平成版「松下村塾」をつくる? |
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2008-07-05 Sat 00:00
先日、恵那の親父と夕食をとりながら話し込んでおりました。
因みに、私は若い頃からよく親父と飲みながら話をしたものです。 日常の出来事から、世相、政治、経済、諸々の話題は尽きず、 気がつくと明け方になっていたことも何度かあります。 「今時の親子関係で?」と、当時からも驚かれましたが、 親父はそれが自慢らしく、よく大阪はミナミの飲み屋に連れて行っては、 「歳の離れた弟や!」と周りに話していたものです。 先日は子育ての話題から始まりました。 U太の育児方針と環境づくりに関してだったのですが、 というのも、私たちが見るに、やはりU太はちょっと他の子と違うのです。 いやこれは親ばかで言っているのではなく、独特の感性を持っているのですよ。 例えば、同世代の子とお母さんが集まる場で楽器を持って遊ぶ時など、 「さぁみんな一緒に音を鳴らしましょう!」と促されても、 U太はあまり自分の楽器を演奏しないとか。 では楽器に興味が無いのかと思えば、さにあらず。 かみさん曰く、「他の子の演奏を聴いている」のだそうです。 そして、みんなの演奏が終わってから、自分のペースで鳴らして楽しんでいるとか。 また、最近はいろんな楽器を自由に選ばせるらしく、 他の子は競って大きな音の出るものを選ぶそうですが、 U太は最初の回の時にたまたま手にした地味な楽器をいつも選び、 悦に入っているとか。 他にもこれに類する逸話は数多くあります。 さてこれを見てどう判断するか? 一般的には、こんな見方になるのでしょうね。 「協調性や社会性がない」「積極性や創造力がない」 でも私たちはそれをU太の個性であり、感性だと捉えています。 でもこの「個性」と「協調性」って、相反するものだと見られがちですよね。 「子供の個性を伸ばそう。」と総論では賛成しても、 現場では「みんなで一緒」の協調性を促されるがゆえに、 結果として個性が消されてしまいかねません。 それも「発達障害になったらどうするのですか?」という決めセリフによって。 まぁ、現場の先生方の肩を持つ訳ではありませんが、 今時、先生方が「一人一人の個性を大切にする」なんて、厳しいでしょうね。 現実はそんなに甘くはないと思います。 だから学校に多大に期待すること自体、諦める方がいいのでは?とも感じます。 そういうこともあるからか、子供を学校に行かせない親も増えてきました。 一般的には「ホームスクーリング」というのかな? 親父との会話がこの話題に移り、いろいろ意見交換します。 例えばU太をホームスクーリングで育てるかどうかという点です。 そこで、まだ知識がほとんどない私の今の意見ですが、 私はU太をホームスクーリングでいくつもりはありません。 その理由の一つ目は、これを実践するには、 親にかなりの覚悟と、労力と、時間と、持続力が求められると思うからです。 やっている人はすごいと感服します。 はっきり言って、そこまで私はできません。 二つ目は、ここが加子母だからです。 加子母の小中学校ならば、 全国の平均よりは恵まれた環境で育てていただけるかもしれない。 そんな期待を持たせてくれそうな教育環境です。 実際に子供たちの姿はとても純で、微笑ましいですからね。 でも正直言って、上に書いた通り、学校教育だけで人が育つとは思えません。 もちろん家庭は大事ですが、その今時の家庭もねぇ・・・ (あまり無責任なことも言えませんが) そこで、やはり「塾」があっても良いのではないか?という話題になりました。 ここで言う「塾」は、試験で良い点数を取り、 合格するための勉強をする塾ではありません。 例えば、物事の状況を全体的に俯瞰(ふかん)して、現況を把握する力。 例えば、現象の原因を広い視野を持って探ることのできる力。 例えば、課題を抽出して整理し、解決の方策を速やかに示すことができる力。 例えば、起きている現象の分野だけでなく、他の分野との関連性の中で認識できる力。 例えば、自分の所属する組織や地域のことだけでなく、広い世界観を持って行動する力。 こういった力を伸ばせるような人間を育てる塾です。 性質的にはむしろ大人向けかもしれませんが・・・ そんな話をしていたら、黙って聴いていた親父がいきなり切り出しました。 「お前がそういう塾を作れ。」 「???」 あのねえ、そんなに簡単にそんな塾ができたら誰も苦労しませんよ。 「でもお前がやらんで誰がやる?」 「はいはい、分かりました。考えておきますよ。」 その場では軽く流しましたが、 「環境」と「食」についてこれからまい進していこうという身で、 加えて「教育」というのはねぇ。 関心はありますが、中途半端になりそうで・・・ ところで、その時の会話で、どちらともなく出たのが「松下村塾」です。 「あれのお前版をやればいいではないか。」と親父は言いましたが、 私がやるやらないは別にして、確かにイメージは近いかも。 当時の社会情勢の中で生まれた塾ですから、 それなりに偏ったスタンスがあったかもしれませんが、参考にはなります。 そこで調べてみました。 すると知らなかったことがワラワラと。 吉田松陰が指導した松下村塾って、三年間しかやらなかったんですってね。 そんなに短い期間で、あれだけの大きな影響力を持ち、多くの人材を出したんだ! すごい!すご過ぎる! いやはや、「松下村塾をイメージして私が作る」なんて、とても恥ずかしくて言えませんよ。 身の程知らずもほどがありますね。 でも、上に挙げたような人材が育ってほしい、 そんな塾があればという希望は変わりません。 これからぼちぼちその道を探してみることにします。 ぼちぼちとね。 ↓応援(一日1クリック)していただけると励みになります。 |
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| もりのいえ 山暮らし日記 |
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