昨日は本当に些細な事例を挙げましたが、
この先きっと、いろんな場面で同じような局面に出会うことでしょう。

・行事の際に子供に渡される「お菓子の一杯詰まった袋」をU太が欲しがったら?
・うちはテレビを観ないけれど、そのことでU太が皆との話題についていけなくなる?
・パソコンはいつから触らせる?TVゲームは?携帯は?
・英語って学校教育だけで十分?どのタイミングでどのように始める?
・そもそも、幼稚園に行かせる?
・・・

どうも子供に関することばかりです。
こうやってここまで考えてきて、ふと気づきました。
「U太が生まれたから、
こういうことにも真剣に考えることができる様になったのだな。」と。
つまり、子供のお陰で親が気づかされている訳です。
試されているとも言えます。

カミさんが言うには、他のブログでもこの手の話題で盛り上がることが多いとか。
例えば、「マクドナルドのポテトを幼児に食べさせるか?」という話題では、
「最初はどうかな?と思ったけれど、目の前で親が食べているのに、それを子供に『食うな』とも言えず、食べさせたらとても喜んで食べました。今まで悩んでいたのは何だったのでしょう!」
というコメントがあったりするそうです。

これは微妙なというか、切実な問題ですね。
親が食べているものだったら子供に食べさせて良いのか?
その親自身がどれだけ食生活についての問題意識を持っているのだろう?
その前提がないままに、同じように食べさせているから、
「子供がキレル」というようなことにつながっていないか?

でも、「ではお前はそれができているのか?」と訊ねられたら、できていません。
例えば、近い将来、祭りの練習にU太が参加するとします。
練習後の宴会で、親の私は出されたつまみを肴に酒を飲みます。
ポテトチップス、いかくん、魚肉ソーセージ(こういう時は何故か美味い)・・・
食品添加物がガンガンに詰まったこれらつまみをU太が欲しがったらどうする?
「お前は子供だから食うな!」と言えるか?
言えないなぁ。
じゃあ、私も食わないで酒を飲むか?
きついなぁ。でも腹を決めるべきなのかなぁ。

ちあきさんや、中嶋デコさんや、オーガニックライフにこだわる方々からすると、
「何をごちゃごちゃと言っておるんだ!」とお叱りを受けそうですが、
私はこういうことを夫婦で、家族でしっかりと語り合っていきたい。
その中で、私たちなりのスタイルが見えてくるだろうし、
何よりも私たちの学びになります。
それが、これからの私たちの将来ビジョンづくりにもつながっていくでしょう。

そして今回この過程を公表することで、「生」の私たちについても知って欲しい。
そんな気持ちもあって、書いてみました。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

模索はまだまだ続きます。
さて、人それぞれが異なる価値観を持つのは当然です。
むしろ、ちあきさんの言動には潔さを感じます。
このスタイルを福島の山里で貫かれているのですから、大したものです。
それに比べれば、私のは昔ながらのスタイルの延長です。
社会性を重んずる故に、葛藤を避けてきたとも言えます。

でも、ちあきスタイルを我が暮らしに当てはめるとしたら、いかがなものか?
まず、貫くほどの主義(ライフスタイル)が確立されているだろうか?
まだまだだなぁ。
それに、この純日本的な田舎生活圏の中で、そのやり方がどこまで通用するかな?

もっともカミさんは、ちあきスタイルをそのまま踏襲するようなタイプではありません。
もっとふわっとしているというか、自然体なところは安心して見ております。
でも現実に、私たちは何気ない言動から、既に周りに「違い」を発信しています。

とっても些細な事例だけれど、先日こんな出来事がありました。
地域の乳幼児学級で、担当のお母さん達が作ったお汁粉が振る舞われました。
その行事について前もって聞かされていたカミさんは、
「きっとそのお汁粉はU太にとって甘過ぎるであろう。」と予想し、
当日は砂糖を入れないあずき煮を持参し、いざ食する時にそっと混ぜて食べさせました。
混ぜることで甘さを抑えたお汁粉は、それでも相当甘かったそうです。

さてこの事例で考えてみます。
私のスタイルならば、混ぜることはせず、皆と一緒に食します。
そして会話の中で、「これって、幼児にはちょっと甘すぎるんじゃないかな?」
なんて会話をしてみたりする訳ですね。

一方、事前にこのイベント主催者に対し、
「うちでは砂糖は控えめにしているので、自分達のお汁粉は持参します。」
と伝える方法もあります。
そしてそうすることで、主催者に再考を促すことにつながるかもしれませんね。

実のところ、二人の間ではまだ共通の答えが出ていません。
ただ明らかなのは、今回のカミさんの行為をきっと誰かが見ていて、
「masan家族では甘さを控えているんだな。」と感じたであろうということ。
そしてもうちょっとうがった見方をすれば、
「私たちが作ったお汁粉は、あの人たちには合わないのね。」
と受け止められたかもしれないということです。

本当にとっても些細な事例なんだけれど、
こういうことって普段の暮らしの中で山ほどあるし、
その度毎に、既に私たちは「ちょっと違う人」と見られているところはあるでしょう。
(つづく)
ここ数日、夫婦間で話し合いを重ねています。
時には夜中に起きだして、
「あーでもない、こーでもない」と白熱した議論をしたこともありました。
その話題は、生きる価値観や子育ての方針などに関することです。
書き出すと結構長くなるのですが、
過程を記憶に残すためにも、何回かに分けて書いていきます。

きっかけは、恵那市で行われた橋本ちあきさんの講演会でした。
それを聴いてきたカミさんがいたく感動して、
帰宅後に私に熱く語ってくれたことから始まりました。

カミさん曰く、
「自分の求めるライフスタイルが、
世間一般のものと比べるとギャップがあることは分かっている。
その中で、周りから不思議な目で見られる、
あるいは軋轢(あつれき)が生まれることに『不安』を感じることもあった。

でも、ちあきさんの話を聴いて、
『人がそれぞれ違うのは当然。その違いについていちいち不安がることはない』
と気づかされた。
むしろ、自分のスタイルをきちんと表現していけばいいのだ。
そのことでむしろ周りが良い方向に変っていくこともあるんだ。」ということだそうです。

そしてその一例として、学校給食が挙げられ、
給食と自分達の食生活との違いを感じたちあきさんは学校と交渉し、了解を得て、
自分の子供達には弁当を持参させたそうです。
そのことにより、結果として学校給食そのものの質が変っていったとか。

このようなアプローチをすると、
子供が仲間はずれにされたり、考えが対立するかもと不安だったけれども、
「そういうやり方も一つのスタイルなのかな。」と今回カミさんは気づいたそうです。
つまり、「主張することもありかな?」
「違うということで、諦めることはない。」という気づきです。

この話を聞いて、私は戸惑いました。
(正確に言うと、最初は勘違いをしたのですが。)
というのも、私はちょうど今のカミさんの年頃の時に、
次のような心境に気づいたからです。

「人が悩み、苦しみ、あるいは欲を持つのは、心の根底に『不安』があるから。
その不安を払拭することで、細かい事(雑念)に振り回されることはなくなる。
そしてその心境になれば、周りを全て受け入れることができる様になる。
だから、まずは周りの現象を一旦受け止め、それを咀嚼(そしゃく)した上で、
次第に自分の考えをまとめ、自然体で自分のスタイルを伝えていけば良いのだ。」

この考えでいくと、例えば学校給食についてならば、
まずは現在の給食を受け入れ、
それを自分がどう感じるか、周りがどう捉えているかを見た上で、
変えていくべき点について次第に問題提起し皆で改善していく、
というやり方になります。

私は、最初、この心境にカミさんも気づいてくれたのかとぬか喜びしたのですが、
ちょっとそれは違ったらしい。
むしろ、逆とまでは言わないまでも、違ったアプローチ方法ということになります。
(つづく)
十日ほど前、最近買った車の保険加入を申し込んでいたら、
カウンター越しの担当女性がおもむろに声を掛けてきました。
「あの~、masanは木工をしますか?」
「いいえ、やりませんが、薪は探しています。」と、つい本音が出た私。
「そうですか・・・。薪ではないのですが、実は相談したいことがあるのです・・・」

その相談とは・・・

その方の義理のお兄さん・大橋義博氏は木工作家でしたが、
5年ほど前に48歳の若さで亡くなられたそうです。
その義博氏が生前に集めていた木材がたくさん残されたのですが、
いつか行き先を考えようと言っているうちに年月が経ってしまいました。
このまま放置しておいて材として使えなくなるのは忍びないのだが、
ついてはどうしたら良いだろうか?という用件でした。

そこで、まずは見せていただくことにして、昨日訪問した次第です。
行ってみてびっくり。想像以上にでかくて大量でした。
まずこれが木材倉庫です。
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一列がこんな感じ。こういうのが四列分以上あると思ってください。
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ズームイン。こんな板が軽く100枚以上あったろうな。
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柱や梁材も結構多いです。
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「店のテーブル用の板が数枚手に入ればいいな。」とは思いましたが、
そんな小さなスケールのお話ではないですね。とにかく量が多い。
でも気になったのは、どれも少々外面が痛んでいること。
屋根がかかっているとは言え、横から雨雪にさらされてきた様子。
表面を削れば綺麗な木肌が現れるのかもしれませんが、素人には分かりません。
いずれにせよ、弟さん夫婦が処分を急がれた気持ちがよく分かります。

次に案内されたのが「庵」といいますか、畑の端に建てられた離れです。
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一室はいろり部屋で、
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もう一室の風呂場からなります。
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最後に、「パートナーズハウス」と呼ばれるアトリエをご案内いただきました。
義博さんと仲間やお弟子さん達で建てたとか。
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家の前には直径60~80cmほどの屋久杉のオブジェが。
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アトリエ内はこんな感じ。
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義博氏は主に椅子やテーブルなどの家具を得意としていたようですが、
他にも幅広い活動をしていたらしいです。
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そして義博氏。渋いです。
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義博氏の人となりやエピソードを聞くにつれ、私と共通点があることが分かりました。
・工房を多くの人に開放していたこと
・調理が大好きで、かなり本格的な厨房を作っていたこと
・自ビールを作って飲んでいたこと
・自ワインを作ろうと、ブドウを育てていたこと。
・・・
他に、一日で家を建ててしまうとか、
大勢の若者を集めてオブジェを作ったり、宴会をしたりと、
やってらしたことがダイナミックです。
また、義博氏の写真の右下に次の様なメッセージがありました。
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過去のHPはこちら。
2001年に更新されて以来、止まっていることに寂しさを感じますが、
それ故に、せっかくここまでやってこられた義博氏の
遺志と資産を活かしたいものだとも感じました。

「生前に是非お会いしたかったですね。」と私。
「きっとmasanと気が合ったでしょうね。」と弟さんご夫婦もおっしゃいます。
でもこればかりは無理な話です。仕方がない。

さて縁あってこのお話を聞かせていただき、私が何をできるかですが、
まずは弟さんご夫婦の願いでもある、残された木材の行き先が早く決まればいいですね。
これからいろんなルートを当たってみます。良い展開が見えてきますように。
また、何か良いアイデアがあれば教えていただきたいです。

ところで、最近、いろんな人からいろんな依頼を受けることが増えました。
「困った時はこいつに聞けば何とかなるんじゃないか?」
という風なフェロモンを醸し出しているんですかね?
(それにしても、村の風習について「そのいわれを知らんかね?」と
地域の人が訊ねてこられた時は驚きました。)
この先、どんなお話が舞い込んでくるのか、こちらの方も楽しみです。
先日、私が出かけようとして「じゃあ行ってくるよ。」とカミさんに声を掛けた時、
カミさんの後ろにいたU太がやおら私たちの間に入ってきて、
ニコニコしながら私の方に向かってきます。

「そうか、お別れの挨拶にきたのか!」とワクワクして待っていると、
何とU太は私の脇を通り過ぎていくではないか!
ガガーンッ!とショックを受ける私を尻目に、
ひたすらにU太が進んだ先は、土間に続く引き戸でした。
そしてその引き戸を開け、私が出ていくのを待っていたのです。

すごい!
私が出て行くのが分かるなんて、やっぱりU太は天才ちゃん?
感動に震えながら出て行く私を、U太は最後まで見送ってくれました。
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別の日でも、私が出かけようとジャンパーの袖に腕を通しただけで、
U太は「よし分かった!」とばかりに土間に向かいました。
そして引き戸を開け、私が通るのを待ちます。
やっぱりU太は天才ちゃん?

外出先から帰ってくると、カミさんよりも早く土間に近づき、
やはり引き戸を開けます。
そして私が部屋に入ると、引き戸を閉めます。
U太の手動自動ドアです。
やっぱりU太は天才ちゃん?

ちょっと変わったところでは、
U太は積み木遊びをする時に、いつも積み木を縦に積みます。
何でわざわざやりにくい方をやろうとするのだろう?

そしてそして、この年頃の幼児はよく指差しをするそうですが、
U太はあまりしません。
その代わり、カミさんや私の手を取り、
自分が取ろうと思うものの方向にまで持っていきます。
ただ関心があるものを指で示すことはせず、
いきなり「ボクはこれが欲しい!」と意思表示するU太。
U太って実は変わったちゃん?

こんなことで一喜一憂する私たちって、やっぱり親馬鹿さん?
しばらくの間、仕事にかまけていたら、みるみる薪が減ってきました。
うちのロビタがもともと大喰らいなのか、今は板の廃材が多くて燃えやすいためか、
私たちが効率的な燃やし方をまだマスターしていないからなのかは知りませんが、
買い物かご5杯くらいの薪を一日に使います。

田舎暮らしをしていて、何がたくさんあれば豊かさを感じるか?
言い換えれば、「何が少ないと不安に感じるか?」ですが、
私は「薪」「水」「米」だと思います。
つまり、これらさえあれば、少々のことが起きても生きていけるというわけです。
その薪が少ないというのは由々しき事態です。

ということで、一昨日からまた薪づくりに励んでおりますが、
たまたま通りかかったご近所のご老人が、耳寄りな話をしてくれました。
その方、昔は製材所を経営していたのですが、今は息子さんに譲って引退しています。
その製材所で出る木っ端をいただけると言うのです。

ではとばかりに早速伺いました。
すると社長さんは村の行事で何度か会ったことのある人でした。
もう既に話がいっていたらしく、
「裏に貯めているものを自由に持って行っていいよ。」とのこと。

詳しくは工場長に聞けとおっしゃるので行ってみると、その人も知っている人でした。
同じく地区で、祭りでも一緒だった、とてもきさくな方です。
こちらにも既に話がいっていたようで、
「いくらでも持っていっていいよ。この先も木っ端が貯まったら連絡してあげるよ。」
とのありがたいお言葉。
今回は一週間分程の木っ端をいただきました。

また、別の近所の製材所でも、これまた祭りで会ったことのある社長さんが、
「今は無いけれど、出てきたら持って行ってあげるよ。」と、
何と輸送つきとのありがたいお言葉。
ほくほくして帰宅しました。

「あれもこれも私が笛をやっているからだよ。」と諭す私に、
「はいはい。」と返すカミさん。
ホントだよ。笛で地域の行事に参加しているお陰で、
地域の人々が認めてくれてきているのだから。
笛の巧妙とでも言うべきか、笛様々です。

ところで今回いただいた木っ端ですが、とても立派な代物。
柱を作る時の端っこなのです。しかも桧!とっても良い香り。
ハンズあたりじゃ一個300円くらいで売れそう。
こんなのを薪材に使って良いのかしらね?
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ここ数ヶ月、夫婦でず~っと議論しながらも、結論の出ていないテーマがあります。
いろんな案が出ては消え、何故か二人とも妥協することができず、
「いったいどうしたらいいんだろう?」と頭を悩ましております。

こんなに私たちを悩ますもの、それはあるモノです。
誰もが普段から接し、お世話になっているはずです。
でも日常の暮らしの中でつい見過ごされてしまうヤツ。
そんなヤツにもっと関心をもってやりたい・・・
そんなヤツとは?

トイレットペーパー・ホルダーです。

トイレを新しくしたものの、
既製のトイレットペーパー・ホルダーを取り付ける気がしませんでした。
「僕らの気に入ったものにしようね。」と言っておきながら、
今はただそこにトイレットペーパーが置かれているだけ。
タオルホルダーはカミさんが枝を使ってうまく作ってくれました。
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でもトイレットペーパー・ホルダーは、もっと研ぎ澄まされたセンスが必要です。
最初はうちの屋根裏から出てきた、煤けた竹を使うつもりでいました。
でもそいつをどう留めるか?
なかなか良いアイデアが出ない。

「紐かなんかで留めれば?」とタオルホルダーと同じタイプを主張するカミさん。
それもいいけれど、もう少しひねりたい。

そうこうするうちに、今度はカミさん、
京都のお店でセンスの良い金具を見つけてきました。
これ、衣類を引っ掛ける用のものですかね?
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これをうまく使ってホルダーにならないか?
例えば、完成のイメージはこんな感じ。
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このバーにあたる部分をセンス良くまとめたい。
これがまた結構難しい。
古い鉄か、真鍮の棒があればいいんだけれど、まだ見つかっていません。
「たかがトイレットペーパー・ホルダー」と笑うなかれ。
こういうのって、一度決めるとずぅ~っとそのままになるものなのです。
だから最初が肝心。
でもそうこう言ううちにどんどん時は流れ、
もしかして我が家にとって「ネバー・エンディング・ストーリー」になりそうな気配です。
最近、仕事の隙をみては笛の練習にいそしんでおります。
どれくらいいそしんでいるかと言えば、
一昨日、東京への新幹線の一番前の席でパソコン広げ、
獅子笛のDVDをイヤホンつけて聞きながら、
実際に笛を取り出してシャドートレーニングしているくらいです。

車両に入ってくる人はみな驚きの表情を見せますが、
そんなことに構っちゃおられません。
ほぼ陶酔状態で練習しております。
おかげで何とか全体の流れをつかめるようになりました。
でもこれで満足していてはいけません。
この先、様々な試練が待っているのです。

試練その一
今は、師匠・カツシさんの指使いアップを撮影した映像ばかり見ております。
この次には、同じ映像で音声を消したパターンでやってみようかと考えております。
今はまだ少々音がずれてもいいから、とにかく通してやれるようになりたい。
今月中にクリアが目標です。

試練その二
それに慣れたら、今度は過去の獅子舞の映像を見ながら吹いてみます。
画面の後ろの方でカツシさんが吹いてはいるが、指使いは見えない。
獅子と太鼓の間(ま)を計りながら吹く練習です。

試練その三
そして同じ映像で、音声を消して吹いてみようかと考えています。
つまり獅子の動きだけを見て判断するのです。
この頃には、細かい指さばきまでマスターしたいところ。
ここまでを2月中にクリア目標。

試練その四
さてここからが勝負!
大勢の人前でも焦らずに吹けるようにならねば。
そのためには、人前で吹くのみ!
3月以降我が家に来る人は、嫌ほど聞かされると覚悟してください。

試練その五
この頃になると、実際に獅子と太鼓に合わせて吹く練習をすることになるでしょうが、
その際に大事なのは「演歌のこぶし」だと聞かされています。
つまり、ただ音が綺麗に出て指使いがうまければ良いのかと言えば、さにあらず。
「こころ」が大事なのです。

森進一にせよ、最近の缶コーヒーCMで話題の八代亜紀にせよ、
そして氷川きよしにせよ、独自の節回しを持っています。
これはその人それぞれがご自身の世界観、
つまり「こころ」を持っているからだと思います。
「それが一番大事だよ。」と別の師匠・ユウイチさんから聞かされてきました。
分かっています。でも一足飛びにその領域までは行けない。
だから最初は「型」から入ります。

さて、このアプローチ方法、ジャンルは違えども、
いかにも日本的な「道」だと思いませんか?
華道、茶道、柔道、剣道、野球道、・・・日本人は実に「道」が好きです。
これは、このやり方が日本人に合っているからでしょうね。
まずは「型」から入り、それを続けているうちにオリジナリティが見えてくる。

そこで私、そんな呼び名があるのかどうかは知りませんが、
「笛道」なるものを自ら据えました。
それが今、上に挙げた試練の道です。
そういう目で見ると、私が今立つ位置はまるで入り口です。
いつかは笛道を極めたいなぁ。

「こんなに笛にはまるなんてねぇ。」とカミさんは呆れておりますが、
全くもってはまっておる私、頑張りまっせ!
親父が照れ臭そうに、そして半ば自慢気に、
「ちょっとな、こんなことに気付いたんやけど、どうかな?」
と一枚の紙切れを見せてきました。
そこにはある計算式が書かれていました。

そこで問題です。あなたは次の計算を暗算でできますか?
①13×17=
②16×19=
③18×14=

私?そんなのできません。
ところが親父は急にできるようになったと言うのです。
その計算式が次の通り。

まず、それぞれの一桁の数字を掛けます。①ならば、3×7=21
これを2と1に分ける。
次に、最初の二桁の数字と、次の二桁のうちの一桁の数字を足します。
①ならば、13+7=20
この20に、最初の2を足して22
そのあとに1を続けて書いて「221」が答。

ほう、なるほど。何だか分からないけれど、すごいことだ。
感心して眺めていましたが、
今度は私がこんな風にも考えました。

まず、最初の二桁の数字と、次の二桁の数字のうちの一桁の数字を足します。
これはさっきと同じです。①ならば、13+7=20
そしてその数字を10倍します。つまり200です。
それに、それぞれの一桁の数字を掛けた数字を加えます。
つまり、200+21=221
どうだ!

親父「ほほう、そういう手もあったか。」と少し悔しそう。
でも最初の仕組みを見つけたのは親父なので、それはすごいことです。
しかも、何の本も読まずに、自分一人で思いついたとか。
将来は数学者になれるかもね。

ところで、この計算式が成り立つのは、20×20までです。
それを越えると、いきなり成立しなくなる。
「どうやったらええんかなぁ?」
次なる目標に向けて頭をひねる、今年73歳の未来の数学者であります。
大学時代の友と十数年振りに再会し、酒を交わしました。
そいつとは入学したその日にぱっと目が合い、
「おっ、気が合いそうだな。」と思ってからの付き合いです。
おまけに、私が幹事をした飲み会で出会った女性と結婚したこともあり、
何かしら縁を感じています。

いろんな話題の中で、そいつがぽろっと言いました。
「高校2年の息子が、将来何をしたいのかが分からん。」
それを聞いて私が答えました。
「じゃぁお前は自分がその歳の時に分かっていたかい?俺は分からんかった。」

・・・・・・・・・・
私は学生時代を通して振り返って、まるで楽しくなかったです。
特に中高の時代がつまらなかった。
何がつまらなかったかって言うと、自分がです。

気が弱くて、人見知りが強く、人前で話すのが苦手で、当然人付き合いが下手で・・・
今の私しか知らない人は笑ってしまうかもしれませんが、
一言で言うと、「線が細く存在感の薄い」ヤツだったかと思います。

そんな自分が嫌だった。
自分の腹の底には熱いマグマみたいなものがゴロゴロしていて、
「俺はこんなんじゃない!」と腹の中で独り言を言っていました。
「じゃぁ、どんなんじゃぁ?」と自問してみても、うまく表現できない。
そんな、悶々とした悩める時を過ごしたのが学生時代です。
そんな当時の私に「お前、何になりたい?」などと訊ねても、
漠然とした答えしか返ってこなかったろうな。
・・・・・・・・・・

私「振り返れば、若い頃には想像もしなかった人生を歩んだものだ。」
友「お前がか?こんなに自由に好きなように生きてきたお前がか?」
そうなんです。
社会人になってからの年月が、それまでの年月を超えるようになり、
その間に私は随分と変りました。

別の昔の友からきた年賀状にはこのように書かれていました。
「相変わらずローリング・ストーンだな。」
そうねぇ、ずっと転がり続けてきたかな。
でもそのお陰で、腹の中のものを少しずつ表現できるようになってきました。
だいたい、「文章を書くのが苦手だから理系を選んだ」ヤツが、
今やほぼ毎日ブログを書いているんだから笑っちゃいます。

また、先日親父の知り合いに紹介された時、
「いい身体つきをしていますね。武道か何かなさっているのですか?」と訊ねられました。
私が武道家?線の細かった私が?
笑う私に親父がさらに追い討ち。
「そりゃそうだ。お前はいつも山に入って丸太を運んでいるからな。
体つきががっしりしてきた。」

おいおいちょっと待ってくれ。それは随分とイメージが先行していないか?
確かに山に入って丸太を運ぶ時もあるけれど、
そんなにしょっちゅうしている訳ではないんだから。
昔の自分と比べ、そんなにも印象が変わるものかと驚いてしまいます。

そこで、冒頭の話題に戻って、友の息子に偉そうにひと言。
「生きていりゃぁ、思いもつかないいろんな事が起きてくるよ。
学生時代には『みんなおんなじ』なんて思っていても、歳を食えばみんな違っている。
要は、今、生を受けていることに感謝して、
今関心があることをまずは追ってみたらいいんじゃないかな?
そして人生はワンチャンスではない。
追ってみた道が合わなかったら、また別の、その時に関心を持った道をいけばいい。
そうしているうちに、次第にあなただけの人生が積み上がってくるよ。」

いつでもおじさんの処に遊びにいらっしゃい!
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一夜明け、まだ旅の余韻が身体に残っております。
たった一泊二日の旅でしたが、実に多くの発見がありました。
新しい出会い、地域の誇り、小郷の衆の酒の強さ、・・・
その中でも特に「伝統文化を育て、伝えていくことの大切さ」を強く感じました。

加子母と伊勢神宮とのお付き合いは、
20年毎に建て替えられる内宮・外宮の御用材が加子母の森から出されるようになって、
1200年以上の歴史になるそうです。
立派な伝統です。

一方、獅子舞の伊勢神宮奉納は、今回で30回目です。
つまり30年の歴史という訳です。
それはそれですごいことなんだけれど、もともとの歴史から比べるといやに短いです。

この行事、今から30年前に小郷地区の長老が発案したアイデアだったとか。
最初はこの小郷地区だけが行っていたのですが、
次第に他の地区もやるようになり、
今では加子母十区のうち、五区が順番に行っています。
今回、五区以外の区の区長さんも同行していましたが、
「そちらでもやらないか?」と誘われていました。

私が感心したのは、このように「伝統を創り育てている姿」です。
伝統って言うと、つい
「昔から伝えられてきた行事をそのまま繰り返す」ようなイメージが強いですが、
ここでは行事そのものを発案し、続け、それがやがて伝統文化に育っているのです。
ありそうでない、できそうでなかなかできないことだと思います。
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加えて面白いのが、区によってやり方が違うということです。
水無神社の秋祭りでも、獅子舞でもそうですが、十区それぞれで節回しが違います。
特に獅子舞は同じ節を見つけるのに苦労するほどです。
元は一つだったのに(我が二渡地区が発祥とも言われています)、
それぞれの区で「伝言ゲーム」的に伝え続けた結果だと思うのですが、
本当に見事に違います。
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ならば人々の心もバラバラかと言えばそうではなく、
区毎に独立していながらも「加子母」という地域のもとでまとまっています。
この絶妙のバランスがいかにも日本的でもあり、「いいなぁ~」と感じるのです。
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さてその獅子舞の笛衆として私も練習中です。
吹き手が大勢いるような他の区では、
私のような新参者に獅子笛をやらせるなどということはまずないらしく、
「やれと言われること自体が大抜擢ですねえ。」と感心されました。
これにはもともと人数が少なく、
役者(舞・太鼓・笛の演者)が少ない地区ならではの事情があるのですが、
声を掛けてもらえること自体がありがたいことだと捉え、これからますます精進します。

特に今回、小郷の衆の笛を聴いて、かなり刺激を受けました。
はっきり言って、うちの地区の節回しの方がまだ簡単です。
それさえもうまく吹けないとなればちょっと恥ずかしいかも。
「今まで以上に気合を入れて練習するか!」と力が入った次第です。
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先程、伊勢神宮での獅子舞奉納の旅から戻りました。
とっても実りの多い旅で、いろいろ書きたいことだらけだけれど、
今日は画像を並べます。

練り歩き始まる
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太鼓と笛の衆も続く
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子供太鼓に感動!
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大人も負けじと
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大勢の観衆
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獅子舞奉納が始まった
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いつか私もここで
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宴会に中津川市長がやってきた
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長老が獅子舞披露
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獅子が市長を襲う
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芸達者な小郷の衆
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市長も踊る
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ぼちぼち、思ったことを書いていきますね。
昨日、「善きかな号」の受け取りの後、コイワさん宅を訪問しました。
U太が赤ちゃんだった頃以来の再会で、
さて愛ちゃんがどんなパフォーマンスをしてくれるかと楽しみにしていましたが、
やはり期待にたがわずやることがすごいです。
私の発想を超えていました。

それは、「手作りクッキー絵本」の話し聞かせでした。
ダンナのマサヒロさんが6時間かけて挽いた小麦を使い、
愛ちゃん独特の感性で形づくられたクッキーたち。
例えばこれは「太陽」と「川」と「子供」と、あと何だっけ?
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そしてこれは、「木」のもとに集まる「牛」「猪」「羊」です。
レンコンがうまく使われています。
牛の身体には墨。
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これらを登場させながら、物語を創作して聞かせる愛ちゃん。
ホントすごいなぁ。
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U太はまだ物語を追えるような段階ではないけれど、それなりに関心を示した様子。
とても私はこの感性は真似できないけれど、
これからの時期、子供との接し方の幅を拡げていただいた気分です。


「善きかな号」は無事我が家に到着。
もとからある車と同じく、うちの番地でナンバーを揃えました。
これなら忘れることがない。
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中が広いし、綺麗だし。とても平成5年式には見えません。
横顔が白い髭面のようにも見え、やっぱり「善きかな」の爺さんです。
これから家族で移動する時が楽しみです。
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ところで、もし、もしですよ、今日の午後(12:00~15:30)、
伊勢神宮内宮に行ける人がいたら是非お越しください。
加子母獅子舞保存会が獅子舞の奉納に参ります。
私も同行しますが、今回はオブザーブです。
きっと会場で撮影しているか、ビラを配っていると思います。
もし、ということで、ヨロシク!
では今から伊勢に行ってきます!
今日はどうしても今のうちに書いておきたくって、昨年末の出来事を取り上げます。
二台目の車「善きかな号」を見つけたモータースの場所は、
知人のコイワさんたちの自宅近くでしたので、その日ちょっと立ち寄ったのでした。

ちょうどその日、コイワさんたちは畑で大豆の脱穀(脱豆?)をしていました。
訪ねることを事前に伝えていたのですが、やって来たのが私一人だったので、
カミさんとU太がいないことにちょっとガッカリした様子。
特に奥さんの愛ちゃんは、「絵本の読み聞かせをしようと思っていたのに・・・」。

ではU太の代わりに私が聞かせていただきましょうということになり、
早速畑の真ん中で読み聞かせが始まりました。

お題目は『めっきらもっきらどおんどん』。
「もんもんびゃっこ」「しっかかもっかか」「おたからまんちん」
という妖怪が出てきて、とても楽しいお話です。
晴天のもと、畑の真ん中で絵本を聞くのはとてもすがすがしかった。
まるで時間が止まっている様な、別世界にいるような気分でしたね。

でも、「めっきらもっきらどおんどん♪」と詠う愛ちゃんの前で一人座って聞く私と、
愛ちゃんの背後でダンナのマサヒロさんと友人が黙々と大豆を取るシーンは、
傍からみたら相当面白かったかも。
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愛ちゃんは作業の傍ら、裸麦を炒って粉にしたものを焼いていました。
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そして先程の絵本の登場人物を模したものを焼いていました。
これはその一つ、「もんもんびゃっこ」です。
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またその日は特別に私の顔も焼いてくれました。
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そして、その後、得意の踊りをしながら足で踏んで大豆を取っていた愛ちゃん。
私たちはコイワさんたちのライフスタイルに共感していますが、
何よりも愛ちゃんの存在そのものが大好きです。
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何故、この話を書いたかと言うと、
今日これから「善きかな号」を受け取りに行くのです。
今度はカミさんとU太も一緒に行きます。
そしてコイワさんたちと再会することになっているのです。
さて今日はどんな出来事があるか?U太がどんな反応するか?
とっても楽しみです。
2007.01.17 万歩計
万歩計を拾いました。
その場所は、落とし主が「きっとここにワシの万歩計を落としたに違いない。」
と戻ってくるような気配のないところでしたので、
私が落とし主の意志を引き継ぐことにしました。

すると意外に一万歩なんていけるものですね。
思うに、田舎の人よりも都会の人の方が歩くんじゃないかな?
都会は駅の乗り換えなんかで結構歩くし、階段が多いので、
歩かされるという方が正しいかもしれないけれど。
そんな訳で昨日も丁度一万歩を越えたところで一日終了。
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ところで、万歩計はYAMASA(山佐時計計器株式会社)が売り出した歩数計
の商品名だったそうです。
それが一般にも普及し、歩数計自体が万歩計と呼ばれているとか。
ならばと、YAMASAのサイトを覗いてみると、
「2007年は山佐時計計器株式会社の創立50周年、
万歩計を発売して満42周年を迎えます。」と得意満面のコメントが力強いです。
最近は「わん歩計」なるものも売っているらしい。これにはなんともはや。

私が今回意志を受け継いだ万歩計はオムロン製。
調べてみたら999円で売ってました。
ありがたく意志を受け継ぎます。(しつこい)
実際のところ、世の中には一歩踏み出すのも苦労する人がいる中で、
一万歩も歩けることには感謝です。

それにしても「万歩計」とはよくぞつけた名ですね。
「千歩計」だとあっという間だし、「十万歩計」だと遥かかなただ。
ゴロもよろしい。
英語だったら「10 thousand meter」か?と思って調べてみたら、
「pedometer」と呼ぶらしい。全然面白くない。
ということで「万歩計」の勝ち! えらいぞYAMASA!

と散々持ち上げておいて、万歩計を我が物にした私でした。
どうもすいません。
そしてありがたく使わせていただきます。
2007.01.16 障子応急処置
薪ストーブがやってきてから、我が家の暖房事情は大幅に変りました。
まず灯油代が昨年に比べて月2万円ほど浮いています。これは大きい。
そして家全体が暖かいので、家の中の移動が楽です。
ところで何故そんなに家全体が暖かいかと言いますと、
隙間だらけだからということもあります。

戸板はゆがみ、障子は破れ、熱が逃げ放題。
でも私はそれくらいが丁度良いのかもと思い始めています。
世の中は、できるだけ断熱しようとしたり、
「外断熱がいい」とかいろいろ言われていますが、
少々熱が逃げても、家が呼吸するのがいいんじゃないか?
そしてそのおかげで多くの部屋が暖まれば温度差がなくていいじゃん。

でも限界というのもあります。
例えばこれ、縁側の障子です。U太怪獣ほか大勢の怪獣が通った後です。
すごいですねぇ。大荒れという感じ。断熱効果ゼロ。
この障子はいずれ改造して下半分に透明のパネルを張ることにしています。
だから今はむしろやりたい放題のままです。
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ここまではいかないまでも、最近薪ストーブ部屋の障子の破れが目立ってきました。
そこで昨日の午後、一発奮起して障子張り替えをしようとしたのですが、
「ちょっと待てよ。障子を水で濡らして剥がして、
それが今日中に乾くか?」とシンプルな疑問に衝突。
ということは、最低丸一日、できれば二日必要なのでありました。
そんなことぐらい前もって読んでおけよと、我ながら呆れます。

そこで、ならば応急処置をしましょうと、
破れた面だけコピー用紙を貼ることにしました。
桟にかかるようなサイズにコピー用紙を切っていきますが、そこで登場!
型紙です!厚紙を切っただけですが、これでこの先の作業が楽です。
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そして切った用紙ををどんどん貼っていきます。
貼った面はこんな感じ。ちょっと目立つような気もしますが、
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心配ご無用。表から見ればそれほど気にならない、はず。
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これでこの冬はやり過ごすことにしました。
そして春になったら一気に張り替えましょう。
それまでに来られるお客さん、どうぞ笑ってやってください。
うちはこんなものです。
昨日・今日と、朝はマイナス10℃でした。
真冬到来の感です。

ここ数日、他のことをほったらかして笛の練習にいそしんでおります。
そのお陰か、ようやく一筋の光が見えてきた様な気がしている私です。
(かなり自分に甘いですが・・・)

本当は年末からこのモードに入るつもりでした。
でも咽喉を痛めたことで、大きく息を吸うと咳き込む様になり、
笛どころではなかったのでした。

その間、笛の師匠・カツシさんの手の動きを撮影したビデオを何度も眺めるだけの日々。
それでもそのお陰で全体の流れを頭に刷り込むことができたようです。
だから数日前に久しぶりに笛を手に取った時、
想像していたよりは手の動きがついてきました。
ところが今度は肝心の音が不安定です。息の仕方を忘れたようだ。
こればかりは練習を繰り返すしかない。

それでも昨年の秋祭りに向けての練習を始めた頃に比べたらましなスタートかな。
あの頃は音さえ出なかったのだから。
これから新たに数曲覚えることになるのだけれど、
今年はその中の一曲目さえマスターすれば良いと言われているので、
何とか頑張ります。

ところで、昨日は師匠のカツシさん宅にアドバイスをいただきに行ったのですが、
その時に、お嬢さんのショウコちゃんがスコーン(ハート型!)と
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クッキーを焼いてくれました。
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どちらもとても美味しかったです。ありがとう!
帰宅後にカミさんに画像を見せたら、「ふーん、美味しかったの。良かったね・・・」
しまった!全部食っちまった。
ショウコちゃん、今度また頼みます!
2007.01.14 ひと休み
一昨日からカミさんのブログ友だち一家が訪ねてきてくれていました。
料理の得意な方なので、昼食も一段と盛りだくさん。
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ここ最近、カミさん関係でお客さんが来ることが多く、
大抵はお子さん連れなので、その度に賑やかな時が流れます。
そんな時は、U太もとても刺激を受けるようなので、
今回もその後の変化が楽しみです。

今回来てくれたご家族の息子さんはとても働き者でした。
私が薪作りをしている時には薪運びを一緒に手伝ってくれ、
薪風呂を沸かす時も私に代わってやってくれました。
こちらから何も言わなくても、進んで何でも熱心に取り組んでくれる姿を見ると、
つい自分の息子をだぶらせてしまいます。
「いつかU太とこういう時を過ごせる時がくるのだろうか?」と思いを馳せました。

それにしても今回の息子さんはとても動きが良いです。
まだ5歳なのに、その場その場の状況を的確に判断して、
その中で自分がどう動けば良いのかが分かっている。
一言で言うと段取りが良いわけですが、
大人でもあまり見ないほどのセンス良さです。
こういうのは、もちろん教育もあるでしょうが、
もともともっている質もあるのでしょうかね?大したものです。


さて私はといえば、いろいろやることはあれど、
当面の課題・薪づくりと笛の練習だけで過ごしました。
言わば終日休日のようなものです。
年初以来書いてきたように発想を転換してきたおかげで、時がゆったりと流れています。
ただ仕事のエンジンがかかっていないだけという声も聞こえますが、
今のうちにこの先の長期的なことをじっくりと考えたいものです。
美味い店のカテゴリーを別に立てた方がいいかもしれませんな。
今回もまた二軒見つけました。

まずは「旬楽膳」。私たちが行ったのは、一宮・八幡店です。
以前からカミさんは母や妹と行っていたようですが、私は今回が初めてでした。
元は普通のスーパーだったそうですが、
オーナーが心を入れ替え(ちょっと表現が変か?)、
「身土不二」をコンセプトに作り変えたそうです。
その心意気や立派!
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去年、バンクーバーに行った時にこの手のスーパーを覗いて、
「こんな店が日本にもあったらなぁ」と思ったものですが、まさにそんな店です。
ここの品揃えは立派!

そしてここの特徴は、店のコンセプトに合わせた飲食店「ダイニング膳・ZEN」です。
写真を撮らせてもらえなかったので、詳しくはこちらをご覧ください。
品揃えが多いわけではないけれど、どれも美味しいバイキングでした。
「こんなスーパーが近くにあったらいいねぇ。」とカミさんとため息。

さてお次は「アン・ソレーユ」。七宗町にあります。
国道41号沿い「道の駅ロック・ガーデンひちそう」から南へ約1km、
サークルKの辺りのどこかを西に入ってすぐです。
すると見えるはこんな店。
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本当に失礼ですが、まるでコンテナのようなこんな店。
でも美味い!私は大いに気に入りました。
とても親しみやすいです。
こんな場所のこんな店なのに(再び失礼)、いつも客がいます。
大したもんです。
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オープンして5年だそうですが、HPも無し。それでも客がつく。
大したものです。

ということで、またもパン屋を紹介してしまいました。
悲しいとき~!

慌てて洋式トイレに座ったら、便座が上がっていたとき~!

長い人生の中ではいろいろありますな。


さて、一週遅れの実家巡りを終えて自宅に帰ってきました。
旅の思い出はまたおいおい書くとして、
U太は行く先々で皆の視線を一斉に浴び、お勤めご苦労さまでした。
これは私の実家でのひとコマ。
私がごろんとしていると、その横でU太も真似をしてごろん。
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少ししたら起き出して、私にちょっかいを出し、
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そしてまたごろん。
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可愛いものです。

おじいちゃん・おばあちゃんともいい笑顔で撮れました。
今度また会うのは春かな?夏かな?
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昨日、実にほのぼのする企画展に行ってきました。
場所は、明石市立文化博物館。JR明石駅北側すぐのところにあります。
ここで今やっている企画展「昭和なつかし博覧会」の評判を聞いてやってきたのです。

この博物館では設立当初から昭和のモノを集めてきたそうで、
毎年そのような企画展をしてきたらしいですが、今年は特に趣向を凝らしました。
「フォトモ」と呼ばれる技法を活用することにしたのです。
フォトモとは、糸崎公朗(いとざき・きみお)氏が
「フォトグラフ」+「モデル」から考えだした造語で、写真を素材にした模型であり、
切り抜いて組み立てると不思議な街が現れる、3D写真でもあります。
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糸崎氏が進めてきたフォトモは全て手のひらサイズのものばかりなのですが、
このサイズを拡げて空間演出にまでもっていったのが今回の企画展のすごいところです。
まず昨年夏に地域の人々に昔の写真を募集しました。
それをベースに巨大なフォトモを作り出し、
合わせてその時代の風景・モノの物語を作って展示したという訳です。
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これ、結構感動しましたよ。
コロンブスの卵って言うんですかね。
出来上がったものを見ると「あぁなるほど。」と思うけれど、
あるようで無かった技法だと思います。
その他の展示では、私はこれが受けました。
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他にも、給食の変遷など。
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この手の写真やテーマって、最近よく見るけれど、
改めてこうやって企画されると、「へぇ」「ほぅ」と感心したりします。
久々に心がほっこりしました。
お近くのかたは是非行って見てください。
2/3までが見頃ですよ。
のっけからあなたに質問です。

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あなたは風が見えますか?
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この感覚を私が初めて知ったのは、今から10年前、
東京暮らしを捨て、八ヶ岳での田舎暮らしを始めて数ヶ月が経った時です。
その当時の私は、都会のモノと情報に溢れた世界から抜け出したくて、
大きく振り子を振って、そうではない世界ばかりに関心を向けていました。

毎日土地を開墾し、かいたことのない大汗をかいて過ごしているうちに、
ふと空を見上げると、何かを感じました。
一陣の風が過ぎるのを見て、直感的に感じたのです。
「あっ、今、季節が変わった!」
冬から春へ変わる瞬間を体で感じたのです。風がはっきりと見えました。

その後、季節の変化だけでなく、一日の間でも風が刻一刻と変化することを知りました。
午後のある瞬間、さっと風が吹くのを感じて、その後一気に夜が来るのを知りました。

またある時にはこんな経験も。
外出先から帰る道すがら、近所でバーベキューの準備をしている家族を見かけました。
車を止め、彼らに声を掛けました。
「もうすぐ嵐が来るから、準備は止めた方がいいよ。」
それを聞いた人々は、
「この晴天に、この人は何を言い出すのだろう?」と怪訝な顔をしただけでした。

彼らから離れ、数分後に我が家に戻った私。
丁度その時から雷が鳴り、突然バケツをひっくり返す様な大雨が振り出しました。
「あの人たち、少しは片付ける暇があっただろうか?」と思ったものです。

あの感覚。何と表現したらよいのでしょう?
日本人が、人間が本来持っていたはずの感覚。空気を読むとでも言うのでしょうか。
それは自然の中で暮らしておれば、それこそ自然に養われるものだと思います。
その感覚を、残念ながら最近の私自身があまり感じなくなってしまっていました。

例えば皆さん、最近月をゆっくりと眺めたことがありますか?
降った雨が流れていく様子を眺めたことがありますか?
水面が、炎が一度も同じ姿を現すことなく流れていく様を眺めたことがありますか?
深呼吸を意識してやったことがありますか?そのことに喜びを感じましたか?

例えて言うならば、
「目の前で両手を広げて、指の隙間から落ちていったかもしれない感覚」を、
もう一度取り戻したいと思います。
それには、日々の暮らしの中で、
もう当たり前の様に思い込んでいる「小さな感動」に気づき直すことだと思います。
そしてその先に、いやその瞬間に、大きな幸せが傍にいるのでしょう。

それは、私が、私たちが、今の暮らしをしたいと考え始めたきっかけでもあるのだから。
2007.01.09 新しき友
昨日、「土鍋カフェ楽ちゃん」というお店に伺いました。
場所は滋賀県大津市の北の端、
比叡山のふもとに建つ築100年以上の古民家がその田舎カフェでしたが、
どちらかと言うと「お宅に伺った」感覚に近いです。

カミさんがmixiで見つけ、予約して行ったのですが、
まんま「私たちの暮らし」というスペースでした。
場所は少し分かりにくいですが、この虫小窓が目印。
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現れただんなの「やっちゃん」ことヤスユキさんは、
見るからに親しみやすそうな感じの人です。
彼は私の古い友人に酷似していたので、よけいにそう感じたのかもしれません。
その後、やっちゃんが主に私たちの相手をしてくれました。

ベジタリアンの食事はどれも美味しかったです。
全て作ってくださった奥さんのひろ子ちゃん、ありがとうございました。
この楽ちゃんの何がすごいって、まずU太とほぼ同じ時期に産まれた子供を含め、
男の子三人を育てながらこの店を経営してるってこと。
ひろ子ちゃん、下の子をおんぶしながら調理していました。

そして、皆さんがこの地に越してきたのが昨年の4月。
その時から店を開いているということ。
つまり、新天地への移住即開店というわけです。
これには驚きました。
こういう姿を見ると、私たちは考え過ぎかなとも考えてしまいます。
とにかくバイタリティ溢れる姿には見習うことが多かったです。

食事の後、皆さんが耕す畑を案内してくれました。
住まいからも離れ、お世辞にも恵まれた条件とは思えませんが、
畝もないところで生き生きと育つ野菜たち。
皆さんのたくましさが伝わっているかのようです。
そして熱く語るやっちゃん。
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小松菜も逞しい。直径8cmくらいあります。
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短期間でとても話尽くせませんでしたが、
私の印象では、「同じ頂を見ている人たちだな。」と感じです。
アプローチは違うけれど、見ているところが一緒だなぁ。
最後には、皆さんが目標の一つにしている「シャロムヒュッテ」で
カミさんが以前働いていたということで、一気に盛り上がりました。

私たちはまだ店も開かず、これからという状態ですが、
この先お互いで刺激し合って、
有機的につながり合いながらお付き合いできたらいいな。
そんな気を起こさせる出会いでした。
昨日はありがとうございました。これからもヨロシクお願いしますね。

ちなみに、かれらは雑誌『田舎暮らしの本』の昨年12月号にも登場しています。
昨夜はカミさんの実家に泊まりました。
正月は地域の行事があったので家を出ることができず、
一週遅れで実家周りの旅に出た次第です。

着くと、もう昼間から宴会が始まっていました。
おじいちゃん・おばあちゃんと、カミさんの弟妹家族が集まってくれていました。
彼らもここ数年で次々と結婚&出産したので、
この一族は一気に賑やかになっています。
どれくらい賑やかかと言うと、これくらい。
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「これからますます賑やかになるんだろうね。」なんて言っているうちに、
「来年は3家族揃って第二子を産もう!」ということになりました。
すると上の写真がよりすごいことになりそう。
そしてその3年後には9人の子供か?
ネズミじゃないんだから、そう爆発的には増えないでしょうが、
一家が繁栄するというのはこういうことをいうのかと、
目の当たりにするような光景です。

楽しく宴は過ぎ、そして旅は続きます。
2007.01.07 遠来の友
友と呼ぶには申し訳ないほどのお付き合いなのですが、
私はそう感じている方・Tさんが我が家にやって来てくれました。
出会ったのは十数年前。それも一度だけ。
でもお互いに感じるところがあって、ずっと年賀状をやりとりしていて、
「それっきりのお付き合いかなぁ。」と思っていたら、年末に電話がありました。

Tさんは岐阜出身の声楽家です。つまりオペラ歌手。
最初に出会った時、「これから北海道で暮らす。」と聞いていました。
今回改めて聞くと、
当初請われて「グリック王国」なるところに行ったけれど、ほどなく退社。
(やがてそこは倒産したそうですが。)
その後、帯広から少し離れた土地を購入して自力で家を建て、
そこでペンション経営とパラグライダー教室を始めたそうです。
また声楽家としての活動は続けており、来月10日には帯広でコンサートをするらしい。

そんな彼が何故こちらに?
実家のご両親がお歳を召してこられたので、時々様子を見に来ることになったとか。
ご苦労様ですが、そのお陰で再会することができ、ご縁とは不思議なものです。
そして昨日、がっしりと抱き合って久々の再会を喜びました。
早速我が家に招きいれ、薪ストーブの炎を見ながら積もる話を出し合います。

私以上に波乱万丈の人生を歩んでいるTさん。
ひとしきり話した後、
「私がこういう生き方ができたのも、北海道だったからですよ。」と一言。
私が即座に返しました。「いや違う。それは貴方だったからですよ。
貴方は岐阜にいたって、きっと自分の思う生き方をしたでしょう?
要は物事の捉え方だと思いますよ。」
それを聞いたT氏。我が意を得たりとばかりに、また一段深い話題に入っていきました。

『一期一会』という言葉があります。
茶会に臨む際に、「その機会は一生に一度のものと心得て、
主客ともに互いに誠意を尽くせ」という意味からきているらしいです。
私の親父が好きな言葉で、子供の頃から何度も聞かされましたが、
今回まさに、かつて一期一会を感じた人と、
思いがけなくもう一度出会えたような喜びを感じました。

彼も同じ感慨を持ってくれた様子で、
「貴方が北海道にいてくれたらなぁ。是非一緒にいろいろやりたいな。」
と言ってくれます。
それを小耳に挟んだカミさん、
「今この地を離れて、北海道には移住はできないんですけど・・・」
いやね、そこまで彼は言ってないよ。

でも、お互いの拠点を共有して、これから共に何かを起こしていけたら愉快だな。
彼の土地は牧草に囲まれた6000坪だそうです。もしかして将来何かが起こるかもね。
私よりも一回り上のTさん。その姿に勇気づけられます。
これからもお互いに刺激し合って人生を謳歌しましょうね。

家の外は雪。ついにやってきました。
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実は年末から体調を崩していました。
まずひと月ほど前に、U太が病院から戻ってから咳と鼻水だらけになりました。
間もなくカミさんにも症状が移り、ついに私も。

私は体調を崩すとすぐ咽喉にきます。
いわゆる「えへん虫」が棲みついて、それを取り除こうとして咳き込んでしまうのです。
最初は咽喉の奥が「くすぐったい」感触がするだけなのに、気がつくと悪化しています。

喉の奥がかゆい→痰が溜まる→取り除こうとしてエヘンする
→咳が止まらなくなる→咽喉が腫れる→より痰が溜まる→吐くような咳・・・
らせん階段を下りていくような悪循環。

昔はすぐに休んで寝たり、医者に診てもらったものですが、
最近はずぼらになってほったらかすことが多いです。
大抵はそのうちに直ってしまうのですが、二年前にはひどいことになりました。
最後には咳をするのも「飽きた」くらい元気がなくなったので医者に行きました。

すると、「あんた、あと数日来るのが遅かったら即入院やで!」と注意されました。
ほぼ肺炎になりかけていたのです。聴診器を当てると「バリバリ」と音がしたそうです。
レントゲン写真を見ると、肺の半分が真っ白に。
「この白いの、すべて痰ですよ。」とのこと。

私は今まで、
「食道の下の方に炎症ができていて、それを治そうとして痰が沸いてくるんだけれど、
その痰そのものが食道をふさいでいる」イメージをいつも持っていたのですが、
どうも違うようです。
気管に痰が入り込み、肺に広がっていくらしい。
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医者「薬も出すけれど、それは炎症を抑えるだけで、
一旦肺に入った痰は薬では取り除けないですからね。」
私「ではどうすれば取れるのですか?」
「水を大量に飲みなさい。そして胸を叩きなさい。」
「?」

説明を聞いて笑いました。いやむせました。
「水を飲むことで痰が薄まります。
そして胸を叩くことで、肺の細胞から痰がはがれやすくなるのです。」
ホンマかいな?でも医者は大真面目です。
そこで医者を信じて水をがぶ飲みし、キングコングよろしく胸を叩き続けるうちに、
確かに次第に治っていったのでした。

そして今回の症状ですが、二年前と似ています。やばいかも?
そこでようやく今ごろになって当時のアドバイスを思い出し、水を飲み始めました。
加えてキングコング。
そしてほんの少しでも痰が上がってくると吸い上げて吐き出しています。
(汚い表現ですいません。)

こうやって、肺に溜まっているであろう痰を少しずつ出していくのですが、
いやぁ実に地道な作業です。
例えれば、「網戸のほこりを、つまようじでひと穴ずつ取り除いている」
とでも言いましょうか。
でもそれしか方法がないのだったらやるしかない。

特に夜中は厳しいです。
何度もむせて起き出しては水を飲み、胸を叩き、痰を取り出し、トイレも近くなり。
いや大変。
それでもようやく今日あたりからましになってきました。もうひと辛抱かな。
やれやれです。
まるでどこかの市長さんの所信表明タイトルみたいですが、
(何を隠そう、うちの市長さんが言ってたネタですが)
要は「やること」を減らそうという魂胆です。

以前、「Things to Do」のリストを公表したことがあります。
その後、知人のコイワさん達から「参考にしていますよ!」なんて反応があって、
私としてはとても嬉しいのですが、
どうも行き過ぎると良くないようです。

このリスト、真ん中の「早めにやること」が減ってきたら、
右欄の「いずれやること」から幾つか移してくることにしているのですが、
その時に、つい多くの項目をに移してしまいがちだったのです。
だから知らず知らずのうちに、
いつも「早めにやること」が溜まっている状態に陥っていました。
そんなに「早めに」「たくさん」こなせる訳がありません。

ところで私、八ヶ岳で暮らしていた数年前を思い起こしました。
その当時は今から比べるとかなりのんびりした時が流れていました。
あんまり内輪話を暴露するのもなんですが、
月心さん、よく訪ねて下さって、ハーブティや手作りケーキなどを前にして、
のんびりとだべっていたものですよねぇ。

それに比べると、今は何とまぁあわただしいことでしょう!
そこで反省。
「早めにやること」を「いずれやること」に差し戻すことにしました。
年末、当面やることとして「薪笛I年会」を挙げておりましたが、
当然ながら年賀状を書く時期は過ぎたので、一つ減りました。

そして、最大の懸案「薪」ですが、
年末年始に結構頑張ったので、きっとこの先も何とかなるでしょう。
「会計」については、
確かに今でも課題ですが、よくよく考えたら大したことではない。却下。
「ISO」ですが、これも大急ぎというほどではない。保留。

ということで、今私が本当にすべきことは「笛の練習」のみ
ということになりました!
何だ、そういうことか!楽勝じゃん!
(本当はそうでもないけれど、強引に思い込み。)
大事なことは、
「今、私は暇があったら笛を吹くことだ!」と気持ちを集中させることです。

思うに、「今日はあれとこれとこれもやって・・・」なんて言っていると、
つい目の前の解決しやすい事ばかりに目がいってしまい、
本質を失いかねないことが重要です。
だから、改めて「選択と集中」です。
私は笛を練習します。
やることがはっきりと見えてきました。
元旦に「発想を転換します!」と宣言して以来、愉快な現象が続いています。
まずはその第一弾!
西田敏行の名曲に合わせてご一緒に♪
♪もしも、わたしが、びぃがただったら♪

もうお分かりかと思いますが、私はA型です。どちらかと言うと典型的かも。
その私にとってB型の人は、
同じ人間とはいえ、別世界の観念を持っているように感じます。
そのB型の立場になって物事を考えてみようという、発想の転換です。
そこで私の固定概念が先行してはいけないので、今回はこちらを参考にご紹介します。

まずA型ですが、
几帳面・責任感が強い、安心と信頼は大!、頑張り屋、細かい気遣い・思いやりがある、
話の聞き上手、我慢辛抱強く努力家、自分に厳しく粘り強い、
きっちりすぎて融通がきかない、傷つきやすくヘコみやすい、
理屈が多く言い訳が多い、間違いを認めず頑固で強情、
いろいろ気にし過ぎる神経質、相手に尽くす、相手をずっと思っていられる

一方、B型は、
いろんなことに興味深々、個性があり、自由に行動、アイデア豊富で大胆、
親しみやすくざっくばらん、細かいことにこだわらない、
-編厚かましさ図々しさがあり無神経、飽き性、細かいこと苦手、
わがままで人に合わせない、気分屋で気が乗らないと動かない、
落ち着きがない、ひと目ぼれ、束縛嫌う、恋人にマメ、情熱的だが冷めやすい

なるほど、随分性格が違います。学び甲斐があります。
つまりは、感性に身を委ねるということでしょうか?

このアイデア、一番受けたのがカミさんです。
そう、何を隠そう、カミさんはB型なのです。
でもここで、「♪もしも、私が、カミさんだったら♪」とは言わないところがミソです。
だってカミさんそのものにはなれっこないし、うちにカミさんが二人いても意味ないし。

ということで、この先いろんな場面に遭遇する度に、
「♪もしも、私が、B型だったら♪」
と唱えながら事に当たってみようかと考えています。
きっと新しい世界が見えてくることでしょう。
「正月はどこかに行くの?」と大勢の方に訊ねられましたが、
「いいえ、2日に地域の行事があるので。」と答えてきました。
それは、「獅子舞での近所廻り」です。
正式にはどういう名称だったのかを聞きそびれたので、
とりあえず「獅子舞年始廻り」とします。

この行事、加子母中でやっているのかと思ったら、
他所ではあまりやっていないそうです。
数軒だけ廻る地区はあるらしいけれど、ほぼ全軒を廻るところはうちの地区だけらしい。

朝8時に集合して、地区の神社にお参りし、
その傍の家から順に、笛と太鼓と獅子のセットで廻っていきます。
演目は秋祭りの最初の曲だけ、それも短い節なので簡単です。
割と早い順番で我が家にやって参りました。
カミさんとU太でお出迎えです。
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玄関からのっそりと入ってこようとする獅子。
それを迎えるU太。
泣くかな?と思ったけれど、割とキョトンとしています。
むしろ「何これ?」ってな感じ。
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獅子の頭を撫でると良いらしいのですが、流石にそれは躊躇した様子。
カミさんが手を腕をもっていこうとしますが、身体を固めて拒否。
でも泣かなかったのは強いぞ。
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こんな調子で50軒近く(昨年ご不幸のあった家と不在の家は除く)廻りました。
終盤になると、行く先々で「今年は随分と来るのが遅いねぇ。
もう来ないのかと思ったよ。」と冷やかされたり、
喫茶店やコンビニでは、出くわしたお客さん達が喜んだりして、和やかに終了。
結局終わったのは午後2時前と、結構長引きました。

秋祭りのノリから、きっと酒を飲みながら廻るのだろうと思っていたら、
真面目や真面目!終わるまで飲まずに過ごし、
終了後も缶ビール一本に寿司と「赤いきつね」だけという質素なものでした。
ところでこの日の最大の収穫はこれ。ご祝儀です。
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これは会費ということですが、つまりは皆の飲食代なのでしょうね。
ということで、皆は昼間からスナックに出かけていきましたが、
残念ながら私は年末から喉を痛めていたので断念。
何度も誘われたけれど、ここはぐっと我慢して、
「口は歌いたがっているんだけど、喉がね・・・」とお断りしました。
年の初めのこの決断、よくぞこらえました。

家に帰ると、早速ご利益が。
獅子舞が帰った直後から、U太が歩き出したそうです。しかも十数歩!
これまで何度も「知らぬ間に立っていた」ことはありましたが、
自分で意識して立ち上がって、足を踏み出したのはこの日が最初でしょう。
ということで、今年の獅子舞年始廻り、記念すべき日となりました。
雑誌の合併号ではありませんが、二つのネタを一気に公開!

第一弾は、「カミさん超ド級気合入りのおせち」です。
「紅白なます」を中心に、「カボチャと豆腐の伊達巻(卵不使用)」
「揚げゴボウの田作り風」「シイタケのアワビもどき」「黒豆」
「百合根羹」「酢ゴボウ」「ゴボウの昆布巻き」「酢レンコン」
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お次は、「煮しめ」
動物性ゼロの全て手作りおせちです。どれも美味い!
これは感動ものですよ。
こういうものを食えるのは本当にありがたいです。
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そして第二弾、「正月と言えば餅つきでしょう!」とばかりにやってみました。
「?」
普通は年末にしますよね。でも時間がなかったので年明けに実施!
この家には杵と臼があったので、「これを使わない手はないよね!」と初使用。
結構年季が入っています。
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かまどは、昨年購入した「かまどん」。彼も初仕事です。
無事うまく火が点いて上々のスタートです。
「U太、いつかお前も火を扱えるようになるんだよ。」と語りかけ。
火と刃物は正しく使える人間になってもらいたいものです。
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お湯が沸いたところで米を蒸し、
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何が始まるの?とU太も楽しそう。
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ついている間は夫婦で息を合わせておりましたので、
残念ながら写真を撮れず仕舞いでしたが、何とか無事終了。
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今回は「三分つき米」と「三分つき米+玄米」の餅二種が完成!
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いやぁ、楽しかったですね。天気も良くて餅つき日和だったし。
正直言って、私、最初は気乗り薄だったのです。
これまで、「餅つき会」には参加したことはあったけれど、
実施する側にはいなかったので、全体が見えていなかったし、
杵を真っ直ぐに下ろすという動作があまり得意ではなかったし。

でも、こういう時を過ごすことの大切さを今回感じました。
「年中行事にしようね。」「よっしゃー!」
最後は結構ノリノリでありました。
まさに正月らしい特集でしょ?