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悪夢のようなISO受験の痛手を越えて、(まだ言ってる)
私が次なるターゲットに絞ったのは『環境』です。
(環境を語る時、それが『環境問題』なのか、『環境汚染』なのか、
はたまた『環境ビジネス』なのか、毎回テーマが変わると思うので、
このブログでは簡単に『環境』と呼ぶことにします。)

『環境』に取り組む時、最初にどの切り口から入るかで、
その人の性格も分かるし、その後の行動も読めてくると思います。
私は真っ先にこの本に手を出しました。
清貧の思想

「清貧(せいひん)」については以前チラッと書きましたよね。
でも自分で思いついておきながら、この本を読んだことがなかったことに気づき、
即Amazonで求めました。

中古の単行本でしたが、何と1円ですよ。送料が340円。しめて341円。
これって著者を馬鹿にしていないか?とも思いますが、
大体どういうビジネスモデルなのでしょう?どこで儲けているの?

何だかネタが横道に逸れそうなので、元に戻します。

「そもそも環境に取り組むのに、何で『清貧』なの?」と思われるかもしれません。
でも私には確固たる確信があったのです。
「環境に取り組むというのは、ライフスタイルの問題なのだ。」と。
その確信を裏付けるのに、
この本が何かヒントを出してくれるのではないかと期待しました。

まずは、まえがきを読みます。一部転載させていただきます。

・・・・・・・・・・わたしは話を求められるたびにいつも「日本文化の一側面」という話をすることに決めて来た。内容は大体日本の古典――西行・兼好・光悦・芭蕉・池大雅・良寛など――を引きながら、日本には物作りとか金儲けとか、現世の富貴や英達を追求する者ばかりではなく、それ以外にひたすら心の世界を重んじる文化の伝統がある。ワーズワースの「低く暮らし、高く思う」という詩句のように、現世での生存は能(あた)うかぎり簡素にして心を風雅の世界に遊ばせることを、人間としての最も高尚な生き方とする文化の伝統があったのだ。・・・・・・・・・・

いいですねぇ、この出だし。
でも上に挙がった人々について、実はあまり知りません。
これから追ってみようかな。
そして、まえがきはこのように締められています。

・・・・・・・・・・いま、地球の環境保護とかエコロジーとか、シンプル・ライフということがしきりに言われだしているが、そんなことはわれわれの文化の伝統から言えば当り前の、あまりにも当然すぎて言うまでもない自明の理であった、という思いがわたしにはあった。かれらはだれに言われるより先に自然との共存の中に生きて来たのである。大量生産=大量消費社会の出現や、資源の浪費は、別の文明の原理がもたらした結果だ。その文明によって現在の地球破壊が起ったのなら、それに対する新しいあるべき文明社会の原理は、われわれの先祖の作りあげたこの文化――清貧の思想――の中から生まれるだろう、という思いさえわたしにはあった。
 一個の文士の夢と嗤(わら)うなら嗤え。私はそんな夢のような願いをこめてこれらの話をして来た、ということだけが事実である。・・・・・・・・・・

いや、お見事!最後の啖呵には痺れます。
私が言いたかったのはこれ、これなんですよ。

この本が世に出たのが1992年9月。バブル崩壊直後という時期です。
夢を見た我々に冷や水をかけ、新たな道を導いてくれた本ですが、
悲しいかな、その「ブーム」は過ぎた様に見えました。
でも、また改めてこの思想が見直されるべき時代がきたと私は思います。
今度こそ「ブーム」ではなくてね。

ということで、今私はうきうきしながらこの本を読み進んでいるのです。
読後感はまた後日、ということで、うきうき。
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