2013.07.31  事故後初!
連日、皆さんからあたたかいメッセージと
祈りと光を送っていただき、ありがとうございます。
心より感謝します。

今日の朝、HCU病棟に行ったら、
理恵は眠っていたので、起こさずに退室しました。

すると、午後に面会した義父から、
「『まぁさんが今日はまだ来とらん!』とか言っとるぞ!」
と電話があったので、再び出かけました。

理恵はまだ麻酔が効いているので、
痛みはさほどないらしく、
しきりに「暇だ〜」と言っておりました。
20130731理恵HCU病棟

こんな会話をこんなに早くできるようになれるなんて
本当にありがたいことです。

もっとも、まだ大腿部の手術を済ませただけですので、
これからやっかいな治療がまだまだ続きます。

一方、子どもたちは私と一緒に移動して、
理恵の実家でお世話になっています。
比較的落ち着いて過ごしてくれているのが何よりです。

理恵がHCU病棟にいる間は、
私もそこには長居できないので、
まもなく加子母に戻る予定です。

そして、病院通いをしつつ、
子どもたちと向き合いながら、
【もりのいえ】の片付けと整備を
コツコツとしていくつもりです。


おはようございます。
昨夜はぐっすりと眠りました。
皆さんに支えられて今があります。
ただただ感謝です。

昨夜、4時間に及ぶ手術を終えた理恵と、
HCU(集中治療)病棟にて面会しました。

全身麻酔を受けている理恵は、
義父と私の姿を目でとらえた後は、
眠りに入りました。

その場で担当医の方から、
レントゲン写真を見ながらご説明を受けました。

大腿骨と同じ長さの金属棒が、骨に沿ってそえられ、
ボルトで留められていました。

両足とも筋肉が縮んで、
折れた骨が交差していたのを
伸ばして一本につなげ直す作業が
大変だったと聞きました。

術後の経過をみて、およそ一週間後に、
複雑骨折をしている足首の手術をするそうです。

しばらくの間はHCU病棟で過ごすことになるかもしれません。
また、三ヶ月の入院が一つの目安になりそうです。

どのような形であれ、
生きておればこそです。

もしあの事故で死んでいたら、
今頃は葬式かと思うと、
どんなことでも受け入れられます。

私は、「治療100日、リハビリ一生」と、
腹をくくりました。

そして、私は理恵の手足になると、
心に決めました。

手術を待つ間、
相手方の保険屋さんとも会い、
説明を受けました。

今回は相手方が100%責任あると認めているので、
そのことに、もめることはなく、
とても親身な、そして丁寧なご説明でした。

私の方と同じ保険会社(JA)というのも話がスムーズです。
治療費に関しては、全く心配せずに過ごせそうです。

相手方の勤め先本社は、
理恵の実家と同じ町内でした。
これもまたご縁でしょう。

これからの暮らし(生計)について、
ご心配くださる声も届きました。
ありがとうございます。

正直なところ、今後の収入の道は見えません。
今までのように
理恵が厨房に立てるのかどうか?
立てても長時間は無理でしょう。

料理とお菓子に頼っていた今までの暮らしを見直し、
【もりのいえ】の新しい道を探ります。

支えは理恵の言葉です。

事故の後、大きな山場を越えた朝、
彼女がつぶやきました。

「大好きなアフリカンダンス、
もう踊ることはできないでしょう。
これからは、ジャンベ(太鼓)を叩いて、
周りを踊らせようっかな」

生きる力が強い人です。
私もこの姿勢を見習い、
共に生きていきます。

「できることがあったら、
何でも言ってね!」

大勢の方からお言葉をかけていただきました。
ありがとうございます。
皆様のお心づかい、本当に嬉しいです。

家族と向き合い、
治療とリハビリに専念する日々となりますが、
それでもやらねばならないことはあります。

家事、草刈り、薪づくり、農作業、
ロケットストーブなど、
やりかけの【もりのいえ】の整備作業。・・・
山ほどあります。

これらの作業を共にしてくださる方がおられましたら、
とてもありがたいです。

宿代うんぬんは言いません。
お客さん扱いもできませんし、食事もまかないです。

期間も問わず、お互いの都合が合う時に、
ご一緒して下さるようでしたら、ありがたいです。
その場合は前もってご連絡ください。

ひょっとして、このスタイルが
【もりのいえ】の新しい道標になるかもしれませんね。

それもこれも、
枠をつくらず、心をときはなして、
流れに身を任せていくことにします。

ここまで支えてくださった皆さん。
本当に、本当に、ありがとうございます。
そしてこれからもどうぞよろしくお願いします。
昨日の事故について、
大勢の方々からあたたかいメッセージをいただき、
ありがとうございました。

おかげさまで、理恵は一命を取り留めました。
昨夜は顔面蒼白で、脈も速かったですが、
今朝は血色も戻り始め、落ち着いています。

皆様の祈りは確かに届きました。
本当にありがとうございました。

私は一晩中、
理恵の傍で【光珠】をしておりました。

その間、まぶたを閉じると、部屋の小さな灯り以外に、
明るい光が何度も映りました。
きっと皆さんの愛の光が届いたのだと思います。

今改めて大破した軽トラの写真を眺めるに、
よくぞ生きて救出されたものだと
心から感謝しています。

20130729理恵事故2

治療してくださった病院長のお話によりますと、
レスキュー隊から「何とかお願いします!」と、
院長自ら出向くように要請があったそうです。

そして、雨が降っていなかったら、
ヘリで搬送すべきような状態だったとも。

下半身の骨を何カ所も折り、肉片もちぎれて、
血がどんどん流れる中で、
レスキュー隊を待っていた理恵の状態を想うに、
本当によくぞ生き延びてくれました。

「今回は本当にまずいと思いました」と、
今朝になって話してくれましたが、
大げさではなかったと思います。

それなのに、
「私は過去(世)に、
他の人に同じ様なことをしたような気がするの。
だから今回、このようなことになったんだろうってね。
だから、事故直後に相手の運転手さんが近寄って来られた時、
私の方が先に『ごめんなさい』って言っちゃった」

「それで相手の運転手さんは怪我をしていなかった?
大丈夫だった?」

痛みに顔を歪めながら、
こんなことを言う妻です。

泣けてきました。

ともかくも一山を越え、
本日、岐阜市内の村上記念病院に転院しました。
しばらくの間はこちらでお世話になると思います。

ただ、これから手術があることと、
今は衣類を着る事もできず、
裸にタオルをかけたままのような状態でもありますので、
しばらくの間は親族だけでそっとしておいてくださると
ありがたいです。

そして、今後の【もりのいえ】の予定ですが、
まずは8月一杯から9月中旬までの、
【もりのいえ】での開催企画については、
全て白紙にさせていただきますよう、お願いします。

既に参加申し込みをしてくださった方には、
個別にご案内させていただきます。

せっかく楽しみにされておられたところ、
誠に申し訳ありませんが、
何とぞご理解くださるよう、お願いします。

なお、9/6-8、宮崎で開催する
「たまびらき合宿」については、
講師のサクラ ケン氏の方で予定通り実施していただきます。

私は参加しないことにしましたが、
受付業務は続けますので、
是非ご参加ください。
まだ数名枠があります。

ともかく、
「生きておればこそ」を改めて実感した今、
しばらくの間は、家族で向き合って生きていきます。

改めまして、沢山の大きな愛の光を送っていただき、
本当に、本当に、ありがとうございました!
本日午後、妻の理恵が一人で軽トラに乗って出かけたところ、
隣の東白川村のカーブで対向車が中央分離帯を越えてきて
正面からぶつかりました。
(相手のドライバーは100%自分が悪いと認めています)

理恵は下半身を挟まれて脱出できず、
レスキュー隊の到着を待ち、ようやく救出されました。
その間、かなりの出血があったそうです。

近くの病院に運ばれ、夕方まで治療が行なわれました。
両足の大腿骨、両足の足首を骨折、
肋骨の一部が折れたことで、肺から少し空気が漏れているそうです。

また多量の出血により赤血球が減少していて、
血圧的には今夜が山場だそうです。

でも彼女は気丈です。
顔面蒼白ですが、幸いに意識はあり、片言の会話はできます。

私は今夜、彼女に付き添い、
愛する妻をあらん可能な限りの光で包みます。

無事、今夜の山場を越えられれば、
近日中に岐阜市内の病院に移り、手術することになりそうです。

今後の【もりのいえ】の予定についても未定です。
今はただ妻と子どもたちのことを優先したいので、
その点どうかご理解くださるよう、お願いします。

20130729理恵事故
蚊にさされた時に、
とっておきの方法をお伝えします。

重曹を水と混ぜて、塗るのです。

さされた直後が一番効きます。

一度塗って、渇いたら、もう一度塗りましょう。
たったそれだけで、痒みが消えます。
本当です。

普段から「重曹水」を作って、
小さなボトルに入れておくと便利です。
20130726重曹水

重曹を入れる割合は適当です。

重曹が水に溶ける訳ではないので、
置いておくと下に沈みます。

ですから、使う前に振って塗りましょう。

夕方に外出する際は、
あらかじめ塗っておくのも一つの手です。

すると、さされた後も痒くないです。
本当です。

ただし、注意点が一つ。

水分が渇くと、重曹だけが肌の上に残ります。
つまり、おしろいを塗ったかのようになります。

その点だけ除けば、本当に重宝します。

重曹水、是非お試しください。
これは今朝の【もりのいえ】の様子です。
薪ストーブを焚いています。

20130716薪ストーブで干す

この真夏に?
そう。
雨の日は時折、
薪ストーブに火を入れて、
洗濯物を干します。

そしてこうすることで、
家の中も乾燥してカラッとします。

もちろんこれは朝晩だけの光景でして、
その時間帯は結構冷えているので、
できる芸当です。

巷は暑い夜のようですが、
我が家は今朝も羽毛布団を被っておりました。
心地良い朝です。
2013.07.25 夏到来
家の前の大きなユリノキに登るKAN太
20130725木に登るKAN太

この子がこういうことをできるようになったのですね。
嬉しい限りです。
今どき、登れる木というのも少ないのかな?

☆☆☆
今週に入って、
立て続けにウーファーさんたちが来ています。

海(かい)くん
台湾のエラ
オーストラリアのクレア

まずはビールのボトリングに挑戦。
和やかに作業してくれています。
20130725ビールボトリングエラ・クレア・海くん

お次の作業は水餃子づくり。
昨日から、鹿児島のお客さんがお越しなので、
一緒に作ってもらっています。

20130725水餃子づくり

ということで、今夜は水餃子と、
既に仕込まれた自ビールで
乾杯であります。

やることは沢山ありますが、
心は常にゆったりと構えて
しあわせに過ごしています。
昨日はスケジュール満載の一日でした。
かみさんは早朝から準備して、出店へ。

一方、私は子どもたちと出かけました。
とっても久しぶりに、
恵那じいちゃんとばあちゃんに
逢う日だったのです。

私の母が脳梗塞を発症したのが
昨年春のことでした。

数ヶ月の入院後、今は自宅で過ごしながら、
時折リハビリに出かける日々です。

母が入院した当時は、
父の話し相手になる目的もあり、
週に一度程度、親宅に泊まったものでした。

ところが母が退院してからは、
むしろ私がいると気を使うようなので、
あまりひんぱんには泊まらないようにしてきました。

それでもやはり
「孫の顔を見たい」と考えるのは当然のことですので、
今回、久しぶりに顔を合わせました。

そして、家に泊まるのではなく、
恵那峡のホテルに宿泊することになりました。

昨日の昼食はスパゲティ屋さんで、
ウィンナーと目玉焼き付きの大盛りパスタ!

昼食後は、それぞれスイミング用のバッグを買ってもらい、
スイカもゲット!

そして、お楽しみの恵那峡へ!
遊覧船におばあちゃんと乗るのが、
今回の大きな目的でした。

この頃になると、
最初人見知りしていたFUKUが全開モードに!
ばあちゃんの肩に手をかけて立ち上がり、
川面や川岸の岩を見て大騒ぎ。
ばあちゃんもとても嬉しそうでした。
20130723恵那峡

遊覧船の後にホテルにチェックインし、
温泉に入って一休み。

私たちの部屋で、
「宇宙戦艦ヤマト」劇場版を観ました。
この時間帯は、じいちゃんばあちゃんも一休み。

そして夕食がバイキング!
イベントから戻ったかみさんも合流して、
もう食べたい放題好き放題。

FUKUはライチの美味しさにはまったようでした。
10個くらい食べたかな。
20130723ライチ食べるFUKU

夕食の後はカラオケへ!
上機嫌のばあちゃんは、3曲歌いました。

脳梗塞になったとは思えない姿に、
とても嬉しくなりました。

島唄を私と共に歌いながら、
こういう時を持てることに、
喜びをかみしめていました。

子どもたちはもちろん大満足!
夏の素敵な思い出ができました。
突然ですが、
明日(7/23)笠松まちの駅で開かれる朝市「あじいち」に
【もりのいえ】が出店します。

いつものスィーツと、
かみさんが心を込めたお弁当を限定20個、
販売します。

9時30分〜13時頃まで
笠松町東金池町138-2
カフェアジャーラー駐車場にて。

お車でお越しの際は、
ajara建物裏手にある競馬場の駐車場に
奥から詰めて駐車して下さいね!
奥に停めた方が会場に近いです。
せっかくですから、
昭和の風情が残る笠松競馬場へ来場して
みるのも面白いかも⁈
皆様のお越しをお待ちしております。
「つながる命 福島」第四回を終えました。
これまでに支えて下さった皆さん、
本当にありがとうございました。

参加された皆さんは、本当に満足して
帰っていかれました。

私は帰りのバスに添乗員として乗り込み、
皆さんを最後までお送りした後、
思うところあって、福島・郡山に向かいました。
今も郡山のホテルに滞在しています。

この旅の意味について、
今ここで思いを記しておくことにします。


☆☆☆
福島からの母子にリフレッシュしてもらおうと
始まった「つながる命 福島」。
略称「つな福」と呼ばれて定着してきました。

当初は素人ばかりの数名で始めた活動ですが、
今では大勢の仲間と一緒に活動できるようになりました。

このことは本当に素晴らしく、
実に大きな成果と学びをいただいていますが、
同時に、幾つかの“異変”を、私は感じ始めています。

まず、福島側の状況の変化です。
簡単に書くと、「募集してもすぐに集まらない」
兆候を感じています。

それには幾つかの理由が考えられます。

私たちのような活動のことを、
世間では「保養」と呼んでいますが、
その保養に参加する一部の層と、
参加しない大勢の層とに、
分かれてきているように感じるのです。

保養に参加しない人は、
関心がないのかというと、
そうでもないと思います。

本当は関心があるのだけれど、
その思いを口に出したり、
申し込んだりできない雰囲気があるのではないか?

あるいは、そういうことを考えたくないという
思いがあるのかもしれません。
他にもきっと様々な思いがあることだろうと想像します。

また、参加する人も温度差があると想像します。
移住を前提に参加する人、
せめてこういう機会を捉えてリフレッシュしようとする人、
まちまちだと思います。

それは当然のことで、
そのことで善し悪しを言うつもりは全くありません。
ただ、その層の程度を知っておくことは、
受け入れ側として参考になります。

つまり、「募集する側」と「応募する側」に
ずれが生じていないか?
私が感じている“異変”の兆候を、
現地で確かめたいというのが、
福島訪問の第一の目的でした。

☆☆☆
次に、「保養」のスタイルそのものへの見直しです。

大抵の保養は、福島の周りの地域の方々が、
場所と日程を設定して募集します。
いわば、受け入れる側の都合で、
保養が設定されます。

その内容を見て、希望と都合が合う方が申し込まれています。

そのスタイルだけで良いのだろうか?
という問いかけを、私自身にしている最中なのです。

もっと自由に、福島の方々が行きたい時に、
いたい期間だけ滞在できるような
スタイルはないものだろうか?

つまり、保養の行き先と時期と内容を、
福島側の人びとが主体的に決める仕組みづくりです。

そのニーズの有無と実現可能性について、
現地の人びとと意見を交換したいというのが、
二つ目の目的でした。

その他にも視点はあります。
・保養に参加しやすい時期、期間、内容は?
・そもそも「保養」という呼び名やスタイルが、
 求められている姿なのだろうか?
・福島以外の地域からの参加希望について、
 どこまで応えられるだろうか?

要は、「つながる命 福島」の姿勢が
ひとりよがりにならずに、
これからも継続して広がっていくにはどうしたら良いのか?

その方向性を知るきっかけとして、
まずは現地に向かおうというのが、今回の目的でした。

☆☆☆
上のような思いを持って、
昨日、福島入りしました。

こちらでお会いした方や、
道中聞いた話から、
今、様々なことを考えさせられています。

以下、あくまでも一部の方のお話としてシェアさせてください。

あるお母さんが、息子さんと保養に行こうとしました。
すると、中学生の息子さんの部活の先生から、
「戻ったらポジションは無いと思え」と言われたとか。
それでも息子さんと共に保養に行ったら、
戻った後、息子さんは先生から無視され続けたそうです。
部活におれなくなった息子さんは退部。
それに合わせて、仲間も次々と退部しようとすると、
部活の先生は仲間一人ひとりに電話して、
「あいつと付き合う事について考えろ」と言われたとか。

別のあるお母さんが、
「痛んだ細胞を癒すために、保養に行く」と言ったら、
夫から「お前は病んでいる。まず精神科に行け」
と言われたそうです。

“復興”に向けてまっしぐらの今、
「福島は危ないから保養に行こう」というようなスタンスは、
それこそ危険を伴うことになりそうです。

そのような声かけで募集し、
親が参加を申し込んだ際、
子どもたちは「そんなに危険なところで暮らしているのか」と
ストレスをためこむそうです。

一方、周りの親達は、
「あの家は、親が子どもをあおっている」と
おっしゃるそうです。

実際に、隠れるように保養に行く人がいらっしゃるとか。

以上のようなお話を聞くと、
大多数の方が無関心でいるのかととらえてしまいがちですが、
次のような言葉について、
あなたはどのように受けとめますか?

年頃の娘さんを持つある親が、
次のようにおっしゃったそうです。
「うちの娘は福島県民の男性としか結婚させない。
もし何かあった時に、後ろ指をさされたくないから。
その点、同じ福島県民ならば、とやかく言われることはない」

また、保養を実施する側にとっても、
考えさせられる話題がありました。

「福島から出てリフレッシュしにいらっしゃい!」と
楽し気に誘われた保養先で、
「今まで辛かったでしょう。
その気持ちをここならば自由に出していいよ」と
促されることがあるとか。

他にも、「今まで苦しかったことを書き出してください」と
催促されることもあるとか。

「福島から保養に来た人は苦しんでいる。
だからその苦しみや不安を取り除いてあげなければ」
などと考えるのは、ひとりよがりなのかもしれません。

「つな福」でも同じ様な行為をしたことがあります。
原発は危険だという趣旨の冊子を、
参加者に数冊ずつ手渡し、
「帰宅後、理解ある人に配ってね」と委ねたことがあるのです。

その後、ある参加者から、
「このような冊子を配れる訳がない」との指摘を受けました。

善かれと思ってする行為が、
実は押し売りになってしまっていることがあります。

「福島は安全」

この言葉のもとに、
様々な思惑が交錯しているようです。

何が正しいのかと判断する前に、
まずは現状を見ていきます。
別のお宅で使われなくなったピアノを
【もりのいえ】に届ける話をつないでくださり、
今年の1月に
とても素敵なコンサートを開いて下さった、
河野康弘さん。
201301 河野康弘さんライブ

その河野さんが再び【もりのいえ】で
ピアノコンサートをしてくださることになりました!

日時は8月14日(水)14:00-15:30
会場は【もりのいえ】です。
参加費は大人1,000円、小中学生500円
園児以下は無料としました。

河野さんのピアノはとにかくダイナミック!
そして楽しい!
この素晴らしいコンサートを
是非大勢の方と共有したいです。

またこの時期、【もりのいえ】では、
「Noと言わない親子合宿」も実施中!

きっと親子で大興奮となることでしょう。

超お勧めのコンサート。
お待ちしています。

ちらしもできました。
クリックしてみてね!
2013年8月ピアノライブちらしJPG小
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
たまびらき合宿
9/6(金)〜8(日)
9/6午後2時集合 /8午後4時解散
定員15名
講師:サクラ ケン(佐々木謙一あらため)
主な講座会場 天空カフェ ジール 
(宮崎市加江田6411 tel&fax 0985-65-1508)
http://www.tenku-zeal.com/

お申し込みは【もりのいえ】へ!
お名前、ふりがな、生年月日、住所、
電話番号、携帯番号、メールアドレスを、
以下のアドレスまでご連絡ください。
masa@mori-no-ie.com
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

お待たせしました!
従来では不可能と考えられていた、
“視力を回復する”という試みを
しかも短期間で劇的に実証してきた、
整体師の佐々木謙一 あらため サクラケン氏が、
一年以上の充電期間を経て、
よりスケールアップした切り口で、
新しいプログラムを提供してくれることになりました!
たまびらき合宿-1

その名は、「たまびらき合宿」
会場は、彼の新天地・宮崎です!
たまびらき合宿-4

その内容をご紹介する前に、
今回の合宿を開催する意義と意図について
ご説明させてください。

☆☆☆
昨年までの「視力回復合宿」は、
“治す”“効果を出す”ことがテーマでした。

例えば、私自身がそうなのですが、
かつて右目0.03、左目0.05だったのが、
視力回復プログラムを続けることで、
それぞれ0.3、0.5程度まで回復しました。

かつては牛乳瓶の底のようなメガネをかけていましたが、
今は薄いレンズで済んでいます。
メガネを使うのは、パソコン作業の時と、
車の運転をする時が中心で、
普段の暮らしでは裸眼で過ごしています。

何よりも以前と違いがはっきりしているのは、
メガネを外した時に、
「ぐわん」という感覚がないことです。

それほど、ものを見ることの
ストレスとコンプレックスが減りました。

視力回復合宿に参加して、
私のような変化を獲得できた人は
大勢いらっしゃいます。

そして、講師のサクラケンにとって、
視力表による“見える力”の獲得は、
もうやり切ったという思いが強くなったそうです。

☆☆☆
そもそも、彼が目指したものは、
“見えないもの”を見えるようにすることがテーマでした。
その代表が、視力だった訳です。

参加者が「一度下がった視力は二度と戻らない」と
思い込んでいる枠を取り除くことで、
視力だけでなく、生きる力が甦っていきました。

いわば、一人ひとりが本来持つ
“野性の力”を取り戻していったのです。

つまり、自身の視力がアップすることで、
「私って凄い!」と実感することで、
人生が拓ける人が続出しました。

私は【もりのいえ】で開催された視力回復合宿で、
訪れた当初はうつむきかげんで閉じたような人が、
たった3日間で視力が格段に上がり、
何よりも元気になって笑顔で去っていく姿を
何人も目撃してきました。

ところで、巷では視力回復が取りざたされています。
これらは、私たちが従来の合宿で実践してきたスタイルの
表向きの成果と同じように、
視力表による視力アップ、
つまり成果を強調することで、
人びとに動機付けを図っています。

サクラケンが目指すのは、その範疇ではないのです。

例えば“見えないもの”は視力だけではありません。
食品添加物、農薬、電磁波、放射性物質・・・
これらも“見える”“感じる”ようになれるのです。
そして除去することもできることを
サクラケンは実証してきました。

この事実については、
東北地震以来、彼が取り組んできた
「放射性デトックス合宿」に参加された方々は
よく実感していただけるかと思います。

☆☆☆
その彼が、本来彼が目指そうとしてきた
テーマを真正面に据えて、満を持して
今回のプログラムを発表したのです。

今回、サクラケンが目指すのは、
精神世界における“見えないもの”を
見えるようにする力を取り戻すことです。

従来の精神世界では、“見える人”が、
“見えない人”の代わりに見てあげて、
それを伝えることで信頼と報酬を得る構図が
繰り広げられてきました。

ところが、本来、人は誰であっても、
“見える人”なのです。
たまたま一足早く“見える”ようなった人が、
さも特権を得たかのように振舞い、
選ばれた人しか見えないという錯覚を生んできたのでした。

サクラケンはそのことに着目し、
「誰でも“見える”ようになれるんだよ」という
道を示そうとしているのです。

彼が伝えようとしていることは、
次のような言葉で表すことができます。

「私が持つ本来の力に気づくために
あらゆることに依存する生き方から脱却し
自立しようと緊張し焦る生き方も越えていこう

本来、私たち人間はすべからず宇宙の一部であり、
つながっていて、一体なのだ

そして私たちは既に否応なく宇宙に依存しており
かつ自立もしているのだ

その自覚の段階を経て
私が私らしくあろうとした時に
人は本来の力を取り戻す

その時、私は“見える人”になる」

☆☆☆
前置きが長くなりましたが、
上のような意図を汲んでいただき、
以下にお伝えする合宿の内容を
ご一読いただければ幸いです。

「サクラケンの たまびらき合宿 in 青島」
たまびらき合宿-3

整体と、舞い(たまたまい)をベースにして、
宮崎の自然とふれあったり、シェアリングをしたりして
最後の夏休みのような時間を楽しみながら、
元気になってもらいたい、という企画です。

テーマ=この合宿がきっかけとなり参加者の皆さんに起こりえる現象

テーマは三つのたまが開かれること。

目のたま(目に見える力そのものや見えないものを感じる力)
たましい(本来の自分の状態を知る)
卵(卵巣・精巣・・・命の源、妊娠、出産、月経についてなど)

もう少し詳しく言うと
目のたま
目に見える力が自然と回復するでしょう。 
この世界がより鮮やかに美しいものとなるでしょう。
そして目に見えないものごとを感じる力も取り戻る方もいるでしょう。


たましい
整体とシェアリングで
あなたの現在過去未来の状態と、
さらに本来の姿が明らかになるでしょう。
なぜあなたは生まれてきたのかを知るきっかけになると思います


卵(卵巣・精巣)
妊娠、出産、月経、排卵、受精卵などについて
骨盤、カラダ、氣の観点からお話しとワークを行い
命の根源を開きます。

内容
整体操法(施術)
たまたまい :サクラケンが独自に編み出した、シンプルかつ強力な舞いです
たまたまい たまびらきバージョン
シェアリング
お話しとカラダのワーク
まほろば探訪 (宮崎の素晴らしい場所を訪れ、たまたまいやワークを行います。)

日程
9月6日(金)午後2時集合 7日(土) 8(日)午後4時解散
定員15名
参加費 51,500円(宿泊代、朝食代・昼食代を含みます)

*夕食(2回)は外食となります。その時にかかる費用をお支払いください。
*入浴代は一回につき500円が別途かかります。
*宮崎までの旅費は各自お支払いください。

主な講座会場 天空カフェ ジール 
(宮崎市加江田6411 tel&fax 0985.65.1508)
http://www.tenku-zeal.com/
宿泊会場 白浜オートキャンプ場 COCONA

*合宿の翌日、9月9日(月)に天空カフェジールにて、
えびはらよしえさんのライブがあります。
長野県伊那市在住のシンガーソングライターで、
ウーマンズティピというワークもされている、とても素敵な方です。
ライブは夜になるかもしれませんが、後泊される方は是非ご参加ください!

お申し込みは、【もりのいえ】にお願いします。
お待ちしています!
たまびらき合宿-5
親子合宿2012版-1

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
Noと言わない親子合宿
1回目:2013年8月13(火)〜16(金)
2回目:2013年8月22(木)〜25(日)

会場:【もりのいえ】と周辺
参加条件:最低一泊以上してください
参加費:一泊につき
 [昼食+おやつ+夕食+朝食付き]
 大人(中学生以上)9,000円、小学生6,000円、
 小学生未満4,000円、二歳未満1,500円
 *温泉に入る場合の温泉代は別途お支払いください。
 *酒代はカンパ制でお願いします。
 *全員に保険をかけさせていただきます。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
同時期開催!
8月14(水) 河野康弘さんピアノライブ
 参加費:大人1,000円、小中学生500円、園児以下無料
8月15(木) 加子母なめくじ祭り見学
8月24(土) 馬瀬花火大会見学
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【もりのいえ】夏の定番となった
「Noと言わない親子合宿」
今年も開催します!

この合宿ですることは明快です。
とにかく遊ぶ!
そして、合宿中に親が
言わないように心掛ける言葉が次の通りです。

「ダメ!」
「いけません!」
「早く!」
「しなさい!」
「あとでね」
「待っててね」

上の言葉を絶対に口にしてはいけない!
というのではありません。

私たち大人が、普段から
これらの言葉をいかに安易に使っているかを、
感じ取りましょう。
そして、子どもとのコミュニケーションの
よりよい取り方を模索しましょう。
というのが、企画の意図です。

上の言葉を使うと楽ですからね。
でも不用意に使うことで、
子どもとの関係をつなぐ
大きなチャンスを逃しているものです。

☆☆☆
合宿中に行なうこととして
イメージしているのは、
次のようなものです。

・乙女渓谷ハイキング
乙女渓谷ハイキング2013

・付知川で川遊び
川遊び2012

・スイカ割り&加子母トマト食べ放題
親子合宿2012版-4

親子合宿2012版-9

・温泉
・ひのきのかんな屑風呂
親子合宿2012版-2
・手作り炭火焼きパンづくり
親子合宿2012版-5

・陶芸(縄文式土器づくり)
陶芸工房2013

・花火
・流しそうめん
親子合宿2012版-6

もちろん、【もりのいえ】で何もせず、
ゆったりと過ごすのもいいですね。
ブランコがあるし、
木登りもできるし、
ブランコ2012

ハンモックも出しますよ。
親子合宿2012版-8


そして食事はもちろん
【もりのいえ】の美味しいご飯!
親子合宿2012版-7

普段野菜を食べない子どもたちも、
野菜しかないので、
それを食べていただきましょう!

☆☆☆
私の体験からお話させていただきますと、
この親子合宿をきっかけに、
親子関係が明らかに変わりました。

例えば、私がある大人と話し中に、
我が子が話しかけてきたとします。

それまでは、
「お父さんは今、この人とお話をしているから、
ちょっと待っててね」と、
子どもに諭していました。

ところが、この合宿を経てから、
同じようなケースになった時の
私の対応が変わりました。

私は、目の前の大人に
「ちょっと待ってね」とお断りして、
まずは子どものお話を
聞くようになったのです。

つまり、「ちょっと待っててね」を言う先が、
子どもから大人に変わったのです。

実はこれは凄い変化なのです。

子どもは「今」を生きています。
だから、その「今」を待てと言われると、
否定されたかのような印象を持ちます。

一方、大抵の大人は、待つことができます。
この違いが生む劇的な変化を
あなたも是非お試しください。
親子合宿2012版-3

☆☆☆
ただし、誤解してもらいたくないのは、
私は子どもたちを
王様にするつもりはありません。

ただ、私たちはいかに
“自分の土俵”“自分の物差し”で
子どもと接しているか?

そのことを知ることで、
子どもとのコミュニケーションは
大幅に変わります。

そしてそれは、子どもとだけではなく、
大人同士のコミュニケーションを
見直すきっかけにもなるのです。

つまり、「私の生きる姿勢」を
見直すことができます。
自分がいかに自分で作った枠の中で
生きているかを知ることになります。

上に挙げた通り、
合宿中は楽しいことが満載です。
そして、ただ楽しいだけでなく、
「Noと言わない」ことを意識して過ごすだけで、
実に多くの示唆を受け取ることができます。

★★★
どうですか?
今年の夏、子どもたちとの関係を見直し、
同時に自分自身を見直すきっかけに、
【もりのいえ】親子合宿に参加されませんか?

しかも今年は、
期間中に同時開催のイベントもあります。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
同時期開催!
8月14(水) 河野康弘さんピアノライブ
 参加費:大人1,000円、小中学生500円、園児以下無料
8月15(木) 加子母なめくじ祭り見学
8月24(土) 馬瀬花火大会見学
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

まず、河野さんのピアノライブが凄い!
これはもう一見の価値あり!
詳細は改めてご紹介します!
河野さんピアノライブ

次に、世界でも類を見ない、
“なめくじ”をテーマにした
奇祭・加子母なめくじ祭り!

三つ目は、毎年恒例の
馬瀬の花火大会見学!
“日本一、音の大きい花火大会”の
異名をとる花火を、是非御体験あれ!

盛りだくさんの、今年の
Noと言わない親子合宿!
お申し込みをお待ちしています。

*【もりのいえ】へのお問い合わせ先は、
 ブログトップページをご覧ください。
ラダックから帰国以来、
荷物の整理、メールの返信、
家の大掃除、身辺整理、
家周りの草刈りとしてきて、
今日ははようやく母屋の前の
【もりのいえ】ガーデンの
整備を完了しました。
畑整備完了20130711

畑周りの草刈りが
まだ残っていますが、
ご近所のみなさん、
どうかご容赦ください。

あとは、明日以降のことに向けて
邁進です。

7/12 甚目寺(愛知県あま市)朝市に出店
7/13-15 整体師養成コース開催
7/13-20 第四回「つながる命 福島」実施

準備と片付けまで考えると、
超ブッキング状態ですが、
ただ受け入れるのみです。

救いなのは、
暑さがそんなに負担ではないことです。

ラダックから帰国する際、
デリーに一泊してきました。
デリーの日中の暑さったら、
もう半端ではなかったです。

ですから、
「デリーのあの暑さに比べればね」
が合言葉になって、
この猛暑を苦なく過ごせているのです。

ありがたいことです。
これもまた教訓です。
2013.07.10 山涼み
連日、全国的に猛暑のようですね。
加子母も確かに暑いですが、
木陰は涼やかですし、
【もりのいえ】の母屋の中は、
さほど苦しくはないです。

そして今日は久しぶりに、
乙女渓谷に行ってきました。
ラダックからの無事帰国の
ご報告を兼ねてのことです。

乙女渓谷はいつもながら涼やかで、
水もとても気持ちの良い冷たさでした。
何よりも、水の勢いが素晴らしく、
その場にいるだけで、
身も心も洗われました。
乙女渓谷20130710

このような素晴らしい場が
身近にあるなんて、
本当にありがたいです。

そして、日中は暑かった気温も、
今ではヒンヤリ。
U太は羽毛布団をかぶって
寝ております。

夜、自然の涼しさの中で
眠ることができる幸せ。
これもまた、ありがたいことです。
ラダックから戻ってしばらくの間は、
身の周りと家の中に意識を集中していました。

それも一段落したので、
今度は家の周りに目をやると、
母屋の前の【もりのいえ】ガーデンは、
かみさんが良く管理してくれていました。

完成時はこうでしたが、
【もりのいえ】ガーデン完成時20130710

今ではこんな様子です。
【もりのいえ】ガーデンの今20130710

おかげで、ナスやズッキーニなど、
食卓が華やいでいます。
大好きなシソもよく育っています。

この畑、今年の春に
大幅にデザインしなおしたので、
土の中に昨年までの種が残っています。

ですから、思わぬ場所に
作物が育ってきたりしています。
面白いのがこれです。
砂場にズッキーニが育ちました〜!
砂場にズッキーニ20130710

他にも、作業場となる
キーホールのど真ん中に
プチトマトが育ったりして、
結構笑えます。

ともあれ、【もりのいえ】ガーデンが
すくすくと育っているのを見るのは
嬉しいものです。

そして目を外に向けると、
それはまぁ、見事なくらいに
草が育ってくれているので、
当分は草刈り三昧となりそうです。
U太に強くせがまれて、
プールを出しました。
もう、大喜び!

そして、ついに登場!
FUKUのビキニ姿!

KAN太もなにげに、
個性出してます。
FUKUビキニ20130707
この度のラダックの旅で、
私の精神面を鍛えるのに
様々な条件が揃いました。

・シャーマン(ラモ)に出逢えたこと(2回)
・占星術師(オンポ)に出逢えたこと
・ツェワンさんの解説で
 ゴンパ(寺院)を幾つもまわりながら、
 チベット仏教を学べたこと
・ミラズハウスの客室や仏間で、
 ふんだんにストレッチ・瞑想・
 【トーラス体操】・【光珠】ができたこと
・ラダックの素晴らしい景色の中で、
 他に何も考えずに過ごせたこと
・雪解け水で、滝行・湖行ができたこと
・パソコン・ネット環境に、
 三週間まったく触れなかったこと
・素晴らしい仲間と刺激し合えたこと

他にも様々な条件が揃いました。
この一つ一つについてドラマがありました。

特にシャーマンとの問答では、
もの凄い体験と学びをいただいたのですが、
書き出すと相当長くなるので、
どこかでお話する機会があれば
お伝えさせていただきます。

さて、これらの条件が揃い、
得難い体験を経るうちに、
私の心持ちがどんどん変化していきました。

その過程は省略させていただいて、
結果をまず記しますと、
私は“一人出家”することにしました。

特定の宗教の得度を受けた
ということはありません。
ただ、一人で決めたのです。

そして、私が今、
自分に課している「行」は、
次のようなものです。

「日々の暮らしの中で、
常に慈愛に満ちた心であり続け、
常に慈愛に満ちた言葉しか口にせず、
常に慈愛に満ちた行いしかしない」

この決意をしたのは、
旅をして2週間ほど経った頃です。

そして、決意してからのちの旅は、
まさに“常に”私自身が、
そのような状態であるかどうかを
確かめる日々でした。

そのような視点で我を見るに、
心と言葉と行いが、
いかに一致していないことか!
日々の瞬間ごとに
ギャップを痛感しております。

心にもないことを口にして
その場を和ませようとしたり、
心の持ちようそのものが卑屈であったり・・・

日中の意識がある間中、
「あぁ、まただ」と、
決意と現実のギャップに
驚かされるばかりです。

それでも救いなのは、
落ち込むことはなく、
「あぁ、また気づかせていただいた」
と感謝し続けられていることです。

このことをシャーマンに
二回目に逢った時にお伝えしましたら、
「それも一つの段階です。
そのことに気づいただけでも良かったですね。
でも、その段階でとどまっていては、いけませんよ」
と、励まされました。

☆☆☆
ところで、
持参した「アナスタシア」を再読していて、
水について書かれている文書を読んでいた際に、
突如、あることに大いに腑に落ちました。
そのお話をできるだけ簡潔に書いてみます。

例えば、私がよく通う乙女渓谷で、
目の前の清流に手を差し入れて、
両手に水をすくったとします。

すると、それまでは一緒に流れていた水が、
その瞬間に、私の手の中に残った水と、
指の間をすり抜けた水とに分かれます。

手にすくった水を、
私が飲み干したとします。

すると、その水は、私の身体の中に入り、
その後、体液や身体の一部に
なるかもしれませんし、
汗や尿として出て行くかもしれません。

一方、私の指をすり抜けていった水は、
その後、別の人の口におさまるか、
あるいは、工業用水として取り込まれるか、
ほとんどはそのまま海に
流れていくことでしょう。

このように、一瞬の出来事で、
運命を分けた水たち。

さて、私の身体におさまった水たちは、
かつてどこをどのような
存在でいたことでしょうか?

どのような水たちも、
いつかは蒸発し、雲を形成し、
やがて雨や雪などとなって
地上に降り立ってくると学びました。
いわゆる“循環”です。

すると、先ほど飲み干した水も、
数年前、あるいは数十年前に、
やはり私の身体に
おさまっていたのかもしれません。

でもその確率は
相当低いと想像できます。

そのように考えると、
水とは、遠い昔から、世界中で、
実に様々な経験をしてきているわけです。

例えば、都会の水は汚れているとか、
田舎の水は綺麗だと言っても、
それは、今の一瞬の状況であるだけです。

実は水は、もの凄い経験と記憶を
持ち合わせている訳です。
そしてつながっている・・・

その様々な経験を積んで、
様々な記憶をおさめた水が、
今、私の手の中にある・・・

そのように考えるだけで、
水がとても愛おしくなりました。

そして、実は水は
あらゆるものの中に含まれています。
他の動物や植物、
石や目の前の物たちにも。

つまり、
ラダックで本を読んでいる私の脇の
樹木の葉に流れる水も、
私の身体の中を流れる水も、
言わば兄弟のようなものです。

そのような視点で、
目の前の木々の葉を眺めた時、
従来とは異なる感覚を感じました。

実は私は、今回の旅で、
「植物と会話をしたい」と願っていました。

この時、
会話をするまでには至りませんでしたが、
彼らとの共通項を見つけて、
今まで以上に親しみを
感じるようになったのです。

そして私は、その植物だけでなく、
私の身の周りの全ての存在が、
つながっていることを感じました。

全てが愛おしく感じました。

今回、水を通して、
私自身の存在と、
周りとのつながりを
密接に感じた瞬間でした。

☆☆☆
この体験を経てから、
私の【トーラス体操】と【光珠】の
スタイルと意味合いも変わりました。

もう、私のためだとか、
誰のためというのではなく、
ただ、宇宙とつながっていることを
実感するのみという感覚なのです。
それは至福の時でもあります。

また、【光珠】をするのに、
時と場所を選ぶことがなくなりました。

これは冒頭に述べました
決意とも関連するのですが、
私が常に“心と言葉と行ない”が一致していて、
それが全て慈愛に満ちているとするならば、
既にそれが【光珠】の状態である訳です。

ですから、わざわざ
「今から【光珠】を始めます」と、
時を刻む必要がないのです。

つまり、【トーラス体操】や【光珠】は、
「ただ私がつながっているだけ」
「ただその状態であるだけ」
のものになりました。

言い換えると、
「ただ、私は光っているのみ」
とも言えます。

大切なのは、私自身の有り様でしょう。
奢れることも、へりくだることもなく、
ただ宇宙に身を任せるのみという感覚です。

また、私の身の傍に置く
道具たちが変わりました。

私はシンギングボウルを
手放す決心をしました。

そもそもは、この旅で
新しいシンギングボウルを
手に入れるつもりでいました。

ところがいくらお店を回っても、
ピンとくるものと出逢いません。

そのうちに、
上にお話した水との関わりから、
「私の手元に置くべき物は他にある」
と感じるようになりました。

そこで、シンギングボウルを
求めることをやめることにしました。

新たに手に入れるどころか、
日本に置いてきたシンギングボウルも、
手放すことにしたのです。

加えて、オンポ(占星術師)から、
私の守護神が、金剛菩薩であると
アドバイスを受けていました。

帰国してから調べると、
金剛菩薩にはいろいろいらっしゃるようですが、
ともあれ、一つの方向性が見えました。

その結果、今回、私が手に入れたものは、
次の通りです。

金剛杵(こんごうしょ、ドルジェ)×大小
金剛鈴(こんごうれい、ガンター)
チベタンベル(ティンシャ)
数珠
ラダック・私の買い物

どれもが、入手するまでにドラマがあったのですが、
ともかくご縁があって
我が前に来ていただいたとしか
言いようがありません。

こうして、新たな道具たちの力も借りて、
【トーラス体操】をするようになりました。

ただし、当然のことですが、
モノに依存し、
おぼれておる場合ではありません。
彼らはあくまでも私を助け支えてくれる、
一つの扉、一つの力です。

☆☆☆
となると、この先、
【光珠】をお申し込みされた方には、
どうなるのかというと、
「その光を束ねて、お届けする」
ということになるのでしょうね。

光をお届けすることで、
その方にどのような変化が起きるのか?
それを保証するものではありません。

ただ、お申し込みいただければ、
光をお届けします。
お代は求めません。

私はただ、お申し込みいただくだけの
“求め”にふさわしい存在である様に、
日々、毎瞬、己に課した行を続けるのみです。

それが、「常に、慈愛に満ちた
心と言葉と行いであり続ける」
という、“一人出家”した私の行なのです。

これが、今回の旅で、
私が得た、最大のお土産です。

ここまで、
できるだけ心と言葉を一致させて
書かせていただいたつもりですが、
あなたにうまく伝わることを祈ります。

長文にお付き合いいただき、
ありがとうございました。
さて、私は何をしているのでしょう?
これは、この地で購入した唐辛子を
粉にしているのです。
4-0唐辛子粉末化

この唐辛子、相当辛いです。
中津川市福岡の名産、
あじめこちょうといい勝負です。

ということで、
今年の大辛ソース「ファイヤー!」は、
インドの隠し味バージョンです!

6/23の朝日です。
ミラズハウスの屋上にて、
エネルギー溢れる陽を浴びました。
4-1日の出6:23

6/24の夕陽。
こんな景色にいつも触れられるなんて、
何という幸せ!
4-2夕陽6:24

数日前に朝勤行した
デスキット・ゴンパと同じく、
毎朝、勤行をしているという
ティクセ・ゴンパの朝勤行に、
今度は大勢で向かいました。
この日も見事な朝日でした。
4-3ティクセゴンパに朝日

この陽を浴びて【トーラス体操】
をしていたら、
傍の外国人が真似をしていたそうな。

子どもの僧が吹くラッパを合図に、
朝勤行が始まりました。
4-4ティクセゴンパ朝勤行でラッパ

☆☆☆
さて、感動の連続、ラダックの旅。
最終週に旅したのは、
パンゴン湖でした。

この湖はほとんどが中国領です。
ヌブラの時と同じく、
標高5,000m強の峠を越えていきます。

ヌブラと異なるのは、
峠を越えても、
さほど標高が下がらないことです。

何と!標高4,200mに横たわる湖!
しかも水の色が美しい!

でもその色は、
晴れていてこそ現れるとのことで、
ツェワンさんは数日前から
ヤキモキしていました。

そうしたら、案の定、曇り空。
「本当はもっと綺麗なんですけれどね〜」
解説が少々哀傷漂っています。

私はそんなことに構わず、
湖畔に着いた時から
はしゃいでおりました。

高度が高いのも忘れて
砂浜を走り、ジャブジャブと入りました。
結局、褌一丁で、
首まで入らせていただきました。

それでも、冷えは高山病の元ですので、
その後は暖かい衣類にくるまって、
車内でじっとしておりました。

やがて小雨まで降り出し、
ツェワンさんは残念そうです。

すると、「虹が出ている!」
の歓声!
すぐに車を止め、
外に出てビックリ!

何と、180度、端から端まで、
くっきりと虹が出ているのでした。
こんなに見事な虹を見るのは、
生まれて初めてです。

ツェワンさん自身も
見たことのないような景色にバンザイ!
私のカメラではおさまらなかったので、
虹の一部のみとなります。
4-5パンゴン湖・初日に虹

虹をアップしてみましょう。
湖面に映る色も素敵です。
4-6パンゴン湖・虹アップ

こうして、
結局は大興奮で終えた初日でした。

翌朝は最初は雲っていましたが、
次第に光が射してきました。
4-7パンゴン湖・2日目の朝日

湖面も綺麗に色づいてきました。
4-8パンゴン湖・色を出す

迷わず湖行をする私。
4-9パンゴン湖にて湖行

U太は石を割るのに熱中しておりました。
4-11パンゴン湖・石を割るU太

割ってみると、
本当に綺麗な断面が現れます。
4-10パンゴン湖・割れた石

中には水晶っぽいのも見つかり、
皆で下を見ながら歩き始めました。

☆☆☆
さて、素晴らしい体験の旅のご紹介を
ここで一旦区切らせていただきます。

ここまでご紹介したのは、
トピックスのみです。
実際にはもっと沢山のドラマがありました。
それはまたおいおい
ご紹介する時があればいいですね。

最後に、次回、
この旅で私が至った心境と決意について、
まとめさせていただきます。

実はこれこそが、
今回の旅の最大の成果でありました。
(つづく)
「せっかく三週間も滞在するのだから、
是非、泊まりで遠方に旅しましょう!」

ツェワンさんの勧めに従い、
私たちは小旅行に出ることにしました。
目指すのは、ヌブラと呼ばれる地方です。

ヌブラは、ラダックの北部、
標高5,620mの、
道路としては世界最高地点を越えた場所にある、
渓谷地帯です。

かつては東西交易の
中継地点としても栄えたそうですが、
現在はパキスタンや中国との
未確定の国境に近いこともあり、
そのような地域では、
最近まで外国人が入れなかったそうです。

今回、その山道で峠を越え、
西進して、外国人が入れるギリギリの村、
トゥルトゥクまで行こうというものでした。

まずは山越えです。
これが凄かった。
画像で見る以上にかなりの傾斜を、
蟻の道のように敷かれた進みます。
3-0ヌプラ・山道

谷側の席に座ると、
まるで絶壁を見下ろすような
気分を味わえます。

山側の人は安心かと言うと、
さにあらず。
急傾斜に、何故か丸い大きな岩が
かろうじて止まっているのが、
進行方向に見えるのです。

例えるならば、
傾斜をゴロゴロと転がる大岩の
映像シーンを観ていて、
ポーズ(一時停止)ボタンを
押したような状態が、
延々と続くのです。

「どうしてあの岩が落ちてこないの?」
悲鳴が何度もあがります。
(実際に、帰り道には
落ちている岩もありました)

気分転換に、
絶壁をバックに記念撮影。
3-1ヌプラ・山道を行く

やがて標高5,000m級に到着。
周りは雪景色!
ガチガチに凍った雪の層が、
山を覆っています。

道路の世界最高地点は、
まるでスキー場のゲレンデのように
賑わっていたので、画像もパス。

峠を越えればmあとは下るだけです。
何名かは高山病と
車酔いの傾向が出ていたので、
急ぎ下ります。

そして、あるカフェに到着。
カフェの裏に流れる小川を見て、
私は歓声を上げました。

雪解け水が流れる両側には
背の低い草が茂り、
黄色い小さな花が咲き誇っていました。

思わず靴下を脱ぎ、
ジャブジャブと川に入って、
川の真ん中の石の上で
【トーラス体操】
をしました。
3-3ヌプラ・雪山バックに【トーラス体操】

まだ標高の高い地でしたが、
実に空気が清々しく、
薄い空気が体中に沁み渡りました。

無事、山を越え、
途中、崖に現れた滝をみて、
思わず滝行をした、
けんちゃんと私。
インド人のギャラリーが
ワイワイと写真を撮っていたとか。

辿り着いた街・デスキットは、
思いのほか、素敵な土地でした。

ホテルにチェックインして、
すぐさまデスキット・ゴンパへ!
素晴らしい光景が出迎えてくれました。
3-5ヌプラ・夕陽を浴びるデスキットゴンパ

デスキット・ゴンパから
見える景色も絶景!
最近できたという弥勒菩薩像が
輝いていました。

この像の開眼法要は、
ダライラマ14世によって
執り行なわれたとか。
3-6ヌプラ・デスキットゴンパから

デスキット集落の様子も素敵です。
3-7ヌプラ・夕陽を浴びる集落

デスキット・ゴンパにて
笛を吹くななさん。
見事な光が届きました。
3-8ヌプラ・デスキットゴンパにてななさん

帰り際、弥勒菩薩にかかる夕陽を
逆行から眺め、
ため息をつきつつ、
ホテルに戻りました。

☆☆☆
ラダックに数あるゴンパのうち、
ミラズハウスにほど近い
ティクセ・ゴンパと
このデスキット・ゴンパのみが
毎日、朝勤行をされているとか。

ならば行くしかないでしょう!
と、「明朝、参加します!」
と声を上げたのですが、
誰も乗ってきません。

そこで、私一人で行く事にしました。
早朝から喜びいさんで、
ゴンパの階段を登ります。
登り切ったところで、感動!

弥勒菩薩に見事な朝日が
届いておりました。
3-10ヌプラ・朝日を浴びる弥勒菩薩

アップしてみましょう。
3-11ヌプラ・朝日を浴びる弥勒菩薩アップ

見とれていると、お坊さんたちが
朝勤行の準備を始めました。

そのお一人が、息を切らせながら、
水を運んでおられたので、
その水タンクを運ぶお手伝いをしました。

すると、一気にお坊さんたちの
私を見る目が優しくなり、
「もうお堂に入っていいよ」
と手招きされました。

朝日がさんさんと届く、
とても居心地の良い場所に案内され、
待つことしばし。
次々と僧たちが入って来られました。
3-11ヌプラ・デスキットゴンパの朝勤行

ほどなく始まった、朝勤行。
僧たちが唱えるマントラを聞きつつ、
私は心地良い気分で瞑想していました。

やがてお経が終わり、
僧たちは朝ご飯を食べ始めました。
遠目に見るに、
「バター茶」と、「ツァンパ」と呼ぶ、
郷土料理です。

このツァンパ、はっきり言って、
好き嫌いがあると思います。
私は嫌いではないけれど、
そんなに沢山はきついなぁという印象です。

僧たちは自分の分を食べ終わると、
早速次のお経を唱え始めました。

その時になって、
私にはバター茶が出されているだけだと
いうことに、彼らが気づきました。

ここからの展開が、
とても面白かったです。

「彼は何も食べていないのか?」
「彼にもツァンパを提供しろ」
お経を唱えながら、
手招きで若い僧に指示します。

やがてやってきた僧に、
「私は器を持っていないから結構です」
と身振りで伝えると、
その様子をみていた別の僧が、
「ならば器を持ってこい!」
と指示します。

やがて、器とツァンパの材料がやってきました。
材料とは、大麦を炒って粉にしたものです。

これにバター茶を入れて、
通常は指先で混ぜて、
団子状になったものを
少しずつ口に入れて食するのです。

私の前に、粉が山盛りに盛られました。
「アチャー。こんなに食べられるかな?」
と思案していると、
その様子を僧達がずっと眺めています。

その様子から、
「彼はツァンパの食べ方を
知っておるのだろうか?」
という気配を感じました。

そこで、
「指で混ぜればいいんでしょ?」と
仕草をすると、
「彼にスプーンを出してやれ!」
と、お経を唱えるのも忘れて
指示します。

他の僧たちも、気が気でない様子。

やがて渡されたスプーンで、
私が混ぜ始めると、
ほっと一息入れて、
前を向くのでありました。
3-12ヌプラ・デスキットゴンパで出されたツァンパとバター茶

ところが今度は、
「彼は最後まで食べられるのであろうか?」
と、心配になった様子で、
そわそわと私を振り返ります。
その間、全くお経を唱えておりません。

この様子、
ビデオで撮らせていただきました。
ご希望の方には
【もりのいえ】にてお見せしますので、
お申し出下さい。

☆☆☆
こんなアットホームな朝勤行を
ご一緒させていただき、
私は大満足でホテルに戻りました。

そして、いよいよ皆で
トゥルトゥクに向けて出発です。

途中、軍の検問を通り、
橋も戦時中に使うかのような橋ですので、
緊張が走ります。
3-13ヌプラ・トゥルトゥクへの道

道中は、ただただ荒野です。
岩は陽に焼け、
「この先に本当に人里があるのか?」
と疑うほどです。

それでも希望を持ったのは、
「この地域の女性は、
美人が多いんですよ〜」との
ツェワンさんの言葉です。

通り過ぎた村でたたずむ
少女たちの姿を見ても、
期待が増します。
ちなみにこの辺りは、
全てイスラム教徒です。
3-14ヌプラ・トゥルトゥクへの道・少女たち

やがて、荒野の果て、
パキスタン国境に近い村、
トゥルトゥクに到着しました。

私は目を疑いました。
清らかな水が流れ、
川の両側はオアシスのようです。
3-15ヌプラ・トゥルトゥクの村

村中に水が巡り、
とても涼やかな風がそよぎます。
まるでホテルの庭園のよう!
3-17ヌプラ・トゥルトゥク水の庭

家々を結ぶ小道には石畳が積まれ、
まるで、「もののけ姫」の冒頭に
登場する里のようです。
3-16ヌプラ・トゥルトゥクの小道

まるで桃源郷!
「うそでしょ?」
「何であんな荒野の果てに、
こんな村が現れるわけ?」
驚愕の声が上がります。

そして案内されたゲストハウスが
超快適!
部屋を覗いて、
「ここに泊まりた〜い!」
「何で、日帰りなの?」
「最低3泊したい!」と、
不満の声が上がります。

それほどに素晴らしい土地でした。

そして驚きはこれだけでは
ありませんでした。

突如現れた少女たち。
かわいい!
3-18ヌプラ・トゥルトゥクの少女たち

実はこの後、本人達の希望もあり、
一人ずつの撮影をさせてもらったのですが、
この画像が一人歩きすることを抑えるため、
公開を控えさせていただきます。

そして、感動がもう一つ。
滝に連れてくださいました。
思わず滝行を始めた
私とけんちゃんです。
3-19ヌプラ・トゥルトゥクで滝行

この滝を登る時、
黄金色がかった虹が何本も見えました。
もう感動しまくり!
滝の水も優しかった!

こうして惜しみつつ
ホテルに日帰り帰宅した私たちは、
戻る直前にある場所に向かいました。
そこにはラクダが
20頭ほど控えておりました。
3-20ヌプラ・ラクダ1

これこそ、ツェワンさんが
U太に見せたかった光景なのでした。
かつてシルクロードとリンクしていたという
この地域らしい演出で、
今ではラクダツアーを
営んでいるのです。

U太はもう大興奮!
今回の旅で一番楽しい時だったと、
今でも語っております。
3-21ヌプラ・ラクダに大喜びのU太

こうして、
思いのほか素晴らしい体験と、
名残惜しさをふんだんに残して、
ヌブラを後にしたのでありました。
(つづく)
今回の旅で、誰にとっても
きっと大きな体験となったことの一つに、
シャーマンとの出逢いがありました。

私は、6/15, 24の2回
シャーマンとお話できました。

そのことが、この旅での決意に
大きく導いてくれたのですが、
これは別の機会に書くことにします。

ただ、6/15の時に、
「あなたはより大きな力を持つ存在、
例えばダライラマ、
チベット仏教の高僧(リンポチェ)、
日本の仏教の高僧などとの
つながりを持つ方が良い」
とのアドバイスを受けていたことを
記しておきます。

☆☆☆
さて、3週間の旅を、
ほとんどノープランで
やってきた私たちでしたが、
ラダックのツェワンさんは、
手ぐすねひいて待ってくれていました。

その一つ、
「是非ともここはご案内したい!」
と力説された、
「下(しも)ラダック地方」
への旅に出ることにしました。

目指すのは、アルチゴンパと
ラマユルゴンパの
二つの寺院です。

アルチゴンパには、
ラダックのみならず、
チベット仏教全体をみても、
最高傑作の壁画があるそうです。

当初の予定では、
まずアルチゴンパを訪問し、
その後、西進して、
ラマユルゴンパの麓で
宿泊するつもりでした。

ところが、
出発間際になって連絡が入り、
ラマユルゴンパを
優先することになりました。

というのも、
ラマユルゴンパの座主である
リンポチェが、まさにその日、
ラマユルゴンパに向かわれ、
説法をされるというのです。

そこで、説法を聞かずとも、
リンポチェの近くで過ごせるのならば、
まずはそちらに向かおうと
いうことになりました。

私にとっては、
前日にシャーマンから
「リンポチェとの関係を持て」
とのアドバイスを受けていたこともあり、
早速その機会が訪れたような気分でした。

ラマユルに向かう道は
ほどなく険しい山道になっていきます。
次第に時々渋滞で止まるようになりました。

不思議に思っていると、
何と!私たちの前を、
リンポチェのご一行が進んでおり、
途中の村々に立ち寄って
歓迎を受けているのだそうな。

よくよく周りの車を眺めるに、
民族衣装に身を包んだ人や、
着飾っている人が多いです。

途中、車が止まっている時に、
ツェワンさんが交渉して、
帽子をかぶらせていただきました。
2-2ラマユル・帽子をかぶる

また、リンポチェが去る際に、
村人が総出で見送るのですが、
その直後に私たちも過ぎるので、
同じように手を振ってくれます。
2-1ラマユル・道端の少女たち

おかげで様々な民族衣装を見られて
役得な感じでした。

途中、ある村で説法をされる
リンポチェご一行を追い越し、
ラマユルに到着した私たちは、
ラマユルゴンパに登ることにしました。

すると、ゴンパから次々と
民族衣装の人びとが出てきます。
2-3ラマユル・民族衣装の女性

2-4ラマユル・男達と

2-5ラマユル・男達と2

僧侶も着飾っています。
2-6ラマユル・僧侶たち

中に入ると、大勢の人びと!
グループごとに順々に
踊りを披露していたのです。
2-0ラマユル・中庭に集う

「民族衣装の人びとに
一気に出逢えてラッキー!」

喜んでいたら、ツェワンさんが
とんでもない提案をしてきました。

「彼らと一緒に踊りませんか?」
「エッ?」

戸惑う私を尻目に、
そのグループと
交渉を始めるツェワンさん。

ちょっと待ってよ!
そんなことをしている人は誰もいないよ。
しかも私は外国人だし、
超目立ちます。

そんな私の気持ちは知らずか、
舞用の帯を渡され、
輪の中に押し出されました。
2-7ラマユル・一緒に踊る

いやぁ、恥ずかしかった。
元来、私は人前に出るのは
苦手なのですよ。
いやほんと。

夕刻、ドゥカン(お堂)にて
しばし瞑想をさせて
いただいた時のことです。

瞑想後、ある僧が近づいてきました。
「あなたの名は?」
「まぁさんです」
「どこからきました?」
「日本です」
「私の名は、○○です」
・・・

そのやりとりが
二年前に見た夢と
同じ様なシーンだったので
驚きました。
その夢での相手は
ダライラマでしたが。

そんなこんなで、
思わぬ体験をして、
ラマユルでの夜を過ごしました。

翌朝、早くに目覚めて、
ゴンパを目指します。
ほとんど人のいないドゥカンの中で、
瞑想をさせていただきました。

その後、目指したのは、
かつて(500年ほど前?)に
住民か暮らしていたという、
ゴンパのすぐ下の廃墟です。

ここは、今ではほとんど誰も
通らない地なのでしょうが、
前日にツェワンさんが
案内してくれていたので、
その廃墟の上で、
【トーラス体操】
をさせていただきました。
2-8ラマユル・廃墟で【トーラス体操】

この頃から、
【トーラス体操】と
【光珠】に変化が起き始めていました。
そのことは別の機会に記します。

実はこの廃墟の中に、
「センゲガン」と呼ぶ、
小さなお堂があります。

普段は鍵がかかっているのですが、
前日にはツェワンさんが
中に入れてくれました。

その奥に「ゴンカン」
と呼ぶスペースがあって、
「チティパティ」と呼ぶ
骸骨の壁画が強烈でした。

これはいわゆる護法神らしいのですが、
そのインパクトに、
思わず大声を上げてしまいました。

同行した数名は、
「きつい・・・」と言って
早退したほどでした。

その部屋にもう一度入って、
そこで瞑想したかったのですが、
その朝は入れませんでした。
次の機会には是非ゆっくりと
過ごしたいものです。

☆☆☆
ラマユルを離れ、
チベット仏教最高の
芸術作品と言われるらしい、
アルチゴンパを訪れました。

ここは小さな集落に囲まれていますが、
とっても小ぎれいで、
一目で気に入りました。

アルチゴンパにはいろいろあり、
その中でも
「アルチ・チョスコル・スムツェク」
と呼ぶ三層堂と、
ナンパ・ナンツァ(大日如来)を
本尊とする、
ドゥカンが印象的でした。

何よりも、
ツェワンさんの語りが熱い!

ラマユルゴンパでもそうでしたが、
彼の引き出しの多さと中身の濃さは
実に素晴らしいです。

「ラダックに来て、
初めて仏教のことを知りました」
と参加者の一人がおっしゃっていましたが、
私もその一人です。

こうして、充実した
下ラダックの旅を終えて
ミラズハウスに戻ったのでした。

☆☆☆
今回はほぼノープランの旅でしたが、
唯一、スケジュールを
決めていたことがあります。

それは、ヘミスゴンパにて開かれる
「へミス・ツェチュ」と呼ぶお祭りを
見学することでした。

今年は、6/18-19に開かれたので、
その両日を予定していたところ、
18日の朝は何と大雨!

ラダックらしからぬ天候で、
かなり冷えたり、
足元がぐちゃぐちゃになるであろう
ということで、
19日のみの参加としました。

いつもながら
ツェワンさんが配慮してくださり、
演奏をする僧侶のすぐ脇の席を
取ってくださいました。
おかげでこの迫力!
(ツェワンさんの顎が少し映っています)
2-10ヘミス・ツェチュ

中庭では仮面をかぶった僧侶達の
舞が続いていましたが、
正直言いまして、
舞の意味が分からないと
ピンときませんでした。
ごめんなさい。

そこで、祭りは途中で抜け出して、
ゴンパの外れの山上におられる、
お釈迦様の像を拝みに行く事にしました。
2-11ヘミスゴンパのお釈迦様1

この場所、半端なく急傾斜なのです。
なのに、何故かさほど息が切れない私。
そんなに強い体ではないのにね。

このことには、
ラダックに到着した頃から
気づいていました。

「何だろう?この身近な感覚は?」

「過去、ここに私は暮らしていた〜!」
というような
はっきりしたものではないのです。

ただ、「近い」という感覚です。

そして、もう一つ、
近いものが現れました。

山を登って辿り着いた先には、
お釈迦様の像が待っておられたのですが、
何と! KAN太ソックリでした!
2-12ヘミスゴンパのお釈迦様2

こうして、ラダックの旅は
半分ほどになってきたのでした。
(つづく)


2年前、ダライラマ法王と
お話をする夢を見ました。

それまで、ダライラマも、
チベットのことも
ほとんど知らなかった私でした。

それが、その夢を見て以来、
「いつかチベットに行きたい」
と願うようになりました。

ところが、いざチベットの
ガイドブックを読んでも、
ピンときませんでした。

「私の行くべきところは
中国のチベット自治区では
ないのでは?」

ではどこに?
どうやって?
頼る人もなく?

そんな最中、
今回の旅を共にすることになった
しほちゃんから、
「紹介したい人がいるのよ」
と教えていただいたのが、
ラダック在住のご夫妻でした。

ひろこさんと
ツェワン・チンレイさん。
「ミラズハウス」と呼ぶ、
素敵なゲストハウスを
経営されています。

このご夫妻と、娘さんのミラちゃんが、
今年1月に【もりのいえ】を
訪問してくれたことで、
一気に話が進みました。

そして、「一緒に行く〜!」
と名乗り上げてくれた方々と共に、
個人旅行の集まりという形で、
ラダックの旅が始まりました。

本当に素晴らしい旅でした。
素晴らしい景色と人びと
素晴らしい体験

そしてこの旅が、
素晴らしい気づきと
決意に導いてくれました。
心から感謝します。

まずはどのような旅を過ごしたのか、
画像を中心にご紹介します。

本当のことを書くと、
これらの画像だけでは、
感動的な景色を再現できていません。

それでも少しでも
イメージしていただければと願います。

そして、これからご紹介する内容以外にも、
感動の出来事が沢山ありました。

詳しくは、
実際にお目にかかる機会がある時に
お伝えできればと願います。

それでは、
まずはラダックに到着して
数日間のメモリーです。

☆☆☆
これが主な滞在地となった、
ミラズハウスです。
申し分ない施設とご家族でした。
1-1ミラズハウス外観

ユニークなのが中庭(?)でした。
家の内部が吹き抜けになっていて、
屋根はかかっているのですが、
ほぼ「屋外」なのです。
1-2ユニークな中庭階段

この階段を登って、
皆、何度も屋上に出ました。
その訳は、360度の素晴らしい景色です!
1-3屋上からの景色

見渡す限りこのような景色が
広がっているのです。
そして夕刻には素晴らしい夕焼け!
1-4ミラズハウスからの夕焼け

朝は朝で、
雪山にかかる朝日が見事でした。
1-5山々に朝日が入る瞬間

ミラズハウスあたりの標高が、
3,300mくらいだとききました。
その地を、
5,000m越えの山々が囲みます。

到着した日は高山病対策で
ゆっくりと過ごしました。
そして翌朝。
お母さんのアマレーが
パンを焼いてくれました。
1-6パンを焼くアマレー

牛糞を燃料にして焼くアマレー。
自然に密着した姿に感動です。
【もりのいえ】でも
このスタイル、いただきます。
1-7焼けたパン

私は今回の旅で
是非とも購入したいものがありました。
それは、「ゴンチェ」と呼ぶ
この地独特の衣装です。

早速、ツェワンさんの衣装を
着させていただきました。
けんちゃんも一緒に。
1-8ゴンチェを着る、けんちゃんと私

これは冬用のものです。
この日私は夏用のゴンチェを
購入しました。
そして今回の滞在中のほとんどを
この衣装で過ごしました。

2日目の午後、
中心地のレーという街に向かいました。

沢山の車の排気ガスと、
すさまじいクラクションに
少々頭がクラクラしましたが、
賑やかな店を眺めるに、
買い物欲がムクムクとわく私でした。

この店は、
ツェワンさんたちの友人が
経営されている
アンティークショップの店内です。
ものすごい品揃えでした。
1-9アンティークショップ

3日目の午後、
ミラズハウスに近い
寺院「スタクナ・ゴンパ」に
向かいました。

「まずはご近所の寺院に
ご挨拶してから」
と気軽に徒歩で向かったのですが、
これが素晴らしい
ハイキングとなりました。

途中、インダス川を渡ります。
1-10インダス側を渡る

やがて見えてきたのが、
素晴らしいゴンパ(寺院)の姿でした。
1-11スタクナゴンパを望む

またこのゴンパに向かう崖を
登り切ってからの
振り返ってみる景色が最高!
1-12スタクナゴンパからの景色

軽い気持ちで出かけた私を
いきなり参らせてくださいました。

翌日以降も、訪れるゴンパごとに
異なる佇まいに感動です。
これはチェムレゴンパ
1-13チェムレゴンパ

洞窟を掘って作られたという、
タクトクゴンパ。
ここで瞑想した時の感動は、
今でも残っています。
1-14タクトクゴンパ

一つ一つのゴンパ訪問で、
書きたいことは山ほどあれど、
省略させていただきます。

今回、長男のU太(7歳)と
共に旅しました。
学校の枠にはまらない
自由な感性を伸ばしてもらいたいという
願いも込めていました。

ゴンパ訪問では
つまらなさそうにしていたU太でしたが、
さすが自分で遊びを見つけます。

ミラズハウスの近所に、
砂を集めている場所を見つけて、
高低差5mほどもある傾斜を
滑って遊んでおりました。
1-15クレーター砂場

ミラちゃんと共に、
「クレーター」と呼んで
大はしゃぎするU太を見て、
ほっと一息です。
(つづく)