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2009.07.24 ある告白
今日は今まで誰にも話してこなかった、
かみさんでさえ知らなかったお話をします。

ことの起こりは昨年の6月6日に始まります。
その日、私は滋賀の油藤商事の青山専務を訪ね
バイオディーゼル燃料についてお話を伺っていました。
その時の出会いと話はとても充実したものでしたが、
話が長引くにつれて私は少々焦りはじめていました。

というのも、その後に近江八幡の知人に会う約束をしていたからです。
その知人と会うだけならば待ってもらっても良いのですが、
知人曰く、「是非会わせたい人がいて、夕方遅くになると具合が悪い。」とのこと。

そんな理由から、青山さんと別れてから、私は急いで車を走らせました。
ところが滋賀の国道って混むのですよ。
何せ日本の流通の要ですからね。

次第にイライラしてきた私は、地図を調べ、脇道にそれました。
その道は意外に空いていたので、ついスピードを出していたのですね。
目の前に簱を振った警官が現れた時、「万事休す!」と悟りました。

「この道はね、40キロなんですよ~。」と嬉しそうな、いや優しい口調の警官。
1989年から無事故無違反の私がやられてしまった瞬間でありました。

結局大きく遅れて知人と再会しました。
でも知人とそのまた知人とも会えた訳だから、
そんなに慌てることもなかったのですよね。人生とはそんなものです。

罰金18,000円も痛かったけれど、無事故無違反が途切れたことが悔しかったです。
私は若い頃は結構やんちゃな運転をしていまして、免停になること数度。
家庭裁判所で裁かれたこともあります。

でも年を食うにしたがって要領を得るというか、無防備な無茶はしなくなりました。
それだけにその時のショックは大きかったですね。

「このことは伏せておこう。」と心に決めた私。
帰宅してからは安全運転に徹することにしました。
「どうしたの?全然飛ばさないじゃないの?」と怪訝なかみさんに、
「いやね。これから次の子も生まれるだろ?やっぱり安全運転でいかなきゃね。」
とうそぶいていた私。
「とにかくしばらくの間何事も起こらなければ、元に戻れるのだから。」と、
安全に、安全にを心がけて運転をしていたのでありました。

ところが天は私を見放した!
そのわずか一ヶ月後、次は地元でやられたのであります。
今度の場所は中津川市街にある「夫婦岩」そばのコンビニの前です。

この時私は家族と私の両親を乗せて運転していました。
スピードは出していません。
でも、越して来たばかりの親父に「この道が恵那に抜ける近道だからね。」
と会話していた時、心に隙が生まれていたのかもしれません。

それでも後ろでパトカーがサイレンを鳴らした時、
まさかそれが私のことだとは想像もしませんでした。
「私が一体何をしたというのだ?」

「すいませんねぇ。あそこは左折をする時に一旦停止をすることになっているのですよ~。」
またしてもにこやかな警官が登場。
「左折で一旦停止?でももとの道の方が断然太いよ?」
「でもそうなっているのです。皆さんよく間違うんですよ~。」

やられてしまいました。よく言う「狩り場」です。
きっとその地域の人々は知っているのでしょうね。
私はそこまで知らなかったので、まんまとはまったという訳です。

「あちゃー!」一ヶ月前の違反に続けて、またしても!
心配顔の家族ですが、「でも軽い違反だものね!」と励ましてくれました。
そうなのです。彼らは一ヶ月前の出来事を知らないのです。
心密かに「アチャー!」と再びうめく私。

やがてしばらくして一通のはがきが届きました。

「あなたは7月9日の交通違反で、累積点数が5点になりました。」
つまり、今後一年間で何か小さなことを起こしただけで、免停になりますよ。
と言ってきたのです。
やれやれ、即免停にならなかっただけでも良しとするか。

それからの私は、そりゃもう超安全運転を続けましたよ。
丁度、よきかな号をSVO化した時期でもあり、
「ろ過も運転も、のんびり、平和にいこうではないか」式になってきた時期でもあったので、
それほどストレスを感じることはありませんでした。

それでもさすがに先月あたりからは気を使いましたね。
「ここで一旦停止や駐車違反なんぞでやられたら、今までの努力がパー!」
なんて意識が働いておりました。
私って人間が小さいね。

でも、ともかく無事一年が過ぎました。
特に通知は来ないけれど、これで私は無罪放免になったはず!
7月7日からいろんなリセットがあったけれど、
これもいわゆるリセットな出来事でありました。

かみさん、一年前の出来事だけれど、無駄金使ってました。
ごめんね。
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