吉村医院に滞在中、私がU太にあげた誕生日プレゼント。
プラスチック系のおもちゃは極力避けたいのだけれど、
吉村医院のプレイルームにあったトーマスのミニチュアを
U太がとても気に入ってしまい、抱きしめて離さない風情だったので、
それから気をそらす目的もあって、買い与えました。
傍に組んだのは余りのパーツで私が作ったトンネルです。
トーマス缶

もうすっかりこのトーマスが気に入ったU太は、
どこに行くにも持っていきます。
ところが所詮ブロックですので、よく外れます。
両手で抱えてタタタタと走り、ステーンところんではトーマスがバラバラになり、
その度に何度泣いたことやら。


さて、帰宅後は私が家事をするようになり、
そのあおりを受けて以前ほどU太に構えなくなった話は書きました。
U太に構えないどころか、
私のプライベートタイムはこのブログを書いている時くらいなものです。

そこで恵那のじいちゃんに来てもらい、U太の相手をしてもらうことにしました。
ばあちゃんは外出していたので、KAN太との面談は後日です。
さてやってきたじいちゃん、
最近は何度もU太と会っているので、今では随分と気心が知れてきており、
早速U太の遊び相手になってくれました。

その姿を見て、「しめしめ」とほくそえんだ私は家事に専念することができました。
(とは言っても、プライベートタイムが増えなかった事実は変わりませんが。)
かみさんもKAN太相手に専念できて、ほっと一息です。

一日ご機嫌に過ごし、夕方にはじいちゃんと私はU太と温泉へ。
温泉ではいつもよりも長く湯船に浸かり、出た後もご機嫌でした。
帰宅後、私が夕食の支度をしている時も、
じいちゃんと楽し気に会話している声が聞こえてきました。

そして、「ではいただきますをしよう!」と声を掛けた途端、
U太の表情が硬くなりました。
じっと私の顔を見ながら、ご飯茶碗を押し出し、「いらない。」と一言。

どうして?お前は何が不満なんだ?
庭の池で捕った岩魚の塩焼きが、じいちゃんと私の前にだけあって、
お前の前には無いからか?
だから「お父さんが魚の身を取って、U太にあげるからね。」と言っているじゃないか。

すると、U太は突然寝室のお母さんのところに走っていきました。
KAN太が寝るか寝ないかという様子だったので、
かみさんは食卓にまだついていなかったのです。
「そうか、お母さんが食卓にいないから不満なのかな?」
そう捉えていると、寝室から大声で泣く声が聞こえてきました。

近づくと、「お腹、痛い!」と叫んでいます。
かみさんはその発言を聞いて、
「おやつのブドウをあげすぎたからお腹を冷やしたのかな?」と心配していますが、
真意は判りません。
ただ、夕食前に何度か母のところに来ては「痛い」と訴えてはいたらしい。

なかなか泣き止まないU太にどうしたものか、
ともかくじいちゃんと私は夕食を食べ始めました。
というのも、私は夜に地域の会合があるため、
早めに食事を済ませる必要があったのです。

ところがそうこうするうちに、今度はKAN太が泣き出しました。
途方に暮れる母をヘルプしてKAN太をあやします。
そうこうするうちに、「U太は熱があるかも。」とかみさんが気づきました。
測ってみると38.7℃。
U太にとれば何度か経験した体温ですが、半年以上はなかったものです。

熱もさることながら、大声で悲鳴を上げながら泣きじゃくるU太が不憫です。
「やっぱりお腹を壊したのかなぁ。冷えたブドウをあげ過ぎたか?」
と反省しつつ、よくよく母子のやりとりを見ると、ちょっと違う点も感じます。

母「どこが痛いの?」
U太「ここ!ここ!」と手の平を指差します。
母「手なの?」
U太「ここ!」ここ!」と、今度は足をさすります。

その様子を見て、私は何となく感じました。
「U太が痛いのは、心?」

聞いたことがあります。
下の子が生まれると、精神的な不安定さから、
本当に熱を出したり、体調が悪くなる子がいることを。
U太ももしかしてその症状か?

真の原因は分かりません。
でも目の前で彼が泣きじゃくり、熱を出しているのは事実です。

さてどうしたものか?
これは私の勝手な判断でしたが、幸いにKAN太の方が収まってきたので、
「じいちゃんもいることだし。」ということで、私は会合に出掛けました。
ところがその間、かみさんは相当参ったらしい。

帰宅するとげんなりしたかみさんの姿がありました。
結局KAN太も泣き出し、泣きじゃくる二人に挟まれてしまった様子。
流石にじいちゃんもそこまではフォローできないわな。

その後、KAN太は私が見て、相当時間がかかったけれど、何とか睡眠へ。
一方U太は相変わらずの状態でした。
私は翌朝4時半に起きる必要があったので、眠らせてもらいました。

でも朝3時頃に再び泣くU太の声で目が覚めました。
今度は私の手を取って、自分のお腹に持っていきます。
U太からそんな仕草を見せるのは初めてのことです。
そこで腹ばいになったU太の腹に右の手の平を、
背中に左の手の平を当て、その時の私にできる最大の愛情を込めて祈りました。

「どうかこの子の心と身体が癒されますように。
そのためならば私は命をかけましょう。」
大袈裟かもしれないけれど、本心です。
子供を持つということは、そういう心境になるということなのでしょうね。

その後もU太はなかなか寝つけなかったようですが、熱は下がりました。
そして朝には機嫌が治り、割と普段の様子です。
昼には待望の大便が出ました。
二日間出ていなかったので、それも腹痛の理由かと勘ぐっていたので一安心です。
少々軟便でしたが、下痢ではなかったので二度安心。

一晩を振り返り、改めて考えます。
きっと幾つかの要素が重なってのことだと思います。
本当にお腹が痛くなる要素もあったことでしょう。
私が風邪っぽいというのもその一つかも。

環境がコロコロ変わったのもあるでしょうね。
そして、じいちゃんが来たものだから、
いきなり任せてしまったのもまずかったかもしれない。

結局のところ、明確な原因がはっきりした訳ではないのですが、
限られた時間の中でも、もっとU太を見つめる必要があるのだろうな。
胸の内ではいつも思っていても、現実には「量」も大切です。
そんな私の気持ちを察してか、
上目遣いで「今は甘えていいの?」と訴えてくる姿がいじらしいです。

それでも昨日の私は外出が三回、来客が二回あり、
なかなか構うことができませんでした。
自宅の来客中は、一人で絵本や図鑑を見て独り言を言っています。
うーん、辛いなぁ。
これでは今度はお父さんの方が、知恵熱が出そうです。

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「その後」がシリーズ化しておりますが、今日は酵素玄米の話題です。
お産前にご報告した酵素玄米。
その後もずっと続けております。
ちなみにこれが前回も紹介した「二日目」の酵素玄米です。
二日目ブログ用

そしてこれが「二日目と四日目」を並べた図です。
四日目となるとそこそこ色が濃くなっています。
三日目からアミノ酸化して、とても栄養価の高いご飯になっているのだとか。
二日目と四日目

加子母に戻ってからも続けて炊いていますが、
これが「初日と、たぶん七日目」のものです。
七日目の方は結構濃いですね。
初日と7日目?

この酵素玄米、「いつでも、好きなだけ」
熱々のご飯をいただけるのが嬉しいところです。

そして酵素玄米を食べている限り、おかずは少量でも良いとのことで、
今の私たちの暮らしにピッタリです。
何せ家事と子供に追われていますので、
炊事に十分な時間を割けないものですから。

また、排便がとても調子よろし。
吉村医院に居候していた頃、かみさんは酵素玄米を食べていましたが、
私は医院が作ってくれた白米を優先して食べていたので、
酵素玄米はあまり口にしていなかったのです。

それが今では毎食酵素玄米になり、効果テキメン!
もう「一日2m」いっているんじゃないかという心地良さです。

ということで、本当に助かっているのは良いのですが、
少々難点も見えてきました。
ご飯の減りが早いのです。
二日に一回、一升ずつ炊いております。

これって、大人二人と幼児の食卓にしてはすごくない?
はっきり言って、食い過ぎ?
調子に乗っている?
もうしばらくしたら落ち着くとは思いますが・・・

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ご近所からいただいたサツマイモ。でかい!
今は何をいただいても「お祝いに」となるので、
かえって気軽にいただいております。
(ゆっさん、本をありがとう!)
サツマイモ

お産以来、できるだけ暗い場所にKAN太を置いていたので、
なかなか写真を撮ることができませんでした。
それに、目を開けることもあるのだけれど、
何故かカメラを向けると閉じるので、
「KAN太は目が開かないのか?」と思う人がいたかもしれません。

そこで昨日の日中、やや明るめの部屋で、
KAN太がご機嫌な時を見計らって撮影しました。
それにしても、こいつ、本当に生後一週間か?
何だか風格があると思いません?
私は故大平首相かと思いましたよ。
そして何だか物思いに耽っておられます。
物思いに耽るs

これなんかね、国民に何かを約束しているみたいではありませんか?
かみさんも、「自分が親でなかったら取り上げない写真だよね。」。
これはKAN太の名誉のために補足しておきますが、
決して「ぶさいく」だと言っているのではなく、
何か不思議な存在感を感じるのですよ。
「あんた、突然しゃべりだすんじゃないでしょうね?」という感覚です。
約束しますs


さて、お産前に書いた「骨盤合わせ」ですが、
実際にどうなったかを報告しておきます。
結論から書きますと、初日から大幅にゆるくなりました。

というのも、実際に始めてやってみると分かりますが、
赤ん坊が泣いたりすると、どうしても身体をずらします。
「どんな時もじっとし続ける」というのは、結構厳しいものです。

私が傍から見ていてもそう感じるのですから、本人は尚更でしょう。
ですから、「もう無理をするな。」と声を掛けました。
だって、あまりに無理をするのって、かえって不自然でしょ?
そしてできる範囲でということで、
「可能な限り部屋から出ない」「移動は四つんばい」程度におさめました。

そして、友人からの紹介で、野口整体の先生に来ていただきました。
最初は「退院時に行きます。」と伝えたのですが、
「それは大変だ。退院前にそちらに行きましょう。」となった次第。

さて来ていただいて、早速に診てもらいます。
産後数日後でしたので、母親よりもむしろKAN太をよく診てもらいました。
「カニババは十分に出ていますか?」と訊ねられましたが、
きっとカニミソみたいなうんこのことでしょうね。
「それなら大量に出ました。途中はババロアみたいにプリンプリンしていましたよ。」
と伝えたところ、「それでよし。」とのこと。
とにかく今は肝臓が大切なのだそうです。

母体も診てもらいましたが、概ね良好とのこと。
ただし、実際には産後3週間くらいに診るのがベストらしく、
後日来てくださいとのことでした。

そしてその際に改めて骨盤合わせの方法について教えていただきましたが、
私たちが本で読んだように厳密でなくても、
例えば四つんばいになっても良いとのこと。
なーんだ。だったらできるじゃないか。
「最初からきちんと話を聞いておけば良かったね。」と二人で苦笑いです。

で、今はどうしているかというと、やはり「できる範囲で」です。
ですからかみさんは極力布団に横になっていますし、
起き上がっても四つんばいが多いです。
たまに立って歩いていることがあり、
「おいおい大丈夫か?」とこちらが声を掛けています。

もちろんKAN太を抱いたままでは歩きません。
できるだけ平静に。
そしてそのフォローを私がしているという次第です。
でも当初覚悟していたほどではないので、
かみさんとKAN太に関してはそれほど負担がないです。

何が負担かというと、やはりU太との時間の作り方ですね。
この三週間でこれまで以上に「べったり」になってしまった私たち。
「とーたん!」と呼べばやってきてくれる存在が、
帰宅した途端に態度が変わってしまったのでは可哀想です。
でも現実は厳しい!

幸いなことに、お産後特にむずかることもなく過ごしてくれていますが、
私たちが相手できない時に、一人で遊んでいる姿をみると、いじらしいです。
ということで、今日は恵那のじいちゃんにヘルプに来てもらうことにしました。
じいちゃん、よろしく頼むよ!

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昨日の朝、目覚めたら7時!でもまだ眠い。
やはり家に帰り着くまでは気が張っていたのでしょうね。
ここにきて、身体の底の疲れが出てきたように感じます。
ちょっと風邪っぽいし・・・

でも実はこれからこそがやること満載なのです。
少々重い身体を起こしながら、ぼちぼちと用事をこなしていきます。
これからしばらくの間は、
炊事・洗濯・掃除といった家事全般は私がすることになっていますので。

家事そのものは嫌いではありません。
つい数年前までの独身生活中はそれなりにこなしていました。
自分で言うのもなんですが、結構マメにやっていたのですよ。
「お嫁に来て欲しい!」と多くの女性に頼まれたものです。

ところが今や状況が違います。
例えばこんな感じです。

「さて、洗濯から始めようか。」
「とーたん、一緒に線路作ろう!」
「はいはい。でも洗濯の段取りをしてからね。」
「そうだ、その前に、薪ストーブに火を点けよう。」
「でも酵素玄米が無くなったから炊かねば。」
「とーたん、絵本読んで!」
「はいはい。でも今はね、精神を落ちつかせねばならないのだよ。」
「とーたん、お腹すいた。」
「はいはい。とりあえずふかしたサツマイモでいいかい?」
洗濯機のブザーが鳴る。
「はいはい。脱水をかけようね。」(うちは懐かしい二槽式なのです。)
「とーたん、遊ぼうよ~。」(足にすがりつく。)
「お、もうサツマイモを食ったのか?そうだな。洗濯物を干したら遊ぼう!」
「KAN太の汚れおむつがすごいペースで増えているからヨロシク~!」
(寝床からかみさんが叫ぶ。)
「はいはい。それから先に洗いましょうかね。」
「こんちわ~。宅配で~す。」
「はいはい。」
「とーたん、見て見て~!」(自分で組んだ線路おもちゃを見せたがる。)
「おお、すごいなぁ。自分で組んだのか。」と拍手。
「さて、次は何をするんだっけ?そうだ食事の支度だった。」

という具合です。
午後には来客もあり、U太を寝かしつけ、ようやく荷物を片付け始め、
前回ろ過した廃食油を「よきかな号」に補充し、
そうこうするうちにU太が目覚め、そのまま温泉に連れて行き、
帰って夕食の支度と片付け、留守中にお世話になったお隣にご挨拶、
かみさんのマッサージ、KAN太の沐浴、そしてU太と絵本を読み、
あっと言う間に一日が過ぎました。

世の中のお母さんたちって、みんなこうやって育ててきたのですかね?
改めて尊敬です。
自分の時間はおろか、家の他の作業や、
田畑などの外作業にはまるで目を向けられません。
そんな最中、隙を見てメールをチェックしていたら、驚くべきメールが!

その内容を書く前に、過去のいきさつを説明します。
私はISO22000という、食品安全に関する審査員資格を持っています。
今はその資格でコンサルティングをしている訳ですが、
「講師にならないか?」という話が以前から舞い込んでいました。

講師とは、ISO22000を推進しようとする企業担当者や、
この先指導者や審査員になろうとする人たちに向けての講習会の講師です。
つまり、私がかつて受けた講義を、今度は逆に指導する立場という訳です。

そういう立場にはいきなりなれる訳ではなく、
まずは書類審査があり、これは既に送りました。
そして実際に自分が講義する講習会のオブザーブを二本こなして、
試験を受け、ようやく講義できるというものです。

このオブザーブの日程については、
講習会主宰会社(日本でも指折りの会社です)の担当者から
「10月か1月に受けてください。」との依頼メールが来ていました。
10月というのはお産直後だし、あまりに余裕がないので、
「1月からにして下さい。」とメールを送り返したのが、お産直前です。

「1月だったら我が家の暮らしもひと段落し、
次なる仕事に取り組む準備もできるわい。」
と、たかをくくっていたところに、昨日メールが届きました。

「12月に予定している講習会の講師が参加できなくなりました。
つきましては12月に講義していただくために、
10月中旬の講習会をオブザーブしておいてください。」とのこと。

ええ~っ!あと2週間じゃないか!
しかも、講習会の前にペーパーテストがあり、
講習会当日の朝にもテストがあるとか。
ということは、この2週間で勉強し直せってか?

もちろん断ることもできます。
でも、こういうのを「チャンス」と言うのではないのか?
スポーツの世界ではよくありますよね。
レギュラーが突然怪我で欠場したけれど、
控え選手がいきなり活躍してレギュラーになってしまうという、パターンAです。

そこでかみさんに相談です。
つまりはかみさんに負担がかかることになるのですから。
「・・・それだったら、その時期は実家に帰ろうかな?」
実家と言っても、同じく子供を産んだばかりの妹が既に帰っています。
ということは、その時期、実家はすごいことになるってか?

まぁ、細かい段取りは後で考えるとして、ともかく依頼を受けることにしました。
でも正直言って家事だけでも大騒動なこの状況で、
勉強をする時間と場所を確保できるのか?
要は「夜、寝るな!」ということか?
断酒ふたたびか?
ブログを書いている暇はあるのか?
新しい暮らしに向けて、いきなりの試練が目の前に!

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吉村医院を退院し、加子母に戻ってきました。
私は二回、一時帰宅したけれど、かみさんは実に19日ぶりです。
お産までの二週間はゆったりしていたけれど、
お産後はあっと言う間だったなぁ。
本音を言うと、あと一日あればなお良かったかな?
でもあまりに長居しても失礼だから、こんなもので良かったのかも。

18泊もの吉村医院での滞在の間、
吉村先生はじめスタッフの皆さんには本当にお世話になりました。
改めてお礼申し上げます。
おかげでかけがえのないひと時を過ごすことができました。

特にO婦長さんにはすっかりお世話になりましたし、
また有名になられましたね。
「これからご指名が増えるかもしれませんね。」と茶化すと、
「胸に『O婦長』と書いた名札をつけようかしら。」と返す、
お茶目なところもある方です。

一昨日、吉村先生の診察を受けました。
「どこも何も問題無し!」との言葉に、「そうでしょうとも。」と頷く私。
この子は本当に恵まれた体躯を持ってやってきたように感じます。
吉村先生の診察

その日の昼時、面白い出会いがありました。
お産の部屋にあった巨大ビーズクッションがとても使い心地良いと言うので、
同じようなものを求めて買い物に行った時のことです。

ニトリでは欠品。無印良品では高級過ぎ。ジャスコでは取り扱い無し。
「仕方ない。このまま帰ろう。」と、
U太を抱き上げて駐車場までの階段を下りていたら、
「すいませ~ん!」
と駆け下りて来るジャスコの店員さんに声を掛けられました。

「はい?何か?」
「あの~。U太君ですよね?」
「は、はい。」
失礼ながらまじまじと眺めさせていただきましたが、
どう考えても初対面の若い女性です。

「私、masanのブログを読んでいる者です。」とのこと。
「そして、今は岡崎に滞在されているとのことで、
いつかは会えるかもと願っていたのですが、
たまたま目の前を通りかかられたものですから、つい声をお掛けしました。」
ですって!

いつかは会えると言ったって、岡崎市は広いですよ。
加子母でも知人に会わない時は長い間会えないのに。
それにしてもよくU太が分かりましたね?
しかもすぐに名前が出るところがすごいです。

しかもその方、苗字が私たちと同じでした。
こういうことってあるのですね。
何かご縁があるのでしょうね。

Mさん、今回はその後の予定があったのでゆっくりお話できませんでしたが、
いつか加子母にも遊びに来てください。
そしてお産の時は是非吉村医院にお越しくださいね。
受付で上のいきさつを話されると、きっとより親身になっていただけると思います。

そんな素敵な出会いを経て、夕方には吉村医院の方々との懇親会が開かれました。
実は私は自ビールを持ち込んでいたのですよ。
それの味見をしましょうということで、ただの味見会だったはずが、
素敵な持ち寄りがあり、吉村先生もやってきて、
結局大層な宴会になっていきました。

行灯とロウソクの灯だけで、ムードある「夜の会」です。
ちなみに左の奥で椅子に座っているのが、KAN太を抱いたかみさん。
左手前の頭が光っているのが、吉村先生です。
夜の会

ありがたいですねぇ。
私たちははっきり言って、ただの利用者なのに、
こんなにも親しくさせていただき、感謝です。
ご縁の深さを感じます。

こうして吉村医院での本当に素敵な時は流れ、
いよいよ現実の暮らしに戻ってきました。
でも、何かしら出発前とは異なる流れを感じます。

暮らしのリズムの組み方、
家族のあり方、
生計の立て方、
これらの基本的なスタンスが大きく変わったように感じます。

つまりはこれだったのかな?長い逗留の意味は?
とても意味のある時を経たお陰で、
これから先の暮らしのあり方について考える機会が
やってきたように思えてなりません。

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ついに名前を決めました。
発表する前に、もったいぶって経過を報告します。

男の子の場合に使いたい文字として、「滉」もしくは「晃」がありました。
「水と日の光」あるいは「日の光」なんて格好いいじゃありませんか。
読み方はともに「コウ」でした。

これらの字に何を続けるかですが、これが難航しました。
いろいろ候補が出た挙句、絞られたのが「気」です。
そして「晃気(コウキ)」が良いのでは?とかみさんに持ち掛けました。
「日の光の気」=「太陽エネルギー」なんて、良い名でしょ?
でもかみさんからはスッキリした返事をもらえません。

そこで、「ここは一旦頭を白紙にして考えよう。」ということで、
持ち込んでいた命名本を一から読み直すことにしました。
この時に「男の子用」の命名本をよくぞ持参していたものだと思います。

その際に基準としたのは、何と言っても本人の醸し出す印象です。
かみさんは産まれる前は、私と同じく女の子を想定していたこともあり、
「和」「花」「菜」「咲」といった文字を入れたがっていました。
そして実際に赤ん坊を見てかみさんが感じた印象は、
「光」「土」「根」「和」「待つ」「動じない」だそうです。

私はと言えば、第一に「逞しさ」です。
他には「周りに惑わされない、己の判断力」でしょうか。
かみさんの「動じない」に通じます。
これはやはりお産の時の状況が影響を与えていると思います。
そして見た目から受ける印象は、
「どっしり構える」「竹を割った性格」「和(大和)の男」です。

さて、これらの印象を基準にして、
命名本に紹介されている使用可能な文字全てと、数千もの名前一覧を眺めつつ、
これという文字を組み合わせること2時間。
その中から20数個の名前候補を絞り込みました。

この時点で新たに登場したのが、「郷」「豪」「貫」の字です。
まさかこのような文字がリストアップされるなんて、我ながらビックリ!
やはり生まれてからイメージってできるものなのですね。

そして携帯の姓名判断サイトでチェック。
結果、15程度の名前が平均以上ということで残り、
それをかみさんに再び伝えました。

さて一晩経ち、かみさんと協議を始めます。
かみさんは「郷太(ゴウタ)」「貫太(カンタ)」、
私は「郷介(キョウスケ)」「貫太(カンタ)」に絞り込んでいました。

そこで、パソコンで改めて画数を確認したところ、「貫太」がダントツに良かった。
「U太」もかなり良いのですが、同等かそれ以上に良かった。
ならば、二人とも挙げていることだし、とりあえず「貫太」にしてみようか?
と仮決めしました。

そして最後に大切な事をしました。
それは本人への確認作業です。
赤ん坊を抱き上げ、「どうだ、貫太で良いか?」と訊ねました。
すると、かすかに「ニヤッ」と笑った!ような気がしました。
ということで、第二子の名は『貫太(カンタ)』に決定いたしました!
寝顔


そこで、改めて「貫太」という文字を眺めてみます。
「太く貫く」
これはまさにお産の時に証明してくれました。
何といっても3800gですからね。身体全体ががっしりしています。
よくぞ産道を破らずに通ってきたものだ。

そして「貫く」には本人の強い意志を感じます。
図太い神経も感じます。そういえば「骨太」に字が似ているか?
よし、イメージ通りだ。
人にも説明しやすいです。

ところで、「貫太」と聞いて、真っ先に何を思い浮かべますか?

ある人は『寺内貫太郎一家』かもしれません。
そういえば、小林亜星に似ているか?いや失敬。

韓国のスターに「カンタ」という若者がいるのですってね。
初めて知りました。

『のだめカンタービレ』を浮かべた人はいるでしょうか?
実は「カンタ」とは、歌うことを意味するようです。

そして何と!夏にSVOワークショップをした時に、
和歌山から来てくれたIさんのお店が『カンタ・デル・ソル』ではないか!
スペイン語で「太陽の歌」という意味らしい。
だんだん「カンタ」の印象がアップしてきたぞ。

そして、ベンガル地方の刺し子のことも「カンタ」と呼ぶらしい。
うんうん、面白くなってきた!

ということで、すっかりこの名を気に入った私です。
これからは「KAN太」です。
「U太」ともどもよろしくお願いします!

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昨日は赤ちゃんの初沐浴でした。
赤ん坊にとっては初でも、私は三年前にやったことなので、
それほど緊張することはありません。
でも細かいことは忘れていました。

三年前は緊張したなぁ。
私にとって初体験というのもありましたが、
U太が結構繊細だったので、ちょっとしたことに反応し、
その度にこちらがおどおどしたものでした。
首がカクンとなる度に、「外れるんじゃないか?」なんてね。

今回は二回目という以上に、赤ん坊の身体がしっかりしているので、
その点とても気が楽です。
それに「泣く時は泣く、泣かない時は寝る」とはっきりした子なので、
いくら泣いてもこちらは気になりません。
わんわん泣く姿にも動じず、淡々と沐浴を進めます。
1初沐浴

前回と異なるのは、傍でU太が見つめていることです。
2見つめるU太1

他人事のようにに眺めているけれど、
お前も三年前はこの場所でこうだったのだよ。
ほれ、これが証拠だ。
三年前のU太

早々に沐浴は終了。
ずっと泣き続けの赤ん坊でした。でも平気。
(早く名前で呼んでやりたいものです。)
3沐浴終了


さて、無事お産を終えたところで、一つ暴露する話があります。
今回のお産の予定日ですが、ずっと「9月13日」と言ってきました。
これは吉村医院で計算された日ではなく、
自宅に近い診療所に行った時に告知された日だったのですが、
実は私たちは最初からこの日を疑っていました。

一番そのことを感じていたのは、かみさん自身です。
もともと生理の期間が平均とは違うことに加えて、
U太と近い日程ならば、仕込みの時期から計算して大体のことは分かります。

その辺りの事情は診療所でも説明したらしいのですが、
そこは隣市の悪名高いG病院から派遣されているお医者さん、
客の言うことなど聞かずに、
ただ単純に平均値から計算して予定日を告知されたのでした。

そしてかみさんが独自に計算して出た予定日は「9月19日」でした。
たとえ13日が予定日であっても遅れることで動じるつもりはありませんでしたが、
上のような裏話があったので、尚更焦ることなく「その時」を待ち、
ほぼ予定日通りに生まれてきたということです。

ならば、何故3800gもあったのか?
普通に考えると、「お腹の中に長くいたから大きくなった」となるのでしょうが、
O婦長さん曰く、「赤ちゃんを見る限り、長くいすぎたような様子ではない。」とのこと。
つまり、この子は「もともと大きい子」だったのです。

それでも、実はお産一週間前に診察を受けた時、
「もう骨盤に頭が入っているから、正確には測れないよ。」と注釈されながらも、
「3940g!」という数値を見た時はおどろきましたねぇ。
「それでもまだ出てこないこの子は、出てきたら4kg越えか?」
と、正直言って母体を心配しました。
でもそれほどでもなくて安心です。

ということで、振り返れば、結局「予定通り」に生まれてきました。
いろいろとご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。

今回の出来事で明らかになったことが二つあります。
まず、吉村先生の言う通り、「予定日なんて大したことではない!」ということ。
皆さん、予定日よりも少し早いと安心し、あまりに早いと心配します。
そして予定日を過ぎるとまた心配します。特に周りがね。
そんなにこちらの思うような都合で自然は働かないですって!

もう一つ。
「ならば、何故、私たちは9月7日から移動したのか?早過ぎたのではないか?」
ということです。
これについては、かみさんが私に掛けた言葉でお答えします。

「普通だったら、『こんなに早くから大騒ぎさせて、人騒がせな。』
と言われてもおかしくないのに、
一言もそんなことを言わないでくれて、ありがとう。」

へへ。私がそんな台詞を言う訳がないでしょ?
むしろかけがえのない、一生の思い出を作ることができました。
これは赤ん坊がくれたプレゼントです。
産まれてくる前から物語を作るなんて、粋なヤツではありませんか。

そうそう、早くお前の名前をつけようね。

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お産が済むと時間が経つのが早いです。今日でもう四日目ですからね。
お産前は時間が止まったかのような世界に浸っていましたが、
今は時計の針が動き出したのを感じます。

昨日はU太と一緒に加子母に向かいました。
お産前にも一度同じようなことをしましたが、
あの時は「早く岡崎に帰らなきゃ」というのが頭の片隅にあって、
いそいそと作業をしたものでした。あれから10日経ったのだなぁ。

今回の一時帰宅の目的は、次の二つでした。
・吉村医院の部屋に溜まった荷物の一部持ち帰り
・加子母のあれこれ用事をこなす

昼食は恵那のじいちゃんばあちゃんと待ち合わせて一緒に。
ばあちゃんから消防車プレゼントをもらったけれど、
寝起きで食卓について、調子が出ないままに終わったU太。
ま、こんな時もあるよね。(帰宅後は喜んでいました。)

加子母の自宅に到着すると、
やはりU太は何かにつけ私と一緒に過ごしたがるので、
やりたいことがなかなかはかどりません。
それでもうろちょろしながら細かい用事を済ませます。

・家の全ての窓を全開して空気を入れ換え、
・車の荷物を降ろし、
・溜まった郵便物をチェックし、
・新しい廃食油ろ過システムのサンプルを取って確認し、
・ろ過後の燃料をよきかな号に補充し、新たにろ過を仕込み、
・烏骨鶏を久しぶりに日向に出してやり、
・ゴンに餌をあげ、
・鉢ものに水をあげ、
・大根畑に張っていたネットを外し、幾つか間引きし、
・家のメンテをしてくれていた数人の方にお礼の電話を入れ、
・吉村医院のスタッフが望まれたので、「もりのいえ出張販売」の準備をしました。

今回、嬉しい風景が一つ。
田んぼで黒米が花を咲かせていました。
1黒米育つ

凛々しいですね。
2黒米アップ

一方、コシヒカリは既に頭を垂れていました。
3コシヒカリ育つ

同じ米でこれだけ成長度合いが違うのですね。
やはり来年は田んぼを変えて育てよう。
4コシヒカリアップ

畦豆は順調に育っているようです。
大きく膨らむ時が楽しみです。
5畦豆育つ

田畑の周りは雑草がすごいことになっていたけれど、
まだ見なかったことにしておこう。

そんなこんなで気がつくと16時になっていました。
岡崎に帰らなきゃ。

そして最後に散髪をして水シャワーを浴び、岡崎への帰途につきました。

移動中もやることがありました。とても大切な作業です。
それは「名づけ」。
男の名前を全く考えていなかった訳ではないですが、
いざ本人が産まれてきたことで、新たに沸くイメージから名前を連想します。

かみさんはかみさんでイメージしているようですが、
私の印象としては、やはり「3800g!」というのが強烈ですね。
この体重は、一般的には一ヶ月検診の時の体重に近いとか。
顔も身体つきも見るからにがっしりしていて、存在感があります。
私は初めて対面した時、真っ先に「朝潮」をイメージしました。

そして「泣く時は泣く」「泣かない時は寝る」とはっきりとした性格のようです。
泣いている時も、「赤ん坊はこうやって泣くのだ!」と模範を示してくれているようです。
U太は微妙な様子の時が多かったので、違いは歴然です。面白いなぁ。

さてこの印象からはどんな名前が出てくるか?
私は幾つか浮かんだのですが、かみさんとの協議がまだ済んでおりませんので、
後日結果を発表させていただきます。
どちらにせよ、早く名前で呼んであげたいので、遠からず決めることになるでしょう。
お楽しみに。

そんなこんなで岡崎に着いたのは19時。
慌しく夕食を済ませ、U太とシャワーを浴び、しばらく遊び、
昨日一日もあっと言う間に過ぎました。
きっとこれからもこんな時の流れ方なのかな?

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U太が産まれた時にも感じたことですが、
自然出産というのは子供が産まれた瞬間から新しい暮らしが始まってしまいます。
「しばらくの間は産院が赤ちゃんを預かって、親は一休み」
なんてことはありませんからね。
ですから産まれた夜はいきなり四人での就寝となりました。

しかもかみさんは「骨盤合わせ」に挑戦中ですので、動きたくても動けません。
やおら私の役目が増える訳ですが、結局「ま、寝ようか。」となりました。
そして皆が床に入ってからブログを更新してその日はおしまい。

目が覚めれば覚めたで、やれ洗濯だ、赤ん坊のおむつ換えだ、
かみさんの手が届かないものを取ってくれだ、食事の片付けだ、
U太の相手だと言っているうちにあっと言う間に一日が過ぎました。
そこで、思い出がかすれないうちに、今回の感動シーンを振り返っておきます。

「二人目のお産は楽」とよく言いますよね。
「楽」には二種類あって、「時間が早く済む」「痛くない」ということなのでしょうが、
うちのかみさんの場合、
二人目でもそこそこ時間がかかるのではないかと私は想像していました。
でもそれは決して悪いことではなく、自然体で臨めば良いことです。

そして予想通り、かみさんの陣痛はゆっくりと、実にゆっくりと進みました。
「横になっているとかえって間隔が長くなるようだから。」と部屋を出て、
「お産の家」の土間に腰を下ろして呼吸を整えるかみさん。
1土間で息を整える

部屋に戻って、U太の時に比べると余裕の笑顔。
雨戸を締め切り、行灯の灯を小さくした中で、妖しい(?)雰囲気のある絵ですね。
3余裕の母

U太も加わり、ゆったりとした時が流れます。
2ゆったり母子

そんな中、小さな「事件」が起きました。
部屋から離れて機嫌良く遊んでいたU太が、
たまたまどこかの角に頭をぶつけたのです。

こういう時、U太は劇的に態度を変えます。
それまでいくら楽しく私と遊んでいても、決して私には近寄りません。
さっと母のところに走って行き、抱きつくのです。

その時も同じく母の元に走ろうとしました。
でも、既に母の陣痛間隔が縮まっていたこともあり、私が制止しました。
U太を抱き寄せ、「お母さんはね、今は自分のことで大変なんだ。
だからU太を抱きしめることができないんだよ。」とゆっくりと伝えました。

それをじっと聴いていたU太、しばらくの間はぐっと唇を噛み締めていましたが、
私が続けて、「これからはね、今までのようにU太が困った時や悲しい時に、
すぐにお母さんが抱きしめられない時があるかもしれない。
でもだからと言ってお母さんがお前を大好きな気持ちは変わらないからね。」
と言った時、突然大声で「わーん!」と泣き出しました。

涙をボロボロ落としながら泣き続けるU太。
私の手も振りほどき、一人突っ立ったまま泣いています。
これは彼にとれば初めての試練でしょうね。
私はその姿をじっと見つめていました。

ほどなくして泣き止んだU太。
その後、少々センチな顔をしながらも涙を見せずに母がこもる部屋に入りました。
その姿を見て私はほっとしました。
「この調子だったら、お産の瞬間にも立ち会えるかもしれない。」

部屋の中では次第に陣痛の間隔が狭まってきました。
今回見ていて感心したのは、
かみさんがセルフコントロール(自己管理)していたことです。
やたらに声を上げたり、息を大きくせずに、静かに時をやり過ごしていました。

すると、今度はU太が飽き始めました。
陣痛がある時は母をさすったりして健気なところを見せていましたが、
陣痛が来ない時は普通に会話できるものですから、
「何でお母さんが自分の相手をしてくれないのか?」とでも思ったのでしょうかね?
お母さんにちょっかいを出したり、周りの器具に手を出し始めました。

「やはり長丁場では持たないかな?」と諦めかけた時から、
次第にかみさんの様子が激しくなってきました。
陣痛の最中は顔をしかめ、高い声を出すようになりました。
それをじっと眺めていたU太、こらえ切れずに再び大声を上げて泣き出しました。

「ああ、持たなかったか。」
少々がっかりして外に連れ出しました。
私は今回のお産で「自分が取り出したい。」と志願するほどの気持ちだったのですが、
やはりU太とのコミュニケーションを最優先することにしたので、
彼が部屋に入れないということは、私も立ち会えないということです。

廊下でしばしU太をあやしますが、激しく泣く様子は変わりません。
もうすっかり諦めた私は、離れた部屋に彼を連れていこうとしました。
すると、拒否をするではないですか!
「どうしたんだ?」
「(お部屋に)もどる!」
泣きながら母のいる部屋を指差して叫びます。

そこで私は言いました。
「いいかい?あのお部屋に戻りたいのだったら、泣いていては戻れないよ。
お前が泣き止んだら戻ることもできるけれど・・・」

すると驚くべきことに、私がそう話した途端、何と彼は急に泣き止んだのです。
顔を覗き込むと、唇をぎゅっと噛み、
上がってくる嗚咽を必死でこらえています。

その様子をしばらく眺め、再び私は話しかけました。
「お前はあのお部屋に戻りたいのだね?」
頷くU太。
「じゃぁ、もう泣かないのだね?」
再び頷きました。

そこで、意を決して私はU太を抱きかかえ、再びお産の部屋に戻りました。

そうやって部屋に入った時、中の雰囲気は一変していました。
お産がピークに向かいつつあったのです。
最初は仰向けや横に寝ていたかみさんは、
O婦長さんの勧めもあり、四つんばいになっていました。
この姿勢は見ている側にとれば結構インパクトがあります。
まさに「生き物のお産」に立ち会う気分が高まります。

私たちは母のすぐ隣に座りました。
赤ん坊が出てくる場所がすぐ目の前に見えます。
U太を見ると、私に腹を合わせるように抱っこされて座っていますが、
顔はお母さんの方をじっと見据えています。
彼なりに状況の変化を感じ取ったのだと思います。

ほどなく、吉村先生が部屋の中に入ってきました。
U太が私に抱かれながら母を凝視している姿を見て、にこにこされています。
そのように見られていても、周りの景色が入らぬかのように固まっているU太。

やがて本格的なピークを迎えました。
時折り大きな声を上げる母の姿を見て、「また泣き出すかも」と思ったその時、
彼はそれまで抱きかかえられていた私の腕を自分から外しました。
そして逃げ出すのかと思いきや、私のあぐらに尻を乗せ、
母の方を真っ直ぐに見るように自分で姿勢を作ったのです。

これには驚きました。
その後、彼はずっと前を向き、お産の場面を見つめていました。

「次か、その次くらいで、『はぁー』と声を出し続けましょう。」
O婦長の指示によって最後の場面が始まりました。
自然体で見るつもりでも、この場面ではどうしても力が入ります。

ようやく頭が出た時は正直言ってほっとしました。
「もうこれで大丈夫。」
ところがこの子、身体全体が大きいものですから、
意外にもここからが大変でした。
最後の力を振り絞り、子を産み出す母。

やがて、膝立ちをした母が手を下げて赤ん坊の頭を支え、
自分で取り出すような姿勢で子が出てきました。
その後ゆっくりと姿勢を変え、仰向けになったところで私たちが近づき、初対面です。
4初対面1

吉村先生は自分のカメラをお持ちでなかった様子で、
「あんたのカメラで写してあげよう。」と申し出てくれたのですが、
このデジタル一眼レフは光が少ない時の扱いが難しいのですよ。
先生も「何だこれは?本当に写っているのか?」
「おい、U太。こちらを見るんじゃない!」とぶつぶつ言いながらの撮影です。
5初対面2

「先生、カメラを返してください。」と言って、フラッシュを点いて撮ったのがこれ。
7母子

しばらくの間は母の胸の上で赤ん坊はすやすやと過ごしていました。
その姿を眺める私たち。
「ようこそ、『もりのいえ』へ。これからお前も仲間だよ。」と声を掛けました。

その間、私はU太に話しかける時に不都合があることに気付きました。
「U太、この子がお前の妹だよ。」と言えばよいのか?
「お前の弟だよ。」と言えばよいのか?
それが分からないと、どうも会話が進みません。
そこで、「ところでこの子はU太の妹でしょうか?弟でしょうかね?」と声掛けました。

「そうですね。そろそろ見させてもらいましょうかね?」と応えるO婦長さん。
こういう話題を真っ先に取り上げない雰囲気が私は好きです。
そしておもむろに赤ん坊を持ち上げて見てみると、
何と!おちんちんがついているではないか!
思わず笑い出したかみさんと私でした。

というのも、すっかり女の子だと信じていたのですよ。
というのも、近所の助産婦さんがそのように言ったものですからね。
そして、私も「女の子狙い」で産み分けに挑戦していたものですから。
だから実を言うと、女の子の名前を中心にリストアップしていました。

「なるほどねぇ。」と私。
だから出るのを躊躇していたのかな?
もっとも、男の子だからと言ってガッカリした訳ではありません。
もちろん嬉しいです。ただ・・・

その気配を感じてか、かみさんの方が先に口に出しました。
「・・・これから相当騒がしくなりそうね。」
そうだね。男共が田畑や山や家中を走り回る『もりのいえ』になりそうです。
ま、それも良いではないか。

そしていよいよ「へその緒切り」の儀式です。これは前回と同じく私の役目。
U太も誘いましたが、さすがに引いていましたね。
「切っちゃ駄目!」と小さくつぶやいていました。
お前は本当に心の優しい子だからね。残酷に見えたのかもしれない。
(最初、O婦長さんの顔を隠していたのですが、
『顔なし女』みたいで嫌!と言われたので顔出しします。)
8緒を切る

ということで産まれたての次男です。
とても産まれたばかりとは思えないほど、しっかりとしています。
O婦長さんも「全てが大きいですね。」と感心していました。
9生まれたて

最初はこわごわと見ていたU太ですが、
私が抱く頃にはリラックスしてきました。
頭をなでなでしてにこっとするU太。
お前もついにお兄ちゃんになったね。
そしてお前が成長した瞬間を見せてもらったよ。
91父と3

そして我が家にやってきた赤ん坊よ。
よくぞうちにやってきた!
これからヨロシクな!
92アップ10

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私は今、久しぶりに断酒を解き、心地良い気分で一日を振り返っております。
この度は第二子の誕生に多くの祝福をいただき、誠にありがとうございました。
ここに深くお礼いたします。

改めて報告しますと、
2008年9月20日(土)20:08に、男の子が生まれました。
体重3800g、身長53cm、頭周り36.5cm、胴周り35cmの大きな子です。
92アップ10

そして母は疲れてはいるものの元気です。
今回は出血がありませんでした。私はこれがとても嬉しいです。

かみさんへ。
本当によく頑張ったね。
傍で見ていても前回よりもとても上手だったと感じました。
ピークになるまでほとんど声を上げませんでした。
そしてゆったりと、確実に事を進めてくれました。
ありがとう、かみさん。本当にご苦労様。

そしてO婦長さんはさすがでした。誘導が見事でした。
私たちは全く不安を感じることなく、全幅の信頼を寄せることができました。
深く深く感謝します。
U太の時に取り上げてくれたHさん他のスタッフの方々にも感謝します。
もちろん吉村先生もありがとうございました。

お産の状況をライブでお知らせしましたので、
大体の雰囲気は伝わったかと思いますが、
やはり最後あたりは書くどころではありませんでした。
そしてその最後に素晴らしいドラマがありました。
それについてはこれからぼちぼちと振り返っていきますね。

特に今回、第二子の誕生はもちろん嬉しい限りですが、
私にとれば今回はU太の成長を間近で見ることができた、
とても貴重な瞬間でした。

U太にとってもきっと人生の転換期となった、
言わば通過儀礼だったように思います。
よく頑張ったね、U太。
お父さんはお前を見直したよ。

そして、見守って下さった皆さん、本当にありがとうございました。
改めて感謝します。
一日のトータルアクセスが1000を越えるなんて、かつてあっただろうか?

そして、こういう場で申し上げるのも恐縮ですが、
しばらくの間は面会をお断りできればと願っております。
これは以前から夫婦で話し合ってきたことでして、
「お産後しばらくは家族だけで向き合って静かに過ごしたい。」
という想いからきております。

どれくらい「しばらく」かと言いますと、
吉村医院での滞在中はもちろん、
できれば10月一杯くらいまではご遠慮願いたいと考えております。
どうか私たちの意図を汲み取っていただき、
ご協力いただけますよう、よろしくお願いします。

その代わり、ブログは日々更新していくつもりですので、
変わらずご贔屓の程、よろしくお願いします。
まずはお礼と、ご報告まで。

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2008.09.20 20:08
U太そっくりの、元気な大きな男の子が生まれました!
ありがとうございました!
2008.09.20 18:00
8~9cm開いたそうです。
部屋にこもります。
2008.09.20 16:30
3年前のU太はこの時間帯に生まれました。
今回は全体的に数時間ずれているように感じます。

陣痛時には顔をしかめるようになりました。
吉村先生登場。でもまだ控え室におられます。
昨夜は一睡もしていないとかで、憔悴していますが、声は元気です。

U太にはとっておきの「集中ネタ」を披露。
トーマスのYou Tubeです。
おかげで何でも言うことをきいてくれます。

そろそろ私もこもろうかな?
2008.09.20 15:10
ほぼ5分感覚になってきた様子です。
陣痛の最中は、会話に頷くだけのことが増え、
歩くことはできるものの少々辛くなってきたようです。

U太は昼寝から気分よく目覚めました。
かつては昼寝後に機嫌が悪い時が多かったですが、最近はご機嫌です。
お父さんが甘いせい?
今はお母さんに「♪咲いた、咲いた♪」と大声で歌ってくれています。

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2008.09.20 13:15
11:40 事務の方が来られ、「陣痛開始、おめでとうございます!」と祝っていただく。
その後、横たわる。
「何か欲しいものはあるかい?」と訊ねると、
言いにくそうに「プースの石釜プリンを一口食べたい。」と言う。

この店は岡崎でも有名なパン屋らしく、
以前行った時もかなりこだわった品揃えに驚いたものです。
これは一例。
プース

その時に名物の石釜プリンを買い損なったことを思い出し、
「一口だけでも!」とつい口に出した様子。

「ならば、O婦長さんに断って買ってこようか?」
「ううん、いいの!」と強くかぶりを振るかみさん。

そこでこそっとO婦長に相談しました。すると、
「どうぞ、どうぞ。今食べたいものを今のうちに食べておいてください。」
とのこと。

そのことをかみさんに伝えると、俄然注文が増えました。
「えとね、タマネギの味噌炒めを食べたい。」「お安い御用で!」
「鰻も一口食べたいな。」「う・うなぎですか!はいはい。」
「クリームコロッケもいいなぁ。」「おいおい、大丈夫か?」
ここにきて「今のうちに」欲が一気に出てきた様子。

11:50 ということで、U太と一緒に買出しに出掛ける。
途中、「ピザ系のパンも欲しい。」とメールが入る。何でも言うがよい。
プースについては時間があればまた紹介します。
とにかく面白い店です。
「妻が陣痛で、こちらのプリンを食べたいと言うのです。」と伝えると、
とても喜んでいました。

岡崎の自然食料スーパー『ヘルシーメイト』で冷凍鰻と冷凍クリームコロッケを買う。
私も少々慌てていたのか、
「鰻かクリームコロッケを下さい。」と訊ねて、店員を戸惑わせました。
「鰻とクリームコロッケ」ですよね。
両方をゲット。

12:30 U太、車中で寝る。
今のうちに寝ておくと、午後起きていられるだろうから、そのままにしておく。

12:40 5分強ほどの間隔の合間を縫って昼食。
「U太の時に比べて苦しくはないのよ。」と首を傾げながら、
希望通りの品に囲まれ、ご満悦の様子です。

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2008.09.20 11:25
ゆっくりと、ゆっくりと間隔が短くなっている様子。
まだ横たわらず、「お産の家」の中を歩き回っています。
でもお腹はもうカチコチ。
赤ん坊が出る準備をして、ギュッとちぢこまっているらしい。

U太はずっと「新幹線(のYou Tube)を見たい!」を連発。
今日は無礼講で観たいだけ観させていますが、ほどほどにね。
彼も少々ソワソワしているように見えます。

私は今のうちにと20分の仮眠。
「いつでも」「どこでも」「すぐに」寝られるのが特技です。
おかげで気分スッキリ!
受け入れ準備万端です。
2008.09.20 08:25
「蒸し野菜と目玉焼きを食べたい。」と言うので、さっと作る。
食べられる時に食べる方がいいので、7時50分頃から朝食。
8時ごろに吉村医院の朝食もきて、U太も一緒に食べる。
間隔は6~7分に縮まった様子。

吉村医院では朝6時にお産があったらしく、
O婦長はじめ皆さんは連チャンらしい。
ご苦労様です。ありがとうございます。
2008.09.20 さて、
朝3時過ぎに少し痛みを感じたらしく、でもそのまま寝入り、
4時過ぎにも繰り返し、
私がかみさんの大きな息づかいに気づいたのが5時15分。
8分間隔を確認して、O婦長の携帯と吉村医院に連絡したのが6時15分過ぎ。
ほどなくO婦長がやって来られて心音を測り、
「ゆっくりと進んでいますね。」との診察。

U太はすっきりと目覚め、朝から大好きな新幹線映像を観てご機嫌です。
台風(というほどではなかったけれど)一過、爽やかな朝が始まりました。
昨日、かみさんの妹が二人目を出産しました。
陣痛が始まってすぐに産まれたらしいです。おめでとう!

片やこちらは変わらずのんびりペースです。
昨日、お腹の子の心音を測りましたが、問題はなし。
吉村先生の診察でも、
「全く問題なし!既に子宮口が開いておる。始まったらすぐだぞ!」と太鼓判。
「大体、予定日なんていいかげんなものだ。そんなものを信じる方がおかしい。」
と、いつもの吉村節です。

事務の方も、
「2~3週遅れの方をよくみているので、一週間遅れなんてどうってことないですよ。」
とおっしゃいますので、ますますのんびりしております。
加えて吉村先生から「あんたたち、ここでずっと暮らしなさい!」
とまで言われております。

そんな温かい雰囲気もあり、決して強がりではなく、
本当に全く心配しておりません。
ただ「その時」が自然にやってくるのを待っているだけです。

ただ、私たち自身も「何か身体に良いことをすれば、なお良いかな?」
とは考えています。
特に、加子母と異なる気候と、普段慣れないエアコンで少々体調を崩したこともあり、
「身体を冷やさない」ことに注意を払ってきました。

O婦長さんもその辺りを察して、おもむろにある物を持ってきてくれました。
それは「ビワ葉温灸セット」です。
これは太い「もぐさ」に火を点け、
ビワの葉をもぐさで温めながら肌に触れるというものです。
以前からとても関心を持っていましたが、ビワの葉を直接当てるのは新鮮です。
1ビワ灸セット

まず、二本のもぐさに火を点け、煙が落ち着くのを待ちます。
そして片方の手に濡らしたビワの葉の表が下になるように持ち、
温度調節のための布を被せます。
2ビワ葉に布

そして灰が落ちないように作った箱を重ね、もぐさを置きます。
3紙箱にビワ灸

この一式を片手に持ち、肌に触れながらササッと動かしていきます。
「こんなもので何が良くなるのか?」と見た目には思いますが、
私もやってもらったところ、結構気持ち良いのですよ。
それにもぐさの香りが心身共に癒してくれます。
4ビワ灸足裏

U太はといえば、心音を記すグラフが面白いらしく、じっと眺めています。
5子供の心音

一昨日には「イトオテルミー」なるものを体験しました。
イトオテルミーについては、こちらをまずご覧いただく方がいいかな。
使う道具についてはイトオテルミー親友会のサイトから下の画像をいただきました。
6イトオテルミー

理屈はビワの葉温灸と同じだと思いますが、結構はまっている人が多いと聞きます。
今回は「岡崎支部長」なる人のお宅を訪問し、施術してもらいましたが、
かみさん曰く、「すっごく上手だった!」と感激しておりました。

その後かみさんがしたのは、自宅でも何度かしていた「ヨモギ腰湯」です。
一般には「浴槽に腰まで浸かる方法」が有名ですが、
私たちは夏に講習を受けた若杉友子さんの指導法でやっています。
それは、「腰のみ温める方法」です。つまり足首は冷やしません。

実は私は経験ないのですが、かみさん曰く、「こちらの方がより温まる」のだとか。
ヨモギはうちの畑で嫌ほど育ちますので材料には困りません。
しかも「援農隊」がたくさん乾燥ヨモギを集めてくれたので、当分は大丈夫です。

そして今回私がはまったのが、「せんねん灸」です。
これは商品名ですが、皆さんご存知ですよね。
これが私の身体にヒットしたのです。

実はかみさんには内緒にしておりましたが、
私は岡崎に来る2週間ほど前から腰痛が再発しておりました。
加えて岡崎に来てからはU太が私にべったりで、
何度もおんぶをせがむものですから、なかなか良くならなかったのです。
でもこの「せんねん灸」のお陰で随分とましになりました。

この商品はいろいろとランクがあり、
「初めての方は一番弱い『ソフトきゅう竹生島』から始めてください。」とあります。
この会社、滋賀県長浜市にあるからか、地域なじみのネーミングが多いです。
『ソフトきゅう竹生島』の次に強いのが、『レギュラーきゅう伊吹』で、
その後『みそきゅう湖国』、『しょうがきゅう八景』、
そして一番強いのが『にんにくきゅう近江』だそうです。

私たちは最初に『レギュラーきゅう伊吹』を買いました。
それを試してみると、効く箇所と効かない箇所がある。
レギュラー

ならばと、『にんにくきゅう近江』を買い、一気に最強に挑戦です。
これが効くのなんのって!
にんにく

お陰で我が「お産の家」部屋は、とても線香臭くなっております。
そして突然我が部屋に来られる方は、
夫婦共に上半身裸になって、お灸し合っている姿に面食らうかもしれません。

そしてとどめは毎晩のマッサージです。
足の付け根に加えて、最近は肩甲骨のマッサージを強めています。
この場所はお産にも深く関係があるのだとか。
昨夜はここを中心に、一時間半もかけてじっくりと揉みました。
おかげでかみさんは身体ホクホク。随分と硬さも取れたようです。
このマッサージを続けたれたことが私の自慢かな?

ところで、初めて「せんねん灸」を買ってきた時のことです。
かみさんが言いました。
「『せんねん灸』ってどこに置いたっけ?」
私、「あ、ここだよ。」と押し入れに取りに行って手渡しました。

それをしばらくの間(本当に1分以上)眺めていたかみさん。
「あの~、これって『せんねん灸』じゃなくて、『洗面器』だよ。」
大ボケです。
久しぶりに腹筋が痛くなる笑いでした。

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「今日はどこに行こうか?」
朝のかみさんの具合を聞いて変化がなければ、いつもの会話が始まります。
昨日はU太が「ぞうさんに会いたい!」というので、家族で東公園に行きました。

外は雨ですが、U太にはあまり関係ないのでしょうね。
周りに誰もおりませんが、カッパを着て一人遊具で遊んでおります。
この直前には滑り台も滑り、一発で下半身がビショビショになっておりました。
1雨の中遊ぶ

さぁ、お目当てのぞうさんコーナーへ。
ここには「おやつやり器」という装置があります。
リンゴやサツマイモを切って入れた、一皿50円のおやつを購入し、
この装置の横穴に入れます。
2ゾウ餌いれ

おやつはベルトコンベアーで塀を越え、ぞうさんの足元に届くようになっており、
私たちがおやつを入れたことに気づくと、ぞうさんが近づいてきます。
そして鼻で器用にベルトコンベアーを動かし、
3引き寄せる

あっと言う間におやつを食べてしまいます。
4食べる

そして「ごちそうさま」のポーズなのか、毎回このような顔をします。
5満足気

最初は引いていたU太ですが、一度おやつをあげると、
「もいっかい」と言って、おやつ売り場に走っていきました。
6覗き込む

雨の動物園はまるで貸し切り状態。
刺激が欲しいU太にも、歩く必要があるかみさんにも良い運動となったようです。
かみさんは最後のあたりでは「お腹が張る!」と、
フーフー言いがら歩いていました。
頑張れ!もうすぐこの努力も報われるよ。

さて私はと言えば、別の刺激を受けてしまいました。
道端でキノコを見つけてしまったのです。
しかも巨大!
不食(毒だったかな?)のキノコですが、私の気持ちを揺るがすには十分でした。
7大キノコ

ここ岡崎でのお産滞在の間は、加子母での暮らしについては完全に封印し、
田畑の管理や、草刈りや、二階の改修や、家の片付けなど、
もろもろの作業については「考えないこと」にしていました。
毎日眺める「Things to Do」リストも、ずっと開いておりません。

でも当然ながら分かっていたのですよ。
既にキノコシーズンが始まっているということを。
「そうは言っても、今年はほとんど無理!」と諦めていたのに、
出先でもキノコを見つけてしまう性(さが)よ。
ううう・・・

でもここはきっぱり気分を戻しましょう。
今はお産と家族の方だけを見守ることにします。
それにしても精神的に毒な刺激でありました。

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吉村医院に居候して12日目の朝を迎えました。
O婦長さんによると、お産前に吉村医院に滞在する人は大勢いたけれど、
夫が仕事にも出掛けずに、これほど長く一緒に付き添うケースは無かったそうです。
つまり私は、吉村医院始まって以来の記録を更新し続けているということか?
もしかして国内を探しても稀有な存在かもしれません。

最近特に思うのは、「私は試されているな。」ということです。
今回のお産の準備骨盤合わせ、そして長期待機などなど、
「さぁ、お前はどうする?」と、自然の大きな力から訊ねられているように感じます。
大抵の場合、深く考えずに、大きな流れに身を委ねる側を選んでいますが・・・

「試されている」といえば、随分前からU太に試され続けてきました。
それは、「線路遊び」です。
『BRIO』と呼ぶ木製の線路を組み合わせる遊びですが、
これが事の他、バリエーションがあります。

これでどうやってU太に試されているかと言いますと、
まず彼が幾つかの線路をつなぎ始めます。
その様子を見て、私が加わるのですが、その前ににこう訊ねます。
「U太、今日は何を作るの?」
すると彼はこう答えます。
「ゆうやけ!」

「線路で夕焼け?」そりゃないよね。
でも依頼された以上、そのように作るところが腕の見せ所です。
ポイントは、
「U太の作ろうとする流れを生かすこと」
「過去にとらわれないこと」
「作る前にやたらイメージしないこと」です。

そうやって出来上がった作品をご覧ください。
メインテーマは全て『夕焼け』です。
それぞれにつけたサブタイトルは、完成品を見て私が勝手につけたものです。

『サブマリン』
1サブマリン

『空中散歩』
2夕日2

『U太がほぼ一人で作った夕焼け』
3U太の夕焼け

『眠る仏陀』
4寝る仏陀

『座禅』
5座禅

『きのこ』
6キノコ

『吊り輪』
7吊り輪

『逆80』
8逆80

そして、「お産の家」に移って早速作ったのがこれ。
タイトルは『ゾウリムシ』とでもしておきましょうか。
9お産の家で早速

結構バリエーションが広がるでしょ?
これは結構即応性を試され、頭の体操になります。
さて次はどんな作品が出来てくるのかな?

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先日ちらっと紹介したこの本
お産本

改めて読むと面白いわ!
特にイラストとの相性がとても良いです。
サイトも覗きましたが、本ほどのノリではないものの、とても好感をもてる場です。
近くにあったら即通ったかも。

この本の中で、今日のブログタイトルそのまんまのページがあります。
奥谷さんのノリノリ文体で書くことはできないけれど、簡単に要約します。

・・・・・・・・・・
・出産で開いた骨盤は、いわば今までの身体の使い方を一度リセットしたような状態。
・だから産後にうまく骨盤を閉じられたら、人生を生まれ変われることができる。
・その方法が「骨盤合わせ」。
・お産の後、骨盤は片方ずつ徐々に閉じていく。
・左右の骨盤が揃ったところで起き上がると、すっときれいな形に骨盤が閉じてくれる。
・このタイミングで起き上がれると、出産前よりも身体が整う。

その方法は、
・産後動かないでじっとしていると、
 閉じている側の骨盤が「ガガガガ!」と動くのが分かる。
・その時、閉じている側の体温が少し高くなる。
・だから左右の脇の下の体温を測り続けることで、その様子が分かる。
・最後に左右の体温が揃ったところで終了。
・でも大切なのは本人の感覚。

そして、
・三回目に左右の体温が揃ったところで起き上がる。
・それまでは起き上がらないこと。座ることも、歩くことも、トイレに行くのも不可。
・起き上がった後、一度正座で30分~1時間ほど座り、その後また寝る。
 (初産の人は一晩)
・その後は普通に動いてもよいが、三週間は家事をしてはいけない。
・することは赤ちゃんの世話のみ。

たったこれだけなので、いたってシンプル!
・・・・・・・・・・

だそうです。
そしてこの骨盤合わせに要する時間は、平均して三日だとか。
かみさんはタイトル通りの心境だそうです。
さぁ、どうする?
どうするって、本人の覚悟は当然のこと、
むしろ「夫がどうする?」ということですよね?

つまり、骨盤合わせの間は、家族全員の相手を私がするということです。
妻のトイレなどの介助(?)もすることになるのでしょう。
そして最低三週間は、私が家事をするということです。
その上で、既に溜まっている作業をこなすことになります。

で、あまり考えずに、することにしました。
だって、これがうまくいくことで妻の人生がより素晴らしいものになるのでしょ?
うまくいけば、更年期障害もクリアできるとか。
ならば協力しましょうよ。歳を食ってから長くお互いに苦労するよりはいいです。

もっとも、これを実施するには、医院の協力も必要です。
その点、吉村医院は私たちの意を汲んでくれ、
早めに「お産の家」で受け入れてくれました。
だから後は「その時」を待つのみ。

ということで私が本当に試されるのは、その瞬間以降ですね。
今、家族とゆったりと向き合って過ごしているのは、
それに向けての「序章」のようなものです。

ただし、あまり無理はしません。
あくまでも「できる範囲で」という姿勢です。
でないと身体がもたないし、逆効果になりかねませんからね。
さぁ、どうなりますか。
「その時」はまだです。

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お産はまだですが、お産後の暮らしをイメージして、あることを始めました。
それは、「酵素玄米」です。

酵素玄米と聞いて、知っている人は知っていますが、
知らない人は知らないでしょう。(当たり前か。)
ここで間違えないように注意してほしいのは、「玄米酵素」とは違います。

私は酵素玄米について十分に知っている訳ではないのですが、
現在での理解を整理しますと、まず酵素玄米の特徴として次の点があるようです。

・玄米(一升)と小豆(半合)を一緒に炊く。
・炊いた後は、70度程度の保温ジャーで24時間保温し続ける。
・美味しくなるのは炊いて3日後以降。10日間くらいもつ。
・白米は勿論、通常の玄米ご飯よりも数段高いエネルギーを持ち、心と身体に良い。
・玄米ご飯のように、よく噛まなくてもよい。

特に三つ目の特徴は、これまでのご飯のイメージからするとかなり常識はずれですが、
そのおかげで、「いつでも玄米を食べられる」状態をキープできます。
これが、お産後の私たちの暮らしを助けてくれそうです。
しばらくの間は、食事はもちろん、家事全般を私がすることになるでしょうからね。

さてこの酵素玄米、
「では早速炊いてみようか。」と思い立っても、事は簡単に進みません。
実は、かなり特殊な仕組みで炊き方が広がっているのです。

まず、酵素玄米の講習会に出る必要があります。
講習会で、酵素玄米にまつわる講義と、炊き方の「作法」を学びます。
実はこの講習会に参加しないと、
酵素玄米を炊く道具一式を購入することができないのです。
その一式とは、圧力釜、24時間高温保存が可能なジャー、その他もろもろです。

「その圧力釜やジャーのメーカーを探して、同じ品番のものを買えば良いではないか。」
と誰しも考えるでしょうが、そうは問屋が卸さないのがミソです。
その講習会を主宰する会用に特殊に手を加えたものでないと駄目なのだそうです。
それが何かは当然企業機密です。

ちなみにこの講習会は全国で行われており、参加費は無料です。
でも毎回の講習会での参加者リストの有効期限は二ヶ月で、
それを過ぎると購入することはできません。
再び講習会を受ける必要があります。

ここまで読んで、「怪しいなぁ。」と感じる人は多いと思います。
私も思いました。でも幸いなことに、
かみさんが以前勤めていた「シャロム・ヒュッテ」では酵素玄米を炊いていたので、
その良さはかみさんが知っていました。
そして講習会と主宰する会が決して怪しいものでないことも分かっていたので、
要は、私たちのどちらかが、いつ講習会を受けるか?ということだけでした。

そして、今回吉村医院にやってくる前に、私がその講習会を受けてきました。
その様子は機密事項もあるでしょうから記載しません。
ただし撮影とメモを取ることは可能でしたので、こちらに情報は手に入りました。
その講義と作法がかなり特殊でしたが、(面白いと書けば失礼なので書きませんが)
私は共感できました。特に講義の内容は私の考えに近いものでした。

さて、では道具を申し込むか?
実は一式8万円近くかかるのです。
「ご飯を炊くのに8万円?」ですよね。
そして実は、
「会が手を加えていなくてもいいから、同じ品番の道具を安く購入して炊いてみる。」
という人は結構多いようです。

でも、「この先、『酵素玄米を炊いています。』と表現するならば、正規の道具を買おう。」
と話し合い、一式を申し込みました。
すると、不思議なものです。
その翌日に、「実は正規の道具一式を持っているのですが、差し上げましょうか?」
という方が現れました。

「え、タダでいいの?」
「結構です。」とのこと。
ありがたいことです。遠慮なくいただきました。
そして一旦申し込んだ一式はキャンセルしました。

最近こういう話が多いです。
「欲しいなぁ。」と願っていると、やってきます。
階段箪笥もそうでした。SVOもそうと言えばそうです。
ありがたい限りです。

やがて私たちはお産に備えて岡崎に移り、日が経ちましたが、
「ここらで一発、炊いてみるか?」となりました。
実は道具一式を車に積んでいたのです。
(今日のブログはやたら「実は」が多いですね。)

幸いなことに、「お産の家」では一般の台所と同じだけの設備が整っています。
それに使う人が限られているので、かなり自由に使わせていただけます。
そこで初めて炊いてみました。

この場で「作法」を披露できないのは残念です。
それだけで十分ブログネタとして耐えるでしょうから。
横で見ていたO婦長さんは、しきりに感心して(呆れて?)いました。

そして実は、その気になって検索すれば作法は出てきますが、(また『実は』)
会への敬意を表して私は書きません。だって「秘伝」だと教えられたのだから。
それに、やはり前半の講義を一度は聴くべきだと思うんですよね。
それが「魂」の部分だと思うから。

やがて炊き上がった我が最初の酵素玄米!
初めてにしては、「秘伝」通りの時間配分で、美味しく炊き上がりました。
でも実は、この画像は二日目のものです。(しつこい)
そして実は、「二日目が一番不味い」と言われています。
二日目ブログ用

そんな酵素玄米、これからはうちの定番になりそうです。
美味しくて、日持ちして、いつでも食べられて、心と身体に良い。
これが本当ならば、こんなにありがたいことはないですね。
心を込めて炊かせていただきます。
そしてこの先の変化が楽しみです。

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今日の午前中に、これまで滞在した吉村医院・本棟から、
「お産の家」に移りました。

さすがに9日間も滞在すると、部屋の中はすっかり生活モードになっており、
全ての荷物を部屋から出すと、まるで引越しの様相です。
そしてこの部屋ともお別れとなると、何だか寂しい気がするものです。
居室前


この部屋での滞在中にしたことと言えば、「食う」「寝る」「遊ぶ」。
私の人生を振り返ってみて、一週間以上もこんな過ごし方をしたのは初めてでした。
ある意味で、とても得がたい経験です。
(そして今も続いているのですが・・・)

荷物を全て「お産の部屋」に移し、
お世話になった助産婦さんたちにご挨拶をしました。
というのも、「お産の家」に入ると、
担当のO婦長さん以外とはほとんど会わなくなるのです。
「長らくお世話になりました。」と挨拶をして回っていると、
もう既に出産を終えて退院をするかのような気分です。

そして「お産の家」での暮らしが始まりました。
部屋は三年前にU太が生まれた部屋です。
今度は押入れがあり、荷物がすっきりと収まりました。

やっぱりここは落ち着くなぁ。
何と言ってもこれまでと違うのは、「静けさ」です。
周りとは隔絶されたかのような空間で、家族だけの世界に身を置きます。
これからここでお産まで待ち、ここでお産し、その後もしばらくここで過ごします。

昼食は部屋の中のちゃぶ台で。
ちゃぶ台は我が家にもあるけれど、食事の場面では使っていませんでした。
親子4人くらいまでなら、このサイズで十分だなぁ。
むしろ家族の絆が強くなるような気がします。
(モノトーンにすると、昭和初期みたいでしょ?)
ちゃぶ台モノトーン

午後の昼寝の後、少し買い出しに出掛けて、戻ってからはずっとこの部屋で。
夕食後、これまではプレイルームで遊んでいたので、
U太はそちらに行きたがるかと思いきや、
私の膝に乗り、絵本を読んだり、童謡を歌うことをせがみます。
その姿を見て微笑みながら体操をする母親。

やっぱりこういう過ごし方がいいね。
結局、私は30曲ほども歌うことになりましたが・・・

多くの方々が今回のお産を見守っていてくださっていることに感謝します。
後は本人が良かれと思う時に出てくることでしょう。
みんなで自然体で待つことにしましょうか。

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加子母を出る前にご近所からいただいたメロンが食べ頃を迎えました。
朝食前に贅沢にいただきました。
メロン


ついに、「お産の家」に引っ越すことになりました。
「すわ、お産間近か?」という訳ではなく、
吉村医院側のいろんなご配慮の末のことです。

「自然な、しあわせなお産」を標榜する吉村医院は、
様々な活動が取り上げられていますが、
その中でも「古屋(ふるや)労働」「『お産の家』でのお産」が有名です。
このうち、「古屋労働」は誰でも可能ですが、
「『お産の家』でのお産」が出来る様になるには、
実は幾つかの条件が揃う必要があります。

これには、「お産の家」の立地が大きく関わっているようです。
吉村医院の敷地内、本棟のすぐ隣に建つ「お産の家」ですが、
どういう経緯でこうなったのか、本棟からの動線がストレートではありません。
ルートは三つあるのですが、どれも一旦履物を履き、屋外に出る必要があります。
これが助産婦さんの動きを制約することになっている様に思います。
つまり、余裕がある時でないと使えないのです。

まず、「絶対安産間違いなし!」と
吉村先生が太鼓判を押した妊婦さんでないと、「お産の家」でのお産は許されません。
何かが起きた時は病院(本棟)の方が設備が整っていますからね。

そして、助産婦さんの動きを集約するため、
お産が重なっていると「お産の家」は使えません。

また、現在は「お産の家」の担当助産婦さんはO婦長さんのみとなっているので、
Oさんが勤務の日でないと「お産の家」でのお産は不可能です。

加えて、「お産の家」でのお産は費用が少々高くなります。
ですから、「『お産の家』で産めたらいいなぁ。」とイメージしても、
「お金がかかっても、是非こちらで産みたい。」という意思がないと、
なかなか思い切れないのは事実です。

これらの条件を満たしていても、
「お産の家」でのお産を希望する方が多い場合は、もちろん早い人順です。

それに、いつも吉村先生がお産の場に同席してくれるとは限りません。
よく講演に行かれるし、他の行事もあります。
(今回も13・14日ならば先生は同席不可能でした。)
日常の診察もあり、お産もあり、でも先生の身体は一つですので、
「『お産の家』で、是非先生に立ち会ってもらいたい!」と希望しても、
そう簡単にはいきません。

私たちはU太を「お産の家」で産んだ時の素晴らしい経験から、
「今回も是非こちらで産みたい!」と最初から希望していました。
でも、事前に「9月後半はお産の予定が混んでいて、
しかも『お産の家』希望の妊婦さんが多い。」と聞かされ、
「ま、駄目な時は仕方ないよね。」と納得していました。

その後、昨日も書きましたが、
かれこれ一週間以上もこちらで過ごすうち、
「産む場所は関係ないな。」と感じるようになってきました。

こんなことを書くと吉村先生が怒るかもしれませんが、
この医院はスタッフでもっていると思います。

もちろんこれは吉村先生の強い想いと、
その想いを実現する仕組みがあってのことですので、
吉村先生なしで今の医院はあり得ないのですが、
現実にお産をする時に直接お世話になるのはスタッフの方々であり、
特に助産婦さんたちです。

その助産婦さんが素晴らしい!
U太の時も感じたのですが、
「よくぞここまで気を配ってくれるものだ。」と、ほとほと驚きます。
私は正直言って、この職にはつけないなぁ。

あの先生の想いを実践し続けるのに、きっと大変な思いをしているだろうに、
(先生すいません)
誰も疲れた嫌な顔をせず、何かと配慮してくれます。

日々の対応はもちろん、
例えば三度の食事では、本来ならばかみさん一人分の食事しか出ないところ、
毎回ご飯やおかずも増量してくれ、おかずが余った時は加えてくれました。
おかげで食費がかなり浮き、本当に助かっています。

U太の時には、ある意味で家族ぐるみ隔離されていましたので、
細かいところ(実状?)までは分かっていませんでしたが、
その後のお付き合いと、今回の長逗留のおかげで、もう十分に満足しました。
まさに「足るを知り、もうこれ以上贅沢は言いません。」という気持ちです。

なのに、医院の方では逆に私たちにより配慮してくれました。
その配慮の一つは「寝床」です。
私たちは本棟の三階の部屋を使わせていただいていました。
このフロアーで過ごすのは私たちだけでしたので、
気兼ねせずに使えることは快適でしたが、難点が一つだけありました。
このフロアーの部屋は全てベッドなのです。
これは隣の部屋ですが、ほぼ同じです。
隣の部屋

普段は畳の部屋に川の字で寝ている私たちですが、
今はセミダブルベッドにかみさんとU太が眠り、
私はソファーベッドを使っていました。
これが柔らか過ぎて、実は腰に負担がかかったり、不眠の原因にもなっていました。
助産婦さんたちはその姿を見てくれていたようです。

また、私たちには「できるならば『骨盤合わせ』をしたい。」という希望がありました。
骨盤合わせについては後日詳しく書きますが、
要は、「出産した瞬間から、かみさんは2・3日動けない状態」を続けることになります。
その間、半身を起こすこともしません。トイレにも行きません。
(ほとんどの対応は私がすることになります。)

もし骨盤合わせを本当にきちんとするのならば、「お産の家」でないと不可能です。
本棟ならば分娩室が別にあり、出産後はそれぞれの居室に移ることになっているので、
その時点で実施不可能となるからです。

医院の事情を聞いていましたので、
私たちも「無理は言いません。実施可能な範囲で結構ですから。」とお伝えしていました。
ところが医院の方で逆に気を使ってくれた様子です。

ですので、本来ならば冒頭の条件が揃い、
しかもお産をするという時になって初めて案内される「お産の家」に、
「部屋が空いている今のうちに移って下さい。」と言ってくださったのです。

全くもってありがたく、そして恐縮至極です。
ここまで配慮していただき、申し訳ないです。
「ならばOさんはじめ、皆さんの勤務体制はどうなるの?」と、
こちらが逆に気になります。

ともあれ、お言葉に甘えて、
今日の午前、これまで過ごした部屋を離れ、
「お産の家」に引っ越すことになりました。
かつてU太が産まれた、この部屋に移ることになりそうです。
お産の家の部屋

では、行ってきます。

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吉村医院の屋上から眺める「中秋の名月」。
20080914中秋の名月s

出産間近の妊婦さんの、甲高い声が聞こえてきました。
今日、二人目のお産が始まったようです。
私たちが吉村医院にお世話になって、今夜で8回目の夜を迎えます。
その間に7~8名の赤ちゃんが生まれたかな?
もちろん私たちは最古参の待機組です。

こちらに来て、始めの三日間は、「いつ生まれるかな?」とワクワクドキドキ。
次の三日間は、「いつまでもここにいて、いいのだろうか?」とモジモジ。
その後は完全に開き直っております。

当初、「お産の家」で産みたいと願っていましたが、
今ではそういう欲はありません。
場所は関係ありません。
ただ、吉村医院の助産婦さんが傍にいてくれさえすれば安心というだけです。
そして、家族ともにとても穏やかに「その時」を迎えつつあります。


さて、突然『花』に関する歌を探し始めました。
私が真っ先に浮かべる歌は、『すべての人の心に花を』。
喜納昌吉さんの作ですが、大勢の方が歌っていますね。
結婚当初、オセアニアに旅した時、訪問した先で二人で歌ったものです。
今、聴くとしたら、夏川りみさんの歌声でしょうか。

そう思ってYou Tubeで検索してみたら、出るわ出るわ。
とりあえずこちらをピックアップ。
それにしても、著作権はどうなっているのでしょうね。

『花』だけで検索すると、オレンジ・レンジの『花』が多く出てきました。
確かに一時よくかかっていたなぁ。
(それにしても、私のブログの鳥声BGMとかぶるんですね。どーもすいません。)

私が若い頃は、ミスチルの『花』でしたね。
この頃は、帰宅するとMTVをかけっぱなしにして暮らしていました。
改めて聴くと、懐かしい日々を思い出します。

SMAPの『世界に一つだけの花』も押さえどころなのでしょうね。
でも私はこの頃からあまり音楽を聴かなくなっていたので、
この曲はあまりなじみがありません。

『花』に限った訳ではないですが、
秋川雅史さんの『千の風になって』は心に沁みます。
出産を迎える時の歌ではないのかもしれないけれど、
今の心境にとても近い曲です。

知らずうちにいろいろ探す行為にはまってしまい、
森山直太郎の『さくら』を聴いているうちに、
今話題の『生きてることが辛いなら』に辿り着きました。

この曲の冒頭の歌詞が、「この部分だけを聞いた人に悪影響を与える」とかで、
コンビニで流すことが禁止されたとか。
そういう視点で話題になること自体に疑問を感じます。
もっとも私は「言霊(ことだま)」を信じるから、
そもそもそういう台詞は口にしないことにしていますが。

普段の暮らしから離れて過ごすうちに、
普段の暮らしの延長では出てこない想いや行動が生まれるものです。
今回、『花』を求めたのも、意味があるのでしょうね。

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夜中に目が覚めてしまいました。
私は年に数度、いろんな想いが頭の中を「ぐるんぐるん」して目が覚め、
眠れない時があります。

その「想い」というのは大抵の場合、無駄なことではなく、
今や将来にとって大きな意味を持つことについて、
あれやこれやと考えることが多いです。
そしてその時が、私自身が成長するきっかけにもなっているのですが、
「よりによって今夜やって来ることもなかろうに。」と苦笑いです。

しかも今夜は「想い」のテーマ(ネタ)が複数あって、
それらが次々に現れるものだから始末が悪いです。
そこで、せめてその一つをここに書き残すことで、気を紛らせます。

数日前、吉村医院の「ピクニック」に家族で参加し、
我が「よきかな号」を出して数名の妊婦さんをお乗せしました。
その往復で助手席に座った方とお話した内容が蘇りました。
その時の話を軸に他の話も加わって、ある「想い」が浮かびました。
その想いを以下にまとめます。


・・・・・・・・・・
今、世の中では、「子の親殺し」など、
以前では信じられないような事件や犯罪が起きています。
それらの原因として、「親のしつけができていないからだ。」
「政府の教育方針がなっていないからだ。」「社会の風潮が問題」
などといった指摘がよく出ます。

それらはある面では正しいのかもしれないけれど、
「ではどうすればいいのか?」となると、
結局、答があやふやになっているように感じます。

私は、突き詰めれば、
赤ん坊が母親の中にいる時こそが大切なのではないかと思うようになりました。

「三つ子の魂、百まで」と言います。
確かに産まれてからの三年は、その後の人生にとても大きな影響力があるでしょう。
U太の三年間を眺めるに、そのことを強く実感しています。
でも、産まれる前の10ヶ月そこそこって、もっと大切なのでは?とも思うのです。

だって、その時期は、本人にとれば「母親に委ねるしかない」時期でしょ?
母親が食べる物がそのまま自分の身体になるし、
母親の精神状態がそのまま自分にもうつるだろうし、
母親の生活スタイルからモロに影響を受けると思います。
つまり、胎児にとれば母親は「神」そのものなのです。

だから、例えば出産のために退職して、
これまでに自分がよりどころにしていた「社会的立場」を失い、
不安に感じる女性がいるかもしれないけれど、とんでもない。
妊婦さんというのは、きっとそれまでのどの仕事よりも大きな仕事を、
今しているのです。

ところで、「あなたは何をしていますか?」と訊ねられて、どう答えます?
大抵の場合、「私は○○業です。」とか、
「○○会社の社員です。」と答える人が多いと思います。
それって失礼ながら、なんぼのものなの?と感じる時があります。

私は今、同じような質問を受けたら、こう答えます。
「私は生きています。」
あるいは、「『生きる』ということをしています。」

恥ずかしながら世間一般で言うところの大した仕事はしていません。
稼ぎも少ないです。
でも、「私は今、生きている。」と自信を持って言えます。
それは、生きる喜びを全身で感じているから。

その「生きている」ことを、私のように理屈をこねなくても、
ただ行っているのが、まさに胎児であり、生まれたての赤ん坊です。
そんな存在に接することができる妊婦さんや若いお母さんは、
ある意味で、これからの世界を救うことができる存在なのです。

だからこそ、妊婦さんには食べるものに注意を払ってほしい。
体調はもちろん、自分の精神状態を落ち着いたものに保ってほしい。
日々の暮らしを見直して、豊かな心を育んでもらいたい。

そして妊婦さんを取り巻く人々は、そうなるような環境を作り、守ってほしい。
夫や、親兄弟や、友人はもちろんのこと、特に医師や助産婦さんに願います。
妊婦さんや若い母親を孤独にさせず、また本人も諦めないでほしい。

出産後、大切な三年間のフォローをする医師や助産婦さんはいるのだろうか?
想像するに、ほとんどいないと思います。そんな暇はないでしょうからね。
だからそれは無理としても、
せめて出産までのサポートを「正しく」してほしいです。

「正しい」とは、自然の力(流れ)に逆らわないということだと思います。
妊婦さんを脅かさない。
強制しない。
ほったらかしにしない。
もちろん実験台にしない。
人として当たり前の物差しを持って、妊婦さんに接してほしい。

本人が、夫が、親兄弟が、その他多くの取り巻く人々が、
この大切な時期に意識と行動を少し変えるだけで、
それだけで、世の中が正しい方向に舵を取るように思えてならないのです。
・・・・・・・・・・

ここまで書いて、ようやく一つ、心が落ち着きました。
さて、これで眠れるかなぁ。
(他にもネタがあるんだよなぁ。)

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今日はU太の三歳の誕生日。
朝食の席で、♪ハッピィ・バースデー・トゥー・ユー♪と歌ってあげると、
「いや~!」とむずかり始めました。

本当の理由は分かりませんが、私の想像では、
この歌を恵那のじいちゃんの誕生日(8月)の時に歌ったことがあったので、
「この歌は、じいちゃんのために歌う歌」と思い込んでいる節があり、
「自分に向かって歌われても困る。」という判断だと思います。

午前中は、昨日U太と私だけが行った「東公園」に、家族揃って向かいました。
1東公園散歩

お母さんが散歩するには丁度良いコースかと思ったのですが、
出産間近の身には既に辛かった様子で、母のみ途中から後戻り。
ベンチで休む母のところに戻ったU太は、母にしがみつきます。
何だか切ない絵です。
2抱き合う母子

昼食は久々に外食しました。
かみさんが「出産前にできなかった唯一の心残り」と言っていた、
「ティア 佳織の店」でのバイキングです。
ここの料理は本当に私たちに合っています。
味付けが優しく、肉類も負担無く食べられ、お腹への収まりがとてもいいです。

食べ終わった頃、BGMが冒頭のバースデーソングに変わりました。
そして、店長がうやうやしく私たちのテーブルにやってきて、
大きなお皿を置いてくれました。
U太へのバースディ・デザートです。
「一体何事か?」という顔のU太。
3何事?

すごいでしょ?
これは何と!誕生日の人への無料サービスなのです。
事前にスタッフのいちごさんにお伝えしておいたら、素敵に準備してくれました。
思わず歓声をあげた父と母。

ところが、当のU太は、目の前のスイカに夢中。
実は、U太の今の一番好物はスイカなのです。
二番目はたぶんブドウ。
4スイカに夢中s

そしてこれはまさに「ふー」してロウソクを消しているように見えますが、
実はスイカをほおばった瞬間です。
5ふーに見える

ということで、このプレゼントの恩恵を最大に受け取ったのは、お母さんでした。
おかげでお母さんは「もう心残りは全くありません」宣言。
帰り道、U太はいつもならば車中で昼寝をする時間帯なのに、
ハイテンションのまま一人で歌いっぱなし。
バースデーソングも口ずさみ、全くの上機嫌です。
U太、本当におめでとう!


ところで今日は例の「予言」の日でした。
いちごさんによると、岡崎周辺の子供たちはちょっとしたパニックだったとか。
ノストラダムスに比べると、場所が限定されているからねぇ。

「でも大丈夫!私たちが一週間前から岡崎入りしていたのだから。」
と冗談で言うと、いちごさん真顔で、
「でも、確かに『岡崎には吉村医院があるから大丈夫!』と言う人もいて、」
とのこと。

「誰よ。その人って?」
「てんつくまん」
「!?!?」

「てんつくまん」のことを知らないのではなく、
「何でここで『てんつくまん』が出てくるの?」という「!?!?」です。
そうか、彼が逆予言したのか。妙に感心。
(『てんつくまん』については独自にお調べ下さい。悪い人ではないです。)

さて吉村医院に帰り着き、三年前にU太を取り上げてくれた助産婦のHさんと立ち話。
「妻はもうすぐだと思うのですよ。」
「そうですね。」
「でも、この台詞をここ数日、ずっと言い続けていますよね。」
「そ、そうですね。」
「まるでイソップ物語みたいですね。」
「そう、いえいえ。でもご家族にとって良い一週間でしたね。」
さすがに場慣れしておられます。

実際ね、本当にもうすぐだと感じるのです。
でも何だか「間」を測っているようにも感じられます。
U太と同じ誕生日をわざと外そうとしている?
今日一日過ごしてみて、
誕生日はその子一人をじっくりと見つめる良い時だなとも感じました。
お腹の子もそれを感じたのかな?

そしてお前は、明日の中秋の名月を狙っている?(こちらに丁寧な解説あり。)
それとも15日の満月狙い?
お父さん、お母さん、そしてお兄ちゃんも、もういつでもいいんだよ。
決して「予定日云々」なんて言いません。
会えるのがとっても楽しみだよ。
お父さんは断酒を再び始めました。

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吉村医院の前から撮った夕焼け。
私たちが来た日からずっと快晴続きでした。
そして毎晩こんな夕焼けを眺めて過ごしました。
「夕焼けフェチ」の私としてはこれだけで大満足!
1夕焼け

・・・・・・・・・・
さて今回からしばらくは、「一日一回モード」ではなく、
「書ける時に書くモード」に切り替えます。
一日に何度か書くかもしれず、書かない日があるかもしれず、
あらかじめご了承ください。
・・・・・・・・・・

今日の午前中は、
岡崎インターチェンジの近くの「東公園」に、U太と二人で向かいました。
そこは先日行った「南公園」よりも緑が歳を重ねていて、木陰が多く、
過ごしやすい公園でした。
そして中には小さな動物園や遊具もあり、子供と過ごすには格好の場です。

「動物総合センター」と呼ぶ建物には、何故かイグアナが。
彼(彼女?)は、7月に岡崎市内で捕獲され、持ち主を探しているのだとか。
いやはや、気候の違う、離れた土地の生き物を、何故飼おうとするのでしょうかな?
2イグアナ

U太は途中からドングリ拾いに熱中。
最初は他の女の子が幾つか拾ってきて、私たちの傍に置いていったのですよ。
それを眺めつつ引いていたU太。
「トータン取って!」とせがんでいたのですが、
「自分で取ってみたら?」と促すと、俄然張り切りだしました。
で、いつまでもこの調子。
3ドングリ拾う

持ち帰った後、「おねえちゃんに見せる!」と、
吉村医院のスタッフさんたちに見せに行っておりました。

午後には恵那のじいちゃんばあちゃんが、
「ピエニュ」のパンをどっさり持ってやってきました。
明日、誕生日を迎えるU太には、乗りものの図鑑のプレゼント。
5乗り物図鑑

このシリーズは既に「昆虫」ものを持っているのですが、
とても分かりやすく、大人にも楽しめます。
U太はもちろん大喜び。

その後、お母さんは近所の針灸院に向かい、
じいちゃんばあちゃんと私がU太と一緒に南公園に向かいました。
「じいちゃんばあちゃんが来たら、また乗り物に乗ろうね。」
との約束を果たすためです。
もちろん大満足のU太。
4JBと汽車1

夕方、お母さんを迎えに行きます。
針灸院では、肩の辺りを触って、
「もういつ出てきてもおかしくないね。」と言われたとのこと。
出産のツボ「三陰交」に、しっかりとお灸してもらったとか。
身体を重そうに歩く姿からも、「近いかな?」と感じます。

今回、かみさんは吉村医院の「古屋労働(薪割りやぞうきんがけなど)」には
まるで加わりませんでした。
それは決して身体を動かすことをサボっていたのではなく、
「古屋労働は結構おしゃべりが多くて、コミュニケーションを取るにはいいけれど、
運動量は少ないから」という理由です。
その代わり、日中一人で外を歩き回っていたかみさん。
その成果がようやく出てきたかな?

夕食後、いつものようにプレイルームでU太とブロック積みをします。
今夜の作品はこれまでとは違うパターンでした。
ブロックを細長く組んで「貨物列車」を作り始めたのです。
ならばと、私が余ったブロックでトンネルを作りました。
6貨物列車とトンネル

大喜びで何度もトンネルをくぐらせていたU太ですが、
やおら四つのトンネルを束ね、傍で横たわっていたお母さんのお腹の前に揃えました。
そして貨物列車を走らせるU太。
7お腹に向かう

ゆっくりとお母さんのお腹に命中しました。
8お腹に命中

これは何を意味するのかな?
かみさんが言うには、昨日までは「赤ちゃん、まだよ。」と言っていたU太が、
今朝初めて「すぐに来るよ。」と自分から言ったとか。

さぁ、そろそろやってくるのかな?
U太の時は、13日の0時頃から陣痛が始まりました。
2008年9月13日、岡崎。
ひょっとして大きな意味を持つ日になるのかな?

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昨日、かみさんが「兆候らしきものを感じた」とかで、
あくまでも「らしきもの」ですが、
再び「お、もうすぐか?」モードが高まった私たちです。
(でも、その後はやっぱりのんびりモードらしいですが・・・)

では今のうちにと、U太と私だけで加子母に日帰りしてきました。
「あれがない」「これがあると便利」「あれをし忘れた」系の用事を済ませるためです。
そしてもう一つの目的は「お母さんを一人にさせてあげること」。
お腹の子とゆっくり語り合う時間が必要と考えたのです。

さて家に着き、次々と用事を済ませようとしますが、
「トータンこれ見て!」「トータン歌って」「トータン本読んで」攻撃に合い、
なかなかはかどりません。
よく地震などで避難した家族が、短時間の自宅戻りを許されたものの、
「大したこともできんかった。」と帰途につく姿が自分とだぶりました。

いろんな準備をこなすうちに、目の端に写ったものが一つ。
「そうだ。これも途中だったんだ。」
それは「最新型廃食油ろ過システム」の試作品です。

以前、「つづく」と書きながら、そのままにしていたネタの一つですが、
その後の報告をしておりませんでした。
まず、この時の「漬物石モデル・タイプⅠ」は、今いちでした。
コメント欄でもアドバイスがあった通り、ろ過した後と前を見比べて、
透明度が若干高まったものの、満足できるレベルではありませんでした。

そんな時、恵那の親父と話していて、
「炭を使ったらどうだ?」との助言をもらいました。
昔は炭を使って山水をろ過したとも言いますし、
このアイデアは結構いけるかも?

そしてもう一つのヒントが「ペール缶のくびれ」です。
ペール缶って、どれも同じ場所にくびれがあるのです。
ちなみにペール缶を重ねてみると、うまい具合にそのくびれで止まります。
これは便利!何かに活かせるかも?

ということで、早速試作品にとりかかります。
まず、上段用のペール缶にはキッチンペーパーを敷き、
1第二弾上段ペーパー

不敷布バッグを載せ、
その中に炭を入れました。
2第二弾上段炭

一方、下段用のペール缶には4つの穴を開け、コスロンを取り付けました。
3第二弾下段コスロン

何故こうしたかというと、少し考えを改めたからです。
前回は「脱コスロン」を宣言しましたが、やはりコスロンの効果は強いです。
でも今の「コスロン二段仕込み」では、あまりに消費が早い。
そこで「脱コスロン」改め、「省コスロン」と称し、
できるだけコスロンを少なめにして使うことにしたのです。

そして、「二段仕込み」の方は、コスロンの設置数を減らし、
むしろろ過する回数を増やすことにしました。
要は、手間を惜しまない主義に変更したのです。
今回取り付けたコスロンは、その最初の層という訳です。
(実物を見ない方には、何を言っているのか分かりにくいでしょうね。)

そうして出来上がった第二弾。
前回の第一弾よりもペール缶が一つ増え、背が少し高くなりました。
4第二弾完成

そして早速に廃食油を上段に注いだところ、
何と!炭が浮き出しました。
しまった!炭が油に浮くということに考えが及んでおりませんでした。
馬鹿ですねぇ。

仕方なしにそのままほおっておき、数日後にろ過後の油を見ましたが、
ほとんどろ過されておりません。
つまり、大失敗。

「ならば、炭が浮かないようにすればいいんだろ?」と反骨心に一人火がついた私。
何かないかと百均に向かい物色すること数度。
見つけました!ドラム型の洗濯ネットです。
「ランジェリー用」と書いてあったのが少し恥ずかしかったですが、
目的のためにはそんなことを気にしておれません。
5第三弾炭袋

そして今回、新たな改造を加えました。
最上段のペール缶には多目の穴を開け、
6第三弾最上段穴

「リード」のキッチンペーパーを数枚敷いて、網焼き用の網を被せました。
リードのペーパーは他のキッチンペーパーよりも目が粗いので、
最初のろ過には丁度良いようです。
網はもちろん百均でゲット。
7第三弾最上段ネット

そして二段目のペール缶には普通のキッチンペーパーをやや多めに敷き、
8第三弾二段目ペーパー

その上に「ランジェリー洗濯ネット炭袋」を置きます。
つまり、最上段ペール缶の底に押されて、炭が浮かないという訳です。
しかも炭の細かい煤をキッチンペーパーが受け止めます。
9第三弾二段目炭袋

そして三段目は、第二弾下段に使った「コスロン4つペール缶」です。
こうして出来上がった第三弾のろ過システム、
最後にろ過後の油を受け止めるものも含めて、4つのペール缶を重ねたタワーです。
名づけて「重ねペール缶タワーモデル・炭タイプ」です。
(だんだん名前が長くなってきた。)
91第三弾重ねペール缶モデル炭タイプ


この最新ろ過システムを作り上げ、廃食油を注ぎ込んだ状態で、
岡崎に旅立ったのでありました。
その結果は?
フッフッフッ、つづく。

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