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「つながる命 福島」第四回を終えました。
これまでに支えて下さった皆さん、
本当にありがとうございました。

参加された皆さんは、本当に満足して
帰っていかれました。

私は帰りのバスに添乗員として乗り込み、
皆さんを最後までお送りした後、
思うところあって、福島・郡山に向かいました。
今も郡山のホテルに滞在しています。

この旅の意味について、
今ここで思いを記しておくことにします。


☆☆☆
福島からの母子にリフレッシュしてもらおうと
始まった「つながる命 福島」。
略称「つな福」と呼ばれて定着してきました。

当初は素人ばかりの数名で始めた活動ですが、
今では大勢の仲間と一緒に活動できるようになりました。

このことは本当に素晴らしく、
実に大きな成果と学びをいただいていますが、
同時に、幾つかの“異変”を、私は感じ始めています。

まず、福島側の状況の変化です。
簡単に書くと、「募集してもすぐに集まらない」
兆候を感じています。

それには幾つかの理由が考えられます。

私たちのような活動のことを、
世間では「保養」と呼んでいますが、
その保養に参加する一部の層と、
参加しない大勢の層とに、
分かれてきているように感じるのです。

保養に参加しない人は、
関心がないのかというと、
そうでもないと思います。

本当は関心があるのだけれど、
その思いを口に出したり、
申し込んだりできない雰囲気があるのではないか?

あるいは、そういうことを考えたくないという
思いがあるのかもしれません。
他にもきっと様々な思いがあることだろうと想像します。

また、参加する人も温度差があると想像します。
移住を前提に参加する人、
せめてこういう機会を捉えてリフレッシュしようとする人、
まちまちだと思います。

それは当然のことで、
そのことで善し悪しを言うつもりは全くありません。
ただ、その層の程度を知っておくことは、
受け入れ側として参考になります。

つまり、「募集する側」と「応募する側」に
ずれが生じていないか?
私が感じている“異変”の兆候を、
現地で確かめたいというのが、
福島訪問の第一の目的でした。

☆☆☆
次に、「保養」のスタイルそのものへの見直しです。

大抵の保養は、福島の周りの地域の方々が、
場所と日程を設定して募集します。
いわば、受け入れる側の都合で、
保養が設定されます。

その内容を見て、希望と都合が合う方が申し込まれています。

そのスタイルだけで良いのだろうか?
という問いかけを、私自身にしている最中なのです。

もっと自由に、福島の方々が行きたい時に、
いたい期間だけ滞在できるような
スタイルはないものだろうか?

つまり、保養の行き先と時期と内容を、
福島側の人びとが主体的に決める仕組みづくりです。

そのニーズの有無と実現可能性について、
現地の人びとと意見を交換したいというのが、
二つ目の目的でした。

その他にも視点はあります。
・保養に参加しやすい時期、期間、内容は?
・そもそも「保養」という呼び名やスタイルが、
 求められている姿なのだろうか?
・福島以外の地域からの参加希望について、
 どこまで応えられるだろうか?

要は、「つながる命 福島」の姿勢が
ひとりよがりにならずに、
これからも継続して広がっていくにはどうしたら良いのか?

その方向性を知るきっかけとして、
まずは現地に向かおうというのが、今回の目的でした。

☆☆☆
上のような思いを持って、
昨日、福島入りしました。

こちらでお会いした方や、
道中聞いた話から、
今、様々なことを考えさせられています。

以下、あくまでも一部の方のお話としてシェアさせてください。

あるお母さんが、息子さんと保養に行こうとしました。
すると、中学生の息子さんの部活の先生から、
「戻ったらポジションは無いと思え」と言われたとか。
それでも息子さんと共に保養に行ったら、
戻った後、息子さんは先生から無視され続けたそうです。
部活におれなくなった息子さんは退部。
それに合わせて、仲間も次々と退部しようとすると、
部活の先生は仲間一人ひとりに電話して、
「あいつと付き合う事について考えろ」と言われたとか。

別のあるお母さんが、
「痛んだ細胞を癒すために、保養に行く」と言ったら、
夫から「お前は病んでいる。まず精神科に行け」
と言われたそうです。

“復興”に向けてまっしぐらの今、
「福島は危ないから保養に行こう」というようなスタンスは、
それこそ危険を伴うことになりそうです。

そのような声かけで募集し、
親が参加を申し込んだ際、
子どもたちは「そんなに危険なところで暮らしているのか」と
ストレスをためこむそうです。

一方、周りの親達は、
「あの家は、親が子どもをあおっている」と
おっしゃるそうです。

実際に、隠れるように保養に行く人がいらっしゃるとか。

以上のようなお話を聞くと、
大多数の方が無関心でいるのかととらえてしまいがちですが、
次のような言葉について、
あなたはどのように受けとめますか?

年頃の娘さんを持つある親が、
次のようにおっしゃったそうです。
「うちの娘は福島県民の男性としか結婚させない。
もし何かあった時に、後ろ指をさされたくないから。
その点、同じ福島県民ならば、とやかく言われることはない」

また、保養を実施する側にとっても、
考えさせられる話題がありました。

「福島から出てリフレッシュしにいらっしゃい!」と
楽し気に誘われた保養先で、
「今まで辛かったでしょう。
その気持ちをここならば自由に出していいよ」と
促されることがあるとか。

他にも、「今まで苦しかったことを書き出してください」と
催促されることもあるとか。

「福島から保養に来た人は苦しんでいる。
だからその苦しみや不安を取り除いてあげなければ」
などと考えるのは、ひとりよがりなのかもしれません。

「つな福」でも同じ様な行為をしたことがあります。
原発は危険だという趣旨の冊子を、
参加者に数冊ずつ手渡し、
「帰宅後、理解ある人に配ってね」と委ねたことがあるのです。

その後、ある参加者から、
「このような冊子を配れる訳がない」との指摘を受けました。

善かれと思ってする行為が、
実は押し売りになってしまっていることがあります。

「福島は安全」

この言葉のもとに、
様々な思惑が交錯しているようです。

何が正しいのかと判断する前に、
まずは現状を見ていきます。
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