2014.10.21 横浜へ
以前の職場の同僚から、かつて大変お世話になったHさんがお亡くなりになったとのご連絡を受けました。享年86歳。本日お通夜、明日告別式です。慎んで故人のご冥福をお祈りします。

Hさんは旧満州国から戻られ、自衛隊などでの経験を経て、私が一時期勤めていた会社で顧問というお立場で私たちを指導して下さいました。

毎年、数千枚の年賀状を手書きしていたHさん。普段の暮らしでも、出会った方には即、達筆の毛筆でその方への思いを届けておられました。その姿を真似て、私も文章を書くようになり、そのおかげで今こうしてブログやFacebookなどで文を綴ることができています。

Hさんはそれまでのご経験を生かして会社に貢献しつつ、後継者を育てることに力を注がれました。当時、通称「H学校」と呼ばれた仕組みの中で、私は一生徒として競争社会で生き抜く術を学んでいました。主に営業という立場で、Hさんと共に旅に同行させていただくことが多かったです。

「勝てば官軍、負ければ賊軍だぞ」が口ぐせだったHさん。勝つことを目指して、戦略戦術を身をもって示してくださり、またとても丁寧に伝えていただきました。

その生きる姿勢は潔く、普段は周りを笑わせて和やかな場をつくりつつも、時には厳しい方でした。同時に愛にあふれた方でもありました。思うに、私に対しても実に丁寧に向き合っていただき、感謝しております。

ただ、1995年の阪神淡路大震災を契機に、私は人生の舵を切りました。そしてその会社を辞め、田舎暮らしを始めることになりました。つまり、H学校も中退したという形になります。

当時、そのような判断をした私に理解を示して下さった方もおられましたが、特に上司の方々からは、「これまで育ててもらった恩をあだで返すのか!」という指摘をいただきました。

Hさんの心中は分かりませんが、私自身が、育てていただいたことに対する感謝とともに、「期待をうらぎってしまった」という思いを、しばらくの間、ひきずっていました。

今ではそういった思いはなく、純粋に感謝の気持ちで向かわせていただいています。気がつけば18年間お会いすることもなく、今日を迎えました。

数日前にご訃報のお知らせをいただいた時は、今日はこの地に残りながらご冥福をお祈りするつもりでいました。ところが、おくやみ電報や、お香典を現金書留で送るなどという手段を考えるうちに、違和感を感じるようになりました。

私個人の死生観としては、人が死ぬ時には、まるで衣を脱ぐかように魂が肉体から離れるだけという考えです。ですから私が死んでも、式には出てくれなくとも思いを馳せてくださればそれで十分という受けとめ方をしています。

ただ、今回は私の考えというよりも、Hさんのお気持ちを察した時に、やはり最後にお目にかかっておこうという気持ちにかわりました。最近、映画『おくりびと』を観て感銘を受けたこともあります。

そこで、ともかくも式場(横浜)に向かうことにしました。
改めて、人の死と生について思案しつつ、これよりお伺いさせていただきます。