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ぼうさんやときさんとの出会いと、
吉本有里さんとのこころのふれあい
もうこれだけで十分に満足できた「心の旅」でしたが、
実はもともとの本命がありました。

それは、ある場所を訪れることでした。
(以降、関係する方々の意向を汲み、
 固有名詞での表現は差し控えさせていただきます。)

その場所とは、「氣の力がとても強い」と評判の地でした。
私はかつて、この地方を訪問したことがありますが、
その際にはその地は訪れることなく帰宅しました。

それが、一ヶ月ほど前から急に行ってみたくなり、
以前にもお会いしたAさんにお願いして、その地を訊ねることにしたのです。

昼前に待ち合わせ、昼食をとります。
「かつては治療目的でやってくる人が多かったのですが、
マスコミで紹介されたおかげか、最近は若いカップルが増えましてね。」

ま、ありがちな展開ですね。
「そして、道が大渋滞を起こすようになったので、街も対応に追われています。
それに最近はマナーがあまりよろしくない人もいて・・・」
なるほど、なるほど。それもありがちなことで、ご苦労様です。

そんな四方山話をしながら昼食を済ませ、いざ出発です。
ところで、私は氣が見えたり、感じたりできるのかということにつきまして、
正直に書きますと、よく分からないです。
「何だか、そんな気がする」という程度の氣です。
ですから、実際にその地に行って、何か分かるのかなぁ?

そもそも、何故、今回その地に行きたくなったのかというのは、根拠がありません。
ただ、いきなり「今、行きたい!」と感じただけでして、
その直感を頼りにここまでやって来たというのが本音です。
そんな私がその地に行って、何か感じることができるのであろうか?
ま、今更ジタバタしても始まらないので、コトの流れに身を任せました。

私の正直な心境をAさんに話すと、何故だかAさんは喜んでくれました。
「その地を訪れることがmaasanにとって良いきっかけとなるのでしたら、
それはとても嬉しいことです。」とのこと。
そのために忙しい中、時間を割いて下さっていることに感謝です。

さて、Aさんの誘導で山に入ってしばし進みますが、
ある道を曲がる頃から私は変化を感じ始めました。
ドキドキというのか、ザワザワというのか、
何とも表現できない妙な気分になってきたのです。

そのことはまだAさんには伝えないでいたら、
Aさん、「氣場はあそこなんですけれどね。」と指をさして、
「近づく前にちょっと他の場所に行きましょう。」と私を誘いました。

その場所は見事な林でした。
若い芽が一斉に息吹き、とても美しい光景でした。
私はその姿にとても驚き、しばし立ちすくんでいました。
「こんな林を私は見たことがないですよ。」
しきりにシャッターを押す私。それを見て満足気なAさん。
傍で湧き出る水もとても美味しかった!

「では、行きましょうか?」と先導していただき、例の地に向かいました。
やがて到着。
「特にこの辺りの氣が強いと、よく言われています。」という場に立ちました。
でも、当初のドキドキ感が続くだけで、特別に感じることはありません。

「実はここに到着する前に通ってきた、あのカーブの辺りに入ってからは
ドキドキしていたのですけれど。」と伝えると、
「ほう。masanは感度がいいですね。
実はあのカーブの辺りから既に氣場に入っているのです。」とのこと。

なあんだ、そうだったのか。納得です。
でも、「一番強い」と言われている氣場では、特に感じられません。

すると、次第に私の身体に変化が起き始めました。
まず、僅かですが酔ったようなぼや~とした気分になってきました。
数分経つと、今度はお腹が少し痛くなってきました。
ちょうどヘソのあたりのお腹の中が、わずかですがチクチクするのです。
「こりゃ参ったな。催してきたか?」と戸惑いましたが、
やがて痛みはすぐに止みました。

そしてしばらくすると、今度は頭の右上から右後ろにかけて、
何かが覆いかぶさったような、鈍い違和感を感じる様になりました。
何だろう、この感覚は?
感覚が麻痺しているような、妙な気分です。

その状態をAさんに伝えたところ、おもむろにAさんが語りました。
「佐々木茂美先生(?)は、『ここは氣浴ができる場だ。
ここにいると、細々としたことは気にならなくなる。』とおっしゃっていましたね。」

なるほど!それを聞いて納得です。
そうなんです。まるで『氣のお風呂』に入っているかのような気分なのでした。
そこで私はこれからこの地のことを『氣風呂』と呼ぶことにします。

さて続けて『氣風呂』に入っているうちに、
頭の鈍い感覚だけを残して他の変化は去っていきました。
なおも続けて入っていますと、突然、ある言葉が浮かびました。

「どうだっていいじゃないか!」

その言葉に驚き、そしてとても腑に落ちました。
お会いしたことはありませんが、佐々木先生がおっしゃったという通り、
確かに「細々としたことなんて、もういいじゃん!」
という気分になってきたのです。

そういう気分で私自身を振り返ってみると、
細かい事に対して、実に細かいことを考えたり、してきたものだ。
もうそれで十分ではないか。
「私はここに在る。」
それで良いではないかという気分になってきたのです。

私が得心したような顔つきになったので、Aさんは『氣風呂』から私を出し、
他の場所に向かいました。
道すがら、その時の私の心境を伝えます。
Aさん、嬉しそうにして「でも、今までの人生は無駄ではないですからね。
だから今のmaasanがあるのだから。」とフォローしてくれました。
ありがたいです。

他にも意外な場所にある「氣場」に連れて行っていただき、
私のミステリーツアーは終了しました。
Aさん、本当にありがとうございました!

そして帰路につきます。
たった一泊二日の旅だったけれど、実に中身の濃い旅でした。
運転しながらそれらの出来事を振り返っていきます。

「地球宿のぼうさん、ヒッチハイクですぐに乗せてもらえて、
無事、目標の時刻までに到着したそうで、良かったなぁ。
それにしても、トラックの影から姿を表して、
『見つかったから行くよ~!ありがとう!』と言わんばかりに、
全身で飛び跳ねて手を振って、ぼうさんって少年のようだったなぁ。」

と笑った瞬間、私の腹の底から大きな感情がわき上がってくるのを感じました。
「えっ? まさか?」
そうなのです。いきなり感情解放が始まったのです。

年末の感情解放プログラムでも、春の様々なセッションでも感じたことのなかった、
身体が震えるような感情が初めてわき上がってくるのを感じたのです。

「今だ!」
私はこの感情がわき上がるのを押さえることなく、ワッと起こしていきました。
そして車の中で大声で叫びました。
その瞬間、涙がぶわっと湧いてきたのです。

車を運転しながら、大声で叫んで涙でくしゃくしゃになるんなんて、
傍から見れば何と滑稽な光景かもしれませんが、
その時はそんなことを気にしていません。

そして私は泣きながら次第に笑い声になっていました。
「なぁんだ!今の私に足りなくて、必要だったのは、『少年の心』だったんだ!」
そう感じた途端、ストンと腹に収まりました。

そうでした。
私は子供の頃、ものすごいコンプレックスを持っていて、
引っ込み思案で、人見知りが強くて、人前で話すのが苦手で、
文章を書くのも自己表現も下手で、
そんな自分が嫌で嫌で仕方なかったんだった。

そして「早く大人になりたい!」とばかり願っていたのでした。
だから同年代に比べて常にマセた子供で、大人ぶっていました。
例えば小学校の卒業アルバムで、同級生が「パイロットになりたい!」とか、
「お花屋さんをやりたい!」なんて書いている脇で、
私は「会社の重役になりたい。」と書いているような子供だったのです。

そして実際に大人になっても、二十代の時は三十代のように見られたがり、
三十代の時は四十代のように見られたがっていたんだ。
つまり、「今」を生きていなかった。
我慢と、とりつくろいを重ねて、しったかぶりをし続けてきたんだ。

そんな私の原点。少年の時に少年でなかった私に、もう一度向き直そう。
嬉しい時に笑い、悲しい時に泣く生き方を取り戻そう。
それでいいじゃないか!

途中からは涙も消え、私は大笑いをしておりました。
いやぁ、愉快だ!
ぼうさん、ありがとう!
あなたのあの無邪気なはしゃぎ様が、腹の中の感情を生んでくれたよ。

有里さん、ありがとう!
貴女との会話やセッションを通して、感情がわき上がるのをスムーズにしてくれたよ。

そして、氣場よ、ありがとう!
お前に出会ったことで、スイッチが入ったような気がするよ。
導いてくれたAさん、ありがとうございます!

こうして、最後の最後に思いもよらぬ展開から、
とっても気分良く帰宅できたのでありました。
人生は素晴らしい!




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10日の夜に泊まる場所は決めてありました。
6月13日に加子母でトーク&ライブをしてくれる、吉本有里さんのお宅でした。

これまでに様々な企画を組んできた私ですが、
それらを通じて感じてきたのは、「人を集めることの難しさ」でした。
この経験から導かれた心境は、
「人は集めるものではなく、集まるものである。」ということ。

つまり、動員をかけるのではなく、
その人が主体的に「参加したい!」と感じて出向き、
そんな人々が無理なく集うことができることが、
その場をより素晴らしいものにするはずです。

今回の吉本有里さんイベントの告知について、
正直言って私はもたもたしていました。
それは、
「人は集めるのではなく、集うもの」
「良いものは無理に伝えなくとも、伝わるもの」
を、どう表現して告知するかについて、考えがまとまらなかったからです。

そこで出た結論。
「まずは、感じることだ!」
何を感じるのか?もちろん、有里さんをです。
感じることから思いが生まれ、
読んだ人が「集いたい!」と感じてもらえるような文を書けるはず。

ということで、有里さんに「会いたい!」と申し出たところ、
とても快く受け入れてくれました。
こうして、円徳寺でのイベント以来、二回目の再会となった私たちでした。

出会ってすぐに、
有里さんは自宅のずっと上に建つ神社に私を連れて行ってくれました。
山肌に見事に並んだ大木の山道を上ると、
「どうしてこんな場所にこんな立派な神社があるのだろう?」
と驚くほどの建物が姿を現しました。素晴らしい景色です。

有里さんはここで次のCDジャケットの撮影をしたそうで、
多くの光輝く虹のかかった写真を後で見せていただきました。
きっとこの場はとても清廉な癒しの地なのでしょうね。

神社を降りて自宅に招かれ、素敵な時が始まりました。
今回の訪問の趣旨をお話すると、
「心得ました!」とばかりにお付き合いしてくれました。
コタツを挟んでは話し込み、一緒に食事の支度をし、
夕食中も、その後も話題は尽きませんでした。

この時の彼女の言葉から私が学んだこと。
それは、
「まず、自分の固定概念や感情を解き放つこと」
「自分自身がクリアであること」
「本質を見極め、本質ではないところで悩んだり迷ったりしないこと」
「現状を受け入れること」
などなど。どれも今の私に必要なことがらばかりでした。

「感情と思考と言葉を一致させることが大切なの。」
と、さらりと語る有里さん。
彼女のすごいところは、
これらのことを彼女自身が体験を通して得てきたことです。

「何が今の貴女をここまで導いているのですか?」と訊ねたところ、
「アメリカに渡って命がけで自然出産したこと。
その後の経済的に苦しかった年月。
そして、愛する人を亡くしたことなどでしょうか。」と答えてくれた有里さん。

その時々ではきっと大変な思いをしたでしょうに、
今は爽やかな笑顔で語る有里さん。
彼女はありのままなんだなぁ。打算がないなぁと、心から感心しました。
まさに私が目指す姿が、目の前にありました。

特に、愛するパートナーや親しい友を亡くした際の話は、
とても丁寧にしてくれました。

「そんな時、人は悲劇のヒロインになりたがります。
私もずっと泣いてばかりいました。
でも、ある時、もう一人の私が『何故、そんなに泣くの?』と自問したのです。
そして、『それは、あなた自身が寂しかったからでしょ?』と指摘したのです。」

「愛する人が亡くなった時、『どうして死んじゃったの?』と訊ね続けていると、
その魂はいつまでも私たちの傍から離れられません。
そんな時はむしろ、『これまで生きていてくれて、ありがとう。』と言うべきです。
そう声かけすることで、ようやくその魂は昇華するのです。」

そう言いながら、親しい友が亡くなられた時に作ったという曲を披露してくれました。
ご本人の許可を得て、歌詞の一部を掲載します。



『生きているそれだけで素晴らしい』


まんまるい君の寝顔 なによりの幸せ 運ぶ
君と過ごす毎日 それだけで 幸せ

ありがとう 産まれてきてくれて
ありがとう 君の光 ありのまま いとおしい

(中略)

隣に住んでいた友達が 同じこの日に命を絶った
あなたが耕したきれいな畑 積み上げた薪に あなたの笑顔

忘れない ほがらかだったあなた ありがとう
生まれてきて 出会えて ありがとう


こうして有里さんのお話や歌を通して知った生きる姿勢に、
私は大いに共感することができました。
6月のトーク&ライブは、きっとそんな場になることでしょう。

「私のイベントを音楽として聴いている人は、
『一度聴いたから、もういいよ。』とおっしゃいます。
でも、音楽としてではなく、自分の奥の部分と出会いに来る、
自分の内面を知りに来る人は、何度でも来てくれます。
私はそのためにしているのです。」

そう!その通り!
これこそ、私が目指すことであり、
今回のイベントで伝えたいことなのでした。

吉本有里さんのイベントは、同じ場所で毎年開かれることが多いそうです。
それは、その場を通して、参加者が自分と向き合うことができるからだと思います。
だから彼女はライブと同じだけ、いやそれ以上に、トークを重要視しています。
今回の加子母でも、是非トークから参加していただきたいです。

夜には、一緒にツアーをよく組む角脇さんがやってきてくれました。
彼は何と! 篠笛の奏者だったのです。
しかも篠笛を自作もしているとのこと!

これから笛を友としていこうとしていた私にとって、
何と言うグッドタイミングであろうか!

実は、地元の盆踊りお囃子の連で、
これまでは歌い手だったのを笛奏者に変えさせていただいたことにより、
「マイ笛」を求めて、先日、高山まで行ってきたのでした。

その際に手に入れた笛は、先輩の笛の調子に合わせて選んだので、
私の好き嫌いでうんぬん言えるものではありませんでした。
「獅子舞には獅子舞用の篠笛」
「お囃子にはお囃子用の篠笛」が必要なのです。

でも、それらの笛で、一般の曲を演奏しようとすると、結構きついです。
やはり「ドレミ調」だと、ストレス無しで吹くことができます。

その「ドレミ調の篠笛」を角脇さんは自作していたのです。
実際に彼の演奏を聴き、「もうこれは手に入れるしかない。」と決めた私は、
その場で購入させていただきました。
有里さんと角脇さんライブ

こうして、最初は「2~3曲ね。」とか言っていたのが、
結局ミニコンサートとなり、聴衆は私一人という、
またとない機会をいただいて、とても素敵な夜が過ぎました。

朝には有里さんのパートナーである故人の位牌の前で、
共に勤行(ごんぎょう)を唱え、瞑想しました。
そして、「シェアリング」と呼ぶ儀式を二人で行いました。
前夜に彼女が言った、「感情と思考と言葉を一致させる」行いです。

心を整え、今この瞬間に自分の一番中心にある感情を、
言葉を選ばずに出していきます。

私は、「自分自身が弱い人間であることを自覚していること。
でも、そういう弱さに、ようやく向き合えるようになれたこと。
そのおかげで、今はとても清々しい気分でいること。」などを言葉にしました。

続いて、彼女の口から出た言葉に驚きました。
それはとてもリアルな、彼女自身の今の状況と心境が次々に現れたからです。
「ここまで赤裸々な心情を私にさらけだしてもいいの?」と感じるような内容でした。

シェアリングが終わった後、
「時々、私自身も『こんな内容をみんなの前で話さなきゃならないのかしら。』
と躊躇(ちゅうちょ)する時もあります。
でも、『私が本音で話さなければ、誰がシェアしてくれるの?』と考え直して、
話すのです。すると、そのことで誰も嫌な顔はしないのです。」と話してくれました。

これが貴女の言う、「感情と思考と言葉の一致」なのですね。
上にも書きましたが、
彼女はリアルな現実を見て、そこから成長する人なのでした。
いやお見事。それに比べると、私のはまだまだ「繕い」でありました。

このセッションを合宿形式でやるのが、「リトリート」です。
普段は彼女の自宅でやることが多いそうですが、
「これを加子母でやりませんか?」と提案がありました。
嬉しいですね。是非やりましょう!

こうして、これからの私の生き様の「お手本」のようなものを見せていただき、
私は心から感謝の気持ちを持って、有里さんのお宅を離れました。
有里さん、角脇さん。ありがとう!
有里さんと角脇さん

最後に、最近のイベントに参加した方から送られてきたアンケートを、
有里さんからの許可を得て、少し編集して掲載します。
「なんだか良さそう。」というノリで参加して、
大きな感動を持って帰ってくれた様子が伝わってきます。
加子母でもこんなノリが現れるといいな。

【Aさん】
新聞折り込みの情報誌で、なんか感じて参加しました。
「今 語りたい」と始まった今回のライブ&コンサートとのこと。
勝手に私たち夫婦のために来て下さったのだと感じました。
有里さんの歌を聴く前と、聴いた後では、明らかに違います。
出会いに感謝です。

【Bさん】
何か良さそうな感じがしたので参加しました。
何か不思議な感じでした。
有里さんのトーク・ライブが終わった後、街を少し散策していた時の事、
開業したばかりの私に、初めての仕事の依頼の電話がありました。
とても驚きました。
有里さんのトーク・ライブ、とても昂揚しました。
しばらくの間、何も考えられないくらいでした。
とても素晴らしかったです。ありがとうございます。
CDも聞かせていただいています。
風景、情景が浮かんでくる様な歌声・メロディーで、とても素敵です。


6月のトーク&ライブも、きっとこんな場になると確信しています。

そして、そもそもの今回の旅の主たる目的であった、
ある場所に向かったのでした。
(つづく)
8日、安曇野地球宿のぼうさんから電話がありました。
「明日、泊まってもいい?」
もちろんOKです。

3月に「ゲストハウスやりたい会」の会場となった地球宿。
そちらのオーナーである、ぼうさんと、
その会の実行委員長で、その後「もりのいえ」に来てくれた、じゅん君。
この二人がGW後に、四国に向けて旅に出ることは知っていました。

「ならば帰りに寄ってよ!」と声を掛けていたのですが、
それにしてもこちらに来るのが早いなぁ。
それとも四国に向かう途中なのかな?

少し疑問を感じましたが、ぼうさんが到着して謎が解けました。
四国の目的地まではじゅん君の車で旅をしていたのですが、
途中、地球宿に予約が入ったので、
急遽ぼうさんだけが戻ることになったのです。

だから、ぼうさんにとればわずか二泊の旅となり、
その二泊目に「もりのいえ」を選んでくれた訳ですが、
この時点から、私にとっての旅も実質的に始まっていました。

ヒッチハイクでやってきた、ぼうさん。さすがだね。
私たちが出会うのは、3回目です。
地球宿では他の方々とお話することが多かったので、
じっくりと話すのは初めてでした。

食事中はもちろんのこと、
私たちの調理現場にぼうさんがやってきて話し込んだり、
その後もソファーで、まるで恋人同士のように寄り添って語り合った私たち。

3月の「ゲストハウスやりたい会」では、
「ゲストスピーカーとして呼ばれたのだから、話す(伝える)ことが私の役目」
と自分を位置づけ、私は怒濤のように喋りました。

その時の私の心境は、「私の全てを見せます!」という姿勢で、
サービス精神満開のつもりだったのだけれど、
見る人によれば、「押し付けがましい。」と感じたところもあったでしょう。
それは私自身も感じつつ、その場では割り切って喋りまくっていました。

でも、よくよく振り返ると、私は「私の全てを見せます!」とか言いながら、
実は自分の本質の部分を隠し、防御していたところもあります。
それは、私の「弱さ」でした。

私の今までの人生での葛藤。
「もりのいえ」を実践してきた上での迷いや不安。
そして現在の正直な心境。
そんなことは隠して、いいところばかりを見せていたとも言えます。

今回のぼうさんとの会話では、今の私を素直に見せることができました。
同じような道を歩む者同士で通じ合い易かった、
という面もあったかもしれません。
もちろん、聞き上手なぼうさんの人柄もあります。

そして、最近続けている、「心の刺抜き」の効果もありました。
近頃は、その時々に感じる素直な気持ちを、
自分の弱さも含めて表現しやすくなっていました。

ぼうさんも様々な話をしてくれました。
そして一晩を通じて、私たちは「心友」になれたと感じました。
ありがたいことです。
ぼうさん

ところで、私は翌10日から一人旅に出る予定でした。
その直前に、予定を早めてやってきた、ぼうさん。
そして、私が途中まで彼をお連れすることになりました。
これも自然の計らいでしょうね。

10日には、なかやのときさんと出逢いました。
彼とも3月以来です。
天竜川の川岸で座り込み、弁当を食べながら語った小一時間。

ほんの僅かな時間だったけれど、
今度は三人で「心友」になれた気がしました。
まるで映画のワンシーンであるかのような情景でした。
私はあの時を忘れない。きっと、ぼうさんも同じ気持ちでしょう。

ときさんと別れ、一旦中央道に乗り込み、
駒ヶ岳サービスエリアでぼうさんを降ろします。
時刻は13時少し前。
ここから彼は、目標15時着でヒッチハイクをすると言うのです。

「乗れる時は早いんですよ。」と、ボードを持って車を待つ、ぼうさん。
ヒッチハイクにもコツがあるんだね。
まず、立ち位置です。
サービスエリアの、車が高速道路に戻ろうとする進入路で、
でも車のスピードがまだ上がり切らないところに立つのがポイントとか。

そして大切なのは、身体全身での自己表現だとか。
ドライバーにとれば、一瞬で「この人はどこに行きたがっている?」
「乗せても安心か?」と判断する必要があります。

だから、「お願いします!」という素直な気持ちと、
「私は安心ですよ!」という雰囲気を醸し出すことがポイントなのでしょう。
一番大切なのは笑顔と、アイコンタクト。

そういう視点で考えると、ヒッチハイクって凄いパフォーマンスの場だね。
一瞬で人柄が判断されるし、結果がその場で出ます。
そんな旅を続けているぼうさんは凄い!

道端に立つぼうさんを、私は駐車場の車中からしばし眺めていました。
すると驚くなかれ、わずか1~2分後にトラックが一台止まりました。
交渉が済んでトラックの影から姿を現し、
私に全身で「バイバイ!」をして乗り込んだぼうさん。
やったね!
(結局、そのトラックは彼を地球宿まで真っ直ぐ送ってくれたそうです!
詳しくはこちらをご覧ください。)


そして、実はこの時のシーンが、後になって私自身の大きな転機となるとは、
その時は想像もしなかったのですが・・・
(つづく)