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同じネタで数日も置かずに書くのは申し訳ないのですが、
今、私は『清貧の思想』に夢中です。
仕事の合い間に、隙を見てはちょこちょこ読んでおります。
流し読みをしたくないので、ゆっくりと読んでおりますが、
これがまた楽しい。

この本では、日本の先人達が「清貧を尊ぶ思想」をいかに残してきたかを、
事例を挙げて紹介しています。
登場するのは、本阿弥光悦と母・妙秀、鴨長明、良寛、池大雅、
与謝蕪村、橘曙覧、吉田兼好、松尾芭蕉といった面々です。

各人にまつわるエピソードを紹介しながら、
「清貧の思想とは何ぞや」という意味が、
何度も刷り込まれていくような構成になっているのですが、
やはり読んでいくにつれて、私に合う人とそうでない人が出てきます。

私はといえば、もうすっかり鴨長明と吉田兼好を見直してしまいました。
鴨長明と言えば『方丈記』。
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。」に始まる随筆。
いわばエッセイ集です。

一方、吉田兼好と言えば『徒然草』。
「つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、」と続く、
同じくエッセイの名作であります。

でも恥ずかしながら私は、まさに上の数行の内容をただ暗記しただけで、
それ以上の学びをほとんどしないまま、この歳になっておりました。
今回、『清貧の思想』のおかげで、
ようやく著者の生き様や作風を知ることとなりました。

まず、鴨長明ですが、彼は「人生五十年」といわれた時代に、
ぎりぎりの50歳まで現世に執着しぬいて、願った就職が叶わず、
世からはじき出された恰好で、
めんめんたる未練と恨みをもって出家したとか。
文面ではこのように解説されています。

「これを現代のこととして言えば、会社人間としてひたすら会社のために働きつくしてきた人が、社内の人事や組織と衝突して、そのままならぬことに絶望し、会社勤めのごときに望みをかけることなく、一発奮起してどこか過疎村の廃屋にでも住み、だれにも拘束されぬ自給自足の百姓生活を始めるようなものだろうか。別に仏道修行しようというのではない。ただ気ままに、己れ一人の心身の自由と安心のために、世間一般とは違う生活を始めるのである。」

笑っちゃいますね。私は会社の人事に失望した訳ではないけれど、
最初に東京を捨てて八ヶ岳に向かった頃の自分がダブります。

でも、「ひとたび方丈の住居を始めるとそれを全面的に肯定し、
いわば方丈の哲学といったものを作ってしまうのが鴨長明だった。」
いやぁ愉快ですね。レベルは違いますが、
まるで私がこのブログで好きなように書いているのと同じではないか。

吉田兼好については、彼の人生観・死生観がとても似ていました。
「死というものは思いがけず襲いかかってくるものである。
だからこそ、自分が生きて今存在しているという、これに勝る喜びがあろうか。
死を憎むなら、その喜びをこそ日々確認し、生を楽しむべきである。・・・」
と続いていきます。

実は「死」に対する姿勢は少し私と違います。
兼好は「死を恐れなさい。そして生きていることのありがたみを知りなさい。」
と言っているように見えますが、
私は「死を恐れる必要はない。そんなことに心配するよりも、
今、生を受けている喜びを噛み締めて生きようではないか。」という説です。

でも共通しているのは、
「今、私は生きている!」という実感と喜びと感謝の気持ちです。
そういうところにとても共感を得ます。

総じて、私は、鴨長明のスタンスで、吉田兼好のような作風になればいいな。
つまり、「仏道修行をするほどの決心はつかないが、
小さな草庵で、そこにある(足る)ものでつつましやかに暮らし、
自分なりの人生観・死生観を持って、つれづれなるブログを書き連ねて過ごす」
生き方に憧れているのかもしれません。

ここまで書くと、カミさんの不安げな顔が浮かんできます。
実は以前、ある高名な占い師にみていただいた時のことです。
この方は、私とカミさんとの出会いを予言した人でもあるのですが、
彼が私にこう言ったのです。
「あなたは57歳の時に人生最大の転機を迎えるであろう。」

57歳というのは今から10年後のことですが、
カミさんはそれが自分たちの出会いを予言された人のセリフなので、
少し怯えているのです。

つまり、勝手に、
「この人は57歳の時に突然出家して家を出てしまうのでは?」とか、
「松尾芭蕉みたいにふいっと旅に出てしまうのでは?」
と思い込んでいる節があります。
ですから私が「草庵で静かに暮らしたい。」などと言うと、
「すわ、いよいよ始まったか!」と思いかねないです。

でもね、そんな心配をすることはないよ。
私は素晴らしい家族に囲まれていることに本当に感謝しているし、
正直言って、その喜びを手放したくないから。

ではその喜びと志の折り合いをどうつけるかと言うと、答えは明白です。
「敷地内に草庵を作るのだ!」
そして老後はもっぱらそこで悠然と暮らすのである。

敷地内の自然に身を委ね、
天(陽、月、星)と空(風)を知り、土と水と火を操り、森と生を崇め、
季節に得られる恵みを必要なだけいただけることに感謝し、
その喜びをエッセイ(ブログ)で書き留めることができたら、
これこそが我が幸せではないか。

思い起こせば、今いろいろとやっている暮らしって、
全てがそういうことにつながっているようにも思えるのです。
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