6/7に合宿を終えて以来、山ほどの“やるべきこと”に向き合ってきました。まだそれらを終えてはいませんが、今のうちに今回の合宿での出来事を残しておくことにします。

あらかじめ記しておきますが、合宿のプログラム内容に関わることについては、極力記載していません。これは私自身の体験から、合宿に実際に参加して、タイムリーな情報を得られる方が良いと考えたからです。ですから、参加したことがない人にとれば、もったいぶった内容に見えるかもしれません。どうかご了解ください。一方、過去に参加された方には、頷かれる場面が多いのかもしれませんね。では始めます。

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私の周りには、この合宿に参加したことがある人が大勢いました。その誰もが口を揃えて「いいよ〜。まぁさんが受けたら、一体どうなるんでしょうね〜」と勧めてくれました。それで今回の参加となったのですが、幸か不幸か、その内容についてはまるで知らされることなく、現地入りした私でした。

事前に、「これは読んでおいてください」と指示があった文章の冒頭には、次のようなくだりがありました。

「ヴィパッサナーはインドにおける最も古い瞑想法の一つです。長く人類の間で失われていましたが、2,500年以上前に、ゴータマ・ブッダによって再発見されました。『ヴィパッサナー』とは、物事をあるがままに見ることを意味します。それは自己観察による自己浄化のプロセスです。まず、心を集中するために、自然な息を観察します。そして研ぎ澄ました意識を持って、心と体の変化するという性質を観察することへと進み、無常、苦悩、無我という普遍的な真実を経験します。この直接の経験による真実の実現が、浄化のプロセスです。」

最初、この文章を読んだ時には、頭では理解しつつも、まるで腹に収まっておりませんでした。ところが合宿が進むにつれ、まさにここに書かれている世界に入っていることに気づき、感動しました。これは、老若男女を問わず、知識の有る無しは関係なく、国家や民族、宗教に関係なく通用する方法でありました。「この手があったのか!」というようなものです。

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ただ、私自身は事前情報がなかったせいか、初日のお話の中で次のようなくだりを聞いた時にはビックリしました。「あなたは心の手術をするためにここに来たのです」「心の奥底に眠るコンプレックスを取り除く修行にやってきたのです」「完全な解脱、涅槃への道が示されます」・・・
正直言いまして、ドン引きしましたね。

だって私はそんなつもりで参加していませんでしたから。ホントに申し訳ないのですが、「10日間、瞑想三昧で過ごせる〜♪」といったご褒美気分でありました。ですから、この合宿がいわゆる“行”であると知った時には、愕然としました。

そもそも煩悩と欲望にまぎれた私は、涅槃への道なんて目指していませんでした。ですから最初の数日間は、「私は道をあやまった。ここに私の居場所は無い!私一人だけが、この場に似つかわしくない!」と確信しておりました。

何よりも座禅続きで身体的苦痛が激しく、おまけに指導者からは「姿勢が悪い」と、まるで修行の入り口にも立てていないかのように指摘され続けましたので、「いいですよ。どうせ私はこんなものですから」と開き直り気分全開でした。

「この合宿を終えたら、京都か名古屋で一人カラオケして、唐揚げとビールで祝杯をあげる」ことだけを楽しみに、行に向かっておった私でした。

ただ、意外だったのは、「合宿中に誰とも口をきかない、目を合わせない、ジェスチャーもしない」という戒律は、想像以上にストレス無いものでした。むしろ余計な情報が入ってこなくて良かったと今では感謝しています。食事も満足できるものでした。

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そして、「せっかく参加したのだから、ボイコットはせず、一応指示されたことはしてみようか」という気持ちだけはつないで、時を過ごしておりました。

そのうちに、数日目からは体の痛みもましになってきた、というか、痛みに対して鈍感になってきたのか?ともかく、少しずつ瞑想の中身に触れていけるようになり、「これって、今までになかった新感覚?」と気づいてからは、冒頭に挙げたように、「ひょっとしたら、これはすごい瞑想法かも!」と気持ちが切り替わっていきました。

それでもまだ“心の奥底に潜むコンプレックス”に出会うことなく過ごしておりました。やがて、「これからは瞑想の時間だけでなく、普段の暮らしの中でも同様に意識を向けてください」との指示が出た翌朝のことです。快調快便続きだった私が朝食後にすかさずトイレに向かい、便座に座った瞬間でした。最初のコンプレックス君が登場しました。

それは、「私は小者(こもの)である」というコンプレックスでした。

そう。私は幼い頃から自分は小者だと自覚していました。そして「大物になりたい」と願い、また、さも大物であるかのように振舞うようになっていったのです。

「そうだった。私はそうだったんだ・・・」
小者君に向き合った瞬間から、幼い頃から今までの、“私の小者史”が始まりました。

わざとでかい態度をとる、知ったかぶりをする、スケールの大きな仕事狙いをする、成果を自慢する、大物と知り合いであることをひけらかす、・・・次々と繰り広げられる、私の“小者君の行状”

それは見るに耐えないものでした。「穴があったら入りたい」と言えるようなエピソードの数々。それでも、この合宿で何度も指導されてきたおかげで、客観的に平静な気持ちで眺めることができました。まるで何かの物語を読んでいるかのように。

そして最後まで、つい最近までの私の行状にまで辿り着いた時、私は目の前の小者君、つまり私自身に対して声をかけました。

「今までよくやってきたね。でも、もういいよ。人に小者も大物も無いと思うから。私は、これからは私サイズで自分らしく生きるから」
すると、小者君は静かに去って行きました。

この時に本当に静かに終えられるとなお良かったのですが、少しハプニングがありました。私はこの合宿の直前に、京都駅で『アナと雪の女王』を観てから参加していたのです。すると、ちょうどこのタイミングで雪の女王が声高らかに歌い始めたので、一人苦笑しておりました。

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「さて、これで無事コンプレックスも現れたし」とひと心地しておりましたら、甘かった。この後にも次々とコンプレックスが浮かび上がってきたのでした。

それは、セックスに関することと、「私は人を心から信頼していない」というコンプレックスでした。これらについては文章化しないことにします。

ところで、毎晩、講話を聴く時間がありました。70〜80分ほどの長いものですが、その内容が日々の私の状態をいつも言い当てるかのようなものだったので、それを聴くのを楽しみにしていました。

最終段階でのある日、私は瞑想中に次のようなことに気づきました。「私は実は、本当に心から人を愛したことはないのではないか?言葉では『愛している』とか言いながらも、結局は自分自身のことを愛している域から出ていないのではないか?」

すると、その直後に聴いた講話で、次のようなくだりがありました。
「人は自分自身を愛しているだけなのです」
ガビーン!ときました。

そして次のような言葉が続きました。
「己の愛が利己的なものであると気づき、それが手離れた時に、心の内から真の愛、慈愛があふれるのです」
いやぁ、参りました。やられました。

合宿中、何度も我が人生を振り返り、己を恥じ、責めつつも、指導のおかげで平静な気持ちで眺めることができました。そして結局辿り着いたのは、ありきたりの言葉でした。それは、「ありのままの私でいて、あるがままを受けとめる」という生き方です。これまでにも言葉では何度も同じ様な言い回しをしたものでしたが、今回は腑に落ちた感があります。

そしてまた辿り着いたのは、家族や仲間たち、これまでご縁があった方々への感謝の気持ちでした。このような私にこれまで付き合ってくださり、ありがとうございました!

特に妻・理恵には本当に感謝です。奇跡的に出会い、紙一重のところで一緒になり、よくぞこれまで共に過ごしてくれました。そして素晴らしい子ども達が誕生してくれました。今ならば心から「愛している」と言えると感じ、先ほど理恵に伝えました。10年目のプロポーズです。合宿後に購入した花を添えて。
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さて、それでこれからはどう生きるかですが、まずは今回の学びを日々の暮らしの中に取り入れていこうかと考えています。急激な変化は厳しいので、少しずつです。

一日の過ごし方、瞑想の仕方、背筋を伸ばした姿勢、食生活・・・本当に少しずつ意識して変化させていきます。

そして、マイワークへの姿勢を変えます。

今回の合宿を経て、【整魂(せいこん)】の位置づけが見えてきました。例えるならば、ヴィパッサナー合宿で本人が行を課すことで、自ら感じ向き合うような事柄について、私がある程度まで代行して感じたことをお伝えするのが、【整魂】であるように捉えています。(*ただしこれはあくまでも私個人がそのように捉えているだけで、ヴィパッサナー協会とのやりとりがあった訳ではありません)

その行いの是非について思案をしたところ、私自身は“是”だと感じ、これからは【整魂】を極めていこうと心しています。より深く学び、修練し、磨きをかけていきます。

そして、これから先は【整魂】の料金体系を無くすことにしました。時間に関係なく、私からは料金を提示しないことにしました。受けて下さった方が、その方の感じるままに、ご本人の許容範囲で判断していただくことにしました。

また、【みえるみえる合宿】についても変更があります。これまでは私の方で日程を設定していましたが、これからは希望する方の都合に合わせて行なうことにしました。そして全員にしっかりと【整魂】させていただくことにしましたので、一度の合宿にできる人数を4人までと限定することにしました。

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また、ヴィパッサナー合宿へはこれからも都合を合わせて参加したいです。合宿当初は「何故、何度も参加する人がいるのだろう?やり方を覚えれば、後は自宅でやればいいじゃないか」と感じていましたが、今では理解できます。あの環境の再現は、普段の暮らしでは困難です。そして、全ての人びとが無償で参加している姿勢に共感し、私もいずれは奉仕者として参加したいものだと感じています。

ということで、まずは文面にて記させていただきました。後は私自身のこれからの生きる姿勢で示していくことになります。人生の善き節目に巡り会いました。ただただ感謝です。

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。