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2006.09.13 U太へ
<誕生直後>
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長かったようで、あっという間の1年だったなぁ。
でも話は2年前にさかのぼるんだよ。

<産まれた夜>
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2年前の今頃から「そろそろ欲しいね。」と話し合って、
いろいろ努力しているうちに、
「もしかして?」という時がやってきました。
でもね、その時はまだ半信半疑だったんだ。

<三日目>
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2005年の元旦、父さんの仕事の関係で私たちは出雲大社にいた。
その時に母さんは高熱を出してね、それはもう苦しそうだったけれど、
「もしかしてお腹に赤ちゃんがいるかもしれないから。」と、
頑として薬を飲まなかったんだ。

<一ヶ月>
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だから父さんはネギを焼いたり、リンゴをすりおろしたり、
母さんをマッサージしたり(楽健法が効いたみたい)して看病したよ。
おかげで熱も下がり、以前よりも元気になった母さんを見て、
「これで身体の毒が抜けて、本当に子供を迎える準備ができたのかな。」
なんて思ったものだ。
今から思えば、その時、父さん母さんが試されていたのかもしれないね。
お前を迎えられるかどうかについて。

<吉村先生と>
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母さんのお腹の中にいる間、お前はよくキックやシャックリをしていたよ。
そんなお前に母さんはよく話しかけていたね。
吉村先生から「運動が足りん!」と叱られて、その後はとてもよく歩いていた。
そして臨月に入る頃には先生からも
「子宮がとてもやわらかくなっている。よく頑張ったな。」と誉められてね。

それできっと油断したんだろうな。
ケーキとか自然食バイキングとかに走ったものだから、
最後の最後に痛恨の妊娠線が出てしまったよ。
(ばらしちゃった。ご免ね母さん。)

<ハイハイ始まる>
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本当は母さんは自宅か近所の助産院で産みたかったんだ。
でもある時の検査で自分がB型肝炎のキャリアだってことが判り、
そういう産み方が無理だと知った時、母さんはそれはもう大泣きしていたよ。
でも吉村医院だったら受け入れてくれるかもと、
ワラをも掴む思いで行ってみたことで、より素晴らしいお産をすることができたし、
結果的に吉村先生とのご縁もできたんだ。
タイミングとはそういうものだね。

<端午の節句>
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9/11に「破水したかも?」と書き残してからの出来事は、
ブログで紹介している
から省きます。
その後は、「あぁ、ようやく首がすわったな。」
「おっ、目で追ったぞ。」「初寝返りだ!」・・・
一つひとつの出来事にほっとし、喜び、父さんにとって本当に幸せな日々だったよ。
最近はお前が満面の笑顔で私をめがけてジタバタと近寄って来る時は
もうたまらないよ。

<つかまり立ち始まる>
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父さんはもういい歳だから、子供には恵まれないものだと諦めていました。
だからこんな素晴らしい人生が待っていたなんて夢にも思わなかった。
これまで「糸の切れた凧」のような人生だったけれど、
(それはそれで楽しかったけれど)
今は線路を走る機関車のような気分です。
これも全て、お前と、そして母さんのおかげだよ。

<扇風機におおはしゃぎ>
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母さんはすごいんだよ。
お前が何をやらかしても、イライラせずにお前に接しているのだから。
今でも夜中に何度も起きてはお前の相手をしているだろう?
母さんには感謝しておくれ。もう分かっているよね。

<おんぶにご機嫌>
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ある日、何かに引っかかって、私の目の前でお前が倒れ、
そのまま動かなくなった時があったよね。
あの時は軽い脳震盪でも起こしたのかもしれないけれど、
その数秒間、父さんは本当に心臓が止まる思いだったよ。

「おい!」って声を掛けて、お前がぴくっと動いた時、
父さんは「生きてさえくれればいい。健康であればいいんだ。」と心から思ったよ。
今の私にとって、お前と母さんのいない人生なんて考えられないよ。

<すぐに駆け寄ってくる>
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赤ん坊は親を選んでやってくるというのを聞いたことがある。
わかるなぁ。
きっとお前は、地球をじっと眺めていて、「よし、この親の元で生まれよう!」と、
まるで「グーグル・アース」のようにぐんぐんズームインしてやって来たんだよね。

<ごはんを食べる>
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ありがとう。父さんと母さんを選んでくれて。
そして一歳の誕生日おめでとう。

<“兄貴”空ちゃんと>
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