最近の私の身の回りの傾向として、人々が私に何かと伝えてくるようになったことがあります。

メールやFacebookでのメッセージだったり、電話や会いに来られることもあります。

そして、その時々に感じたことを伝えてこられます。

大抵の場合は楽しいお話ではなく、辛い、悲しい、迷っている、怒りといった感情の表現です。

たとえとして不謹慎かもしれませんが、まるでゲロを吐くかのような様子で出してこられる場合もあります。

その対象は、自分自身や周りのことが多いですが、私に向けてだったりもします。

当然ながら、コトバだけでなく、エネルギーも伝わってきます。
私は時間の許す限り、それらを受け止めるようにしています。

つい先ほども、数年前に整体をした人から電話があり、「聞いてください」と、いろいろ話していかれました。

その内容には、かなりドギツイものもありました。

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以前はこのようなことには対応しきれませんでした。
私が「負のエネルギーを受け、ためる」ことから防御していたとも言えます。

別の表現をするならば、私は依存されることを拒んできました。

「あなたの人生はあなたのものです。自分で判断して生きてください。そのお手伝い(ナビゲート)はします」という姿勢でした。

それが今年に入ってから、特に最近になり、私自身の「依存/自立(反依存)」という姿勢を手放すようになりました。

つまり、「私に依存するならばどうぞ。自立して離れていくのならば、それもどうぞ」というスタイルです。

もう、そういうことはどうでもよくなったのです。決して投げやりではなく、「どうなっても構わない」という、ニュートラルな姿勢です。

★★★
すると、最初に書いたように、何人もの人が様々な方法で伝えてくることが増えてきたという次第です。

そんな時、私はいつも同じように応えます。

「うまく伝えようと考えたり、まとめる必要はありません。ただ浮かんでくるままに出してください。大丈夫、全て受け止めます。」

そのようなことをして、ダメージを受けないか?

それが今のところ、受けていません。

なんとなく自覚しているのは、私の「受け皿」って、底が抜けているようです。
だから、入ってきたものが底から出ていくみたいです。

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今、「感情や思いを出したいのに、出す場所がない」と迷っている人々が多いように思います。

ならば、どうぞ私に出しにいらっしゃい。あなたの受け皿にも、止まり木にもなりましょう。

ただ、私は答えを用意しているわけではありません。

再び不謹慎なたとえかもしれませんが、ゲロを吐いている人に、「ここで全部出しておくと楽だよ」と励ましながら背中をさすっているようなものです。

★★★
このようなことを書くと、
「それはあなたが引き寄せているからだ」とか、「あなたが過去にしたことが返ってきているのだ」という声が聞こえてきそうです。

あるいは、「あなた自身の影の姿だ」という見方もあるでしょう。

その通りかもしれないし、そうでもないかもしれない。
そんなことも、もう、どうでもよいのです。

★★★
一ヶ月ほど前、私は自分のミスから、死んでもおかしくない出来事がありました。

運転中、勘違いをして右車線に出たところに、正面からダンプが猛スピードで向かってきたのです。

すんでのところでかわしましたが、ぶつかっていたら間違いなく死んでいたことでしょう。

生かされた命の使い方が、最近になってわかってきたようにも感じます。

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今回の文章を読んで、何かしら感じる方がおられるかもしれません。

どのような形でご連絡いただいても構いませんが、特に初めての方は、まずは私のホームページをご覧になり、そちらの問い合わせフォームからご連絡いただけるとありがたいです。

https://sites.google.com/site/maasansaito/

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。