パン屋の『くうねる』さんからお誘いを受け、家族で石窯ピザ屋さんに行ってきました。
『Saisai + Cinnamon』という名のお店、中津川市福岡という場所にあります。
(電話:0573-72-3775)
とっても説明しにくい場所にあるのですが、私たちは以前から知っていました。
というのも、我が家の元の地主さんの家のお向かいだったからです。

以前からとても関心がありましたが、
「美味しい店だよ。でも休んでいる時が多いみたい。」と教えられた通り、
開いている時に巡りあうことがありませんでした。
でも今回、ランチに誘ってくださったので、即OKした訳です。

この店の立地、丘陵地の南斜面にあり、とても景色が良いです。
実は私たちもこの地方に土地探しにやってきた時、最初にこの辺りを探しましたが、
残念ながらこちらでは縁がありませんでした。
そのおかげで加子母の今の家に出会えたので後悔はしていませんが、
今見てもとても良い土地です。

さてお店の紹介ですが、
道に面して作られたバーゴラ。お洒落ですねぇ。別世界に誘ってくれます。
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この世界の延長で階段を上っていくと、お店が見えてきました。
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店内もお洒落。とても落ち着いた雰囲気です。奥に石窯が見えます。
同じく、くうねるさんから招かれたお友達が先に来られていました。
お一人はイタリア料理店を経営されているとかで、是非近々伺いたいです。
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前菜、スープに続いてピザの登場!パリパリとしてとっても美味い!
5枚のピザを次々といただき、大満足。
最後にコーヒーとデザートもいただきました。
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「中津川にこんな素敵な店があったんだね。」と大喜びの私たちですが、
実はこのお店、あと2ヶ月ほどで閉められるのです。
そして改装をし、9月からは何と、ベトナム料理店がオープンするとか。
いやはやビックリです。何ともベトナムづいています。

このお店は、7年ほど前に大阪から移住してきたご家族の敷地の中にあります。
1000坪ほどあるという敷地は、もともとは猛烈なブッシュだったそうですが、
来る日も、雨の日も草刈りをして、今のように整備されたとか。
いやはやものすごいバイタリティです。
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ご自宅にも入れていただきましたが、
田舎暮らしの本に出てきそうな素敵な設えでした。
トルコの絨毯「キリム」の卸しもされていて、
一室ではたくさんのキリムが積まれていました。
キリムは私も好きで、我が家でも2枚敷いていますが、どちらも一生モノです。

ということで、ピザ屋さんがなくなるのは残念ですが、
ベトナム料理という大きな魅力が身近にできることになり、
(しかも大阪・心斎橋の専門店からシェフを引き抜いたとのこと)
これからますます楽しみです。
今回のご縁にも感謝です。

今年、4ヶ月の間、ニュージーランドにウーフ(WWOOF)をしてきた
友達のクミちゃんが遊びに来てくれました。
私が八ヶ岳で陶芸工房を開いていた頃、よく通ってくれたクミちゃん。
彼女がバイトしていたペンションのバイト仲間が続けてやってきてくれたりして、
私の友達の輪を広げてくれた功労者です。
カミさんとも婚約時代に会っていたので、旧知の仲という感じ。

そんな彼女が「ウーフしてきた!」と興奮メールを送ってくれたので、
「是非土産話を聞かせて!」とお願いして来てもらった次第。
しかも27日は加子母の国際交流を考える有志飲み会を自宅で開く予定だったので、
まさにうってつけです。

ところで、「ウーフって何?」という方のために、説明しておきます。
ここは、ウーフ・ジャパンからそのまま引用させていただきます。

【WWOOFの意味】
Willing Workers On Organic Farms の頭文字です。「有機農場で働きたいと思っている人たち」という意味になります。国により、World Wide Opportunities On Organic Farms「世界に広がる有機農場での機会」としているところもあります。

【WWOOFはいつ始まったのか?】
1971年イギリスから始まり、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどへと広まっていきました。現在は、世界20か国以上にWWOOF事務局が設置されています。各国にその国のWWOOFを運営するWWOOF事務局が一か所あります。
日本では、1994年から。本格的な活動は2002年から開始しています。

【WWOOFのしくみ】
『食事・宿泊場所』と『労働力』を交換するしくみ。
自分が持っているものをあげ、持っていないものをもらう、というシンプルなしくみです。その関係に、金銭のやりとりはありません。
『食事・宿泊場所』と『労働力』を交換するほかに、そこにお互い、『プラスアルファ』の ものが加算されます。それはある人にとって、「いつもは知り合えない人との出会い」であり、ある人にとっては「技術の習得」、または「文化、風習の学習」 はたまた「自分の健康な体づくり」など、家にいてはけして得られない『何か』を得られることです。そこがWWOOFの大きな魅力です。
作業は、一日約6時間で、一週間以上の滞在であれば毎週一日休みがもらえます。
登録したあとは、ホスト詳細情報から自分が望むホストを探し、直接申し込みをいれていきます。時期も、期間も、ご自分の都合で自由です。登録期間のうちは何回でも、WWOOFできます。
希望であれば、登録手続き、費用の支払いの上、何年でもWWOOFの更新ができます。

【ウーファーの条件】
16歳以上であれば、年齢制限はありません。日本の人でなくても海外からの人も参加できます。

【登録会員制】
WWOOFをはじめるには、 WWOOF登録が必要です。
WWOOF日本の登録費:5、500円(年間、一人)
ほかに生じるものは、現地までの交通費や、個人的な電話賃などの費用だけです。
WWOOFは各国で独立した運営です。登録費は、一か国に、一登録ですので、ほかの国でWWOOFするときは、その国のWWOOF登録が必要です。各国で登録費は異なります。

ということです。
実は私たちもこの制度を利用して、
3ヶ月のオーストラリア&ニュージーランド・ハネムーンに行ったのです。
そして最後に「パーマカルチャー・デザイン・コース」を修了してきました。

さてクミちゃん、帰国後バイトしているハーブのお店から、
たくさんのハーブの苗を持ってきてくれました。
土産話もたっぷり。
初めての海外旅行でここまでやったクミちゃん、最初の夜は泣いたとか。
(実はカミさんも同じパターンでした。)

そして宴会でも貴重な体験談を話してくれました。
興味津々な参加者。シメシメです。
と言うのも、実は私たちはウーフのホスト・ファミリーに登録しようとしているのです。
つまり、世界中から我が家にやってきてもらい、
作業を手伝ってもらいながら交流を深めたいと考えています。
そしてその動きを、地域全体に広められたらと画策しているのです。

つまり、通常ウーフは事務局を通しながらも、最後は個人対ホストの契約です。
これが全てうまく機能すればいいのですが、やはりいろいろな事が起きます。
だって、海外に行って初対面でいきなり暮らしを共にする訳ですからね。
それを、「地域がホストになって受けとめる」ことができないかな?と考えているのです。
「加子母だったらきっとできる!」そう期待してのことです。

今回はともかくウーフについて知ってもらって、
この先私たちが実践して見せながらぼちぼち広げていこうと考えています。
その最初のメッセージがクミちゃんだったという訳。

クミちゃん早速一泊だけのウーフを我が家でやってくれました。
家の掃除や片付け、調理を共にし、
翌朝は自ら持ってきてくれたハーブを庭に植えてくれました。
本当にありがとうね。
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宴会で会ったメンバーとも気さくに話し合い、
最後には「加子母においでよ。」と誘われていました。
「いいパートナーが見つかったらね。」とさりげなく答えた彼女。、
じゃぁ、合う相手を見つければいいのか?

ちなみに、別れ際に「どんな人が好みなの?」と訊ねたら、
「何でも作れる人。何でも挑戦しようとする人。」と即答。
流石です。パッと見は大人しいイメージだけど、芯は強いです。
だれか、名乗り出る人はいませんか?

以前、「グローバルネット加子母」なる会が発足した話を書きました。
その際に提出された資料や、出席者のお話を聞いたところ、
大体こんな経緯でスタートした様でした。

・加子母では今まで幾つかの国際交流が行われてきた。
・その受け皿の一つに「加子母国際交流協会」があったが、
 2005年の合併で、活動が中津川市全体の国際交流協会に集約されることになった。
・ところが、実は加子母だけでつながっている交流もあり、
 それらは市の事業としては位置づけられない。
 これらはこのままでは途絶えてしまう可能性がある。
・ついては加子母独自に有志の組織を作って、オリジナルな活動ができないだろうか?

といった感じでした。
合併というのは、いろんな分野に影響を及ぼすものなのですね。

さて、前回の会議では、組織作り、資金づくり、人集めなどについてどうする?
という意見が出ましたが、
「ともかく何かやりましょう。」ということで、
英語劇をすることと、加子母の夏祭りに会として参加することが決まりました。
この二つについては事前に主要メンバーで話し合われていた様子なので、
私は口をはさむつもりはありませんし、できる限り前向きに参画するつもりです。

でも、実は少し懸念を感じていました。
「何の為にこの会をするの?」
「この会で私たちは何をしたいの?」

目的や思いと言うか、ビジョン、パッション、メッセージと言うか、
私たちが伝えたい気持ちを明確にしないままに事を始めてしまうと、
知らぬ間に思いもよらぬ方向に会が向いてしまい、
「私たちって何をしたかったのだっけ?」となりかねません。
現実に私はそういう会を幾つもみてきています。

ところで、会の目的なるものはできていました。
目的:「交流支援・情報発信・文化学習」
「この協会は、国際化時代に即応した加子母地域づくりにおける、国際交流支援、情報の発信と収集、異文化学習の推進に寄与するため、組織を持って活動することを目的とする。」

これはこれで意味のあるものです。
でもこれは会社でいうところの「定款」にあたるもので、
必要だけれどそのままでは相手に伝わりにくいです。
これでは私も含めて誰もが会の説明をできません。
「もっとストレートに思いが伝わるような、
そして何かあった時にメンバーが立ち返ることができるメッセージがないものかな?」
できるだけシンプルな言葉で、そしてすぐに相手に伝わるコピーがあれば、
それを御旗にして進む事ができます。(表現が古いか?)

最初は私一人で素案を考えて、次回の会議で提案するつもりでいました。
でも考え直し、何人かに声を掛けて集まってもらい、
意見を聞きながらまとめていくことにしました。
もちろん、食事やお酒を飲みながらね。
そんな集まりが昨夜我が家でありました。

やってみた感想ですが、やっぱりやってみるものですね。
最初は誰もが雲を掴むような様子でしたが、
次第に面白い視点やアイデアが出てくるようになりました。
「なるほどなぁ。」という感じ。ちょっと光を見たような気分です。

で、それは何かって?
書きたいんだけれど、前置きに行数を食ってしまいましたので、
もったいぶるようですが、次回をお楽しみに。

2007.06.27 変温動物な私
今年の夏は猛暑らしいですね。
週刊誌の見出しを見ると、「気象庁がひた隠す超暑」らしいですが、どうなりますやら。
テレビのニュースで「今年の夏は暑くなりそうです。」と言った後、
必ずと言ってよいほど出てくるシーンは、ビアガーデンでの乾杯シーン。
続いてビール工場の製造ラインや、百貨店の夏物商戦シーンですが、
そんなにのんきに構えていていいのでしょうかね。
本当に地球温暖化の影響が大きくなっているのだろうに。

という話題を進めたいところですが、今日は別コースをとります。
人は歳を取るにつれて自分自身を知ると言うのでしょうか。
私は35歳を過ぎたあたりから、ようやく自分自身の身体について理解する様になりました。
それは、「私は変温動物だった」ということです。

「夏は身体が熱くなり、冬は冷たくなるのです。」なんて書くと、
「そんなの当たり前ではないか!」と突っ込まれそうですが、
そんな単純な身体ではないのです。
いや、逆にもっと単純と言っていいのかもしれませんが。
何かが身体に触れただけですぐに体温が変わってしまうのです。
例えば、真冬でもうどん一杯で汗だくになり、
真夏にアイスを一口舐めるだけで冷えてしまいます。

こんな話を人にすると、「楽でいいですね。」とか、
「新陳代謝がいいんですね。」と返されますが、
本人は結構大変な思いをしています。
だって、真冬に暖房のきいた店でTシャツ一枚になって汗を拭いたり、
真夏に冷房のきいた部屋で腹巻をしたりせねばならないのですから。
特に気をつけねばならないのが、「真夏の冷え」です。

昨日も大変でした。
仕事で日中外回りをしていたのですが、お客さんが傍にいるのでずっとスーツを着たまま。
別れて即上着を脱ぐと、もうワイシャツは汗でずぶぬれ。
首周りどころではありません。乾いている場所がないのです。
でも着替えは持ち合わせていません。
次の予定もあるので特急電車に乗り込むと、これがまた冷房ギンギン列車!

みるみるうちにYシャツが乾いていくのは良いのですが、
その分身体がどんどん冷えていきます。
「ヤバイ!」たいていこのパターンで風邪をひきます。
でも乾布摩擦をするわけにもいかず、
せめて腹だけは冷やすまいと手のひらを腹に当てて防御しますが、やっぱり冷えてきた。

目的駅で降りてすぐに近くのコンビニに飛び込み、「どん兵衛」を買って湯をそそぎ、
腹に収めてようやく熱を取り戻しました。
でも途端に首周りは大汗がだらだら。
いやはや大騒ぎです。
夜、加子母の涼しい我が家に戻り、ようやく一息つきましたが、この先が思いやられます。

なんで「日本の夏はアロハシャツ」という習慣にならなかったのだろう?
クールビズも定着してきたことだし、今からでもお願いしたいところです。

たわいもないお話なのですが、どうしても書きたくて書きます。
エスカレーターに乗る時に、立ち止まる人がどちらに寄るかですが、
「関西は右、それ以外の地域は左」というのは、割と知られていると思います。
(知らない?)

では、この「関西」がどの範囲なのかと言うと、実はとても微妙です。
「三重では左寄りだぞ。そもそも三重は関西か?」
「京都駅でも実は左に寄っているぞ!」
「それって大阪だけの話ではないのか?」
「そんなの聞いたことがない。」
などと、諸説入り乱れておる訳です。

一説によると、右寄りルールができたのは、大阪万博(1970年)の時だそうです。
万博の時にエスカレーターが整備された時、
「右に寄るのが国際ルール」だという理由で定着したとか。
ほんまかいな?

ということで、一応この場では「右寄りは大阪の文化だ」とした上で話を進めます。
私はこれまでは、「新幹線新大阪駅は左寄りだが、
一つ改札を越えて在来線側に入ると右に寄る」と信じておりました。
自身、いつもそのことに注意しながら過ごしております。
ところが、最近、在来線側でも左に寄る輩が増えてきました。嘆かわしや。

それでも、少し離れた地下鉄御堂筋線の新大阪駅では確実に右寄りでありました。
だから私は「地下鉄御堂筋線・新大阪駅が大阪文化の際(きわ)である」
「ここが結界である」
と信じておったのです。

つまり、「東京から新幹線でやってきた人たちは、
新幹線新大阪駅に着いた時はまだ『関東気分』でおられるが、
地下鉄に乗り換えた途端に大阪文化に触れて愕然とする。」
というのが愉快だったのですが、
先日、ある変化を発見しました。

地下鉄新大阪駅のエスカレーターで、左右まだらに人が立っておるのです。
これは「郷に入れば郷に従う」に反するではないか!
しかも、両側にバラバラに寄られると、かえって邪魔だぞ!

「次第に大阪の文化が侵されている!」なんて言うと、
とても大げさかもしれませんが、
私は映画『ネバー・エンディング・ストーリー』で、
『無』が襲ってくるシーンを思い浮かべてしまいました。
そしてその元凶がJR東海にあることを、当人達は理解しているのでしょうか?
JR東海は、新幹線が新大阪駅に着く前に車内告知すべきではないのか?

とても些細なこだわりネタで、どうもすいませんでした。

「薪が出たぞ~!」
久しぶりの掛け声です。
うちは薪風呂なので、年中薪が必要なのですが、
実は今でも薪ストーブを使う時があります。

特に雨が降る日の朝晩は、
家の中の湿気を取る目的もあって、わざと火を入れています。
洗濯物も乾くし。
ということで、何だかんだ言って薪が必要なのです。

だから「薪材をあげる」という声掛けはとてもありがたいお話なのですが、
冬の間だったら喜んで取りにいったのに、
今回はちょっと気持ちが引いていました。
気候が良くなって、段々と気持ちがズボラになってきます。
本当はこの時期こそ薪を集めておけば、冬が来た時に楽になるのにね。
まさに、「アリとキリギリス」でいうところの、キリギリスです、私は。

さて重い腰を上げて取りにうかがった薪材は、
久しぶりにヒノキの角材の「落とし」でした。
以前いただいた材で、「薪の廊下」なるものができた時、
それはそれはヒノキの香りが家中に広がって、むせかえるほどでしたが、
流石に一ヶ月もすると香りは収まり、
材も次第に減ってきて、その存在感は無くなっていました。
でも今回再び大量の材をいただき、「薪の廊下」復活です。
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以前の材と比べてみると、違いは歴然。
左が数ヶ月前の材、右が今回の材です。
木って乾くと風情がまるで変わるんだね。
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そして再びヒノキの香りが充満し始めた我が家です。
ヒノキオイルを全身で浴びるのでしたら、今のうちですよ。

先日のオーラソーマで、
「自分の癒しのために、瞑想をするか、パワースポットに行くべきですよ。」
とのアドバイスを受けて以来、暇をみつけては瞑想なるものを始めています。
(ただ寝ているだけとの声も聞こえますが・・・)

また、「加子母の乙女渓谷はものすごいパワースポットだ。」とも教えてもらったので、
早い時期に行ければ良いなと狙っておりました。
そして昨日、前日の雨が嘘の様に晴れ渡り、チャンス到来です。
「よし、午前中に乙女渓谷に行くぞ!」
家族に有無も言わせず、というよりもカミさん大賛成で出かけました。

我が家を出てわずか15分ほどで到着。
実はU太はそれまでかなりぐずっておりました。
というのも、私が朝から車で何度か出かけていたのですが、
その度に「僕も乗れるの?」という態度で近づいては振られ、
相当「裏切られたモード」になっていたのです。

ところが、乙女渓谷に着いた途端、U太のモードが切り替わりました。
川に架かる木橋まで行くと、足下に見える水しぶきにもう夢中です。
親の姿も目に入らない。
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しばらく行くと、水に触れられる場所に出ました。
恐る恐る触るU太。
(水が透明すぎて、よく分からないですね。)
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そこから先は木の階段を登りながら山の奥に入っていきます。
次第に景色もそれらしく、荘厳で爽やかな気分になってきます。
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U太はといえば、もう前に進むのに夢中で、親が置いてきぼりをくらっています。
カメラでも追えない。
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やがて、さらに厳かな滝口に到着しました。
空気がキリリとして、心と体が洗われます。
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この道は、日本二百名山の一つ、小秀山(こひでやま、1980m)の登山道でもあり、
この先頂上まで4kmほどもある道なので、この場所はまだまだ序の口です。
でも私たちにとれば十分なので、昨日はこの辺りで引き返しました。
途中、一休みして、カミさんの作った「おかゆパン」をパクリ。
U太はこれが大好きです。身体にも良いし、おやつとして申し分なし。
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帰りの階段はよく滑るので、親子三人手をつないで降りてきました。
考えてみれば、こういう光景は初めてだったかも。
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ということで、我が家から往復たった1時間半という短い行程で、
とても気分爽やかになって帰ってきました。
私は霊感とかいうものは持ち合わせていませんが、
とにかく近所にこんな素敵な場所があることが分かり、大満足です。

カミさんも同じ気分の様子で、「これからはしょっちゅうここに来ようよ。」
いいねぇ。
そういう心のゆとりを持つことが何よりも大切だなぁと、再確認。
そして加子母の自慢がまた一つ増えたのでした。

昨夜は「キャンドルナイト」の日でしたので、うちでもやりました。
そして、その夜を過ごすロウソクですが、何とカミさんが自作してくれました。
しかも蜜蝋です。カッコいい!
蜜蝋づくりキットというのがあるんですな、今の世は。
缶に入った「蜜蝋の元」を缶ごと湯せんして、
その中にひもを入れ、何度か出し入れするうちに完成!
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いろんなタイプのロウソクが出来上がりました。
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このイベントは、
「夜の8時から10時の間は灯りを消して過ごしましょう。」というものですが、
我が家では、「夕方から翌朝まで灯りを点けない」ことにしました。
パソコンも、その他の電気製品も許す限りコンセントから抜いて回ります。
早速ロウソクを点しますが、かなり良いです。
これはフローティングタイプ。
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背後霊ではありません。
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薄暗い風呂場にロウソクを点し、家族一緒に入る風呂は幻想的です。
食事の準備はカミさん相当苦労していましたが、何とか完了。
キャンドルディナーの始まりです。
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すぐに「デンキー!」と言って灯りを点けたがるU太は、
最初は不安気でしたが次第に落ち着いてきました。
しっとりと、そしてゆったりとした夜の時間が過ぎていきます。
私達の会話も自然と静かな口調になります。
家の周りの音、近くの川音なども近くに感じます。
不思議だなぁ。

その気分のまま、家族揃って寝室へ。
一本のロウソクを眺めながら会話します。
「これから先も何度かやろうか?」「いいねぇ。」
「月に一度くらいのペース?」「だったら新月の夜にやろうよ。」
これはなかなかのアイデアかも。ちょっと続けてみます。
そんな夜に我が家に来られる方は、お付き合いください。

ところで、今回、カミさんの手作りロウソクの他に、
以前高山で買ったロウソクと燭台も出しました。
これは、横にして机の上に置くことも、
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縦にして壁に掛けることもできる優れものです。
つまりどの角度になっても、ロウソクが真っ直ぐに立つようになっている。
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こいつが大活躍でした。
移動する時にとても楽だし、何と言っても灯りが大きい!
和蝋燭ってすごいね!
オーラが出てるって感じです。
「今度高山に行ったら、また買おうね。」と夫婦で納得の一品です。
高山に行く時の楽しみが増えました。
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2007.06.22 建前?
お隣のタケオさんが数日前にやって来て言いました。
「今度、『建前』をやるからな。来てくれよ。」
『建前』と聞いて、『本音』の反対?とすぐイメージしてしまった私でしたが、
要は『上棟式』のことでした。

タケオさん宅は家の一部を改築中なのです。
台所をつぶして新しくし、トイレや風呂もつけ、和室をもう一つ作るというもので、
軽く25坪はあるかな?
都会では一軒の新築並みのリフォームです。

その日は朝から物運びを手伝ってくれと頼まれておりました。
「これがよく言われる『結い(ゆい)』かぁ。」と、少々期待ありですが、
もともと外出予定が二つ入っていたので、間を縫って手伝うことにしました。

さて昨日がその当日でした。
朝一番は基礎だけの状態でした。
それが、私が朝の外出先から戻ると、もう柱が立っています。
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急いで現場に向かいますが、何やら様子が変です。
「棟梁の指示で、近所の人間や親戚が大勢で手伝う」様子を想像していたのですが、
現場の中にいるのは7~8名の大工さん達のみ。
近所や親戚は現場を取り巻いて眺めているのです。

というのも、事前の話では、
「クレーン車が現場に近寄れないので、人力で運ぶ。」と聞かされていたのですが、
何とかクレーン車が入ることができ、
そのお陰で、手伝いの必要が無くなったのだとか。
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それはそれで作業が楽になり良かったのですが、
手伝うつもりでいた面々は手持ち無沙汰です。
ただ眺めるだけ。
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私もすることがなく、タケオさんちの犬と遊んでおりました。
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さてそうこうするうちに、部材がどんどんクレーンで運ばれます。
これって、もともとは人力で運ぼうとしていたの?
ちょっときついんじゃない?
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そして梁も出て、屋根がかけられ、みるみるうちに出来上がっていきます。
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「本当にすることが無いんですか?」と訊ねると、
「じゃあ屋根に上って釘を打ってくれ。」とのことでしたので、
ようやく仕事にありつきました。
瓦を留めるための板を止める作業です。
私の昨日の唯一の仕事。
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この作業も十数名でやったので、あっと言う間に完了。
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最後に瓦の束を並べて、本当にみるみるうちにその日の仕事が終わりました。

一方ご近所と親戚の女性陣は母屋で食事づくりに励んでおられました。
名物「朴葉寿司」や、いろんなおかずが並びます。
夕方には赤飯とおかずたっぷりの仕出し弁当とが振舞われました。
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「私、まるで働いておらんのに、この席にいてもいいんですか?」
「ええんじゃ。飲むのも仕事じゃ。飲め!」
「では今から仕事をさせていただきます!」とペースを上げさせていただきました。

でもビールばかりでは腹が張ります。
ふと見ると、お隣の席の前に日本酒の一升瓶がありました。
「それ、いただいてもいいですか?」とお願いすると、
親戚筋の方らしく、「おっ、あんたは酒が飲めるのか?」と嬉しそう。
何やら、「最近の衆は誰も酒を飲まん。」と怒っておられたのだそうです。

「良かった。酒を飲める相手が見つかった!」とお互いに喜び、
コップでぐいぐいと飲み始めました。
それを微笑ましく眺めて囃し立てる周りの衆。
お相手の方からも「今日は親友ができた!」と喜ばれ、ますます調子に乗る私。
結局、ほとんどの方が帰った後も二人で飲み交わし、
あっと言う間に一升瓶を空けてしまいました。

とても良い気分で失礼し、帰宅した私ですが、どうもその後の記憶がない。
断片的に覚えているのは、家族で風呂に入った後、
U太と二人ですっぽんぽんで踊りまくっていた様子。
そして、「早く食い物と酒を出さねば。」と、腸内洗浄をしたらしい。
その後、トイレで寝入ったらしい。
おかげで今朝は二日酔いにはならずに済みましたが、
なんだかタラタラと過ごしている午前中です。

You Tubeの日本語版が登場しました。
これからは一気に国内での利用が広まるでしょうね。
そしてYou Tubeと言えばGoogle。こちらもますます意気盛んでしょう。

と思っていたら、Yahooのトップが交代ですと。
創業者が経営に再登場するらしいですが、どうなりますやら。
それにしても、最近の株価の勢いはここまで差がついていたとは驚きです。
「世の中はYahooが席巻するか?」と言っていたのがほんの数年前とは信じられません。
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そして昨日、ある職場で貸与されていたパソコンが突然新しくなりました。
「新しいパソコン欲しい!」と頼んでいたわけではなく、
急に「はい、どうぞ。」と渡されるのって微妙です。
確かに性能がアップして使い勝手は良くなったけれど、あまりありがたみが湧かないです。

今回の新パソコン、「ThinkPad」でした。元々はIBMの基幹ブランドです。
「いずれはIBMがパソコン市場を席巻する。」と言われていた時代もあったのに、
今や中国企業に売却され、本当に時代の変化は早いものです。

なんて考えながら、あることを思いつきました。
実は最近、
手持ちのパソコンのブラウザを「インターネット エクスプローラー7(IE7)」に変えたのですが、
とても使い勝手が悪かったのです。
何が悪いかって、すぐにフリーズして、勝手に終了するのです。
本当に腹が立ちます。やっぱりXP向けではないのか?

「何とかならんのか?」と思案していたのですが、
このパソコン変更に合わせて他のブラウザに変えることにしました。
変えたのは「ファイヤー・フォックス(Firefox)」です。
「とにかくレスポンスが早いですよ。」との同僚のアドバイスもあり、変えてみました。

すると楽勝!サクサクと動きます。
しかもこれまでのお気に入りもそのまま移管できました。
もうこれからはFirefoxでいきます。マイPCもこれに変えました。
それにしても、「これからの時代はマイクロソフトが席巻する。」
と言っていたのも、つい数年前のこと。
ほんっとうに時代の変化は早いです。

ということは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのGoogleにもそんな時がやってくるということ?
こんなジェットコースターのような栄枯盛衰を見られるというのは、
それはそれで面白い時代かも。

ところで、冒頭のYahooトップ交代の記事、
「数年前に鳴り物入りでトップに招かれたセメル氏が退任する。」
という内容だったのですが、
この見出しを見て、記者の意図に気づいた読者はどれだけいたでしょうかね?
『セメル氏 攻めきれず』
まるでアエラの広告のようでもあります。
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最近、寝不足が続いております。
別に悩みがあるとか、興奮しているという訳ではありません。
理由は我が息子です。

子供ってどうしてこんなに寝相が悪いんでしょうかね。
U太が布団の中でじっとしている時なんてありません。
すぐに布団から出てきて寝巻きのまま大の字やうつ伏せになっている姿を見ると、
「どうか目を覚ましませんように。」とそっと布団をかぶせる親心。

なのに、なのに、「親の心、子知らず」と申しますか、
U太は最近はますますエスカレート。
先日なんぞ、何か気配を感じて目を覚ますと、目の前にU太の両足がありました。
見事に私とカミさんの間に真横に寝ておるのです。
「おやまぁ。」なんて微笑ましく思った瞬間、
U太が大きくキックしました。顔を蹴られて思わずのけぞる私。

「うげ~!参りました!」と
小声を挙げてひっくり返った瞬間をカミさんも見ていたらしく、
口を押さえて笑っておりました。

その後、また気がつくと、今度は目の前に頭が!
何でこんなに綺麗に180度回転できるんだ?
と不思議に思いながら再び眠りに入り、
またしばらくしてキックで目が覚めました。

「こいつ!360度回っているのか?お前はヘリコプターか?」と呆れながらも、
それでも怒れない親の性よ。
お陰で3時半頃にすっかりと目が覚めてしまい、
そおっと寝室から出ていく親父でありました。
う~ん、眠い!

「加子母でオーラソーマを見てくれる女性が現れた。とても正確らしい。」
という噂を聞き、
まずはカミさんが行ってきました。
そして感動して帰ってきて、「masanも是非行くべき。」と言うので、
昨日行ってきました。
オーラソーマと言えば、以前ネットで診断したことがあるので、
大体の心づもりは出来ています。
ただし、前回どの色を選んだのかは振り返らずに臨みました。

とはいうものの、やはり「私はどんな色を選ぶことになるのかな?」と、
行きの道すがら、いろいろと想像してしまいます。
私が好きな色と言えば、まずは藍色です。
そして紫系の色と、濃い緑色系です。どれも和色の色合いが好きです。
そしてそれらの色をベースに、何か明るい暖色が入るパターンが好みです。

さて、お会いしたHさん、爽やかな印象の方でした。
まずは簡単な説明を聞き、5cm高ほどのボトルが100本以上並ぶ前に座ります。
「あなたを呼んでいると感じるボトルを順に4本選んでください。」
という指示を受け、まずは目をつぶり、しばらくしてからボトル群を眺めました。

すると不思議なものです。
それまでは意識をしていなかった組み合わせのボトルが目に止まりました。
黄色と金色のボトルです。
「私がこういうボトルを選ぶのか?」とわが選択に驚きましたが、
実際にそのボトルを目の前に置くと、とても得心する気分になったことに二度驚きです。
お腹の中にストンと収まり、「あぁ、これだ、これだ!」という感じです。
20070619071014.gif

2本目と3本目は、以前選んだものとよく似たボトルでした。
そして4本目。
これも同じ様なパターンで一旦選んだのですが、
ある一本がとても気になりました。
ピンクと紫のボトルです。
紫はともかく、ピンクを私が選ぶなんてこと、今までは考えられませんでしたが、
この時はとても気になりました。
20070619071040.gif

「両方を目の前に出してみて、比べてもいいですよ。」と言われたようにし、
何故かピンク色に「私にとっての開かれた未来」を感じ、そちらを選びました。
そして診断です。
細かいことは省略して、とても簡単にまとめると、こんな評です。

「あなたは溢れんばかりのエネルギーと知識・知恵があります。
そして純粋な奉仕の精神と愛を持ち合わせています。
ただ、最近はそれらを表現しようとして、一杯一杯になっていませんか?
今あなたに必要なのは、他の人のためではなく、自分自身のための癒しです。
それには瞑想をしたり、パワースポットに行くのが効果的です。」

納得のいく、でも私にはもったいない言葉をいただきました。
瞑想と言えば、以前は熱心にしていた時期があります。
宗教ではなく、自分のペースで、ただじっとして何も考えないでいただけでしたが、
(この「何も考えない」というのが難しい)
そういう「時」を一日の中で持つことの大切さを思い出しました。

さらにもう一つの発見。
実は加子母の「乙女渓谷」と呼ばれる場所は、
知る人ぞ知る「パワースポット」なのだとか。
この場所、私は何度か近づいたことはあったのですが、
何故かそれ以上前に進むことなく、帰ってきていました。
別に何かを感じたとか、もちろん恐怖心を持ったということではなく、
たまたま今まではそういうタイミングが無かっただけなのですが、
今度、暇をみて乙女渓谷に行ってみよう。
それが私のタイミングなのかもしれない。

そして何よりも感じたことは、
「ネットで見るのと、実際にボトルを見て選ぶのでは、かなり選択の仕方が変わる。」
ということです。
「やはり生はいいな。」と言うと語弊があるかもしれませんが、
こういうものを選ぶ「場の雰囲気」というものが大切なのだなと感じました。
加子母でまた素敵な場と、人がいることを知りました。

ところで、今回選んだボトルのうち1本は、カミさんが選んだものと一緒だったとか。
また、私とカミさんそれぞれの「誕生日ボトル」は、
隣りあわせで色が互い違いのものだそうです。
「ロビンフットと、彼の奥さんのボトル」の組み合わせらしく、
「理想のパートナーですね。」とのこと。大照れです。

そして、私は「IT関係、音楽関係、そして文章を書く」ことをすれば良いとのこと。
これを聞いたカミさん、
「何それ。つまりは笛とブログがいいってこと?」と笑っておりました。
その通り!

ここしばらくの間は別件に集中していたこともあり、
その分、他の作業が止まっていました。
そしてあることが深刻な事態になっておりました。

雄の烏骨鶏・光源氏が春にやって来て以来、
ポツポツと雌が卵を産むようになっていました。
もちろん有精卵の期待大!
「これで量産体制に入ったぞ!」と喜んだのも束の間、
いつもふと見ると無くなっています。
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「ひょっとして自分で食ったのか?」と懸念していましたが、ある日、原因が判明。
カラスが小屋の庭に舞い降り、ちょっとした隙にくわえて持っていっていたのです。
この庭は地面から1mの高さまでネットを張っているだけで、
空からの攻撃には無抵抗なのです。
心なしか悔しそうな烏骨鶏たち。

そして事態はより深刻に。
お隣がエサをあげているノラネコが、同じく庭に出入りするようになりました。
こちらはまだ実害がないが、雛が生まれたら食われてしまうかも。
ある時は、カラスとノラネコが庭の中でにらみ合っておりました。
これでは健気に卵を抱いている雌が可哀想。
このままでは「せっかく抱いて雛を孵しても無意味じゃ!」と無常の境地になり、
抱くのを諦めてしまうかもしれない。
20070618043156.jpg

そこで、その他の業務を差し置いて、鶏小屋にネットをかけることにしました。
まずは、はざかけ棒を250cmの長さに切り揃えていきます。
上から10cmほどのところにつけた溝がミソです。
20070618043116.jpg

そして小屋庭の縁に立てていきます。
なんだかモニュメントっぽいですね。
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先程の溝にシュロ紐を引っ掛けながら、竹の梁をかけていって骨組みが完成。
次にネットを張っていきます。
カミさんが撮ると、なんだか小屋が倒れそうに見えますが、
これはきっと私を真っ直ぐに撮ろうとしたせいでしょう。
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そして夕方になってようやく完成!
まるで蚊帳のように、烏骨鶏小屋の庭が覆われました。
中に人が入っても余裕の高さです。
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ただ張っただけではありません。ちょっと工夫もありです。
日々の残飯を烏骨鶏に食わせているのですが、
完全にネットをかけてしまうと餌やりが面倒です。
そこで、一ヶ所は棒を動かしてネットが開くようにしました。
すごいでしょ。えへん。と自己満足。
20070618043456.jpg

こうしてできた烏骨鶏小屋。これでまずカラスは大丈夫でしょう。
ネコや他の動物対策はまだ万全ではないですが、まずはひと心地です。


昨年の春から夏にかけて、我が家の前の崖のユリについてひと騒動ありました。
(大げさか?)
その時の様子はこちらをどうぞ。
(この日のブログは稀にみるコメントラリーが続きました。)

さて今年の春もユリの芽が出始め、
やがて「ここをユリの群生地にしたい。」と言う、例の男性が現れ、
勝手にと言うかご好意で崖の草刈りをしてユリを守っておいででした。
後で知ったのですが、この男性を始め、有志で草刈りをしている人々は、
地元のある宗教団体の方々でした。

「宗教団体」というとちょっと身構えてしまいそうですが、
この団体はとても地域に馴染んでいるらしく、ご近所で悪く言う人はいません。
だから私たちもその方々がやりたい様に任せているのです。

さてその男性が言うには、「今年は去年よりもユリの芽が増えている」とのことです。
いよいよ目論み通り、「ユリ群生地づくり計画」が進みだしたか。
そんな一本一本を支えるためと目印のために棒を立て、
周りの草刈りをする皆さん、ご苦労様です。
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でも、あまりにその棒が増えすぎて、まるで「支え棒の林」です。
20070617073927.jpg

そうこうするうちに、気がつけば敷地の脇に看板が立っておりました。
なになに?
「ゆりを保護しています」
これはいいですが、その後に「地主」と書かれています。
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これって微妙です。
私たちはこの土地の地主ではありません。そもそも実際に地主の許可を取ったのかな?
ともかくこの土地は私たちが借りていて、
うちの店のまん前の崖でこういう看板が出ていると、
まるで私たちが地主で、私たちがゆりを守っているみたいですね。

しかも、この看板、何故か並んで立っているのです。
これってしつこくない?
何で離して立てないの?
何だか嫌らしくない?
そしてこれを立てている地主って私たちみたい?
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う~ん、どうしよう?

2007.06.16 忙中閑話
両親が帰っていきました。
出掛けに裏山の山椒をどっさりと採って渡しました。
山椒好きの親は大喜びというか、戸惑っておりました。

今回、孫が上機嫌ではしゃいだり、両親にも自分からよく寄っていったので、
そのことでも喜んでいました。
U太と遊ぶおばあちゃん。なかなか良いカットでしょ?
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両親と入れ違いに、弟のかーくんがやって来ました。
厨房の壁のタイル貼りが途中までで止まっていたので、
その続きをやりに来てくれたのです。ありがとうね。
働くかーくんの勇姿。
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オススメの壁タイルも、とってもよろし。
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せっかくかーくんが来てくれたのに、私はゆっくりと話ができませんでした。
とうのも、ここ最近、再び忙しくなってきたからです。
いろんな依頼事項が増えました。その対応で、てんやわんやの私。

それに加えて、また新規の仕事の依頼話が舞い込んできました。
「その打合せに、近々上京できないか?」とのことですが、ちょっと無理かも。
「加子母にいらっしゃい!」と依頼人に声を掛ける有様です。

いろんな依頼のあることはありがたいこと。
でもあまりにしょいこんで、どれも中途半端になれば迷惑になるので、
そこのあたりのバランスが大事です。
なんてことを、ここ数年ずっと言い続けているように感じます。
私の人生って、こんな人生?

私の両親が加子母に来ております。
去年の夏以来かな?とにかく久しぶりです。
今回は私の関西出張の帰りに合わせて、
親父の車に二人を拉致するようにして連れてきました。
(昨日はその途中に奈良の登り窯に立ち寄ったというお話でした。)

さて今回はいろいろと地域をご案内しております。
両親はパンが好きなので、ではご案内しましょうと連れて行ったのが、
「パンブティック ピエニュ」。
店内に入って一通り買い物をし、おもむろに声を掛けました。
「実は以前こちらに伺った後、ブログで紹介させていただいたのですよ。」

するとその店員さん、急に顔色を変えて、「も、もしかしてmasanですか?」
「はい、そうですけど・・・」
「その節は大変お世話になりました!」と最敬礼されてしまいました。
そうなのです。その時のブログを読んだかなりの人が、その後店を訪問されたとか。

店員さんはすぐに店の奥に入っていかれ、やがてオーナーさんが出てこられました。
「いつかはお礼をと思っていたのです。」とのこと。
いやぁ嬉しいですね。
何せ、その当時、こちらはまだHPを持っていらっしゃらなかったのです。
そして、「パンブティック ピエニュ」で検索すると、
私のブログが上位に出てきて、それで評判を知ってやってきたという訳です。
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実際のところ、私のブログのアクセス解析をすると、
今でもこの店名がキーワードで出てきます。
つまり、販促していたっていうこと?えへん。
おかげでいきなり店の「良い顔」になりました。
「また来ますね。また紹介しときますね。」と上機嫌で出てきました。

実はこの噂、別のパン屋さんでも事前に聞いていました。
その店とは、「ルヴァン・ドォル」
こちらでも紹介後、訪問客が増えたとか。
しかもいまだに来られる方がいらっしゃるらしい。
こちらでも販促していた?えへん!えへん!
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ということで、何だか「一日一善」したような、良い気分で過ごせたわけですが、
帰宅後、念のため「パンブティック ピエニュ」と検索すると、
Yahooでは お店のサイトが一位ですが、
Googleで何と今でも私のブログが一位ではないか!
これってこのままでもいいの?

二ヶ月半ほど前に報告した、親父の陶芸の先生による
奈良県山添村での登り窯づくりのお話ですが、昨日初めて現地を見てきました。
すると、既に結構出来上がっています。
聞けば、陶芸家のミヤザキ先生、教室のない日はいつもこちらに詰めているとか。
昨日も朝から一人でいそいそと築窯作業をされていました。
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窯の正面から見るとこんな感じ。
存在感がある門です。
この先、幾つの作品がこの門を通るのでしょうか?
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門をくぐった第一室はそこそこできつつありました。
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第二室以降はこれからという段階。
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この先、地元の子供達にも手伝ってもらって、一緒に築窯されます。
作品も創ってもらって、初窯の時に入れる予定です。
また、地元の陶芸家にも声を掛けて、一緒に焼くことも検討しているとか。
いいですねぇ。地域に受け止められ、地域と共に育つ窯は幸せ者です。

でも一番の幸せ者はミヤザキ先生です。
ご自身が設計した窯を、自分の手で築き上げていく喜び。
陶芸家としてはまさに夢の実現でしょうね。
見て下さい、先生の嬉しそうな顔。
失礼ながら、今回は思いっきり顔出しさせていただきます。
20070614044217.jpg
そして窯が完成し、作品が出来上がっていく時、
先生にとっては勿論のこと、地域にとっても新しい1ページが築かれるのでしょうね。
私も応援します。
そして同じ様な喜びや感動を加子母でも実現したいなぁ。

今日はキリの良い700話目。
アクセスも77,777に届きそうな、縁起の良い日であります。

さて先日、ある人からMacDowell Colony(マクドウェル・コロニー)のことを
教えてもらいました。
1907年、資産家であるMacDowell夫妻が、アメリカ・ニューハンプシャー州に作った、
世界中のアーティストを養成する広大なヴィレッジ(村)で、滞在費はタダ。
工房も寝室も食事も提供してくれるらしい。
去る時には作品を残せというのが条件だそうで、
これまでに多くのアーティスト達が卒業していったとか。

以下、MacDowell Colonyのサイトから画像と文章を拝借しながら紹介します。
訳が間違っていたらごめんなさい。
まず、この方々がMacDowell夫妻とのこと。カッコイイ!
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450エーカー(1エーカーは1220坪強)に広がる森林内に、
32のアーティスト用工房が点在しているそうです。
それぞれの工房はお互いが見えないように配置され、
電気は通っていますが、電話はありません。
こんな工房だったらいいなぁ。
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これは昔の工房かな?
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作曲家にはピアノが準備され、写真家や映画製作者にも必要な設備が提供されるなど、
どうもアーティストの分野に応じて環境が整えられているようです。
これはある工房の内部かな?
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他にも食堂や図書館も揃っているとか。
また、昼食はデリバリーもしてくれるらしい。
本当にこれでタダなの?

すごいなぁ。やることがでかいなぁ。
しかも100年前からですよ。
そして、この事業を始める時、
「世の中を変えるのは営業か戦争。世の中を守るのはアーティストである。」
と喝破していたとか。
ますますすごいです。

こんなセリフを聞いてしまうと、一層アーティストに憧れてしまいます。
そしてMacDowell Colonyに滞在しながら、
何かを表現できたらいいだろうなと、うっとりしてしまいます。

でも私にはそういった才がないものだから、こればかりは夢のまた夢です。
そしてMacDowell夫妻のような資産はこれっぽっちも持ち合わせていません。
でも、志は自分なりに身の丈にあったものを持ち、行動を起こしていきたいものです。

今まさに、先日始まった「グローバルネットワーク加子母」のあり方について、
思考を始めたところです。
MacDowell Colonyに刺激され、
「加子母」という、まさにかつての日本そのまんまの地で、
ここならではの活動が展開できればなぁと、つらつらと考えております。

京都在住の知人からあるチラシをいただきました。
なになに?『京都文化ベンチャーコンペティション』とあります。

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募集対象は以下の通り。
・文化資源や文化芸術の力を活用したビジネスモデルやビジネスアイデアで、
 社会に対して新しい文化的インパクトを与えるもの。
・幅広く文化を対象とし、「伝統的文化」から「新たなライフスタイルの提案」まで、
 心豊かでより質の高い生活に寄与するもの。

また、募集部門は次の二つ。
◎文化ビジネスモデル部門
 起業を目的とし、起業内容(事業計画)が具体化されているもの、
 または具体化しようとしているもの。
◎文化ビジネスアイデア部門
 具体的な事業計画までは至っていない、または自ら起業までは目的としないが、
 新規性及び独自性の高いアイデアであるもの。

簡単に言うと、
「文化(特に京文化)をネタにした、全く新しいビジネスアイデアを考えてみろ!」
ということですよね。
それって、結構面白いかも。
というのは、今年の抱負として「発想の転換」を挙げたのはいいですが、
やはり日常の忙しさに埋没し、そのようなことを考える暇が無くなっておったのです。
「これではいかん!もっと頭を刺激せねば!」と考えていた矢先でした。

とは言っても、
さすがにビジネスモデル部門にエネルギーをかけるほどの暇はありません。
でもビジネスアイデア部門だったら、通勤途中などの頭の体操になるかもしれない。
そんな軽い気持ちで読み進んでいたら、このイベント、何やら大掛かりです。

募集期間は今年の5月19日から9月10日まで。
10月に一次審査があり、
ビジネスアイデア部門では、その後「ブラッシュアップ」という個別指導があるらしい。
そして12月の「ブラッシュアップセミナー」という
プレゼンテーションの指導ワークショップを経て、
年を越して最終審査となるとのこと。しかも公開プレゼンテーションです。
ビジネスモデル部門はもっと細かい段階があります。

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いやはや、とても大層です。
ちなみにビジネスアイデア部門の最優秀賞は30万円ですって。
また、受賞者は、起業の実現の支援を受けることができるそうです。
まぁ私は欲をかかずに、上に書いた様に「頭の体操」として思案してみるかな?

ということで、早速三つほどのアイデアを思いつきました。
まだどれもシングルヒット程度のレベルですが、
続けていくうちに、ホームラン級が出てくるかも?
それはどんなアイデアかって?
それは、ヒ・ミ・ツ。(気持ち悪い?)

ということで、関心を持ったあなた、一緒に頭の体操をしませんか?
ご案内はこちらから。
私は別にこのイベントに何の利害関係もありませんが、
人生を楽しむ一環として、お誘いします。

昨日、ある工務店がISO(アイ・エス・オー)認証取得するためのコンサルティングが始まり、
その初回研修会に参加してきました。
この業務は、初期の営業アプローチの段階から、クロージング、
契約までずっと関わってきたので、
ようやくコンサルティング初日を迎えることができ、感慨無量です。

しかもこの企業は社員全員が研修会に参加し、
初日から活発で楽しげな議論が行き交っていました。
「うちの会社をどうすればより良くなるだろうか?」と、
皆が目を輝かせながら語る姿は美しいです。

最近はやもすれば「ISOは取るだけのもので、役に立たない」
といった評価を受けがちですが、
それはその企業がどう取り組むかによって大きく左右されるもの。
今回のこの工務店の順調な滑り出しを見て、
「是非ともISO取得がよりよい発展に結びついて欲しい。」と願うばかりです。

ところで昨日の研修の中で、
「これからは、企業がどれだけ正直かを問われる時代だ。」との話題になりました。
全くそのように思います。
つい最近も不二家やコムスンの問題が表面化しました。
野球の世界ではあまりに多くの問題が出たおかげで、
個々の問題が霞んでしまうほどです。

そんな事態を見て、
「いよいよ『正直であること』が、大切になってきたなぁ。」と感じます。
これは裏返せば、「この世がいかに今まで不正直であったか」ということにもなります。

『正直であること』と、コンサルティングの場でこんなセリフを言っても、
「何を建前論を言っているのだ。世の中はそんなに甘くはないわい。」
という目で見られるのが関の山でした。
でも、この時代のこの機会に、「正直であること」が企業や組織や、
地域や家庭で大きな価値観になれば良いなと願います。

そしてそれは私の会社や家族、私自身にとっても言えることです。
「自分の気持ちに正直であること」を貫こうとする気持ちと、
現実の暮らしの中でその気持ちをつい誤魔化してしまう自分がいつもいます。

でも一日は24時間。
7日は一週間。
それが四回ほど続けば一ヶ月。
掛ける12で一年。
あっという間に5年、10年。
気がつけばその蓄積が自分の人生そのものになってしまいます。
だからこそ、日々その瞬間を正直に生きることって大切だなぁ。

といった考えに耽りながら、
試しに自分のブログの中で「正直に」というキーワードで検索してみると、
(右下にその検索窓口があります。結構便利。)
何と一年少し前にもおんなじことを書いておりました。
すいません、同じネタで。私って進歩がない?

でも改めて読み返すと、この頃は今よりも余裕がなかったなぁ。
同じ「正直に」と言っても、今日の文面はもう少しゆとりがあります。
ほんの少しは成長した?
つまりは私にとって「自分の気持ちに正直に生きる」ことが、
大切なキーワードということなのでしょうね。

冬の間には気にならないくせに、暖かくなって夕方に蚊が出始めると急に気になります。
我が家の南と西面には網戸が付いていません。だから蚊が出入り放題なのです。
昨年の夏はこのおかげで大変な思いをしました。
日中はまだ良いのですが、夕方に戸を閉め忘れると大騒ぎです。
そこで「ナイス蚊っち」なるものが大活躍したのですが、毎年こんな調子で良いのか?

なんてぐちぐち言う前にさっさと網戸を付ければよいのですが、うちは木枠の窓なので、
「では一体どうすれば良いのでしょう?」と頭が回らないのでありました。
建具屋さんに相談するにしても結構お金がかかるだろうし、
はめ殺しの網戸にすると、とても使い勝手が悪い。

あれこれ思案するうちに2年が経った訳ですが、
先日、カミさんの知人のご紹介で、サッシ屋さんが来てくれました。
ぱっと見るなり、「サッシ、付きますよ。」とのこと。
あ、そう。そうなの。な~んだ。
ということで、あっと言う間に付けてくれました。
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確かに網戸と雨戸の間にしっかりとレールが付いております。
さすがプロだね。
こんなことにあれこれ2年も思案していたのがバカらしく感じたほどでした。
これで蚊の心配が随分と減りました。
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ところで、このサッシ屋さんとの交渉の中で、ちょっとした出来事がありました。
最初に紹介された社長さんが来られるはずが、都合が合わず、
入ったばかりの新人さんがまずやって来られたのです。
その新人さん、うちに電話してきた第一声がこれでした。
「これから伺いたいのですが、こちらからそこまでどうやって行けばいいですかね?」

些細な会話なのですが、私は引っかかりました。
『こちら』ってね、あんた今、何処にいるのよ?
という疑問です。

本当に些細な事なのですが、やはり最初に感じたギャップは埋まりません。
やって来られてからも、ことごとく会話が合わないのです。
個人攻撃をするつもりはありません。
ただ、人って「合う、合わない」というのがあると思います。
たとえ双方が善人であっても。

幸いにまだ一度しか会っていない状態だったので、その方にはご遠慮いただき、
最初のご紹介通り、社長さんに来ていただく様にお願いして、
滞りなく無事網戸は設置されました。

私は坊主頭ではありますが、やはり仏様ではありませぬ。
合わない時は、申し訳ないけれど、失礼いたします。
そのことを改めて痛感した出来事でもありました。


ご無沙汰しました!久々の「親馬鹿シリーズ」であります。
こんなネタ、家族以外の誰が喜ぶのかと思っていたら、
結構楽しみにしている人がいるみたいで、こちらが驚かされたりします。
さぁ、今日のネタはすごいよ。
何と!U太は親が教えなくても箸の正しい使い方をマスターしたのです!

いやぁマジでね、「どうやって箸の使い方を教えようか?」と思案していたのですよ。
というのも、どうもU太は左利きの様に見えたからです。
物を持つ時は、大抵左手から先に出ます。
その話を知人にしたら、野球をする彼は「いいなぁ!」と羨ましがっておりましたが、
親としてはビミョーです。
だって私は右利きだから、いろいろと教えづらいじゃないですか。
その典型的な例が「箸づかい」です。

でも案ずるより産むが易し。
私が子供用に作った竹箸を食卓に置いていたら、知らぬ間に使っていたのです。
そのやり方も念が入っています。
まず、右手で箸を掴んでから、左手で先を揃えます。
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それからおもむろに右手で箸を動かし、口に運ぶ麻呂。
おお、食べてるぞ!
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でもすぐに面倒になって、左の素手で取ることが今のところは多いですけれど。
まぁ慌てることはないさ。ここまでくればもう心配することはありません。
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それにしてもすごいね。持ち方が様になっているではないか。
しかもポーズとかとったりして。お前はモデルか?
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U太が初めて箸使いをした時、私たち親は少し話し込んでおりました。
そしてふと見ると、「おお!箸を持っておる!」思わず私は叫んでしまいました。
そして父母とも大拍手。
すると、喜ぶと思いきや、何とU太はその箸を放り投げてしまいました。
その憮然とした表情に、しばし呆然の親。

U太ってね、私達の想定を超える反応をすることがよくあります。
例えば風呂に入っている時。
うちは浴槽にペットボトルを使ったおもちゃを幾つか置いていて、
いつまでもU太はそれで遊んでいるのですが、
「さぁ、そろそろ出ようか。」と声を掛けると、途端におもちゃを片付け始めます。
それも大急ぎで。ペットボトルに入ったお湯も最後まで出し切って、
それらを浴槽の脇に並べ終えてから、初めて両手を広げて、
「さぁ出して」ポーズをします。

また、親が床に脱ぎ捨てた服を持ってきてくれます。
「うんっ?」と、さも「これ、着ないの?」と訊ねているかの様です。
その度に、私たち親は、「はい!それはちゃんと着ますからね。」と
言い訳わけわけしながら預かります。

またカミさんが厨房に裸足でいると、組のスリッパを両手で持って、
「うんっ?」と言いながら履くことを促します。
いつもと違うスリッパを履いていると、やはり同じ指摘を受けるそうです。

全くすんごい観察力だし、几帳面です。
誰も教えていないのに、一体誰の血だ?
今のところ思い当たるは、私の親父です。つまり隔世遺伝か?
確かに血液型はA型です。なるほどと納得。私とも同じでほっと一息。
(冗談です。)

他にも、例えば同じ世代の子供達が集められ、一人ひとり楽器を渡されて、
「はい、一緒に鳴らしましょう!」と言われた時、
他の子たちは一斉にその楽器を鳴らすのに、
U太はその間はじっとしていることが多いとか。
カミさん曰く、そんな時U太は「他の子が鳴らす音を聴いている」のだそうです。
そして皆の演奏が終わった後で、自分のペースで鳴らして楽しんでいるのだとか。

この話を聞いて、「社会性が無い」と言われてしまえばそれまでです。
でも私たちはこれを「U太だけが持つ個性」だと捉えることにしています。
もちろん、人に迷惑をかけるようになっては困るけれど、
彼の持って生まれた個性ができるだけうまく育つ様に見守りたいです。

我が子の振る舞いに大喜びしたり、思案したり。
全く親馬鹿であります。


4週間ほど前に揃ったオーディオセットでありますが、
やがて元々あったCDセットも移しこみ、ついに合体!まるでタワー!
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でも肝心のレコードは、カツシさんからいただいた数枚だけでした。
特にお気に入りのマイルスデイビスは、もう擦り切れるほど聴きました。(嘘です)
そこで、実は隙をみてはネットでお店を探していました。
そして先日、ついに時間を作って、大阪は日本橋界隈に行ってきました。

私が最初に買うレコードは決めておりました。
それは、『ブルックナー交響曲第八番』。
私はそれほどクラシックを聴くわけではないのですが、
とにかくこの交響曲が大好きです。
CDは5~6枚持っています。一番好きなのは、朝比奈隆指揮のものです。

今回、LP盤を買うにあたり、
「とにかく誰の指揮でもいいから、八番を見つけるまでは他のものは買わない。」
と決めていたのですが、実はこれが難儀な作業。
そもそもクラシックを扱うレコードショップが少ないのです。
やっと見つけた店で、一枚ずつチェック。でも実はこれが楽しい。
そしてようやく見つけました!やったね、フルトヴェングラー指揮だ。
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そして2枚目も狙っていた「サティ」をゲット。
まさに典型的なサティのアルバムです。
サティは雨が似合います。これからの梅雨時にはピッタリ。
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もうそのくらいにしておくかと帰ろうとした時、目の端に入ったアルバムがこれ。
私が大大好きな映画『ディーバ』のサントラ版です。
もうこれは一目惚れで買い。
一曲目のオペラ『ワリー』のアリアを聴けるだけで幸せです。
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今回は時間の関係でクラシックだけに抑えておきましたが、
実はジャズもじっくり探したいところです。
特にサックスはいろいろ選びたいなぁ。
ソニー・スティット、ソニー・ロリンズ、スコット・ハミルトンなんかが好きです。
また、その昔、サンフランシスコの「キーストン・コーナー」で聴いた、
アート・ブレーキーなんかも見つかればいいな。

いよいよといいますか、
「レコード探し」という昔懐かしい時を過ごす楽しみが一つ増えました。
これだから人生はやめられませんな。

4ヶ月ほど前、加子母の国際交流について考える会に呼ばれたことがありました。
その時の盛り上がりについてはこちらを是非ご覧ください。
さてその後、私は呼ばれなかったですが、何回か会合が開かれていました。

そこで話されていたのは、これまでにあった加子母国際交流協会をどうするか?
合併して新中津川市になったことで、新市の公の国際交流協会との関係をどうするか?
といったことだそうです。
そして結論として、「加子母国際交流協会」を発展的解散して、
新たな有志の会を作るということになったとか。

その新しい会の名は、『グローバルネットワーク加子母』です。
何だかすごい名前です。
そして知らぬ間に、その会の理事の一人に私がなっておりました。
その会の立ち上げ(正確には加子母国際交流協会 第11回理事会だそうですが)に、
呼ばれて行ってきました。

前回お会いした方々もおられますが、初めて会う人が半分。
まずは自己紹介をして、議題に入りますが、
いきなりネックは「お金」「人」「何をやるか」です。
話が詰まり気味のところで、私に意見を求められました。

私は最近、こういう場では進んで話さないことにしています。
先日も知人のコンサルタントと共感しあったのですが、
私たちは仕事柄、「その場を仕切って、物事をまとめる」のに慣れています。
だから地域の集まりでも、ついそういう癖が出がちです。
でも一旦それをしてしまうと、「じゃぁ、あんた、この先のまとめをやってくれ。」
と任されてしまうのがオチなのです。

地域のいろんなテーマについて関わりたい気持ちはありますが、
あれもこれも首を突っ込み、その当事者になり続けると、
どれも中途半端になってしまいます。
だから今回もできるだけ控えめにしておるつもりでした。

でも駄目ですね。やっぱりいろいろ言ってしまいたい気分になります。
「まず、会のビジョンをまとめることが大切です。それを皆で話し合って詰めていけば?」
「そしてそのビジョンを発信していきましょう。」
「その方策としては、やはりネットを利用することが大事です。」
・・・
いろいろ話しながら、「自分の首を絞めていく」感触を味わいました。
そして何よりも、
前回話し合った内容が議題に盛り込まれていないことに疑問を感じたので、
そのことも話題にしました。

すると案の定、
「アイデアは素晴らしいけれど、いったい誰ができるの?」という意見が出ました。
私が若い頃は、「じゃぁ私がやりましょう!」とタンカを切って、
いざ始めるとなると大変苦労して、それでも何とかやり遂げて、
最後には素晴らしい達成感と感動を得たでしょうが、
今回はぐぐっと堪えて黙っておりました。

それでも会の最後には、やっぱり言いだしっぺの責任で、
「では、会のビジョンについて、タタキ台を次回までに作ってきましょうか?」
と言ってしまいました。
あぁ、やっちゃった。

ここまで読まれて、
「今回のmasanはいやに後ろ向きじゃないか。」と思われるかもしれません。
決してそうではなく、気持ちは前向きですし、その場では楽しいアイデアも思いつきます。
でもそれらを実際にまとめていく作業をする時間を取れないことが分かっているので、
「偉そうなことを言って、後で迷惑をかけてはいけない。」と、
つい気持ちにブレーキをかけてしまいます。

でも言ってしまったことは仕方ない。
前向きに捉えて、時間を取って、
昨夜の皆さんの意見を基にタタキ台を作ってみることにします。
そして救いは、「自分に何が出来るだろう?」と前向きに捉えてくれる人がいることです。
この人たちと一緒に会のビジョンのタタキ台を作っていければいいなと考えています。
そしてその過程を楽しみながら過ごせていければ、きっと良いビジョンができるはず。

会が終わり、ショウゴ君が近寄ってきて言いました。
「飲みながらやりましょうよ!」

そうそう、そんなノリが大事です。
今はまだ具体的にイメージできることが少ないですが、
何だか良い会に育っていくような予感がしてきました。
ともかくも、事実上『グローバルネットワーク加子母』が始まったようです。
これからも成長をお楽しみに。

今年のわらべ村イベントは天気が良く、とても暑かったです。
この日は全国的に晴れ、35℃を超えた地域もあったとか。
5月末という時期って、こういう日が多いのかも。

その日、私は日中ずっと天ぷらを揚げていたので、脱水状態になっておりました。
休憩時間に飲み物を探す旅に出ましたが、会場に自動販売機は無し。
わらべ村のお店に行けばあったらしいのですが、そういう機転も働かず。
結局、唯一「水」を売っていたところでペットボトルを買いました。

イベントが終了してから、カミさんや、手伝ってくれたキヨちゃんと密談します。
「この時期っていつも暑いから、爽やかな飲み物を出すと、きっと喜ばれるよね。」
「でもただのドリンクじゃあ面白くない。」
「そうだ、うちには強力な商品があるではないか!」
そうです、『東白川の豆乳』です。この濃ゆい豆乳を使ったドリンクができないか?

そこで、カミさんが早速試作してくれました。
まずはこの二品です。
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右側は、リンゴジュースで割りました。細かい泡がクリーミーです。
一口含むと、「美味い!」
リンゴの甘みと酸味が程よくからまり、喉越しもよろしい。
いきなり○が出ました。
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一方、左側は抹茶割りです。泡は大きめ。こちらも美味い。
でもカミさんが気を利かせて入れたメイプルシロップが多かったかな?
ちょっと甘みが強かったです。
それと、「抹茶を作ってからブレンド」すべきところを、
まず抹茶を入れて溶いたらしく、ダマができています。
味は○だけれど、もうひとひねりすれば、なお良くなるでしょう。
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続けてもう一品作ってもらいました。
使ったのはこれ。『野茶(やちゃ)い焙煎』という商品です。
これは、チコリーの根に、ビート、大麦、ライ麦を加えた、
ノンカフェインのコーヒーです。
実はうちの店のヒット商品でして、
コーヒーが苦手な方にとても喜ばれています。
美味しいし、身体にも良いらしい。
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「これを使って、カフェオレみたいにならないかしら?」
というのがカミさんの狙いでしたが、
この目論見は失敗。何だか中途半端な味わいです。
野茶い焙煎はそれとして飲むのが一番のようです。
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こうやって試作を繰り返しながら、いろいろ商品開発するのは楽しいですね。
何なら当日、『豆乳ストレート』と名付けて、豆乳をそのまま出そうか?
けっこうこれはすごいよ。ドロドロだから。

ところでこの『東白川村の豆乳』、『豆腐』も合わせて、店では人気です。
このブログで紹介したことがきっかけで、
読者の方が近所の店に働きかけて、新たに置くようになったという話も聞きました。
このブログが販促につながった?えへん!
こういう拡がりもまた楽しいものです。

『なちゅらるスペース・もりのいえ』は自然食料品を中心とした物販と、
カミさんの焼くスィーツの製造販売店としてスタートしました。
飲食に関しては、以前書いた様に「未定」としておりますが、
折を見て少しずつ準備を進めております。

その一つ、「客間に出すテーブルをどうするか?」については、
それこそ引っ越す前からずっと思案してきました。
叔父さんが亡くなった時に、とっても立派な座卓が残っていて、
「お前のところで引き取らないか?」との話がありましたが、
どうもうちには合わない気がして、もったいないけれどお断りしました。

「では、何がうちに合うのか?」と聞かれても、
はっきりと言えるイメージが無かったのですが、
ここにきてようやくイメージが固まってきました。
うちらしいテーブルとは?
それは「ちゃぶ台」です。

ちゃぶ台は、若い人は知らないかもしれませんが、
昭和中頃までは各家庭で大活躍した座卓です。
典型的なスタイルは、丸いものです。
丸いから、何人が座っても様になります。
そして簡単な作りだから、すぐに移動できるし、邪魔になりません。

そんなちゃぶ台、いざ探そうとしたら、結構苦労しました。
リサイクルショップに声を掛けても、なかなか出物がない。
ある博物館で見つけた時は、思わず写真を撮ったりして。
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そんなちゃぶ台、何と東急ハンズで売っていたのを先日発見しました。
サイズも色合いもイメージ通り。
即注文して、到着しました。
博物館で見た通りです。
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裏はこんな感じ。折りたためて便利です。
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でもよく見ると、何と何と、「ベトナム製」ではないか!
最近は何をみても中国製がまかり通っている世の中で、
ベトナムが呼んでおりました。
やっぱり今年はベトナムの縁があるなぁ。
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ということで、我が家にやってきたちゃぶ台、実は二個買いました。
一個で使うも良し、二個並べるも良し。
(何か意味のないことを書いていますが)
二個の色合いが違うのもオツですな。
使っているうちに、それぞれ味が出てくることでしょう。
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これでうちの雰囲気に合った、客間用のテーブルが揃いました。
願っておれば、少しずつ、本当に少しずつ叶っていきます。
ありがたいことです。

昨日は養老町の船戸クリニックで開かれた、
『穀菜膳(こくさいぜん)料理講座』にカミさんが参加するため、
家族揃って出かけてきました。

「穀菜膳って何?」と思われる方にはすいませんが、その説明は他をご覧ください。
いちごさんのブログでも紹介されていますので、どうぞ。
また、こちらのサイトでも雰囲気が伝わるかも。

この講座、カミさんは以前から行きたがっていたのですが、
「加子母から遠い」「10回通う必要がある」「参加費がかかる」
ということで躊躇しておった様です。
でも、本人が「これまで自分の関心の向くままに自然食を作ってきたが、
もっと体系的に学びたい。」と言うので、私も協力することにしました。

その協力とは、家からの送り迎えと、講座中のU太の相手です。
毎回10時から15時までですので、カミさんの実家に前泊しての通いになります。
講座の内容については、カミさんのブログでいずれ紹介してもらいましょう。
私は別の視点から書きます。

以前、同じくカミさんが講習会に参加する間、
U太と二人きりで過ごしたことがありますが、
その直後から彼との距離が少し近づくという、楽しい体験がありました。
その後もそういう時間を作ろうとしてはいたのですが、なかなか出来ず仕舞い。
特に断乳後ずっとU太は「お母さんあまあまモード」になっていたので、
そのままお母さんに甘えさせていたのです。

でも最近になって少し疑問を感じてきておりました。
「確かにU太にとれば、お母さんと一緒にいる方が安心だろうが、
だからと言って、お母さんだけに構わせていて良いものだろうか?」
そんなことから、今回再び二人きりで過ごすことを密かに楽しみにしていたのです。

ところが、いざ講座が始まると、
「お子さんは会場にいてもいいですよ。」とのこと。
他にお子様連れの人もいます。
そこで、会場の外のベンチに座る私と、
教室にいるカミさんの間を何度も往復して遊ぶU太。
でもやがて会場の扉が閉じられ、
私は一人ベンチにぽつねんと座るようになってしまいました。

「私は何をしに来たんだろう?」
言っちゃぁ何ですが、ただでさえやること一杯の私です。
それでも「家族と過ごす」ことを最優先してやってきたのに、
5時間近くもこのままベンチで一人座して待つのか?
疑問がふつふつと湧いてきました。

と、そこでカミさんがU太を抱いて教室から出てきました。
「U太がおしっこしたみたい。後はヨロシク!」と言って戻って行かれました。
「よし、チャンスだ!」とそのままU太を拉致することにしました。
教室に戻ろうとするU太を抱きかかえ、外に連れ出します。
U太は泣き叫び、身もだえして私から離れようとしますが、
無視してそのまま車に乗せてゴー!

いつまでも泣き続けるかと思いきや、すぐにおとなしくなったU太。
近くの公園で車から降ろして、散歩を促すと、歩き出しました。
途中、滑り台を見つけると、急な階段にも関わらず、登っていきます。
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でも滑り台は怖いのか、そのまま階段のところでお座り。
再び急な階段を一人で降りてきました。
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決して「楽しい!」という顔を見せはしませんでしたが、
ブランコ初体験などしながら、それなりに時を過ごしました。
途中、カミさんから「もう戻ってきてもいいよ」メールが届きましたが、
「いや、もう少しU太と二人で過ごす。」と拒否。

車内でおやつの「おかゆパン」と「蒸しさつまいも」を食べ、
しばらくすると目がトロンとしてきたU太。
そのままベビーシートに乗せ、ドライブに出掛けました。
行き先は決めず、あまりカーブのない道を探すと、ありました。
この辺りは「輪中」と呼ばれる地域だったのですね。
その輪中の土手沿いに延々と道がつながっているのでした。

ただ道が続く限り南下していきます。
ある場所では道の両側が川という、なかなかの景色もあり、結構良い道です。
途中、「木曽三川タワー」なるものの傍を通りましたが、
ここって「岐阜県最南端」ですね。
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U太はと言えば、実はドライブが始まってすぐに眠ってしまいました。
それから1時間半ずっと寝ていたU太、もちろんどこを走っていたかは知らぬ存ぜぬです。
だから「一緒にドライブ」とは言っても、ただ一緒にいただけなのですが、
それでも面白いのは、このドライブの後、U太が私を見る目が明らかに変わりました。
今まで以上にとても近くなったのです。これにはカミさんもビックリ。

やがて講座会場に戻り、私もU太も食事をいただきました。
「付き添いのお父さんが傍で聞いていてもいいのですよ。」と
講師の勝本先生は言ってくれましたが、そのご配慮には感謝して、
私は私で、「あと9回、U太と二人っきりで過ごすうちに、どうなっていくか?」と、
とても楽しみになってきた次第です。

例によって思いつきから始まった「ベトナム熱」でありますが、
最大のネック、「金」をどうするかについて、解決策が見えてきました。
「貯金しよう!」

全く平凡な解決策ですが、これしか方法がありません。
でも、その貯金方法については趣向を凝らしました。
その名も「500円玉貯金作戦!」

そうです、500円玉に絞って貯めることにしたのです。
ルールは簡単。
①財布に入った500円玉は、決して使わない。
②帰宅後、財布を覗き、見つけた500円玉をすぐに貯金箱に入れる。

この①がポイントです。すぐに使ってしまうからね。
さて、ではどういう貯金箱にするかですが、
「つい入れたくなる」ヤツがいいですよね。
そこで我が家を見渡してみると、ありました。
店のオープンの時にいただいた茶釜です。
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大きさといい、存在感といい、ぴったりです。
早速、財布にあった500円玉を入れてみました。
「チャリン♪」と良い音色がして、なかなかよろし。
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ところでこの貯金、まずは10万円が目標です。
(nakoさんが、『5万円で行った』とコメント寄せてくれたので。)
となると、500円玉ならば、何とたったの200枚!
200枚集めると10万円になるなんて、何だか嘘みたいですが、
計算間違ってないですよね?

よーしやるぞ!
俄然その気になってきました。
ベトナムへの道が始まりましたぞ。
一週間ほど前に電話がありました。
「masan?元気にしてる?明日ぐらいに行こうかと思うんだけれど、いるかい?」
八ヶ岳時代の知人からです。
その日はわらべ村イベントの直前だったのでお断りして、昨日来ていただきました。

やって来られたUさん夫婦とは、4年振りの再会です。
ご主人は私の親父と同い年ですが、一人で早朝から車を運転して、
八ヶ岳からノンストップで9時半頃に加子母にご到着。
着くなり、「はい、これ土産。あれもこれもどうぞ。」といろいろいただき、
うちの中を「へー」「ほー」「はー」と
ハ行感嘆語を繰り返しながら見回っていかれました。

そして矢継ぎ早に質問をしてこられました。
「どうやってこの部屋を改造したの?」「雪はどれくらい積もる?」
「この家、いくらした?」「今、どうやって稼いでいるの?」
「ファルコンはどうしてる?」「二階はどうなってるの?」・・・

久しぶりの再会で、訪ねたいことがたくさんあったのでしょうね。
一つの質問に答えようとする間に、
次から次へと二人で交互に違う質問が出てきますので、
機関銃のような質問に対して、私の返答が追いつかないほどです。

一時間ほどの間、八ヶ岳の様子や、ご自身の暮らしの話もして、
店の商品を眺めて、「これいいね。」「あ、これもいい。」と選び、
「釣りは要らないから。」と千円札を置いて、さっと帰っていかれました。
まさに風のようにやってきて、去っていかれました。
その後木曽越えをして、御嶽山のロープウェイに乗って降りて、
夕方までに八ヶ岳に戻ったそうです。
以前からもそうでしたが、とてもお元気です。

ところで、最近人と話していて、よく似た場面に出会うことが多いです。
ある質問を受け、それに答えているうちに、あるいは答えようとしているうちに、
次の質問がやってくるのです。
あるいは私が話している時に、途中で遮られることが多いです。

今回の様に、私達の暮らしに関心がたくさんあり過ぎて、
訊ねたいことだらけという場合は納得できますが、
実は仕事でもそういう場面によく立ち会います。

これって私がもたもたしているせい?
それほどのろくもないと思うんだけれどなぁ。
思うに、最近みんな会話のペースが早くなっていませんかね?
バラエティ番組で吉本の芸人がぺちゃくちゃしゃべるのが伝染してやいないか?
自分のことを棚に上げて、ついそんなことを考えてしまいました。

望むべくは、私は会話のキャッチボールをしたいです。
相手が話している間は最後まで聞いて、
相手が投げてきたボールをしっかりと受け止め、
こちらが返すボールも
「これで大丈夫かな?」と確認のひと呼吸をしてから投げたいものです。
そうは言っても、実際にはつい早く返してしまうことが多いのですが・・・

ところで、前述のUさん夫婦が来られている間、カミさんは外出しておりました。
帰宅後、いきさつを話して千円札を渡したところ、
カミさん、おもむろに、「お金、足りないんですけど・・・」
まぁご愛嬌ということで。楽しい再会でした。
昨夜、出張からの帰り道、
車を走らせて「あと10分程度で家に着くだろうな。」と考えていた時です。
対抗車線ではバスがこちらに向かってきておりました。

と、その時、バスの後ろから4tトラックが私の車線に急に出てきました。
4つの大きなライトが目の前をふさぎます。
とっさにブレーキを踏んで左に寄せますが、とても止まれるような距離ではない。
トラックの方はより加速して、バスを抜かそうとし、
バスと私の車がすれ違うまさにその直前に、斜めにすり抜けていきました。

ほんの一瞬の出来事でした。
事故にはならなかったので、私の車とバスとトラックは立ち止まることなく、
それぞれあっと言う間に離れてしまいました。

でもあの瞬間、もし誰かがヘマな運転をしていたら、
間違いなくトラックは私に激突していたでしょう。
多分、双方合わせて150キロ近かったでしょうから、
(この辺りは『ハイウェイ』と呼ばれるほど、みんな飛ばすのです。)
衝突していたら即死だったかも。

不思議とドキドキもせず、その後も変わらず運転を続けながら、
それでもいろんなことを考えてしまいました。
「もし、あの瞬間で死んでいたら。」
その瞬間で私の人生は終わっていたのです。
何事もなかったから、何事もなく人生は今でも続いているけれど、
何事かあったら、それで止まっていたのです。

今の幸せな暮らしも、これから先のいろんなやりたいことも、
全てここで止まってしまうのです。
このブログも昨日で終わりです。
ベトナムに行くなんてこともないし。当たり前です。
「晩年はベトナムに行きたがっていた。」なんて語り継がれるかもしれませんが、
そんな馬鹿なことを言う前に、家族が残されるのです。

きっと保険金が下りるでしょうから、いきなり路頭に迷うということはないでしょうが、
そして人はどうやったって生きていけるものかもしれないけれど、
それでもやはり、それぞれの人生は大きく変わりますよね。
あの一瞬を境にして。

「人生ってはかないものだな。」と妙に神妙になってしまいました。

そんなことを書いているこの瞬間に、目の前の蚊を「パンッ」と叩きつぶしました。
この蚊にとれば、まさに私の「あの一瞬の間」に生命が途絶えたようなものです。
ますます神妙になってしまいました。

今、生かされていることに感謝しなきゃ。