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これまでも粉雪が舞う日はありましたが、積もることはありませんでした。
今朝はうっすらと積雪。いきなりモノトーンの世界です。
積雪

先日紹介した、映画『いのちの食べかた』を観てきました。
『名古屋シネマテーク』という映画館でしたが、これがまたすごいところです。
「本当にこのビルの中に映画館があるの?」というくらいの地味なビルに、
まるで消費者金融の事務所かというくらいにひっそりとたたずんでいます。
(何だかよく分からないでしょうが・・・)

少し早めに着いたので、楽屋の様な待合室でプログラムをひとしきり読みます。
これが正解でした。この映画は全くセリフもナレーションも無いので、
「これは何の映像だろう?」というシーンも出てきますが、
前もって情報をインプットしておいたおかげで、全体的に理解できました。
(例えば野菜にガンガンかかっている液体は、水ではなく薬であろうとか。)

さてガタガタ音がする映写室の横を通って館内に入ると、
うちの客間2部屋分ほどの中に、ざっと50席。
一番前の列は、折りたたみ座椅子が床に置かれていました。
まるでホームシアターの様な設えです。
でもこれが穴蔵に入り込んだような感じで、結構雰囲気がよろしい。

映画は、前評判通りのものでした。
牛も豚も鶏も野菜も果物も同じ目線でとらえられ、
どのように育てられ収穫されるのか「事実を知りなさい」と迫ってきます。
そしてそれら全てが「生」ある「生物」であるはずなのに、
「生」が奪われた「物」として扱われている姿が淡々と映し出されます。
しかもそのほとんどがオートメーション化されているのです。

逆さに吊るされた豚はバーで固定され、
まるでチャックを開けるかの様に、
喉元から肛門にかけて機械のナイフが切り上げていきます。
そして鞄から小物がもれるかの様に内臓がぶわっと出てきます。

牛は額を電気ショックガンのようなもので撃たれると気絶した様になります。
死んではいないので、心臓は動き、血は固まりません。
どうもその「半死」の状態で解体が始まるようです。

これら屠殺の様子は、最近はYou Tubeでもよく観られるようになりましたので、
「初めて観る驚きのシーン」ではなかったですが、
それらを延々100分眺めていると、さすがに結構きます。

でも何が一番印象に残ったかというと、「人間」です。
屠殺や解体作業をする人々の姿が多く映るのですが、彼らは一様に「無表情」です。
撮られていることに恥ずかしさも怒りも見せていませんでした。
ただ無表情に淡々と作業をこなしているのです。
これが不気味でした。

例えば逆さにぶら下げられた豚の死骸が次々と流れてくる中で、
ただ豚の足をちょん切るだけの作業を延々と続ける女性がいます。
彼女は何の因果でこのような職につくことになったのだろう?
そして今彼女は何を思っているのだろう?
彼女にとっての人生の喜びってどんなのだろう?
つい、いろいろと考えてしまいました。

念のために書いておきますが、
私はこういった職につく人々を差別するつもりはありません。
むしろこういう作業をしてくれる人々がいるから、
私たちは多様な食事を得ることができていると感謝しています。
ところが映画だと何か違和感があるのは何故だろうか?

私は鶏をさばく時も、稲を刈る時も、キノコを採る時も、庭の木を切る時も、
心の片隅で彼らに「ことわり」を入れています。
「ご免ね。お前の命をいただくよ。ありがとう。」って。
ところが、この映画からはそんな気配は微塵にも感じられないのです。

つまりは、冒頭に書いた「生を奪われた物」に、
人間もなっている様に映されているからではないだろうか。
作業者が食事や休息を取るシーンが何度も出てきます。
その全てがつまらなさそうに見えます。
そして失礼ながら、「これが今日のあなたの昼食なの?」というレベルです。

セリフもナレーションも無いノンフィクション映画ですが、
監督の大きな意図を感じた作品でした。
いずれにせよ、「目をそむけずに事実を知ること」「それを意識におくこと」
の大切さを実感した次第です。
私は、見て、感謝します。

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