月に一度程度に設けている「消える日」から戻りました。

消える日とは、何をするか、どこで過ごすかを家族に告げず、連絡もとらずに過ごす日のことです。大抵の場合、一晩過ごして戻ります。

こういう日を設けることで、日常から離れ、自分自身や日々の暮らしを客観的に見つめる機会にしています。
毎回、得るものがありますが、今回も有意義な時を過ごせました。
何となく「抜けた」というか、スッキリした気分で帰宅しました。

今回、得たのは、「何をするかという以上に、何をするにしても、どういう気の持ち方でいるかなんだよなぁ」という気づきです。要は気持ち次第ということです。

日々の暮らしの中で、イライラできるきっかけは、とても容易に見つかります。夫婦間のやりとり、子供や親との関係、スタッフや身の周りの出来事、社会現象などなど。

そういうイライラ土俵に身を置かず、ただここに「在る」だけで幸せを感じるのは、都度の気の持ち様だと思うのです。

例えば2日前に簡易式のろ過装置を作って、山水をろ過した時の感動は素晴らしいものでした。いままで口にしたことのない味わいに、天にも昇るような気分を味わいました。

でも、こういう感覚って、そういう状況が揃ったから得られただけでなく、日々の暮らしでもあるはず。水道水であっても、それを口に含められる感動というのかな。それも気の持ち様だと思うのです。

そういう視点で我が身を見つめるに、今は何と幸せな暮らしをさせていただいていることか!
そのことを丁寧に噛みしめて、気を保ちつつ生きていきたいものです。