早いもので、もう3月も終わりであります。
「今年はどんな年になるのかな?」なんて言っているうちに、
1/4が過ぎております。

そして気がつけば、このブログのアクセス数が200,000を越えました!
これも皆さんが日々訪ねてきて下さるお陰です。
そしてこのブログのお陰で様々な出会いや学び、広がりが生まれました。
始めた頃は、ここまでいろんな恩恵を得られるものとは
想像もしておりませんでした。感謝、感謝であります。

また、そうこうするうちにU太の入園日が近づいてきました。
「masanたちは子供を保育園に行かせない主義らしい。」
という説が加子母で流れた時もあるようですが、
一応、普通に行かせます。その後は入ってから考えます。

そして入園に備えて、続々とグッズが揃ってきています。
先日、恵那のじいちゃん&ばあちゃんに会った時、
いろいろと買ってもらいました。
弁当箱(ご飯だけ持参なのです)、箸、水筒、
昼寝用のマット、掛け毛布、上履きなどなど。

それぞれを選ぶ時には、一応U太の意思も確認します。
ところが最近のU太のお気に入りカラーがピンクなので、
いきなり「どピンク」の箸箱を選んでくれました。
どの色を選んでもいいのだけれど、ずっと使ってくれよな。

その後、選択する時は、最初からピンク系を外して提示しました。
それでもマイグッズが増えて大喜びのU太。
ウーニコさんのお店でも、マイ皿&箸として使っておりました。
1弁当箱と箸

今はブカブカだけれど、この帽子姿もかわいいものです。
2保育園帽子

最近のU太はずっとご機嫌です。
ニコニコして声を上げ、タタタタタッと走っては親をヒヤヒヤさせますが、
笑顔が溢れているのは良いことです。
3ご機嫌

畑作業も一緒に手伝い、いつも私たちの周りをうろちょろしています。
ちなみに右手前で寝かされているのがKAN太。
4畑作業

KAN太もすくすく育っています。
こいつは泣いている時と、穏やかな時が両極端です。
スヤスヤと眠っている時のかわいいこと!
5春の日差しに寝る

実のところ、田畑関係などいろんなことが出遅れており、
親は少々焦り気味の日々でもあるのですが、
こんな春の景色を眺めるにつけ、
「こういう一瞬一瞬が幸せというものなんだよなぁ。」
と噛みしめております。

さぁ、いよいよ4月だ!
いろんなコトがますます動きだすぞ!
これからもよろしくお願いします!
昨日は年に一度の「班の旅行」でした。
中津川市加子母(旧加子母村)は、十の区に分かれ、
我が二渡区は六つの班に分かれます。
そして全15軒ほどからなる我が「二渡2班」が、
私たちの村の暮らしの最小単位です。

それぞれの班が毎年一度は旅行に行きます。
ということは、加子母だけで何十もの旅行が実施されているということになり、
これはすごいことだと思います。

また我が班ではこの旅行のために毎月1000円を積み立て、
その年の班長の最後の仕事として春に実施されます。
ところが、すぐ隣の班では毎月1万円を積み立て、
泊まりの旅行に出掛けるとか。
田舎に住む場所がほんの少しずれるだけで、こんなにも差が出ます。
これまたすごいことだと思います。

さて今年の旅行先は、何と富山県の氷見(ひみ)でありました。
そんなところにまで日帰りで行けるのですね。
美味い魚が楽しみです。
そして今回の旅行に、U太を初めて連れていくことにしました。
丸一日、お母さんと離れて過ごすのは初めてかな?

前の夕方、U太が別件で少しむずかっていた時に呼び寄せ、
ゆっくりとお話しました。
「U太、明日はな、お父さんと一緒にバスに乗って一日中出掛けよう。」
見る見る顔が輝いてくるのが愉快です。

「でもな、明日の朝はとても早く家を出なきゃならないのだよ。
だからな、今日はお父さんも一緒に早く寝よう。」
うんと頷きます。

「だからなお父さんは今頑張ってお仕事を早めに片付けるから、
それが終わるまで待っていてくれるかな?」
「お仕事」とはブログです。

大きく頷いて私から離れ、
ご機嫌で鼻歌を歌いながら一人で絵本を読み出しました。
なんと物わかりの良い子であろうか!
そして約束通り私は「仕事」を終え、その後はU太と向き合って過ごし、
一緒に早めに床に入りました。

朝も早く起き、さぁ出発です。
ところが昨朝は春にしてはかなり寒く、
我が家の寒暖計はマイナス7℃を指していました。
ホントかよ!

でもU太は完全ご機嫌モード。
「いってきまーちゅ!」とお母さんに手を振り、
待ち合わせ場所に二人で向かいます。
そこにはU太の大好きな色「ピンク」のバスが待っていました。
1ピンクのバス

朝7時にいざ、出発!いきなり宴会です。
「いきなりビールは無理!少し身体を暖めなければ。」と、
この春からの班長・ツヨシ君が持ってきた濁り酒をコップで一杯いただきます。
この酒、酒飲みのツヨシ君の定番酒でして、結構きくんですよ。

案の定、身体がポカポカしてきたのはいいけれど、
早くも「眠たいモード」に入った私はぼんやりしておりました。
隣でU太は絶好調です。
今日は無礼講ですからね。
お母さんが準備したお菓子やパン類を次々と平らげております。
2食い続ける

さて、最初の訪問地、「萱沼合掌造り集落」に到着しました。
白川郷が有名ですが、ここも一緒に世界遺産に指定されていたのですね。
でも意外にこじんまりして、変に観光化されておらず、結構気に入りました。
今回参加した数少ない子供の一人がU太と同じ名前で、
「ダブルU太」で散策しております。
3ダブルU太

ここで一番受けたのが、エレベーター。
高台の駐車場から地下三階に降りるのですが、
降りた先の名が、何とこんな名前!
4遺産駅

よりによって「遺産駅」なんて名前を付けますかね?
それを眺めていた同じ旅行の人たちは、
「こんなのがクイズに出そうだよね。」などと話していました。
なるほど。皆さん、覚えておきましょう。いつか役に立つかも?

「ETC1000円化」のあおりで道が混むかと思いきや、
意外に空いていて早めに氷見に到着。
「まずは温泉にどうぞ。」と案内され、酔った身体を癒します。
そして食事会場に案内され、いざ乾杯!

ところが、ここであんまりマイナスなことは書きたくないのですが、
正直言って食事内容にはガッカリしました。
「5000円のコース」と聞いていたこともありましたかね。

私はかつて富山に住む友人から、
「とにかく氷見で魚を食わせてやる!」と連れて行かれ、
「ごめんなさい、もう食べられません!」というくらい
美味しい刺身をたらふく食った思い出があります。
かれこれ20年ほど前の出来事であります。

だから「5000円ならば相当なものをいただけるか?」
と期待し過ぎたのかもしれません。
それとも20年の歳月はサービスを変えてしまったのか?
あるいは店によって随分と違うのかもしれませんね。
ま、ともかく粛々と昼の宴は続いておりました。

ところで今回特にはしゃいでいたのが、来年班長のツヨシ君です。
彼は私よりも一歳年下の、とても気さくな好人物なのですが、
たぶん加子母でも相当知られた「飲んべ」です。
その彼が珍しく酔っぱらっていました。

どれくらい酔っていたかというと、
午前中のバスの中でもう相当に出来上がっておりました。
周りが言うには、「濁り酒を一人であおっておった」とのこと。
そして氷見に着いた時には既にぐでんぐでん。
で、宴会途中からこんな風情であります。
5寝るツヨシ

彼がこれほどつぶれるのは初めて見ましたね。
よほどリラックスしていたのでしょう。
その姿をニコニコと眺める周りの目が優しいです。
でもさすがに「おい、もう起きろ!出掛けるぞ!」
6おい起きろ!

その後は氷見の海鮮市場(道の駅)に向かいましたが、
意外に高いので驚き。
それともこれって安いのかな?私には分かりません。
もちろん手が出ません。
私が買ったのは、ブリのアラ(300円)とワカメ山盛り(200円)でした。
7これって安いの?

最後に白川郷に向かいますが、
時間の関係で高台から眺めるだけに。
この場所は大抵ポスターに使われる構図のスポットですね。
8白川郷

傍の土産店の中では、素敵な写真が壁一杯に飾ってありました。
こんなライトアップ、いつか撮りにいけたらいいね。
U太、付き合うか?
10ライトアップ

そして驚いたのがこの写真。
萱換えの作業ですね。
これだけの人間が集って行う作業ってすごい!
私は性分から、つい段取りをイメージしてしまい、頭がクラクラしてきました。
9茅換え

そんなこんなで無事旅は終了!
U太は始終ゴキゲンで、とっても良い子でした。
「きっと一度はむずかっているのでは?」と心配していたお母さんは、
少々拍子が抜けた様子です。
これからはこんな行事に少しずつ参加できるね。
何とか天候にも恵まれ、のどかな楽しい旅でありました。
昨日はかなり面白いご縁で出会った方と再会しました。
tokoshieさんは、かつて「吉村医院」で検索して私のブログに辿り着き、
その後も継続して読んでくれていたのですが、
たまたま昨年の秋、岡崎のメガスーパーでお仕事があったのだそうです。

丁度その頃、私たちはKAN太の誕生を待って吉村医院に滞在中でした。
その様子をブログでも書いていたので、
「もしかして会えるかも。」とtokoshieさんは期待していたそうです。

そして運命の時!
たまたま私とU太が二人でそのスーパーに買い物に行き、
たまたま別の用事ができて他のルートで駐車場に向かおうと、
階段を下りかけた時に、声を掛けられました。

「もしかして、U太君ですよね?」
「はっ?」
地元ならばまだしも、遠く離れた岡崎のスーパーで
このように声を掛けられたら驚きますよね?

「は、はい。そうですが・・・」
「あの、私、ずっとmasanのブログを読んでいるのです。
そして先ほど目の前をお二人が通りかかったので、
声をかけさせていただきました!」
と、興奮気味に話す女性は、決して怪しい人には見えませんでした。

「それはどうも。確かに私たちはあなたがおっしゃる人間ですが、」
と、その方の名札を見て再びビックリ!
苗字が同じなのです。不思議なご縁ですね。

その場は名刺をお渡ししただけで、すぐにお別れしましたが、
勿論かみさんに伝え、「いつかまた会えたらいいね。」と話しておりました。
そのtokoshieさんがご主人と一緒に加子母に来てくれたのです。
これは丁寧にお出迎えせねば。

昨朝は早くから山野草を集めに出掛けました。
そして玄関にも紅白の梅を飾ります。
こういう「設え(しつらえ)」も、少しずつできるようになってきました。
1紅白でお出迎え

ところで、今回はtokoshieさんたちに一つご提案をしました。
私たちは近々、完全予約制で人数を限定した食事を提供するつもりでいます。
そこで今回はお客さんを迎えるテストをさせてもらうことにしました。

テストとは、
「どんな献立で、どれくらいの体裁と段取りになるであろうか?」
というものです。
そして今回は想定する価格よりもお安く食事を提供することで
了解してもらったのです。

それではご紹介します。
まずはスープから。
「稗(ヒエ)と大根のポタージュ・ハコベソース」
2稗と大根のポタージュ/はこべソース

「ノビルの梅味噌添えと、カンゾウのエゴマソテー」
3ノビルの梅味噌添えとカンゾウのエゴマソテー

銀手亡(ギンテボウ、白インゲンの一種)とレンコンのロースト
4銀手ボウとレンコンのロースト

クレソンの白和え
5クレソンの白和え

山野草の天ぷら盛り合わせ
(フキノトウ、カンゾウ、ヨモギ、セリ、ノビルの根、
菜花、ユキノシタ、タンポポ、スイバ)
玄関と同じく、紅白の梅をあしらいました。
6山野草の天ぷら

そして最後が岩魚の塩焼きです。
画像が暗いですが、今回のはかなり大きかった!
まさに「尺モノ」です。
これは捕まえてさばくところからお見せしました。
7岩魚塩焼き

ご飯は酵素玄米です。
おかわりの際は自家製のふりかけを数種出しました。
(大根葉、スギナ、ツクシ、胡麻味噌、ゆかり)

tokoshieさんご夫婦、とても喜んでくれました。
そんな姿を見て、私たちも嬉しいです。
そしてお店で買い物もしてくれて、なお嬉しい。
8tokoshiieさん夫婦

人のご縁って不思議ですよね。
あの日、あの時に彼女が思い切って私たちに声を掛けてくれなかったら、
今回の場は無かった訳です。
人とコトの出会いに感謝です。

そして「飲食」のテストは無事終了。
段取りの面でまだ無駄は多いですが、
こういうのは慣れるしかありませんので、
少しずつ回を重ねていきましょう。

ところで今回はテストでしたので格安で提供しましたが、
本番となればどうしましょうかね?
今回のランチ、皆さんならいくら払います?
ここ連日、「もりのいえ作り」に励む日々です。
「もりのいえって、もうできているんじゃないの?」
と言われるかもしれませんが、私たちにとれば、
「まだ人様にお見せできるような代物ではない」状態なのです。

特にこの先、飲食店や宿泊所を始めようとするならば、
それなりに設え(しつらえ)は整えておきたいもの。
(とは言っても、大したレベルではないのですが・・・)
そこで、せめて母屋の中と周りくらいは整理しておこうと
それなりに努力しているのであります。

その作業も、「最低レベル」まではもうひと頑張りのところまできました。
そして最後の作業の一つが、「風呂場周りの片付けと清掃」でした。
そのスペース、実は2005年に越してきてから
一度も手をつけておりませんでした。
はっきり言ってガラクタが散らばっていたのですが、
一つの風景として目が慣れてしまったのか、
ずっとそのままになっていました。

でも実はこのスペース、綺麗にすれば石段があって良い風情なのです。
「花やハーブを植えて、ロックガーデンにすればいいね。」とかみさんは云い、
「そうだね。露天風呂を作ればいいね。」と、私は噛み合ない会話をしております。

さて、その場所をじっと眺めること30分ほど。
「ともかく、できるところから片付けるか!」と重い腰を上げ、
目の前の木屑やビニールゴミなどから片付け始めました。
そして母屋の隣の旧ブタ小屋の軒下に
無造作に重ねられた木箱の中を覗いた時、あるものが目につきました。

「こ、これは!」
ぱっと見たところ、古い「ふるい」のようです。
1ふるい?

ところが、脇に書かれた文字を見て驚愕しました。
少しずつもったいぶって見せていきましょう。
まず見えてきたのは「二渡 徳田用」の文字です。
二渡は加子母のこの地区の名です。
そして「徳田」とはかつてのこの家の「屋号」です。
そう、ここは「徳田屋」と呼ばれていました。
2徳田

ずっと読んでいきましょう。
な、何と!「文久元年」の文字が!
つまり、この「ふるい」は、幕末の文久元年に、
この家のために作られたようです。
3文久元年

更に読むと、「皮加工、妻子村 ○○」と名が続きます。
どこに皮加工を施していたのかな?つなぎ目か?
あるいは、かつては「ふるい」ではなかったのか?
そして「妻子」とは、「妻籠の宿」のことでしょうね。
4妻子村

網には繕った部分がありました。
きっと大事に扱われたのでしょうね。
5繕い

なのに、この「ふるい」、旧ブタ小屋の軒下に、
まるで捨てるように置かれておりました。
こんな希少価値のものを、もったいない!
きっとネズミに噛まれたであろう跡が痛々しいです。
6徳田文久

ところで「文久元年」って西暦何年か分かります?
1861年ですよ。つまり148年前です。
そんなものが、まさに目の前で朽ちなんとしていたなんて!
いやぁ、冷や汗ものです。

実は、つい先日、母屋の「耐震調査」というものを受けました。
通常5万円ほどかかるのを中津川市の補助を受け、
無料で受けられるというので、申請して来てもらったのです。

その際、調査員の方が「たぶん明治初期の建物でしょうね。」
とおっしゃっていました。
ならば、やはり140年くらい前に建てられたということになります。

この家は本当は何歳なのか?
前の地主さんに訊ねた際、「軽く100年は経っているが、正確には分からん。」
ということでしたので、
私は「ならば四捨五入で約150年だ!」と適当に宣言しておりました。

ところが、その「ハッタリ」は、結構いい線いっていたということになります。
もちろん、148年前の「ふるい」が見つかったからと言って、
この家が148年前に建てられた証拠になる訳ではありません。
でもいいじゃないですか。この「ふるい」をもって、
「この家は約150歳!」ということにさせていただきます。

ところで上の「ふるい」をどうするか?
もう、うちの家宝にしますよ。もちろんです。
そしてこれからもずっとこの家を見守ってくださいな。
私は今、とても満たされた気分の中を漂っています。
「あぁ、私はこういう時を待っていたのだ!」という気分です。
実を言うと、ここしばらくの間は悶々とした時を過ごしていました。
いわば「生みの苦しみ」とでもいいましょうか。
その気分がようやく晴れる時がやってきたのです。

私がずっと追っていたもの、それは「火」です。
私はずっと以前から火が大好きで、
1996年に八ヶ岳に移住して以来、
薪ストーブの火を眺めては悦に入り、
庭に大きな石炉を組んでは火をくべ、
陶芸工房を開いては連日1200℃を越える火を見守り、
年に一度の野焼きの際は高さ3mもの火柱を上げては祝杯を上げていました。

それほど火と親しんできたのに、
ここ最近、火のことが分からなくなっていました。
そのくだりはまた別の機会に書くとして、
先月の加子母でのイベントや、先日の広島の旅でも、
関心を持ったのは「火」にまつわる話題が多かったのです。

そんな中でも大きく私の気を引いたのは、「ロケットストーブ」でした。
本式のものについてはこちらをご覧いただくとして、
私が一番惹かれたのは、実は坂本さん宅で見かけた
「ロケットストーブ式・一斗缶かまど」でした。

「本式はすぐにはできないけれど、これだったらできるかも。」
それに仕組みも扱いも簡単そうです。
「とにかくそれを作ってみたい!」
想いはつのり、25日のバースデイ・ワークショップを
一人ですることにしたのです。
では、以下にメイキングを公開します。
(ものすごく画像が多いです。重くなってすいません。)

まずパーツを揃えます。
ホームセンターで、煙突パーツを購入しました。
T字型ものは蓋の部分を外します。
1煙突パーツ

続いて、一斗缶に二カ所穴を開けます。
2穴を開ける

100均で買ったネットをセット。これがまたピッタリ!
3網を入れる

底の穴に合うように、T字型煙突パーツをはめます。
4煙突はめる

真っ直ぐの煙突パーツを二つに分け、切り加工をしてつなげます。
5つなぐ

少しアップしてみましょう。
6アップ

残った煙突パーツを一斗缶内の方につないで、
隙間に灰を詰めます。
これは薪ストーブや薪風呂から出た灰です。
7炭を入れる

さぁ、ともかく完成しました!
8完成

上の穴から丸めた新聞紙を入れ、
横の焚き口には乾いた小枝を刺し、
火を点けます。
ボッと火が起きます。
9火が起きる

間もなく小枝にも火が移り、大きな火が立ち始めました。
ここから先は横の焚き口から小割の薪を入れていきます。
10火が立つ

ただ火が起きたのを喜んでいる訳にはいきません。
これを利用してなんぼです。
そこで、カセットコンロの上の部分をはめてみると、これまたピッタリ!
これで湯沸かしも調理も可能になりました。
11カセットコンロ

ところで、焚き口を覗いてみましょう。
煙突パーツの一部を切って段をつけたことで、
上には薪が並び、下では空気が遮られることなく供給されています。
12上下層

思いのほか火力が強いのに驚きました。
これは何故だろう?
試しに、上から薪を一本縦に入れてみました。
確かに燃えますが、火力はそれほどではないです。
この火の形はみなさんもよく見る、「たき火」の火です。
13薪を上から入れてみると

その時、閃きました。
「つまりは、空気の流れが火を育てているということ?」
火は点されただけでは、静かにゆらめく炎です。
でも、気流の中に置かれた火は、柱になるのです。

そしてもう一つの発見。
「火は蓄熱されて大きくなる?」
上でも説明しましたが、中央の煙突パイプと一斗缶の間に灰を詰めています。
これは坂本さんのやり方のそのままパクリなのですが、
そのことが実は大きな要素であったようです。
時を経て暖まる一斗缶にこの手で触れ、初めて実感できました。

更に三つ目の発見。
「薪によってかなり火力が違う」ということ。
実は最初、十分に乾いていない小割りを使いました。
するとまるで火が起きません。

でも、乾いた小枝に換えたら一気に起こりました。
そしてまた坂本宅での様子を思い出しました。
「そういえば、風呂では竹をくべていたなぁ。」

そこで今日は、その辺りに転がっていた朽ちた竹を拾ってきて、
小ナタで割ってくべてみました。
14竹薪

すると面白いように火が立ち上がりました。
竹の油分が火力を強めているのでしょうか。
自慢の南部鉄瓶を置きましたが、ものの見事にすぐに湯が沸きました。
15斜めから

横の焚き口から見てみましょう。
すごいでしょ?
これが捨てられていた竹から出たエネルギーですよ。
16正面から

今回発見したこと。
「火は流れである」
「火は(蓄)熱である」
「生まれ(材)で火は異なる」

どれも言葉にすれば当たり前のことです。
私も全く知らなかった訳ではありません。
でも今回、その神髄に感覚的(直感的)に気づいたように思います。

マグカップに安物のウイスキー「トリス」を注ぎ、
沸いた湯を足して口に含みます。
極上の味がしました。夕暮れの中、至福の時が流れます。
「あぁ、私はこういうことをずっとやりたかったんだよなぁ。」
しみじみとした気分が心の底から湧いてきました。

何だか一つ抜けたような気持ちがしました。
とても良いきっかけをくれた坂本さん、ありがとう!
昨日、誕生日の朝は結構冷えました。
外気は0℃。この時期のこの温度は結構きついです。
しかも夜明け頃にはヒョウも降り、
ブッダの水入れにも氷が張っていました。
1薄氷

私はあることをするために、一日いそいそとしていたのですが、
(この話は後日します。すごく画像が多いから。)
かみさんもいそいそとしてくれておりました。
そして午後のおやつの時に出たのが、これ。
バースデーケーキです。
こういうのをサラッと作ってくれるのが嬉しいですね。
U太も大満足!
2ケーキ

そしてかみさんから素敵な誕生日プレゼントをいただきました。
さてこれは何でしょう?
3さてこれは?

これはですね、○○○○です。
分かったかな?
それでは拡げてみましょうか。
4ガーゼふんどし

そうです。褌(ふんどし)です。
素材は何と!重ね合わせたガーゼです。
名付けて「ガーゼふん」。
早速はいてみました。う~ん、良い肌触り!
すっかり気に入ってしまいました。

このガーゼふん、かみさんが夜な夜な作ってくれたのであります。
まさに今日のタイトル通りです。
おかあさん、ありがとうね。

かみさん曰く、最近は「褌ブーム」だとか。
だいたい「今、これがブームです!」なんてのは怪しいものです。
特に頭に「静かな」なんてつくと、ますます怪しい。
それだったらペン習字も、庭師も、写経も、尺八も、
世の中の人がみんなやっていることになるのではないか?

でもかみさんは「このブームは本当だ!」と力説します。
しかも女性に流行っているのですと。
なるほど、こんな記事や、こんな記事もあります。
私はかつてこのブログでカミングアウトした通り、
時々褌をはいておりますが、
さすがにスーツ姿の時はやめております。

ところが、かみさん曰く、「旅(出張)の時こそ重宝するのよ!」とのこと。
裏表使えるし(ほんまかいな)、洗ってすぐに乾くし(これは本当)、
干しても下着とばれないし(でも怪しい人と思われる?)などなど。

時々思うのは、もし私がどこか外で倒れて、
救急車が呼ばれて、「ちょっとベルトを緩めましょうか。」なんてことになった時、
ちょろっと褌が姿を現すと、その場はどういう雰囲気になるでしょうか?
緊迫した場面が少しは和むかな?なんてね。

話がずれましたが、ともかくかみさんからいただいたプレゼント、
大切に愛用するとしましょう。
「久しぶりにあそこのイタリア料理を食べたいわ。」
お袋が嬉しいことを言ってくれたので、
家族揃ってじいちゃん&ばあちゃんと食事に出掛けました。

「あそこ」とは、ピアット・ウーニコさんです。
中津川市のゴミ処理施設をちょっと行ったところにあります。
(こんな説明の仕方、良くない?)
私たちが大好きなお店です。

でも最近はご無沙汰しておりました。
理由の一つは言わずと知れた「KAN太の誕生」です。
かみさんは外食どころではなかったからね。

そしてもう一つの理由は、ウーニコさんの側にあります。
まず、昨秋彼女は、イタリアはフィレンツェに旅に出掛けたのでありました。
詳しくは聞いていませんが、それはもう大変な刺激を受けて帰ってきた様子。

帰国後、彼女を待っていたのは来客の波でした。
このご時世に、まるで休みを取れないでいたのですと!
特に2月は嘘のように忙しかったとか。
きっと彼女がますますパワーアップしたことが
噂で広まったのではないでしょうか?

「次の子が産まれたら、加子母にケータリングに行きますからね!」
と約束してくれていたウーニコさんですが、
とてもじゃないが外出できる状態ではなかったとか。

そこで今回はこちらから押し掛けた形になったのですが、
ありがたいことに格安で「ご祝儀ランチ」を提供してくれました。
さて、どんな料理が現れたか?

まずは前菜のサラダです。一見して普通のサラダですが・・・
採れたての野菜に、左側には新鮮なトリガイと、
「ボッタルガ」と呼ぶからすみが添えてありました。
1前菜サラダ

そして右側には「ノレソレ」と呼ぶマアナゴの稚魚が!
う~ん、いきなり珍味連発です。
2ノレソレ

そして現れたディッシュは、
解禁されたばかりのアマゴのスモークにバルサミコソースを掛けたものと、
ピザの取り合わせです。
その間に添えた「幸せの黄色いトマト」も甘くて美味しかった。
3アマゴスモーク&ピザ

そして二つ目のメインは、塩漬け豚と、
大きなソラマメなどのソテーです。
豚肉がとっても柔らかくて美味いのなんの!
4塩漬けブタとソラマメ

肉系が苦手なかみさんには、手長海老です。
一口もらいましたが、甘い!
5手長エビ版

ところでウーニコさんはパンも美味しいのです。
でも今回はあまりたくさんは食べないでおきます。
6パン

というのも、何とこの次にパスタが登場したからです。
これは「穴子のパスタ」。
天ぷら用の薄いのではなく、とっても肉厚の立派な穴子だったとか。
7穴子のパスタ

そしてデザートは「土佐ブンタンのゼリー」です。
とっても口当たりが良くって、気分サッパリ!
8土佐ブンタンのゼリー

最後にしっかりとした味のコーヒーをいただきました。
もう大満足!
中津川でこんな食事をいただけるなんて、何と幸せなことでしょう!
これが大都会だったら、一体いくら請求されるであろうか?
いやいや、値段の問題ではありません。

ウーニコさん。イタリアからの帰国後に何が変わったかというと、
一日に一組くらいしか取らなくなったのだそうです。
もちろん予約制です。

そして、やって来られるお客さんをイメージして、
毎回メニューを変えるのだとか。
ですから、同じメニューはないのだそうです。
この心意気が素晴らしいです。

かくしてとっても幸せな気分でお店を後にした私たち。
「またいつか行きたいものだね。」
「こんなに何度も行きたい店って、そうはないよね。」
と、いつまでもニコニコでありました。


そして実は今日が私の誕生日です。
48歳になりました。
私は食事中、密かに自分へも祝福しておりました。
ウーニコさん、ありがとう!
これからもお付き合いのほど、ヨロシク!

(お店の紹介は、こちらをご覧ください。)
「最近、夕方でも明るいわね。」などと会話しておったら、
知らぬ間に春分の日を過ぎておりました。
つまり既に夜よりも昼の方が長くなっておる訳ですよね。
時の流れの速さを感じます。

その春分の日に遡りますが、ブッダの初散歩に挑戦しました。
飼育本によれば、「幼いうちに散歩慣れさせておいた方が良い」
とあったので、ともかくもやってみたのです。

ちょうどこの日は地域で「稲荷様」という行事がありました。
場所は私がこの春から氏子総代となる二渡神社です。
神社の脇にお稲荷様がいらっしゃるので、そちらを奉る祭りなんでしょうね。
私はこういうことはとんと分かりません。
ともかくその「稲荷様」に向けて散歩してみることにしました。

ハーネスをしっかりとつけて、「さぁ行くぞ!」
おいおい、逆方向ではないか!
1散歩行くぞ

もたもたしているから、U太が遥かかなたに行ってしまったではないか!
2U太はかなたに

解説しますと、ブタは犬とは違い、
グイッと綱を引いてもついてこないのです。
無理に引っ張ると逆に切れて動かなくなるとか。
つまり、うまい具合にこちらが思う方角に進ませなければならないそうです。
そんなコツ、どうやったら掴めるのだ?

ともかく、10分経っても、我が家からほとんど離れておりません。
実はうちの土地の端までは抱いてきたものですから、
実質10mほどしか前に進んでおらんのです。
U太も戻ってきました。これじゃぁこの先が思いやられます。
3まだこの辺り

飼育本によると、
こういう時は「ブタの食い気」を利用して前に進ませるそうです。
つまり「馬の目の前に人参を吊る」発想ですね。
でもこの日はそういう準備をしていなかったので、
しびれを切らした私は、結局ブッダを抱いて神社に向かったのでした。

そして神社が見えてきた時点でブッダを下ろします。
稲荷様の準備をしてこられた地域の人々が大勢私たちを眺め、
「おお、ブタだ!」と盛り上がるのが聞こえてきました。
きっと「脱走事件」のことも話されていることでしょう。
4稲荷様

案の定、「ブッダ脱走事件」は皆に伝わっておりました。
「これがそのミニブタかぁ!」と大笑いで迎え入れられました。
その時になって、「そういえば、稲荷様にブタを連れてきても良かったのかな?
キツネとブタは相性が良いのだろうか?
しかも名前が名前だし。神社や稲荷様に失礼なことはないのかな?」
と今更ながら気づきました。

そこでその点を周りに訊ねましたが、全くおとがめなし。
「大丈夫。だってさきほど皆で念仏を唱えたくらいだから。」
なるほど、地域の神様・仏様は寛大であります。
何と言っても、周りに笑いと福を呼ぶミニブタ・ブッダですからね。
皆さん、良しとしてください。

そんなことよりも大きな反響を呼んだのが、子供たちです。
遠目で見つけるや否や、わーと集まってきて、
ずっとブッダにまとわりつきっぱなし。
6集まる子供

「ねぇ、ブタって何を食べるの?」
「草だよ。その辺の草でも食べるよ。」と教えると、
「わーっ!」とばかりに草をちぎっては口元に持っていきます。
そして本当にバクバク食べるので、また次の草を持ってくるという次第。

「私、ブタを飼っている人を初めてみた!」と声を掛けられ、
随分と子供たちとの距離が縮まったようにも思います。
ブッダは縁の神様でもあるようです。
なるほど。これほど受けるのならば保育園の行事にも連れていくか?

初対面の子供たちはまだおっかなびっくりですが、
U太はさすがに平気で近寄ります。
身近な無害のペットができて良かったね。
7遠巻き

ところで、先日、「ブッダは三軒隣の畑で見つかりました。」と書きましたが、
田舎の三軒隣は遠いです。ざっと200m離れています。
そして実はこの二渡神社のすぐ傍にまで来ていたのだとか。
これはもしかして二渡神社の神様が呼び寄せて守ってくれたのか?

ということでブッダの初散歩はほとんど私が抱いた状態で終了。
でもともかく地域へのデビューは無事果たせたように思います。
地域の皆様、これからもブッダをよろしくお願いします!
今回の「新春広島の旅」、実に素敵な出会いがありました。
メーリングリストwvoの関西ミニオフ会に集った人々、
泊めさせていただいた坂本耕太郎さん家族、石岡さん家族、
お邪魔した秦さん家族、お好み焼き屋のおばちゃん、
ワークショップで出会った人々(ブログを読んでくれた人もいた)、
愛農かまどワークショップの指導に来られた三重のNさん、
大阪のモデルハウスを宿泊所として提供してくれた中島工務店の皆さん・・・

<これがモデルハウスです。素敵でしょ?>
P3160069.jpg

実に素晴らしい出会いが重なった中で、特に深く感じ入ったのが、
宮城の倉田さんです。宮城って東北の宮城県の宮城ですよ。
そもそも「何で宮城の人が一緒に広島に旅するの?」と思いませんか?
しかも今回私たちは二度目の出会いなのです。
そのいきさつは次の通りです。

加子母でのwvoオフ会&公開勉強会で初めて出会った倉田さん。
美味しいお酒や塩辛、「海のパイナップル」と呼ばれるホヤなど、
たくさんのお土産を持ってやってきてくれました。

加子母まで三日がかりでやってきた倉田さんの車は、
天ぷら油で走るSVO車ではありません。
でも普通のディーゼル車でもないのです。

彼の車は「MVO」MはミックスのMです。
何を混ぜているかというと、「灯油と天ぷら油」です。
車を特にいじっている訳ではありません。
彼の面白いのは、「事前に自治体に申請して、
灯油を使った分量を自己申請して、かかる税金を払っている」ことなのです。
なるほどなぁ。そんな方法もあるのですね。
彼が手に持っているのが、その申請書類です。
3実車7-1

そして今回、私たちが大阪経由で広島に行く予定とのブログを見た倉田さん、
私にメールを送ってきました。
「広島行きたいなぁ。でもあまりに距離があるからなぁ。
そんな私に同情する?ならば同乗する?」

最初は何を申し出ているのか分かりませんでした。
「つまりは、加子母まで来て、その後私たちと一緒に旅をするということ?」
どうもその打診メールのようでした。
それにしても先月加子母に三日がかりで来たばかりなのに、
またやって来て、その先広島まで行くというのか?
しかも一度会っただけなのに?

正直言って少し戸惑いました。
こちらは幼子つきの家族四人ですからね。
本当に一緒で大丈夫だろうか?

でも私は物事の流れを大切にするので、
「受け入れ先が良いというのなら」と了解することにしました。

かくして5人の旅が企画された訳ですが、
直前になって倉田さんから予定変更のメールが届きました。
「大阪で合流でもいいかな?」
「別にいいですけど、どうして?」

やがて真相が分かりました。
自宅で何気なく車のネットオークションを眺めていた倉田さん。
大好きな車が格安で出ているのを見つけたのです。
その車とは「ディスカバリー」。
私も憧れる車です。

新車ならば200~300万円するこの車、
かつて私も中古車を探した時がありますが、それでも結構な値がします。
その車が、何と○○円で売りに出ていたのです!
(正確には書きません。倉田さんの事情もあるでしょうから。)
ともかく驚きの価格でした。

その売り主は徳島の人でした。そこで倉田さん考えた。
「宮城からまずは徳島入りして、ディスカバリーを引き取って、
それから大阪入りすれば良いのではないか?」
そこで早速落札し、そのような旅程でやってきたという次第。
大阪で悦に入る倉田さんであります。いいなぁ。
1ディスカバリー

でも宮城から東京、東京から徳島まで長距離バスを乗り継いだ倉田さんは、
ヘロヘロになっておりました。
しかも大阪ではオフ会の宴会。
翌日は私と交代しながらも長距離運転です。
ですから広島での山登りでは超ヘロヘロになっていたのでした。
2ヘロヘロ

その夜、坂本宅で11時間眠った倉田さん、
その後は全開でありました。
親父ギャグ連発、とても配慮の効いた言動、そして物知りなこと!
この人はいったいどんな人生を歩んできたのであろうか?

「倉田さんって幾つなんです?」
「はい、50近いです。」
「ならば私と同世代ですね?」
「・・・い、いや、四捨五入で50です。」といったノリ。

坂本さんの桜の山農園では「ブタの丸焼き器」を嬉しそうに回し、
3ブタ焼きたい

ミニブタとの対面後は、飼い主よりも先んじて餌付けしようとし、
4ミニブタ餌付け

父親代わりにKAN太をあやし、
6KAN太をあやす

旅の間にもうすっかりと私たちの家族の一員になっていました。
そしてそのお人柄に私たちはすっかり惚れ込んでしまいました。
7家族写真

そもそも私が家族以外の人と5日間もの旅をしたことがあるだろうか?
本当に機会が少ないです。
正直言って、同じ人とそれほどずっと一緒になって旅をするのって、
もともとは苦手なのです。
だからよほど気心が知れた人とでなきゃご一緒しないですね。

人は好きです。
でも人との付き合い方にはそれなりの距離感を持って、
プライベートな時間や空間を大切にする方ですから。
だから今回、二度目の出会いでそんな旅を選んだ自分が不思議だし、
そして結果的に全くストレスフリーで過ごせたことにも驚きです。
これはもう倉田さんのお人柄のおかげとしか言い様がないですね。

そんな倉田さん、
愛農かまどのワークショップでは、
「どうせmasanがまたワークショップをしてくれるんでしょ?
だったらその時に教えてもらう!」とハンモックで昼寝しておりました。
5ハンモックで昼寝

その割り切り方にも大笑いですが、
どうぞ、どうぞ、またいらっしゃい!
ひょんなことからこんなに素敵なご縁をいただけたことに感謝です。
これからもよろしくお願いしますね。

以前ちらっとご紹介した「愛農(あいのう)かまど」。
かつては日本中で作られたそうですが、その後見られなくなり、
それを復刻して普及され始めたのはつい数年前のことらしいです。

少ない薪で二つの火元とオーブンを持つ優秀なかまど。
これこそ私が「こんなの欲しいなぁ~。」と願っていたものでした。
でも作り方が分かりません。
幾つかのサイトで見つけたけれど、肝心の中身が分からないのです。

「実はただのブロッグ積み上げ式なのかな?ならば簡単じゃん。」
と高をくくっていましたが、どうもそうではならしい。
今回この愛農かまどを作るワークショップ広島で開かれるというので、
その日に合わせてミニブタ引き取りの日程を組んだのでした。

Iさんのお宅を出発して移動すること30分ほど。
この日までに既にIさんたちがある程度までレンガを組み上げておりました。
この途中までの出来上がりを見て、
「こりゃアカン!」と私は直感的に悟りました。
私が一人でできるようなレベルではないと分かったのです。
1途中のかまど

私はまずセメントを練るという作業がいい加減です。
加えて均一にレンガを載せていくのは実は大変なのです。
ですからIさんの仕事ぶりを見て、
「これは結構やり慣れていらっしゃるな。」とすぐに分かりました。

しかも「ここまでは簡単だけれど、この先が大変」なのだそうです。
その意味はこの木型を見て理解できました。
最終的にこの木型をはめてレンガを組んでいくのです。
つまり曲線の連発です。
こりゃアカンわ!
2木型

実は上の木型こそが愛農かまどのノウハウの集積らしく、
これまである職人さんが持っていたのを、
もう捨てようとした時にたまたま見かけた三重のNさんが、
「ちょっと待った!」とストップかけたことで、
愛農かまどづくりが首の皮一枚で残ったのですと。

今回そのNさんを招いて、最後の仕上げをするというのが、
今回のワークショップの目的です。
ところが上の木型。実はくだんの「首の皮一枚残った木型」ではないのです。
これは今回Iさんたち広島のメンバーが、入手したデータを元に、
自分たちで準備したものだったのです。すごいことです。

そしてしかもレンガを組んでいく一段ずつに図面化されていました。
もと設計士だというKさん、すごいです。
ますます広島人に脱帽です。

さて今回の仕上げにあるパーツを使いました。
それはドラム缶の一部です。
それ用に切り取られたドラム缶がテーブル代わりに置かれておりました。
中にゴミを入れることもできますね。
なんだかお洒落。
3切り取られたドラム缶

そしてワークショップが始まりました。
皆さんとても熱心にメモを取ったり、写真を撮っています。
これからきっと広島で愛農かまどが広がっていくのでしょうね。
4熱心な人々

仕上げのセメントワークを見せるIさん。
やっぱり腕が違うわ。
5セメントワーク

木型に合わせてレンガを切るIさん。
カッコイイですね。
6レンガを切る

一方、先日泊めていただいた坂本さんご夫婦は、
ロケットストーブ型のキッチンとぬかくどで調理しながら
皆さんに説明していました。
勢い良く火が立つ姿に驚く人々。
籠のように見えるのは、
Iさんの奥様Mさんが竹から作った「スタードーム」です。
広島人、何でも作っちゃいます。
7ロケットストーブプレゼンテーション

釜で作った混ぜご飯、美味しかった!
8ご飯を炊く

一方、実はこの日に「ミニブタ引き渡し式」が行われたのですが、
私が油断した隙に、私たちより先に餌付けをして
気を引こうとしている、宮城の倉田さん。
しかもかみさんの作ったクッキーで誘い出しております。
「あっ、見つかった!」
9餌付けする倉田さん

今回私たちはオブザーバー的な立場でしたが、
「masanたちは天ぷら油カーでやって来られたのです!」
と紹介されたこともあり、次々と質問にやって来られたので、
「ならばプレゼンしましょうか?」と提案。

よきかな号を持ってきて、即席の説明会をさせていただきました。
それまでは「お客さん的」で少々居心地が悪かったのですが、
このイベントのおかげで私の気も晴れました。

お昼時には何と演奏会が!
10ランチ演奏会

しかも楽器をよく見てみましょう。
聞いたところでは、廃材を使った楽器だとか。
いやはや広島人、本当に何でも作ってしまいます。
私の辞書に新しい文句が加わりました。
「広島人は何でも作る」
11てづくり楽器

食後も着々とワークショップは続きます。
いよいよ木型をはめる段階にまできました。
12木型をはめる

もう間もなく完成かな?
13完成に向けて

ところがこの頃には私たちが広島を離れる時がやってきました。
その後の動きを考えると、早く移動しないとかなり遅くなるのです。
そこで皆さんにお別れのご挨拶をして、ミニブタを乗せていざ出発!

それまでにも数名の方が親しげに話しかけてくれました。
いろんな話題を重ね、分かれ際には「今回お会いできて嬉しかったです。」とも。
ありがたいですねぇ。
快晴にも恵まれ、本当に良い時を過ごさせていただきました。

ところで、冒頭から「こりゃアカン!」宣言をしてしまった私ですが、
うちの愛農かまど作りはどうするか?
私は私たちなりのやり方で進めようかと考えています。
それは「全て自分たちで背負ってやろうとしない」スタイルです。

三重のNさんとは何度かゆっくりとお話する機会に恵まれました。
加子母でのwvoオフ会&公開勉強会に来てくれた三重のSさんとは
ほんのご近所で、今回私たちのことは会う前からご存知だったこと。

そもそも愛農かまどのノウハウである木型を作ったK職人が、
86歳というご高齢ですが、人間的にも素晴らしい人らしいこと。

そして何よりもNさんのお人柄が素晴らしいことに感動しました。
全然偉そぶらないで、懐が深い方なのです。

そこでNさんにお願いしました。
「一度三重に伺って、Kさんとも会わせていただけませんか?
その上で、私たちの愛農かまど作りの指導をしていただけないでしょうか?」
「もちろん!」
Nさんは快諾してくださいました。

ですから私たちはまず三重に伺うことから始めようと思います。
そして、多分加子母第一号はもりのいえに作ることになるでしょうが、
その作業を何段階かに分けて通しのワークショップにしようかと考えています。

さて今回の「新春広島の旅」で得た大きな資産を、
これから私たちがどうやって活かしていけるか?
本当に楽しみになってきました。
ともかく今回お世話になった皆さん、ありがとうございました!
広島旅行ネタはまだ少し続くのですが、
読んでいらっしゃる方々はきっとこう思っていることでしょう。
「で、ミニブタはどうなったのだ?」
その期待にお応えいたしましょう。

今回ブッダが逃げ出したのは、このハーネスが緩んだからです。
買ってきた「小型犬用のハーネス」、
首と胴にかけるようになっていますが、
ブッダには少しだけ大きかったのです。
1ハーネス

そこで一部を結んでちょうどの長さにしたのは良かったですが、
その結び目をきつく引っ張ることをしておりませんでした。
ところが現実には動物はぐいぐいと引っ張る訳でして、
そうするうちに結び目が小さくなり、紐が緩んだと思われます。

そこで改めて紐を短くして結び目をきつく縛り、ブッダを繋ぎました。
ここしばらくは外に出してもらえていなかったブッダ、大喜びです。
顎を撫でてあげるとほれこの通り。うっとりとした顔つきになります。
2うっとり

これはちょっとすました姿。仏像のようですね。(どこが?)
3整った顔

少し顔をかしげるとイノシシ顔にもなります。
4イノシシ顔

でも次の瞬間にはまさにブタ顔に変身。
5次の瞬間

ちょっと油断すると畑に顔を突っ込んで菜っ葉を食っております。
今のところは無礼講です。ま、好きにしなさい。
6菜っ葉を食う

こうして早くもすっかり家族の一員となっております。
ところで、名前が「ブッダ」ということで様々な反響を呼んでおります。
「えっ、マジ?」
直球のネーミングだと思うのですが、人々の意表を突くらしい。

また、かみさんやU太は「ブッダ」とは呼びにくいらしく、
「ブッタ」と呼んでおります。
それはOKです。でもそれだとブタそのまんまやんか。

一方、「仏教界から苦情が来るか?」と身構えておりましたが、
まだ相手にされていないようです。

そして噂を聞きつけて、次々と参拝客(?)が訪れてくれております。
わたしゃこれまで、
この世でこんなに「ブタ好き」な人がいるとは知りませんでしたよ。

「私はブタが好きで好きで、いろんなブタグッズを揃えているの!」
「ミニブタも飼いたい!と切望しているのだけれど、
 夫が『それだけは勘弁してくれ!』と言うのです。」という人もいます。

ま、ともかく皆さんニコニコと接してくれます。
ミニブタを見て渋い顔をする人はいないですね。
まさにブッダは笑いと福の神?
そんな様子を見て、ご利益(りやく)を期待してじゃありませんが、
ある簡単な「ミニブタルール」を考えつきました。

それは「参拝される方は、お賽銭をお持ちください。」というものです。
お賽銭とは、残飯です。それも野菜クズや残りご飯がいいですね。
調理した後のおかずはご遠慮します。
間違ってもトンカツは持ってこないでね。共食いになるから。
ポテトチップスなどジャンクものも禁止です。
ま、ブッダとスキンシップをはかる道具としてお楽しみください。

ということで、今日のベストショット!
まさにこの構図でキャッチできました。
この目つきにやられた方は、供養のためにご参拝ください。
7今日の一番

時代をトリップしたかのような素敵な坂本家を後にして、
まずは秦(はだ)さんのお宅に立ち寄りました。(ブログはこちら
こちらはメーリングリストwvoのメンバーであり、
アイデア一杯の暮らしをされているということで、
時間の合間をぬって伺った次第です。

到着してまず驚いたのは、家の前の用水にセリが群生していたことです。
結構幅広い用水にこれほどたわわに群生しているのは見たことがないです。
今が最高の食べ頃です。
サラダに、お浸しに、昆布しめに、天ぷらにと大活躍します。
羨ましいなぁ。
1セリ群生

お宅を見上げると、これまた素敵な光景が目に入りました。
何と自宅の中に「秦神社」があるのです。石の門がインパクトあります。
この神社を守るために秦さん一家が暮らしているとか。
いわば「masan神社」なるものがあるということですよね。
これまたすごいことです。
2秦神社

ご自宅の塀にも感心しました。
福がやってきそうですね。
3塀

畑にポツンと置かれた太陽光パネル。
これだけで立派に発電して、井戸のポンプを動かしていました。
「これでいいんだよなぁ。」
4シンプル発電

最近やたら太陽光発電が取りざたされていますが、
どうも私は納得がいかない点がありました。
そのことは別の機会に書きますが、
ともかくこの時に秦さん宅で見かけたこの太陽光発電が、
その後の私の判断を促したことは間違いありません。

家の中で小さな圧搾器を見せていただきました。
これはヒマワリの種から油を搾るための装置です。
かつて「現代農業」という雑誌に紹介されていたものから
自作されたとか。
5圧搾器

実は秦さん、現代農業の社員だったのですと。
なるほど農業に関しては相当なノウハウをお持ちのはずですね。
他にも様々なアイデアをお持ちのようでしたが、
次の予定があったのでこのあたりでおいとましました。
いつか機会があったらゆっくり伺いたいものです。

続いて伺ったのは、その日に泊めさせていただく石岡さん宅でした。
見てくださいよ。この立派なご自宅!
太陽光パネルが燦然と輝いております。
電力会社とつながっている系統連携と、
独立連携の二つのシステムをお持ちです。
6石岡宅

蓄電池も本格的です。
7蓄電池

こちらでまず案内されたのが、ロケットストーブです。
ロケットストーブについてはまださほど知られていないようですが、
私たちの間では俄然話題になっております。
ドラム缶やレンガを使って効率的に暖めるシステムです。
8ロケットストーブ

早速火をつけてもらいました。
手前のレンガ組のスペースに小さな薪を入れ、
火を入れるだけで完了。
いきなり炎が引かれているのに驚きの声が上がります。
9火をつける

面白いのは、薪を立てに入れること。
こうすることで、少しずつ薪が燃えて自動的に下りていくのです。
10薪を立てる

この図では分かりにくいですが、ストーブからの煙突は地面を這い、
その上に土をかけて固めてあります。
その土が次第に暖まり、「あったかいベンチ」となるのです。
「このシステムをmasan宅の土間に作るといいですよ~。」とのこと。
心が揺れます。いや、もう腹は決まりました。
11暖まる椅子

陽がサンサンと入るテラスにはソーラークッカーが。
太陽の恵みで湯が沸くのですよ。
シンプルな仕組みだけれど、いいですよねぇ。
12ソーラークッカー

この他にも様々なアイデアを拝見しました。
プライバシーの関係もあるでしょうからこれ以上は控えておきますが、
石岡さん一家はかなり本格的な循環型暮らしを実践されています。
詳しくはこちらのブログをご覧ください。

前日ご紹介した坂本さんといい、最近出会う広島人はすごいです。
暮らしぶりが力強いですよね。
「私たちも自分たちのペースで、できることをやっていこう!」
同じような思いを持つ人々がいるという発見ができたことが
最大の収穫であり、心強く感じたことでした。
広島の一泊目にお邪魔したのは、
ミニブタをいただいた坂本宅でありました。
坂本耕太郎さんご夫婦はまだ20代です。
お父さんは有機農業界ではかなり知られた存在だとか。
そのお父さんたちがかつて開拓した土地(山)を預かり、
一帯を独力で開墾しながら暮らしている坂本家であります。

公道から外れて泥道を進み、ゲートを過ぎてもまだ車で移動。
その先にお宅はありました。
お父さんと仲間たちが建てたという基地は、
その後、耕太郎さんたちが住めるように改造し、
素敵な空間に仕上がっていました。
「生きてる!」という気配が伝わってくるでしょ?
1ダイニング

この家はいろんな工夫に満ちています。
例えば薪ストーブは一見して普通ですが、
中の鉄板を切って直接火が天板に当たるようにして調理し易くしています。
また、炎の中には銅製のパイプが通っており、
その中を通る水が暖められて、湯に変わるようにもなっているのです。
2薪ストーブ切ってパイプ

風呂は屋外にありました。
ホーローバスをこの地の土で固め、
直火焚きで風呂を沸かします。
仕組みはうちと一緒ですが、何ともワイルドです。
3薪風呂

屋外には「ロケットストーブ・キッチン」が作られていました。
これは少ない薪で効率的に火を起こすシステムです。
脇にはぬかくども見えます。第一号にして具合良いとか。
4ロケットストーブキッチン

よく見ると、一斗缶で作られています。
これは我が家でも真似するつもりです。
ヒントは缶の中です。
5ロケットストーブキッチン中

夜は坂本さんのパソコン動作向上のお手伝いをしながら
手作りどぶろくをいただき、
嵐の夜が明けると快晴の天気が広がっておりました。
庭では合鴨が放されています。
ここでは犬も猫も放され、実に開放的です。
ニュージーランドのレインボウ・バレー・ファームを思い起こしました。
6合鴨

豚が飼われている場所には、生活排水をろ過して水飲み場ができておりました。
7生活排水ろ過

そして耕太郎さん自慢の豚小屋へ。
約120頭が飼育可能となるこの豚小屋、
耕太郎さんが全て一人でここまで作り上げたとか。
そのレベルの高さに驚くばかりです。
8豚舎

外には彼が木の皮を剥いた後が散乱しています。
9皮剥いた

傍には「豚の丸焼き器」が。
友人の結婚式に一頭贈呈したとか。
このスケールとパワーに圧倒されます。
10豚の丸焼き器

一角にはパレットを利用した豚小屋もありました。
その発想力に感心!
11パレット小屋

たまたま私一人が外にいた時、小屋にいたロバ二頭が外に出ておりました。
かみさんに「お~い、ロバが外に出ているよ!」と伝えると、
「エッ?」と耕太郎さん夫婦の声。
どうもこれは日常的な風景ではなく、本当に逃げ出したのらしい。
12ロバ逃げた

やがて彼らは戻ってきましたが、何とも愉快な空間と時であります。
こんな暮らし、若かりし頃の耕太郎さんは嫌だったそうです。
それがいろんな経験を通して、
「実は親たちが拓いてくれた境遇は、かけがえのないものだった。」
とやがて気づいたのだとか。
この歳にしてそのことに気づいたなんて、何と素晴らしいことでしょう!

かくして、着々と夢を実現しつつある坂本家であります。
広島・三原市・桜の山農場(家の正面に大きな桜の樹があるのです。)
これから先の展開が実に楽しみな場所です。
これを期に、お互いに刺激し合っていこうね!
13家の前


昨日は思わぬ「ブッダ脱走騒動」のおかげで、てんやわんやとなりました。
今日は気を取り直して今回の「広島新春の旅」を振り返ります。

旅に出るにあたって、「できるだけ軽油は使わない。」と心に決めておりました。
それは経済的な理由もありますが、
「軽油無しでどれだけ走り続けられるであろうか?」という実験でもあります。

ところが真冬は天ぷら油のろ過が進まず、十分な燃料を確保できませんでした。
そこで、先月のwvoオフ会&公開勉強会の際に出会った、
BDF(バイオディーゼル燃料)を製造しているTさんにお願いして、
大量のBDFを確保することができました。
Tさん、ありがとうございます!

そしてよきかな号にタンクを積み込みます。
一タンクあたり約18リットル入って8タンク準備しました。
車にもともと積まれたタンクと合わせて約160リットルです。
1タンク積み

かみさんの実家でまずは一泊。
その後、大阪に移動しての一泊です。
こちらではメーリングリストwvoの関西ミニオフ会が予定されていました。
先月の一大オフ会とは異なり、今回はこじんまりとしっとりと話し合います。
つまみもほとんどスーパーの総菜系です。それでもかなり豪勢になりました。
2wvoミニオフ会食事

集まったのは、大阪の和田さん、和歌山のIさん、
岐阜・養老のOさん、そして宮城のKさんです。
あまり関西っぽくないですね。
ともかく和やかに夜更けまで歓談して時を過ごしました。
共通の関心を持つ仲間って、こうやって集うことができるのだなぁと実感。

さて翌朝、皆で大掃除です。
何せモデルハウスをお借りしましたからね。
綺麗に元通りにしてお返しせねば。
その点、皆心得ていて、実にキビキビと動いてくれました。
(ほとんど酔ったまま動いていた?)

そして広島に向けて出発です。
和田さんからはBDF20リットルをいただき、もう十分な確保です。
ここからは宮城の倉田さんが同行してくれ、交代で運転しての移動。
倉田さんとは二度目の出会いですが、この方のお人柄でしょうね、
とっても和やかな会話が続きます。

やがて広島は三原市に到着。お世話になる坂本さんと合流し、
まず連れていかれたのは広島お好み焼きの店でした。
私はこれまでにも何度か広島を訪問したことがあるので、
広島お好み焼きが何たるものかは知っていますが、
坂本さんが「ここは本当にいいから!」と太鼓判を押すので、
とても楽しみにしていました。
3店構え

カウンター6席ほどの小さな店では、
いかにも田舎のおばちゃんという風情の
とても和やかなおばさんが迎えてくれました。
まずはクレープのように拡げ、
4クレープ

別に炒めたソバとキャベツを大量に載せ、
豚肉を被せて特製の鉄板で押さえます。
5押さえる

そして出来上がったお好み焼き!
すんごく美味しかった!
私は店を見るとき、「味」「設え(しつらえ)」「オーナーの人柄」
で判断しますが、どれも満点です。
6完成

私たちが遠方から来たということもあってか、
おばさん少々興奮気味で、自家製のキムチも出してくれました。
私たちが大喜びしていると、お土産にも持たせてくれました。
嬉しいですねぇ。
三原市は本郷の役場傍の一休さん、ありがとう!
今度また来る時があったら必ず寄るね!

食後、「是非紹介したい場所がある。」と、
坂本さんが私たちを誘導しました。
「晴れたら絶景の場所」なんですと。
でもその日は雨模様。何度か雨脚が強まります。

ともかくついて行き、「白竜山」に到着しました。
何とか雨は止まっています。
駐車場から約1kmの道を登っていきますが、これが結構きつい。
というのも私はKan太を抱っこしていたのです。

何とか中腹の山門まで到着。
まだ二日酔いか?倉田さんはヘロヘロであります。
がんばれ!U太の方が早いぞ!
7倉田さんガンバレ

山の中腹には「龍泉寺」が建っておりました。
我が加子母の宗派である曹洞宗の寺でした。
これも何かの縁なのでしょうか?
8龍泉寺

ところで、上の画像で右上に岩が見えるでしょ?
その後、そこまで登ったのであります。
つまり頂上は「岩」!
ここからの景色は、それはもう見事でありました。
まさに360度の景色であります。
いっぱしの登山をした気分で壮快!
私は汗だくで、上着を全て脱いで裸になりました。
9頂上から

そんな思わぬ登山を体験し、酔い(?)も醒めて下山します。
坂本さん曰く、「ずっと雨が降っていたのに、奇跡的だ!」とのこと。
実際、私たちが下山してから雨脚が強まったのでありました。

その次には我が「よきかな号」を丸裸にするイベントが待っておりました。
今回お世話になる石岡さん、坂本さんから
「是非地元のモータースに見せたい!」と要望され、
喜んで提供したのです。

私は車のメカは詳しくないのですが、
プロが見たらきっと分かるのでしょう。
ですから私はただ車を提供しただけです。
それだけでもモータースの方々は興味津々で覗いていたので、
なにがしかのお役に立てられれば幸いです。
10よきかな号丸裸

そんなこんなで夕刻になり、初日にお世話になる坂本家に移動しました。
そこがまたとっても素敵な場所だったのですよ。
(つづく)

本当は時の流れに従って書こうとしていたのですが、
急遽予定を変更していきなりミニブタネタです。

そもそも今回の「新春広島の旅」は、
先月の加子母でのwvoオフ会でのちょっとした会話から始まりました。
広島から来られた坂本耕太郎さんから
「産まれたばかりのミニブタいりませんか?」と誘われ、
「ハイ!」とその場で手を挙げていただくことになり、
引き取りに向かうことから旅の企画が始まったのでした。

そして途中の話題を省略して、ともかく坂本宅に到着しました。
早速ミニブタの赤ちゃんが過ごす小屋を覗きます。
すると、なんというプリティなお出迎え!
1出迎える

いやぁ、想像以上にかわいかったですね。
生後6週間(1月21日生まれ)ということですが、
もっと大きいと想像していました。
態度と目つきがかわいいではないですか!
でも母親は堂々としています。まるでイノシシ。
2母

初日はご対面だけで、引き渡しは二日後にお願いしました。
というのは、別のところでもう一泊することになっていたからです。
そしていよいよ引き渡しの日がやってきました。
快晴のもと、ミニブタがやってきました。
う~ん、ますますプリティ!
3引き渡し式

坂本さんや他の人々が驚くには、
こいつは「抱かれ慣れ」しているとか。
抱くとうっとりとした顔つきになっておとなしくなるのです。
ミニブタ飼育本には「抱くまでは根気よく」なんて書いてあったので、
それにはビックリ。

さてこの時点で、まだミニブタの名前は決まっておりませんでした。
出会う前は「ピンキー」が第一候補でした。
ピンク色だと聞いていたので。何とも安易でしょ?

でも実際に会うと、あまりしっくりきませんでした。
というのも、
今回私たちが引き取るミニブタは結構「ぶち」が多かったのです。

そのミニブタは「玉」を取ったオスです。
本当に生後間もなく「玉」を切り落とすのですよ。
だから本当に無い。
ちなみに「玉有り」のオスは見るからにピンキーでした。

「ならばあっちのオスの玉を落としましょうか?」
坂本さんは配慮して言ってくれますが、滅相もない!
私たちのエゴのために玉を落とすことはないです。

ですからその「玉無しオス」をいただいた訳ですが、
ここで命名について意見が分かれました。
私は「ブッチー」を提案。
かみさんは「ぶっちん」を主張。
こういう時、大抵の場合は私が折れます。
だってなんだかんだ言って面倒をみるのはかみさんというケースが多いから。

こうして一旦「ぶっちん」に決まったミニブタですが、
でもやっぱりしっくりこない。
私は別の意味でしっくり無さを感じていました。
かみさんは平仮名を主張したのですが、
そうするとブログで書くときに文章の中にまぎれてしまうのですよ。
たとえば「さきほどぶっちんがうんこをしました。」と書くと、
文章にメリハリが出ないのです。

そんなもやもやをはらんだまま、ミニブタは大阪まで帰ってきました。
大阪でお世話になったのは、
加子母に本社を構える中島工務店の大阪彩都モデルハウスです。
今回、社長の了解を得て行きと帰りに泊まらせていただきました。
とっても素敵なモデルハウスです。

そこまで到着してミニブタにトイレ&食事をさせていた時のこと。
今回の旅を一緒に過ごした「宮城のブレンディ倉田さん」が、
ボソッとつぶやきました。

「ぶちがあるから、ぶっちん、ブッチーねぇ。
ぶっちん、ブッチー、・・・ブッダ」
そして手を合わせてミニブタにお辞儀をされました。

その光景を見た瞬間、「それだ!」と私は叫びました。
「ブッダ。いいんじゃない?」
「エッ?本当にいいの?だって仏陀だよ?」
「いい、いい!私はブッダに一票!」

そしてかみさんにその旨を伝え、その場でミニブタの名はブッダに決定しました。
さてブッダ。大阪から加子母に移動する際もとてもおとなしく過ごしてくれました。
途中休憩した「ハイウェイオアシス刈谷」では注目の的!
でも周りの目は関係なく草を食い続けるブッダ。
こうやって草を喜んで食ってくれるのならば、うちは餌に困りません。
4草を食う

「慣れるのに一週間くらいかかるかしらね。」とかみさんは言っておりましたが、
どってことないです。二日目にしてこの馴染み方。
U太もいきなり親しんでおります。
5家族写真

そして我が家に到着しました。
小型犬用のハーネスをつけて畑にたたずむブッダ。
これからはこれがうちの日常風景になるのでしょうね。
6庭につなぐ

水をあげると、すぐに寄ってきます。
7水を飲む

「うん?何か言った?」
8水を飲んだ

いやぁ、想像以上にプリティで、正直言って参ってしまいました。
坂本さんたちも驚かれていたのですが、
こいつは抱くとおとなしくなるのですよ。

加えて驚いたのが、立ったままの姿勢であごを撫でてあげると、
うっとりとした目つきになり、次第に足が緩み、
ついには地面に倒れてしなだれかかってしまうのです!
これには皆大笑い! 超プリティです。

そしてブッダ用のベッドに案内します。
人間のベビーベッドの中に藁を敷き、
ダンボールで囲いをします。
9わらを敷く

その上にもダンボールを被せてベッドの完成!
きっとホームレスの方並みに快適な部屋になったと思います。
10ベッド

そして一晩が過ぎ、夜明けと共に畑に出して用足し&食事をしてもらいました。
でも昨日は私は仕事のために外出。
すると昼間にかみさんから電話がありました。
「・・・あのね、ブッダがいないの。」
ええ~っ!そんなぁ!

きっとハーネスが緩んだのだと思います。
ハーネスを付けたのは私です。どうしよう?
「いろいろ探したのだけれど見つからないの・・・」
かみさんも途方に暮れた様子。

ともかく続けて探すように頼み、電話を切って考えます。
「どうしよう?戻って一緒に探すべきか?」
でも時間的にあまりに無駄が多いです。
そこで決心しました。「一緒に探してくれる人を捜そう!」

それから携帯で片っ端から電話しました。
まずはご近所さんから。
「かくかくしかじかでミニブタが脱走したので、見つけたら教えて下さい!」
皆さん笑って応対してくれました。
でも私は真剣です。

続けて動いてくれそうな人に。
数人確保して、続けて猟友会関係の人たちに連絡。
「見つけても、どうか仕留めて食わないで!」
それから行政(生活福祉課)にも連絡です。
「もし連絡があったら知らせてね!」
「うちは犬猫専門なので管轄外ですが、注意しておきます!」とのこと。

ブッダをいただいた坂本さんとも連絡を取ります。
「ミニブタの行動範囲って?」
坂本さん「餌次第ですね。」なるほど。
ならばさほど遠くには行ってはいないか?
でも車に轢かれたらどうしよう?

次第に私は暗くなっておりました。
現場に行きたくても行けないもどかしさよ。
「こんなに素晴らしいご縁でいただいたミニブタを、
たった一日で失うことになったら、何と皆さんにお詫びしたらよいのやら。」

何度かかみさんと連絡を取りますが、やはり見つからない様子。
かみさんもグッタリした様子が伺えます。
でも大勢の人々が順番にやってきては一緒に探してくれたそうで、
本当にありがたいです。

こうして数時間が過ぎました。
夕方に一本の電話が入りました。
私が「見つかったら教えてください!」とお願いしていた、三軒先の方です。
「ミニブタな、うちの畑におるぞ。」

「本当ですか!」私は体中の力が抜けました。
「ありがとうございます。捕まえてうちまでお願いできるでしょうか?」
すぐにかみさんに連絡して、家で引き取ってもらいました。

いやぁ、本当に良かった!
これで何か起きたら悔やみきれないからね。
私は自分を責めてうつになったかもしれない。ならないかもしれないけれど。

ともかく無事にブッダは戻ってくれました。
そして今度は電話をした方々への「見つかった報告」です。
数えてみると何と15名に連絡しておりました。
皆さんお騒がせしてすいません!とんだデビューになってしまいました。

中には「村中に無線で放送してもらったら?」とアドバイスしてくれた人もいましたが、
もしそうしていたら村中にデビューしていたかも?
今でこそ笑っておられますが、本当に見つかって良かった。

ブッダ。これからはお前はうちの家族だよ。
うちに笑いと福を呼んでくれるブッダよ。
よろしくな!
アップ

2009.03.17 再開します!
皆さん、長らくお待たせしました!
いよいよ再開します!

なぜ今まで止めていたのか?

まず、パソコンを修理に出しました。
いよいよ具合が悪くなってきたので出すことにしました。

そしてもう一つの理由。旅に出ておりました。
大阪経由で広島まで、家族揃って5泊6日の旅でした。
移動は我が「よきかな号」。
走行距離1200kmの間、ほとんど軽油を使わずにノートラブルで走破しました!

その間、十分なネット環境ではなさそうなのと、
「きっと盛りだくさんでブログを書く暇がないであろう。」
とのことで、お休みさせていただいた次第です。

そしてその結果は?
もう期待以上でありました!

見出し風に紹介しますと、
・wvo関西ミニオフ会!
・広島到着!感動の広島お好み焼き!
・すごいぞ坂本宅!あっ、ロバが逃げ出した!
・すごいぞ石岡宅!自然エネルギー利用全開だ!
・すごいぞ秦宅!なぜか自宅に秦神社!
・なんだかすごいぞ!ロケットストーブ!まずは調理コンロ式からか?
・すごいぞ愛農かまど!「愛農」自体がすごい!
・感動のミニブタの赤ちゃん対面!そして驚きの命名は?えっマジ?
・ついに買ってしまった!太陽光パネル!やるぞ太陽光発電!
・なんといっても何ともすごい宮城の倉田さんでした!

これからぼちぼちと旅日記を書いていきますね。
お楽しみに!
2009.03.11 お知らせ
いつもご愛読ありがとうございます!

突然ですが、しばらくの間、パソコンを使えない環境になりそうです。
ブログもお休みとなります。

再開の時をお楽しみに!

野草採りに出たら、急に目の前にアサツキが現れました。
ノビルはよく見かけますが、アサツキは珍しいです。
我が畑にも自生していますが、まだこれほどには育っていません。
アサツキ発見

そこで少し株をいただいてきました。
葉の部分をカットして、根を畑に植えます。
アサツキ収穫

そこで葉をどうやっていただくか?
小口切りにして薬味に使うのが普通でしょうが、
今回は贅沢に調理してみました。
束ねて紐でしばり、洗います。
アサツキ縛る

それをさっと湯がいて軽く絞り、
均等の幅で切って並べます。
名付けて「アサツキそうめん」!
アサツキそうめん

「そうめん」と呼ぶには切らずにおくのが良いのかもしれませんが、
それだと噛み切りにくいので、切りました。
酢醤油でいただきますが、美味い!

スーパーものはあまり味がしませんが、
香りといい、辛みといい、シャキシャキした歯ごたえといい、
天然物をこうやって美味しくいただけるのはありがたいことです。

先日紹介したダンボールコンポストですが、置き場所が悪かったのか、
あるいは天候によるものか、まだ動きはありません。

「やっぱりコンポストは落ち葉と米ぬかでなきゃ!」
と主張するかみさん。私も同感です。
ピートモスというのは輸入ものになってしまうからね。
やはりこの地で手に入れたもので済ませたいものです。

そこで私たちのやり方でダンボールコンポストを作ってみました。
まずはどこからか出てきたネットを逆さにして置きます。
1逆さまネット

そしてダンボールを二重にして置きます。
うまい具合に隙間なく二重になるダンボールが見つかるなんて、
最近の私たちのタイミング良さを象徴するかのようです。
2ダンボール重ね

落ち葉と米ぬかを混ぜ、残飯とからめます。
3残飯と米ぬか落ち葉

蓋をして、虫が入らぬように麻袋を被せて押さえます。
今回は南向きの縁側に置きました。
陽がよく当たるので発酵が進むかな?
4麻袋

数日後、覗いてみると、見事に発酵中です。
5発酵中

手を当てると暖かい!
6温かい


ということで、第二弾は大成功!
原因はよく分かりませんが、置き場所って大事かも。
そこで第一弾の方も陽の当たる場所に移動しました。
ゴミのコンポストが南向きの縁側に並ぶのって愉快です。
これから先、どんな展開になるでしょうか?

「masan、あんた来年度から氏子総代(うじこそうだい)だからな。」
ひと月ほど前に班の常会で知らされました。
「氏子総代って何?」
氏子は分かりますが、その総代って何をする役なのか?
正直なところよく分かっておりませんでした。

そこで、まずはウィキペディアで調べます。

「氏子総代は、神社の祭礼にあたって神職に協力したり、氏子・崇敬者の世話をしたりする。その神社の氏子・崇敬者のうちの「徳望が篤い人物」の中から宮司が選任することとなっており(実際には責任役員が決めているという神社も多い)、通常は複数人選任される。戦前の規定では、県社以下の神社については氏子数 に応じて3名以上の氏子総代を選出していた。神社が提出する届などには氏子総代の連署を要するなど、神社の維持のための活動を行う義務を有していた。現在 の制度でも、宗教法人の責任役員は、総代によって組織される総代会が選考することとなっている。」

ということです。
でも別に私の徳が篤いからという訳ではなく、
加子母の我が区では班ごとの順番制です。
たまたま私の年齢が次の役回りになったというだけのことです。
ただし少々やっかいなのは、役の期間が長い!三年間です。

我が二渡地区は6つの班に分かれていますが、
そのうちの一つは若者用の独身寮なので役が免除され、
残る5班から一人ずつ順番に選ばれます。
それがちょっとずつずらして選べば良いものを、
同時に全員が交代するのが正式なのですと。
だから来年度は勝手の分からない5名が行事を仕切るということになります。

「間違っても総代長の役は受けるなよ。大変だから。」
班の常会では周りからしきりにアドバイスを受けました。
総代会には、「総代長」「会計」「庶務」の三役があるらしい。
つまりは3/5の確率で役が回ってくるということです。
でも総代長を三年間受けるとなると、
何だか分からないけれど本当に大変そうです。

ちなみにこれまでの三年間を勤めた総代会は、
一年ずつ総代長を交代したらしい。
でもそれは正式ではないらしく、
「これまでは加子母の中で、
うちの区だけが唯一正式に三年間同じ人が総代長を勤めていたのに・・・」
と年寄衆は残念がっております。

「だからな、『今回は一人が三年間総代長をやりましょう!』
と言って、お前は逃げろ!」と周りがアドバイスしてくれました。
「それとな、『私は庶務をやります!』と先手を打て!」とも。
皆さん親身になって助言してくれますが、結構楽しんでいる様にも見えます。
果たしてそのような戦術が功を奏するのか?

さて、一昨日、「総代会の引継ぎ」なるものが開かれました。
二つのコタツが並べられ、片方にこれまでの総代会の5名、
もう片方に新総代会の5名が座ります。
片や荷が下りてやれやれのリラックス派。
片や「誰が総代長になるのやら?」と疑心暗鬼派。
客観的に見て結構面白い図です。

前任者たちはにこやかに引き継ぎ事項を説明し、
「じゃぁ後は新総代さん達で話し合って役を決めてください。
わしらはWBC(韓国戦)が待ってるから!」
と言って去っていかれました。

残された5名。お互い目を合わせず、しばし沈黙が流れます。
私はどうしようか逡巡しておりました。
班の助言通り、「庶務をやります!」と言い出すべきか?
あるいはあわよくば役から逃れられるかもしれないかも?
だって私はまだ地域の新参者なのだから。
年齢的には私は下から二番目の様子だし・・・

そんなことを考えていたら、一番の長老格・Sさんが口火を切りました。
二番目に歳のいったHoさんに向かって、
「わしはもう歳でえらい(きつい)から、あんた、総代長をやってくれんか?
応援はしっかりするで。」
間髪入れず、他の二人も「そうそう。Hoさんが適任だ!」と口を揃えました。

「いや、わしよりもこの人の方がええんでないかい?」
と私を指差すHoさん。
「とんでもない!」と即答する私。
「いずれにせよ、もし長老が外れたら、年齢的に私に三役が回るではないか!」
と心の内でつぶやく私。
序盤戦はこのように開始しました。

再び静寂が訪れます。
今度は真ん中の歳のMさんが言います。
「やっぱりHoさんが総代長に適任だよ。
だって若い頃に総代を一度経験したこともあるだろう?
そして会計は一番若いHiで、庶務がmasanで決定だ!」
おお、見事に自分を外してきました。

その後もジャブの応酬があり、やがて観念したHoさん、
「分かった。ではわしが一年目は総代長をやるよ。」
それを聞いて、これまた間髪入れず、
「とりあえず一年だな?」とSさん。
続いてMさん「そうそう、とりあえずやってみて、二年目はその時に考えよう。」
Sさん、「そして続けられそうなら続ければいいではないか。」
おお、さすが誘導ができております。

ということで、総代長はHoさんに決定!
あとは残る二役です。
すると総代長、いきなりリーダーシップを発揮し始めました。
「会計は賽銭箱の集金を毎月せねばならん。
それには家が一番近いmasanが適任だ!どうだ、やってくれるか?」

いきなりものすごい理屈で役を振られました。
あまりのフェイントに唖然とする私に、
「そうだ!それが一番理に適っておる!」と押し切られてしまいました。

「そして庶務は一番若いHiがやってくれ。」
これも強引に決定。
ということで、私は会計をすることになりました。
いやはや、すごい展開です。ま、仕方あるまい。

その後、今後何をどうやって進めるかと話すうちに、
「実際に神社と社務所を見てみないことには、
どこに何があるのやら分からんなぁ。」という流れに。
「じゃぁ、明日の朝、神社に集まるか?」
とHoさんのリーダーシップで決まりました。

そして昨日、私はU太を連れて神社に歩いて向かいます。
確かに私の家が一番近いので、楽と言えば楽です。
皆さん勢ぞろいして、前日の話通り、物品の確認を済ませて帰ろうかとしたら、
やおら総代長が地面に落ちたスギの葉を拾い始めました。
「せっかく神社に来たのだから、掃除をして帰ろうか?」

もしかしてそんな展開になるかもと想像していましたが、大当たり!
総代長、いきなりやる気マンマンです。
でも総代長のセリフと態度に清清(すがすが)しさを感じたので、
嫌な気分はせず、皆、従って掃除を始めました。

竹箒(たけぼうき)で落ち葉を集めていきますが、これが結構溜まっています。
1掃除1

集めたスギの葉はかがり火で焼きます。
U太も手伝っておりました。
2かがり火

小一時間ほどかかりましたかね。
「まだ新年度じゃないのだから、この掃除は今の総代会がすべきなんだけれどね。」
「まぁ何と!今度の総代会はやる気のあることだね。」
と皆、笑いながら作業をします。
でも誰も嫌々やっていないのがとても清清しいです。

私自身、掃除をするうちにとても気分が澄んでくるのを感じました。
まるで「ありがとう!」と周りから言われているような感覚です。
結構楽しいものだね。神社の清掃って。
やがて掃除は完了。綺麗になりました。
3掃除後1

最後に石段を掃除した私は気分爽快!
4掃除後2

こうして始まった総代会のお勤め。
小さな山里の、小さな神社が一段と親しみやすくなってきました。
最初は役が回ってくるのを逃げておりましたが、
すっかりこの二渡神社が好きになりました。
これから三年間、お世話になります!
6全体
昨日は快晴。
朝は風が強かったけれど、勇んで野草採りに向かいました。
そしてお昼は得意(?)の天ぷら。裏山の竹の皿に盛りました。
うどんと一緒に、縁側で家族揃っていただく食事は最高の時間です。
手前から、カンゾウ、茶葉、ノビル、ヒメオドリコソウ、ノビルの根です。
どれもカリカリ!ノビルの根が一番美味しかった!これは精力もつくらしい。
1天ぷら2

ところで今回の収穫には別の目的がありました。
前回、野草採りに行った場所の傍で、
とても興味を引く光景を見かけていたのです。
ひと目見て分かります?
2蒲?1

私は一瞬目を疑いましたよ。
だって、ず~っとこいつを探していたのだもの。
これはですね、蒲(ガマ)です。

ガマと聞いて分からなくても、「因幡の白うさぎ」と聞けば思い出します?
そう、騙したワニザメに丸裸にされた白うさぎが泣いていると、
大国主命(おおくにぬしのみこと)がやってきて、
「真水で身体を洗って、ガマの穂をつけなさい。」と教え、
その通りにしたら見事に治ったという、あのガマです。

普通ガマと言えば、棒に刺したフランクフルトのイメージがありますが、
あれが穂ですね。
そして時間が経つと綿のような無数の果実になり、飛び散っていきます。
綿を昔はフトンに入れたので、蒲団と書くとか。

大国主命が言ったくらいですから、身体にも良いらしいです。
穂(花粉)は生薬としては「蒲黄」(ほおう)と呼ばれ、
外用で傷薬となり、内服すると利尿作用、通経作用があるとか。

それはそれで関心ありますが、
私がガマを求めていたのは、ガマの水質浄化作用です。
確か排水の出口にガマを育てておくと、
かなり浄化されると聞いたことがあるのです。

だからずっと前からガマを探していたのですが、それが今、目の前にある!
いやぁ、嬉しかったですね。
そこで昨日はその綿をいただいてきました。
U太も「これ、なぁに?」と興味津々。でも綿菓子ではないからね。
3ガマ採った

さてこいつをどうするか?
ともかく水辺に置いて増えるものかどうか試すことにしました。
池から溢れる水が溜まる場所にそのまま突き刺してみます。
すぐ傍の田んぼの神様、見守っていてね。
いつの日か種が底に着いて、芽が出てくれるであろうか?
4ガマ刺した

念のために一本、根もいただいてきました。
こちらの方が確実に着くかな?
5ガマの根

かくして念願の「ガマ持ち」になれました!
最近は願ったコトやモノがスイスイ寄ってきてくれます。
本当にありがたいことです。

12月に室(むろ)を作って埋めた大根がありました。
表に出していた分は無くなってしまったので、
「そろそろ出そうか?」ということになりました。
この杭に囲まれた場所に大根が眠っています。
1掘る前

「果たして大根は無事だろうか?」
今年の冬は暖かかったからなぁ。腐っている可能性はあります。
あるいはネズミやモグラが食っているかも?
少々ドキドキしながら土を掘ります。
上に被せたダンボールが見えてきました。
2ダンボール見えた

ジャーン! 感動の再会!
どれも無事でありました。しかも触ると固い!
やったね!
3現れた

今回は6本のみ表に出しました。
白いヒゲがかわいいです。
小さな根を出しているのですね。
4大根

早速おでんでいただきまーす!
いやぁ、美味かった!
ほくほくとろとろでありました!
5おでんに

ここ連日、幾つものブログネタが貯まってきているのですが、
基本的に一日1ネタとしていますので、あしからず。

昨日の朝はマイナス5℃。
日中は暖かいものの、まだ朝晩は結構冷えます。
田んぼに溜まった水もこの通り。
1氷張る

いろいろあったデスクワークを一通り片付け、
いよいよ気持ちと体を外に向けるシーズンがスタートしました。
そうです!山菜採りです!

まずは毎年必ず訪れる、ノビルの定点観測地に向かいます。
予想通り、とても伸びています。もう収穫し始めてもいいくらいです。
2定点観測地ノビル

ちなみに、過去と比べてみましょう。
2006年3月6日のブログ
2007年2月25日のブログ
2008年3月2日のブログ
今年は一段とペースが速いことが分かります。やはり暖冬の影響でしょうね。

そしていよいよ収穫開始です。
加子母にやって来た2005年5月末頃は既に山菜シーズンは終わっていたし、
引越し直後でそれどころではなかったので収穫は無し。
2006年から始めて、今年で4シーズン目ということになります。

過去3シーズンは正直言って不満足の連続でした。
その理由は幾つかあります。
・初めての地で探すことが難しかった。
・八ヶ岳とは違い、大抵は誰かの土地なので、立ち入ることが難しかった。
・年々知識が減っていくことへの焦りがあった。
・何よりも、山菜採りにかける時間が無かった。

これらの理由から、結果的に毎年それほどの山菜を採れず、
シーズンを振り返って納得しないでおりました。

でも今年は違います。
デスクワーク系の仕事を大幅に減らしたので、今までよりは時間があります。
そして実はもっと大きな、そして大切な理由があるのです。

それは意識の持ち様が変わったことです。
まず、採る対象が変わりました。
今までは「山菜採り」を目指していました。
山菜というのは若い芽を採りますので、基本的に春だけがシーズンです。
それだと旬の時期がかなり限られます。

ところが、昨年夏頃から考え方を変えました。
私は「山菜採り」ではなく、「野草採り」を目指すことにしました。
野草だと、「野」の「草」だから、ほぼ年中採れます。
「結果的に採るものは同じじゃないのか?」と突っ込まれそうですが、
意識を変えることで、取り組み姿勢が変わるものなのですよ。

その結果、季節が過ぎることに焦る必要がなくなりました。
じっくりと腰をすえて現場に向かえます。

そして、採る種が変わりました。
今までは「できるだけ多くの種類を集めよう。」
と躍起になっていたところがありました。

でも今年は種類を追わず、
「今恵まれたものを美味しくいただくにはどうしたら良いか?」
と考えるようになりました。
つまり「量」ではなく、「質」。質には感謝の気持ちも含まれます。

加えて、採る量が変わりました。
これまでは一度に多くのものを採っていました。
「今を逃したら、今度いつここに来られるか分からない。」
という気持ちが働いていました。

ですから結果的に大量の収穫物が厨房を満たし、
かみさんを戸惑わせていました。
でも今回は違います。
「一日で必要なだけをいただき、そのことに感謝」です。

さてこのような意識と取り組み姿勢が変わって臨んだ、今年初の「野草採り」。
すると不思議なものです。次々と素晴らしい出会いがありました。
まずは道端で先日紹介したギシギシの若芽をいただき、
その後にふと目をやると、カラスノエンドウの柔らかい若芽を見つけました。
3カラスノエンドウ

その隣にはきっとシャクでしょうね。
実はこの見栄えの草はたくさんあって、
大きく育たなければ分からないものが多いのですが、一応採取します。
4シャク

しばらく歩くと、手頃なサイズのタネツケバナを見つけました。
私はこの草が大好きです。
5タネツケバナ

そしてまたしばらく行くと、食べ頃のノビルを発見!
慎重に採取したところ、ものすごい鱗茎になっていることが分かりました。
後で画像が出てきます。
6ノビル

そしてそして、何ととっても食べ頃のカンゾウを見つけました。
私はこれまでにこれほど良い風情のカンゾウに出会ったことがありません。
道端でよく見かける若芽は平べったくて薄いのですが、
今回みつけたのは丸太のように丸いものです。
大きさも食べるのはちょうど良いサイズです。
7カンゾウ

今回見つけた野草の幾つかは、食品残渣(ざんさ)、
つまり想像するに残飯が不法投棄されたらしい場所に育っていました。
だからそれらが堆肥となって野草たちの成長を促進したのかもしれません。
皮肉なものです。

ということで、昨日の収穫はこんな感じです。
ノビルの鱗茎を見てくださいよ。まるで小さなタマネギです。
8収穫

そしてこれらを茹でたものがお昼のおかずとなりました。
かみさんの手づくり味噌に、梅酢と黒砂糖を混ぜたソースをつけていただきます。
美味しそうでしょ?
9食卓

一番美味しかったのは、やはりカンゾウでした。むちゃウマ!
そしてノビルの鱗茎よりも、茎が美味しかった。
ノビルは味噌と絶妙に合います。

こうして自然の恵みをいただくシーズンが開始しました。
こういう時に本当に心豊かな暮らしを実感します。

ところで、追加のお話が一つ。
昨夜、お腹がゴロゴロし始めました。
「来たぞ、来たぞ!」トイレに向かいます。
すると見事な排出!

これは食中毒ではありません。全く痛みを伴わないです。
野草(山菜)の食べ始めにはよく起きる現象です。
本当にヤバイ種を食べた時は危険ですが、今回は問題無し。
むしろ「宿便が出た?」という程のスッキリ感です。
これまた野草食いの醍醐味であります。
今の家に移り住んでもうすぐ丸4年になろうとしていますが、
つくづく面白いなぁと思うのは、
いまだに私は自分の家のことを完全に把握していないのですよ。
それを象徴するような出来事がありました。

母屋の裏に蔵があります。
蔵と言っても、皆さんが想像するような立派な土壁の蔵ではありません。
どちらかというと掘っ立て小屋の物置のような感じですが、
(前地主さんたち、すいません)
ともかく「蔵」としての機能をもった建物です。

ちなみにこれは蔵の一階の扉付近です。
ちょうど厨房の裏口の前にあるので、
今はかみさんが手づくり味噌を安置しています。
でも実はその奥の物にはまだ手をつけていません。
何か掘り出し物があるかな?
1蔵一階

そして問題は2階です。
そうなのです。この蔵には2階があるのですよ。
でも登り口がない。見ると外に引き戸があります。
つまり、外からはしごで屋根に上って入るしかない。
2禁断の部屋

これまでもそこに部屋があることは知っていました。
でも他のことにかまけて、そこまで覗いてみようという気にならなかったのです。
それが最近になってふと目を向けたら、上の風景が入ってきました。

「あの部屋にはいったい何があるのだろう?」
どきどき
ワクワク
もしかして掘り出し物が?
いや、怖いものがあったらどうしよう?

こんな歳になって言うのも変ですが、
すっかり自分の持ち物になっているもので
こんなにドキドキワクワクするものが目の前にあるということが
とても新鮮でした。

「よ~し、この機会に入ってみるか!」
はしごをかけて、屋根に登り、いざ!引き戸を開けます!
すると、なんてことはない風景が目に入りました。
3部屋の中身

「これはガラクタばかりかぁ?」
正直言ってちょっと拍子抜けして、中に入ります。
想像以上に天井が高くて、10畳ほどのスペースでしょうか。
屋根裏部屋として十分使える広さです。

奥まで歩いていって、不思議な物体に目が留まりました。
物体というよりも、物体「群」ですね。
それは、縄のようなものの集まりでした。

何だかよく分からないけれど、ひと束を持って部屋を出て、はしごを降ります。
よく見ると、短い縄を束ねたものでした。
これは一体何なのだろう?
4何の綱?

何かを縛るためのものだろうという想像はできました。
でも何を、何のために?何故あんなにたくさん?
謎は深まるばかりです。
でも私がいくら考えても埒(らち)があかないので、
土間の「手動もみすり機」の上に掛けておきました。

すると間もなく地域の農業界の長老・カズミさんがやってきました。
会話をしているうちに、その縄に気づいた様子。
「何でこんなものがここにあるんじゃ?」
カクカクシカジカでと一通り説明すると、
「そうか。これはな。柴や稲を束ねるように作った縄だよ。」
とのこと。
「名前はな、わしらは『すがいな』と呼んでおったが・・・」
スガイナ?不思議な響きです。

「それにしても綺麗に編んであるのう。
まさかmasanが編んだのかと驚いたが。
そうかぁ、前に住んどった人たちが編んだんだなぁ。」
とひとしきり感心して帰られました。

早速ネットで調べてみます。
するとありました!
「すがい縄」あるいは「すがい」と呼ばれているようです。
やはり稲刈りの時に束ねる用に藁で作ったのですね。
こちらこちらで紹介されています。

改めてうちの「すがい縄」を眺めてみます。
どうってことない様に見えるけれど、綺麗に編んであります。
いいなぁ。こんな風に造作なく縄を編めればいいなぁ。
この「すがい縄」、一体何年前に作られたのかは分かりませんが、
幸いなことに蔵の二階でカビも生えず、程良い状態で保管されておりました。

ありがとう。
そんな言葉が自然に浮かびました。
ありがとう、こんな素敵な道具を残してくれて。
ありがとう、これらをずっと保管してくれていて。
ありがとう、今こうやって姿を現してくれて。

この家に移り住んで、本当にたくさんの発見と、
気づきと喜びをいただいています。
その想いをこれからも持ち続けて、できれば私も技を引き継いで、
次の世代につないでいきたいものです。
「部屋」に気づいて、入ったことで、新たな想いを胸にしました。
ミニブタを引き取りに行く日取りが近づきつつあります。
今回の「初春・広島の旅」は唐突に企画されましたが、
その後様々な出来事が重なり、相当面白い旅になりつつあります。
その内容は今後、小出しにしていくとして、
やはり本命は「ミニブタくんの引き取り儀式」です。

私は基本的に「食うやつには個別の名前をつけない」ことにしています。
だって情がうつると締めにくいじゃないですか。
だからうちの烏骨鶏は総称して「烏骨鶏ら」と呼んでいます。
唯一、片足のメスだけは片足になった経緯から「ウッピー」と名づけをしたので、
ウッピーだけは将来的にも食うつもりはありません。

岩魚は単に「いわな」。
もっとも彼らに個体の名前をつけるなんぞ至難の技ですが・・・

さて今回やって来るミニブタですが、名前をつけるかどうか?
いただく先のSさんは、「非常食としてもいいですよ。」
とおっしゃいましたが、やはり普段から一頭飼いするには、
それなりに名前が必要です。「お~い、ミニブタ!」では具合が悪いです。

そこでどういった名前にするかですが、
私は最初、「ビッキー」はどうかと思っていました。
でも、「そういえば昔勤めていた会社に、そんなあだ名の女性がいたなぁ。」
と思い出し、ミニブタを呼ぶごとに彼女の顔が浮かぶのはやっかいなので却下。

「確かSさんは『黒のブチが入ったピンク色』と言ってたよなぁ。」
「ならば『ピンク』にちなんだ名前かしらね。」などと会話していたところ、
先日かみさんがある集まりで出会った女性のあだ名が「ピンキー」だったらしい。

「その人、ミニブタが来たら是非会いたいって。」
「でも自分の呼び名がブタにつけられたら嫌なんじゃないか?」
「ううん。とても嬉しいって!」酔狂な人もいるものです。
ということで、とりあえず「ピンキー」に仮決定しました。

ところが、当時は私が「メスが欲しい!繁殖させるのじゃ!」と言っていたので、
まさにピンキーはぴったりのイメージだったのですが、
その後、オスに変更することになりました。

「オスでピンキーは変じゃないか?」
「だったら『ピン君』は?」
「ピ、ピンクン!!??」

かみさんのセンスには時々驚かされます。
「い、いや。ピンキーでいいや。そういえば玉無しを頼んだし。」
ということで、やはりピンキーに仮決定。

でも、どれくらいピンクなのだろうか?
気になってきたので、Sさんに写メールしてもらいました。
お子さんと一緒ですが、想像以上に大きいか?
ミニブタ1

「黒ブチが一番多いのがメスで、一番少ないのが玉付きです。」
とのなので、ピンキーは中くらいということですが、
どれがどれなんだろう?
ミニブタ2

この左側かな?
ミニブタ3

ズームインしてみよう。
ミニブタ4

何だかほのぼのとした顔をしていますね。
実際には会ってから決めますが、
一応こいつがピンキーだということで納得。

ところで、名をつけたからには、やはり食えないか?
「そんなことないわよ。豪田さんだって言ってたじゃない。」
「誰だ?豪田って?」
「ほら、『夏子の酒』で、一番のお気に入りの鶏を絞めて水炊きにした人。
『お気に入りだから食う。』って言ってたよ。」
「・・・?」

私は頭の中にたくさんの引き出しを持っている方だと思いますが、
かみさんの場合は突然にあらぬ場所の引き出しが開くようです。
確かに漫画『夏子の酒』第3巻に、そういうくだりがありました。
おっしゃる通りでございます。
夏子の酒3

ま、食うか食われるかは今後の話として、
次第にミニブタブームは高まりを見せております。

先日、恵那のじいちゃん&ばあちゃんが遊びに来ました。
私はしょっちゅう会っているので忘れていましたが、
両親が私の家族と会うのは正月以来だったのですね。
これは失礼しました。

両親の目当ては、もちろん孫です。
特に日に日に変化があるKAN太の育つ姿を見るのは楽しみだった様子。
ひとしきり家族で触れ合った後、両親とU太を犬の散歩に誘いました。

最近のU太は散歩好きです。
外を歩くこと自体が好きですが、
特に気に入っているのが、馬に餌をあげることです。

我が家からわずか200mほどの場所に「木曽馬牧場」というものがあり、
たった一頭なのですが、
由緒正しい(らしい)木曽馬が余生を過ごしています。
これがその馬です。後ろに家系図が見えます。
5お前はどっち?

今までも散歩中は必ずここに立ち寄っていたのですが、
うちから何か野菜を持って行って、
それを私があげるのをU太は眺めているだけでした。
「お前もやってごらん?」と誘っても、怖がって引いてしまうのです。

そんな関係が変わったのは、ここ2週間ほど前からです。
この冬になってから、木曽馬の食欲は目に見えて減ってきました。
目の前にある干し草はもともと好きではないらしく、
訪れる人がくれるキャベツや白菜などを好んでいたのですが、
最近はそれらの野菜も食べずに置いたままです。

「ひょっとしていよいよヤバくなってきたかも?」と勘ぐっていたのですが、
真相は分かりません。

ある日のこと。野菜を持っていくのを忘れた私は、
「何か食べるものはないか?」と探しますが、
さすがに真冬に育つ草はほとんどありません。

そんな中、健気に葉を伸ばしている草を見つけました。
「どうかな?こいつはこの草を食べるだろうか?」
怪訝に感じながらも、他に草が見つからなかったので、
それをあげました。すると、馬がムシャムシャ食べるのです!

その姿を見たU太。「U太くんもあげる~!と言い出しました。
「だったら一緒にその草を採ろう!」と誘うと喜んで採りだします。
その草とは・・・
「ギシギシ」です。
1-1ギシギシ

田舎の人ならば、「あぁ、あれね。あんなものをね。」と言いそうです。
都会の人でも気をつければ結構身近に生えていると思いますよ。
それくらい普通の草です。
そのギシギシを木曽馬がガシガシ食うのですよ。

それ以来、散歩の時、U太は一人で「タタタタタッ」と走って行って、
ギシギシが群生している土手に向かい、自分で採って、
馬に手渡すようになりました。今回も自慢気に見せてくれます。
2馬にあげる

かつては馬の口が近づくととても怖がったものですが、
今では割りと平気です。
3むさぼり食う

こうやって馬とお友達になれたらいいね。
考えてみれば、自宅のすぐそばに馬がいるなんて、
何と素敵なことでしょう!

実は私は若い頃から夢見てきたシーンがあります。
それは、「馬で通勤すること」です。
今でもなかなかこの夢の実現は厳しいですが、
せめて毎日こうやって馬と接することができることは幸せです。
馬って綺麗だものね~!

ところで今回ご紹介した「ギシギシ」。
人間が食べても美味しいって知ってました?
広がった葉を湯がいて食べても食えなくはないですが、
一番美味しいのは若葉です。
それもまだ開く前の状態のものが最高!

上の画像をズームインしてみましょう。
軸のところで3本、若葉が丸まっているのが分かりますか?
これをカッターで根元から切りますが、
思いのほかネバネバしているのに驚かれると思います。
1-2ギシギシアップ

これを、状態にもよりますが、ざっと30秒ほど湯がいて、
鰹節をまぶして醤油をかけていただくと結構いけます。
まるでオクラをいただくような気分になりますよ。
ギシギシは切っても切っても若葉が出てくるので、
初春から晩秋までいただけます。
騙されたと思って、是非お試しを!
ここ最近、私たちの間で大きなブームが起きています。
それは「ミニブタ!」・・・ではありません、実は。
でもきっかけは確かにミニブタだったのですけれどね。
そのあたりのくだりから説明します。

先日の公開勉強会の夜、我が家で壮大な宴会が開かれておりました。
総勢25・6名ほど。(正確に把握できていないところがすごい。)
北は宮城県から、南は鹿児島県まで、
12都府県の濃~い人々の熱~い宴でありました。

その宴席で私はホストでしたので、あまり個別の会話には入らず、
それぞれの皆さんとゆっくり話したいなぁと思いながらも、
どちらかと言うと遠巻きに宴の様子を眺めておりました。

その中でも、とても気になる二人組がいらっしゃいました。
広島からお越しのIさんとSさんです。
でも席が離れていたこともあり、まるで話す機会がありませんでした。
もっぱら宴の中に入っていたかみさんの方がよく会話していた様子。

ある場面で、お二人とかみさんと交えて立ち話ができるようになりました。
その時にかみさんが言いました。
「Sさんのところでミニブタの子供が生まれたそうよ。」
Sさん「もし良ければ差し上げますよ。」

私は普段はぼーっとしていますが、
時々ある種のインスピレーションが働きます。
例えば昨年の春に信州・大町の菜の花サミットに参加した時がそうでした。
その時期は他に用事があったのですが、
それをキャンセルしてでも行くべき!と直感したのです。
そのおかげで今回のイベントも、その場の会話もあった訳です。
古くは、「ファルコン」との出会いもそんなノリでした。

「もらった!」思わず手を挙げた私。
そして広島まで引き取りに行くことになったのですが、
さていつにするか?

その時に、Iさんが言いました。
「3月中旬にかまどのワークショップをするので、
その時期に合わせて来ませんか?」
その時には「ふーん。」くらいの認識でした。Iさん、ゴメンナサイ。
でも、きっと後から思うに、この誘い言葉が人生の転換期になるのでは?
と思えるほどの展開を見せてきたのです。

ということで、とっても前置きが長くなりましたが、
今、私たちは「かまど作り」話に夢中なのです。
その名も「愛農釜戸」!
正直言って、最初はこのネーミングがしっくり入ってきませんでした。
でもよくよく調べてみると、「愛農」って結構すごい活動をしているのですね。
そこが推進している「かまど」ということのようです。

あまりに色眼鏡で見てもいけないので、
まずはこちらのサイトを覗いてみてください。
私はこちらのトップページにアップされている画像に打ちのめされましたよ。
「ああ、これこそ私が求めていたかまどだ!」という感じです。

実は私はずっと以前から「かまど好き」でした。
かまどで普段の調理ができればどんなに素敵なことだろうと、
ずっと願っていました。

でももともと設置されているのならばいいのですが、
新たに設置するのって結構大変なのですよ。
スペースの問題や、煙の問題などなど。

だからうちはリサイクルショップで買った、
屋外用ポータブルかまどで満足しておりました。
でも、それはそれで便利なのですが、
心の内では「もっと本格的なかまどを持ちたい!」
「できれば自分で作りたい!」とずっと願っていたのですよ。

とは言うものの、実際には一体どうすれば良いのかが分からない。
だから私の中では「本格的かまどを持つ」というのは、
「一体いつになったら実現するのか」タイプの夢だったのですよ。

そんな私に降ってわいた「かまどづくりワークショップ」。
もう行くっきゃないですね。
そんなこともあり、広島行きの旅は着々と準備されたのであります。
そして「かまど作り」は今年最大のテーマになるかもしれない。

ということで、ここ数日は、かまど設置場所の片付けにいそしんでおりました。
設置予定場所は、厨房の裏です。
ここはこれまで何度か整備されつつも、すぐにゴミ置き場になってしまい、
ごちゃごちゃしておりました。
でも本来は厨房からすぐ外の、雨よけもある、
使いようによってはとても活かされるスペースです。

その場所をまずはざっと片付けてみた図がこれです。
さてこの場所がこれからどのように変身していくのか、
もう私はワクワクなのです。
設置予定地s

ですから今回の広島でのワークショップは、
「うちで現実に作るための勉強会」的意味合いがあります。
物事が進む時ってこんなものですね。
素晴らしいコトの流れに感謝です。
この春から保育園に入るU太。
先日、半日だけの体験入園をしてきました。
聞くところによると、結構気丈に過ごしたらしい。

生まれた頃はとても過敏で、気が弱いようにも見え、
「子供社会では弱い側になるだろうかな?」
なんて感じたこともありましたが、
最近は子供たちが集う場で「おもちゃを奪う側」になることもあるらしく、
きっと彼なりに成長してくれることでしょう。

最近のお気に入りの居場所はこちら。
これがU太の書斎だそうです。
他の人には見えませんが、U太には赤い枠の中にモニターが見えるらしく、
それを眺めてはキーボードを叩いております。
時には手元に書類なんぞ置いて、その内容をチェックしては、
キーボードに入力しております。
1U太のパソコン

一方、KAN太と言えば、やはりこのポーズでしょうか。
プロフィール欄に載せて以来、会う人から「本当に布袋さんですね。」
と賞賛を受けております。
今回はやや人間界に戻ってきましたかな?
日常の暮らしでいつも笑顔を見せてくれ、とても心が和みます。
2含み笑い

そのU太とKAN太。
普段はU太がちょっかいを出してKAN太を泣かせるパターンがほとんどですが、
一昨日は面白い光景を発見!

ソファーに寝かされたKAN太の足元に登ったU太。
その場でピョンピョン飛び跳ねながら、歌を歌いだしました。
♪芽が出て、ふくらんで
カボチャの種を蒔きました~♪
それを嫌がらず、笑顔を見せて眺めるKAN太。
3遊ぶ1

まるで拍手しているようにも見えますね。
4遊ぶ2

だんだんと認識できるようになってきたKAN太にとって、
U太兄ちゃんはどのように映っているのでしょうか?
二人の掛け合いはこれからもずっと続くでしょうが、
きっとうまくやっていけるだろう。
そんな確信を持てたシーンでした。