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前夜、「そろそろ本気で準備をする方がいいね。」と話し合っていた夫婦。
かみさんも私も、気配を感じていました。

21時より前に床についた私たち。
私はU太とKAN太に挟まれるように寝て、
かみさんは別室で寝てもらいました。

10日01:30頃、居間の灯りが点いていることに気づきましたが、
再び寝入ったところ、01:45、枕元の携帯が鳴りました。
かみさんからの合図でした。

居間では、かみさんが少々こわばった表情で座っていました。
「始まったかも・・・」と語る姿を見て、
「始まったにしては、結構経っているな・・・」と感じました。

そして、次に出たセリフで全てを悟りました。
「(陣痛が)10分間隔になっています。」

内心、私は「おお~ッ」と思いましたよ。
だって加子母から岡崎まで、通常だと2時間半かかります。
その時間と、「陣痛10分間隔」というのは、
はっきり言って釣り合いが合わないと思ったのです。

畳に腰を下ろしたかみさんがつぶやきます。
「間に合わないかも・・・」
これは本心だったと思います。

でも、留まっておる訳にはいかない。
すぐさま出掛ける準備をして、寝入ったままの子供達を車に移し、
早々に出掛けました。
この時の気分は、まるで消防隊員です。

車に乗り込む時、陣痛時は息絶え絶えだったかみさん。
それを見た私は、細かいことは考えないことにしました。
「ともかく前に進む!」
それしか考えていませんでした。

幸いなことに、この時刻はほとんど車が走っていません。
渋滞でイライラすることがないのは本当にラッキーでした。
道端の外気はマイナス6℃。粉雪が舞っていました。
ただ滑らないように気をつけ、ひた走りました。

中津川インターに入る頃には、陣痛は6分間隔になっていました。

中央道・土岐ジャンクションに入った頃には5分を切ったようでした。
それでも、ともかく東海環状道路に入ったことで、心を励ましていました。

ようやく気持ちが落ち着いたのは、豊田東インターを降りた頃です。
ここまで来ると、どうしたって岡崎に向かうしかありません。
既に3~4分間隔になったというかみさんに「もう少しだぞ!」と励まし、
道を急ぎます。

この時、とても驚いたことがあります。
私たちの車が近づくと、ことごとく信号が青に変わるのです。
まるで、時代劇で、
大奥に入っていくと、次々と襖が開いていくような感じです。
これにはかみさんも驚いたと、後で感心しておりました。

かみさんはかみさんで、陣痛の合間に吉村医院に連絡していました。
私が最後に「あと数分で到着します。」と伝えておいたので、
吉村医院に到着した時には、助産師さんが玄関先で待っていてくれました。

その時刻、03:50。
これで私の仕事は終えたと、一息つきました。

ところが車を停めて、かみさんの座る側の後部ドアを開けた時、
想像以上の光景が目に入りました。
かみさんはかなりの状態になっていたのです。
「おいおい、どうやって車から降ろすんだ?」

この時の様子を後でかみさんから聞いたところ、
「移動中はまだ大丈夫だったけれど、
吉村医院に到着した途端に、来た!」とのことでした。

それでも陣痛が一旦穏やかになったタイミングで、
かみさんは建物の中に入りました。

ともかく到着できたことで、その後の動きについて考えました。
「ここで私も建物に入ってしまうと、
生まれてくるまで出てこられないだろう。
だから今のうちに、荷物の整理や、KAN太のおむつ替えなどしておこう。」

出掛ける際、思いつくままに車に荷物を投げ込んだので、
整理ができていません。
そこで、駐車場であれこれと段取りしていたら、
スタッフが慌てて呼びに来ました。

「もう出て来そうなので、早く上がってきてください!」
この時、院内では「お父さんは何処に行った?」と探し回っていたとか。
どうもすいません。

すぐさまKAN太を脇に抱き、U太とともに小走りで建物に入ります。

お産の部屋では、懐かしい光景が既に始まっていました。
薄暗い畳の部屋に行灯の灯りが一つ。
その真ん中の布団の上で、かみさんが仰向けに寝転がっていました。

ちょうど陣痛の合間で、私たちの顔を見て安心もしたのか、
かみさんは子供達に声を掛けました。
「U太、KAN太。これからお母さんはいつもと違う声を出すけれど、
心配しないで見ていてね。」

ほどなくして再び陣痛がやってきました。懐かしい声です。
既に30秒間隔くらいになっていました。
でも一人目、二人目と比べて、
かみさんが格段に上手になっているのを感じました。
助産師さんたちも、「その調子!いいですよ~!」と声を掛けます。

KAN太が生まれた時は、間際になってU太が泣き出し、
一旦外に連れ出すという場面
がありました。

今回はどうなるかと思っていたら、
U太もKAN太も、お母さんの脇でじっと座って眺めていました。

U太は正座で、KAN太は私の両膝に挟まれて座り、
二人とも本当におとなしく、お母さんを凝視していました。
特にKAN太は全く騒ぐことなく、静かにしていました。
この子どもたちの姿には、助産師さんたちも感心されていました。

部屋には、私たち家族と、田中先生はじめ、吉村医院のスタッフが4名。
かみさんの声以外は静かな場がそこにありました。

やがて、頭が見えてきて、赤ん坊の泣き声というか、
話しているかのような声が聞こえてきました。
この時の様子は、「まるでネコのような声だったね。」と、
U太が後で言っておりました。

そして全身が出てきたのが、4時25分でありました。
全員が首を前に伸ばして覗き込む中、
私は少し引いて全体を眺めていました。

U太とKAN太の時には、ただ我が子が生まれ出たことに感動し、
感謝していました。
今回は少々違う感覚がありました。

「この子は、私たちに福をもたらしただけでなく、
これから世の中に福をもたらすのだ。」という気持ちが湧いてきたのです。

同時にこのようにも感じました。
「この子をこの世で預からせていただく役を、私たちは仰せつかったのだ。」と。

だから「感動!」というよりは、
しみじみと感じ入っているという感覚でした。

母の胸の上で、最初は声を上げていましたが、次第におさまり、
すやすやとし始めた子。
1福誕生

しばらくしてから体を起こし、女の子であることを知りました。
この時、「全くその通りだ!この子は『福』である!」と確信しました。

「よく頑張ったな。」と、かみさんを労い、
「いらっしゃい。」と、福に挨拶しました。
そんな会話や助産師さんの様子を黙って見つめる、U太とKAN太。
2佇む二人

U太と一緒にヘソの緒を切りました。
3ヘソの緒を切る

この頃になってようやく表情にゆとりが出て来たU太とKAN太。
最初はおっかなびっくりだったのが、
一旦触れてからは、競うように頭をなでたり、握手をしたり。
3和む私たち

体重は、3260gでした。全く健康体です。
初めて抱いた瞬間。
4抱く私

この時の様子を、帰宅後にU太が描いてくれました。
5その時の絵

「心音を聴いてみる?」
助産師さんに促されて、順番に聴診器を当てる子供達。
KAN太は妙に聞き入っておりました。
6聴診器をあてるKAN太

仏様のような顔つきの福。
ようこそ【もりのいえ】へ!
貴女もこれから一員だよ。
7福いらっしゃい!


こうして、福がやってきました。

その次に私が考えたのは、
母と娘が二人っきりで過ごす時を多く持ってもらうことでした。

U太とKAN太の時は、「家族で共に時を過ごす」ことを重要視していました。
でも今回は、最初にかみさんと福がじっくりと向き合う必要を感じたのです。
ですので、私とU太&KAN太は、早々に立ち去ることにしました。

居室に母娘が移動したのを頃合いに、吉村医院を出た私たち。
外は輝くばかりのまばゆい朝でありました。
次々に届く、ブログへのコメントに感謝しつつ、朝食を食べ、
一連の出来事を振り返ります。

今回、私はその時々に自分の中に湧き上がる感覚を大切にしました。
「感性」のままに過ごしたという感じです。

まず、かみさんが妊娠したことを知った時、
すぐさま「福がやって来た!」と感じたので、
そのまま「福」と仮命名しました。

この名はお腹の中にいる時だけのつもりでしたが、
次第に定着していきました。
「女の子だったら、本当に『福』でいいかも。」と感じるようになりました。
そして、実は最初から「女の子に違いない。」と感じていました。

また、「出産予定日が3月13日」と聞かされた時、
「10日くらいだな。」と直感しました。本当なのです。

これらの感覚は理屈ではありません。
「3月10日に、女の子の『福』がやってくる!」と、感性で知っていました。
でもそのことは口には出さずにおりました。

それでも、ひょっとしてその前後になるかもしれず、
また男の子かもしれないので、いろいろ段取りはしていました。
「大阪出張に重なったらこうしよう。」とか、
「その前にこの作業はしておきたいな。」
「男の名前も候補を挙げておこう。」などなど。
これらは「理性」の方の働きです。

つまり、「感性で分かり、理性で手はずする」という姿勢で、
今回の時を迎えていました。
それに福が応えてくれました。

それにしても振り返るに、よくぞ間に合ってくれたことよ!
陣痛が始まるのが夜中でなかったら、
本当に間にあわなかったかもしれません。

まるで奇跡のように、そしてまるで計ったかのように、
ドンピシャのタイミングで、やってきてくれました。
福、ありがとう。

そして何と言っても、かみさんです。
本当にありがとうね。
貴女が子供を産む度に強くなっていくのを、見ていて感じます。
とても嬉しいことです。

私たちが出会った時、
将来、こんなにも幸せな時がやってくるとは想像もしなかった。
こんなにも素晴らしい子供たちに囲まれるなんて、夢のようです。
ありがとう。本当にありがとう。

私たちの姿を見守り、支えてくださった皆さんにも心から感謝します。
おかげさまで【もりのいえ】の新しい1ページが、
素晴らしい1ページがまた加わりました。
ありがとうございました!

そしてこれからも【もりのいえ】を、どうかよろしくお願いします。



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