ、
会って話すことにしました。

10/16 N社長に10/14のブログを見せながら改めて相談。
「自由に利用してよし」との了解を再びいただきました。
その時に社長から出た注文はたった一つ、「オウムを連れてくるなよ!」
それは当たり前のことですが、要は「怪しい人間が山奥で何かしている。」と
思われるようなことは慎むべしということでしょう。

合わせて社長からはこんな助言がありました。
「何なら馬を飼ってもいいんだぞ。もっとも世話をしに行くのが面倒だろうが。」
そして極めつけ、
「そう言えば、あそこは温泉が出るぞ。一度調査したことがあるんだ。」
やったー!もちろん掘るには金がかかりますが、将来の夢を見ましょう!

また、「会社が持っている山は全部で130町歩(39万坪!)ほどあるが、
自由に出入りしていいぞ。」とのこと。ありがたいです。
カズミさんも「山を全て把握しているは私一人なので、
あんたが跡を継いで分かっといてもらえると嬉しい。」と言ってくれていますので、
これから少しずつ教えてもらうことになりました。

さて、こういった経緯を経て、昨日フェリックスの自宅で企画会議を開きました。
名古屋駅に近いフェリックス宅に行ったのは今回が初めてです。
061018_Meeting2.jpg

会議では、私が確認したかったことを中心に進めさせてもらいました。
要約すると、
・最初から大きな事業を考えるのではなく、はじめはこじんまりと。
そして少しずつ規模を大きくしていくこと。
・受け皿、つまり主催組織を作ること。
これは私やフェリックス達の会社でもいいし、NPOを設立する手もあります。
・目的をはっきりとさせること。
大切なのは、儲けるためにするのではないということ。
想いをフェリックスが文章化してくれることになりました。

・私達が遊んで過ごすにはこんな大げさなプランなんて必要ないのだけれど、
他のゲストを呼ぶとなると、幾つかの課題が出てきます。
例えば事故が起きた時のための保険の手配や対応の仕組みづくり、トイレの設置など。
地元行政や、ことによると警察への事前アナウンスが必要かもしれない。
これらの課題を前もって想定して対処しておくことが大切です。

そして、最初にすべきことは「リサーチ」です。
私達が使える土地の境界線を確認しておく必要があります。
これについては、23日に彼らが加子母に来て、
カズミさんに詳しく案内していただくことになりました。
そして次は水の出る場所探しです。土地の中で見つかることを祈ります。
それが見つかれば、小さなダムを作って身体を洗える程度の水溜りを作りたいです。

そしていよいよプログラム作りです。
既にフェリックスからたくさんのアイデアが出てきます。
ネイチャー・アドベンチャーはもちろん、様々な体験プログラムが目白押しです。
ティピで寝泊り、スウェットロッジ体験(こちらを参考に)、ツリーハウス作り、
滑り台やブランコ作り、楽器作りなどなど。
自然の中での英会話教室なんてのも面白そう。

他にもいろいろアイデアが既に出ていますが、
これらについてはこの半年の間に実際に自分達で試してみて、
決めていこうということになりました。
プログラムの本番実施は春から秋まで。
月に一回開催するという想定で、目標来春にスタートです。

プランを進める中で私が特に大切にしたいのは、
「地域の人たち信頼されるように事を進めること。」
特に周りの住民や、下流域の方々に迷惑がかからないようにせねば。
もし何かトラブルが起きて、社長に迷惑がかかったら申し訳ないです。
それに私達もこの村で過ごしにくくなります。
せっかくここまで信頼を得てお話をいただいているので、この流れを崩したくないです。

だからフェリックスたちにも村やN社の行事に積極的に参加してもらうことにしました。
またいろんなプログラムには、
最初から地元の方々に参加していただけるよう声を掛けていくつもりです。
決して「怪しい集団」にならぬようにせねば。
もし地域からそのような誤解を受けるような事態になったら、
私は即、このプランを止めるつもりです。

そしてこれらの点を押さえた上で、あとは「楽しもう!」
まさに自分達が実践して楽しみながらプランを育てていきたいですね。
また一つ、楽しみが増えました。
おかげさまで40,000アクセスを超えました。
最近、毎日軽く100アクセスを越えております。
これもお一人お一人のご訪問のおかげです。感謝!感謝!


さて、先週末、ある企業のISO認証取得のための講習会に
講師の一人として参加していた時のことです。
その場所はとても環境の良い場所にあり、水も空気もとても綺麗!
休み時間には社長が「マムシを殺したぞ!」と教えてくれました。
それくらい自然の中にある会社(工場)でした。

「こんな地域はきっとキノコが採れるでしょうね。」なんて言っていたら、
午後の昼休みに先輩講師が「何だかキノコが生えているぞ。」と教えてくれました。
それまでは新米講師の身としては自分からは動き出せないでおりましたが、
先輩が言ってくれたので、即外に出てみると、あるわあるわ。

最初見た時は『ヌメリイグチ』かな?と思ったけれど、
つい「これは『アミタケ』ですね」なんて言ってしまったものだから、
自分で言っておきながらちょっと判断が揺らぎました。
まだまだなレベルが露呈しています。

それにしても、
会場にいる皆さんはそれが食べられるキノコだとはなかなか信じてくれません。
「目の前のキノコについて知らない人と、
『これが食べられるかどうか』という議論をすることは意味がない。」
ということがよく分かりました。
結局誰も手を出さないので、
「では私が試してきましょう。」ということになりました。

さて自宅に戻って改めて調べると、やっぱりヌメリイグチっぽい。
でも、ヌメリイグチの特徴であるツバがあるやつとないやつがある。
微妙。
これは本当に試してみるしかありません。
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そこで今回は10/14に栄太郎さんから教えていただいたパターンで
人体実験することにしました。
キノコを十分に茹でて、まずは一口だけ食べてみます。
一晩経って身体の様子を見ますが、別段変化は無し。
特別に頭が悪くなった様子もなし。

そして昨日の朝、出張前に今度は一個まるまる食ってみました。
カミさんは「美味しい?」と訊ねますが、
茹でたあとの冷えたキノコを目覚めに食っても、正直言って美味くはないです。
ではなんでこんなことをしてるかというと、
これは「キノコハンター」の性ですかね。
味ではなくて、「キノコを知る」ということに使命を感じているような感覚です。

さてそれから丸一日が過ぎましたが、無事生きております。
ということで、
「あれは食べても良い『ヌメリイグチ』であった。」ということにします。
ですから、先週末の講習を受けた方がもしこのブログを読んでいたらご安心ください。

ところで、何が毒かっていうのは本当に微妙なことなのです。
最近では、今まで「食」だった『スギヒラタケ』が「毒」扱いになりました。
でもうちの近所ではよく出ており、
いまだに味噌汁に入れて食っているところもあるらしい。

そのほか、最近買ったキノコ図鑑では、
『ミネシメジ』『ウスタケ』『マスタケ』『キシメジ』『アンズタケ』が
「毒あり」、
『シロハツ』『オオキツネタケ』『アメリカウラベニイロガワリ』『カワリハツ』が
「食用に向かないタイプ」
『クリタケ』『マツオウジ』『ムラサキシメジ』『カヤタケ』『ナラタケ』が
「食べ方注意」
とされていますが、
これらは全て仙人小屋では食用として出していましたし、
もちろん私たちも食っていました。

要は、誰かが体質的な問題かその時の体調の問題で、
具合が悪くなったり、死んでしまえば、
それでもうそのキノコが「毒」「危ない」とレッテルを貼られている様に思います。
「知らないキノコは食べない」というのは常識的な判断です。
私も他の人にはそのように勧めます。

でも私たち「ハンター」系の人種はそこでは止まらない。
栄太郎さんにせよ、仙人にせよ、身体を張って試して今のレベルにきたのです。
このハンター系の人間って、ちょっと違う感覚を持っているのだと思います。
やっぱり使命かな?それともただの好奇心のカタマリ?
私たちの共通の友人・ヨツイさんから、
以前書いた薪ストーブネタへのコメントをいただきました。
そう言えば、その後どんなストーブをオーダーしたのか、
図面を公開してしてなかったですね。
ということで、遅まきながら発表します。
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スタイルは、日本の鍛冶屋さんがよくつくる、シンプルな立方体タイプです。
派手な色や装飾もいらない私たちにはぴったりです。
このタイプを私たちは「ロビタ」と呼んでいますので、
こいつの名もロビタです。
由来はいつもながら『火の鳥』

真ん中が燃焼室で、上に調理室があります。
天板はやや大きめ。煙突を左に寄せたので、上に幾つもの鍋を置くことができます。
底は四本の足ではなく、面で受けることにしました。
この方が床への負担が少ないから。
また、下のスペースに薪や小物を置くことができます。

一番のウリは、前面と背面にガラス窓があること。
このストーブは家の真ん中の部屋の、そのまた中ほどに置きます。
背面にあたる場所にちょうど私の書斎があります。
つまり、書斎からも炎が見えるようにしたという訳です。
この写真の中央右側あたりにきます。
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夜、仕事やブログを書いている途中に、ふと横を見ると炎がチラチラ・・・
いいですなぁ!

ここに辿り着くまでに実にいろんな物語がありました。
でもおかげでキッチンストーブをオーダーできるようになりました。
昨夜、電話で確認すると、「今、作ってます。今月末頃に完成かな?」という返事。
きっと少しは遅れるでしょうが、もうここまでくれば楽しみだけです。
到着したら、フェリックスとジェシーが設置を手伝ってくれると言っているし。
もうワクワクです!
「U太が自由に叩ける太鼓があったらいいね。」
いつの頃か、そのような会話をするようになりました。
というのも、U太はよく机をバンバン叩くのです。
だからその延長で太鼓を叩く楽しみを知ってもらえたらという、ただの親バカです。

「でも安っぽいおもちゃの太鼓は嫌だ!」
これは単なる私の駄々です。
「だったらアフリカンドラムを探そう!」と探し始めたのが数週間前。
最近は「ジャンベ」と呼ばれるアフリカの伝統的な太鼓ですね。
でもインターネットで調べたら、本格的なものはとても高い。

そうこうするうちに、ふと思い出しました。
「そうだ!アフリカンドラムと言えば、ヤッピーがいるじゃないか!」

八ヶ岳の「ヤッピー」そして奥さんの「すみれさん」。
この二人のことを書き出すと三日はかかりますが、とてもとても簡単に紹介します。

ヤッピーはかつて東京でワールドミュージック系のライブハウスを経営していました。
或る時、最後のスタッフ・すみれさん(とても綺麗!)と結婚して、
店をたたみ、八ヶ岳に移住。
途中いろいろありましたが、それははしょって、
やがてローソクアートなるものに目覚め、
カラフルなローソクを創る芸術家として夫婦ともに有名に。
そしてたくさんのローソクを使った屋外イベント演出も手がけることになりました。
また、彼らはアフリカンドラムのチームも持っており、そのイベントも多数演出。
最近は八ヶ岳の山中で数万坪を借り受け、廃材を使って自力で家を建て、
今もその家は増殖中という暮らしです。

私は彼らとどういう関係かというと、元々は彼らが私の陶芸工房の客でしたが、
私を仙人に紹介してくれたりして、今は飲み友達です。
彼らが来るといつも「つい」深酒をしてしまい、
ある時へべれけに酔ったヤッピーは庭で寝てしまい、目が覚めると、
「ここはどこだ?宇宙の果てか?来たな火星人!」と見えない敵と戦っておりました。
その時私は庭の石炉で火をくべて、同じくぐでんぐでんになって横たわっておりました。

話がずれましたが、ヤッピーに久しぶりに電話したら、
「やぁ~!」と、相変わらず間のびした元気そうな声です。
「うちの子供に合うようなアフリカンドラムってある?」
「そうだね。なんならうちにあるのを送ろうか?」
さすが太っ腹のヤッピー。リアクションが早いです。

ということで到着しました、子供向けアフリカンドラム!
十分いい音出ます。
しかもカリンバつき!
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嬉しいねぇ。しかも全てプレゼントだと!
ありがたいです。
U太も早速近づいてきて振り回します。
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これで笛と太鼓が揃いました。
さぁにぎやかになるぞ!
2006.10.15 フルート騒動
秋祭りが終わってから、幸いなことに燃え尽き症候群にはなりませんでしたが、
逆に「笛吹きたい症候群」になってしまったようです。
祭り直後の動きは10/1に買いた通りですが、実はその後も物語は続いておりました。

超高価なフルートを無期限でお借りした私。
でも正直言って「これって私タイプではないな。」と感じました。
フルート経験者には笑われそうですが、
私はフルートって「管に穴が空いているだけの笛」だと思っていたのですよ。
でも現物はなにやらいろいろ「装置」がついている。明らかにイメージが違います。

私の『フルート』のイメージは、これまた大笑いされるかもしれませんが、
漫画『火の鳥・ヤマト編』で、オグナが火の鳥に聞かせる笛なんです。
木製で、ただ穴が空いているだけ。
それをサッと懐から出してさりげなく吹きたい・・・
聞かせる相手は火の鳥ではなく、子供ですが。
このイメージからすると、一般のフルートはちょっと重装備過ぎます。

そこで、身の丈に合った笛探しの旅が始まりました。
実はカミさんは最初から、「masanに合う笛は他にあるよ。」と言っていました。
そこで出てきたのが、『ファイフ』と呼ばれる横笛です。
ヤマハが1000円足らずで出しているというので、
早速ヤマハの店に行って試し吹きしてみましたが、
いかにも「ちゃっちい!」ということでパス。

お次は『フォークフルート』です。
スタイルはフルートと同じですが、何も装置がついていない。イメージに近いです。
試しにオークションに出ていたものに1900円を入れたら、
最終日まで私が最高入札者でした。
そして入札締め切りまで数時間となった時に、カミさんがまたも新情報。
「『ルネサンスフルート』っていうのもあるらしいよ。」

調べてみると、その名の通り、昔の由緒あるフルートらしい。
形状は私のイメージに相当近い。
ところでフォークフルートの方は入札締め切り間際になって新たな入札があり、
2000円がついている。

さてどうしようか?2100円を入れようか?
それともルネサンスフルートに鞍替えするか?
カミさんの「もう少しゆっくりと考えたら?」というアドバイスに耳を傾けながらも、
揺れるオヤジ心。「だって2100円だよ!」

そうこうするうちに、フォークフルートの入札が締め切られ、
2000円で他人の手に渡りました。
これも人生か?
気持ちを切り替え、ルネサンスフルートをじっくり調べることにしました。

すると、本物は結構お高いですが、レプリカものといいますか、塩ビ管ものが出ております。
ではまずはこいつを手に入れようと業者さんに電話して説明を聞き、
オススメのタイプを入手しました。
それがこれ。祭りの横笛(篠笛)と比べると結構大きいです。
実はこの長さと太さはちょっとイメージ以上でしたね。ちょっとごつい。
左は祭りで使っていた篠笛です。
20061015185928.jpg

でも、一昨日会ったジェシーは確か「インディアンの笛を自作している」とか言ってたよな。
しかも、「何なら自分で作ってみるか?」とも言っていた。
これはまた大きな魅力です。
でもそうなると今すぐというわけではないので、
まずはこのルネサンスフルートに専念しましょう。

ということで、とりあえずひと段落しましたが、なにやら物語は続きそうな気配です。
昨日は実にいろいろあった、楽しい日でした。
まず朝5時からの「社長パソコンレッスン」から。
N社長にご指導する時は、その成長(失礼)を見るのも楽しいですが、
合間にいろいろ雑談する時もまた有意義です。

昨日は、先日カズミさんから教えていただいた、
とても気に入った牧草地の話題を出しました。
すると社長、
「あそこか。あの地は南向き斜面じゃないし、(緩やかな北東斜面です)
以前住んでいた人たちも皆出て行ったから、あまり使い道がなくてな。
ゴミ捨て場にでもしようかと考えているんだが・・・」

「何てこと言うんです!あの様な開けた土地はそうはないですよ!
ゴミ捨て場なんてとんでもない!私に使い道を考えさせてください!!!」
私の勢いに気おされたのか、社長「そ、そうか。それなら考えてみてもらってもいいぞ。」
よし。合わせて、旧馬小屋に出入りする了解もちゃっかりいただきました。
ちなみに土地の広さは2万坪とか。腕が鳴ります。

朝食後にはフェリックス(8/22)が久しぶりにやってきました。
彼は前回会った後に交通事故に会い、頭を打った後遺症で苦しんでいたようですが、
ようやく回復してきたらしい。
今回はアメリカ・インディアンの友人を連れてきました。
名をジェシーと言います。日本に移住してまだ2週間。

私は「インディアン」と呼ぶのが嫌いで、
「ネイティブ・アメリカン」と普段呼んでいますが、
彼はそんなことは気にしないらしいです。
ちなみに彼のインディアンネームは「falling laugh 笑い転げる」。
まさにその名の通りよく笑う人です。
彼もフェリックスと同じく奥さんが日本人で、片言の日本語はOKですが、
お互い英語とのちゃんぽんで会話が弾みました。

書き出したらキリがないけれど、いろいろ共感できるところがありました。
まず彼と私の守護神が同じ「ウルフ」でした。
(私はウルフの指輪を持っていて、カミさんにあげました。)
彼はアメリカでインディアングッズや弓矢や楽器などを自作して
インターネットで販売していたらしい。
フルートも作ると聞いて、私の耳がピクッと動きます。
でもこの件は長くなるので、別の日にまとめて書きますね。

初対面のご挨拶に、3年前私が解体した鹿の頭をプレゼントしました。
まさか日本人からそんなものをもらえると思っていなかったのか、狂喜するジェシー。

さて今回は、彼らを例の牧草地に案内しました。
案の定、とてもその地を気に入ってくれた様子。
ジェシーはティピを持っているらしく、ここで是非組み立てようということに。
そして夜は火を起こして酒盛りをやりながら星を眺めようということになりました。

その他インディアンの行事や、イベント、ワークショップなどが一緒にできそうです。
「(吉村先生の娘さんの)オリエさんを連れてこよう。」とフェリックス。
オリエさんは吉村先生の講演会のアレンジなどをしていましたが、最近は後任に任せて、
本業の音楽活動をするために名古屋に移ったとか。
「彼女は顔が広いから、音楽イベントができるかもしれない。」

また旧馬小屋を見て、
「これはこの先、毎週末はここに通わなきゃな。」とつぶやいたフェリックス。
企み通り、小屋の修復に向けて頭ぐるんぐるんしてきたようです。
ということで記念撮影。近くで私が採ったキノコも一緒です。
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その後、山を歩いてみると、ジェシーの動きが早いこと!まさに飛ぶように走ります。
驚いたのは登りの坂を飛びながら走ること!こいつは真似できません。
そして空を見上げるや、「イーグルだ!」と大はしゃぎ。
フェリックスと私は「きっとトンビかタカでしょ?」と顔を見合わせますが、
彼はおかまいなし。
蜘蛛も彼の守護神らしく、見かけては「スパイダーだ!」と写真に収めていました。
子供がそのまま大きくなったという感じ。
愛すべきキャラです。

お次は下呂の露天風呂に行きました。
ここはマスコミにもよく紹介されていますが、何で有名かと言うと、
両側にホテルがひしめく川岸の、しかも橋のたもとにあるので、
どこからも丸見えという場所にあることです。
もちろん無料。普通外国人は嫌がるかもしれませんが、
きっと彼らなら大丈夫だろうと案内したら、案の定大喜び。
(私も一緒に撮ってもらった写真があるけど、モロ写っているので没)
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そして昼食は「山びこ」さんへ。私が採ったキノコをお見せすると、
「あぁ、これはナラタケだな。」と栄太郎さん。
もう何度か通っているのですっかり覚えていただき、
そして私が熱心にメモを取るものだから、
「こいつは同類だ」と思ってくれたのでしょうかね。
店の奥からいろいろ出してきてはアドバイスをしてくれました。

「いいか。知らないキノコを試す時は、三回に分けてな、最初は一口だけ。
そして翌朝身体に異常がなければもう数口。そして最後に残りを食う。
それで問題がなくて、店の者にも食わせて、そしてようやく店に出すんだ。」

「図鑑を眺めているだけでは駄目だぞ。
それを切り取ってな、自分の手帳に貼り付けるんだ。
そして毒の有無、調理法などを書き込んでいくことで、
自分だけの図鑑ができると本物だぞ。」

「私は数十年ずっと日記を書いている。そして何が採れたかを残している。
例えば去年の今日の日記を読んでみろ。そうすると比較ができるだろ。
こうやって蓄えていくんだ。
私はもう86歳でいつ逝くかわからんから、この日記をあんたにあげてもいいんだが、
うちには息子という後継者がいるからあげるわけにはいかん。
でもあんたはまだ若いし熱心だから、これからも何でも聞いてらっしゃい。」

ありがたい限りです。まだ数回しか会ってないけれど、少しは見込んでくれたかな?
でも現実にはまだまだの実力なので、これからもっと精進します。
まずは他人を頼らず自分で見つけなきゃ。
記念撮影させてくれたので、顔出しで。
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フェリックスとジェシーも、
キノコ鍋と焼きキノコというキノコづくしの昼食に戸惑いながらもご満悦。
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縁が広がる時ってこんなものだね。
この先いろんな広がりを感じさせる出会いが詰まった日でした。
フェリックスの奥さん・ユキコさん、パンをありがとう!
ジェシーの奥さん・ユミさん、チーズケーキをありがとう!
とても美味しかったよ!
先日、職場の上司であるHさんと酒を飲んだ席で、
「この先どんな仕事をしたいか?」という話題になりました。
その時にHさんがある話を持ち出しました。

Hさん家族がかつて暮らしていたマンションのすぐ近くが、
当時通学の子供達の集合場所になっていたそうです。
ある日、Hさんの奥さんがお子さんを連れてその集合場所に着くと、
一人の子供が先に来ていたので、「おはよう。」と声を掛けました。

でもその子供が返事をしなかったので、奥さんすかさず
「あのね、ぼく。おばさんが『おはよう』って声を掛けているんだから、
君も『おはよう』って返事してくれないかな?」と言ったそうです。

その子供はその時に大そう驚いたらしく、
帰宅後にそのやりとりをお母さんに伝えたらしい。
するとそのお母さん、Hさんの自宅にやって来て言ったセリフが、
「うちの子に余計なことを言わないでください!」だと。

「こんな地域では一緒に暮らしておられない。」と感じたHさん家族、
それだけが原因ではないと思いますが、やがて引っ越したとか。

この話を聞いて、
「うちは給食費を払っているのに、
なんで『いただきます』を言わなきゃならんのか?」と
教師にかみついた親の話を思い出しました。

また、子供が万引きで捕まった時、呼び出された親が、
「金を払ったらええんやろ、金を!」と、
お金をたたきつけて子供を連れ帰った話も思い出しました。

「もう、一人ひとりの子供や親をどうこう言ってる場合じゃないよね。」
「全く。地域全体のこととしてとらえなきゃ。」
「そう。だから私は『地域社会の再生』が最大のテーマなんですよ。」
この最後のセリフ、Hさんの方です。

結構意外でしたね。この人こんなことを考えていたのか。
意気投合してしまいました。
でも言うは易し、行うは難し。そのテーマをどうやって具体化するの?

「それはmasanの暮らしの中にヒントがあるんじゃないんですか?」
ほう、そんなものかね。あまり買いかぶりしてほしくないけれど、
自分達の暮らしから何か解決策が見えてくるとしたら、そりゃ好都合です。

ここから先はいろんな話題に広がって盛り上がっていったのでまとめようがないですが、
要は、「私は私の土俵(フィールド)で仕事をすればよいのだ。」と
エールを送ってもらったような気がします。
そんなかすかな記憶が残っています。

ちょうどビジョンを考え直し始めたタイミングでもあるので、
これまたぼちぼち考えてみることにします。
昨日紹介した「私たちの将来ビジョン」を作成した当時、
私たちは丹波篠山で仮住まいをしていました。
その地域でビジョンを実現できる土地を求めていたのですが、なかなか話が進まない。
いい空家があっても、貸してくれない、売ってくれないということが続きました。

そうこうするうちに、カミさんの本音がポロポロと出てきました。
「篠山は都会だ。もっと田舎(山)がいい。」
「できれば実家のある岐阜に近い方がいい。」

その気配を感じ、
「では少しずつ岐阜に近づきながら、探す範囲を広げようか」
ということになりました。
京都の美山に始まり、福井の小浜、滋賀の鯖街道、伊吹山、
そして岐阜に入って白鳥、山県、郡上と探し回りました。

その度に「将来ビジョン」をチラシの様に配り、
「このビジョンを実現できる場所を探しているのです。」と訴えて回りました。
そして運命の時、2004年5月後半に加子母にやってきて、
トントン拍子に話が進み、今の土地と家に出会ったわけです。

その後の動きについてはブログでいろいろ書いていますので省略します。
さて、この二年半を振り返ってみて、
随分とビジョン通りにできてきたなぁと思います。
また、思うようにできていないことも多々あります。

できていないことの原因は環境の変化です。
まず、子供ができました。
ビジョンの中でも子供ができることは想定していましたが、
それが日々の暮らしにどう影響を及ぼすかは分かっていませんでした。
そして現実には育児に相当な時間とエネルギーを取られることが分かりました。

これは決して負担ではありません。喜びです。
でも現実に他のことが思うようなペースでできません。
つまり「子供ができたらどんな暮らしになるか」
というイメージができていなかったのですね。
そしてこの先「あと二人」なんてことを希望していますので、
育児はまだしばらくの間続きます。

そして私にとれば、「これからどうやって家族を食わせていくか?」が
より現実味を帯びてきました。
要はどうやって稼ぐかです。

子供ができる前は「どうやったって食っていけるわい。」とうそぶいておりましたが、
いざ家族が増えるとそうはいきません。
全ての子供が成人するまではやっぱり親の責任ってあるよね。
こんなことも当時はあまりイメージできていませんでした。

その稼ぎについてですが、この「ビジョン」を作った時に比べて、
より具体的な「稼ぎ方」が見えてきました。
現在私は、主に
①文化事業を進める業務
②システム化・IT化に関わるコンサルティング業務
③ISO認証に向けてのコンサルティング業務
の3つに関わっています。

これに加えて、家の改修や田畑仕事、山菜やキノコ狩り、
祭りや会合などの地域の行事参加という「田舎暮らし」もしているので、
「二足のわらじ」どころか、何足ものわらじを履いています。
つまり、ビジョンを作成した時に比べて、とても具体的な場面にいます。
そのような中で、「時間」と「金」と「エネルギー」の配分が問われています。

例えば「来春に店を出す」と言い続けていますが、
最近は土日にISOコンサルティング業務が入るようになってきた中で、
本当に店のやり繰りができるのか?食材を確保できるのか?

このような現実の状況を踏まえた上で、
それでも夢を見失わずに「自分達はこうありたい!」というビジョンを
再構成する必要が出てきました。
大事なことは、
「食うために」と言う名の下に夢を諦めるような、
本末転倒にはなりたくないということです。

「私たちは何をしたいのか?」
「どう生きたいのか?」
「どうやったら生きていけるのか?」
これらのことを改めて考え直す時期がやってきたように思います。

この作業、簡単にはまとまらないと思います。ひと冬かかるかもね。
でも、こういうことを夫婦でじっくりと考え、話し合うことって大切だと思うのです。
ですから、これからぼちぼちと話し合っていきますが、
同時にぼちぼちと経過を伝えていくことにしますね。
私たちが結婚したのが2004年元旦。
式も挙げず、指輪も買ってあげられず、そのまま3ヶ月のハネムーンに向かいました。
行った先はオーストラリアとニュージーランド。
「パーマカルチャー」を実践する家に、「ウーフ」と呼ばれる制度を利用して、
平均2週間ずつ滞在して回りました。

その間、二人はずっと一緒に行動していました。
100m以上離れることってあまりなかったように思います。
そんな至近距離(表現が変?)で過ごす中で、
「この先どうやって暮らしていこうか?」と話し合い、
時にはぶつかり、少しずつ折り合いをつけながら二人の夢ををまとめていきました。
そうやってできたのが、『私たちの将来ビジョン』です。
まずはそのビジョンを紹介します。

・・・・・・・・・・
私たちの将来ビジョン・・・【 もりのいえ 】(2004年春作成)

私たちが暮らす土地は森の中にあります。
そこは街中はもちろん、隣近所からも少し離れたところです。
自分達の土地はそれほど広くはないけれど、
周りが森や林や野原や小川に囲まれているので、
まるでそれら全てが自分達の土地であるかのようです。
自宅は南向きのなだらかな丘の斜面に建ち、
テラスからは遠くに川や池の水面を眺めることができます。

私たちは完全自給とは言わないまでも、
普段食べるものの多くを自分達で育てています。
野菜、ハーブ、果物、花、米など。それらを使った加工食品も作っています。
アヒルや毎日食べるだけの卵を産んでくれる鶏も数羽放し飼いにされています。
また時々山に入って、山菜やキノコといった山の恵みをいただいています。

私たちは今のところ別の収入源を持っていますが、
子どもができればもりえは子育てに専念することになるでしょう。
そこで私たちは空いた時間を使って自分達の暮らしの幅を広げようとしています。

その一つが「農家民宿」です。
そこを訪れた人が畑仕事の体験をし、
調理や食事をして泊まってもらうことで滞在費を払っていただきます。
風呂はできれば温泉もしくは露天のジャグジーがあれば理想です。

次にオープンスタイルのレストランを作ってみようかと考えています。
例えばお客さんが自分で畑に行って、その時に食べたい分量の野菜を採り、
オープンキッチンで自分でサラダを作るのです。
もちろん私たちが採ってきた山の恵みを調理して提供することもできます。
二人とも調理の仕事をしてきたので、そういったことはお手のものです。

また、いろいろな芸術活動ができる工房を作ろうとも考えています。
masanは以前陶芸工房を開いていました。
一方もりえは漆器づくりをしていました。
今は糸をつむいだり、織ったりすることにも興味を持っています。
こういったことをまずは自分達が楽しむ場として工房を作り、
次第に周りの人々に開放したり、ギャラリーを開いていけたらと願っています。

そのような場が実際にできてきて人々が集まってくると、
「何かイベントをしよう!」という声が出てくるかもしれません。
ワークショップ、セミナー、ライブ、etc...いろいろ広がれば愉快です。
このようにやりたいことを広げていくことで有機的な暮らしを実践し、
同時に収入が増えていけば、外で働いて別の収入を得る必要がなくなってきます。

「自然の中で、自然に学び、そして何よりも自然体で暮らす。」
少しずつ、少しずつこの夢を形にしていければと、私たちは願っています。
・・・・・・・・・・

あれから2年半が経ちました。
そしてこのビジョンを見直す時期がやってきたように思います。
(つづく)
まずは甘柿収穫!今年は不作ですが、何とか取れました。
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昨日の午前中、カズミさんに山を案内してもらいました。
カズミさんは地元N工務店の顧問をされており、地域の重鎮のお一人です。
昨日はN工務店の所有する山林を教えていただき、
「そこでキノコを採っても良い」とのお墨付きをいただきました。

その広さ、半端じゃないです。
またそのほとんどはきちんと管理されたヒノキ林ではありますが、
中にはそうでもない荒れた土地もあり(失礼)、
そういう雑木が生えたところには大いにキノコが期待できます。
昨日教えていただいた土地と合わせて、
これで「地主承認」の場所がかなり増えました。

これはとても大きいです。
山菜もそうですが、キノコに関して、私は気になることがありました。
それは、「盗人にはなりたくない!」ということです。
ですから、今回地主了解の元、自分のフィールドができたことはとても大きいです。
表現は大げさかもしれませんが、ようやく「水を得た魚」になった気分です。

そして今回教えていただいた場所の一つは、別の意味でとても関心を持ちました。
それがこの場所です。
20061010053721.jpg

ここ裏木曽あるいは南飛騨と呼ばれる場所に移住してから、
大抵のことは満足していましたが、
私は八ヶ岳、カミさんは安曇野で過ごしていましたので、
あることに物足りなさを感じていました。
それは「開放感」です。

目の両端まで広がる土地と青空については、
「やっぱり八ヶ岳は良かったなぁ。」と思うことはありました。
でも、この土地を見て、その気分も吹っ飛びましたね。
近くにこんな開放感のある場所があるんだ!

もう私は嬉しくなって、カズミさんと別れた後、カミさんを強引に勧誘して、
弁当作ってもらってピクニックに出掛けました。
まずは現地にブルーシートを敷いて昼食です。
ブルーシートの海で戯れるU太。こんな広いランチシートはないよね。
20061010053807.jpg

この場所は牧草を刈り取る用にも使われているのですが、
おかげでとても広々しています。
そしてその一角に建つ建物がこれ。元馬小屋とか。
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私はこれを見てムラムラしてきました。
「この小屋を改修して、都会の子供用に夏の林間学校として使えないだろうか?」
その話をカズミさんにしたところ、「社長にその話をしたら喜ぶよ。」とのこと。
社長はこの土地を購入した際、
「小中高の全寮制学校を建てる!」と宣言したらしいですが、
その話は次第に消えていったとか。

ともかく、まずは私の「オフィス」として使わせてもらえるかどうか交渉しよう。
周りに雑音も電線もなく、携帯の電波が一本も立たないこの場所で、
読書や企画立案や文書作成をしたいな。
そして夜の星空が楽しみです。
こんなところで火を起こして、ワインかブランデーをちびちびできたらいいな。
社長に交渉しようっと。
これは、この牧草地での一こまです。最近撮った写真の中でも秀逸かも。
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また、このすぐ近くにはこんな場所もありました。
これって、「この樹なんの樹、気になる樹♪」っぽいですね。
こんな風景もこの辺りではあまりないものです。
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ということで、抜けるような青空の元、とても幸せな時を過ごすことができました。

■情報
10月22日(日)午後から
『どうする?日本のお産 ディスカッション大会』が開催されます。
場所は名古屋YWCA 2階ビッグスペース 〒460-0004 名古屋市中区新栄町2-3 
一般1,000円、子連れOK。持ち物は「熱いハートとアナタの思い」だそうです。
私たちはその日は地元の体育祭があるので行けませんが、
興味のある方は是非行ってみてください。
昨日のブログを入れてから、即家を飛び出しました。
目指すは最近の情報収集で仕入れた地域です。
でも最初は全く収穫なし。

やがて一台の車が近づき、声を掛けられました。
「どうだい?何か採れるかい?」
見ると尾張小牧ナンバーです。
「なんも採れん。」とぶっきらぼうに答える私。だってホントだもの。

この車、しばらくの間、私の後をついてまわり、うっとうしかったのですが、
ようやく撒いてある場所に到着。
そこではキノコが待っていてくれました。
アミタケと
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ショウゲンジです。
20061009070918.jpg

一人でショウゲンジをこれだけ採ったのは初めてじゃないかな。
あとで産直市に寄ったら、私が採った分量だと3000円くらいで売れそう。
ようやくキノコの女神が微笑んでくれましたかね。(キノコって男神?いや失敬。)

他にも分からないキノコがあったので、「やまびこ」に伺ってみました。
お店の方も栄太郎さんも私を覚えてくださっていて、
まるで「あんたも同類か!」という感じでとても親しげに教えてくれました。
こういう方々が近くにいらっしゃるのはとてもありがたいです。

さて何はともあれ久しぶりの収穫にひと安心して、帰り道にタカシさん宅に寄りました。
以前、アユをたくさんいただいたのに何のお礼もしていなかったので、
申し訳なく思っていたのです。

行けば、「キノコのことならオジイに聞いてもらおう。」と
お父さんを紹介されました。
でもキノコの呼び名がかみ合わない。
地域によって呼び名が全然違うからね。
峠を越えただけで下呂と加子母で違います。何でこれだけ違うのだろう。

「ところであんた、肉はいるかい?熊か鹿か分からんのだけれど。」
猟をするお父さんからの申し出に思わず、「はい、好きです!」と答えてしまう私。
結局、「海老で鯛を釣った」ような私。どうもすいません。
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午後は地元のYさんにご自身の山を案内していただきました。
その山ならば自由に入ってキノコを採っても良いとのこと。
ありがたい申し出です。
4~5箇所教えていただき、数は少ないけれど、
ヌメリイグチとチチダケをゲットしました。

この「地主紹介パターン」がこれからの主力になるでしょうね。
実は今日も別の方にご案内いただくことになっています。
キノコシーズンも終わりに近づいていますが、
ようやくこの地でのやり方を見つけて、遅まきながらキノコモード全開です。
先日、隣町の下呂温泉街にある「やまびこ」という店に入りました。
今のご主人のお父さん・中川栄太郎さんはこの界隈では有名人でして、
山菜採り、渓流釣り、キノコ狩りにかけては一目置かれている方です。

私が栄太郎さんのことを知ったのは一年ほど前のことです。
栄太郎さんはキノコを採るだけでなく、
木製のキノコ標本を数多く手作りされているのですが、
その一部を加子母総合事務所に寄付されまして、
たまたま私が総合事務所を訪ねていた時に、
ロビーに設営中のところに出くわしたのです。

その時はマスコミの取材を受けてらしたので、私は遠巻きに眺めていましたが、
その後、総合事務所を訪問する度に標本を拝見し、
「細かいところまで観察しているなぁ。」といつも感心していました。
そして「もし要らなくなったら私が引き取るから!」と真面目に伝えてあります。
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ご家族でお店をされていることも知っていましたが、
なかなか行くタイミングを取れずにいたところ、
ようやく最近になって時間が取れたという次第。
店内は意外に奥行きがあり、たまたま私がその日初めての客だったらしく、
ご主人夫婦が丁寧に料理の説明をしてくれました。

私が食べたのはこれ、「キノコ鍋」です。
ショウゲンジ(タイコノバチ)、シロシメジ、ウラベニホテイシメジ、サクラシメジ(アカゴケ)、スミゾメシメジ、ムラサキシメジ、クリフウセンタケ(シバカブリ)、カラスマイタケ、ハタケシメジ、アミタケ、ヤマドリイグチ、ホウキダケ(ネズミダケ)が入っていました。
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これで3000円をどう評価するかですが、希少価値を考えると多分妥当なのでしょうね。
(仙人小屋だともう少し安くなるかな?でも「キノコ鍋」というメニューはなかったと思う。でもリクエストすればきっと作ってくれると思う。)

そして私が食う傍で、栄太郎さんがムラサキシメジの標本を製作中でした。
製作中の邪魔をしてはいけないので、黙って眺めていただけですが、
飄々とした仕草に深みを感じ、尊敬と羨望の気持ちが湧いてきました。
こういう状況にいて、私がムラムラとこないわけがありません。
店と栄太郎さんが私の背中を押してくれました。

ところが、一方で迷いも出てきました。
正直に書きます。キノコ鍋を食べていて、心底「美味い!」とは思えなかったのです。
誤解のないように説明しますが、決して味付けが悪かったわけではありません。
繰り返しますが、お店には全く落ち度はありません。
実は以前から自分自身の感覚に気づいていました。

「キノコってそんなに美味いだろうか?」

私は今の心境を正直に書きますと、「びみょう・・・」というところです。
確かにキノコ類は好きです。ものによっては香りも味も歯ごたえも良いです。
でもこれが無いと駄目だというほど執着するものでもない。
「キノコ」と聞いてよだれがじゅるじゅる出ることもない。
その点、9/29に書いたB級グルメの料理名を聞く方が明らかによだれが出ます。

では何故私はキノコを追おうとするのか?
ショウゲンジに淡々とかぶりつきながら考えました。

それはきっと「キノコがなっているのを見つけた時が嬉しい」からだと思います。
つまり、見つけた時にほとんど達成感を得てしまっているわけです。
その気分を味わいたくってキノコを追っているのかもしれません。
格好良く言えば、「ハンターの気質」みたいなものか。
そしてその達成感を最近得ていないので、逆に足が遠のいているのかも。

そしてもう一つは「意地」です。
せっかく仙人小屋で学んだのだから、その知識とノウハウを失いたくない。
あるいは弟子入りしたというプライドでしょうか。

でも残念ながら、知識は相当減りました。
また簡単にキノコをゲットできないということもあり、
「秋にはキノコ料理を出す」と言っていたのですが、
「キノコも出す」という表現に変えています。
今やそんなプライドなんてものはズタズタですね。
・・・ここで意地はちょっと脇に置くことにします。

そこで結論。
「グダグダ言わずに山に入る」ことにしました。
今、このブログを入れたら行ってきます。
では。
「きのこネタが出てこないじゃないか!」とお怒りのあなた、どうもすいません。
9/11にも書きましたが、最近、山に入るのを控えておりました。
でもその間、何もしていなかったわけではありません。(言い訳ですが・・)
きのこに関してこれまでに仕入れた情報を報告します。

その1:加子母できのこを採るのは効率悪い?
加子母は「ひのきの里」が売り文句ですが、
実は国道界隈についてはほんの30~40年前までは雑木林だったそうです。
つまり我が家から見える範囲に関しては、もともと針葉樹はさほどなかった。
紅葉はそれはもう見事だったそうです。
そしてその当時はとてもきのこが採れたそうです。
でも今やヒノキとスギばかり。これではきついです。

それでも知っている人は自分だけのわずかな場所を知っている様子。
こればかりは誰も教えてくれませんので、自分で探すしかない。
でもこれってちょっと効率悪いかな?

その2:みんな他所の場所に行っている
場所によってはかなり厳しいところがありますが、
それでも可能性のある場所があることが分かりました。
これ以上はここでは書けませんが、ようやく見つけた一筋の明かり。
実はね、3本の明かりです。へっへっへっ。

とは言ってもまだ現実にキノコに出会っているわけではないので偉そうなことは言えません。
これから地道に探していきます。

その3:山持ちになる
一言で「山を持つ」と言っても、他の方とは理由が違ってきます。
私はヒノキやスギを育てて財産にするつもりはなく、キノコを採りたいだけですので、
同じ山でも「荒れた山」を求めることになります。
だからうちの近所ということではなくなるかも。
それにいくら山が安いと言っても、先立つものは必要なわけで、
母屋のリフォームで財産使い果たし+借金を背負った身には結構辛いものがあります。
この道はぼちぼち機会を待つことにしましょう。

以上の情報を得たところで、さて遅まきながらきのこを探しますかというところですが、
ここにきて私の心を揺さぶる出来事が二つ登場。
一つは私の背中を押し、一つは足を引っ張ります。
さてその出来事とは?
(つづく)
仕事の関係で松下電器関係のミュージアムに行ってきました。
「松下電器歴史館」と、「松下幸之助記念館」です。
以前から行きたいと思っていながらなかなか機会がなかったのですが、
今回行けて良かったです。
こういう大きな存在となる人の意思を学び、
受け継いでいこうとする会社は強いですね。

私は学生時代に一度だけ松下幸之助さんとお会いしたことがあります。
その時、口での会話はありませんでしたが、
2~3mほどの至近距離で、「目で会話」できました。
その時の情景は今でも鮮明に覚えています。

幸之助さん「あんさん、まだまだ世間のことを知らんようやから、
世の中のことをよ~く見てきなはれ。」
私「はい、分かりました。そしていつか世の役に立てるよう、努力します。」

誰もこの会話を聞いていないし、私の勝手な思い過ごしかもしれませんが、
私ははっきりとその会話を感じ、「約束をした」と受け止めました。
そしてこの時をきっかけに私の人生が変わりました。

あれから20数年が経ち、昨日久しぶりに幸之助さんの写真を見て、
「あの約束は守られているだろうか?」と自問しました。
確かにいろんな人生経験を通して、そこそこ世の中を見ることはできたかな。
でも、自分が何か世の役に立ったであろうか?
世の中に何かお返しができたであろうか?

まだまだだなぁ。
やったことの大小ではなく、意味においても、まだまだだと思います。
現実には「どうやって自分の家族を食わせていくか。」に
思いを巡らせる自分がおるわけでして。
幸之助さんがおっしゃるような
「聖なる仕事をする意思と、そのことに感謝の心を持つ」心境と比べると、
かなりスケールが小さいです。

それでもここ数年、自分の身の丈に合ったライフスタイルを見つけ、
歩みだすことはできました。
そしてちょうど数日前、
「2年前につくった『私たちの将来ビジョン』を見直そう。」と
カミさんと会話をしていたところでしたので、
今回幸之助さんとの「約束」を思い出したのも、何かの良いタイミングなのでしょう。

この先どうやって生きていくのか、この機会に改めて考え始めることにします。
2006.10.05 バトン
八ヶ岳で陶芸工房を開いていた頃によく通ってくれていたnakoさんから
バトンがきました。
Nakoさんは最近プロデビューしたんですよね。おめでとう!
あの頃からセンスがあったから、きっとこれからもうまくいきますよ。

さてバトンですが、正直言ってこういうのは得意ではないのですが、
頑張って書いてみます。
まず最初に、どうも以下の内容をコピーすることになっているらしい。

「バトンを受け取った方は下記にHNの記載をお願い致します。」
┗新空ちはら→佐和コウイチ→藤ちょこ→日原玲→虎津
→狸狗子→絢→ 佐佑→ルク→三笠麻都→愛水麻彩
→十一花ぱぴら→采乎ロゼ→市松ぐりこ→すみ→あゆっきぃ
→Kou→miyuki→マロン→みなみ→美波→そのみ
→バイアリー・ターク→jasumin→新歌→はらぺーにょ→ruca
→まつかぜ→ひろちょ→るんて→bamboo→nako07→そして私

続けて質問へのお答えです。

1.貴方のHNを教えて下さい
「masan」です。
呼び名は「まさん」でも「まーさん」でも結構です。「馬さん」ではないです。
昔は苗字から「もりさん」と呼ばれていましたが、
それだとカミさんは何と呼ぶ?ということになり、
下の名前からとりました。

2.貴方のサイト名を教えてください
「もりのいえ 山暮らし日記」です。
『もりのいえ』にはいろんな意味を込めています。
「森」「野」「家」はもちろんのこと、
私たちの苗字と、私とカミさんの名前も含まれています。
「家」は、「建物の家」という以上に、「家庭」の意味が強いです。
だから英語では「Home in the forest」。
また「いえ」は、「命」の「恵み」でもあります。
そして『もりのいえ』はこれから私たちが始めようとしている店の名であり、
ブランド名でもあります。
いわば『もりのいえ』は、私たちのライフスタイルそのものです。
その旗印の元、私とカミさんがそれぞれブログを書いています。

3.いつからこのサイトを始めましたか?
2005年08月14日 です。
一年が過ぎました。これで448話になりました。チリも積もればなんとやらですね。
アクセスももうすぐ4万です。ありがたいことです。

4.管理人歴はどれくらいですか?
2003年の初め頃からHPを開いていました。
このブログにも一応リンクして残してあります。

5.サイトのジャンルや属性について割と詳しく説明してください
う~ん、これが難しい。
その時々に関心があるものを書いているとしか言いようがないですね。
別の表現をしますと、
鶏を解体すると、卵を産む出口から順番に、
次の卵候補が少しずつ小さくなって並んでいます。
私のブログってそんなのかも。(かえってよく分からない?)

6.訪問者に是非行くべきだ!!と貴方がオススメできるサイト様を5つ必ず書いて下さい(できれば簡単にジャンルの説明もお願いします)
う~ん、これも難しい。
これって、次につながる個人のサイトやブログを紹介しろってことですよね。
実は他の人のブログを見に行くことってあまりないのです。
自分のブログを書くだけで時間一杯で・・・。
だから私が人のブログにコメントを残すなんてよっぽどその気になった時だけです。
人には「コメント書いてね」なんて言ってますが、こんなものです。

それと、紹介しようという人の確認も取っていないし・・・。
ですから申し訳ないけれど、プライベート系のご紹介はご辞退します。
ご免ねnakoさん。私以外の人がバトンをつなげてくれることを祈ります。

ただ、何も紹介しないでおくのももったいないので、
一冊の本と、ある公的サイトを紹介します。
まず、今一番はまっている本が、『和食の力』(小泉和子著 平凡社新書)です。
このタイトルに惹かれましたね。
「食文化」についてあれこれ考えながらも、
なかなか切り口を見出せなかったのですが、
このタイトルで目からウロコが落ちました。
「そうか、『食文化』って、『食の力』なんだ!」って。

内容もいちいち納得する事柄ばかり。
まさに「ポポンポンポン!」と手を打ちたくなります。
実はまだ読みきっていませんが、私はすっかり感化され、
「どんなに貧乏でも鰹節は固まりを買おう!」と心に決めました。
著者の小泉さんはご自宅を改造して「昭和のくらし博物館」をされているらしく、
是非一度伺ってお話をしたいところです。
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お勧めサイトは、「新書ガイド」
まぁ騙されたと思って、何かキーワードを入れて検索してみてください。
結構楽しめます。上の本もこれで見つけました。
でもあまりに専門的なキーワードだと精度が落ちます。
あくまでも楽しみとしてね。

ということで、nakoさん、こんなもんでよろしいでしょうか?
U太を坂下病院に連れて行くついでに、あちこち道草しました。
いつもはカミさんだけが行ってますが、
一昨日は雨が降り、U太がむずかり気味だったので、私が運転手です。
そこで、これまでカミさんから聞かされていた店を訪問しました。

まずはパン屋さんの「くうねる」さんです。
今、「パン屋 くうねる」で検索すると、何と私のブログが一番に出ます。
何でオーナーよりも上に来るんでしょうね?

先日この店を紹介した時に、ちょっとした話題になったそうです。
「インターネットで紹介されているよ!」と問い合わせが数件あったとか。
「masanという人が紹介しているから、きっと「ま」という苗字の人だね。」
とか言っていたらしい。
私は「馬」さんか?
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このお店、とてもリラックスできます。
店内とくうねるさんはこんな感じ。整体もしてくれるらしい。
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キッズコーナーもあり、U太もすっかり和んでおりました。
ここはこの先も気軽に立ち寄れそうです。
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もちろんパンも美味しいのだけれど、店内に飾ってある小物がお洒落です。
私が一番気に入ったのは、この「板の絵本」です。
もとは「正しい暮し方読本」(福音館書店)という絵本ですが、
その中の一話を元に地元の作家さんが彫ったとか。
縦長なので3枚に分けて紹介しますね。こんなのはうちにも欲しいなぁ。
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お次は、道の駅「五木のやかた・かわうえ」です。
普通、道の駅って国道沿いにあるでしょ?
でもここは、国道と国道をつなぐ峠越え道の、
そこからまた一本はずれた道沿いにあるのです。
ご想像通りガラガラです。
でも「地域の人間で支えるんだ!」というノリを感じて、応援したくなります。

その筆頭は、ここで売っている杏仁豆腐!
これは以前にも紹介したけれど、すごく美味い!
これを作るアサノさんが上手なんだね。
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アサノさんは染色をしたくて大阪から移住してきた方で、
「功雲庵」という工房(店?)を開いているらしい。
そして予約すれば中華料理のコースも食わせてくれるらしい。
私は「この人の中華はきっとすごいぞ!」と直感しました。
遠からずお願いするつもりです。
そしてアサノさんは普段、道の駅の前のこんな小さな屋台でうどんを売っています。
こちらも応援してあげたい。
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ちなみにこの道の駅は、織物教室をしています。
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さてこの峠越え道の道端には「お買得小屋」が。
ナスもインゲンもジャガイモも全て一袋100円!ご近所さんが次々に買っていきます。
私たちも野菜はもちろん、
地元の酒屋さんが仕込んだ一升瓶のたまり醤油を700円で買いました。
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この地域は加子母とはまた違った独特の雰囲気があります。
こういった場所も加子母と一緒に中津川市になりました。
中津川ってますます面白いぞ。
最近、新規の方が増えられたようですので、
いったいどういう言葉で検索してこちらにきていただいたのか興味を持ち、
調べてみました。
その点、このFC2は検索ワードの分析がすぐにできるので楽チンです。

まずは、先月9月全体で3424件のアクセス、ありがとうございました!
そして、検索ワードの発表です。
まずは上位20位です。

1.山暮らし(41アクセス)
2.もりのいえ(35)
3.もりのいえ山暮らし(33)
4.きのこ狩り 岐阜(27)
5.田舎暮らし 岐阜県 もりのいえ(13)
6.田舎暮らし 岐阜県 もりの家(12)
7.しまっちゃうおじさん(11)
8.薪風呂釜(11)
9.もりのいえ 山(9)
10.田舎暮らし 岐阜(7)
11.若尾助産院(6)
12.ヒュッテ エミール(6)
13.ミョウガの調理法(5)
14.岐阜 きのこ狩り(5)
15.吉村医院 お腹が張る(5)
16.もりのいえ 山暮らし日記(5)
17.きのこ狩り(4)
18.きのこ狩り  日記(4)
19.夢宇谷(4)
20.古民家改造(4)

大体想像通りなんですが、
7位の「しまちゃうおじさん」って随分昔にちょろっと書いただけなんですが、
何で11アクセスもあるんでしょうね?
11位と15位は明らかにカミさんルートでしょうが、
「お腹が張って」このブログに来られたら、さぞかし驚かれたでしょうね。
19位は八ヶ岳のギャラリーです。いつ紹介しましたっけ?4票ありがとうございます。

21位以降は興味深いものだけを選別しました。

26.サンバークラシック(4)
27.スバルサンバークラシック(4)
→「みどり」は廃車されずに、他人の手に渡りました。微妙な心境です。
30.ビンボー 山暮らし(4)
31.モグモグ 田舎暮らし(4)
→確かにうちは「ビンボー」だけど、「モグモグ」って何?
35.飯田市 地域審議会(3)→???
36.出産直後(3)
37.出産写真(3)
40.やまもと わらびもち(3)
48.自動チャーハン製造機(3)
→よくぞこのワードで検索されましたね。そのことに感心。
54.195 ブログ 田舎 仕事(2)→「195」って何ですか?教えて?
71."玄関に手洗い"(2)→このワードでようこそお越しいただきました!
84.松永モモ江(2)→同上
112.なかにし礼 ログハウス(2)→こんな組み合わせのブログ書きましたっけ?
143.明石焼き ブレードランナー(1)→同上
257.舞台 たばたまき(1)→「たばたまき」の呪文を知っていたとは!
424.VESTA ストーブ(1)→Vestaさん、登場してますよ!
586(最下位).中学 事故事例 はんだごて(1)→???

面白いですねぇ。
現実に上のような検索ワードで、先月我がブログにお越しいただいているわけです。
ちなみに、112位の「なかにし礼 ログハウス」で検索したら、
確かに11位で私のブログが出ました。
2005年11月のブログ全体からワードが選ばれているらしい。
それにしても143位のワードといい、すごい組み合わせです。

なにはともあれ、ようこそ我がブログへ。
そしてこれもご縁ということで、また気軽にお立ち寄りください。
ありがとうございました!
「加子母に越してきてから、下呂より北に行ったことがない!」
というのが妙な自慢でした。
特に高山には是非行きたいのだけれど、なかなか出掛ける機会がありませんでした。
その理由は、本当に時間が無かったのと、
「とても遠い処」というイメージがあったから。

「でもこの秋を逃したら、来春まで行くチャンスがない!」
というカミさんの訴えを聞き入れ、
「祭りが終わったらな。」と約束しておりました。

ところで「高山」と聞いて私が最初にイメージするのは
NHK朝の連続ドラマ『さくら』です。
私はめったにドラマを観ないのですが、何故かこれは観ておりました。
あまりにも出来すぎたストーリーに呆れてしまって、
「次はどこまでいっちゃうんでしょう?」と妙な期待を込めていたところもあります。
同じように友人は、「あんな家族、絶対にないですよね。」と言いながらも、
毎回楽しみにしていました。

そんな高山に行くことにしたのですが、
確か中学の林間学校かなんかで行ったきりだから、30年ぶりくらいですかね。
忘却力なら負けない私がそんな昔のことを覚えているわけがないので、
ほぼ初めてと言ってよいでしょう。

さて、朝7時半に車で自宅を出た私たち。何と9時前に着いてしまいました。
何これ?あまりにあっけないじゃない。カミさんの実家に行くより数倍楽だぞ。
なんで今まで行かなったんだろう?

着いてまず向かったのが、
9/19日に紹介した『パンブティック ピエニュ』さんが修行をしたという
『トラン・ブルー』です。
クロワッサンが美味かった!朝飯代わりに駐車場で食いました。
本日のお勧め「洋梨のポワール」も一緒にペロリ。
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この次は、カミさんの友人・けいちゃんから教えてもらっていた、
『ユウキ』というお店。
何の意味かと思ったら「有機」からきているんですね。
昨日は開店5周年記念ということで、自然系の食材や物品が15%オフでした。
早速醤油や洗剤を買い込み。
もともとは酒屋なので、飛騨のお勧め日本酒も二本ゲット。

そしてこの日はフリーマーケットもしておりました。
というよりもバザーに近いかな?
そこで見つけた『シフォン』という名の店の
「すくなかぼちゃのシフォンケーキ」がむちゃくちゃ美味かったです。
カミさんもその日の一番に押しておりました。通販もしているようです。

その店では人間も食べられる犬用クッキーを売っています。
最初は「何で?」と思ったけれど、
市販のドッグフードは大変なものが入っているらしいので、
確かにそういう視点って大切かも。

他にも、カミさんが大好きだったという『茗荷や』さんとか、
数はすくないけれど、レベルは高かったです。
さてこれら2店で既に今回の高山行きの目的を達した私たちは、
あとは流してぶらぶら回ります。
朝市に寄ったり、
来週始まる高山祭りに合わせて山車の準備をしていたので、それを覗いたり、
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「ろうそく立て」売り屋さんを見つけて、
「おお、『さくら』の世界じゃ」と、つい一つ買ってしまったり、
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通りを歩いたりして過ごしました。
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高山ってこんなに山奥にあるのに、何でこんなにお店があるんだろう?
私は「滋賀の長浜くらいの規模の街かな?」と思っておりましたが、
数倍の規模ですね。
そしてカラーが統一されているので、とても気持ちが和みます。
タバコの自動販売機も周りに溶けこんでいます。
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ただし、一つ難を言いますと、たまたまなのか、私たちが出会ったお店の人たちの接客態度はどうもイマイチでした。
つっけんどんと言うか、冷たいと言うか。
これは今回たまたまそうだったということにしておきましょう。

いずれにせよ、約80分で行けることが分かりました。
しかも国道で一本ですから迷うこともありません。
これからは気楽に通うこともできそうです。
少なくともカミさんはその気でおるようです。


■情報
10/9(月)13:30~15:00、恵那市文化センターにて、
真弓定夫先生の講演会があるようです。
タイトルは『食が病気をつくる、食が病気を治す』
この方は、私がとても共感し感銘を受けた『自然体で暮らす』
の著者でもあるので、
私たちは聴きに行くつもりです。
興味がある方は是非どうぞ。