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数日前に「資源センター」を見学しましたが、
実はその日、隣の「環境センター」も見学させていただきました。
まずはその話題を軽くご紹介。

環境センターは、いわゆる「燃えるごみ」「不燃ごみ」「粗大ごみ」
を集めて処理をするところです。
私たちの暮らしに直結している場ですよね。
これは施設の床に貼ってあったシールを撮影したものです。
結構広い敷地に大きな建物が立っています。
1環境センター全景

さて中に入ると、いきなりコントロールセンターが見えました。
各設備の状況を数名の職員がモニター監視しています。
でもこの仕事、ずっと続けるのは辛いだろうなぁ。
「何も起きないことが良い仕事」ですからね。
私だったら、つい手元で内職を始めてしまいそうです。
2コントロールセンター

ゴミ収集車が集まってくるスペースです。
この時はガランとしていました。
3ゴミ収集場

そして収集車が集めたごみを貯める槽です。
25mプール10杯分の容積です。
ここではないけれど、収集車がこんなスペースに落ちたことがあったとか。
さぞかし運転手もびっくらこいたでしょうね。
5底

そのプールの上でひっきりなしに動いていたのが、巨大なクレーン!
こいつが何度もごみの山をひっくり返して、
ごみ袋を破り、かき混ぜていました。
そして混ざったごみを隣の槽に移していました。
4クレーン

その作業は自動でもできますが、私が見た時は、
コントロール室でバックホー(ユンボ、パワーショベル)
を動かすように一人が操作していました。
いわば、巨大なUFOキャッチャーです。

別の部屋では溶融炉があり、ここでごみを溶かします。
でも外から見た景色はあまり絵になりません。
6溶融炉

これは、「燃えるごみ」に混ざっていた爆発物で欠けた歯です。
ライターや揮発性の缶なんかでこうなるのでしょうかね?
こういう姿を見ると、やはりごみはきちんと分別すべきだなぁとつくづく思います。
7欠けた刃

面白かったのは、ここにはごみを処理した時の廃熱を利用した「風呂」があり、
広く市民に開放されていることです。
(でもほとんど知られていないと思います。)

月曜日が休館で、11時から16時まで、何と!無料で入れます。
こちらのサイトの「啓発施設の催し物案内」を見ると、
「館内利用者に限り入浴可」と書かれていますが、
確かに館の入り口に入館者記載帳があり、
そこに住所氏名を書けば「館内利用者」になるのです。
何とも不思議な施設です。


さて前振りは終わって、今日は「私と環境」というテーマで考えてみます。
まるで中学校か高校の作文みたいですね。

私は今でこそ「エコ」だの「スローライフ」だの、
はたまた「ロハス」などという暮らしをしているように
皆さんの目に映っているかもしれませんが、
実はそういう視点で暮らし始めたのはつい最近のことです。
かつては都会に住む、フツーの消費とごみ出しをする人間でした。
いやむしろ不真面目な方だったと思います。

1995年に阪神・淡路大震災を見て、
「もうモノの時代ではない。これからはココロとコトの時代だ!」と直感し、
東京暮らしを捨てて八ヶ岳に移り住んだのは1996年の秋のことです。

それは、それまでの私の人生で最大の決断でした。
でも、実際に移り住んだ後の暮らしは、
いわば「都会の人が憧れるセカンドライフ」的なものでした。

林の中に建てたログハウスの前で薪割りをし、
輸入ものの薪ストーブの前でアルコールを飲みながら悦に入り、
敷地内に建てた陶芸工房にやって来たお客さんに、
庭のハーブをちぎって煎じては振る舞い、雑談する・・・
といった日々でした。

それはそれでオシャレで楽しい暮らしを満喫していたのですが、
ではそれが「ナチュラルライフか?」と言えば、
今から思うにそうでもなかったですね。
食生活、消費行動、生活のリズム、農、自然や環境との関わり・・・
どれを取っても、都会暮らしの延長で物事を捉えていたように思います。

そんな姿勢が変わったのは、「仙人修行」を始めてからです。
「仙人修行」と言っても、滝に打たれて霞を食うようなものではありません。
自他ともに「仙人」と呼ぶ人が、
自ら山で採ってきた食材を使って振舞う飲食店「仙人小屋」。
その仙人の弟子にしていただき、1年間一緒に過ごさせていただいたのです。
そのくだりは、こちらにある私の過去のHPでも紹介しています。

この修行とは、毎朝山に入ることから始まります。
そして春は山野草、夏から秋はキノコを採るのです。冬は鹿を追いました。
そんな時、山中で実に多くの「ごみ」と出会いました。

「何でこんな山中にこんなごみが落ちているんだ?」
最初はとても驚きました。
だって山深く、ものすごい傾斜の地にバイクが捨ててあったりするんですからね。
後で気づいたのですが、これらのごみは山のもっと上から投げ捨てられ、
それが転がってきたのでしょう。

それにしても、朽ちたバイクの脇でタマゴタケを採り、
錆びた洗濯機の脇で可憐に葉を広げるニリンソウを刈り取るのは、
何ともやるせない気持ちになりました。
「人がこげなことをしていたら、いかんぜよ!」
いったい何弁か分かりませんが、次第にそんな心境が植えつけられていきました。

やがて修行期間が終わり、2003年の秋、八ヶ岳を去る時が来ました。
そしてその修行の間に思いがけずかみさんと出会い、
一緒に新天地に向かうことになりました。
最初に向かった場所は、兵庫県の丹波地方・篠山市です。

でも何の縁もない土地で、財産はまるで無く、
どうやって生きていくのかも決めかねていました。
「林業でもやるか?」
「そんなので食べていけるの?だいたい体力があるの?」
「無い!」

かみさんもよくぞこんな男についてきたものです。
しかも篠山では望む土地に出会うこともなく、
そうこうするうちに加子母と出会い、
いずれはそちらに再び移動することになりました。
篠山よりも田舎で、本当にどうやって食っていくのか?
ますます課題は難問になっていくばかりです。

そんなある日、たまたま観ていたNHK「クローズアップ現代」で、
興味を引く話題が紹介されていました。
(その当時はまだテレビがあったのですよ。)

それは「CSR」の視点がこれからの企業にとって必要であるというものでした。
CSRは、「企業の社会的責任」と訳されます。
簡単に書くと、「企業と何らかの利害関係を持つ、
顧客、株主、従業員、取引先、地域住民、求職者、投資家、金融機関、
政府などとの関係を重視し、企業活動をしていきましょう。」というものです。

この番組を観た瞬間、「これだ!」と感じました。
そして「私はCSRのコンサルタントになりたい!」とイメージしました。
今から考えれば恐ろしい発想の飛躍ですが、当時は真剣だったのです。

そして何から手を出すか?
「よし、環境だ。環境についてモノ言える人間になろう!」
そう焦点を定めた私は、
やおらISO14001(環境マネジメントシステム)審査員になる勉強を始めました。
それが2005年の新春、加子母に移る直前でした。
そしてその時期に、かみさんが妊娠していることが判りました。

その時から本格的に環境の勉強を始めたのですから、
まだたかだか4年目なんですよね。
「コンサルティングで食っていこう。」と決めたのも、
加子母と出会ってからですから、いやはや、綱渡りの人生です。
そして何とか審査員資格を取得し、2005年の5月に越してきました。

それからの暮らしはこのブログで書いてきた通りですが、
思っていることと、やれていることのギャップは大きいままです。
それでも毎年少しずつでも前に進めてはいるのかなと感じます。

パーマカルチャーの発想で、雨水を貯めてトイレや水やりに利用し、
洗剤や石けんを極力使わない暮らしを心がけ、
烏骨鶏やミミズコンポストで生ゴミを処理し、
地域で出た端材で薪ストーブや風呂を沸かし、
田中優さんの講演会開催に向けて働きかけ、
この夏には天ぷら油で車を走らせることができるようになりました。
この秋には地域で「循環型地域づくり研究会」なるものを立ち上げ、
事務局を務めさせていただくことになりました。

そして、今では「食と環境をライフワークにする!」
と宣言できるようにまではなりました。
私なりのスローペースですが、
よくぞこの心境にまで来られたものだと思います。

来年以降は、いろんな意味で私たちの正念場だと捉えています。
そんな中、環境について真正面から取り組んでいこうと心しています。
これからもその姿をこのブログで綴っていければありがたいです。

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