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昨日、地区の春祭りが無事終了しました。
そして、我が家ではまぁ見事に怒濤の日々が続いております。
ウーファーや友人たちが大勢訪れてくれて、
ピーク時には15名で寝泊まりしておりました。
食事風景はまさに大家族!
P5030015.jpg

この数日間、実に様々な出来事がありました。
その内容を逐一書いていきたいところですが、
そうすると私は丸一日ブログを書いて過ごすことになり、
まるで「ブログ作家」になってしまいそうなので、
さすがにそういうことはできません。

ですから、これから数日かけて、
ぼちぼちと書いていこうかと考えてもいますが、
でもその間にきっと新しいネタが登場するんでしょうね。

春祭りでは、初めての経験ばかりの上に、
幾つもの「役」が重なり、大わらわでありました。
詳しくは後日の報告として、ともかく無事に終わって良かった、良かった。

そして、ウーファー達のパワーには驚かされています。
彼らは実に多くのことを残してくれました。
「ここがこうなればいいなぁ。」
「早くこの作業をしておかねば。」
そんな作業が次々に片付いています。

私はただ指示をしたり、お願いをして、
後はにこにこしているだけで物事が進むのです。
まるで魔法を見ているかのようです。
「願えば叶う」とはこういうことなのかな?

もちろん良いことばかりではなくて、
上の写真のような暮らしが続いているので、
家族のプライベートタイムはありません。

また、今ではウーファー達に作業を任せて、
私はデスクワーク中心にシフトしてきているのですが、
とは言うものの自分の作業に没入できるほどにはならないですね。

そして、今も次々とウーフの打診メールが届いています。
現在のところ、ざっと7組ですかね。
国は様々です。ライフスタイルも様々。
敬虔なユダヤ教っぽいカップルや、
とても仲の良さそうなニューヨークの男性二人組などなど。

彼らが最初に送って来るメーッセージの内容も様々です。
丁寧に自己紹介する人がおれば、
「アロハ!そちらのことを知りたいので教えて!」
という一文で済ませる人もいます。
そんな人には、「まずは自己紹介をしてください。」と、
多少冷たく返しています。



ここ数日の怒濤の暮らしを続けながら、
私はある感覚を感じています。
それは「また一つ、試される時がやってきたのかな?」というものです。

地域行事にせよ、ウーフにせよ、
共通しているのは「求められている」ということです。
正直言って地域行事の方は「これ以上は動きが取れません!」状態ですが、
ウーフに関して、「もりのいえで過ごしたい!」
という求めにどれくらい応えて生きていけるだろうか?

これまでにも何度か「試されているな」と感じた時がありましたが、
今回の「試し」に近いのは、八ヶ岳で陶芸工房を開いた時です。
最初は勤めている障がい者更生施設の人々が利用できるようにと考えて
準備していたのですが、近所の人々の求めに応じて、
「年中無休、24時間開放、完全無料」の工房を開きました。
土代、釉薬代、焼き代もいただきませんでした。

「何故、一銭もお金をもらわないの?」と、よく訊ねられ、
「いや、私は素人だし、これは道楽だから。」と答えていましたが、
実は違います。

私はその方針を決めた時、私自身の心を開放していたのです。
「お金のやりとりではない、心のやりとりをしたい。」という気持ちが、
そのような判断をさせました。
(そのおかげで、かみさんと出会うことになった訳ですが。)

そして今回も同じような心境になってきています。
つまり、「私たちの暮らしに関心を持つ人々が
世界中からやって来るのであるならば、
それを断る理由は無いだろう。」というものです。
「理由」と言うよりも、「流れ」ですかね。

私は物事の流れをとても大切にします。
今も大きな流れに身を任せて過ごしているようなものです。
その流れの行く先は、
「求めを分け隔てなく受け止める」ということなのかもしれない。

何だか宗教っぽい物言いになりましたが、
私は特に何かの宗教を選んでいる訳ではありません。
でも自分自身の生き様の問題として、
そんな心境になりつつあるこの頃であります。
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