今日はアフリカンダンス練習会「みんなでサブニュマ!」の日でした。
実は私は6月からずっと不参加でいましたので、三ヶ月振りに参加しました。

私が参加しなかったのには理由があります。
きっかけは、6月初旬まで参加していた、ヴィパッサナー瞑想合宿です。
この合宿を経てから、自分自身を客観的に眺めることが増えました。

それまでも、少し離れたところから自分自身を見ることは、よくありました。斜め後方2mほどのところから、私自身を眺めているのです。3年前に左膝を大怪我した際は、上方から眺めていました。

それが今では、ほぼ四六時中、私自身を眺めている存在があります。正確には、眺めている方が本質だという感じです。そしてその“眺めている方”は、今度は私の身体の内部にいるのです。

その内部にいる私、とりあえず“内なる私”と名づけておきますが、内なる私は、外面の私の心の有り様や、話す言葉、表現する文章、とる行動の逐一について、常に客観的に眺め続けているのです。

そして、「あぁ、またこんな些細な出来事に感情を揺らしているね」とか、「また心にもないことを言って、その場に合わせちゃったりして」などと独り言を言っておるのです。

その度に、外なる私は「いやはや。私っていまだにこんなもんなんです」と、頭をかいておる次第です。

このような状態が続くうちに、一つの傾向が見られるようになりました。悲しいこと、辛いこと、悔しいこと、腹立たしいことがあっても、さほど感情が揺れなくなってきました。そして同時に、楽しいこと、嬉しいこと、愉快なことが起きても、さほど大喜びしなくなりました。

つまり、大笑いや馬鹿笑いをしなくなったのです。自分自身を抑えているのではなく、そんな気分になれないという感じです。

そんな流れができつつあった頃に、一つの決断をしました。
「今の自分自身の有り様に沿って生きよう」
つまり、周りの雰囲気に合わせて、殊更に大きなジェスチャーをすることをやめたのです。

★★★
その視点でみたときに、アフリカンダンス練習会は少々きついものがありました。内から湧きだすノリで「いぇーい!」と叫ぶことができたら良いのですが、どうもそういうのがウソっぽい。わざとノリを良く振る舞う自分を見つけては、煩わしさというか、つくろう自分自身に嫌気を感じ始めていました。

ですから、できるだけ今の自分の気分に合うような選択をしようと考え、りえさんやたけちゃんには「サブニュマを離れるよ」と伝えました。

その時期がいつまで続くかは自分でも分かっていなかったのですが、最近になってようやく、自分らしいスタンスやペースを持てるようになってきたので、「もうそろそろいいかな」と感じて、今日復帰した次第です。

何かがきっかけとなった訳ではないのですが、馬鹿笑いや作り笑いではなく、心の内から自然と湧きだすような微笑みが、ようやく出始めた気配を感じてのことです。

そうして参加した私を、皆は優しく迎えてくれました。嬉しかったですね。
そして、最初はぎこちなかったドラムですが、次第に手の動きが戻ってきました。とは言っても、まだまだのレベルですけどね。それでも心地良い感覚を味わうことができました。

★★★
今の私自身の心境を的確に表現する言葉は、まだ見つかっていません。
敢えて書くと、周りの皆さんから見える“外なる私”は、まるで宇宙船のような乗り物で、その中で、“内なる私”が操縦したり観察しているというような感覚です。まるで私の目が宇宙船の窓のようにね。

別の表現をすると、他の人に【整魂(せいこん)】をさせていただいているような状態で、私自身をずっと眺めて(スキャンして)いるかのような状態です。

それは同時に、私の身の回りや、世の中の出来事も、客観的に眺めることにつながります。

このような意識や心理状態でいて、この先どうなるのかは読めていません。ただ、私なりに、ある種の覚悟をする時が近づいてきたのかなぁとも感じています。今のところ、その覚悟はまだできていないのですけれどね。

ともあれ、自分なりの落としどころ(着地点)がなんとなく見えてきたように感じていて、そろりとそのように自分自身をもっていこうとしています。

それは、一年前にインド・ラダックに旅した後に、自分自身に律した“行”を、常に意識して生きようという決意です。

その“行”とは、「常に慈愛に満ちた心で、慈愛に満ちた言葉を表し、慈愛に満ちた行いを示す」というものです。

実際のところ、その決意にはほど遠い自分自身を見せつけられるばかりの日々ですが、少なくとも、心と言葉と行ないに、さほどギャップを感じないようになってきたかと思います。(それだけに今の心の状態に呆れることが多いのですが)

夏の一連のイベントが峠を越え、秋の空と風と陽射しを感じるようになって、また一つのターニングポイントにさしかかってきたかのような気分です。