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あんなにてんやわんやした祭りだったのに、
何も書かずに一週間以上が過ぎてしまいました。
これはいけない!きちんとログに残しておこう!

中津川市に5年前に併合された旧加子母村。
私たちが出会った時はまだ村でしたが、
越してきた時には「中津川市加子母」に変わっていました。
それがちょっと寂しいです。

でも加子母にはまだ文化が生きています。
約1000世帯、3300名ほどの小さな村が十区に分かれ、
それぞれの地区で文化を育んでいます。

私たちがたまたま越して来たのは「二渡(ふたわたり)」という地区です。
ひょうたん型に集落が広がった加子母の、ちょうど「くびれ」にあたります。
南北の里をつなぐから「二渡」なのかな?

この地区は土地が狭く住民も少ないことから、
何をするにも人数が足りません。
ですから皆、何かしらの「役」があるし、兼務はよくある話です。
特に今年度の私は「当たり年」になりました。

まず、三年間勤める「氏子総代」の一人になりました。
その中でも「会計」という細かい段取りを組む役です。
これまでにも「氏子総代長が誰某(だれそれ)に挨拶に行く」となれば、
お金を準備し、包んで総代長に渡し、都度帳簿に記入してきました。

氏子総代の一番の大仕事が「神社の春のお祭りの仕切り」です。
そのために何度か集まっては打ち合わせ、準備もしてきました。
私は「○○に何時に弁当を幾つ、
別の▽▽センターにサンドイッチとジュースを何人前、
公民館に何時につまみとビールを1ケース、・・・」
などと、細かい手配に追われていました。

何せ一新した氏子総代全員が正確な段取りを知りません。
特に十以上もあるお供え物の手配は苦労しました。
それでも何とかギリギリに滞り無く準備は整い、
本祭りの前夜祭、4日に「設楽祭(しがくさい)」の日を迎えました。

当日は「元方(もとかた)」と呼ぶ、毎年持ち回りの班の人たちが祭りの準備をします。
今年、その元方は私の班でした。
つまり私は「氏子総代と元方のダブルブッキング」です。
ですから両方の準備を手伝いながら右往左往です。
1幟立て

手洗い場も綺麗に掃除されました。
2手洗い場

実は二渡神社には、地元の人もあまり知らないであろう
「隠れた物語」があります。
酔ったついでに披露してしまいましょう。

この手洗い場の近くに丸い石があります。
たぶんこの石のことだろうと思うのですが、
それが運ばれて来た際、ある神様がついてきました。
その神様の名前は知らないけれど、「学問の神様」らしいです。
とりあえず「二渡学問ノ神」と呼ばせていただきます。(まんまやんか)

通常、八百津(やおろず)の神というのは普段は神社にはおられず、
祭りの時に氏子達が御呼びして来ていただきます。
ところがこの二渡学問ノ神、そんなことに関係なく、
普段から二渡神社に佇(たたず)んでいるとか。
でも人がほとんど来ないので、いつも暇を持て余しているのだとか。

それでも年に一度の春のお祭りの時は大勢の氏子(住民)が集まり、
合わせて八百津の神も降りて来られます。
そんな時の賑わいが大好きな二渡学問ノ神、
祭りの間中は他の神々の傍にちょこんと座ってにこにこしているらしい。

でも一夜明けて神事が終わると、もう他の神々は天に昇ってしまいます。
そんな神々に「バイバイ」と手を振るのかどうかは知りませんが、
ともかく彼らを見送って、再び静かになった神社で、
いつものように二渡学問ノ神は佇んでおられるらしい。

これ、過去の話ではなく、現在のお話です。
そういうことが見える人が教えてくれました。
その話を最近聞いた私は一層この神社が好きになり、
傍を通る度に心の中でご挨拶をする様になりました。

話がそれましたが、今回がその「年に一度」のお祭りなのです。
さて、幕も張られました。準備は万端かな?
3幕張り

ところがここにきて、なにやらざわざわしています。
元方の長老と他の氏子総代がなにやら争議しているのです。
元方「なんで新しい注連縄(しめなわ)がないんじゃ?」
氏子総代「そんなこと、引き継ぎの時に聞いておらんぞ!」
「でも、春祭りに新しい注連縄がないとおかしいだろうが!」

要は氏子総代の準備不足ということなのかもしれませんが、
不思議なのは、上で「注連縄が要る!」と主張している方は、
この3月までは氏子総代だった人なのです。
ですから引き継ぎの時に「そんなものは要らん!」
と言っていたのを聞いていたはずなのですが・・・
ま、何事もこんなものでしょう。

そしてもう一つの難題が勃発!
元方「門松は準備してあるんやろうな?」
氏子総代「何のこっちゃ?」
聞けば、毎年この時期に門松を立てるそうな。
初耳です。

それを傍で聞いていた私、「分かりました。では準備します。」
と言って自宅に戻り、畑の竹を切ってきました。
合わせて、昨年収穫した稲の藁も持参しました。注連縄を結うためです。

それを見た長老、
「masanのところには何でもあるんやのう・・・!」とちょっと驚かれました。
結局、元々注連縄は新調しなくても良いということになり、
門松は新しく立てられて、何とか準備完了!
4門松

神社前の幟(のぼり)も揃いました。
5幟立った

普段は質素な神社も、何だか華やいだ、かつ厳かな気配になります。
6準備万端

一旦解散し、夕方、今度は「若連」の集合場所に向かいます。
つまり私は「トリプルブッキング」!

若連は設楽祭には欠かせない「役者」です。
神社の下の鳥居から獅子がゆっくりと登ります。
これを「宮入り」と呼びます。

今年は事前の練習会にメンバーが十分揃わなかったこともあり、
リーダーが早めに集合をかけました。
「本番の前に一旦揃って練習しよう。」という訳です。

ところが練習はあっと言う間に終わり、いきなり宴会が始まってしまいました。
私は氏子総代と元方の仕事があるので早退したのですが、
設楽祭の本番までに皆それなりに酔っぱらった様子。
それが証拠にいざ本番が始まる前の皆の息が酒臭いこと!

下の鳥居からは若連の法被を着て、
笛と太鼓の演奏をしながら、余興の踊りを踊ってくれる子供達と一緒に登りました。
予定よりも早く始まったので、ウーファー達が到着せず、
この時の様子の写真が無いのが残念!

そして舞台に上がって、まずは全員で般若心経を唱え、
いきなり獅子舞の奉納です。
昨年まではまず巫女の舞があったのですが、
今年は巫女の舞は翌日にだけすることになったとか。

その頃にようやく到着した、わが「もりのいえ」ご一行様。
以下、私のカメラとジョシュアの画像を合わせてご紹介します。

獅子舞では一人の獅子、一人の太鼓、二人の笛で行いました。
つまり私は四人の役者のうちの一人なのです。
3年前にデビューした際は散々な出来でしたが、
年々少しずつましになってきたかな?
もちろんまだまだのレベルですが、何とか形になってきたことを感じます。
7獅子舞1

舞台に上がってからは若連の法被は脱ぎ、
氏子総代の法被に着替えています。
何だか「変化(へんげ)」みたいで楽しかったです。
8獅子舞アップ

今年は秋の加子母全体のお祭りの「神祭(しんがく)」で演奏し、
来年正月明けにはこのメンバーで伊勢神宮の能舞台で演じることになります。
全ての演奏が終わった後、お互いのミスに気づきながらも照れ笑いして、
充実した満足感で握手しあいました。こういう瞬間がとても幸せですね。

獅子舞奉納の後、地元の子供達による踊りが披露されました。
普段見る時は普通の子供なのですが、
化粧をするとドキッとしますね。
やはり女は化けるものか?いや失礼。
9踊り

かくして無事初日が終わり、初の仕事を終えた氏子総代たちは、
「いよいよ明日が本番だぞ!」と気合いを入れて解散したのでありました。
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