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最近、出会う人々から口々に言われる言葉があります。

「いよいよ【もりのいえ】のような暮らしの時代ですね。」

「あんたたちの生き方が注目される時がきたな。」

そう言われる度に、何とも表現しづらい気分になり、
ただ、「・・・はい」と曖昧に答えている私です。

その度に私の脳裏に浮かぶ断片的な風景と、
わき上がる感情、思いがあります。
それを記します。

☆☆☆
私は大阪で生まれ、大学卒業後、東京で就職しました。
若い頃から「人が快適に暮らすとは?」と問い続け、
それを自ら実践して伝えることで、
周りの人々がより快適になってもらえたら、
それで私の存在意義がある。
そんなことをずっと考えていました。

東京での社会人時代に、バブルの前から後までを経験しました。
毎日、鬼のように働き、稼ぎ、王様のように遊ぶ。
それが「快適な暮らし」と目指し、邁進していました。

そんな時、阪神淡路大震災が起きました。

それに先立つこと一ヶ月前の1994年12月。
私は神戸市消防局を訪問していました。

「関西の人は地震の恐さを知らん!それを伝えるために、
本格的な地震体験テーマパークを造りたいと考えておるんです。」
とおっしゃる担当者と共感し、
「是非、一緒に考えましょう!
でもこれで本当に地震が来るかもしれませんね。」
と笑い合っていた私たち。

翌1995年1月17日、まさにその計画の打ち合わせをするために、
私は神戸に向かうべく、東京の自宅で早朝から出張準備をしていました。
そしてテレビをつけ、愕然としました。

「本当に来てしまった・・・。」

でも自分が何をしていいのかが分からない。
ともかく上司と待ち合わせしている東京駅に向かい、
大混乱している駅でしばらく過ごし、結局勤め先に向かいました。

その後も続々と届くニュースを観るうちに、
いてもたってもおられなくなりました。
「とにかく現地に行かせて下さい!」と上司に願い、
割と早い時期に現地入りすることができました。

羽田から高松空港に、そして瀬戸内海を渡って、
西から神戸入りしました。
そこで実際にこの目でみた風景は、今も忘れられません。

大きく傾いたビル。
割れた地面。
崩れた店。
変わり果てた街が目の前にありました。

特に印象に残ったのが、大勢の黙ったままの人々でした。
バスに揺られて周りの様子をただ呆然と眺め、
誰一人しゃべらずに時が過ぎていました。

神戸市庁舎のホールはごった返していました。
消防局のご担当と、ひと時の再会をしました。
お互いに同時に、
「ほんまに来てしまいましたね・・・。」
ただそう言うだけでした。

☆☆☆
私自身が被災した訳ではなく、
関西に住む親や友人知人で、大きく被災した人もいませんでした。
それでもその出来事は私の心に大きく影響しました。

当時、スピリチュアル系の世界に少しだけ首をつっこんでいましたが、
周りの人々は、「ついに神の扉(神戸)が開いた!」とおっしゃっていました。
その真意は分かりませんが、
ともかく私の中で、これまでの価値観が大きく変わりました。

災害の大きさもさることながら、
それでも助け合って、生きようとする人々の姿。
それを支援する人々の姿。

その姿に大きな感動を覚えつつ、
「でも私は何もしていない。」と、申し訳ない気持ちで一杯になりました。
上司に「ボランティアをしたいのですが、・・・」と申し出ても、
「お前は今、それどころじゃないだろう。案件が山ほどある。」
と言われると、返せませんでした。

そのうちに、はっきりとしてきた意識があります。
それは、
「もう、モノやカネの時代ではない!これからはココロとコトの時代だ!」
というものです。

私は都会でモノとカネに囲まれて過ごすことが「快適」だと捉えていたけれど、
その先に答えは無いと感じました。
そして、モノとカネが渦巻く東京にいては自分が埋もれてしまう!
とも考えました。

でも実はもう一つの感情も芽生えていました。
それは、「今、あのような地震が東京で起きたら、
自分は何もなす術がない。怖い!」
という気持ちです。

そう。正直に書くと、私は怖かった。不安だった。
だから一刻も早く、東京から脱出しようと考えました。

当時の私は、「これからは新しい価値観の社会が始まる。
私はそれを実践するために東京を出る!」と周りに言っていました。
それは本心です。

でもその裏で、「早くここから逃げよう。」
という気持ちがあったことも事実です。
また、何が起きても大丈夫なように、生きる術を身につけようとしました。

☆☆☆
そして1996年秋、私は東京を離れ、八ヶ岳に移住しました。

当時の周りの評価は分かれました。
「よくぞ思い切ったね!私もできればそうしたい。」という人もいましたが、
大半は「今の暮らしを捨ててまでして、何故?」という声が多かったです。

上司からは「おまえは一体、何が不満なんだ?」と言われました。
会社の仕事に不満はありませんでした。
ただ、ライフスタイルを変えたかった。そして不安だった・・・。

それでも、実際に八ヶ岳に移住してしまうと、
今までしたことのない田舎暮らしが新鮮で、それに熱中し始めました。
「都会を離れたから、もう安心」なんていう慢心もあったのでしょう。

その後も様々な出来事がありました。
仙人と出会い、弟子になり、山の知識を学びました。
かみさんと出会うことができました。
共に生きていく決心をしました。
そして加子母と出会い、移住し、子ども達が生まれました。

その間、多くの人々とのご縁がつながり、
また支えてくださいました。
多くの学びがありました。
その全ての出来事に感謝です。

☆☆☆
今年3月11日、大災害が起きました。
今回、亡くなられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。
また、被災され、今もなお苦しんでおられる皆様に対して、
心からお見舞い申し上げます。

昨年末から年明けにかけて、強く感じていたことがあります。
それは、「いよいよ始まる」という感覚です。

何が始まるのか、具体的にはイメージできませんでした。
でも、何か大きな事が始まるという気がしていました。
それは「良いこと」「悪いこと」も含めて。

当時出会った方々数名にそんな言葉を掛けると、
皆さん同じ様に感じていらっしゃるようでした。
「いよいよ始まりますね。」
「はい、始まりますね。新しい時代が。」
ただそれだけの会話で、何となく通じ合っていることを感じていました。

その感覚があったから、
正月のご挨拶ブログの最後に、
正直な気持ちを思い切って記しました。

だから、今回の一連の出来事が起きた時、
「いよいよ始まったか。」というのが、私の第一印象です。
「それにしても、こんな形で。しかも日本で始まるとはね。」
というのも正直な印象です。

大変な時、つまり「大きく変わる時」がやってきました。

阪神淡路大震災の時も、
それを契機に人生が変わった方は大勢いらっしゃいます。
今回はそれ以上に大きな影響があることでしょう。

前回と異なる点があります。
ネット社会が広く築かれていること。
災害の範囲が広いこと。
そして今も人々の不安をあおるような現象が起きていることです。
それが今後どのような動きを作っていくのか。
人々にとって善き方向に向かうことを祈ります。

☆☆☆
私自身、現在進行形で変化しています。

阪神淡路大震災の時は、上にも書いた通り、
「このままでは不安だ。とにかく今の暮らしを変えよう。」というのが、
動機付けとなりました。

そして、まるで「振り子」が大きく振れるように、
モノとカネと過多な情報を拒絶し、内に籠りました。

その後の経験から、今は異なったところに立っています。

まず、「良い」「悪い」はない。
そして、「ココロ」「コト」だけではなく、
「モノ」「カネ」「情報」も受け入れる。
何よりも大切なのは、「愛」と「感謝」。

今、読んでいる本があります。
『<からだ>の声を聞きなさい』リズ・ブルボー著 ハート出版

これを読むと、共感することばかりです。
「何だ、あれもこれも、ここに載っていたじゃないか!」という感じ。
このようにまとめていただき、本当に嬉しく思います。

その本の中に、次のような一節があります。

「愛とは、他者の願望と意見を
――――たとえあなたがそれらに同意しなくても、
あるいはそれらを理解できなくても――――
尊重し、受け入れることです。
愛とは、また、いっさいの期待をせずに、与え、導くことです。」

本当にそうだなと感じます。
私はこの姿勢を胸に生きます。

☆☆☆
例えば原発について。
「反対!」「今すぐに止めて!」
「今更、原発無しで、どうやって社会を維持できるのか?」
「自分たちも原発の恩恵を受けているくせに!」
様々な意見が行き交っています。

私のところにも何度も署名の依頼がやってきます。
「あなたは原発に反対ですか?ならば署名してください。」
この手の文言を見る度に、私は違和感を感じています。

私は今回のような事故を起こすような原発の無い社会に
なってもらいたいと願っていますが、
これらの原発は一つ一つ、年月をかけて建てられ、
私たちの暮らしに少しずつ影響を及ぼしてきたのですから、
少しずつその影響を「抜いて」いけると嬉しいです。

またこの時に、「反対」「推進」を議論している間は、
なかなか答えに辿り着けないだろうなと感じています。

まるでお互いが自分の土俵から出ずに、
相手を自分の土俵に引き込もうとしているように見えます。

「戦う」ことの先に、真の答えは無いように感じます。
戦って「勝ち負け」を論じている間は、
仮にそうやって「今の原発」が無くなっても、
「次の原発」が誕生することでしょう。
より「安心」「安全」で、「絶対に何が起きても大丈夫な」ものがね。

それはまるで、エイズや新型インフルエンザなど、
新種が続々と登場するように。

真の答えは、まずお互いが愛し合うことから始まります。
上に挙げたような姿勢で、お互いが尊重し、受け入れること。
見返りを求めないことだと思います。

そのように感じていたら、
島本了愛さんがブログでこのように書いていました。
こちらをどうぞ。

つまるところ、私が言わんとするのは、
ここずっと同じことなのですが、
まず、愛すること。

自分を愛し、家族を愛し、周りを愛すること。
ヒトだけでなく、全てのモノや事象を愛すること。
その姿勢は上の本に挙げた通りです。
そこから全てが始まります。

そして、今、生かされていることに感謝すること。
それから、自分ができることを行動に移すこと。
その時に、焦ることも、自己卑下することもありません。

今、この一瞬を輝いて生きていること。
それだけで、「私」だけでなく、この地球が癒され、潤うのです。
私たちは「地球」という生命体の、一つ一つの細胞なのですから。

これが、あの阪神淡路大震災をきっかけに私が決断し、
その後の生き様を経て辿り着いた、今の心境です。
これを読まれた方にとって、何かの参考になれば幸いです。

みんな、もちろん私も、現在進行形で生き、成長しています。
共に前を向いて生きていきましょう。



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