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昨夜、郡上踊りを見てきました。
昨年も一度行きましたが、その時は「雰囲気を感じに行った。」という程度です。
でも今回は違いました。
「郡上節を学びに行く。」という姿勢がより強くなっています。

加えて、「踊りをきちんと見てみたい。」という気持ちもありました。
というのも、この日は「おどりコンテスト」の日でして、
踊り自慢の人々が集うことでしょうから、映像に残しておきたいと考えたのです。

さて早目に会場に着くと、祭りを始めるにあたっての儀式が行われていました。
昔はこういうのをうっとうしく感じたものですが、
最近は歳をとったか、大切さをひしと感じます。
儀式

夕食を済ませて会場に戻ると、櫓には既に保存会の人々が登っていました。
先日の練習会で指導してくれたGさんの姿もありました。
思えば一年前、郡上を訪れ、「唄い手をやりたい。櫓に登りたい。」
と宣言したのでしたねぇ。
櫓

そして今や加子母では、未熟なうちに、
早々に櫓の上で唄わせていただいており、時の流れを感じます。
一昨日は小郷地区の「なめくじ祭り」で唄いました。
踊り手が多く、中には知人もいたこともあり、
「やはり踊り手がいてこその祭りだなぁ。」と感じ入っておりました。

昨夜は夜8時からコンテストが始まりました。
ゼッケンを下げ、子供・一般・シニアの部に分かれて競います。
演目は『かわさき』。
やはりこの曲が郡上節の一番手なのでしょうね。
みなさん楽しげに踊りながらも、真剣さが見え隠れします。
コンテスト

私は撮影をしながら身体の動きを覚えようとしますが、どうも駄目です。
やはり私は踊りの方は向かないようです。
改めて「櫓で唄おう!」という気を強く持ちました。

今回特に感心したのが歌い手の一番手と、三番手のGさんです。
それぞれ独特の「世界観」を持っておられるように感じました。
ただ唄い方だけの問題ではないですね。
艶といい、張りといい、節回しといい、生き様を感じます。
私もそういう世界観を持てるようになりたいものです。

ところで、『守破離(しゅはり)』という言葉をご存知ですか?
以前このブログで書いたことがあったように思うのですが、
見つからないので改めて説明します。
これはこのサイトからの転載です。

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伝統を受け継ぐ者にとって忘れてはならない、特に武道にとっての教えが「守破離」である。「守」とは、師や各流派の教えを忠実に守り、それからはずれることのないように精進して身につけよ、という意味である。「破」とは、今まで学んで身につけた教えから一歩進めて他流の教え、技を取り入れることを心がけ、師から教えられたものにこだわらず、さらに心と技を発展させよ、という意味である。「離」とは、破からさらに修行して、守にとらわれず破も意識せず、新しい世界を拓き、独自のものを生みだせ、という意味である。
「守破離」は単に武道の世界だけの教えではない。学問も経営も技術も、すべてにあてはまる。師に教えられて師に止まっていては発展はない。古武道に出発して古武道の中で止まっていたのでは、後継者としての存在価値はない。師をしのぎ、伝統を越え、親を超越して、より高い次元に発展成長してこそ文明の進歩がある。「守破離」とはその意味の言葉である。
[参照]活人剣抜刀道、叢文社
・・・・・・・・・・

最近、特にこの『守破離(しゅはり)』の思想の大切さを感じます。
これでいくと、私の笛はようやく『守』に入ったという段階だと思います。
念仏講も同じかな。
そして民謡の唄いに関しては、まだ『守』の入り口にも立っていないというレベルです。
だって、民謡ってものすごくレベルが高くて奥が深いのだもの。

一年前に「民謡の世界に入る。」と決心して以来、ずっと迷走してきたのが現実です。
一旦、郡上保存会の練習会で目指す人が現れたものの、
「加子母のやり方は郡上とは違う。」と先輩に諭され、
「では何を目指せばいいのだ!」と迷える子羊状態になっておりました。

それがここにきて、新たな道が見えてきました。
そのきっかけは、民謡のCDです。
ともかくいろいろ手に入れてみて、聴いているうちに、
その魅力を感じるようになってきました。

特にピンッときたのが『江差追分』です。
これはとにかくすごい!これこそが民謡か!
そう言えば郡上踊り保存会の唄い手さんが、
「江差追分に比べたら、郡上節なんて・・・」とおっしゃっていました。

確かに郡上節は、未熟な私が言うのもなんですが、
民謡の素養がなくても、それなりに唄っているように聞こえる面があります。
でも江差追分はそういう訳にはいきません。

一体何が違うのか?特に演歌とはどう違うのか?
私なりに思うに、
「身体を楽器として捉えた時の、音の鳴らし方が違う」様に感じます。
腹からの空気の送り出しかたと、その空気の喉への当て方や口の形が違うのです。
つまり発声方法そのものが違うように感じます。

その違いをどう表現するか?今は全く思ったようにはできませんが、
ともかく「江差追分を唄えるようになる」ことを目標に据え、
発声方法を一から作るところから始めることにしました。

でも今年はとても中途半端な状態のままで唄っております。
踊ってくださる皆さん、どうかご容赦ください。
そしてとお~い将来に、それなりに唄えるようになれるまで、
見守ってくだされば嬉しいです。
そんなこんなを感じ取った、今回の郡上行きでありました。
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