12/22の、理恵へのサプライズプレゼントについて、aimのサイトにてエピソードを紹介したいとのお話を受けました。お申し出に感謝します。

そこで、この機会にまとめた内容を、こちらでもご紹介させていただきます。
長文ですが、途中、素晴らしいジュエリー画像が登場しますので、よろしかったらご一読ください。

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理恵と私が結婚したのは2004年元旦でした。市役所の管理人室を二人で訪れ、結婚届を提出したのみでした。

当時、バツイチの私は改めて結婚式をする気分ではありませんでしたし、結婚資金もありませんでした。理恵もそのことを理解してくれ、結局、結婚式も披露宴も無しにしました。指輪もありませんでした。したことと言えば、写真屋さんでウェディングドレスを着て記念写真を撮ったくらいです。

当時はそれで理恵も納得していたようですが、その後、友人の結婚式に出た時に、「やっぱり一生に一度のことは、その時にしておくものね」とつぶやいていたのを、私は覚えています。

「いつか、何かの節目で何かをできればいいね」と二人でも話していましたが、そのまま時が流れていました。

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そのような中、今年(2013年)の7月29日、理恵が交通事故に遭い、大怪我をしました。事故状況と理恵の状態を見た時、よくぞ生き延びることができたと言えるような様子でした。本当にあの時に死んでいてもおかしくはなかったのです。

理恵は、相手の車がセンターラインを越えてぶつかってきて「100%自分が悪いです」と認めているにも関わらず、「こういう出来事にあったのは、過去に自分が同じ様なことを周りにしていたからに違いない」ととらえ、事故直後に相手ドライバーが近づいてきた時に、まっさきに「ご免なさい」と伝えたそうです。自分自身は車に閉じ込められ、両太ももと両足首が骨折して肺も内蔵も少し損傷し、血がダラダラと流れ続けているにも関わらず・・・

また、これは理恵も私もそうでしたが、事故以来、相手のことを恨んだり、怒ることはありませんでした。生きていること、生かされていることにただ感謝していました。またそのことに気づかせていただいたことに、今でも感謝しています。

事故直後、理恵がこの先どの程度回復するのか見えない中、私はもちろん全快を祈ると同時に、「仮にどのような状態になっても、それを受け入れる」と決心しました。

その後、理恵の手術は成功し、リハビリも順調で、着実に回復していきました。これまでに大勢の方々に支えていただきました。この場を借りまして深くお礼申し上げます。

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そして事故2日後あたりだったかと思います。「この先の暮らしについて、やきもきして過ごすのではなく、もっと前向きに生きていけないものか?」と思案するうちに、「そういえば来年の元旦は結婚10周年記念日だった!」と気づきました。

もし今回の事故で理恵が死んでおれば、その日を共に祝うことなく迎えることになっていました。それが無事迎えることができそうです。そこでその日に何かをすると決めて、しかもそれを理恵にはサプライズとして企画することで、ワクワクしながら過ごせるのではないか、と思いついたのです。

そして、その思いを、私たちを見守って下さる方ともシェアできないかと考え、まずは理恵の妹のめぐちゃんと、数名の友人に声を掛け、結婚10周年にちなんで「10 プロジェクト(略称 10プロ、テンプロ)」なるものを立ち上げました。

願ったことは、理恵とサプライズで祝おうということはもちろんのこと、そういうことを私たちに関わりのある人びとと共に考えることで、誰もがワクワクして生きるきっかけを得てもらいたいということでした。

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こうして始まった、理恵だけには内緒のプロジェクト。次第に仲間が増えていき、あっという間に250名ほどになりました。当初は2014年の元旦にサプライズで結婚式をしようという流れで話し合っていました。そんな中、メンバーの一人である、ひとちゃんが言いました。彼女は「つながる命 福島」の代表で、気心の知れた仲です。

「やっぱり指輪がある方がいいんじゃないの?」
私「そうだね。でもこれまでに私が理恵にプレゼントをして、本当に喜んでもらったことがないからなぁ。贈った指輪がしまわれてしまったら、それも残念だし・・・」

ひとちゃん「ならば、どんなものだったら理恵ちゃんは喜ぶの?」
私「・・・そうだな。例えばaimの指輪だったら、きっと喜ぶと思うよ」
ひとちゃん「だったらそれにしようよ!」
私「ちょっと待ってよ! いったいいくらかかると思ってるの!?」
ひとちゃん「でも、それが理恵ちゃんが一番喜ぶものなんでしょ? だったら迷うことないじゃない!」
私「・・・確かにそうだね。・・・よし分かった! aimの指輪にしよう! そしてaiちゃんに創ってもらおう!」

このように、友に背中を押されるようにして決心したのでした。最初は「エエ〜ッ! そんなお金、どこにあるの?」と思いましたが、よくよく考えると、理恵の事故のことで、大勢の方々からお見舞金をいただいていたのでした。ならばそのお金も加えて購入しよう。そうすることで、皆さんの想いが形になるともいえると、とらえ直しました。

そこで早速aiちゃんに相談しました。aiちゃんは快諾してくれ、石から探し始めてくださるとのことでした。一度腹が決まると、内容も予算も彼女に委ねることにしました。

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こうして始まったサプライズ企画の目玉となるaimの指輪でしたが、難題が一つありました。それは、理恵の指輪のサイズをどのようにして知るか?でした。

「まぁさんがさりげなく指に触れて測ったら?」
「紐をかけてしるしをつけると正確だというよ」
周りは簡単に言いますが、バレずにうまくできるとはとても思えませんでした。

友人を通して、理恵が病室で親しくしている看護婦さんにお願いしましたが、「指に触れる機会が無いから無理!」との返答でした。

そこで、「リハビリのトレーナーさんだったら体に触れる機会が多いだろう」と気づき、同じく友を通してお願いしました。やがて、「うまくいきました〜」との報告を受けました。

これは後になって理恵から聞いたのですが、「そういえば、リハビリの最中に、『今日は何だか体がむくんでいるようだから、いろいろ測ってみましょう』と言われて、最初は足から何カ所かずらして測るうちに、指に輪っかをはめていたことがあったわね。後にも先にも、そういうことはなかったけれど」とのことでした。トレーナーさんの涙ぐましい努力に感謝です!

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理恵に秘密のプロジェクト「10プロ」は、その後の話し合いで、「結婚式や披露宴などのイベントは、もう少し人が集いやすい春頃に開こう。結婚記念日の元旦には、サプライズで指輪をプレゼントするだけにしよう」という流れになりました。

ところがその後、aimより、12月22日に葉山のサロンにて販売イベントがあるとの告知がありました。すると理恵から私に、とても遠慮がちに次のような申し出がありました。
「12月22日、葉山に行ってもいいかなぁ。せめてaimのジュエリーに囲まれてみたいの・・・」
「いいよ。ならば一緒に行こう」と答えたものの、内心「さて、どうしたものか」と思案していました。

彼女は「欲しい」とは口にはしませんでしたが、本当は欲しがっているのは明らかでした。彼女が欲しいものを購入すること自体は構わないのですが、私はサプライズで元旦に渡すジュエリーを、既にaiちゃんにプロデュースを依頼済みです。もし22日に、理恵が気に入るジュエリーが見つかったら・・・」

そこでaiちゃんに相談したところ、依頼したジュエリーは22日に間に合うとの返答をいただきました。これらのやりとりは、妹のめぐちゃんにお願いしていました。ありがとう!

以上のような流れから、次のような展開となってきました。
12月22日 葉山のサロンにて、理恵には最初は他の人と同様、いろいろジュエリーを楽しんでもらう。そしてやおらaiちゃんから「実はこういうのがあってね」と、依頼したジュエリーを出してもらう。その中には私からのメッセージが入っていて、そこで初めて私からのプレゼントだと気づく・・・

この演出を考えてくれたのはaiちゃんです。ありがとうございます。
こうして、私たちにとっての「Xデー」は、2013年12月22日となりました。この日は冬至で、事の始まりには丁度良いタイミングでした。

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ところで、22日を迎える前に、私はある課題に向き合っていました。

ジュエリーに添えるメッセージを書こうとした時のことです。既に結婚10年を経て改めて彼女に気持ちを伝えようとした時に、「私は本当に彼女を愛しているのだろうか?」と自問し始めたのです。

おりしも、理恵の方からも幾つかの問いかけがありました。それは、これまでの私たちの関係や、私たちの暮らしを問うような事柄でした。

私たちは【もりのいえ】と呼ぶ、小さなコミュニティを運営しています。彼女からの問いかけや、私自身の気持ちの整理も含めて、夫婦関係や暮らしぶりについて、これまでにしてきた内容を改めて見直すような話し合いを深いところで行なうこととなりました。

これらの話し合いを経て、ようやくお互いに本音で語れるようになれたと感じています。私は「善き夫」「善きお父さん」「善き人」を演じることなく、素直に理恵と会話できるようになれたと実感しました。これも今回の理恵の事故のおかげと感謝しています。そしてようやく本当に素直に、彼女への気持ちをメッセージカードに記すことができ、aiちゃんにお送りしたのでした。

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さて22日が近づくにつれ、理恵の言動が変わってきました。いつもの通り、とても遠慮がちに、私の顔色をうかがいながら切り出します。
「あのね・・・22日に、もし、もし、私が気に入るジュエリーが見つかったら、買ってもいいかな?」
「いいよ」
「ありがとう!・・・でも、それがダイヤでもいいかな?・・・」
「いいよ。理恵が本当に気に入ったものならば、買ってもいいよ」

当日も車の中で何度か訊ねてきます。
「・・・予算を聞かれると思うのだけれど、幾らまで言ってもいいかな?・・・」
その姿がいじらしいなと感じつつ、「よく分からないから、もし気に入るものが見つかったら、それから考えようか」と、私ははぐらかしていました。

そしていよいよ、その時がやってきました。
事情を知っている仲間も同席しています。シマちゃんも一緒に、時折目配せしながら、その瞬間を待ちました。

aiちゃんはうまく演出してくれました。私は「aiちゃんはどこまで引っ張るかな?」と楽しみつつ、決定的瞬間を映像におさめられたらとも考えていたのですが、ちょうどそのタイミングにaiちゃんのわんちゃんが2匹とも私の膝の上に乗ってきてうたたねを始めたので、事の流れに任せました。

理恵は良さそうなジュエリーが手の平に乗ると、チラチラと私の方を見ていましたが、私は何食わぬ顔をしておりました。やがてaiちゃんが綺麗にラッピングされた小箱を理恵の前に出しました。何が起きたのか分からず、私からのメッセージにも気づかず、ジュエリーを取り出す理恵。そしてジュエリーを手にした時の理恵・・・

またそれを見守って下さった皆さんのご様子も、とても嬉しかったです。ありがとうございます。ちょうど陽が沈むタイミングで夕陽が素晴らしく、思い出のシーンとなりました。

サプライズ指輪-3
(画像は株式会社エンジョイさんから提供いただきました。ありがとうございます。以下同様です)

aiちゃんは、それはそれは素晴らしいジュエリーを揃えてくれていました。ダイヤの指輪とペンダント。どちらも素晴らしい輝きを放っています。ありがとうございます。

サプライズ指輪-1

当初、ぽかんとしていた理恵でしたが、時が経つにつれてはしゃぎだし、二人になってからは相当ハイテンションになっていました。私も、私からのプレゼントで彼女が心から喜んでいる姿を見て、とても満たされました。

夕食時にはこれまでのいきさつを話し、これからの暮らしについても語り合いました。これまでの生き方にとらわれず、自分たちがやりたいことを、等身大で、丁寧に生きていこうと約束しました。

ジュエリーをお願いする過程で、aiちゃんからは次のようなメッセージをいただいていました。
「今回は強い方がいい!新しいステージだし!ということで選び、カットが素晴らしく真っ白でエネルギーが非常に強いものにしました」
まさにそのような存在を選んでいただき、心より感謝しています。

サプライズ指輪-2


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感動のサプライズの旅から帰宅し、日々の暮らしに戻っていますが、あの日をきっかけに新たな一歩が始まった感があります。そして何よりも、理恵と心を通じ合わせながら時を過ごせていることがありがたいです。今回、aimのジュエリーをお願いして本当に良かった。aiちゃん、シマちゃん、そして関わって下さった全ての皆さん、本当にありがとうございました。私たちは自然体で、素直に、そして強く生きていきます。
理恵との二人旅から戻りました。
22日、冬至の夜は、サプライズ・プレゼントの興奮そのままに、夕食時にいろんなことを話し合い、決め事をしました。
それは、「全てを一から創り直す」という生き方です。

【もりのいえ】を一から創る
今の家から引っ越すつもりで片付ける
ウーファーさんやスタッフさんとの関係を一から築く
・・・

いろんなことを、リセットして一から創り上げていきます。
その際に大切にする姿勢は、身の丈に、一つ一つ丁寧に行なうということです。

虚勢をはらず、わざと小さくも見せず、自分たちのサイズで正直に生きようと決めました。

一から創ると言っても、10年前とは大きく違うことがあります。
それは、私たちのことを知ってくれていて見守ってくださる方々が大勢いらっしゃるということです。そう実感できることが何よりもありがたいです。

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一夜明けた大磯の夜明けは、それはそれは見事なものでした。
まさに「dawn(夜明け)」で、私がイメージする色そのものでした。

20131223大磯日の出

その紅い陽を浴びる理恵。
傍には、仲間からいただいた花やメッセージが並びます。
私からは白いユリとバラのセットを部屋にお願いしていました。

20131223朝日を浴びて

冬至明けの朝、まさに新生の一歩を踏み出しました。
この想いを胸に、これから歩んでいきます。
どうぞよろしくお願いします。
本日、理恵へのサプライズ・プレゼントが成就しました!

2004年元旦、市役所に婚姻届けを提出して、結婚式も披露宴もしなかった私たち。
結婚指輪も渡しておりませんでした。

当時は「それでいい」と言っていた理恵でしたが、その後、友人や親戚の結婚式に参加した際に、「やっぱり節目でするものはしておくものね」とつぶやいていたのを覚えていました。

やがて時は経ち、今年の夏に理恵は交通事故に遭い、奇跡的に生き延びました。
生かされたことに感謝して、何か祝いをと考えたところ、来年の元旦が結婚10周年であることに気づきました。

そこで元旦にサプライズで何かをお祝いしようと画策し始めたのですが、事の流れで、本日、理恵にダイヤの指輪とペンダントをプレゼントしました。それらのジュエリーをプロデュースしてくれたのは、aiちゃんです。つまり、aimのダイヤ!
この場に居合わせて下さった皆さんとワンちゃん達、ありがとう! そして、aiちゃん、シマちゃん、ありがとう!

ここに至るまでの話を書き出すと、とても長くなるので、それは後日に書かせていただきます。
ともかく、サプライズでプレゼントされた理恵はポカーンとしておりました。
もちろん、大喜び! その後、二人きりになってからは、かなりハイテンションになっておりました。

そして夕食時には理恵といろいろ話し合いました。今まで秘密にしていた事も話しました。
今日は私たち二人にとってはもちろん、【もりのいえ】にとっても、新たな一歩となりました。

それと、ここで一つご連絡があります。
理恵をサプライズで祝おうと始まった、秘密のグループ「10-project」は、数日前に突如消滅しました。
これは私による操作ではありません。

この一連の出来事については、改めて皆さんに経緯をご説明させていただきます。
まずは、何かと混乱させるようなことをしでかしたことをお詫びします。

今夜は大磯のホテルに理恵と二人で泊まっております。
こんな旅は、子どもが生まれて以来、初めてのことです。
これもまたご褒美と感謝しています。
ホテルにも沢山のお心遣いが届いていました。この場を借りてお礼申し上げます。


また追ってご報告させていただきますが、まずはこれまでずっと見守って下さった皆さん、本当にありがとうございました!

20131222理恵サプライズ
2013.12.20  今後の予定
本日、理恵と共に村上記念病院の婦人科と整形外科を訪問しました。

婦人科では、卵巣の腫瘍について説明を受けました。
今後は県立多治見病院にてご相談することになりました。

整形外科では、当初からお世話になった先生とお話ししました。
今後も時折、その先生の診察も受けますが、主に中津川市民病院に通って怪我の処置とリハビリを受けることになりました。

どちらも東濃地方にあり、これまでよりは自宅に近くなります。
そしてより長丁場になります。
じっくりと腰を据えて向き合っていくことにします。

これまでのご支援、本当にありがとうございます。
12/17、おかげさまで理恵が退院しました。
4ヶ月半の入院生活でした。
これまでのご支援に心から感謝します。
理恵からのお礼のご報告です。

http://www.youtube.com/watch?v=TEX4Xj7wOzI&feature=youtu.be
最近は、家の中の片付けと同時に、ココロの持ち方や過ごし方についても「手放し」を試みています。以下、私が最近に手放したもの、あるいは手放そうとしているものを記します。

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一つ目は、「まとめる」という行為です。

「まとめる」とは、「現状を分析して整理し、この先どのようにしていけば良いのかという判断(段取り)を示していく行為」ということにします。英語では「オーガナイズ」という言葉があてはまるそうです。

私は、「自分は他に抜きん出た能力は無いが,まとめることだけはできる」と思い込んできました。自分自身の生き方はもちろん、【もりのいえ】のあり方や、ビジネスの世界ででも、まとめる能力のおかげで今の自分があると信じてきました。いわゆる「事務局」と呼ばれる業務は、自分にうってつけだと確信してきました。

ところが最近になって、「これは思い過ごしではないか?」と感じ始めたのです。確かにまとめることは得意です。でも私はそれが好きなのか?と自分自身に問いかけた時、「好きでやっている訳ではない」という答えが返ってきました。

要は、この社会を生き抜くために、「まとめる能力」を身につけてきたんですね。生きるための術(すべ)とも言えます。でもそれは、あくまでも術であって、私が心からしたい行為ではなかったと気づきました。

そこで、「まとめる」という行為を手放すことにしました。日常の暮らしで身に沁み付いていますので、完全に手放すことは困難かもしれませんが、必要以上に手を出すことはやめました。

例えば、話し合いの場面で仕切るとか、議長のように「要はこういうことですね」的な発言を控えることにしました。議事録作成からも離れます。できるだけ身軽になって、まずはフワフワと漂うことにします。

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二つ目に手放す決心をしたのは、理恵です。

ここ最近は、内観と同時に理恵といろいろ話し合ってきました。
その中で、これまでにずっと私が勘違いしていた、あることに気づきました。

私は理恵を、自分の思い通りの女性にしようとしていました。

つまり、私好みの人になってもらおうと願っていたのです。
モノの捉え方や言動について、私の考え方に同意し、同じ向きに歩んで、ついてきてもらおうとしていました。

それは結果的に理恵を束縛していました。同時に、願いとは異なる現状にイライラしていました。にも関わらず、「妻の好きにさせている理解ある夫」を演じ続け、結果的にストレスをためていました。それを察して、理恵も私から距離を置いているようでした。

このことが、私たちの身に起きる様々な現象に関わっていたと思います。例えば今回の事故もその一つでしょう。

そこで、これからは理恵を手放すことにしました。これは「別れる」という意味ではありません。私の中で彼女を束縛している箍(たが)を外したのです。まずは気持ちの上でそのようにしました。言動とその結果についてはこれからだと思います。

★★★
三つ目の手放しは、インターネットです。

ネットは今や生活の要の一つです。実際にネットが無ければ、今の【もりのいえ】の生活スタイルはあり得なかったでしょう。ネットを通して日々の暮らしが伝わり、関心を持って下さる方が訪れてくださったり、買い物をしてくださることで、私たちの暮らしが成り立っています。

ところが、気がつくと私はネットにかなり依存しておりました。特にFacebookはのめり込みやすく、気づけば何人ものページを巡ったり、自分の記事への「いいね」の数に一喜一憂しておりました。

その自分自身の姿は、まるでテレビの前に座り込んでいる人と変わりはありませんでした。「この作業(行為)は必要」という意識がどこかにあって、延々とパソコンに向かっておりました。

もちろんネットの利便性は認めていますし、現実に恩恵を得ています。ネットがなければ、今のように大勢の人びととつながることはできませんでした。でも、私が今生きる上で、本当に必要なものが他にあるのではないかと感じ始めました。

今年の夏前にインド・ラダックに三週間の旅をした際は、ネットも携帯も使わずに過ごしました。それはとても快適な日々でした。何よりも心が穏やかで、自然とゆるんでいくのを感じました。当たり前ですが、ネットが無くとも私は生きておりました。あの時の過ごし方を、今の暮らしに生かせないものだろうか?

そこで、まずはFacebookを開く時間帯を制限しました。夜間と早朝のみFacebookを開き、情報発信ややりとりをすることにしました。これだけで、日中の動きが変わりました。しょっちゅう画面をチェックする行為がかなり減りました。私は相当「チェック症候群」になっていたようです。

この先どうするかはこれからですが、パソコンに向かう時間を全体的に制限しようかと考えています。「そんなことをすると、やるべき作業が前に進まない」と感じているのは、実は私だけなのかもしれません。ともかく、ネットとの関係の持ち方を見直す上で、気持ちとしては「インターネットを手放す」ことを試みてみます。

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四つ目に手放そうとしているのは、【もりのいえ】です。

理恵と私が出逢い、将来を語り合う中で2004年に生まれたのが【もりのいえ】です。

【もりのいえ】は、私たち家族が暮らす“家”であり、人びとが訪れてくださるお店や宿所やイベント会場といった“場”でもあります。そして、私たちのライフスタイルそのものでもあります。

つまり、【もりのいえ】は私たちにとって生き方のよりどころでありました。

そしておかげさまで、今や別の場所を訪れても、「【もりのいえ】さんですね?」と声を掛けていただくようになりました。私自身、名前を名乗らずに「【もりのいえ】です」と自己紹介する時もあります。

このように【もりのいえ】は多くの実績を積み重ね、多くの恩恵を得てきたのですが、実はそこに落とし穴があるのではないかと感じ始めています。

まだうまく表現できませんが、「【もりのいえ】はあくまでも看板であって、私自身ではない」という感覚です。

例えば自己紹介の時に「○○会社の△△です」という表現が当たり前のようになされています。私もビジネス社会にいた際はそのようにしていましたし、今も「【もりのいえ】のまぁさんです」と言っています。

その時、相手に自分の所属と合わせて伝えることで、より具体的なイメージを持ってもらおうとする意図があるのですが、その行為を続けるうちに、その所属に依存していって、自分を見失ってしまうのではないかと感じ始めたのです。

【もりのいえ】をやめると言っているのではありません。ただ、当たり前のように過ごしていて、知らず知らずのうちに身近な周りの存在に依存している自分自身にまず気づき、それらを意識の上で手放そうとしています。

★★★

上に挙げたものに共通しているのは、『これは手放せない』と思い込んでいただけでなく、むしろ生きていく上で、よりどころにしていた事柄です。

これらの手放しの結果、どのような変化が起きるかはまだ分かりません。ただ、もっと身軽に、もっと自然体に、もっと素直に生きようとし始めたことは確かです。

ともかく今の心情を記しておくという目的で、上の文章を書いてみました。
最近、理恵と話をしていて、自分で「なるほどなぁ」と感じたことがあったので、記しておきます。

私はこれまでにブログやFacebookでいろいろアップをしてきましたが、そのほとんどは、自分自身の記録のために書いています。自分の記憶力の無さを十分に認識していますので、我が人生のアーカイブを残すつもりで記しているのです。

そもそもブログの「ログ」は「記録」という意味ですし、ブログのタイトルも「山暮らし日記」です。

ですから、私は日記をつけているつもりで書いていますし、たまたまそれが誰からも見られるようにしているというのが、基本的な姿勢です。

ただし、そうでもない時もあります。例えばイベントの告知や【もりのいえ】商品の紹介など。あるいは「これは知ってもらいたい!」という時は、その姿勢で書きます。

「日記」として、つまり自分自身のために書いているのは、全体の7割〜8割程度だと、自分ではそのように捉えています。例えば今回のように「記しておく」と書いている時は、そういうパターンです。

ところが、現実にその内容は外に出ていますので、読む人にとって受けとめ方は様々です。

私の場合、特に多いのは、「この人は自己顕示している」という受けとめ方です。同時に「認めてもらいたいのね」という指摘です。

確かにそのように意識している時もありますが、周りから指摘を受ける場合は、たいてい無意識でしていることが多いです。

ここからの思考は長くなるので省略して、今の私はこのように捉えています。

「意識的であろうと、無意識でとった言動であろうと、結果的に『自己顕示だ』と受けとめられたのであれば、その思いや欲は現実に私の内に存在する」

自己顕示があることの善し悪しの話は飛ばして、今の私はできるだけ「普通のオヤジ」であろうと意識していまして、「そのような自己顕示の芽は省こう」と決めました。隠そうとするのではなく、芽を取り除くという意味です。

そのような目で眺めると、私の過去のブログは自己顕示だらけです。それをいちいち振り返って削除していく気もないので、ともかく今記している文章にそのような気配がないかどうか確認しながら書いています。

自分が記してオープンになったものの自己認識と、影響についての思慮の必要性を、今更ながら感じています。

昨日、地区のPTA会合に参加しました。
雪が積もった場合は、家の前だけでなく、通学路の雪かきを親がすることになっていたそうです。
皆さん、長年に渡ってしてくれていたのですね。
そういうことを今まで知りませんでした。

ところで、私たちの地区は子どもが激減していて、特に3年後からはわずか数軒しか残りません。うちはFUKUが中学卒業するまでPTAに関わりますので、あと12年間は地域の雪かきをすることになりそうです。

そこでお願いがあります。
もし、どこかで除雪機(8馬力以上のもの)の出物がありましたら、教えてもらえないでしょうか?
もちろん、譲っていただけるのであればとても嬉しいですが・・・

この先12年間のことに関わりますので、今すぐではなくても、何かの折りに思い出してもらえれば嬉しいです。
情報提供をお待ちしています。よろしくお願いします。
お知らせします。
今月17日に理恵が退院することが正式に決まりました。
これまで大勢の方々に支えてくださり、ありがとうございました!
最近の我が家では、子ども達によるモノの散らかり方がものすごいです。
一日に何度も片付けと掃除をするのですが、あっと言う間に部屋がいろんなモノで溢れます。

「万物は拡散する」
そんな格言を思いつきそうなくらいの勢いです。

子ども達が散らかす一方で、片付けをしない訳ではありません。
最近は特にU太が率先して、弟妹を叱咤激励しながら、割とテキパキと片付けをしてくれるようにもなりました。
それでも片付いた状態が長続きしないのは何故か?

これは仕組みに課題があるのだろうと睨みました。
そこで改めて子ども達のおもちゃや衣類を片付けるべき場所を眺めます。

20131206-1.jpg

元々この家にあった古いタンスや、カラーボックスなどで、収納スペースはあるものの、まとまりがありません。
生かし切れていないスペースもあります。

そこで一発奮起して、新たに本棚を揃えることにしました。
想定したのは、壁一面の本棚です。

早速ホームセンターを数軒覗きましたが、少し安っぽいです。サイズも中途半端だし。

こんな時、今まででしたらカラーボックスを組み合わせて収納スペースを作ったものですが、今回はそういうのではなく、子ども達が長く使えるものにしたいと考えました。

ところが、地域の業者さんにオーダーの見積もりをお願いしたところ、財布の中身と合いませんでした。

そんな中、ネットであれこれ検索するうちに、あるお店に辿り着きました。
その名も「本棚屋」さん。(http://www.hondanaya.com/

オーダーで本棚を作ってくれる業者さんで、見積もりはその場ででき、本棚づくりへの思いも伝わりました。
お値段は、当初の予算よりは少し割高でしたが、最初の見積もり額よりは低かったので、思い切りました。

壁一面を三分割して収まるであろうサイズを注文し、待つことしばし。
やがてそれらが到着しました。これで本棚一つ分の分量です。

20131206-2.jpg

しっかりとした棚材、丁寧な下加工と梱包に感心しました。
そして組み立て方もカンタン!

すぐに三つの本棚が組み上がり、壁にピッタリと収まりました。
本当にピッタリだったので、驚きました。

20131206-3.jpg

これからは子ども達と一緒に、収納の仕方を考えていきます。
「片付ける、その気になる収納」って大切ですね。

★★★
ところで、今回送られてきた部材に混じって、一つの文章が入っていました。
実は最初にそれを読んで、ぐっときたので、ここに転載させていただきます。

本棚屋-1
本棚屋-2
本棚屋-3

4年前、大変な思いをしながら今のご商売を始められたとのこと。
そういえば私たちも4年前は経済的にどん底でした。

ネットショップを開いても注文は来ず、
宿泊所の許可を苦労して取得しても、丸一ヶ月間、宿泊の予約が入りませんでした。

「家族や、ウーファーさんなど集ってくれる人びとはみんな素敵で、やりたいこともしている。ただ無いのはお金だけ。お金さえあればなぁ。私が死ねば保険金が入って、家族はひと息つけるだろうに・・・」

そんなことをふと考えてしまうほど、毎日がきつかったです。

起死回生を狙って、クリスマス向けに理恵のお菓子セットを発表しましたが、注文はポツポツ。
「無事に年を越せるのか?」と、胃がキリキリする日が続きましたが、マクロビ系ブログでは有名な理恵の友人が、「ここのお菓子は美味しいよ〜!」と書いて下さったおかげで、その翌日から注文が殺到しました。

年末までかかってクリスマス用のお菓子をお届けし(我慢して待ってくださった皆さん、本当にありがとうございます!)、たまっていた支払いを済ませて、残ったお金は200円弱でした。

それでも、「借金せずに年を越せた〜」と、心の底からため息が出たのを覚えています。

あれから4年。本棚屋さんと同様、私たちも家族が食っていけるようにはなりました。
同じ様な境遇に、とても共感を覚えます。

★★★
「そういえば、4年前のいつに、最初の宿泊客が来てくれたのだっけ?」と、トイレに残されたメッセージを見てビックリ!
7/29は、理恵が今回、事故に遭った日です。

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このメッセージを残してくださった山川あずささんは、こちらでの宿泊体験を、スポーツ新聞でご自身がお持ちのコラムスペースで、数回に分けて綴ってくださいましたっけ。ありがとうございます。

たった4年間。されどとても長く、濃かった4年間。
本当にいろんなことがありました。
私自身も、【もりのいえ】も、まだまだできていないことだらけですが、ただ一つ言えるのは、家族や友人知人、大勢の周りの方々に支えていただいたおかげで今があるということです。

どうやったら死ねるかなどと考えていた4年前の私が、今は日々生かされていることに感謝して暮らすことができています。

生きておればこそだなぁ〜

今回の理恵の事故の時にも思いましたが、改めて感じます。
生きていること、生かされていることが、ただただありがたいです。

今回出会えた本棚屋さんも、きっと同じ思いでおられることと想像します。

そんな初心を思い出し、共感できる業者さんに出会うことができました。
ありがとうございます。
これからは、この本棚を眺める度に、そのように思い返すことができるのが嬉しいです。
以前よりご案内しています、「目のリフレッシュ合宿」
12月コースは、6日(金)夕方から始まり、8日までの3日間で行ないます。
今からでも間に合うので、どうぞ気軽に問い合わせてくださいね。

詳しくはこちらをご覧ください。

http://maasan.blog19.fc2.com/blog-entry-2594.html

また、11月コースのレポートについては、こちらをご覧ください。

http://maasan.blog19.fc2.com/blog-entry-2660.html

★★★
ところで、来年の1月コースにつきまして、一部変更があります。
日程は当初のご案内通り、1月3(金)夕方〜5日までなのですが、中日の4日、地域の行事「左義長」と重なることになりました。

それでも、左義長を一緒に過ごすことで裸眼体験を深められたらと考えていたのですが、確認したところ、地元民以外の参加は遠慮してもらいたいとのことでした。

そこで、私と子ども達がこの行事に参加している間は、「自習」をしてもらうことにしました。
もちろん、その時までに、自習していただく内容をお伝えします。

ただし、現実に参加される方々と向かい合う時間が短くなりますので、1月コースに限り、参加費を割り引かせていただくことにしました。

結局、参加費は以下のようになります。(宿泊・食事代を含みます)
大人25,000円 → 20,000円に
小学生20,000円 → 15,000円に

これは、プログラム代がほとんどかからないのと同じです。
それでも全体を通しての内容は濃いものにするつもりですので、つまり、超お買い得!

ということで、ご参加をお待ちしています!
今年最後のファイヤー!を仕込みました。
今回のファイヤー!は、今年作ってきたものとは基本的な考え方が異なります。

今年大量に作り、販売してきたファイヤー!は、「美味くて辛い」をモットーに作ってきました。
その味は、昨年までのものに比べると、辛さはややゆるくなったものの、旨味がより深まったことで、「このファイヤー!だったら私でもいける!」と、幅広い人気をいただいてきました。ありがとうございます!

ところが今回のファイヤー!は違います。
何が違うかというと、「残っていた香辛料を全て使い切る」というコンセプトのもとに仕込んだのです。
結果的に、辛唐辛子「あじめこしょう」も、インド産唐辛子も、ハバネロ酒も、黒胡椒も、全て通常のほぼ2倍の分量を使用することとなりました。

もう仕込んでいる最中から、今までのものとは異なります。
いつもならば、火をかけると辛みが上がってきますが、今回はナマの状態から周りの空気が辛い!
慣れているはずの私でさえ、鼻がグズグズでした。

そして仕上がりの色も違う!
いつもは鮮やかな朱色の油ですが、今回は熟した赤ワインのようです。
見るからに辛そう〜。

ファイヤー!ヘブン瓶

そこで、早速食べ比べをしてみました。
今夜はおでんでしたので、カラシ代わりにつけてみます。

まずはいつものファイヤー!から。
確かに辛いけれど、やっぱり美味い!

お次は今日のファイヤー!です。
こ・こ・こいつは、凄い! いやぁ〜、実に辛い!!!
しかも辛さが続きます。
まるで、彗星のように尾が引く辛さ!

これは大変なものを創ってしまいました。
そこでネーミングです。
仕込んでいる最中から、この名が浮かびました。

「ファイヤー! ヘブン」です!

ファイヤー!ヘブン表

この「ファイヤー! ヘブン」、1瓶1,500円、限定35瓶(お一人2瓶まで)とさせていただきます。
当初は販売用は20本にして、残りを自家用にする予定でしたが、たまたま自家用の瓶の数が少なかったため、販売用を増やしました。

「ファイヤー! ヘブン」
本当に辛いものがお好きな方だけ、手を出して下さい。
そうではない人は、遊び半分で手を出さないように!
そして、どなたも最初は「耳かき一杯」程度からお試しください。

マジ、辛いです!

お求めは、こちらからどうぞ!

http://morinoie.shop-pro.jp/?pid=67568673

通常ファイヤー!はこちらからお願いしますね!
残り100本を切りました〜!

http://morinoie.shop-pro.jp/?pid=62375562

《追記》
ついでにご案内します。
黒にんにくペーストも、あと数十本です。

http://morinoie.shop-pro.jp/?pid=65378121

それから、「お六櫛」は、残り5本となりました。
その5本も、お問い合わせをいただいている数名の方から順にご案内させていただきます。

多くのご縁をいただき、ありがとうございます!
本日、地域のお葬式に会計として加わり、参列しました。
享年98歳の大往生とあって、見送る人びとも気持ち良くお見送りされているように感じました。

私はこれまでに数々のお葬式に参列してきましたが、その度に、いつも思い出すことがあります。
昔話ですが、ここに記させていただきます。

★★★
私がかつてある活動を通して知り合った人がいます。
ここではAさんとさせていただきます。

Aさんは、広島県尾道市で、海洋活動に関わる若者を育成する学校を運営していました。

ある時、彼は学校の活動の一環として、グァムへの海洋レースに参加することにしました。

彼がそのレースに向かう直前に、私は彼と会いました。
別れ際、彼は冗談まじりで言いました。
「私が死んだら、線香の一本でもあげてください」

結果は彼の言う通りになりました。
彼が乗った船「マリンマリン号」は、嵐に遭遇して転覆したのです。
彼だけでなく、彼の学校の職員と生徒さんも数名亡くなりました。

私は当時、あるスポーツ団体の事務局長をしていて、彼の学校で指導をしたこともありました。
わずか数日間のご縁でしたが、教え子達が若くして亡くなりました。

事故はニュースでも大きく取り上げられ、その責任を問うやりとりが行なわれていました。

私は、そんなことよりも、直前まで会っていた彼と、以前指導したことがある若者達が、こんなにもあっけなくこの世を去ってしまったことに、呆然としていました。

「人は生まれ、いずれ死ぬ」

この出来事は、その後の私の死生観に大きな影響を及ぼしました。

その後も、親しい人が亡くなる場面に何度か遭遇しました。
それらの体験も含めて、今はこのように感じています。

私は、肉体という衣を着て、この世を選んで生きている。
この機会を得難いものとして、今を精一杯生きよう。
そして、いずれは衣を脱ぐように死ぬときがやってくる。
生き物は生まれ、やがて死ぬ。
ただそれだけのことである。
朝から晩まで、今日もいろいろありました。

朝6時に家を出発!
目指したのは名古屋駅前!
aiちゃんの講演会に参加するためです。

道が混んだり、私が道中眠くなるのを想定して、早くに出発したのですが、
思いの外、順調に移動でき、8時には会場に到着してしまいました。

講演会の受付開始は10時半です。
ですから、それまでの間に休息できるわいと考えて、公園を見つけて停車したのですが、ここで子ども達の本領発揮!
「お父さん、シーソーやろう!」「鬼ごっこしよう!」の声に押されて、結局ずっと遊んでおりました。

もうこちらは眠くてフラフラだったので、一日を振り返って、この時間帯が一番辛かったです。

その後、KAN太とFUKUを託児に預けて、講演会に参加。
参加者はクリスマスにちなんだ格好をするようにとのことでしたので、それらしき格好で入場しました。
そこで理恵と合流。

りえとサンタ

講演会の内容は話さない方が良いでしょうが、私が一番受けたネタだけご紹介します。
「例えば、ワンピースを読んで気分が盛り上がるんだったら、それでいいのよ」というくだりに、一人で受けておりました。

マンガ「ワンピース」には思い入れがあります。

かつて八ヶ岳で一人暮らしをしていた頃、確か30巻ほど揃えておりました。
その後、理恵と暮らしを共にすることになった時、「これは処分してね」と言われ、泣く泣く近所の家族に差しあげたのです。(その時、差しあげた親子は驚喜しておりました)

そして、今回の理恵の事故の後、何だか急に再び全巻揃えたくなったのですが、それとなく理恵に話題を振ったところ、やはり却下!

やむなく諦めていたら、近所の牛飼いなっちゃんが「私、全巻持ってますよ。貸しましょうか?」と声を掛けてくれ、この秋から十巻ずつ貸してもらっては、夜な夜な読み直して、一人盛り上がっておったのです。

正直言って、理恵の事故以来、とても忙しい時を過ごしているのですが、それはそれ。時間と我を忘れて読みふける夜もありました。

そんな最近の私でしたので、aiちゃんから冒頭の話が出た時に、「そうそう!」と一人大きく頷いておったのです。
要は、自分がワクワクできるアイテムを沢山持っておればよいのだと思います。

★★★
さて、講演会を終えて、速攻帰宅!
同じ班で亡くなったおばあさんのお通夜の、会計の役が待っておりました。
ギリギリセーフで送迎バスに間に合い、会計の作業部屋へ。

するとそこはハイテクルームとなっておりました。
お香典をカメラで読み取り、データ化する装置があって、私はそこから個人名を拾って打ち込むだけ!
お通夜の儀式が終わるのと同時に、会計の作業も終了しました。
いやはや、世の中便利になっております。

通夜の会計

その後、通夜振舞いでしっかりと飲み食いさせていただき、上機嫌で帰宅しました。
いやぁ、一日が長かった〜。

そして明日はお葬式があります。
今回お亡くなりになったおばあちゃんは、大正一ケタ生まれの享年98歳。
最後まで施設に入る事無く、ご自宅で過ごされたとか。
まさに大往生!

おばあちゃんに比べれば、私なんぞひよっこですね。
でも、あと45年生きろと言われたら、「もう腹一杯です」と答えてしまいそう。

ともかく、ご冥福をお祈りします。

さて、明日もあることだし、もう寝てもいいのだけれど、実は新たにワンピースがどっさりと届いているのですよ。
ああ、何とも嬉しい悪魔のささやきが・・・