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一応、手元の資料には「春大祭典」と書かれているので転載しますが、
実のところは「小さな村里の、身内だけの祭り」です。
でも私はそういうのが大好きです。
観光目的でもないのに、地域の人間が一生懸命&和気あいあいとして、
祭りを続けている。生きた文化を感じます。

では、当日の動きをご案内します。

5月5日の朝8時。
二渡神社の前に子供達が集まっていました。
これは「PTA & 保護者会」による、
「子供みこし」を地区内で練り歩くための集まりです。

PTAは小中学校に子供を送る親達の集まりです。
一方、保護者会は保育園に子供を送る親の集まりです。
この地区で保育園に子供を送るのはうちだけです。
つまり、イコール私が保護者会役員となりました。
しかもU太の下2学年の子供がいないので、三年間続けて役員です。
しかも、しかも、U太が卒園すると、今度はKAN太が入園します!

それはさておき、初めてその集まりに向かいました。
正直言ってゲンナリするのが、「みこし」の風情です。
神社を模したものだったら良いのですが、
これが何と「ピカチューの張りぼて」なのです。
しかも正式には「みこし」ではなく、リアカーに載せたものです。
私は恥ずかしくて写真を撮れません!

いつかはこれを何とかしたいものだと願っておりますが、今は黙っておきます。
ともかくこの日は同じ時刻に氏子総代の集合もかかっており、
前日と同じくダブルブッキング状態でしたので、
かみさんとU太にだけ付き添ってもらいました。

そして私は氏子総代の準備に向かいます。
そこでは、「あれが無い。これも無いぞ。」と大わらわでありました。
お供え用の饅頭を買いに走ったりなどしているうちに
あっと言う間に時は流れます。

そして、当番の元方(もとかた)が集まり始め、
(私は元方の一員でもあるのですが)ここで思わぬ展開に!
神社に来られる方々は、「奉納」「祝」「寸志」などまちまちですが、
お金を包んで来られます。
それを受け付けで受け取るのは氏子総代の仕事です。

でも、それを半紙に書いて、
社務所脇の板に張り出していくのは元方の仕事だと思っていました。
「何を言う!半紙に書くのは氏子総代の仕事やぞ!」
思わぬ突っ込みがありました。
そして、皆の目線は私に・・・

「えっ、会計の私が書くの?」これには参りました。
録音した自分の声を聞くのと同じくらい、
自分が書いた紙が張り出されていくのを見るほど恥ずかしいものはありません。
でもそれをやれと言う。嘘でしょ!

でも他に誰もいないので、結局私がやることになりました。
「ところで難しい一、二、三、五、千、万って、どう書くの?」
「壱、貳、参、伍、阡、萬じゃ!」
こんな基本的なところから開始です。

さて祭りの始まる時刻が近づくにつれ、
やって来る人が増えてきました。
次々と渡されるお金の表書きを書き続ける私。
もう、てんてこまいです。
1てんてこまい

そうこうするうちに神事が始まりました。
眺めていた他の人が心配して近寄ってきます。
「初参りの代表が舞台に登っていないけれど、大丈夫か?」
手を揚げ、「はい、それは私です!」

途中から受け付けを他の方にお任せし、
私はおもむろに氏子総代の法被を脱ぎました。
そして舞台を振り返るに、意外に人が少ない。
「こ、これはもしかして!」

すぐに舞台を降り、舞台の周りに佇む人々に声を掛けました。
「初参りの皆さんは、全員舞台に上がって下さい!」
そうです。そのようなアナウンスを司会が忘れていたのです。
うちのかみさんとKAN太も外で待機しておりました。
2KAN太

今年は7組もの初参りがあったので、
彼らが舞台に上ったことで何とか体裁が整いました。
ギリギリセーフのタイミングで詔を受けます。

その後、巫女の舞がありました。
地域の子供達が練習の成果を見せる晴れ舞台です。
こういうのがこんな小さな里で生きているのってすごいと思います。
3巫女

ジョシュア、お前は忍者か?
4ジョシュア

でも彼はうまく撮っています。
画像のサイズが小さいのは全て彼の画像です。
5巫女2

巫女の後ろに私たちを配する構図なんて、にくいですね。
6巫女3

モノクロもまたよろし。
7巫女4

巫女の舞の後は、玉串奉奠(たまぐしほうてん)です。
氏子総代の後、次々に呼ばれて供えます。
そして、「初参りを代表して、masan」との声。

おもむろに前に出て他の初参り客にご挨拶し、
前に出て玉串(榊の枝)を神官から受け、供え、
二拝二拍一拝しました。前日につづいてトリプルブッキング!
8玉串奉納

こうして神事は無事終わりましたが、実はこれからが大変なのです。
地区の様々な役の方に来ていただいたことを労う、
「直会(なおらい)」の準備です。

座卓を炉の字に組み、弁当とビールを配します。
そして準備出来次第、宴会が始まりました。
この宴を仕切るのは元方です。
私は元方の一人として銚子を持って席に向かいました。

酒を勧めると当然ながら勧め返されます。
相手は食事をしていますが、こちらは空きっ腹です。
腹に酒が染み渡ります。
やがて席を一回りして、宴会も無事終了しました。

ところが宴はこれでは終わりません。
今度は席を作り直し、今回の祭りの手伝いをした元方が食事の席に着きます。
それを接待するのは、今度は氏子総代です。

私は元方であり、氏子総代でもあるのですが、
地域では下っ端なので、
やはり酒を持って元方の一人一人に酌をして回りました。
さすがに空きっ腹で「酌の二周り」はこたえるわ!

しばらくして、「masan、あんたは元方でもあるんだから、
席に着いて食事をしなさい。」コールが起き、
遠慮なく着かせていただきました。その時、午後二時半。

こうして二回の宴が終了し、皆で片付けをして、
本当にようやく祭りを終えたのでありました。
「初めての年にしては、よくやったじゃないか!」
長老から声を掛けていただきました。

そして同じ長老の口から思わぬセリフが出てきました。
「おい、masan!」
初めて私を名前で呼び捨てにしてくれました。

これまではみんな私のことを苗字に「さんづけ」、
あるいは苗字を呼び捨てでした。
でも地域の仲間同士では下の名前を呼び捨てにし合っています。
私自身はどう呼ばれようと気にしてはいませんでしたが、
自分の親以外に初めて名前だけで呼ばれ、照れくさいやら、嬉しいやら。
こうやって次第に地域に馴染んでいくのでしょうね。

関係者が次々に去っていき、最後に5名の氏子総代だけが残りました。
みんな晴れやかな顔つきです。
「何とかやれたな!」「ええ!」
何だか、同じ釜の飯を食った仲間になれた気分でした。

こうして、氏子総代として、そして他の役も兼ねた祭りが終わりました。
よくぞ、よくぞ、ここまでやり切れました。
嬉しく、またありがたいという気持ちを感じた一瞬でもありました。
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