今日の話なんて、三回くらいに伸ばせそうな話題ですが、
後がつかえているので一気に書いていきます。

まず、アメリカの冒険野郎・ジョシュアが26日にやってきました。
この男、やってくるまでの経緯が経緯だけに、
正直言って最初からあまり期待しておりませんでした。

それがいざ会ってみると、とっても好青年ではないか!
物腰が柔らかいし、配慮がきくし、率先してよく働きます。
ユーモアもある。いやぁ感心しました。

彼が「日本のヒッチハイクはグレート!」と書いてきたのは、
群馬から諏訪に移動中に、彼が愛する車「ハチロク」を見つけ、
「オー、ハチロク!」と撮影していたら、オーナーが現われ、
意気投合して乗せてくれたことでした。

ちなみに「ハチロク」とはカローラ・レビンのことで、
車好きにはたまらない名車なのだそうです。
彼はアメリカでそいつに乗っていたのですと!

そして何故彼が諏訪で日程を伸ばしてうちにやって来たのかが分かりました。
諏訪で彼女ができたのです。
オーストラリアから諏訪に一年前にやってきた女性だそうです。

「これが彼女の部屋の窓から撮ったトンビの写真です。」
と言いながら見せてくれました。
それを見た私、「・・・つまり、あんたたちは恋に落ちたという訳だね?」
「イエス。」簡単に応えるジョシュア。

さて、そうこうするうちに、スウェーデンからカリンがやってきました。
「27日に行きます!」とメールを送ってきたので待っていたのですが、
結局28日にやってきました。
当初の予定を急に早めてきたので、
最初のホストで何かあったのかと思ったのですが、
どうもそうではないらしい。「とても楽しかった!」とのこと。

「では何故、予定を早めてきたのだい?」
三日経って暮らしに慣れてきたところで、二人っきりになった時に訊ねました。
「・・・予定を立てるのが得意ではないのです・・・」
なるほど。
確かに付き合ってみると、かなり「おっとりとした」性格のようです。
ならば問題ありません。ここで好きに過ごしたらいいよ。

そして29日、東京から親子三人組の田中さん達がやってきました。
奥さんのアキさんが私たちの暮らしに大いに共感してくれ、
今回の滞在となりました。

田中さん達がやってくるまで、
ジョシュアとカリンには加子母やうちの説明をあまりしておりませんでした。
二度手間になるからね。

そこで全て揃ったところで、少し案内することにしました。
とても天気が良かったので、まずは乙女渓谷に。
意外に人が少なくて、とっても快適!
U太はもっと登りたがっていたのですが、今度二人で上まで登ろうな!
1乙女渓谷

そしてしょっちゅう人を連れて行く「明治座」へ。
こちらでボランティア案内をしているおじさんは、
すっかり私の顔を覚えてくれています。
寄付金代わりのお札も随分増えました。
きっちり応えてくれるジョシュア。アメリカ人です。
2おばけ

さぁ翌朝から作業開始です。
田中さんのご主人・トシさんは薪割り。
3薪割り

奥さんのアキさんと、お子さんのトワちゃんはヨモギ摘みです。
4ヨモギ摘み

そしてジョシュアは草刈りを始めてくれました。
この場所は新たに田んぼにする予定です。
ウーファーが来ないと、今年は手を出さないつもりでいた作業でした。
ありがたいことです。
5草刈り

カリンは草取りを中心に、こまごまとした作業をたくさんしてくれました。
6草取り

皆、実によく働いてくれます。
この日までにジョシュアとカリンは既に働いてくれていたので、
合わせて実にいろんなことが進み始めました。ウーフってすごい!
昼食は「春のおにぎりと、春のサラダ」です。
7昼食

サラダは私が即興で作ったものです。
セリ、クレソン、ヨモギ、ノビル、タンポポ、八重桜の塩漬け。
どれもこの地で採れたものです。
まさかと思ったけれど、食べ尽くしてしまいました。

最近は晴れる日が多く、そんな日は縁側をはさんで食事をします。
これがまた気持ちいいんだ!
8昼食風景

午後のおやつ時には、ご近所からいただいたヨモギ餅と、
砂糖の代わりにデーツを使ったあんこ。
嬉しいですね。
9よもぎ餅

嬉しいと言えば、ウーファー達にとってとても嬉しい展開になってきました。
まず、ジョシュアの彼女がうちにやって来ることになったのです!
そして、「屋根裏をマイルームにしてもいいかな?」との申し出を受け、
「いいよ、いいよ。プライベートな場所と時間が必要だものね!」

それを聞いたジョシュア。思いっきり動機付けされて、
家の仕事をこれまで以上に頑張ってくれます。
そして彼女が来るまでに部屋づくりにいそいそ。
10部屋づくり

夕方、ついに完成!
天窓と灯りの組み合わせがムーディーですねぇ。
11部屋できた

そこに彼女がやってきました!
何と、塩尻からヒッチハイクで、我が家の前までやってきました!
これってすごいね!
ヒッチハイクで加子母のうちの前まで送ってくれる奇特な人がいるのですよ。
初老のご夫婦でしたが、本当にありがとうございます!

この様を見た日本人たち。
「すごいね。私たちもやってみようか?」と興味津々。
ともかく彼女・シオンちゃんがやってきて、鼻の下デレデレのジョシュア!
とてもかわいくて、はにかみ屋で、素敵な女性です。
これで4組目のウーファー登場です。
12来た

カリンの方も動きがありました。
「カリンは今どこに?」とブログで書いたら、
彼女の日本人の友人から「私も心配している。」との連絡がありました。

そしてその友人が「実は私ももりのいえに行きたかったのですが、
何だか混んでいるようで・・・」と言うので、
「ならばいらっしゃい!」と誘ったところ、来てくれることになりました。
その後到着したカリンはそれを聞いて大喜び。
これでより安心して過ごせることでしょう。
ということで、5組目のウーファーとなりそうです。

話はまだ続きます。かみさんの親友から連絡があり、
「GWに家族で訪問できないかなぁ?」とのこと。
最初その話を聞いた時、
「おいおい、大丈夫か?寝る場所はあるのか?」と思ったのですが、
かみさんが「是非会いたい!」というので、許しました。
ということで、新たに四人家族がやってくることになりました。

ということは、一体何人になるのだ?
誰がいつ来て、いつ帰るんだ?
もう考えないことにしました。
ともかく、すごいGWになったことだけは確かです。
さぁいよいよご紹介の時がやってきました!
「太陽光発電ワークショップ」の報告です。
まずは前夜祭から。

昼間の「六ヶ所村ラプソディー」上映会の興奮冷めやまぬまま、
温泉に向かい、ビールで乾杯。
夕方にやってきたウーファー・ジョシュアも一緒です。
直前のやりとりから「ミスター・コンペキ!」と呼ばれて、とても嬉しそうです。
1前夜祭

名古屋からフェリックス一家もやってきて、何だか大騒ぎ。
そしていつまでも飲んでいて眠らない。
私の自慢「5升の20年もの泡盛」がどんどん減っていきます。
こいつは飲んだ分量だけ酒を足せば復活するのですが、
最近は減り過ぎましたので、しばし封をすることにします。

宴は続きました。
宮城の倉田さんは、「みんな、何しに来たか分かってんの?
明日が本番だよ。明日は作業だよ。ムニャムニャ・・・」
とか言いながらソファーで撃沈。

そしてやがて一人また一人と撃沈していき、
最後の人が寝たのが2時。
でも長野の小出さんは、「えっ、もう寝るの?」と不満そう。
おやすみなさい・・・zzz

さぁ、一夜明けて快晴の朝です。
今回、私の都合で「日・月」のイベントとなったのですが、
これが土日だったらまるで雨でした。
本当に天候に助けられました。

朝、居間で設計図を書きながら作戦会議。
今回、ただ設置するのではなく、
太陽の動きに合わせてパネルを動かそうとしました。
ところが、「地球の自転と公転のそれぞれに対応して設置するのです。」
と和田さんが何度も説明してくれるのですが、
その理屈を私が理解できません。

ようやく時間をかけて理解!
「こんなの、中学生の理科ですよ!」と和田さんに呆れられました。
「でもこんなの、大人の社会では出てきません!」と開き直る私。

次は設置位置の決定です。
これがまたなかなか決まらない。
影が入らない場所で、母屋からさほど遠くない場所となると、
どうしても前の畑の中ということになります。
すると「畑の面積を減らさないで!」とのかみさんストップがかかるのです。

「何故、トイレの屋根だと駄目なの?」とかみさんが目で訴えますが、
「駄目、絶対駄目!」とどこかで聞いたような台詞で拒絶する私。
この時点でどんなものができるかというイメージは無かったものの、
「きっと物凄いプレゼンテーションができるものになるはず!」
という予感があったので、是非とも目の前で見える形にしたかったのです。

すったもんだした挙げ句、
先日植えたばかりのジャガイモ畑を半分使うことに決定!
そして必要な部材を求める旅に出ました。

ほどなく必要な部材を得て帰ってきた私たち。
さぁ、始めるぞ! という時に誰かが「地鎮祭はしないの?」
こんなことを言う人は誰かさんです。
「じゃあしようか?」ということで、
焼酎と塩を盛り、昨年収穫した稲の穂を和田神主が振って、
「かしこみ、かしこみ、・・・」と神妙に(嘘)祈ります。
2かしこみかしこみ

さて、始めようか? という時に、「えっ、鍬入れは?」
こんなことを言う人も誰かさんです。
ということで、いわゆるヤラセで鍬入れ撮影。
ようやく作業が始まりました。
3鍬入れ式

この時点で10時半を回っていました。
いきなり何だか本格的な作業が始まっております。
その姿を見て、私はもう「大船に乗った気分」。
4作業開始

そして、本来ならば私もその場にいるべきだったのかもしれませんが、
「せっかくだから、今の旬の料理を味わって欲しい」欲が湧いてきて、
「ワークショップの方はこれだけプロが揃っているのだから大丈夫!」と、
ジョシュアを誘って昼食の食材を採りに山に入りました。
だってコシアブラがまさに最盛期だったのですから。
6コシアブラ

時たま作業を覗き込むと、電柱の地中部分に防腐剤を塗るなど、
実に細やかな作業をしてくれています。
5防腐剤

一方、ジョシアと私チームは、岩魚をゲットして早速さばきます。
8岩魚さばく

次第に土台が立ち上がっていき、何だか凄そうだぞ!
7作業遠景

こちらも順調に収穫できました。
特に栽培シイタケがバッチリ!
子供達とわいわい言いながら収穫しました。
9収穫

意気揚々と戻ってきて、昼食の準備にかかります。
でも実はワークショップ・チームは、あるジレンマ陥っていたようでした。
それが証拠に、昼食時は皆さんそれぞれ思案顔で、
はっきり言って冴えない顔つきだったのです。
言い換えると、前夜の酒が今頃出て来たかのような疲れた様子です。

この時の様子を、倉田さんが後で解説してくれました。
「ま、船頭三人寄れば、船、山に登ると言ってね。」
なるほど、そんな状態だったのですか。

私は当初、午前中の作業に出ていなかったことが良くなかったのかと
反省しておりましたが、
かと言って、簡単な昼食では申し訳ないとも感じていたのです。
でも倉田さんのその台詞を聞いて、妙にひと安心。
なぁんだ、その場に私がいても、きっと役に立っていなかったろうね。

午後からは私も参加しました。
当初、木の電柱を立てる予定でしたが、
「この長い単管でいいんじゃないの」ということになり、
いざ立ててみると、こりゃいいわ!完成したら旗をたなびかせよう!
11ポール立て

そして、その後は何だかテキパキと作業が進み、
というか、「おいおい、陽が沈むぞ!」というプレッシャーを
誰もが感じながら、何と!日没間際になってギリギリ仮設定が完了!
この時点ではまだ配線が完成していませんでしたが、
何とか目処がついたのでした。
小出さんは途中で帰られたので映っていませんが、ありがとうございました!
12一旦設置

それにしても凄いものができましたよ。
これってまるでこれですよ、人工衛星。
13人口衛星

さぁ、では細部については明日紹介しましょうか。
さて一体何から書き始めようか?
やっぱり映画の上映会からになるんでしょうね。
でも何だか遠い過去の出来事だったような気がして、
少し臨場感が欠けてきているのが残念です。

それくらい、ここ三日ほどの出来事はとても濃いものになっています。
でもこの話題を紹介しないで次に進める訳にはいきません。
では始めましょう。

ところで、私は今回の中心スタッフではありません。
かみさんは一員でしたが、何と言っても幼子連れですので、
「可能な限り」のお手伝いでした。
私に至っては、当日の店番と撮影係くらいのものです。
そんな立場で見た風景をご報告します。

今回の会場は同じ中津川市ですが、
加子母からは二つ離れた旧福岡町という場所でした。
その地在住の野田さんという女性が
強い熱意を持って開催にまで皆を引っ張ってきました。
そのエネルギーたるもの、素晴らしいです。

始まる前、地元の方が、
「本来はイベントを開いても人が集まらない土地柄なのですよ。」
とおっしゃっていましたが、この時点で既に駐車場は満杯に。

さて、当日の朝を迎えました。
看板も、国道沿いに案内板も付け、準備が整っています。
1看板

受付は野田さんご夫婦がされていました。
これまで本当にご苦労様でした。
2受付

受付のすぐ脇には、いろんなおもしろいデザインのタワシがずらり。
確か地元のおばあちゃんが作ったとか。
鎌仲監督は幾つも買って、映画に登場する菊川さんにあげると言ってました。
3タワシ

窓側には店が並びました。
これは開店前の風景。
うちもクッキーを40セットほど出しましたが、ほどなく完売!
ありがとうございます!
4店

500名入るという会場はビッシリ!
まさかここまで来ていただけるとは、誰も想像していなかったでしょうね。
5観客

冒頭に中心スタッフの方と監督がご挨拶。
私はKAN太を背負いながら撮影していたので、
実は結構目立っていたかも?

ところがこの時、私は大きなちょんぼをしていたのです。
何と!途中まで、ビデオのスイッチが入っておりませんでした!
もうお笑いですね。
KAN太をあやしながら撮影することに気を取られて、
つい忘れておったのですよ。

さて映画が始まりました。
途中、室温が下がってきたように感じたので、
それを主催者に知らせに出たところで監督とバッタリ。
U太は託児所に預けていたのでいませんが、一緒に撮影してもらいました。
6監督と

実は上映会が始まる前に監督とは会って話しておりました。
高山で一度会っていたことをしっかりと覚えていてくれて、
その時に差し上げた「もりのいえ物語」も持参してくれていました。
嬉しいですね。

そして早めにやってきた、
大阪の和田さんと宮城の倉田さんをご紹介したところ、意気投合された様子。
私は途中から抜けましたが、監督、
「和田さんのエコハウスを見たい!」と言っていたので、
いつか実現するかもしれませんね。

さて映画の方はずっと通して観ることはできませんでしたが、
今回、新たな発見がありました。
「次の世代の子供達のために!」と力説する人々が、
賛成派の方々だったのですね。
ふーむ、なるほど。これは奥が深い事柄だなぁとしみじみと感じました。

そして監督の講演会です。
私はこの話が一番印象に残りました。
何故、彼女がこういう映画を撮ろうとしたのか?
そしてこれからどういうことをしていこうとしているのか?
分かり易く説明してくれました。
7講演会

この講演会の様子は無事ビデオに収めることができました。
「この内容を他の人に見せてもいいですか?」と後で監督に尋ねると、
とても恥ずかしがって、「話を聞けなかったスタッフにはね。」とのこと。
それにしても、人の心のフィールドに、
まるでストレスなくスッと入ってくるお人柄には驚きます。
だからあんな映画を撮ることができたのでしょうね。

最後に全ての片付けが終わってから、スタッフと希望者による交流会です。
実はいろんな経歴の、いろんな想いを持った人々が
関わっていたのだということがよくわかりました。
8交流会

こうして無事全ての行事が終了しました。
はっきり言って素人の、ほとんどが女性のグループが、
ここまでできたことが驚きです。
関わった人々はきっと大きな自信を得たでしょうね。

私は事前の準備にはまるで関わらず、
ただ人を介して参加を誘ったり、このブログで紹介してきただけなのですが、
しかも当日だけのスタッフのくせして、
随分と偉そうな態度をしていたようにも感じ、
終わってから非常に恐縮しておる次第です。やはりこれは「地」か?

でも、ともかく地域に大勢の意識のある元気な人々がいることと、
それに応えてくれる人々が大勢いることが分かったのは大きな収穫でした。
スタッフの皆さん、本当にご苦労様でした!
そして観に行ってくれた皆さん、ありがとう!
かみさんもブログで書いていました。よく書く時間があったね?)
ここ数日、まさに怒濤のような時が流れておりまして、
頭を整理したり、ブログを書いたりする時間が本当にありません。
ですので、しばしお待ちください。

少しだけ簡単にご報告しますと、
我が家でものすごいソーラーシステムが始まりました!
まさかこのシステム、人工衛星モデルだとは思ってもいませんでした!
作り上げてくださった皆様に感謝です。

そしてKarin。今日やって来ると言ったあなたは今どこにいるのか?
あなたの身になにも起きていなければいいのだが・・・
早く連絡をしてくるように!(日本語で書いても意味ないか?)

また、水疱瘡にかかったU太よ。
辛そうだが耐えるんだよ。
どうもまだかかっていないらしいお父さんも、少々緊張気味です。

いろんな出来事が一気にやってきて、
本当に一体どうなるのやら。
ということで、少しずつ書き出していきますので、
しばしお待ちください!
我が家に五右衛門式の薪風呂がやってきて、
最初のうちは具合が良かったのだけれど、
次第に火の点きが悪くなってきて、
でも「あるコツ」を掴んだことで、
とても具合が良くなったことは以前書きました。

ところが物語はそれで終わらなかったのです。
調子が良かったのは最初の二週間ほどですかね。
その後、やはり火の点きが悪くなりました。コツが効きません。
焚き口の入り口だけに火が点き、15cmも奥に入ると消えてしまいます。
焚き口からは再び煙が前に出て来るようになり、臭いです。

そして例の上昇気流を作る口の底に水がたまるようになったのです。
これっていわゆる「不完全燃焼」?
1外の口

焚き口の扉を閉めると、火は弱くなりますが、
確かに空気は引いている様子。
でも引きが弱いんだよなぁ。
2確かに引いている

これまで、焚き口の中の底に、自作のこんな台を置き、
空気が奥に行くように工夫していました。
こいつを取り付けた当初は具合が良かったのですが、
最近はあまり効果が見られません。
3これまでの台

これを眺めているうちに、ある思いつきが浮かびました。
「この台の空気穴が無い方が、かえって良いかも?」
というのは、例のロケットストーブ式かまどの様子を見ていて、
半端に空気を逃がすよりも、ずっと奥に送り込む方が良いのでは?
と感じたからです。

そこで、一斗缶を使って、このような台を新調しました。
途中に穴が開いていません。
最近は、「困ったら一斗缶」です。
結構何かと使えることが分かってきました。
ゴミに出さなくて良かった。
4一斗缶

さぁ、台を入れ換え、点火してみます。
おっ!うまく奥で火が点いたぞ!
5奥で燃え始めた

窯の中で勢いよく燃える炎。
美しいですねぇ。
6美しい炎

しばらく見とれておりましたが、
でも次第に炎が手前に出て来るようになりました。
7でも手前に炎が

そして煙がもくもくと手前に出て来ます。
あぁ、やっぱりダメだ。
8煙が前から出る

かくして、少しはましになったものの、
やはり抜本的な解決策にはならなかった様子。
ガックシ!

そんな私の気分を和らげてくれたのがU太です。
自分で組み立てるおもちゃを見せてきて、
「見て!これがU太君のお風呂だよ!」
うん?どこがお風呂なの?
9薪ストーブだよ

「あのね、ここで薪を燃やして、ここを煙が通って、
そうしてお風呂があたたかくなるの。」
そうか、そうか。お前も薪風呂の原理を見ながら学んでいるんだね。

こうして、「いつまで続くのか、この試行錯誤?」状態でありましたが、
ひょんなことから思わぬ展開になりました。
次回、驚愕の衝撃シーン!!!です。
さて、今日はいよいよ中津川で映画『六ヶ所村ラプソディー』が上映されます。
それに合わせて、是非読んでいただきたい文章があります。
これは田中優さんのメールマガジン(転載フリー)から転載させていただきました。

今回映画をご覧にならない方も、ご一読してくださることをお願いします。
そして一人一人で考えてみてもらえたらなぁと願います。

・・・・・・・・・・
□◆ 田中 優 より ◇■□■□◆◇◆◇■□■□
 東奥日報(2009年4月16日)によれば、「4/19の青森市長選の行方を、電力業界がかたずをのんで見守ってい」たそうだ。鹿内博候補は、反核燃団体の共同代表を務めた経歴の持ち主だからだ。

それに対し、原燃推進の「佐々木誠造候補の選挙事務所での出陣式には、日本原燃の兒島伊佐美社長をはじめ、県内で原子力事業を展開する東北電力や東京電力、電源開発などの役員・幹部がずらりと顔をそろえ」、「知事選に匹敵するほどの力の入れよう」だったそうだ。

 津島雄二衆院議員は、「原子力反対を掲げてきた人が万が一、県都の市長になったら本県は計り知れない大打撃を受ける」と述べ、「県都に反原子力の市長が誕生したら、本県は大変なことになる」と発言した。

 しかし選挙の結果は「青森市長に鹿内氏が初当選」となった。これで青森は「大変なことにな」り、原燃推進は「計り知れない大打撃を受ける」そうだ。これはありがたい。
 なぜなら再処理工場はとんでもなく有害な放射性物質を出し続けるからだ。

-ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これまで海へ流された放射能の量
(2006年4月~2009年2月までの公表数値)
放出回数    205回
放射能の総量  トリチウム 2177兆ベクレル
        ヨウ素129 5兆4300億ベクレル
        ヨウ素131  5600億ベクレル
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 中でも上の「ヨウ素」が問題だ。ヨウ素は貴重な元素であるため、生物は必ず集めようとする。プランクトンが、小魚がと濃縮されていって、人間の口に入るときには相当濃縮してしまっている。しかも人間にとっても大切な元素だから甲状腺に濃縮される。これがチェルノブイリで多発している甲状腺がんの原因と見られている。

 ただしヨウ素131は寿命が短い。8日で半分が放射線を発して安定化し、放射性物質でなくなる。だから80日経てば千分の一以下になるのでほとんど検出できなくなる。でも上の数字をもう一度見てほしい。ヨウ素131よりヨウ素129のほうが全然多い。このヨウ素129の寿命は1700万年なのだ。半分に減るまでに1700万年かかるのだ。千分の一になるまでの時間は1億7千万年だ。

こんな放射能(よく推進派が「放射性物質はあっても放射能なんて言葉はありません」なんてつまらない批判をしてくるから言うけど、放射能は放射線を出す能力のことだ。転じて放射線を出す物質を放射能と呼んでいる)を放出していいものだろうか。

 つまりヨウ素129を5.43兆ベクレルも出して、いいものなのかということだ。これは人の年間摂取限度量9.1ミリベクレルで割ってみると、597兆人分の年間限度摂取量にになる。莫大すぎてよくわからないだろう。世界人口65億人で割ったとして、年間摂取量の約10万倍なのだ。

 なぜこんな猛毒を振り撒いていいものなのかわからない。しかも人類の歴史よりはるかに長く残るものを。「自分の世代だけよければ、あとはどうなってもいい」と考えているとしか思えない。そんな考えでいる人たちに未来を任せられない。そう考える人が少数派であることのほうが不思議だ。

 「6と9はブロック」という言葉があるのをご存知だろうか。メディアは「六ヶ所村問題」と「憲法9条」の話だけは放送・放映しないようブロックしているのだそうだ。そんなばかげた状態を放置できない。だって一方の情報しか伝えない中で、いったい誰が何を判断できるというのだろう。

 でも、こんな日本でも少しだけ変わりつつある。市長選などで、現職が半分しか残れなくなってきているのだ。社会を変えたい。少なくとも子どもたちに胸が張れる程度には。

 かつて、木曽のヒノキを植えた人たちは誰も自分が利益を得たりしていない。なぜならヒノキは育つのに100年かかるからだ。それでも人々は土まで背負ってヒノキを山に植えた。人々は祖先の植えてくれたヒノキのおかげで生活できた。だから彼らは祖先をとても大切にし、年長者を敬ったのだ。

 さて今生きている私たち、子孫から敬われることをしているだろうか。敬ってもらえる生き方をしていないくせに、「年長者を敬え」なんて、都合が良すぎると思わないだろうか。

・・・・・・・・・・
先ほど、郵便受けに一冊の雑誌が!
「いよいよ到着したか!」
お待ちしていました。
雑誌「Old-timer(オールド・タイマー) 106号(2009年6月号)であります。
(それぞれ画面をクリックしてください。拡大するとなお見やすくなります。)

表紙

2月の公開勉強会&wvoオフ会の後、
白州のわたなべさんから「いろいろ紹介したいので、いろいろ画像を送ってください。」
と依頼を受け、いろいろお送りしておいたのです。
さてそれがどのように編集されているか?

おおっ!いきなりタイトルが「天ぷら廃油がつなぐ加子母の集い」であります。
嬉しいですねぇ。加子母の文字がドンと載っております。
そして私たちとともに、我が家がふんだんに紹介されています。
(KAN太と一緒の良い写真が無かったのが残念!)
発掘された手動もみすり機が映えます。
若き牛飼い「なっちゃん」は「加子母のアイドル!」。

1ページ目


2ページ目からはこの日に集ったSVO車と勇士たちが紹介されています。
鹿児島の小岩さん、大きく出ていますね。
和歌山の岩本さん、格好いい!

2ページ目


3ページ目は、我が家のろ過システムやロケットストーブ式かまど、
そしてたぶん向山さんところのぬかくどですね。
(何故か2ページ目の本文では「むかくど」となっておりましたが、
目をつぶりましょう。)
ここまで汚れたコスロンを見せると、少し引く人がいるかも?

3ページ目


最後のページは以前もこの雑誌で紹介された、天ぷら油で走るトラクターですね。
登場するのはわたなべさんのお嬢さん!

4ページ目


でもちょっと待てよ。
このコーナー、いつもは2ページだよな。
でも今回は倍の4ページ!
しかもこの雑誌は字がとても小さいので、
普通の雑誌だったら6~8ページに相当する情報量ですね。
ネタ的には3回分くらいに広げることも可能だったかも。

いやぁ、嬉しいですね。
しかも、そこかしこに加子母に対する愛情が溢れています。
そんな情報満載、愛情一杯の文章を書いてくださったわたなべさん、
ありがとうございます!
そして太っ腹の編集長(?)、ありがとうございます!


あれからもう二ヶ月が過ぎたのだけれど、
本当に企画して良かったなぁと感慨無量です。
いろいろ動いておれば、いろいろ広がり、つながるものだなぁと、
深く実感しております。
改めまして、わたなべさん、編集してくださった方々、
そして当日集ってくださった皆さん、ありがとうございました!

ここにきてウーフの申し込みが続いております。
まず、28日からGWをはさんで、
東京からお子さん連れの家族がやって来られることになりました。
こちらはスムーズに話が進みました。

次はアメリカ人のJ君。
「今は千葉にいるんだけれど、岐阜に行きたい!」との連絡を受け、
どういうルートでやって来るかと思ったら、ヒッチハイクですと!
まぁ、のんきというか、さすがアメリカ人というか。

そして一昨日、「今、諏訪にいます。いやぁ、日本のヒッチハイクはグレート!」
というメールが届きました。
何がグレートなんだか分かりませんが、ともかく24日に来たいと言ったので、
その日は私は名古屋からの帰りにあたっていたため、
「夕方に中津川駅に来られるならば、そこで落ち合おう。」と伝えました。

すると、「23日中に中津川に行けそうなので、その夜は近くの公園で寝ます。」とのこと。
やっぱりアメリカ冒険野郎だ、こいつは。

でも昨日朝にメールが届き、
「しばらく諏訪に滞在します。26日に行きますから。」ですと!
もうここまでくると、こちらも「好きにしなさいモード」ですので、
「26日は福岡町で映画の上映会をしているので、何とかしてそこに来なさい。
でもしばらくは他のことがいろいろあるので、あんたとはゆっくり話せないよ。」
と伝えました。

すると夕方に以下のメールが届きました。

Domo arigato gozaimashta for understanding! Gomen nasai for changing plans!
I understand you will be busy on these days, no worries! It sounds like you are helping to spread awareness in your community! Sugoi!

I will meet you in Fukuoka town on the 26th at Fureai Bunka Center! Perfect! Kompeki!

I'm very much looking forward to meeting you Morimoto-san! Even though you are busy at first, later we will have much time to speak! Sometimes working together is the best way to understand someone's true nature, even if no words are spoken. Mata Ne!

何が「Sugoi!」のか「Perfect!」なんだか分かりませんが、
「Kompeki!」には大笑い。「紺碧」か?
まぁいいや。何だか愉快そうなアメリカ冒険野郎がいつかやってきます。

そして三人目。
本当は5月中旬に来たいと言っていた、スウェーデン人の女の子・Kちゃんから、
何やら切羽詰ったメールが届きました。
「来週末にそちらに行けませんか?」とのこと。

おいおい、どうしたんだ?
「その時期は他のウーファーがいるから、あなたの寝る場所が無いよ。
それよりも一体何があったんだ?」と返しました。
というのも、彼女は先週に来日し、関東方面のホストで滞在しているはずなのです。

その返事は来ませんでしたが、昨日の昼間、自宅に電話がありました。
電話を受けたかみさんによると、「来週明けにもそちらに行きたい!」とのこと。
日程が早まっているではないか!
ますます怪しいぞ!

そして夕方、再び電話があり、今度は私が受けました。
Kちゃん「27日に行ってもいいですか?」
私「いいけど、何故だ?」
Kちゃん「・・・」
私「あなたは今、一軒目のホストのところにいるんだよね?」
Kちゃん「はい。でも移りたいのです。」
私「要はすぐにでもこちらに来たいのだね?」
Kちゃん「はい。」
私「・・・。分かった。いらっしゃい。」

細かい理由は訊きませんでした。言えないのかもしれません。
ともかく彼女はここに来たいと言っている。
それで十分ではないですか。

ということで、GWをはさんで三組のウーファーが滞在することになりました。
寝床だとか、いろいろ窮屈なこともあるかもしれませんが、
これも何かの流れなのでしょう。
受けて立ちましょう!

さぁ、26日の映画上映会に始まり、すごい物語になりそうな日々がスタートします。
今回は皆さんへのご理解とご協力のお願いです。

先日来ご案内している「映画上映会&ワークショップ」ですが、
ワークショップに関しては当初、実際に作業していただく和田さんと倉田さんとで
ちんまりと行うつもりでいました。
ところが意外に反響があり、参加希望者が増えてきました。

ワークショップそのものについては、
きっと皆さんそれぞれに何か作業をしてくれるでしょうし、
そのことに関して参加費をいただくつもりはありません。
ところが食事と宿泊に関しては、大した準備はできないものの、
それなりに負担がかかってきそうな気配です。

そこで、後づけの、しかも直前になってしまって誠に申し訳ないのですが、
次のような形でご協力いただけないであろうかというお願いです。
以下の値段設定は、2月の「公開勉強会&メーリングリストのオフ会」の際に、
皆さんにお願いしたものとほぼ同じです。

[費用]
宿泊:もりのいえにて、布団類持参の場合:素泊まり一泊1500円
    もりのいえの布団使用(4組まで可能)の場合:素泊まり一泊3000円
夕食:1000円
朝食、昼食:各700円
*一品持参の方は、一品につき、お一人の食事代一食分を無料に
*小学生以下は全て無料


今回は後づけでの表明ですので、
「そんな話は聞いてなかった!」とご指摘を受けるのは当然です。
それにイベントの準備もあるので、きとんとした食事を提供できるかどうかも???
ですから、現段階では「基本的にこの線でいきたい。」
という「お願い」ということで、ご了解いただければありがたいです。

むしろこの場を借りて皆さんのご意見をいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。
ここ数日、仕事の関係で、岐阜のかみさんの実家に一人で滞在していました。
いわば「婿さん」だけが実家にお世話になるという
イレギュラーな出来事だった訳ですが、結構面白いものですね。

「普段通りの食事で申し訳ないけれど。」と言いながら、
立派な夕食が準備されているし、
毎夜お義父さんと晩酌を交わしております。
これもまた愉し。
お金も使わないし、どんな出張よりも楽で楽しい滞在であります。

お義父さんとの会話で、2012年開催の岐阜国体の話題になりました。
私は今まで知らなかったのですが、
お義父さんは岐阜のボウリング界ではそれなりの人だったのです。
今や県連の副理事長ですって!

若い頃からスポーツ万能で、
特にボウリングへの情熱は相当なものだったと聞かされていましたが、
それほどの人とは知りませんでした。
しかもいまだに現役です。
平成19年の国体では、団体で6位入賞されています。

さて、国体というものに、選手であれ、運営側であれ、
関わった人ならばご存知でしょうが、「俺(おら)が県の国体」となると、
県内のそれぞれのスポーツ団体は相当入れ込むのであります。
何よりも主催自治体が燃えます。

最近はそうでもなくなってきましたが、
かつては「主催県が天皇杯・皇后杯を取る!」
というのが至上命令であった時代が長らく続きました。
ある時期から「もうそんな無理は止めよう。」という風潮が出てきたようですが、
何と岐阜県は今回マジで両方狙っているらしい。

そうなると、どうなるか?
早い話が、予算が組まれます。
そして有力選手が育成されて、「その時」に備えます。
よくある話が、「スカウト」です。
県外で有力な若者に移住してもらい、その「県人」として活躍してもらうのです。

ところが、考えてみれば当然なのですが、
国体は毎年開かれますので、幾つかの県が有力選手を引き抜き合うことになります。
岐阜にとってのライバルは、2011年開催の山口と、2013年の東京です。

特に東京が手ごわいとか。
そりゃそうでしょうね。
田舎の若者に「東京に来ないかい?暮らしの面倒は見るよ!」
なんて言おうものならば、そちらに流れて行ってしまいそうです。

そんな状況の中、義父たちは県の意向を受け、
日夜「ボウリングで岐阜を勝たせるべく」戦略を練っておられます。
想像するにすごいなと思うのは、たっくさんの種目の各団体で、
そのような「戦い」を繰り広げておるわけです。
つまり、「数十団体×数県=たくさんの戦い」です。

スポーツに関心の無い方は、「何をそんなに一生懸命になっておるのやら。」
と感じることでしょうね。
でも考えてみてください。
国体は毎年県を代えて開かれます。
つまり単純計算では、この次の機会は、48年後になるわけです。
今現役バリバリの20歳の若者であっても、
次に俺が県で開催される時には68歳になっておる訳です。

だから、今、我が県で開かれる機会に関われることは、
一生に一度のことなのかもしれないのです。
まぁ何と仕組まれた動機付けでありましょうか。

そんな動きに大して私はどうのこうのというつもりはありません。
「まぁ人間ってそういうものなのかもね。」という気分です。
そして実を言うと、私はかつてあるスポーツの普及に携わっておりました。
それも半端な姿勢ではなく。

だからこそ今回の義父たちの活動を聞かされるに、
妙に共感してしまうところもあります。

「お前はどんなスポーツで、何をしていたのだ?」
そんな声が聞こえてきそうですが、
これを書き出すと相当長くなるので、また次の機会に。
とてももったいぶって、今日はこの辺りまで・・・
お待ちかね(?)のブッダネタです。
実はブッダくん、こちらに来てから二度の危機に会っておりました。
最初の危機は「かいせん」。
これはブタにつくダニのせいで、
からだが象の皮膚のようにカサカサになるのです。

ブッダをいただいた時は比較的柔らかい皮膚をしていたのに、
うちに着いてから様子が変だとすぐに気がつきました。
痒がって身体を壁にこすりつける仕草も見せます。
「もしかして移動中の水分補給が足りなかったか?」と思い、
いただいた坂本さんに問い合わせたところ、
「そんなものですよ。」とのことでしたので、そのままにしていました。

ところが数日して坂本さんから連絡があり、
「どうも母ブタから子供達にかいせんが移ったようです。
他の子ブタにはかなり重傷の子もいました。
早めに獣医に診てもらってください。」とのことでしたので、
早速獣医を捜しました。

ところで加子母は飛騨牛の産地です。
うちの周りにも牛舎が幾つかあります。
そのうちの一つで働く若き女性牛飼いのなっちゃんに相談したところ、
みんなが診てもらっている地元の獣医さん・じゅんくんを紹介してくれました。

話がずれますが、田舎で人を紹介してもらう時、
本人のことよりも、その人の親族がらみで教えてもらうことが多いです。
じゅんくんも、「ほら、○○ちゃんのお父さんよ。」とか、
「○○さんの息子さんですよ。」と数人から教えられました。
こうやって頭の中に人脈図ができていきますが、
私はとてもまだつながっておりません。

さて、電話をして数分でやってきた獣医・じゅんくん。
まるで救急隊員のような対応の早さです。
さすが地元の獣医!

ブッダの症状を診て、
「確かにかいせんですね。注射を打ちましょう。」
さすが獣医! 当たり前か!?
でも、彼は牛が専門なので、ミニブタは勝手が違うようです。
こういう注射は体重比で打つ分量を変えるのですが、
牛の体重と比べたらかなり軽いので、一体どれくらい打てば良いのか?

ともかく打ってもらい、しばらく経過を見ておりましたが、
一旦良くなりかけたものの、再び症状が出てきました。
そこで再び来ていただき、少し多めに注射してもらったところ、
今度はうまく効いてきたみたい。良かった、良かった。

かくして再び柔らかいピンクの肌が現れてきました。
良かったね、ブッダ。

そして二つ目の危機ですが、これは「危機疑惑」とでも申しましょうか。
上の「かいせん騒動」のやり取りの中で、坂本さんから、
「実はブッダの兄弟の一匹が、栄養失調で死んでしまったのです。
生後半年の食べさせ方で大きくなり過ぎるので、
『あまり食べさせないように。』と指導していたら、やせ過ぎたようです。
ですから、食べたいだけ食べさせてあげてください。」
と連絡がありました。

うちのブッダは食が細いという感じではなかったのですが、
せっかくうちに来て栄養失調で死んでしまっては、あまりに残念です。
そこで、与える分量を増やし、というか、好きに食わせることにしました。
すると食うわ、食うわ。
おかげで下半身がぽちゃっとしてきました。
お前は下半身ブタか?まるでアルマジロみたい。
2太った

そしてブッダは食っているか寝ているかのどちらかです。
水を飲んでいる時にお腹をさすってあげると、
そのまま寝てしまいました。
1水を飲みながら寝る

昼間は大抵寝ています。
ここでも水を飲みながら寝たか?
3いつも寝る

これが最新の寝姿です。
やっぱり水場に足を突っ込んで寝ている。
4最新寝る

最近のブッダ、家族にかなり慣れてきて、
足音がするだけで気付き、
「ブヒブヒ」言いながら寄ってきます。

可笑しいのが、寝床から畑に出る時です。
ハーネスと綱をつけて歩くのですが、
おしりとしっぽをふりふり散歩する姿は、超プリティです。

そんなこんなで、すっかり私たちの暮らしに馴染んだブッダですが、
三つ目の危機が!
それは肥満です。

ちなみに3月27日の体重が3.5kgでしたが、
4月18日には4.9kgになっていました。
つまり約3週間で1.5kgほど増えたことになります。
さすがブタ!ミニでもブタはブタです。

「この先いったいどこまで肥えるのやら。」
かみさんは少々不安気ですが、
ま、一匹くらいなんとかなるさ。
気長に付き合っていきましょう。
いよいよ映画『六ヶ所村ラプソディー』の上映会が近づいてきました。
かみさんも含めたスタッフの準備も着々(?)と進んでいるようです。
よくぞここまで皆さん頑張ってこられました。ご苦労様です。

昨日、村で声を掛けられました。
「原発の映画の案内、ありがとう。
でも私は他のルートから紹介されたので、そちらでチケットを買ったよ。
当日は行くからよろしくね。」とのこと。
どうも加子母の中でいろんな販売ルートが行き交っているようです。

普段からお世話になっているN社長は、
「まずは主催者に会ってくる!」と出かけて行き、
中心になって引っ張っている人に会い、得意の質問攻めで人柄を知り、
「特別に党派や宗教に左右されていないと判断したので協力する!」
と、50枚のチケットを引き取ってくれました。

そしてそれを5枚一組にして、関心を持ちそうな人に
「はい、あんた5枚分の担当!」と言っては配り、お願いをしてくれたとか。
多少(相当?)強引ではありますが、心強い限りです。
そういうこともあって、販売ルートが広がっているのかな?
加子母だけでもそれなりに行ってくれそうな気配です。

さてそこで映画について私の意見をここで述べておきます。
というのも、初めてこの映画を観た時は、自分の感想を保留していたのですが、
あれから二年も経ちましたし、そろそろ考えをまとめておこうと思ったからです。

まず結論から書きますと、私はこれからは「原発反対」の立場で臨みます。
もちろん再処理工場も含めてのことです。
正直言って二年前以降、十分な情報や知識を得た訳ではないのですが、
とても純粋な気持ちから、「原発って自然ではない!」と感じるので、
そういう視点で考えることにしました。
ですから、前回は中立的な立場で観ましたが、
今回は上の立場で改めて観てみるつもりです。

もう少し具体的に書きますと、原発そのものが自然ではないということもありますが、
「原発や再処理工場建設の物事の進め方が自然じゃない」と感じるのです。
・最初は賛成/反対が拮抗している中で、
・「とりあえず」作ってみて、
・補助金が出回り、雇用が確保される中で、
・「原発」という職場(ビジネスチャンス)が人々の暮らしの中に根付いていき、
・「暮らしの中でなくてはならなくなっているから」という理由で、
・結果的に反対派がなし崩しになっていく様(さま)が、作為的です。

これって原発に限った訳ではなくて、例えば沖縄の基地の問題であったりとか、
もっと身近な例では牛乳や白砂糖を食べる習慣づけであったりとか、
言うなれば「外堀を埋めてかかるアプローチ」って、世の中でよ~く見られます。
その傾向に「やっぱり変じゃない?」と感じる気持ちを正直に伝えていきたいと思います。

とは言うものの、現実に私の暮らしは原発による発電で一部支えられています。
そのような政策のもと、作られた電気が送られてきているのだから当然です。
でも正直なところ、「ではそんな電気はいらんわい!」と啖呵を切るほどの勇気もない。
このブログを書いているパソコンの電気も、一部は「原発産」でしょう。
そう思うと、ただ残るのは「やるせなさ」です。

だから、せめてできる範囲で「抑制する」行動を取ろうとしてきました。
それは例えば、家の灯りをほとんど省エネタイプの電球に変えたこと。
他には、電気だけが対象ではないですが、挙げると次のようなことです。

・家の暖房は、薪ストーブ一つにしたこと。
・風呂も薪で焚いていること。
・調理では、かまどやロケットストーブ式のかまどを整えたこと。
・軽油をできるだけ使わず、天ぷら油で車を走られるようにしたこと。
・雨水を貯めて、トイレや畑などに使っていること。

これらは全て「足るを知る」暮らしにつながっています。

そして今回、上映会の翌日に、独立式の太陽光発電システムを作ることにしました。
ささやかですが、少しずつ、
できることから変えていこうとしてきた流れの延長線にある行動です。
その流れのきっかけとなったのが、『六ヶ所村ラプソディー』でした。
そんな映画を是非この機会に、皆さんにも観てもらいたいと願います。

当日、私は主にショップの前でたたずみ、撮影などもしていると思います。
気軽に声を掛けていただければ嬉しいです。
そして私の想いに関係なく、あなたなりの主観で観ていただければと願います。

そしてそして、もし可能ならば、
既にこの映画を観たことがあって、身体が空いている方がいらっしゃったら、
託児の手伝いをしてくれるとスタッフがどんなに助かるでしょうか。
というのも、予想以上に託児の申し込みが多く、大わらわなのだそうです。
お子さんを持つ親が参加を求めるのは自然な事だと思います。
そういう流れを支えていけるといいですね。

以上、お願いばかりですが、皆さんのご参画をお待ちしています。
(画面をクリックしてください。)
CCI00000.jpg
(実行委員会アドレスが変わっています。)
新アドレス:movie6nakatsu@yahoo.co.jp

CCI00002.jpg

追記です。
米、核再処理を断念m
2009.04.21 山菜全盛期!
私は「山菜採り」改め、「山野草採り」です!と以前宣言しましたが、
この時期は間違いなく山菜シーズンの真っ盛りという感じですね。
まさにいろんな山菜がどんどん出てきています。
その中でも私が大好きな山菜の一つがこれ。
コゴミです。
1コゴミ

コゴミはさっと茹でて、軽く鰹節をかけて醤油でいただくのが
一番オーソドックスで美味しいです。
あとは野菜炒め風にいただいてもいいですね。
まだ試していませんが、キムチと合わせると絶品とか。
面がツルツルしているので、天ぷらには向いていません。
2寄り添うコゴミ

今回のコゴミ、実はうちの畑で採れたのです。
初春に「コゴミの株はいらんかね?」と持ってきていただき、
畑の畦に埋めておいたところ、丁度食べ頃を迎えたという次第。
いやぁ嬉しいですね。
大好きな食材が目の前で育つ姿を見るのは楽しいものです。
3採れたコゴミ

コゴミと一見似ていますが、こちらはゼンマイ。
山菜と言えばゼンマイかワラビを思い浮かべる人は多いでしょうね。
4ゼンマイ

ゼンマイは綿に包まれています。
その綿を取り除くと、まさにゼンマイが現れます。
5ゼンマイアップ

こいつはこのままでは食べられません。
灰や重曹などであく抜きをしていただきます。
干しておくと保存ができて良いですね。
ワラビと同じく手間がかかりますが、やっぱり山菜らしくて良いものです。

実は、うちはゼンマイとワラビの宝庫なのです。
まさに売るほど出ます。
これまでは手間のかかるもの達には目を向けていませんでしたが、
せっかくの宝、これからは重宝しよう。

ということで、最近採れたものたちです。
右からゼンマイ、タラノメ、コゴミ、ワラビ
6勢揃い

この他にも、ウド、ニリンソウ、ヨモギ、ツクシ、セリ、ミツバなどが
食卓に上がってきました。
まさに山菜シーズン真っ盛りという風情です。
このシーズン、例年よりも一週間から10日間早い気がします。
本当ならばGWの顔ぶれですね。

これらの山の恵み、
今年は家族だけでひっそりとホクホクしながらいただいております。
ありがとうございます。
2009.04.20 花とU太とKAN太
「そういえば、最近はブログに花をアップしていないなぁ。」
自分のブログを眺めるに、そんなことに気づきました。
私は植物を見る時に、「そいつは食えるのか、食えないのか?」
を判断基準にしているところがあるので、
花そのものに関心が向かないところがあります。
正確には、関心はあるのですがカメラが向かない。

そこで今日は、最近のうちの周りの花に合わせて、
U太とKAN太の近況をお知らせします。

まずは家の石垣前の花壇の様子から。
決してマメにメンテされている訳ではありませんが、
それでも花々が現れると綺麗なものですね。
二年前に植えた球根や種が、今年も目を楽しませてくれます。
0前花壇

一方、家の前では不思議な光景が広がっております。
ネット通販用の撮影にいそしむ私の傍で、
あられもない姿を見せるKAN太。
彼は日光浴をしているのです。
1足広げ

彼が男で良かったですね。
女の子だったら、お父さん、ちょっと戸惑ったかも。
それにしてもKAN太は肉付きがよろしい。
太ももなんてムチムチですよ。
2ムチムチ

彼はすこぶる調子良く育っております。
周りからは「癒し系だねぇ。」などと言われておるとか。
KAN太は私似だと言われているので、
つまり、私も癒し系?赤ん坊と一緒にするなって?

さて気分を戻して再び花壇に目を向けましょう。
小さなチューリップが咲いております。
これは原種に近いのだそうです。
3原種チューリップ1

同じく原種系のチューリップ。
可愛いですね。
5原種2

上から覗くと、また違った顔を見せます。
私は正直言ってチューリップはそれほど好きではなかったのですが、
この原種系は可憐で大好きです。
6原種2アップ

花とKAN太ばかり写真を撮っておりましたら、
「U太も撮ってぇ!」とせがまれました。
そうだよね。もちろん撮ってあげよう。
ところが、注文しておきながら、カメラ目線をしません。
目の前の「ユリノキ」の若葉を真剣に眺めているのです。
4見つめる

最近のU太の成長(変化)ぶりは凄いです。
とにかく元気。とにかく騒ぐ。とにかく喋る。
喋って走って転けて大泣きしております。
「これがあのひ弱そうだったU太ねぇ。」と親が感心するほどです。
以前を知る人々は皆さん驚かれます。

内弁慶っぽいところはまだありますが、
特に我が家にお客さんが来ると、見事に応対してくれます。
私を差し置いて、ブッダや畑や岩魚を見せに案内してくれるのです。
こんな子になるなんてねぇ。

そして当然ながら、うちの中では本当によく喋ります。
またいわゆる「口ごたえ」をするようになりました。
親があー言えばこー言うし、生意気を言ったり、ちょっかいを出します。

例えば私が小斧で薪を割っていると、
「ちょっとごめんよ。」とか言いながら私の傍に座り、
「手を切るんじゃないよ。気をつけなさいよ。」と注意してくれます。

「こいつは俺の子だからなぁ。相当生意気なことを喋るようになるだろうよ。」
私は自分の幼年期の言動をかすかに覚えていますので、
私の子ならば仕方あるまいと、少々諦めているところがあります。
ホント、食えない子供だったからなぁ、私は。

さて気分を変えて花を見ましょう、花を。
加子母に移住してきた4年前、
国道から少し入ったところの道端で小さくひ弱に咲いていた芝桜を
少しだけ拝借しました。
それを石垣の上に植えたところ、ここまで大きく育ってくれました。
ありがとうございます。
7シバザクラ

この色は私の好きな色です。
実はもう少し薄い紫も大好きですが、いつかまた手に入ればいいなぁ。

最後にやっぱり「食える」植物に戻りますが、
我が家の前の「スウメ」と呼ばれる樹の花が、先週は満開でした。
白色なんだけれど、とても力強いエネルギーを感じます。
スウメ

ところが、昨日、この樹の脇に立っていた同じ種の老木が、
私の目の前で「バリバリ、ドッスーン!」という音と共に
根元から突然倒れました。
これには驚きましたね。長年生きてきましたが、
何もしないで目の前で樹が倒れる瞬間に出会ったのは初めてです。

思わず、「これまでよく生きてきたね。ご苦労様。」と声をかけ、
手を合わせて冥福を祈りました。

冥福と言えば、一昨日、U太の同級生のお父さんが亡くなられました。
奥様とはかみさんが親しくお付き合いしていました。
そして子供達はU太と仲良しでした。
亡くなられたご主人とは一度お会いして、とても良い印象を持っていました。
ですからそんな家族の今回の出来事に、感じるところがあります。

享年41歳。あまりにも早い人生ですよね。
心からご冥福を祈ります。
そして残されたご家族とは、今まで以上に助け合って生きたいものです。

それにしても、
私はこれまで随分とハチャメチャな人生を送ってきましたが、
本当に生かされているなぁとつくづく思います。
そして今や目の前で、妻や子供達や自然の生き物が育ち、
その生き生きとした姿をこうして眺めさせていただいているということ、
ありがたいことです。

日常の暮らしの中で、
生かされているその瞬間に感謝して生きていくことの大切さを、
改めて感じています。
2009.04.19 撮影する私
「最近、masanは一体何をしているの?」
きっと周りの人々は不思議に感じているでしょうね。
一昨日はあからさまに質問してきた人もいました。
昨日は「あなたは一体何を食べているの?」とも。
まるで霞を食って生きているかのように思われているのか?

食い物の件はさておき、私が今一番労力を注入している作業とは何か?
それは、「撮影」です。

「この春からネット通販を始めます!」と宣言したのは良いのですが、
その準備に大わらわの日々です。
そのことだけに集中できればいいのですが、
ま、いろいろありましてね。なかなか時間を取れないでおります。

そんな中でも、実はさるネット通販出店サービスに既に登録しておりまして、
今は開店のための段取りを進めているのであります。
その中でも最大の労力がかかるのが、「商品の展示」です。

「もりのいえ」のネット通販では、次の三本柱を考えています。
・かみさんの焼き菓子
・今の店舗で販売しているナチュラルフード&グッズ
・加子母の自慢品

このうち、ナチュラルフード&グッズに関しては、
それぞれのメーカーのHPから画像をいただけるものだと
楽観的に考えておりました。
ところが全部自分たちで撮影しなければならないんですね。
ガビーン!

うちは小さな店ですが、実は品数は多いのです。
それらの写真を一つ一つ撮らねばならないのか!
・・・
逡巡していても仕方ないので、ともかく撮影を始めました。

ふつうはスタジオ風に屋内でライティングして撮るものなのでしょうが、
そこは「もりのいえ」、やはり自然の明かりの下で撮りましょうと、
屋外で撮影です。
1撮影する引き

でも晴れた日の昼間は結構陽が強いので、自作のパーツで和らげてみたりと、
何かと工夫しながらの撮影です。
2撮影する

バックも、屋根裏から出て来た、煤が染みた廃材や、
3木バック

スギの葉を置いてみたりして、周りにあるもので試行錯誤。
4スギバック

結局、バックはあまり目立たぬ方が良いことが分かり、
先日も紹介した、雨戸の戸袋をバックにして、
水車パーツの上に置くパターンが、納まりが良い感じ。
5雨戸袋バック

光の強さも、実は夕方の方が良いと分かってきました。
これは夕闇を受けた「メローハバネロ」です。
うちの超オススメの「辛いもの」です。
ちなみにこいつは、臼の蓋の上に置いています。
6メローハバネロ

割とうまくいったかな?と自画自賛しているのが、
竹布ふんどしの撮影です。
結構お洒落だと思いません?
7竹布ふんどし

かくして、撮影毎にいろんな小道具が現れ、
(この時は麻袋のバックが良い感じでした。)
連日撮影に追われているのであります。
全て有りもので済ましているのが面白いでしょ?
8布袋バック

はっきり言って、大変な作業ですが、割と楽しい時でもあります。
早く開店させて、皆さんにお披露目したいものだなぁ。
先日、若いウドをいただきましたが、もう早くも全盛期を迎えました。
本当にウドってやつは成長が早いです。
今年は一株ずつにかなり生えてきているので、来年の株分けが楽しみです。
1000株くらいにまで分けられるのではないかな?
とてもそこまではやりきれませんが。
0ウド株

見て下さいよ、この太さ。
ほおばるには一番良い頃です。
1ウド全盛

これからは若葉をいただく時期ですね。
この若葉の天ぷらが私は大好きです。
若葉の方も、「私を食べて!」と誘っているように見えませんか?
2私を食べて

ところで、先日、『六ヶ所村ラプソディー』の実行委員会メールアドレスに、
私あてで「ウドの食べ方を教えてください。」というメールをいただきました。
個メールでお返ししようとしたのですが、何度送っても返ってきました。
そこで、この面でご返事します。

私が紹介しているような新鮮な若いものは、
採った直後ならばかぶりつきが一番です。
でもスーパーで売っているような時間が経ったものでは厳しいかもしれませんね。

そこで、その他の食べ方となると、
まず皮は剥いて酢あるいは酢を水で薄めたものにしばらく浸けておきます。
それで結構えぐみが取れます。
中身の方も一旦酢に浸けておくと変色しにくくなります。

そして皮は千切りにして、若芽と一緒にきんぴらにするのが良いでしょう。
もしまだえぐかったら、
醤油を加えて煮詰めて佃煮風にするとご飯がすすみます。

軸の中身は一般的には酢味噌をつけて食べるか、
スライスあるいは短冊にして三杯酢や梅酢でいただくと美味しいです。
梅と良く合いますし、マヨネーズ和えも良いですよ。

中身がえぐい時は、皮と一緒にきんぴらにする方が良いかもしれません。
また、軽くソテーして醤油をかけてもいいですね。

また、上にも書きましたが、若葉は天ぷら材にもなります。
これがまた美味いのですよ。
でも、若葉はすぐに萎えてしまうので、よほど新鮮でないと厳しいかも。

ウドは油と合います。
そして少々の「えぐみ」は春の醍醐味として味わいましょう。
もっとも、それほどたくさん食べられるものではないですが。

あとはいろいろ試してみてください。
そして気軽にこちらのブログにコメントして下さいね。


さて、実は目を上げるとついにタラノメが出始めています。
例年よりも一週間から10日ほど早い気がします。
空に突き刺さるように伸びるタラ、精悍ですね。
このくらいの形の時が一番美味しいです。
3タラ出始め

タラノメは、「二番までは採っても良いが、三番を採ると樹が枯れる。」
と教えられました。
でも、「やり方を工夫すれば、そうはならない」説を、
白州のわたなべさんから教えていただきました。

そのやり方とは、
「一番、二番と採った後、三番が出て来るそのすぐ上の幹を切り落とす」
というのです。
そうすることで、タラは三番を一番に置き換えてエネルギーを注ぐとか。

その三番が食べ頃になった時に採り、
次の四番の芽のすぐ上の幹を、同じく切り落とすのです。
その作業を続けていくことで、
順々にタラノメをいただくことができるそうです。

つまり、タラの身長はどんどん低くなっていきます。
「そんなことをしたら樹が枯れてしまうのでは?」
と普通は考えてしまいますが、そうはならないそうです。
夏の間にグングン伸びて、また春になると同じように出てくるのだとか。

正直言って、「そんな都合の良い話ってあるのかな?」
という気持ちが無くもないですが、(わたなべさん、ご免なさい!)
ともかく試してみることにしました。

この画像でいくと、下の方に節があり、
右に小さく次の芽が出ているのが分かりますか?
つまりはこの芽のすぐ上で樹を切るということです。
今まで教えられていた知識からすると「禁じ手」にあたるので、
ちょっとドキドキしながら切り取ります。
4タラ三番目

でもなかなか綺麗に切れないのですよ。
特に背の高いやつは狙いを定めにくく、真っ直ぐに切れずに苦労しました。
本当にこんな切り方でいいのかな?
5初タラ

ともかく今年の初物、早速の大物です。
昨夜はかみさんが天ぷらを揚げてくれました。
やっぱり美味いなぁ。ビールがススミます。

畑のワラビも出始めました。
採りたての若いワラビはあく抜きをしなくても天ぷらでいただけます。
でもすぐにふにゃっとなるので、
揚げたてをその場でいただくのが一番でしょうね。
6初ワラビ

とまぁ、いよいよ加子母も本格的な春を迎えました。
でもこの調子だとあっと言う間に去って行きそうな勢いです。
もうちょっとゆっくり滞在していきなよ。
せめてGWが過ぎるくらいまではね。
「へぇ~、ブログのテンプレート、変えたんですね!」
と、誰も直接言ってくれないので、自ら明かします。

もう既にご存知通り、一週間ほど前からテンプレートが代わっております。
それには訳があったのです。
でも全然「深い訳」ではないので、ここで軽く伝えます。

「何だかこのブログ、印象が変わったなぁ。」
と感じたのは10日ほど前のことです。
最初はその違いが分からなかったのですが、
しばし眺めて気づいたのは、本文を囲むデザインが消えていたのです。

皆さんご記憶にあるでしょうか?
薄緑色の葉っぱをモチーフにしたデザインでした。
それが何故か消えておりました。

「もしかしてバグッた?あるいはウィルスにやられた?」
不吉な予感がしました。

やがて、もう一つの「変化」にも気づきました。
本文の下に「スポンサーサイト」という文字が現れたのです。
しかもブログを開け閉めする度に内容が変わります。

「こんな設定、元々あったっけ?」
HTML編集画面を開いて覗きますが、何だかよく分からない。
文字の色だとか大きさだったらいじれるんだけれどなぁ。

ともかく気持ちが悪くなったので、次なるテンプレートを探し始めました。
実を言うと、これまでのテンプレートには少し飽きてきていたのですよ。
何が不満だったかというと、「鳥の鳴き声」です。
鳥の鳴き声入りのそのテンプレートに初めて出会った時、
「お、面白いじゃないか!」と喜んだものです。

でもそれをずっと使っていると、少々耳障りに感じる時もありました。
というのも、コメントに返事している時も鳴いていますので、
結局たぶん私が一番長くこのブログを眺めていると思います。
つまり、いつも小鳥のさえずりを聴いておる訳ですが、
いくら爽やかな鳴き声でも、ずっと聴いていると、
勝手なものでそんな気分にもなるのですよ。

しかも、別のタブを開いてこのブログを開くと、
何と!さえずりが重なることも発見しました。二重奏です。
試しにもう一つ開けると三重奏。
さらに開けると四重奏。
五つ開いたところで止めました。五重奏って、群れですよ、群れ!

ここまで書くと、「一度やってみたいから復活させてくれ!」
なんて声が届くかもしれませんね。

と、ともかく新テンプレート探しをするうちに、
今のデザインに出会いました。シンプルですが使い勝手がいいです。
そしてカスタマイズしやすいのです。
ですから最初からトップ画像をブッダに代えて登場させました。
今後は「もりのいえ」の風景をいろいろ紹介していきますね。

とまぁ新テンプレートになったのはいいのですが、
例の「スポンサーサイト」は一向に消えません。
「これは、もしかして?」
ひょっとして他の人もこんな現象が出ているのかと思って調べてみると、
案の定、このブログを管理している「FC2」の仕業でした。

4月7日からサーバーの速度をアップさせた新システムの導入に合わせて、
同時に「スポンサーサイト」が張られるようになったのです。
しかもこのことを全ブログを対象に一斉に始めたのです。
詳細はこちらで告知されていました。

「こんなことをあらかじめブログオーナーの了解を取らずに
始めても良いのだろうか?」と思って、
上の告知についていたコメント欄を押すと、
やはり非難の嵐が吹き荒れておりました。

「広告がないのを気に入ってここに来たのに!やめてやる!」
といった声が大半です。
中には「無料で使わせてもらっておいて文句言うな!」
という意見もありますが、ほとんどかき消されております。

私も正直「参ったな!」と思いましたが、
そのプログラムを解除する方法が載っていたので、
迷わず解除し、今無事にここにいたっております。

それにしても、こんなやり方って通るんでしょうかね?
少しでも稼げる道を探る気持ちは分かりますが、
「道筋」というものがあるのではないかと感じるのです。
「とても早くなるシステムを導入したら、その代わりスポンサーサイトがつきますよ。」
という選択肢が最初にあっても良かったかなと思います。

ということで新しいテンプレートで、
広告無しのすっきりしたデザインで再スタートを切りました。
遅まきながら、そして速度が遅いかもしれませんが、
これからもご贔屓にヨロシク!
先日、地域がらみで「退屈しない」時を過ごしていることを書きました。
ところが実は本当に私が「退屈しない」出来事は他にも山ほどあるのです。
それは「育児」を含めた「暮らし」や「仕事」に関してです。

私は普段から「Things to Do」表なるものをつけています。
その時々で書式は変わりますが、
要は、「やるべきこと、やりたいこと」を一枚にまとめたものです。
最近はそれに加えて「依頼ごと」も増えてきました。

その表をいつも眺めながら、別に「その日のやることリスト」を作成し、
リスト項目をひとつずつこなしながら過ごしています。
ところがここ最近はそれらの項目が増え過ぎて、
「いったい私は何処にいるの?」「何をやっているの?」
状態になっていました。

こういう状態になると、「何ができるの?」と考える前に、
「あれができていない!」「これもできていない!」
とネガティブになりがちです。
今だからこそ言えますが、3月の後半あたりはそんな心境でした。

そこである日、発想を変えてみました。
「いっそのこと、『できていない表』を作ってみてはどうだろうか?」
頭の中で「できていないこと」ばかりを考えていても拉致があきません。
ならばその「できていないこと」って何?と棚卸ししてみることにしたのです。

口で言うのは簡単ですが、ネガティブな世界にわざわざ目を向ける訳ですから、
少々身構えてしまいます。
「ひょっとしてこれをきっかけに鬱(うつ)になるかも?」

ま、ともかくひと酒飲んで、思いつくままに書き出してみました。
すると出るわ出るわ!
ずらっと「できていないリスト」が並びました。
もちろん一つ一つの程度の差はありますが、
ざっと70~80個くらいありましたかね。

こんなネガティブな作業をして、
しかも山ほどの「できていない事柄」を目の当たりにして、
さぞかし気が滅入ってしまっただろうって?
それが意外に冷静だったのですよ。

そしてこれらのリストをしばらく眺めているうちに、
ある程度グルーピングできることが分かってきました。
しばしの間、コピー&ペーストしながらリストを整理します。
すると、多少こじつけながらも、幾つかの大きなグループができました。

そこで浮かび上がってきた「できていないこと」グループとは?

一つ:お金が無い
言い換えると、「長期的に生計を立てる見込みが立っていない」

二つ:食い物の確保ができていない
田畑の段取りや山の恵みをいただくための動きができていない

三つ:エネルギーが確保されていない
電気、ガス、車の燃料など、
依存しているエネルギーからの脱却が進んでいない。

四つ:時間がない
何をするにしても、一つ一つにじっくりと時間をかけられていない

そしてこれらの山をまたしばらく眺めているうちに、
あることに気づきました。
「なぁ~んだ。これってうちに限ったことではないではないか!」

要は「金」と「食」と「エネルギー」と「時間」でしょ?
つまりはうちだけの問題ではなくて、他の家だけでもなくって、
国家レベルでも同じような悩みを持っておる訳です。
そしてそのことのために、つまらん戦争を起こしてもおるようなあり様です。

そして気づいたことがもう一つ。
「何も今に限ったことではないじゃないか!」
そう、私はずっとこのテーマに振り回されてきたのでありました。
ということは、今更ジタバタしても仕方ないのであります。

だからと言っていきなり楽観的になれるほど、私は大物ではありませんが、
敢えて焦ることもあるまいと考えるようになりました。
そのいきさつをかみさんに伝えると、
「そこでそういう風に考えられるところがあなたらしいね。」
と、感心されるやら呆れるやら。

そうそう、そう言えば「退屈しない」も「ない」の一つだったね。
それにもう一つの「ない」が加わろうとしています。
それは「迷いがない」。

正直言ってまだ完全には言い切れないけれど、
今回の「ないない探し」を通して、
そんな領域に少しだけ近づいたかな?
「うちでは2006年から米を育てています。」
なんて言うと、「自給しているのですか!」と驚かれますが、
とてもとても。
まだ我が家の食卓にお目見えできるような状態ではありません。

まず、田の面積がとても小さいことと、
いわゆる「自然農」的なやり方を自己流に試行錯誤しながら、
それもいい加減にやっているのですが、収量がとても少ないのです。

しかもいまだに「もみすり」をしていません。
裏の離れ家から見つかった「手動もみすり機」
メンテがまだ終わっていないのです。
だから三年分の米が貯まっています。

そして我が家では古代米を育てています。
古代米というのは、それだけではとても食べられるものではなく、
現代の白い米に少量を加えて炊くのが一般的です。
ですからうちは米は買っています。
米作りは私にとって「自然と会話する儀式」のようなものです。

ところで我が家の古代米ですが、ずっと「黒米」だと信じていました。
ですから過去のブログでは、「黒米」と書き続けています。
ところが、昨年に画像を見たこいわさんから、
「これって緑米じゃないの?」と指摘がありました。

「でも、籾を剥いたら黒かったですよ。」と答えていたのですが、
いざ収穫すると確かに緑だ。
エッ?私って黒色と緑色の違いも分からないほど老化してしまったのか!

ところが、改めて籾を比較してみて、再度ビックリ!
これが昨年に収穫した米です。
1緑米?

そしてこちらが一昨年、つまり2007年の収穫米。
2黒米?

全く風情が違うでしょ?
でも私は2007年の籾を播いて2008年の米を収穫したのですよ。
何とうちの田んぼは、一年で作物を変異させてしまうのか?
実際に剥いて比較してみましょう。
左が2007年、右が2008年の収穫米です。
3比較

ね、すごいでしょ?この違い。
この時点で私は本当に訳が分からなくなっていました。

ところがつい最近になって新たなことを発見!
2006年の米を改めて見ると、上の二種類の米が混じっていたのです!
そんなことに今頃気づく私は馬鹿か?

「そういえば・・・」
初めて米を育てた2006年は、
二方面から「黒米」の籾を手に入れたのでした。
一つはかみさんがネットで手に入れた、間違いのない黒米。
もう一つは近所の産直市で装飾用に販売していた、一房の「黒米」。
どうも後者の方は実は「緑米」だったようです。

そこで推理が進みます。
2006年は二種類の籾からそれぞれ発芽し、収穫時に混ぜてしまった。
(この行為は確かに記憶があります。)

2007年、その「合同米」を播いた。
(これも記憶がある。だってそれしか手元になかったから。)
ところが、2007年は何故か長い「黒米」だけが芽を出したのではないか?

そして2008年、私は2007年の籾だけを播いたつもりだったが、
実は2006年の「合同米」も混ぜて播いたのではないか?
(僅かながら、そんな記憶がうす~く甦ってきました。)
ところが昨年はその合同米のうちの緑米だけが発芽し、
収穫に至ったのでは?

つまり、その年の気象条件や、私の怠慢により、
我が家の田は米が育つのにリスクが高いのですが、
毎年かろうじてどちらかの米が育ってくれたのではないか?
というのが私の推測です。

ならば今年はどうするか?
迷いはありません。両方育ててみよう!

そしてそして、我が家には期待のホープ、
「加子母百年米」がいるのでした。
こいつは何とか発芽させたいなぁ。
4加子母百年米

試しに水に浸けてみると、半分が沈みました。
ひょっとして本当に期待できる?
5水に入れる

この米については、一つでも出てくれれば御の字です。
ですから、ほとんどは我が家で発芽を試しますが、
ほんの一部(20粒ほど)だけは、
近所でハウスを持つマサ君にお願いしました。

マサ君は獅子舞の獅子役の若者で、最近はでっかいメロンを育てています。
先日、獅子舞の練習会の際、
「加子母百年米」の発芽に協力すると快諾してくれました。

一応そういった保険もかけておいて、いよいよ発芽に挑戦です。
昨年までは前夜に水を含ませる程度だったのですが、
今回は慎重に臨むことにしました。
これらの上に、ビニールカバーをかけて発芽を期待します。
6水に浸す

さぁ、どうなるかな?
全てうまく出てくれますように。

ところが新たな課題が登場!
本当に全部芽を出したら、どうする?
田植えする場所は小さな1面しか残っていません。
ということは、新たに田を作る必要があるということか。
限られた時間の中で、何をどこまですべきか、
決断の時はいつ?
春になって物事が一気に動き始めています。
どうして春になるとそうなるんでしょうかね?
ま、それは置いといて、油の話です。

冬の間はなかなか進まなかった「新しいろ過システム」ですが、
この暖かさのおかげで一気に進み始めました。
それまでにも、全くろ過が進まなかったり、
途中の工程で油が詰まって漏れ出したりと、試行錯誤を経ましたが、
ようやくコツを掴んできたように思います。

まず、ろ過の基準を「次第に厳しくしていく」具合が分かってきました。
最初はあまりきつくせずに、大きなゴミを取り除くことにしました。
そこで登場、ティッシュです。
これだと目が粗いし、気軽に使い捨てできるので楽です。
1ティッシュを敷く

これをシステムの一番最初の入り口に置き、
回収した油を少しずつ入れていくことで、
あらかたのゴミを取り除くことができます。
2入り口

途中のシステムでも、可能な限りシンプルなろ過材を使用することにしました。
例えば炭は効果が分からず、
細かい炭の粉がかえって詰まりの原因になるので外しました。

そして最後の「コスロン二段仕込み」は、
コスロンセットを極力減らすことにしました。
上段が4個で、
3上段

下段が3個です。
落ちる速度はぐんと落ちましたが、
ろ過紙の交換個数を節約することができます。
なぁに、気軽に待てば良いのさ。
このように、いくつかの段階に分けて危害を取り除くのを、
「ハードル理論」といいます。
4下段

そうしてろ過した油(WVO)、左は昨年までのシステム、右側が今回のシステムです。
5右が新システム

これを見ると、「おお、新システムは凄い性能ではないか!」
と思われるかもしれませんが、実はトリックがありまして、
もともとの油の質が違うのです。
最近回収しているところの油は程度が良いので、
とても綺麗にろ過できています。

ところで、今まで通りの汚れた油も回収していますが、
これらはもっと暖かくなって
普段からサラサラ状態の時に使うことにしています。

一年通してろ過し続けて学んだことは、
「一年間をかけて使い勝手の良い燃料を使用する。」ということ。
夏の間は原油が少々汚れていても対応可能ですが、
春秋には少しずつ綺麗な油を中心にして、
冬は汚れた油は一切使わないことにします。

そして春から秋にかけて、一年分の燃料を確保することで、
一年通して使うことができます。
そういった計算をできるようになってきました。
現在は原油で200リットル、ろ過後のWVOは100リットルの備蓄があります。

ガソリンスタンドで軽油やガソリンを買っているだけでは
知ることのなかった「一年サイクルの燃料確保」。
これもまたSVOの醍醐味の一つではないのかな?
昨日の朝、近所のススムさんからのメールを発見し、ビビッときました。
「古代米の種籾を幾つか分けてもらったのですが、要りませんか?」とのこと。

ススムさんは加子母で唯一「有機JAS」の認証を得ている農家さんで、
最近「中津川市有機農業研究会」なるものを立ち上げられました。
私は会の設立時に話し相手になったご縁で、
監査役を仰せつかっております。まだ何もしていないけれど。

何故、私が有機農業に関わっているのかというと、
知らぬ間に私たちは「有機農家」になっていたのですよ。
今の家と田畑に出会ったのが2004年の春です。
それ以来、農薬と化学肥料を使っていません。

特に「私たちは有機農家を目指すぞ!」と肩に力を入れた訳ではないのですが、
何も使わずに5年経ってしまっておりまして、
ススムさん曰く、「立派な有機農家」なんですと!

さて冒頭のメールを見て、私は即行動を起こしました。
というのも、「今年はいつ種おろしをしようか?」と思案していて、
まさに今日がベストタイミングだったからです。
早速ススムさん宅を訪問し、既に根の出た古代米をいただきました。
一つずつ紹介しましょう。

まずは「紫米(むらさきまい)」です。
細長くてイキがいいです。(何をもってイキなのか分かりませんが)
1紫米

この稲、育つと相当背が高くなるそうです。
ですから神事の縄などに重宝されるとか。
ちなみ福岡県の昔の農具についていた籾から
増やしてきたものだとか。
この手の話、どこかで聞いたことがあるような・・・
2紫米の背丈

次は「黒米(くろまい)」です。
これは私も育てているので分かります。
(ところが、我が家の「黒米」は意外な展開をみせておりまして、
この話は長くなるのでまた別の機会に。)
3黒米

そして「赤米(あかまい)」です。
前の二つに比べてまんまるっこいですね。
ただ色が違うだけではないのです。
今回の黒米と赤米は、京都の方で神事用に育てられていたのを
分けてもらったとか。
4赤米

そしてこれが「カンニホ」というそうです。
どこか外国の米かと思って調べてみると、「神丹穂」という字で、
赤米の一種らしい。
こちらのブログを拝見すると、見事な穂の色です。
こんなのがうちの田んぼにたなびくといいなぁ。
この稲、ものすごく成長が遅いそうなので、加子母で育つかどうか・・・
5カンニホ

さぁ、では種おろしを始めましょうか。
うちには小さな面積の「田」が5面あります。
そのそれぞれの隅で苗代を作ることにしました。
まずはその場所の下草を刈ります。
6下草を刈る

そして、40cm×2mほどの面積で、厚さ3cmほどの表土をめくりました。
これであらかたの草の根が除かれました。
めくる度にミミズ君たちがわらわらと出てくるのが嬉しいです。元気に育てよ!
7表土を剥ぐ

軽く米ぬかをまきました。
本当は2週間ほど前にすべき作業なのだけれど、どうか根が腐りませんように。
その後、小レーキで土を軽く掘りながら米ぬかを混ぜ込んでいきました。
8米ぬかをまく

そして米をおろします。
バイブルには「3cm間隔で」とありますが、
せっかくいただいた米を余らせることもないので、
つい密にまいてしまいます。これは赤米。
9米をおろす

小レーキで軽く地面を叩いて締め、軽く土をかけ、
細かい刈り草と藁を敷きました。
どうか鳥が食べてしまいませんように。
10藁を敷く

この作業を4面で行いました。
「一カ所で作れば楽なのに。」とかみさんは言いますが、ま、いいじゃない。
それぞれの持ち場の田で育つ苗というのも面白いでしょ?
11四つできた

さて残るはあと一つの面です。
三年間育ててきている古代米(たぶん緑米)にする予定ですが、
以前見つかった「加子母百年米」もあります。
もしこれがしっかりと芽を出したら、丁寧に育てなくては。
となると、田が足りないか・・・

などと思案していたら、朝会ったススムさんが別の米を持ってきました。
「内モンゴル米」だそうです。
「古代米に近いらしいよ。」とのことで、置いていかれましたが、
さてどうしよう?いよいよ面積が足りなくなってきました。
12内モンゴル米

本当は今年は田を広げるつもりでした。
でも何かと「退屈しない状況」になってきたので、
昨年のままの面積でいくことにしたのですが、
これはやはり広げるべきか?
GWにウーファーが来るので相談しようっと。

ともかく、この時期に種おろしができたのは大収穫です。
今年は春が早いので実はやきもきしていました。
米のためにも、私たちの精神的にも、大変良いタイミングでした。
きっかけをいただいたススムさん、ありがとうございました!
順調にいけば、今年の米作りは相当面白いことになりそうです。
我が家では「ツクシのふりかけ」が食卓の定番です。
ツクシを蒸して天日干しし、その後薪ストーブやフライパンなどで煎って、
焼き塩、ゴマ、海苔などを加えて出来上がり。
特にU太が大好きで、これがあればご飯をパクパク食べます。
0ふりかけ

当然ながらツクシは春しか採れませんので、
この時期に一年分のツクシを集める必要があります。
冬の間は、「春になってツクシが出たら、一緒にたくさん採ろうね。」
と会話したものですが、
いざその春がやって来ると、他のことにかまけてしまい、
つい採るのを忘れてしまいそうです。

「これではいかん!今のうちに一回採っておくぞ!」
他のことはさておき、U太を誘って家の裏に向かいました。
我が家の裏にはツクシが群生していますが、
面白いことに、初春と晩春に出る場所が違います。
まずは初春の分をしっかりといただこうという算段です。

そして30~40分ほどで、それなりに集まりました。
U太も飽きずに結構集めてくれました。
毎度思うことですが、何でもやってみるとあっと言う間にできるものです。
さぁ、次の作業はお母さん、よろしく頼みますよ。
1つくしの山

ところで、今回とても面白いツクシを発見しました。
双子のツクシです。初めて見ました。
2ふたごのつくし

また、先日家裏の片付けをウーファーのミナちゃんにしてもらったところ、
立てかけた腐った合板の中をツクシが上に伸び、
しっかりと芽を出しておりました。
3合板を伸びる

取り出して見ると、しっかりと根を張っております。
やはりツクシはものすごい生命力です。
4長い

私はライフワークの一つとして山野草を採って食っていますが、
最近つくづく思うに、本当に健康のことを考えるのならば、
あれこれ種類を求めるのではなく、
ツクシとスギナとヨモギを食っておれば良いのではないだろうか?
あと、タンポポも仲間に入りますね。
彼らのような生命力(エネルギー)のある生物をいただくことで、
心も身体も健康になるように思います。

ツクシは皆さんの周りにもきっとまだ出ているはずです。
卵とじもいいですが、それほど食べられるものではないので、
是非加工して年中いただきましょう!
あるいは、「もりのいえ」に来られると食べられますよ。
先日来ご紹介している、『六ヶ所村ラプソディー』上映会ですが、
実行委員会より連絡が入りましたので、ご案内します。

この映画の実行委員会は地域の女性たちが中心となってつくった有志の会です。
申し込みやお問い合わせ先として新たなアドレスを作り、
ちらしの中で記載していましたが、ある事情のため、アドレスが変更されました。
新しいアドレスはこちらです。

movie6nakatsu@yahoo.co.jp

もっとも、このブログをご覧で関心を持たれた方は、
私の方にご連絡いただければそれで結構です。

聞いたところによると、今回監督を呼んだり、会場を借りるなどで経費がかさみ、
相当な数の入場者が来ないとペイしないとか。
だからと言うのは本末転倒なのは分かっていますが、
是非この機会に大勢の方に映画を観ていただければと願います。
「忙しい」は「心が亡ぶ」と書きます。
「慌ただしい」は「心が荒れる」と書きます。
私たちは「言霊(ことだま)」を信じているので、
そういう言葉をできるだけ発しないようにしています。

そしてそういう「状態」になった時、にっこり笑って、
「退屈しないね」と言うことにしています。
これまでもずっと「退屈しない」時を過ごしてきました。
しかし今年度は、いやはや全く退屈しない状態になっております。

まず、地元の神社に仕える「氏子総代(うじこそうだい)」になりました。
しかも実質的に一番年中やることがある会計であります。
最大の山場はGWに地元の神社で開かれる春祭りです。
その段取りを全て組まねばなりません。もう一ヶ月を切っています。
ちなみにこれが氏子総代の衣装、法被です。
1氏子

3年前から地区の若連(わかれん)というものに入り、
横笛を吹くようになりました。
そして獅子舞の笛を吹かないかと誘われて以来、
「お付き合い」では済まされない状況になっております。

加子母は10区に分かれ、
秋祭りの時の「神楽(しんがく)」を持ち回りで担当します。
今年は我が地区が担当なのです。

GWの時にも「試楽祭(しがくさい)」と呼ぶ地区のお祭りで獅子舞を奉納しますが、
この時は、まぁ身内の集まりですので、のんびりしています。
でも秋祭りは大勢人も集まるし、下手なことはできません。
その獅子舞の笛担当二人のうちの一人になれと言われているのです。

そして山場は年明けの伊勢神宮での獅子舞奉納です。
2010年1月22日(金)に能舞台で奉納することが決まりました。
伊勢神宮のその年の最初の奉納であり、
30年以上も毎年奉納しているのは、加子母くらいだそうです。
そこでも笛を吹くことになっています。
さぁ大変だ!既に週2回の練習会が始まっています。
ちなみにこれが若連の法被です。
2若連

祭りと言えば、夏祭りの櫓(やぐら)に今年も登ります。
「踊飛連(ようひれん)」と呼ぶお囃子の連に入って2年目となります。
昨年、私は五番手の歌い手でした。
ところが今年は二番手の方が「俺はもうきついから外れる。」
と宣言をされたのです。
つまり私は四番手に繰り上がることになります。

ところで旧三番手の方は連のリーダーで、太鼓も兼ねており、時々抜けられます。
しかも旧四番手の方は現役のお坊さんで、お盆には本業の為に抜けます。
つまり、状況によっては私が二番手になる時もあることになりました。

「エエ~ッ!」ちょっと待ってよ!
まだ民謡の声がまるでできていないのに、二番手はないでしょ?
どうしよう・・・
ちなみにこれが踊飛連の浴衣です。結構目立ちます。
踊飛連の練習は先週から始まりました。
3踊飛連

そして、今年の体育祭の地区担当の体育委員長になりました。
今はまだそれほど招集がかかっていませんが、
秋に向けて何かと呼ばれることになるでしょう。
体育委員長の衣装はありません。
というよりも、私はジャージといった運動着を持っていないのです。
作務衣じゃダメ?

毎月18日に練習会を行う「念仏講」。
これはそれほど負担にはなりませんが、
先日の「古塔婆お焚きあげ」といった儀式や、
お葬式が出た時には呼ばれることになります。
そろそろ般若心経を暗記したほうがいいのかな?

U太が保育園に入ったことで、少々気がかりなことが増えました。
この地区で保育園児はU太一人なのです。
その下の2学年もおりません。
ということは、保護者会のこの地区の役員が三年間回って来るということ?
まだ保育園からは何も言ってきませんが、少し身構えております。

以上が、「地域関係の役」です。
他にも地域のお付き合いは山ほどあり、そして何かと声を掛けられます。
「ちょっとこの資料をワープロで打ってくれんかの?」
「ちょいと相談事があってね。」
「今度、講の旅行があるんだが・・・」
連日訪問者があり、いろんなお声掛かりをいただいております。

そうそう、自ら立ち上げた「いかそまい会(循環型地域づくり研究会)」
もあったのでした。
先日総会を開き、今後の活動方針が見えてきました。
とても有意義な会に育っていきそうですが、当然ながら関わる時間が増えます。

さて、現実には私たちは食っていかねばなりません。
上に挙げた内容は、全て「食えない事柄」なのです。
これ以外に、本業の仕事と暮らしがあります。
田畑の段取りもあります。
これに関しては、「春よ、まだ行かないでくれ~!」というのが本音です。

かみさんはかみさんで二人の子供を育て、家事をし、赤ん坊をおんぶして畑を耕し、
焼き菓子を焼き、店の応対をして、今は一緒にネット通販の準備をしています。
加えて今度の『六ヶ所村ラプソディー』上映会のスタッフもしています。
はっきり言ってヘロヘロ状態の様子です。

さぁさぁ、とっても「退屈しない」状態になってきました。
でも、これらの事柄を眺めて、私が思うのはひと言、
「ありがたいなぁ。」であります。
声が掛かるうちが花とも言えましょう。

まったく、「退屈しない日々」を過ごす私たちですが、
きっとこのまま「退屈しない人生」を送ることになるのでしょうね。
そんな予感というか、確信を感じます。
バイクでやって来た郵便やさんが、「猿が出たよ!」と教えてくれました。
遠くを臨むと、うちの畑とお隣の田んぼに大勢の猿がたむろしています。
1もう猿が出た

左端の猿が分かりますか?
こいつはきっと見張り役です。
他の猿が食べ物を取っている間、こいつだけが外を向いております。
ズームインしてみましょう。うーむ、ふてぶてしい顔つきだ。
2見張り猿

こういう時、どうしようかと考えてしまいます。
近づくと当然逃げますが、離れると、どうせまたやってきます。
それでも近づかないと一層なめてかかるかと思ったので、
一応近づくことにしました。
のんびりと逃げる猿達。ざっと20匹くらいはいましたかね。
3逃げ出す

一体かれらは何を食っていたのか?
主にたむろしていた場所は、田んぼの中です。
雑草の新芽?昨秋脱穀した後のおこぼれ?暖かくなって出て来た虫?
分かりません。
4何を食った

さっそくご近所の方と情報交換しますが、
今年は猿の出るのが早いです。
山の中は食い物がないのかな?
今頃はいろんな新芽が出ているはずなのに・・・

いずれにせよ、猿との共存(?)がまた始まりました。
私たちの畑は、私たちの食べられる作物を
いったいどれくらい提供してくれるでありましょうか?
先日の『六ヶ所村ラプソディー』上映会のお知らせブログ
最近のコメントまでずっと読んでくれている方はお分かりかと思いますが、
ワークショップを開くことになりました。
まず、その内容をお知らせします。

テーマ:電力会社に頼らない暮らしを考えよう!
日程:4月26日(日)午後~27日(月)適当な時刻まで
スケジュールと場所:
26日12:00頃  中津川市福岡ふれあい文化センターに集合
          (もりのいえは出店しています。)
   13:00~15:00 『六ヶ所村ラプソディー』を観る
   15:15~16:15 鎌仲監督の講演会を聴く
   隙をみて、  鎌仲監督をつかまえて話し込む
   夕方、温泉へ
   夜、もりのいえにて夕食&宿泊
27日 適当に起きて、独立系太陽光発電システムを組み立てる
    完成を祝う

映画のちらしはこちらをどうぞ。
前売り券は「もりのいえ」にて販売しています。予約もOKです。
(画面をクリックしてね。拡大すると結構大きく読めると思います。)

CCI00000.jpg

CCI00002.jpg

広島の旅の時、石岡さんから太陽光発電を勧められました。
ずっと以前から独立系を考えていた私は、
「このチャンスを逃したら、きっと実現は随分先になるだろう。」
と自分自身の性格を客観的に見つめて、
「エイ」「ヤー」でパネル2枚と、
1パネル

「ソーラー・コントローラー」を購入しました。
2ソーラー・コントローラー

旅の帰り道、私の知識の無さを案じた宮城の倉田さんが、
「必要なものを一緒に買いましょう!」とホームセンターに誘ってくれ、
「バッテリーは最初は車用の小さいものでいいでしょう。」
3バッテリー

「パワー・インバーター」は、私のものと一緒にしておきましょう。
その方が困った時にアドバイスしやすいです。」
4パワー・インバーター

「電線は15~16mもあればいいかな?」
5電線

と、全て選んでくれました。ありがたや。

そして、「後は自分でつなぐだけですからね。」と去って行かれたのであります。
ありがたや。

Butしかし、帰宅後は他の作業にかかりっきりで、
梱包を開くことさえできませんでした。
唯一やったこと。「プラスマイナスを間違えないように!」
という石岡さんのアドバイスがあったので、テスターを買いました。
でも実は使い方が分からない。
6テスター

そんな私の態度に業を煮やしたのか、哀れみを感じたのか、
和田さんが手を差し伸べてくれました。
「映画にも関心があるので、加子母に行きましょうか?
その際に太陽光発電のセッティングもしましょう。」

そんなコメントのやり取りを見て、
「見てられない」と感じたのか、
「一緒に買い物をした以上、責任がある」と感じたのか、
何と!宮城の倉田さんが再び加子母に来て下さることになりました。

ということで、急遽ワークショップを開くことになった次第です。
「小さなサイズの太陽光発電というのを見てみたい。」
という方にはうってつけです。

日程的に日月となったのは、私が地域行事で何かと役があり、
土曜の夜と日曜の朝に出掛けなければならないからです。
「masanがいなくても大丈夫。勝手に過ごすから。」
という人は、どうぞお好きな時間帯にお越しください。
ただし事前に連絡くださいね。そして一品持参の協力お願いします。

ということで、いきなり始まった企画。
さてどうなりますやら。
いつもながら、あれこれと起こる我が家であります。
玄関脇にある雨戸の戸袋の前に立てかけた水車の一部と、
ボロボロの郵便受けと壷と花。
最近、お気に入りの構図です。
1玄関

今日は一日、細かい出来事が山ほどあり、訪問客も多かったです。
一日を振り返って、「私はいったい何をしておったのであろうか?」
と呆然としておりますが、
幾つかの出来事をピックアップして話をつなげます。

まず、「明日は保育園に行かない!」宣言をして寝入ったU太ですが、
二日目の登園は意外にもスムーズに進み、
拍子抜けするくらいにバスにさっさと乗り込んだとか。

そして帰りのバスでは、お気に入りの先生が隣に座ってくれたこともあり、
「もっとバスに乗っていたい!」とむずかるほどだったとか。
そして帰宅するや、
「U太くん、保育園の方がいい!」などという台詞も飛び出しました。
こいつの変わり身の早さは誰に似たんだ?

ただ懸念されたのは、
いきなり家の暮らしで我慢がきかなくなったように感じます。
「もしかして保育園でわがまま放題許してもらった?」
親は眉を少々ひそめます。

うちは子供に精一杯の愛情を注いでいますが、決して甘やかしていません。
だから、いくらU太がごねても、「駄目なものは駄目!理由なんて無い!」
と突っぱねる場面が一日に何度か出てきます。

でも保育園ではそんなことを言う先生なんていないのでしょうね。
だから「保育園の方がいい」宣言が飛び出したのかもしれません。
この先の彼の変化をよく観察しておきましょう。

それにしてもたった二日目で
「家に未練を持たない状態」になるとは思いませんでした。
「きっとこの子は大きくなったら家を出ていろんな所に行くのでしょうね。」
「ああ、そうだろうな。何処へでも好きな所に行くがいいさ。
 僕らもそうやってきて今があるのだから。」
そんな親の会話が二日目に出るとも思いませんでした。


さて話題は変わって、我が家に「光」がやってきました。
こんな田舎でも光通信を使えるようになったのですよ。
時代の流れを感じます。
2光工事

事前に「光を村に入れてほしいですか?」とアンケートを取ったら、
加子母は周辺の旧町村に比べてダントツに要求が多く、
早い時期の光導入が決まったとか。

さぁてU太の好きなクレーンがやってきて、
我が家の軒に線を引き、家の中を通すためのドリルの音が響きます。
3電線を引く

それを見て、「U太くんのおうちを壊しているの?」
と心配になってきたU太。
4うちを壊すの?

「だったらそのように訊ねてごらん?」
いたずらっぽく応えるお母さん。
すると本当に、業者のお兄さんにそのまんま訊ねておりました。
「U太くんのおうちを壊しているの?」
返答に困ったお兄さん。戸惑わせてご免ね。

ともかく、サクサクのネット環境が整いました。
などと簡単に書いておりますが、
この機会にプロバイダーを変えることにしたので、
その後の諸々の設定にはそれなりの時間がかかりました。
毎度のことですが、こういう作業はたまにしかしないので、
いつももたもたしてしまいます。


保育園から帰ったU太から、
「ヨモギとタンポポの天ぷらを食べたい!」とリクエストを受けていました。
ならばとリクエスト通りにお父さん頑張って夕食を作りました。

その食材を漁っていた夕刻、
うちの畑にウドの新芽が出ているのを見つけました。
例年は新春に株分けをするのですが、
昨年100株にまで増やした時点で、
しばらくの間はそのままに置いておくことにしました。

そのほっとかれたウドがついに新芽を出したのです。
ああ、美味そうな肌色!
5初ウド

これをどうやっていただくかって?
うちではウドの初物の食べ方は決まっています。
それは、「そのまんま、かぶりつく」のです。

外皮を少し剥いで、出て来た白い茎にかぶりつきます。
柔らかくって、みずみずしくって、香りが立って、甘い!
スーパーで売っているウドでは、この真似はできないでしょうね。
ありがたい初物であります。
6夕食

この他にも実にいろんな出来事や会話がありました。
これを「忙しい」とか「慌ただしい」とは言いますまい。
全く「退屈しない」日々が続いております。
身の回りにたくさんのやることと出来事があるのは、
ありがたいことです。
2009.04.06 U太の初日
今日、U太の保育園通いが始まりました。
近くのバス停に幼稚園バスが定刻にやって来るので、
それに間に合わせようと、親の方が朝からあたふた。
それでも私たちにしては結構早く段取りが終わり、さぁ出発だ!
ぽっかぽかの春の日差しの中、歩いて行きます。
1さぁ出発

真新しいカバンと大きな帽子がキュートですね。
やっぱり親ばかです。
この画像の後は、両親の手を取ってご機嫌なU太でした。
2後ろ姿

保育園には何度か行ったことがあるので、
U太は保育園がどういうところかというイメージはあると思います。
でも今日から一人でバスに乗るというのは、
この時点では理解していなかったと思います。
だからか、バスの待ち時間も余裕の表情。
4余裕

それでも次第に気配を感じるのか、
時折両親の手を握ります。
通りすがりのドライバーは、皆さんニコニコして過ぎていきます。
3手をつなぐ

さぁ、ついにバスがやってきました!
バスは巡回して来るのですが、この地区はU太一人だけの乗車です。
この時になって初めて「別れの時」を知ったU太。
みるみる不安気な顔つきになりました。
5別れ

最後は半ベソで先生に抱きかかえられて乗車。
あっと言う間にバスは行ってしまいました。
6行っちゃった

さて残された私たち。
この時とばかりに自分たちの仕事に取りかかります。
でも時折、「今頃どうしているだろうねぇ。」などと会話。

そして、あっと言う間に出迎えの時刻が近づきました。
最初は慣れるためか、ほんの2時間程度しか保育園にいないのです。
「早くバス停に行かないとやばいかも・・・」と焦るお母さん。
最初はお母さんだけに出迎えに行ってもらうつもりでしたが、
「U太にとって人生一度の出来事だから。」と私も付き合いました。

すると、私たちがバス停に到着する前に、
何とバスが私たちの目の前を通り過ぎて行ってしまいました。
そうです。私たち親が遅れたのです!

そしてバスは他の地区の子供達を先に下ろして、
きっと最後にこの地区に再び帰って来るのでしょう。
つまり、U太一人がバスに残されるという訳です。

「あぁ、何てことをしてしまったのだろう!
 きっとU太はすごく不安になっているだろうに!
 会ったら真面目に謝ろう!」
珍しくうろたえるお母さん。
私は、「あぁ、こいつはこういうドラマに巡り会うことになっているのだなぁ。」
と一人感じ入っておりました。

やがてバスが帰ってきました。
一番前の席で、先生に抱きかかえられるようにされながら、
お話していたらしいU太。
どうも泣いてはいなかったらしい。
でも険しい顔つきです。

そしてバスの外で待つ私たちの姿を見て、
それからみるみるうちに泣き出しました。
それまでずっと気持ちを抑えていたのでしょう。
それが親の顔を見て、堰を切ったように感情があふれてきたようです。
7帰るなり

バスが去ってからも延々と泣き続けるU太。
私とお母さんは目配せして、「納得するまで泣かせておこう。」
とずっとこの姿勢でおりました。
KAN太を背負うお母さんが辛かろうと、
彼は私が抱っこして、道端に並んで座っておりました。
朝と同じく、通りすがりのドライバーが微笑んで過ぎていきます。
8ずっと泣く

ひとしきり泣いた後、おもむろに促し、
再び歩いてうちに帰りました。
行きとは違い、極端にとぼとぼ歩きです。

すれ違うドライバーには結構顔見知りが多く、
皆さん手を振ったり、クラクションを鳴らしていきます。
この光景、既に「今日の加子母ニュース」になっているかも。

帰宅した後は、私たちが目一杯優しく接したこともあってか、すぐにご機嫌に。
そしてポツリポツリと保育園であったことを喋り始めました。

「○○君は泣いてたけれど、U太君は保育園の中では泣かなかったよ。」
「でもバスを降りたら泣いちゃった。なんでだろう?」
いいよ、いいよ。泣きたい時に泣けばいいんだよ。
大人になれば、そんな簡単なことができなくなるんだから。


U太、お前にお父さんの言葉をあげよう。
それはね、
「誰でも、最初は、初めてなんだ」ってこと。

この当たり前のような言葉は、
初めてのことに出くわして戸惑ったり不安に感じる時、
自分を鼓舞するためにお父さんが自分自身に語りかける言葉だよ。

そう、誰だって何だって最初の時があるんだ。
それを通り過ぎて、みんな大人になっていくんだ。
でも、この最初の時ってのは、まさに最初の時にしかないんだ。
だからとっても意味のある、貴重な素敵な瞬間なんだよ。
今日、その時を過ごせて良かったね。

お前はこれから先も、たくさんの「初めて」に出会うだろう。
そしてずっと出会うことになるだろう。
お父さんだって、いまだにたくさんの「初めて」に出会っています。
お互いにいっぱいの素敵な時を過ごしていこうな。


夕方も、夜も、ずっとU太は素直で明るい子でした。
そして布団に入る時、これは最近のパターンですが、
私が抱きかかえて寝床に連れて行き、おでこにおやすみのキスをします。
いつもは黙って恍惚顔のU太ですが、今夜はぽつりとひと言言いました。

「U太君ね、あしたは保育園、いかないから。」
分かった、分かった。
明日のことは明日考えよう。
ようやく暖かい春がやってきましたね。
我が家の前の畑は、「これが本当に畑なのか?」
と私たちも疑うほどに、ヒメオドリコソウが群生しております。
1ヒメオドリコソウ

そんな写真を撮っていたら、どこからともなくU太がやってきて、
やおら畑で建設車両の説明を始めてくれました。
やっていることは変わらず幼児ですが、
以前よりも少年っぽい顔つきになってきたように思います。
2やってきた

昨日、私は急にタンポポを食べたくなりました。
タンポポは花も蕾も茎も葉も根も食べられる、
そしてとてもエネルギーの高い食べ物です。
私の師匠である八ヶ岳の仙人は、タンポポをこよなく愛しておりました。
もちろん食材として。
3タンポポ

タンポポの根ってどこまで伸びているかご存知ですか?
聞いたところでは確か数mも深く伸びたものもあるそうです。
ものすごい生命力です。

今回は蕾と茎と葉を、頂き物の明宝ハムと一緒にソテーしていただきました。
はっきり言って苦いです。
でもその苦みが身体に嬉しいです。
特に蕾は結構いけますよ。湯がいて胡麻和えなどにして召し上がれ。
4タンポポ料理

ところで、ミニブタ・ブッダですが、もうすっかり、
本当にすっかりと我が家に馴染んでしまいました。
最近は家族の姿を見かけると、「ブヒブヒ」言いながら近寄ってきます。
そして食い物をねだります。もう可愛いのなんのって!
5近寄る1

でもあまりに慣れ過ぎて、カメラを向けるとすぐに寄ってくるので、
アップの写真しか撮れません。
6近寄る2

オッ、雄叫びか?
7雄叫び

我が家にやって来た頃、皮膚がささくれていたので、
「水分が足りないのか?」と思ったのですが、
実は母ブタからカイセンという皮膚病をもらっておったようです。
要はダニですね。

早速、村の獣医さんに来ていただき、
「私は牛が専門なので、小さいと勝手が分からんなぁ。」
と言いながら、体重に合わせて注射を打ってもらいました。
そのお陰で、日に日に状態が良くなっているように思います。

また、ブッダの他の兄弟が栄養失調で死んでしまったとかで、
配った坂本さんは心を痛め、
「最初はあまりに太らせないようにと説明しましたが、
どうかたくさん食べさせてあげてください。」と訂正の連絡をいただきました。

そのお陰で、今やブッダは食い放題。
「何だか下腹が出ていないか?」
「明らかに大きくなったよね。」
と、親をやきもきさせております。
それを知ってか知らずか、のんきな顔つきのブッダ。
8アップ

可愛いものですね。
時々「ピキーッ!」と大声を上げますが、
見に行くと、大したことじゃない出来事で一人騒いでいることがあり、
結構可笑しいです。

私たちは晴れた日の昼食は縁側でいただくのですが、
少し離れた場所につながれているブッダは、
何とか近寄りたくて身体を伸ばし、物欲し気な声を上げます。

そんな時はつい、「おお、よしよし。何か食べ物を探してきてあげよう。」と、
いそいそとする私であります。
そしてこんなに目を細められると、こちらまで目が細くなります。
9笑顔

もう既に「ブタバカ」ですね。
(漢字で書くと『豚馬鹿』で、意味が分からなくなりますが・・・)
そんなこんなで、ぽかぽかの春の日に、つい気持ちが緩んだひと時でした。
2009.04.05 U太の入園式!
いよいよこの日がやってきました。U太の入園式です。
我が子がこんな年齢にまで育ったのだ。
そう思うと感慨無量になります。
よくぞここまで育ってくれたものだ。ありがとう。
よくぞここまで育ててくれたものだ。ありがとう。

当日の朝、いそいそと準備にいそしむ親たちを尻目に、
悠々と鼻歌を歌って遊ぶU太。
お母さんが用意した服は、上着は大き過ぎるわ、
ズボンは寸が足りないわで、結局ほぼ普段着に。

「お母さんたちはきっと気合いが入っているよね。」
「スーツくらいじゃないのか?」
「そのスーツを私は持っていないのよ。」
それなりに華やいだ服を求めて右往左往するかみさん。
私はブレザー姿を考えていたので楽なものです。
でも一応身だしなみとして、前日に坊主頭にカットしました。

さて保育園に着くと、いきなり着物姿のお母さんがちらほら。
「ええ~っ!ここまで気合いが入っているの?」とのけぞるかみさん。
彼女なりに春色服でまとめてきたのですが、
はっきり言ってかみさんだけが浮いております。

ま、いいんじゃないの?私にはスーツよりも華やいで見えたよ。
でもまさか首に巻いているスカーフが褌だとは、誰も気づいておるまい。
入園式前で、何だか違う雰囲気の中で戸惑い顔なU太。
1入園式前

「まずは勢揃いの写真を撮りましょう!」と、
家族が全員揃って撮影しますが、園児だけは前の方に集められ、
背の高いお父さん共は後ろに追いやられたので、結局家族はバラバラ。
撮影直前に私が撮った画像では、やはり少々緊張気味です。
2集合写真

その後、先生の紹介があり、
「ひよこぐみ」のU太の担当先生は、それなりにキャリアのありそうなお二人です。
よろしくお願いしますね。
3先生紹介

続いて先生たちによる簡単な出し物がありました。
「食いしん坊のゴリラの歌」ではU太も笑顔を見せたらしい。
それにしてもお母さんたち、気合い十分です。
前列中央に座るうちのかみさんだけが色合いが違うので、
すぐに見つかります。
4気合い

今回入園したのは34名とか。これで加子母の全てです。
二つの組に分かれ、U太の「ひよこぐみ」では、
それぞれの席が用意されていました。
5ひよこ組

簡単な説明を受けて、この日はそれでおしまい。
あっと言う間でしたが、U太の記念すべき一日が終わりました。
おめでとう。ようやく家族揃っての写真が撮れたね。
6家族写真

今回、園長先生の言葉が印象に残りました。
「朝、思い通りにお子さんが準備してくれないかもしれません。
でもそんな時に『早くしないと保育園の先生におこられるよ!』
なんて言って急かさないでください。
保育園の先生はおこりませんから。」

この言葉を聞いて安心しました。
そして週明けの月曜日からいよいよ保育園の一日が始まります。
さぁて、どんな風になるのかな?
親としてはとても楽しみな瞬間が近づいてきております。