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今朝珍しくブログをまとめるのに苦労し、ようやく更新して散歩に出ようとしたら、
ファルコンが小屋の前で冷たくなっていました。
ついにこの日がやってきました。
12歳になる直前にファルコンは逝きました。人間で言うと100歳前後だと思います。

ファルコンのことを書き出すと、とても一日では終わりません。
彼との出会いは私の人生の中でも最大の出来事の一つです。
かけがいのないパートナーでした。
彼なしにここ10年の暮らしは無かったでしょう。

いろんな思い出が走馬灯のように甦ります。
いろいろ書きたいけれど、まずは出会いから。
これは私の過去のHPに載せている内容をほぼそのまま転載しています。あしからず。

・・・・・
1996年、八ヶ岳に移住する直前に、知人からあるホテルを教えられました。
「甲斐大泉駅北側にある『ヒュッテ・エミール』というホテルは、
宿泊料がきっと八ヶ岳で一番高いけれど、
その値段以上のホテルだから、見るだけでも価値があるよ。」とのことでした。
移住後、早速訪ねてみたところ、確かに素晴らしいホテルです。

しかしホテル以上に感動したのが、玄関先にいた2匹の犬でした。
真っ白な超大型犬、グレートピレニーズの夫婦です。
見とれていると、ホテルのオーナーさんが近寄ってきました。
「犬が好きそうですね。今ならこの夫婦の子供で出戻りがいるのですが、
もし良ければ差し上げましょうか?」

初対面でいきなりの申し出にとても驚きましたが、
私は思わず「ハイッ!」と手を挙げていました。
でも正直なところ、当時の私は今以上にお金がありませんでした。
犬のエサを買うお金どころか、自分の食費の工面に苦労していたのです。
ですから、 「ハイッ!」とは言ったものの、
本当に飼っていけるのかなと不安がよぎりました。
でもこんな機会はそうは無いと確信し、いただくことにしました。

彼はそれまで別の飼い主に違う名前で飼われ、私が会った時は2歳半になっていました。
後で知ったのですが、この犬種は他に比べてボスになろうとする性格が強く、
そのくせ子犬の時はぬいぐるみのようにかわいいので、つい甘やかしてしまい、
結局飼い主が手に負えないほど凶暴化してしまう、飼うのが難しい犬種だったのです。
ファルコンも同じ経緯で「吠える、引っ張る、咬む」という暴れ犬になってしまい、
前の飼い主の手を離れ、調教師の元で育てられて2ヶ月が経っていました。

早速、調教師による私に対する調教が始まりました。
一度暴れ犬になったのをどのように直すか、調教の仕方を調教されたのです。
理屈は簡単です。「深く愛して、厳しく叱ること。」
子犬の時からしつけがなされておれば無理に叱ることはありません。
しかし、ファルコンのような超大型犬が暴れ犬になった以上、
叱る時はかなりのやり方をしないと駄目だというのです。

やがてファルコンが我が家にやってきました。吠えまくっています。
玄関前のテラスにつないだのですが、何も食べずに一晩中吠えていました。
安易に近づくと噛みつかれそうです。
それからしばらくは戦いでした。お互いに血を見ました。
油断した隙に近所の子供を咬んだこともありました。

その間のしつけの仕方はとても文章には載せられません。
一例を挙げると、巴投げをしたこともありました。
傍で見ていたら虐待以上の何ものでもなかったでしょう。
しかし、教えられた通り、深く愛して厳しく叱り続けました。
彼が本当に私をボスと認め、従順になったと私が自覚するまでに1年間が過ぎました。

その後に訪れる人にそんな話をすると皆さん驚かれます。信じない人もいます。
それくらいファルコンは落ち着き、誰にも愛嬌を振りまく安心できる犬になりました。
もともと賢かったのでしょう。
私の試行錯誤のしつけによく耐えて順応してくれたものだと思います。

我が家には当時陶芸の工房があり、いつもそこを開放していたので、
私が不在でも多くの訪問者がやってきました。
ファルコンは私の代わりにというか私以上に皆さんの目当てになり、
いつも愛されていました。
私にとってもファルコンはかけがえのない家族になりました。

ところでファルコンの名の由来ですが、
映画「ネバー・エンディング・ストーリー」に出てくる龍の名です。
ファルコンを車に乗せ、彼が窓から顔を出して風に毛がなびいている姿は、
あの映画のファルコンそのものです。
・・・・・
ヒュッテ・エミール前で、両親と
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