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毎日、多くの方々から応援をいただいていることに
心より感謝します。

お一人ずつにお礼申し上げたいのですが、
なかなかしきれないことをお許しください。

そしてこの場を借りまして、
皆様にお礼申し上げます。

さて、
以前から考えていたことで、
最近の体験から実感していることがあります。

それは、起きたことに、
「何故?」と問うことについてです。

起きてしまった“過ち”について、
「何故そのようなことが起きたのか?」と
“原因”を探り続け、
“真の原因”をなくすことで、
同じ“過ち”が二度と起きないようにする。

ビジネスの世界でも、
日常の暮らしでも、よく言われる
有効な方法ではないでしょうか。

そして実際に、そうすることで、
改善されてきたことは沢山あります。

また私自身、そういうことを
指導する立場にいたこともありました。

でもそれだけが、
真の道を歩む方法なのでしょうか?

「何故に?」と問うことを
無意味だとは言いません。
それも一つの道だとは思います。
でも、それだけなのでしょうか?

例えば、子ども同士のやりとりで、
ある子が他の子を殴って
泣かせたとします。

そんな時、殴った子に対して、
「何故、この子を殴ったの?」と、
訊ねたとします。

その際、その子に何を期待するでしょう?
“真の原因”や“正しい答”が返ってくるのを
待つのでしょうか?

そして、“私”にとって
“納得”がいくものが返ってこなかったら、
どうするのでしょうか?

イライラする?
とがめる?
指導(しつけ)する?

私も、上のような態度をとることはあります。
でも、おおむね、次のように心掛けています。

まず、泣いている子を抱きしめ、
次に、殴った子を、ただ抱きしめる。

それも一つの道だと思うのです。
そして、かくありたいと
私は願っています。

それは、私自身が、かつて
数々の“過ち”を犯してきたから
とも言えます。

私自身への許しの気持ちも込めて、
起きたことを
受けとめていきます。
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