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昨日、長めの映像を紹介しましたが、ご覧いただけたでしょうか?
そこで私なりの意見を書いておきます。

まず、ここで紹介された「事実」を「信じるか」「信じないか」という点があります。
信じない派から見れば、これらは「でっちあげ」であり、「捏造」です。
「他にも伝えるべき点があるのに、都合の悪い点ばかり誇張している」
ということになります。
で、信じない派の人に何を説明しても、受け入れられる様子はありません。

一方、信じる派は、「あぁ、やっぱりそうだったんだ!」と納得し、
「このままではいけない。」とベジタリアンへの道へまい進するかもしれません。
でも現実はそう簡単に割り切れるものなのでしょうか?

具体的なデータを見たことがないので勝手な想像ですが、
上に挙げたようにどちらかに完全に割り切れる人って少ないのではないかと思います。
つまり、「信じられるようであり、そうとも言えず。」
あるいは「事実なのかもしれないけれど、それがどうしたんだ?」
「市場原理にもとづけば仕方ないだろう。」
「こんなやり方ではなく、自然な形で育てているところも多いぞ。」と言うかもしれません。

何よりも私自身がそうです。
でも結果として「信じる」方が高いので、気持ち「信じる派」に立って話を進めます。
その上で結論を言うと、私はこの映像を観た後でも、やっぱり肉を食うでしょう。
「肉類を完全に排除して」とまで志向を断ち切ることに無理を感じます。

でも、以前に比べると、好んでは食わなくなるでしょうね。
そもそも最近は随分減ってきているし。特に牛肉は。
それに、この手の映像は初めてではないですが、
肉類が食膳に並ぶまでに想像以上に多大な努力(犠牲)を伴っていることを知ると、
「そこまでして肉を求めることもないなぁ。」とも感じます。

野菜だってそれなりに犠牲を伴っています。
自分の土地ならば固定資産税を払っているし、借地なら借地料を払っています。
堆肥や肥料を加え、水道ならば水道代もかかっている。農薬を使うならその分も。
もちろん人件費や流通経費もかかっています。
だから一口の野菜もそれなりに犠牲の上に立っています。

でも肉類の場合、その犠牲の度合いが圧倒的に違う様ですね。
だから肉を食う人は、その重みを認識した上で判断すべきだと思います。
私は以前から
「牧場で肉片が餌を食っているのではない。魚の切り身が泳いでいるのではない。
自分達が口に入れるものがどうやってここまで来たのかを各々知るべきだ。」
と訴えてきました。
つまり、誰かが育て、捕まえ、殺し、さばいてくれているおかげで、
私たちはそれらの一片を食うことができるのです。
それを知らずして「まぁ!美味しそうなタタキ!」なんて言うものじゃない。

ところがその考えにもう一段加える必要が出てきました。
「その動物や魚たちが育つまでに、そしてこの手元に届くまでに、
想像以上の犠牲を伴っていることを知った上で食うべき」というものです。
少なくともこの点について再認識することができました。

つまり言いたいことは、
「事実を知ろう。」「事実を受け入れよう。」「その上で自分なりの判断をしよう。」
ということです、
それをせずに、ただ目の前に出てきたものを食うだけならば、
その人はまさに映像に出てきた家畜そのものです。
この姿勢は、食に限らず他のテーマでも言えることだと考えています。

ところで、つい最近読んだ週刊誌の中で、こんな記事がありました。
民主党「次の内閣」環境相の末松義規という人が、新潟被災地を視察した際に、
被災者の神経を逆なでするような文章を自分のブログに書いたと非難されているそうです。
(検索すると、いかにこのブログが「炎上」しているかが分かります。
あほらしいのでリンクは張りませんが。)

その話にこんな尾ひれがついていました。
末松氏の奥さんがマクロビオティックを伝授する活動をしている人らしく、
氏も「好きな食べ物」欄に玄米菜食と書いています。
それを見た他の議員が、「ふだん肉を食べないでヒエやアワばかり食べているから、
思考回路が変わってこんなことを書いてしまったのでは?」と茶化しているとか。

ますますあほらしくなってきました。

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