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私が「天命」と受けとめて、事務局を引き受けることになった、
「つながる命 福島」。
これまでに粛々と準備を重ねてきましたが、
ようやく福島の母子をお迎えする時がやってきました。
以下、ドキュメント風にお伝えします。

■10月3日14:00
コアスタッフ・ミーティングの最終回を開きました。
始めた頃は4~5名の集まりだったのが、
この頃になると、サポーターさん達も加わるようになり、
活気が出てきました。

この回の前回では、お迎えする間のシミュレーションを、
かなり念入りに行ないました。

そしてこの回では、翌日からのお迎えに向けて、
細かい作業を話し合いました。

大きく生活班、調理班、イベント班、受付班に分かれて、
「こんな票を作ったらどうかしら?」
「あれが足りない!」「こんな食材が欲しいなぁ・・・」
「この支援物資をどう管理する?」
などと、ワイワイガヤガヤしながら話を進めます。

よくぞこの段階まできたものです。
もうこれだけ準備ができておれば、成功間違いなし!

0最終ミーティンク#12441;

ところで、今回、「つながる命 福島」は20名の母子を募集しました。
募集をかけた直後には続々と応募が集まり、
あっと言う間に8家族19名となりました。

「もうこのくらいで止めておこうか?」という声もありましたが、
募集そのものは止めずに様子を見ていました。
すると、応募はそのまま止まりました。

「ではこの19名の方々で始めましょう。」と、
準備を進めてきたのですが、
いざ当日が近づくと、思わぬ展開となりました。

「私(母)の仕事が決まりまして・・・」
「先日の台風で実家が床上浸水になってしまって・・・」
「子どもがRSウィルスにかかってしまって・・・」

次々とキャンセルの連絡が入り、あっという間に11名にまで減りました。
何とか増えないものかといろいろ手を尽くしましたが、
あまりに直前のキャンセルだったため、応募はありませんでした。

「もうこのまま行きましょう!」
ということで、結局5家族11名をお迎えすることで、
今回の「つながる命 福島」が始まりました。

そして私は一人、特別任務を受けていたのでありました。
それは、「福島までのチャーターバスに乗り込み、現地で皆さんを迎えて、
加子母にお連れする。」という任務でありました。

これまでに何度か電話やメールでやりとりさせてもらってきましたが、
ようやくこれでお目にかかって、直にお話できるようになります。
それなりに緊張しているであろう母子達に、いかにリラックスしていただき、
これから先の旅をお互いにとって有意義なものにできるか?
その大切な一歩の場を作る役目を仰せつかったのでありました。

■10月3日23:00
福島行きのバスに乗り込み、加子母を離れました。
運転手2名と、私一人の迎えの旅です。

最初はおとなしく椅子に座って眠ろうとした私でしたが、
次第にそれは難しいことに気づきました。

というのも、街灯や道端のサインが眩しくて、
なかなか寝つけないのです。

そこで、前もって想定していた体勢に持ち込みました。
バスの中はがらんどうです。
だから、私がどこでどうやって眠ろうとも、問題ない訳であります。

私がとった体勢とは?
それは、座席に挟まれた通路に寝袋を敷いて、縦になって眠ることでした。
加えてサングラスをかけて横たわりました。
これが快適!
あっと言う間に眠りつき、気がついた時は夜が白み始めていました。

■10月4日06:00
そして到着したのが、安達太良(あだたら)サービスエリアでした。
運転手さん達と共に朝食を取り、
時間調整のために、しばし休息することになりました。

その時に私がした行為は、放射線量の測定でした。

今回の旅に向けて、「つながる命 福島」としてではなく、
【もりのいえ】としてガイガーカウンターを入手していました。
ガイガーカウンターって、ピンキリなんですってね。
特に数万円クラスの品には劣悪品もあるそうです。

私も相当調べましたが、悪い評価の無かったもののうち、
α線も測定できるというので購入したのが、
「モニター4」と呼ばれるものでした。

でもこの「モニター4」、買ったものの、加子母では役に立ちませんでした。
というのも、線量を測定しないからです。

では、福島ではどうなのか?
これを実際にこの目で測定するのが、私個人の目的でもありました。

そしていよいよ安達太良SAで測定開始!
どれにしようかな?と辺りを見渡すと、ありました!
大きな枝振りのケヤキの樹が立っていました。
足元には「福島県の木」と書いてあります。
1福島県の木はケヤキ

それに「モニター4」を近づけると、
これまた大きく針が触れたではありませんか!
ざっと、0.4マイクロシーベルトくらいです。
2安達太良SAは0.4

いやぁ、こんな触れは加子母では全くありませんでしたからね。
やはりと言うか、その場に自分がいることに不思議な感覚がしました。

でもね、周りを見ても、そんな「違和感」はまるでないのです。
私が測定しているすぐ傍のベンチでは、初老の夫婦がお弁当を食べておられました。
そしてその周りを歩く人々は、誰一人マスクをしていませんでした。
全く「何事もない」風景でありました。
ガイガーカンターが音を立てて、大きく針を振っている他は。

そのギャップに少々クラクラしつつ、私たちは安達太良SAを離れました。

■10月4日08:30
福島駅に到着。
駅前ロータリーの植樹にガイガーカウンターを向けてみました。
すると、ざっと0.2マイクロシーベルトでありました。
3福島駅は0

これを高いとするのか?低いと理解するのか?
何とも言えません。
ただ、針は触れておりました。

その後、郡山駅では測る時間が無くて断念。
鏡石PAでは0.1。
ずっと離れて、昼食をとった波志江PAでは0.05でした。

福島駅でも郡山駅でも、
そこが被災地であるというようなサインは全く見つかりませんでした。
全く何事もない、普通の街の風景でした。

「これじゃぁ、『この街は安心安全だ!』と言われ続けたら、
そんな気分になるよな。」
そんなことを感じつつ、「では加子母は安心安全なのだろうか?」
という気持ちも湧きました。

福島市民が『我が街は安心』と思う気持ちと、
加子母村民が『我が村は安心』と思う気持ちって、
実は海外から見たら、五十歩百歩なんじゃないのかな?
そんなことを考えながら、私は福島の母子を迎えておりました。

■10月4日10:00
予定通り、5組の母子がバスに乗り込み、
バスは一路、加子母へ向かったのでありました。

私はバスガイドよろしくご挨拶から始まり、
今回の活動のことや、加子母の案内、
そして実際に皆さんが過ごす暮らしぶりについての説明をしていました。

そして何よりも大切なのは、皆さんにリラックスしていただくことです。
話を詰め込み過ぎないように、そして温和に伝えるように努め、
子どもたち様にDVDを観せつつ、柔らかい場となるようにしました。

始めは緊張気味だった母子は次第にリラックスし始めました。
何よりも3~4歳の女の子三人はすぐに打ち解け、
加子母に到着する頃には、バスの中は大騒ぎでありました。

■10月4日18:00
予定よりも40分早くバスが加子母に到着しました。
助かった~!これで早めに夕食をとってもらえることができます。

何と言っても長旅でしたからね。
本人が自覚している以上に疲れていることでしょう。
ですから長話は控えて、食後に風呂に入っていただき、
その日は早めに休んでいただくことにしました。

こうして、福島からの母子が、ついに加子母に到着しました。
(つづく)
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